コンサートの記(267) 春秋座オペラ2016「カルメン」
春秋座オペラ7年目の上演である。それ以前にも歌劇「椿姫」などは上演されており、私も京都造形芸術大学在学中に観ている(主要キャストのみプロで、他は京都市立芸術大学及び大学院の学生であった)。
「カルメン」というと、カルメンというジプシーの悪女にドン・ホセがたぶらかされる物語というイメージがあるのだが、今回の三浦安浩の演出は、カルメンとドン・ホセの立場の違いに重点を置いているようである。
春秋座は歌舞伎のための劇場であり、回り舞台や花道がある。今回もその回り舞台と花道を使った演出が施される。
第1幕への前奏曲前半が終わろうとする頃に、舞台下手からカルメン(藤井泰子)が現れる。まだ幕は開いておらず、カルメンはしばし幕の前で佇む。前奏曲後半が始まると、花道の入り口に一人の女性(生駒里奈)が現れる。カルメンと女性は歩み寄り、すれ違う。この謎の女性、ラスト間際まではカルメンにしかその姿は見えない。彼女の正体は、「運命」なのか「死神」なのか。ラストではこの女性の姿は「死」そのものなのだが、ここではそれら全てを包括した「影」ということにしておく。影の女性は、もう一つの影である士官姿の男性(田中啓介)とダンスを踊る。影の女性は花道の入り口若しくは花道のセリから登場する。セリで花道に上がり、そのままセリで消えることもある。
今回は照明の思い切った切り替えがあるのだが、劇画調になるため、好悪を分かつかも知れない。
ジプシー(劇中では「ボヘミアン」と呼ばれる)であるカルメンは自由を求める。愛の束縛すら彼女は求めない。自由を失うぐらいなら死を選ぶのがカルメンだ。
一方のドン・ホセは貴族階級出身であり、下士官というお堅い職業に就いて、伍長という肩書きも持っている。今後、士官への出世の可能性もあり、ミカエラ(和田しほり)という恋人がいるにも関わらず、カルメンに揺動されてあっさりと恋に落ちてしまうという愚かな男である。
カルメンとドン・ホセは本来なら恋に落ちるはずのない二人なのである。それがカルメンにたぶらかされた結果、身に過ぎた行動をドン・ホセはとってしまうのである。彼は、「ラ・トラヴィアータ」ならぬ「ラ・トラヴィアート」である。
ドン・ホセは身分を捨て、カルメンのいるジプシーの盗賊集団に加わる。本来なら、ドン・ホセの気質からいって、こんなことをしても上手くいくはずがないのである。水と油のカルメンとドン・ホセ。本来なら堅気の職業を続け、母親との絆を強く保ち、ミカエラの愛の紐帯も受け入れる、それがドン・ホセだったはずだ。そうとしか生きられない男。ところがカルメンのために横車を押して、実る当てもない恋路を選んでしまった。ドン・ホセは自分というものをわかっていなかった。カルメンよりもドン・ホセの方がより一層、悲劇的に映る。
ラストでドン・ホセにも影の女の姿が見えるようになる。ドン・ホセは影の女を止めようとするが、影の女はドン・ホセの横を通過する。もはやカルメンを殺すことは避けられない。そしてドン・ホセは行動に及ぶ。
牧村邦彦の指揮は身振り手振りが大きい。今日は下手側桟敷席での鑑賞で、舞台も牧村の指揮も両方よく見える位置だったので仔細に観察した。編成が小さいので迫力には欠けるが、リズム感の良いきっちりとした音楽作りである。牧村は時折、指揮棒を譜面台に置いてノンタクトでも指揮をした。
今日、タイトルロールを歌った藤井泰子は、イタリア在住の歌手である。慶應義塾大学卒業後、日本オペラ振興会オペラ歌手育成部を修了。イタリア政府給付金を得てイタリアに渡り、ボローニャ音楽院で学ぶ。イタリアでは、Yasuko名義での活動もしているそうだ。カルメンの雰囲気に合った演技と歌唱を聴かせてくれる。才能豊かなようである。
2017年2月には、イタリアで「ナポリの娘」の主演を張る予定。
ミカエラ役の和田しほり(京都市立音楽高校出身)の可憐な歌声と演技も良い。今日のキャストは男声歌手よりも女声歌手の方が総じて上だったように思う。
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