コンサートの記(368) 広上淳一指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2017(年度)「魔法のオーケストラ」第4回“音楽の魔法”
2018年3月25日 京都コンサートホールにて
午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2017(年度)「魔法のオーケストラ」第4回“音楽の魔法”を聴く。今日の指揮者は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。ナビゲーターはガレッジセールの二人。
本番に先駆けてロビーコンサートがある。京響の各奏者が自分たちのパート以外の楽器に挑戦していたが、ラストに登場する出雲路橋カルテットのメンバーとして広上淳一が登場、モンティの「チャルダッシュ」でピアニカ(鍵盤ハーモニカ)でソロを取る。アゴーギク使いまくりのユーモラスな演奏。京響のメンバーもロビーにいて演奏を聴いており、私の近くには中山航介君(この間、出原さんに付き合って女装してコンサートに参加したらしい。京響も最近は飛んでるなあ)がいたのだが、ずっと笑いっぱなしだった。
スマホで映像を撮っている熱心な人がいるなあと思ってよく見たら大阪フィルハーモニー交響楽団の福山修事務局次長であった。大阪フィルでもこうした試みは行いたいだろう。
今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平。京響の二人いるコンサートマスターのうちの一人である渡邊穣はこの3月で卒団。泉原も指の怪我から復帰して半年ほどで調子は十全ではないと思われる。尾﨑平のアシスタント・コンサートマスターからの昇格もなさそうである。ということで、新たにコンサートマスターを連れてくる必要がある。泉原が怪我で1年ほど抜けていた間に何人か客演のコンサートマスターが試されたが、合格者がいたのかどうかはまだわからない。
今日の演目は、ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」よりメインタイトル、ベートーヴェンの交響曲第5番より第1楽章、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲より第1楽章(ヴァイオリン独奏:辻彩奈)、ブラームス(シュメリング編曲)のハンガリー舞曲第5番、チャイコフスキーの交響曲第5番より第4楽章。
先日、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団への客演で大成功を遂げた上淳一。すでに次回の客演も決まったという。
ジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」よりメインタイトル。スケール豊かなシンフォニックな演奏であり、映画音楽というよりクラシックの音楽作品と捉えたような立派な出来である。リズムと響きのバランスにも広上らしい明晰さが見られた。
演奏終了後、ガレッジセールの二人が登場。ゴリが「あそこの窓から見てたんですが、広上さんがだんだんヨーダに見えてきた」と言うと広上は「ヨーダのようだ」と冗談を言って、ゴリに「先生、今日、最初から飛ばしますね!」と言われる。
広上が、「ゴリちゃん、川ちゃん、二人はなんで漫才師やってるの?」と聞き、川田が「僕らは楽しいからやってます」と言うもゴリが「正直、お金になるから」と言って、川田に「最低だな、お前!」と突っ込まれる。広上は、「舞台に出るのが楽しいからやってるんでしょ。僕らもそうなんです」と言う。
続いて、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の楽曲解説。ベートーヴェンの父親がDVを行っていたという話から始まる。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの父親であるヨハン・ヴァン・ベートーヴェンは有能なテノール歌手だったのだが、「ここぞという時にいつも失敗してしまう」ということでうだつが上がらず(酷い上がり症だったという説もある)その不満を息子にぶつけていた。ベートーヴェンの祖父は同じ名前のルートヴィヒでボン市の音楽長を務めた名音楽家。そのためベートーヴェンの母親は息子がDVに遭うたびに祖父の話をして慰めたと広上は語る。ヨハンにしてみれば父親も名音楽家、息子も名音楽家でそのために余計ストレスが溜まったという話もあったりする。
