コンサートの記(271) 高関健指揮京都市交響楽団第607回定期演奏会
メシアンのトゥーランガリラ交響曲1曲勝負である。
オンド・マルトノが用いられるということで、開演前にステージに近寄って、オンド・マルトノを物珍しげに眺めているお客さんも多い。
開演20分ほど前から高関健によるプレトーク。楽曲解説を行う。
メシアンのトゥーランガリラ交響曲は20世紀に書かれたの作品の中では演奏会プログラムに載ることが比較的多いが、分かり易い作品とはいえないと思う。
高関は、まずメシアンが京都賞の第1回の受賞者であると述べる。メシアンは1985年に京都賞を受賞しており、授賞式出席のために来日して、秋の京都を楽しんだそう。
メシアンはティンパニが余り好きでなく、今日のような大編成の曲でもティンパニは入っていないと語る(メシアンに影響を受けた武満徹もティンパニという楽器が好きではなかった)。更にハープも好きではなかったそうで、今日の編成にも入っていない。
トゥーランガリラ交響曲の日本初演は、1962年7月に小澤征爾指揮のNHK交響楽団によって行われている。小澤・N響事件が起こる半年ほど前のことだ。メシアンは日本初演のために来日し、作曲者兼監修としてリハーサルにも立ち会ってアドバイスを送ったという。
「今日も、これなんだろう? と珍しそうに見ている方がいらっしゃったようですが」と、オンド・マルトノについて語り始める。オンド・マルトノは電子楽器である。この楽器が使われている最も有名な曲が、このトゥーランガリラ交響曲なのだが、他に有名曲は思い浮かばない。高関は、「シンセサイザーの元のようなもの」と語り始め、「スピーカーの中にシンバルのようなものが入っている」、「鍵盤のようなものを弾いたり、弦を伸ばして引っ張る」といったような解説を行う。
更に今日はずらりと並ぶ鍵盤楽器群についても触れる。ピアノ、チェレスタ、ジュ・ドゥ・タンブル、そして打楽器になるがヴィブラフォン。
ピアノについては、「主役のような役割」「ピアノ協奏曲と取ることも出来る」と語り、チェレスタ、ジュ・ドゥ・タンブル(鍵盤式グロッケンシュピール)、ヴィブラフォンについては、「メシアンは、『ガムラン楽器群』と呼んでいた」と語り、ガムランからの影響を受けていたことを述べる。ガムランに関してはよく知られているように、初めて影響を受けた西洋の作曲家はドビュッシーである。ドビュッシーは、1900年のパリ万国博覧会において、本場のガムランの演奏を聴き、西洋音楽が絶対ではないことを知って衝撃を受けている。メシアンは音楽的にはドビュッシー直系の作曲家である。
高関は、チェレスタを弾きながら、無料パンフレットに記された「移調の限られた旋律」について説明する。まずハ調のドレミファソラシドを奏でた後で、別の調のドレミ音型を奏で、半音も含めた十二音の音型も奏でる。調の変化により、同じような音型でも違うことはわかる。この複数の音型が同じ時間に奏でられるために不協和音になるのだが、「最初の頃は違和感があるかも知れませんが、すぐに耳が慣れます」と語る。
その後、主要なテーマである「彫刻の主題」(金管。高関は、「偉そうに吹くのですぐわかる」と解説)と「花の主題」(主にクラリネット)をチェレスタで奏で、「愛の主題」も弾こうとするが、やはり二本の腕では難しいようで、「ゆっくり歌われるのでわかると思います」と述べた。
それから、独特のリズムについても語り、ある特徴的なリズムの後に譜面を逆さまにして眺めたようなリズム音型が来るという。丁度、真ん中に鏡を置いたような形であり、J・S・バッハがフーガで行ったことをメシアンはリズムで行ったと語る。リズムは主にウッドブロックによって明確に示される。
高関は以前はこの曲の良さが全くわからず、メシアンについても「山師なんじゃないか」と疑っていたそうだが、楽曲の緻密さに気づくことで大好きになったそうである。
ピアノ独奏:児玉桃、オンド・マルトノ独奏はこの楽器の第一人者として知られる原田節(はらだ・たかし)。
今日のコンサートマスターは渡邊穣、フォアシュピーラーに尾﨑平。普段はティンパニを叩くことが多い中山航介は大太鼓を担当する。今日のヴィオラ首席には店村眞積が入る。
同じ、児玉桃のピアノ独奏、原田節のオンド・マルトノ独奏による井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の実演を聴いたことがあり、エモーショナルな演奏であったと記憶しているが、高関の音楽はきちんと組み立てた音楽の隙間から喜びが溢れ出てくるような趣のある演奏である。この曲の数学的一面も巧みに表出されていた。
京都市交響楽団の音は輝かしく、金管の威力、木管の浮遊感、弦の艶、打楽器群の迫力などいずれも申し分ない出来である。京都コンサートホールの残響も長く、美しい響きを十分に堪能することが出来た。
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