コンサートの記(280) 小菅優ピアノ・リサイタル@びわ湖ホール大ホール2017
びわ湖ホールのロビーからは、雪を頂いた比良山系が見えた。
びわ湖ホール名曲コンサートの一環として行われた「小菅優 ピアノ・リサイタル」であるが、曲目はある程度クラシック通でないと内容がわからないものが多く、いわゆる通俗名曲によるコンサートではない。
プログラムは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」、同じくピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」、武満徹の「雨の樹 素描」と「雨の樹 素描Ⅱ~オリヴィエ・メシアンの追悼に」、リストの「巡礼の年 第3年」より“エステの噴水”、リストのバラード第2番、ワーグナー作曲・リスト編曲の「イゾルデの愛の死」
びわ湖ホール大ホールはキャパが大きいので、3階席と4階席は今日は使用されていなかった。入りは、プログラムが渋いことを考えればまずまずである。
小菅優は翡翠色のドレスで登場する。
日本を代表する若手女性ピアニストである小菅優は、1983年東京生まれ。東京音楽大学付属音楽教室で学んだ後、10歳の時にドイツに渡り、以後はドイツで音楽教育を受けている。
コンクール歴が一切ないピアニストとしても知られているが、今は札幌交響楽団の首席指揮者を務めているマックス・パンマーが京都市交響楽団に客演し、小菅優と共演したときに、プレトークで、「小菅優が子供だった頃に優勝したピアノ・コンクールで伴奏を務めていたことがある。成長した姿を見て嬉しく思う」と発言していたので、青少年のためのピアノ・コンクールで優勝したことがあるのかも知れない。
コンクール歴なしとされるヴァイオリニストのアンネ=ゾフィー・ムターも西ドイツ青少年音楽コンクールでは優勝経験がある。
小菅は同世代で共に東京音楽大学ピアノ科特任講師を務める河村尚子と親しいようで、東京では河村と二人でピアノ・デュオ・コンサートも行っている。
超絶技巧の持ち主であり、特にベートーヴェンやリストなどには定評がある。
グレン・グールドのように猫背になって弾くことも多い演奏スタイル。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」。一音たりとも蔑ろにしない、極めて集中力の高い演奏を展開する。
日本人女性ピアニストというと、音の線が細いことが多いのだが、小菅はそうした悪い意味での「細さ」や「軽さ」とは無縁である。音にボリュームがあり、情報がぎっしり詰まっている。
やや遅めのテンポで開始した第1楽章。幻想的(ドイツ語の場合は「即興的」というニュアンスも含むようである)というより悲しみを堪えつつもそっと語りかけてくるような趣がある。
立体感のある第2楽章の演奏に続く第2楽章は情熱の奔流。第一級のベートーヴェンである。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」。軽快さと推進力のある第1楽章も優れていたが、一番凄かったのは第3楽章。小川のせせらぎのように清らかな音が、巨大な流れとなり、最後は浮遊感のある演奏に変わる。マジカルである。
構造力と情熱と強靱なタッチ。良い例えなのかどうかわからないが、小菅は「女版エミール・ギレリス」のようなベートーヴェン弾きである。
休憩を挟んで、武満徹の「雨の樹 素描」と「雨の樹 素描Ⅱ~オリヴィエ・メシアンの追悼に」。繊細にして緻密な設計士の技による優れた演奏である。透明感のある音で、武満の神秘的な音楽を解き明かし、再構成してゆく。
リストの「巡礼の年 第3年」より“エステ荘の噴水”。村上春樹の小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で知名度を上げたリストの「巡礼の年」だが、“エステ荘の噴水”は映画で用いられるなど、以前から有名であった。
清潔感と生命感に溢れるピアノである。
リストのバラード第2番。多彩な音のパレットが生かされる。仄暗い響きから、輝きを放つ音、官能的な音色まで自由自在である。メカニックも驚くほど高度である。
ワーグナー作曲・リスト編曲「イゾルデの愛の死」。びわ湖ホール大ホールは天井が高いのだが、その天井まで貫くような強烈な音がここぞという時に飛び出す。原曲が持つうねりをピアノで極限まで追求したような演奏。まだ30代前半のピアニストとは思えないほどの成熟した音楽であった。
アンコールはメシアンの「プレリュード第1番 鳩」。鳥の鳴き声に惹かれていたメシアンだが、それを不思議な音楽に仕上げている。この曲を聴くと、武満徹がメシアンから多大な影響を受けていることがわかる。
小菅は、ミステリアスにして美しい和音を巧みに紡ぎ出してみせた。
ブラーヴァ! 文句なしのコンサートであった。
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