コンサートの記(244) 「エマニュエル・パユ with フレンズ・オブ・ベルリン・フィル」2016京都
かつて「フルートの貴公子」と呼ばれたエマニュエル・パユ(「フルートの貴公子」と呼ばれた人は実は何人もいるのだが)。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席フルート奏者であり、ベルリン・フィルの現役メンバーの中でもおそらく一番有名、ということで「ベルリン・フィルの顔」と呼んでも大袈裟でないほどの演奏家である。ソロ・フルーティストとしても高い評価を得ている。
メンバーはパユの他に、マヤ・アヴラモヴィチ(ヴァイオリン)、ホアキン・メケルメ・ガルシア(ヴィオラ)、シュテファン・コンツ(チェロ)。全員、ベルリン・フィルの団員である。
パユはスイス・ロマンド圏の出身。マヤ・アヴラモヴィチはセルビア、ホアキン・メケルメ・ガルシアはスペイン、シュテファン・コンツはオーストリアのそれぞれ出身である。全員、名前がいかにもそれらしい。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は東京のサントリーホールでで「ベートーヴェン交響曲チクルス」を行っており、別働隊の形で、ベルリン・フィル団員による室内楽や合奏のコンサートも行われる。
曲目は、モーツァルトのフルート四重奏曲第3番、モーツァルトのフルート四重奏曲第2番、ロッシーニのフルート四重奏曲第2番、モーツァルトのフルート四重奏曲第4番、武満徹の「エア」(エマニュエル・パユの独奏)、モーツァルトのフルート四重奏曲第1番。
モーツァルトが残したフルート四重奏曲全曲と、ロッシーニが若い頃に書いた「4声のソナタ」からのフルート四重奏曲編曲版、武満徹の遺作である「エア」という豪華なプログラムである。
「フルートの貴公子」と呼ばれたパユも恰幅が良くなり(まあわかりやすく書くと少し太ったわけです)、貴公子然とはもうしていない。
ただ、フルートの技巧は流石で、特に弱音が美しい。どんなパッセージでも軽々吹いてしまう技術も凄い。
弦楽担当の3人であるが、安定感のある合奏を聴かせる。最初はビブラートも控えめで、「ピリオドかな?」と思ったが、その後はビブラートもそこそこ掛けられるようになり、ボウイングもピリオド的ではない。音には古雅な響きも含まれているので、「ピリオドの要素も取り入れた折衷的な演奏」と見るのが一番適当であるように思う。
モーツァルトのフルート四重奏曲は第1番が飛び抜けて有名であり、他の3曲については「他の作曲家が手を加えた可能性」が指摘されている。ちなみに全てマンハイムで書かれたものであり、当時モーツァルトは当地に住むアロイジア・ウェーバーに熱を上げていたがフラれてしまい、ウェーバー家の策略によりアロイジアの妹であるコンスタンツェと結婚させられることになる。
フルート四重奏曲第1番は確かに親しみやすいメロディーと才気が特徴的であり、モーツァルトの真作に間違いないであろう。
ロッシーニのフルート四重奏第2番は、先に書いたとおり、「4声のソナタ」を第三者がフルート四重奏曲に編曲したものである。オペラ作曲家として一時代を築いたロッシーニらしいドラマティックな作品であるが、実は原曲である「4声のソナタ」を書いたときにロッシーニはまだ12歳の子供であり、早熟ぶりに驚かされる。
武満徹の「エア」。武満の遺作である。オーレル・ニコレの依頼によって書かれたものだが、そのニコレも先日他界した。1996年に武満の訃報を知ったときには驚いたがそれからもう20年が経過してしまった。今回の演奏も「武満徹没後20年メモリアル」として行われる。
武満の没後に追悼盤として出されたCDに入っていたニコレ演奏の「エア」を初めて聴いた時には正直ピンとこなかった。良い曲なのかどうかすらわからなかったほどだ。だが、今ではこの曲の良さがわかる。「幽玄」「寂」「無常」「空」「墨絵のような」という日本的な要素を込めて作曲しつつ、そうした「日本的なるもの」に封じ込められることなく、その「外」へと飛び出していく力がこの曲にはある。極めて優れたフルート独奏曲である。
ニコレの弟子であるパユの演奏は、渋さと仄暗さを兼ね備え、「流れ」を聴く者に伝えてくる。「美」を乗り越えた「美」がそこには感じられる。
アンコール。パユは「おおきに」と関西弁でお礼を言い、「アンコールはドヴォルザークのアメリカン・カルテット、フィナーレです」と日本語で言って、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」より第4楽章のフルート四重奏版(チェロのシュテファン・コンツが編曲したもの)が演奏される。楽しい演奏であった。
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