コンサートの記(252) 信時潔 交声曲「海道東征」コンサート2015
午後1時30分から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、交声曲「海道東征」コンサート(追加公演)を聴く。交声曲「海道東征」は信時潔の作曲、北原白秋の作詞により、皇紀2600年奉祝曲として作り出された曲である。「神武東征」伝説を基に、北原白秋が擬古文調のテキストを編みだし、信時潔が生き生きとしたメロディーを付けた。
日本人作曲家のクラシック楽曲というと、どうしても暗いものが主体となりやすいのだが、「海道東征」は晴れやかで延び延びとした旋律を特徴としている。信時潔没後50年、戦後70年記念の演奏会であるが、産経新聞が主催し、近畿各地「正論」懇話会が協賛しているため、どうしても右寄りのイメージが出てしまっている。ただ、「海道東征」という楽曲自体はもっと演奏されてしかるべき完成度を誇る曲である。
作曲家の信時潔は、大阪北教会の牧師であった吉岡弘毅の三男として生まれ、大阪北教会の長老であった信時義政の養子となったということもあり、幼時からキリスト教の音楽に親しんで育ち、長じてからもキリスト教の旋律を基調とした作品を多く生み出した。「海ゆかば」の作曲家として名高いが、「海ゆかば」も他の軍歌とは一線を画す美しさを持っており、パイプオルガンで演奏すればおそらくキリスト教音楽に聞こえると思えるほどキリスト教的要素は濃い。
戦前の信時潔は山田耕筰と並び称されたが、「海ゆかば」が若者達の玉砕を美化させたという罪の意識から、戦後は作曲活動を自粛してしまう。そうしている間に「海ゆかば」以外の作品は忘れ去られてしまうということになったのである。
一方の山田耕筰は、「天皇陛下が戦争責任をお取りにならないのだから、自分が戦争責任を取る必要はない」と開き直り、盛んに音楽活動を行っている。
今回の演奏会が、交声曲「海道東征」の関西における復活初演となるが(11月20日に一度だけのコンサートが行われるはずだったのだが、チケット完売につき本日追加公演が行われることになった。なお今日のチケットも完売である)、東京ではすでに本名徹次指揮オーケストラ・ニッポニカ(日本のクラシック音楽演奏専門のアマチュアオーケストラ)が復活上演を行っており、ライブ録音が行われてCDにもなっている。そのCDを私は聴いて、今日の演奏会に来る気になったのである。
今日のコンサートの主催は産経新聞社、共催は公益社団法人・大阪フィルハーモニー協会、協力:ザ・シンフォニーホール。特別協力:信時裕子、NHK交響楽団、近衛音楽研究所。助成:公益財団法人三菱財団。講演:ラジオ大阪、協賛:滋慶学園グループ、近畿各地「正論」懇話会。賛同:橿原神宮、石清水八幡宮、住吉大社、賀茂別雷神社(上賀茂神社)ほか。
演奏は、北原幸男指揮大阪フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー合唱団、大阪すみよし少年少女合唱団。独唱者は、幸田浩子(ソプラノ)、太田尚見(ソプラノ)、山田愛子(アルト)、中鉢聡(テノール)、田中純(バリトン)。
北原幸男の指揮に接するのは久しぶりであるが、「かなり老けたな」という印象を受ける。一時は注目の指揮者の一人だったのだが、その後、北原に関する話題を聞くことは少なくなってしまっている。
曲目は、ベートーヴェンの交響曲第5番(近衛秀麿編曲版)、信時潔の交声曲「海道東征」と「海ゆかば」。
交声曲「海道東征」はライブ録音が行われ、後日CDがリリースされる予定だという。
午後1時30分からは、信時潔の伝記も書いている、都留文科大学教授の新保祐司(しんぽ・ゆうじ)氏によるプレトークがあり(司会はラジオ大阪アナウンサーの小川真由が務める)、演奏は午後2時から行われる。
新保氏は、「信時潔ルネッサンス」という言葉を使い、一時は忘れ去られたかに見えた信時潔の人気が上がり、山田耕筰を追い抜く勢いであることを素直に喜んだ上で、「海道東征」に込められた日本的なるものを聴き取って欲しいというようなことを述べる。ただ、音楽的に見ると、「海道東征」は日本音楽としては本流ではないように私個人としては思う。
