コンサートの記(282) いずみシンフォニエッタ大阪第38回定期演奏会「満喫!楽聖ベートーヴェン」
曲目は、シュネーベルの「ベートーヴェン・シンフォニー」(1985年作曲)、ベートーヴェンの「大フーガ変ロ長調」(川島素晴編曲弦楽合奏版。2003/2016)、西村朗(にしむら・あきら)の「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」(2007年作曲)、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」(ピアノ:若林顕。川島素晴編曲いずみシンフォニエッタ大阪2017年版)
開演30分前からロビーで室内楽のミニコンサートがあり、開演15分前からステージ上でいずみシンフォニエッタ大阪音楽監督の西村朗がプレトークを行う。
西村は、指揮者の飯盛範親と、作曲家でいずみシンフォニエッタ大阪プログラム・アドバイザーの川島素晴もステージに呼び、3人でプレトークを行う。
まず、シュネーベルという作曲家についての紹介。ドイツのシュヴァルツヴァルト地方のバーデン=ヴュルテンベルク州出身であり、飯森は以前、ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督をしていたため、「親しみがあると言いたいのですが」と口ごもる。理由を西村朗が明らかにする、「シュネーベルという人はかなり変な人」だそうである。
「ベートーヴェン・シンフォニー」は、緻密に積み上げられたベートーヴェンの交響曲第5番第1楽章を骨抜きにしてしまおうという妙な意図によって作曲された曲だそうである。
ベートーヴェンの「大フーガ変ロ長調」は、元々は弦楽四重奏曲として書かれたものである。その後、名指揮者であったワインガルトナーによって弦楽合奏のための編曲がなされ、レナード・バーンスタインなども指揮して録音しているが、今回は川島素晴が新たに編曲したものを用いる。川島は、2003年にも同曲を編曲しているが、今回は更に手を加えた譜面での演奏となる。ヴァイオリンの高音を極限まで追求したものだそうである。
なお、オーケストラの調はピアノの平均律などとは違い、高めの音がより高く聞こえてしまうため、調整していると飯森と川島は語る。
西村朗の「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」。日本では年末になるとどこもかしこも第九一色になるが、第九演奏前にベートーヴェンの序曲などを前座として演奏すると、定時に遅れてきたお客さんも、「ああ、本編には間に合った」と思ってくれるそうである。そこで第九のための「究極の前座音楽を書いて欲しい」という依頼を受けて、西村が作曲したのが「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」である。飯森によると「思いの外、好評」だそうである。4つの楽章からなり、第1楽章はベートーヴェンの交響曲第1番から第8番までの要素を順番に出し、その後は、8つの交響曲の中でも有名な曲を優先して出していくという構成である。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。川島素晴がシンフォニエッタ用にオーケストレーションを変更しており、原譜にはないトロンボーンを加えているという。飯森はソリストの若林顕(わかばやし・あきら)について、「以前も共演したことがあるのですが、大分、貫禄がついた」と述べた。
なお、いずみシンフォニエッタ大阪のコンサートミストレスである小栗まち絵が、昨年7月に行われたいずみシンフォニエッタ大阪のジャック・ボディの「ミケランジェロによる瞑想曲」の独奏が評価され、大阪文化祭賞最優秀賞を受賞したということで、ステージ上に呼ばれ、西村から花束が手渡された。受賞の連絡が来た時に、小栗は新大阪駅のホームにいたそうで、電話の内容が良く聞こえず、いずみシンフォニエッタ全体が賞を受けたものだと勘違いしたという。
小栗は、亡くなった主人(京都市交響楽団のコンサートマスターだった工藤千博)や、相愛大学(大阪にある浄土真宗本願寺派の大学。音楽学部がある)での教育も含めて評価されたのだと思うと述べた。
まずは、シュネーベルの「ベートーヴェン・シンフォニー」。コンサートマスターは佐藤一紀。ベートーヴェンの交響曲第5番は、「タタタターン」という4つの音で積み上げられるが、シュネーベルは、これは「ターター」という音に変え、迫力を殺いでしまう。伊藤朱美子と細江真弓による木琴や鉄琴、マリンバなどは運命動機による演奏を行うが、サン=サーンスの「死の舞踏」のように響く。打楽器の山本毅が特殊な楽器を使ってノイジーな音を出し、ハープの内田奈織も不気味な音を発していた。
川島素晴の編曲によるベートーヴェンの「大フーガ変ロ長調」。この曲では小栗まち絵がコンサートミストレスを務める。飯森範親は、この曲だけはノンタクトで振った。
第1ヴァイオリンの高音が特徴だとプレトークで語られていたが、全体的に第1ヴァイオリンは一番高い弦を主体に奏でる。やがて小栗まち絵がソロを取った時に、第1ヴァイオリンのアンサンブル群が現代音楽で聴かれるような超高音を出し始める。最後は小栗まち絵も含めて第1ヴァイオリンが痛烈な高音を発していた。
西村朗の「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」。コンサートマスターは高木和弘に変わる。
ベートーヴェンの交響曲第1番の冒頭が奏でられるが、そこから曲調はめまぐるしく変わる。交響曲第5番は第3楽章など様々な部分が採用され、「田園」では鳥の鳴き声を真似る場面や第5楽章、第8番はメトロノームの動きを真似た第2楽章、第7番はダイナミックな第3楽章などの要素がちりばめられる。第3番「英雄」はプロメテウス主題などが取られていた。
飯森範親といずみシンフォニエッタ大阪の演奏であるが、やはり現代音楽の演奏を長年続けているため、「手慣れた」という印象を受ける。聴き手を圧倒するだけのものはないかも知れないが、レベルは高く、巧い。
休憩を挟んで、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。ピアノ独奏の若林顕は、東京芸術大学、ザルツブルク・モーツァルティウム音楽院、ベルリン芸術大学などで学んだピアニスト。メカニック抜群のヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして知られており、大阪でも難曲として知られるリスト編曲の第九を年末に演奏するなどの催しを行ってきたため知名度は高い。1985年にブゾーニ国際ピアノコンクールで2位、1987年のエリザベート国際コンクールでも第2位となっている。
若林はタッチも技術も極めて堅固。音には独特の煌めきがあり、明るさを感じさせる部分でも燦々とした輝きではなく、漆器のようなどこか渋みのある光を放っている。
飯森指揮のいずみシンフォニエッタ大阪(コンサートマスターは釋伸司)も溌剌とした演奏を披露。ベートーヴェンの指定では木管とトランペットが2管編成なのだが、いずみシンフォニエッタ大阪は単管であるため、代わりに川島が加えたトロンボーン(トロンボーン演奏:呉信一)は低音部を支えるのに効果的であった。なお、ピリオド・アプローチは採用されていなかった。
喝采を浴びた若林に飯森が、「なんかアンコール弾く?」と聞くような仕草をし、若林が「いや、もう勘弁」という風に首を振ってコンサートはお開きとなった。
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