コンサートの記(367) 舘野泉ピアノリサイタル2006京都
2006年9月16日 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタにて
午後2時から京都コンサートホール アンサンブルホールムラタで、舘野泉のピアノリサイタルを聴く。
舘野泉(男性です)は1936年、東京に生まれたピアニスト。東京藝大を首席で卒業し、1964年からは拠点をフィンランドに移している。
特に北欧ものを得意として数々のコンサートや録音で活躍。フィンランドでは最も有名な日本人の一人となっている。
しかし、2001年、コンサートでの演奏中に脳溢血を起こし、そのコンサートは弾き終えたものの、直後に倒れ、右半身不随となった。その後、2年半におよぶリハビリを行い、右半身は何とか動くようにはなったが、右手はピアノを弾けるまでには恢復しなかった。
舘野が選んだのは引退ではなく、左手一本のピアニストとして演奏活動を続けることだった。左手一本のピアニストに先達がいたことも励みになったのだろう。
今日演奏される演目も全て左手で演奏されるために書かれたピアノ曲。全5曲中、3作は舘野のために書き下ろされた新作である。
まずはJ・S・バッハが作曲した『無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ』よりパルティータ第2番最終楽章「シャコンヌ」をブラームスが左手のためのピアノ曲に編曲したものが演奏される。
テクニックは完璧とはいかず、ミスタッチも多いが、骨太で情熱的な演奏に圧倒される。
続いて、スクリャービンの「前奏曲・夜想曲 左手のための2つの小品」が演奏される。スクリャービンはモスクワ音楽院在学中にピアノの練習をし過ぎて右手を故障したことがあり、その時期に左手一本で弾けるよう作曲したのがこの曲だという。
舘野のピアノは立体感に富み、タッチもクリアで爽快な気分にさせてくれる。
前半ラストは吉松隆が舘野のために書いた「タピオラ幻想」(館野泉に捧ぐ)。メロディアスでポピュラリティーもあるリリカルな作品。隆は隆でも加古隆の曲のようでもある。日本人ピアニストとして最高のリリシストの一人である舘野の魅力を最大限に生かす曲であり、舘野の演奏も吉松の期待に十二分に応えるものになっていた。
後半は林光の「花の図鑑・前奏曲集 ピアノ(左手)のために」(館野泉に捧ぐ)、とフィンランドの若手作曲家であるヴェリ・クヤラの「左手のための3つの舞曲集」(館野泉に捧ぐ)が演奏される。副題からもわかるとおり、いずれも舘野のために書かれた作品。
林光作品の語り口の上手さ。クヤラ作品で見せる情熱。舘野のピアノの素晴らしさを堪能することが出来た。
アンコールは谷川賢作の作品と、チェコ出身で第二次大戦期に強制収容所で亡くなった作曲家(舘野さん自身がマイクを手にして紹介を行ったが、作曲家の名前は出さなかった)の「アリア」という曲が演奏される(あとで調べたところ、シュールホフという作曲家の作品であることがわかった)。
ピアノ演奏の素晴らしさを堪能すると同時に、希望を持つことと情熱の大切さを教えられたような演奏会であった。
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