ベートーヴェンの交響曲第5番(近衛秀麿編曲版)。指揮者、作曲家、編曲家として活躍した近衛秀麿。摂関家筆頭である近衛家の生まれであり、戦時の宰相であった近衛文麿の異母弟である。近衛指揮による演奏は録音が残っており、今も聴くことが出来るが、近衛生前の日本のオーケストラは管楽器が貧弱であり、近衛はその欠点を補うため、パワフルになる編成と編曲を行った。まず、管の編成を大きくする。フルート4人、オーボエ4人、クラリネット4人、ファゴット4人、コントラファゴット1人(元々の譜面にはコントラファゴットは参加していない)、ホルン6人、トランペット4人、トロンボーン3人という、ほぼ倍管かそれ以上のスケール。更には編曲を施し、トランペット、ティンパニ、ホルンなどは本来は演奏しないはずの旋律を受け持ったり、和音の時に補助的に鳴ったりしている。
北原幸男指揮の大阪フィルハーモニー交響楽団であるが、当然ながら完全なモダンスタイルによる演奏。往年の演奏に比べるとスッキリしているが、最近流行りのアプローチに比べると重量級である。
ただ、近衛の時代とは違い、現在の日本のオーケストラのブラスは欧米のオーケストラと比べても遜色がないほど屈強であるため、近衛秀麿編曲版で演奏すると、管がやたらと巨大でバランスが悪く聞こえてしまう。
メインである信時潔の交声曲「海道東征」。
歌詞は無料パンフレットにも載っているが、字幕スーパーがザ・シンフォニーホールの壁にも投影される(P席やステージサイド席の人のためには、ステージの端にモニターが設置されている)。擬古文調であるため分かりやすくはないが、前後関係を辿ると意味は大体伝わってくる。
信時の音楽は清明。聴いていてどこまでも高く突き抜けていく青空が目に浮かぶ。
まず天のことが歌われ、イザナギとイザナミによる国生みの歌になるのだが、その後のことは飛ばされ、日本武尊の「大和は國のまほろば」と大和を讃える言葉が歌われて、美しき大和を目指すために神倭磐余彦(神武天皇)が日向・高千穂から大和へと向かう東征の旅が始まる。途中で兎狭(宇佐)に行宮を営み、その後、筑紫、安芸、吉備に宮を作りながら東征し、白肩の津(現在の大阪府枚方市付近と思われる。枚方は現在では内陸の街であるが、古代は内海が入り込んでおり、港町であったことがわかっている)から、生駒越えを目指すが、難行する様子がオーケストラで描かれる(テキストには出てこないが、結局、生駒山は越えられず、大和国の南側から一行は入国することになる)、その後は、大和に着いて、まつろわぬ者を討つべく神武天皇を讃える歌になる(「八紘一宇」の言葉も出てくる。この辺りは好戦的と見做されそうである)。
徒に戦意を高揚するものではないため、神経質になる必要はないと思う。過去を現在になぞらえるのはよくあることだが、それを言い出すとキリがない。
大阪フィルハーモニー交響楽団も大阪フィルハーモニー合唱団も良く整った好演を聴かせる。5人の独唱者も雄弁であり、大阪すみよし少年少女合唱団も澄んだ歌唱を聴かせた。
最後は、「海ゆかば」。新保氏がプレトークで、「『海ゆかば』は立って一緒に歌って欲しい」と言ったため、「ここで歌うのかな?」と半信半疑ながら立って歌う人が半数ほど。実際はアンコールで「海ゆかば」が再度演奏される予定だったのだが、北原幸男も振り返って指揮するなど、ここでも聴衆が歌うということになる。私は最初、バリトンの音域で歌ったのだが、上手くいかないため、テノールに切り替えた。テノールの方は上手くいった。
アンコールの「海ゆかば」演奏。今度は聴衆が全員立って歌う。私もテノールで歌った。歌い終わってステージに拍手を送る、のだが、前に列に座ってたおばさん二人が振り返って私に拍手をくれる。最初は意味がわからず、「?」であったが、すぐに自分の歌唱を褒めて貰ったのだと気づき、「ありがとうございます」と言って頭を下げる。まさかこんなところで拍手を頂くとは思ってもいなかった。
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