「運命」の冒頭のジャジャジャジャーンは父親との決別を描いたものという説を広上は明かす。
ベートーヴェンの交響曲第5番は広上の十八番の一つであり、京響でも何度も取り上げているが、今日の演奏は三連符を強調するような、これまでに聴いたことのない解釈であった。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。ソリストの辻彩奈は、1997年生まれの新進ヴァイオリニスト。岐阜県大垣市に生まれ、2009年の第63回全日本学生音楽コンクールヴァイオリン部門小学校の部で全国1位を獲得。2013年の第82回日本音楽コンクールヴァイオリン部門でも1位を獲得。2015年の第11回ソウル国際音楽コンクールで第2位(最高位)、2016年のモントリオール国際音楽コンクールで優勝と若くして華々しいキャリアを誇っている。現在は東京音楽大学に特別特待奨学生として在学中。1年後にアンサンブルホールムラタでのリサイタル開催も決まっている。
真っ赤なドレスで登場した辻彩菜。話すのは余り得意ではないようで、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲に関しても、「誰でも一度は聴いたことあります。よね?」と広上に聞いて、ゴリに「なんで一々、広上先生を頼るんですか?」と突っ込まれていた。ゴリは辻を「恥ずかしがり屋さんですね」と評したが、広上は「ヴァイオリンはそうじゃない」と答える。
辻のヴァイオリンであるが、高音の切れ味と輝かしい音色、きっぱりとした歌い方が特徴である。二十歳にしてはかなり音楽性が高い。パウゼの取り方も独特である。
後半。ブラームスのハンガリー舞曲第5番。広上はガレッジセールの二人を指揮台のそばに立たせたまま序盤を指揮。ゆったりとしたテンポからアッチェレランドしていく演奏である。広上は左手でゴリの顔を撫でるように指揮しておどける。続いて、「ブラームス先生が書いたとおりに」ということでインテンポの演奏を行う。楽譜に全てが書けるわけではなく、解釈の余地があるということを示したのであるが、全曲演奏することなく次のチャイコフスキーの曲に進んでしまおうとする。京響の楽団員達は顔を見合わせていた。
実際にブラームスがどんな演奏を望んでいたかを知る術は最早なく、ブラームスがタイムマシーンに乗ってここにやって来たら、「広上! なに勝手なことやってんだよ!」と言われるかも知れないし、「よく理解してくれた」と褒められるかも知れないと語る。「我々はブラームス先生の思いを『忖度』して演奏するだけ」
ハンガリー舞曲第5番全曲の演奏であるが、まずは自然体でスタートし、再現部でタメにタメてアッチェレランドというスタイルであった。
チャイコフスキーの交響曲第5番第4楽章。広上は鞄を持ってきており、中から別のジャケットやらカツラやらサングラスやらを取り出す。まずは金髪アフロのカツラを被り、サングラスをしてロシア人指揮者「ヒロカミンスキー」に扮して疑似ラスト付近の部分を演奏する。本編の疑似ラストで拍手が起こるのを防ぐ狙いもあるだろう。だがサングラスをしたため楽譜が見えず、練習番号を確認していたりする。カツラやサングラスは昨日、LOFTで買ってきたそうだ。
ヒロカミンスキーの演奏。新即物主義的な解釈であり、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団の前身であるレニングラード・フィルハーモニー交響楽団に半世紀に渡って君臨したムラヴィンスキーを意識した演奏を行っていることがわかる(チャイコフスキーの交響曲第5番はエフゲニー・ムラヴィンスキーの十八番である)。
今度は、茶髪でロン毛のカツラを被り、「日本人指揮者、名前は言いませんが、こういう髪型をした」ということでコカミを名乗り、濃厚な演奏を行う。明かされることはなかったが、どう考えてもコバケンこと小林研一郎の物真似である(チャイコフスキーの交響曲第5番は小林研一郎の十八番でもある)。
同じ曲でもイメージが大きくことなることを示した後で、広上指揮京響のオリジナルの演奏。今日はどこかを強調するということはなく比較的端正な演奏であった。
アンコールはチャイコフスキーの「白鳥の湖」より「スペインの踊り」。比較的短い曲だが、曲調の変化を丁寧に描き分けた演奏となった。
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