コンサートの記(297) 「畑中明香 マリンバ&打楽器リサイタル」@ロームシアター京都ノースホール
畑中明香は、埼玉県川口市生まれ、滋賀県大津市育ちのマリンバ&打楽器奏者。明日香ではなく明香と書いて「あすか」と読む。大津市立瀬田中学校吹奏楽部所属中に打楽器を始め、滋賀県立石山高校音楽科(京都市立堀川音楽高校などと共に関西では一大派閥を形成してる)を卒業。同志社女子大学学芸学部音楽科卒業および専修生修了。2000年に関西打楽器協会代表として日本打楽器協会新人演奏会に出演し、最優秀賞を受賞。朝日現代音楽コンクール〈競演Ⅳ〉第2位入賞。渡独してカールスルーエ音楽大学を最優秀にて卒業し、フランクフルト・アム・マインのアンサンブル・モデルンのアカデミー研修生となる。2006年にはダルムシュタット国際現代音楽祭にてクラーニヒシュタイナー音楽賞を受賞している。現在、相愛大学音楽学部非常勤講師。
全曲、現代音楽という。意欲溢れるプログラム(もっとも、マリンバ自体が比較的新しい楽器であるため、オリジナル曲を演奏しようとすれば自然に現代音楽ばかりになる。ただ、経歴から現代ものを得意としていることもうかがわれる。
曲目は、ペーター・クラッツォ(1945- )の「大地と火の踊り」(1987)、ジョン・ケージ(1912-1992)の「ONE4」(1990)、石井眞木(1936-2003)の「サーティーン・ドラムス」(1985)、小出稚子(こいで・のりこ。1982- )の「花街ギミック」(2010)、細川俊夫(1955- )の「さくら」(2008)、八村義夫(はちむら・よしお。1938-1985)の「星辰譜(せいいしんふ)」(ヴァイオリン、ヴィヴラフォン、チューブラベル、ピアノのための。1969)。
ジョン・ケージ、石井眞木、細川俊夫など、現代音楽好きにはたまらない名前も入っている。
ブラックボックス状のノースホール。四方にテラス部分があり、前半はテラスが赤に、後半はピンクにライティングされる。今日は基本的にステージは用いず(「花街ギミック」では小さなものが用意された)、客席も平台を用いず、素舞台での上演である。畑中明香の知り合いの人も多いようだ。
まずは、クラッツォの「大地と火の踊り」。マリンバ独奏である。アフリカを起源とするマリンバであるが、クラッツォは南アフリカ出身である。19歳の時に渡英し、王立音楽院で作曲を学ぶ。その後、パリで名教師として知られるナディア・ブーランジェに師事。その後、南アフリカに戻り、現在はケープタウンにある南アフリカ音楽大学の学長と作曲科教授を務めているという。
畑中は、左右2本ずつ、計4本のマレットを持って演奏。現代音楽の難点は高度なことをやっているはずなのに、「出鱈目にやってもこんな風になるんじゃないか」と思えてしまうことである。勿論、ある程度音楽を聴き慣れていれば一定の法則に従って音が進行していることはわかる。
畑中の技術はかなり高度なものであることがうかがわれる。
ジョン・ケージの「ONE4」。ホワイエに譜面が置いてあったが、オタマジャクシは用いられておらず、指示だけが書かれたものであった。演奏前に畑中がスピーチを行い、演奏時間は6分55秒と決められており、その中で14の音と出すことが決められているということを紹介する。「偶然の音楽」を提唱したジョン・ケージらしく、かなりの部分を演奏家に任せた作品である。楽器は10しか使ってはならないそうだ。
「風の音や波の音を表したい」と演奏前に語った畑中。ほぼ全て特殊技法による演奏である。シンバルを刷毛で撫でたり、ヴァイオリンの弓で擦ったり、大太鼓をスネアドラムのスティックでローリングしたりする。ローリングしている間はそれで1音と数えて良いようである。スティックの片方をもう片方で叩き、それで大太鼓に打ち付けたり、鈴(りん)を弓で擦ったりと、ユニークな音響が展開される。
