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2018年8月20日 (月)

観劇感想精選(256) 「大人のけんかが終わるまで」

2018年8月10日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後6時30分から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで「大人のけんかが終わるまで」を観る。作:ヤスミナ・レザ、テキスト日本語訳:岩切正一郎、上演台本:岩松了、演出:上村聡史(かみむら・さとし)。出演:鈴木京香、北村有起哉、板谷由夏、藤井隆、麻実れい。

「偶然の男」、「アート」などで知られるヤスミナ・レザ。ペルシャ系ユダヤ人の父親とハンガリー系ユダヤ人の母親との間に、パリに生まれ、育った女性劇作家である。マクロン大統領も学んだパリ第10大学(ナンテール大学)で演劇と社会学を専攻した後、ジャック・ルコックの演劇学校で学び、舞台俳優としてキャリアをスタート。俳優としては大成しなかったが、1987年に初めての戯曲である「埋葬後の会話」でフランス最高の戯曲賞であるモリエール賞最優秀劇作家賞を受賞。1994年に発表した「アート」で世界的な名声を得ている。翌年、「偶然の男」を発表。「大人のけんかが終わるまで」は、2015年にベルリンで初演され、現時点ではレザの最新作となっている。原題は「Bella Figura(ベラ・フィギュラ」。「表向きはいい顔をする」「取り繕う」「毅然としている」という意味だそうだ。

開演前には、ヴィヴァルディの「四季」のピアノ編曲版が流れており、本編でもヴィヴァルディの音楽が要所要所で用いられる。

フランスの地方のレストランとその前の駐車場が舞台である。薬剤師助手のアンドレア(鈴木京香)と鏡の製造会社の社長であるボリス(北村有起哉)は不倫関係にある。ボリスはパトリシアという妻との間に二子がいて、一人は音楽院に入ったが、もう一人はフリーター(フランスにはアルバイトという概念がなく、パートタイムであっても正社員なので、日本のフリーターとは違ってフラフラしているだけなのだろう。フランスの若年失業率は極めて高い)である。アンドレアには9歳になるソフィーという娘がいるが、離婚しており、シングルマザーである。同じ薬局に勤める26歳の男性ともいい仲になろうとしているそうだ。
アンドレアとのデートにボリスが妻が薦めるレストランを選んだために、アンドレアは不機嫌である。レストランの駐車場でいがみ合う二人。更にボリスが事業を拡げようとして失敗し、間もなく破産することが判明する。

ボリスが車を出そうとバックした時に、誤って老婦人のイヴォンヌ(麻実れい)をはねてしまう。幸い、怪我はなかったが、今日が誕生日だというイヴォンヌと、イヴォンヌの息子であるエリック(藤井隆)、そしてエリックの妻のフランソワーズ(板谷由夏)と共にレストランに戻ることになる。フランソワーズとボリスの妻であるパトリシアとが幼い頃からの友人ということで、イヴォンヌの誕生日祝いである食事につきあうことにしたのだ。エリックとフランソワーズはまだ籍は入れておらず、いわゆるフランス婚状態である。イヴォンヌは認知症を患っており、言動が子供のようである(ただ観察眼は鋭い。ボリス曰く「三人の中で一番まとも」)。少しだけ同席してすぐに帰るつもりだったボリスとアンドレアだが、ヘリコプター会社の法務で働いているというエリックに破産回避の方法を聞いたりしているうちについつい帰りそびれてしまい……。

エリックはロマンティストで人は良いのだが単純で鈍いところがある。一方のフランソワーズはアンドレアがボリスの愛人であることをすぐに見抜き、親友のパトリシアのためにアンドレアに喧嘩を吹っかける。アンドレアは、薬局に勤めているのをいいことに(?)多数の薬を持ち歩いており、特に精神安定剤は何かあるごとに口にするという沙粧妙子状態(わかるかな?)で、心理的に危ういことがわかる。

「偶然の男」や「アート」でもそうだったが、ヤスミナ・レザの本はとにかくセリフが多い。登場人物が全員、饒舌で細かいところまで語る。ただ核心の部分は皆、明言を避けるのである。
時間が経つごとに、皆の心が安定し、今ある状況を受け入れるようになる。己の弱さに関しても、恋愛に関しても。素直にハッピーエンドになりそうな展開だったのだが、ラストは生きることの不安と人間存在の不安定さに関するセリフで締められる。単なる色恋沙汰を描いているわけではない。考えれば、脳天気なエリックを除けば、登場人物全員が危機に面している。

鈴木京香出演の舞台を観るのは3度目。野田秀樹の「カノン」は渋谷のシアターコクーンで、ジャン・コクトー作・三谷幸喜演出の「声」は同じく渋谷のスパイラルホールで観ているため、関西での舞台を観るのは初めてになる。今年で50歳を迎えた鈴木京香。この世代でアンドレアを演じられる女優としてはベストの配役であるように思う。事実婚状態が伝えられながら、いつまで経っても結婚しないというところもフランス的である。鈴木京香にはある意味、ジャンヌ・モローにも通じるセンスの持ち主であるように感じる。

私と同い年の北村有起哉。2002年に新国立劇場小劇場で観た「かもめ」のトレープレフ役が今も印象的だが、色気のある男の役も様になるようになってきた。

コミカルなイヴォンヌ役を演じる麻実れい。アンドレアやボリスよりもある意味重要な役であり、麻実の貫禄の演技が生きている。

いい人なのだがどこか抜けているエリックを演じた藤井隆、夫と義母の間で疲弊しているところのあるフランソワーズを演じた板谷由夏も持ち味を発揮した演技であった。



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