バラキレフはお好き
いきなり「バラキレフはお好き?」と聞かれても、そもそもバラキレフが誰なのかご存じない方の方が多いと思われますので、紹介をまず行います。
バラキレフはロシア音楽史上における最重要人物の一人なのですが、現在では作品よりもその存在の歴史的意義においてよく知られています。
バラキレフが活躍した時代、西欧ではロシアは東の果ての謎の国というイメージでした。音楽的にも後進国であり、近代ロシア音楽の父と呼ばれるグリンカが世に出たばかりで、ロシア国内にはまともな音楽教育機関すらないというありさま。1862年にサンクトペテルブルク音楽院が設立されますが、アカデミックで高踏的な同校に対抗し、同年、民衆のための音楽教育機関として無料音楽院を立ち上げたのがバラキレフです。
バラキレフは西欧を真似た音楽よりもロシア人ならではの音楽を作ることに腐心し、それに共鳴して集まってきたのがいわゆる「ロシア五人組」(バラキレフ、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ、ボロディン、キュイ)でバラキレフはロシア五人組の頭目的存在でした。室内楽とピアノ曲という地味なジャンルの作曲に専心したキュイを除き、組曲「展覧会の絵」や歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」のあるムソルグスキー、交響組曲「シェエラザード」がとにかく有名なリムスキー=コルサコフ、歌劇「イーゴリ公」(だったん人の踊りが特に有名)と交響詩「中央アジアの草原にて」などの代表曲のあるボロディンなど、現在でも取り上げられる機会の多い曲を作っている人たちです。そしてバラキレフと交友した最大の人物がチャイコフスキーでした。
彼らに比べると、リーダー格であるバラキレフが地味なことは否めないでしょう。フランス六人組のリーダーであるダリウス・ミヨーも、プーランクやオネゲルに比べると知名度で劣るため、あるいは同じ現象だということも出来ます。リーダーの才能と創作力は必ずしも一致しない、あるいはリーダーであったがために作曲に専心出来なかったということもあるのかも知れません。
バラキレフの作品としては、ピアノ曲である「イスメライ」が有名ですが、ここでは完成までに33年を要したという交響曲第1番より第3楽章を紹介しておきましょう。
ロシア民謡を題材にしたとされる、ノスタルジックで美しい旋律が特徴です。これを聴けばあなたもバラキレフが好きになるかも知れません。
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