日本の現代音楽を代表する作曲家の一人である石井眞木の「サーティーン・ドラムス」。その名の通り、13のドラムスを叩く音楽である。結構、ノリノリの音楽であり、演奏であった。
休憩を挟んで、小出稚子の「花街ギミック」。小出稚子は、東京音楽大学を卒業、同大学院修了。オランダに渡り、デンハーグ王立音楽院とアムステルダム音楽院を修了。ユニークなのは、その後、インドネシア国立芸術大学スラカルタ校でジャワ・ガムランの演奏と理論を学んでいることである。「ケサランパサラン」で芥川作曲賞を受賞。その後、第76回日本音楽コンクール作曲部門で2位を獲得し、聴衆賞も得る。第18回出光音楽賞やアリオン賞も受賞している。
「花街ギミック」は、架空の花街でのお座敷遊びをイメージした作品である。
溶暗すると、会場下手後方からハーモニカの音が聞こえ、歩くたびに「ペタペタ」と音のするシューズを履いた畑中が下手から上手へ歩み、その後前に回って、小型のステージに上がって演奏を行う。打楽器の他に先に書いたハーモニカも使用。足で打つ形の木魚も二つ利用している(舞妓さんのぽっくりをイメージしたもの)。
森見登美彦の小説で、舞台化もされ、星野源らが声優を務めたアニメ映画の公開も迫っている『夜は短し歩けよ乙女』もイメージに取り入れた作品だそうで愛らしさと幻想味を兼ね備えているのが特徴。アサランというカスタネットとシェイカーを一緒にしたアフリカのおもちゃが演奏に取り入れられているのも音のみならず視覚的にも面白い。
武満徹や黛敏郎亡き後、吉松隆や西村朗などと並んで最も有名な日本人作曲家の一人となった細川俊夫の「さくら」。ペンタトニックを使ったマリンバによる作品で、そこはかとない日本情緒が漂い、「傑作」と断言しても間違いない作品であった。
八村義夫の「星辰譜」(ヴァイオリン、ヴィヴラフォン、チューブラベル、ピアノのための)。この作品では、畑中はチューブラベル(チューブラーベルズ。チャイム)を演奏、長岡京室内アンサンブルのメンバーとしてお馴染みの石上真由子(いしがみ・まゆこ。ヴァイオリン)、八村義夫の高校と大学の後輩で、八村に実の弟のように可愛がられたという山口恭範(やまぐち・やすのり。ヴィヴラフォン)、作曲家でもある稲垣聡(ピアノ)が参加する。
八村義夫は東京に生まれ、東京藝術大学を卒業し、同大学院を修了。62年のローマ国際作曲コンクールに「一息ごとに一時間」で入賞を果たし、文化庁海外研修員としてパリやニューヨークに滞在。80年にISCM世界音楽祭でピアノとオーケストラのための「錯乱の論理」で入賞を果たすなどしたが、1985年に47歳で早世した。寡作であり、残された作品は20に満たないという。
場転の間に山口恭範が八村の思い出を語り、「星辰譜」では、毎回チューブラーベルズ」を演奏していたのだが、今回は初めてヴィヴラフォンに回ることになったと述べる。
畑中によると、「チャイム(チューブラーベルズ)は大きな音で長時間練習出来ない楽器」だそうだ。音が大きくて高いため、そんなことをすると耳がやられてしまい、しばらく何も聞こえない状態になってしまうそうである。なので、詰め込んで練習することが不可能で、じっくり時間を掛けて練習する必要があり、「大変だった」そうである。またそうした特性のためか、「チューブラーベルズをソロにした曲は世界広しといえどこの曲だけ」(山口談)だそうである。
現代音楽好きにとってはかなり面白いと思える曲である。響きがまず現代音楽の王道的美しさを持っている。チューブラーベルズやヴィヴラフォンのグリッサンド奏法もかなり効果的だ。
チューブラーベルズ、ヴァイオリン、ヴィヴラフォンの三重奏の時は、ピアノの稲垣聡が指揮者というほどではないが4拍子の音型を刻んでリードを行っていた。
ロームシアター京都ノースホールは音楽専用ではないため、音響設計は行われていないと思われるが、このサイズの音楽を行うのには適した会場だということが確認出来た。
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