コンサートの記(259) ヘルベルト・ブロムシュテット指揮バンベルク交響楽団来日演奏会2016
バンベルク交響楽団の来日公演を聴くのは二度目。前回は同じ京都コンサートホールでジョナサン・ノット指揮の演奏会を聴いている。今でこそ東京交響楽団音楽監督として日本でも知名度の高いジョナサン・ノットであるが、当時は日本では無名に近く、CDも輸入盤のみの発売という状態であったため、京都コンサートホールには空席が目立ったが、今回はNHK交響楽団の名誉指揮者として知名度抜群のブロムシュテットの指揮であり、人気ヴァイオリニストの諏訪内晶子も登場とあって、ほぼ満員となった。
人口僅か8万人弱の小都市、バンベルクを本拠地とするバンベルク交響楽団は小さな街のスーパーオーケストラとして有名。「最もドイツ的な音色を奏でる楽団」という評価もある。ヨーゼフ・カイルベルト、ホルスト・シュタインといったNHK交響楽団ゆかりの指揮者が音楽監督を務めていたということもあり、日本でも親しまれている。
ジョナサン・ノットの後任として、東京都交響楽団の首席客演指揮者として知られるヤクブ・フルシャが首席指揮者に就任したばかりだ。
ヘルベルト・ブロムシュテットは、1927年にアメリカのマサチューセッツ州スプリングフィールドで生まれたスウェーデンの指揮者。現在ではアメリカ国籍である。現役の主要指揮者の中ではスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(1923年生まれ)に次ぐ長老指揮者である。両親はスウェーデン人の宣教師であり、布教先のアメリカで生まれている。両親と共に2歳の時にスウェーデンに帰国。北欧最古の大学として知られるウプサラ大学で哲学を専攻すると同時にストックホルム音楽院で学ぶ。その後に渡米し、ジュリアード音楽院で指揮法を修める。タングルウッド音楽祭では9歳年上のレナード・バーンスタインに師事している。
端正な造形の内に情熱の奔流を注ぎ込むという音楽スタイルを持つ。
ベートーヴェンとブルックナーの演奏には定評があり、いずれも現役指揮者の中では屈指の実力と認められている名匠である。
NHK交響楽団の名誉指揮者であるため、私も何度も実演に接している。京都に移ってからも、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の大阪公演(於:ザ・シンフォニーホール)やNHK交響楽団の大阪定期演奏会(於:NHK大阪ホール)で聴いているが、京都でブロムシュテット指揮の公演を聴くのは初めて。実は2度、聴く機会があったのだが、最初はインフルエンザのため、2度目も持病が思わしくなく諦めざるを得なかった。
ブロムシュテットは1990年代から基本的に古典配置での演奏を行っているが、今日も当然ながらそれを踏襲している。前半と後半でティンパニの位置が違い、前半は中央よりやや下手寄り、後半は指揮者の真正面にティンパニが配置される。前半のヴァイオリン協奏曲は室内オーケストラ編成、後半の交響曲第5番ではほぼフル編成での演奏。京都コンサートホールは今日もステージを擂り鉢状にしており、残響がかなり長い。
今日のブロムシュテットは全編ノンタクトによる指揮である。
ヴァイオリン協奏曲ニ長調。ソリストの諏訪内晶子は赤と紫を基調にしたドレスで登場。以前はオーソドックスなスタイルで演奏していた諏訪内であるが、数年前から良い意味で日本人的な繊細な味わいを持つヴァイオリンを奏でるようになっている。
今日も磨き抜かれた音を披露。とにかく音が濁らない。濁った場面は第2楽章の1箇所だけで、それ以外は見事な美音を奏で続ける。音は泉が湧き出る瞬間のようなフレッシュさを持つ。ブロムシュテット指揮のバンベルク交響楽団は細部まで明晰な伴奏を奏でたが、諏訪内のヴァイオリンもバンベルク響と一体になり、互いが互いを高め合う演奏となった。高貴にして清々しいベートーヴェンである。
ブロムシュテットとバンベルク交響楽団はかなり徹底したピリオド・アプローチによる演奏を採用。弦楽器がビブラートを掛ける部分はほとんどなかった。
諏訪内はアンコールとして、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番より「アンダンテ」を演奏する。諏訪内のバッハは「崇高」という言葉が最も似合うのだが、今日はそれとは少し違った典雅で聴き手の魂に直接染み通るようなバッハであった。違いを言葉で説明するのは難しい。
後半、交響曲第5番。ここでもピリオド・アプローチによる演奏が展開される。譜面台の上には総譜が閉じたまま置かれていたが、ブロムシュテットがそれを開くことはなかった。
冒頭の運命主題はブロムシュテットがシュターツカペレ・ドレスデンやライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と録音したものに比べてフェルマータが短めである。
テンポは特に速くはないがモダンスタイルとはやはり違う。
バンベルク交響楽団のクラリネット奏者は肺活量が日本人とは桁違いのようで長いパッセージも楽々吹いてしまうのに驚かされた。バンベルク交響楽団の首席クラリネットは二人体制のようで、今日のクラリネットがそのどちらなのかは残念ながらわからない。
ブロムシュテットの指揮は指先を少し動かすような細やかな動きがベースだが、ここぞという時には腕を大きく振る。90年代のブロムシュテットは指揮棒をビュンビュン振るという指揮スタイルであった。ここでもやはり「穏健派」とは無縁なのだ。ブロムシュテットが穏健派と見做されるのはジェントルな容貌に加えて、1970年代にブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデンの「ベートーヴェン交響曲全集」をドイツ・シャルプラッテンと共同制作したDENONのプロデューサーのブロムシュテットに対する姿勢に問題があったと思われる。私はブロムシュテットとシュターツカペレ・ドレスデンによる「ベートーヴェン交響曲全集」の国内盤は一切薦めない。輸入盤を聴かないと真髄はわからないと思われるからである。
第4楽章に入ると、弦楽器がビブラートを加えるようになる。第4楽章突入の音型は何度が繰り返されるが、最後にその音型が現れる時にブロムシュテットが少しテンポを落としたのだが印象的であった。楽譜はおそらくベーレンライター版だったと思われるが、ピッコロが浮かび上がったのはラストだけだったため断言は出来ない。
明るめの第5。物語性よりも曲の堅固な構築を詳らかにしており、この曲に相応しい評価なのかどうかはわからないが、とにかく面白いベートーヴェンであった。
アンコールはベートーヴェンの「エグモント」序曲。冒頭の仄暗さから終盤の高揚感まで表出が巧みである。ティンパニの思い切った強打も効果的であった。
全ての演奏が終わった後でも拍手は鳴り止まず、楽団員の多くが退出した後でブロムシュテットが一人再登場し、喝采を浴びた。
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