コンサートの記(446) 「時の響」2018楽日 大ホール第1部 広上淳一指揮京都市交響楽団 広上淳一リクエスツ「音楽維新 NHK大河ドラマテーマ音楽で聴く歴史の波形」
2018年10月21日 京都コンサートホールにて
京都コンサートホールで行われている「時の響き」2018。大ホールでの第1部と第2部の出演は、広上淳一指揮京都市交響楽団。
コンサートマスターは今日も渡邊穣で、第1部の木管楽器の首席奏者はオーボエの髙山郁子のみ、第2部では勢揃いという顔触れである。
午前11時開演の第1部は、広上淳一リクエスツ「音楽維新 NHK大河ドラマテーマ音楽で聴く歴史の波形」と題されたコンサートで、幕末を舞台とした大河ドラマのメインテーマ曲を中心にした曲目が編まれており、
谷川賢作の「その時歴史が動いた」エンディングテーマ、坂本龍一の「八重の桜」、川井憲次の「花燃ゆ」(ヴォーカル:平野雅世&迎肇聡)、湯浅譲二の「徳川慶喜」、吉俣良の「篤姫」、佐藤直紀の「龍馬伝」(ヴォーカル:平野雅世)、林光の「花神」、富貴晴美の「西郷どん」が演奏される。
司会は、FM京都 a-stasionのDJである慶元まさ美(けいもと・まさみ)が務める。
NHK職員の息子であり、子どもの頃から大河ドラマを見ていて、自称「大河フェチ」の広上淳一の解説も聞き物である。
現在は「歴史秘話ヒストリア」となっている枠で流れていた「その時歴史が動いた」。詩人の谷川俊太路の息子で、作曲家の谷川賢作の作品である。
広上によると、「ラストで、取り上げられた人物の金言といいますか、箴言、まあ金言ですね。それが松平さん(松平定知アナウンサー)のアナウンスで流れて、最後にトランペットが鳴るところで涙を流す」と「自分自身の体験なってしまいましたが」語る。広上はよく泣く人のようである。
午前中にスタートするということで、広上は「おはようございます」と挨拶していた。
「八重の桜」。慶元が、同志社大学の創設者である新島襄の妻となった新島八重(山本八重)を紹介し、広上は「私の頭の中では綾瀬はるかになっています」と語る。
八重の兄である山本覚馬が西郷隆盛と仲良くなり、御所の北にあった二本松の薩摩藩邸跡地を安値で譲られて、新島襄の同志社が出来たという話を広上はする。
「八重の桜」のテーマ曲は、放送中であった2013年に、坂本龍一のピアノと栗田博文指揮東京フィルハーモニー交響楽団の演奏で聴いてことがある。新しくなったフェスティバルホールで聴いた初のコンサートであった。
尾高忠明指揮NHK交響楽団による本編用の音源でも、坂本龍一&栗田指揮東京フィルの演奏でも最初から壮大でドラマティックな展開となっていたが、今日の広上はそれらとは違い、一瞬一瞬の光の明滅を描いたかのような儚げなものであった。尾高や坂本&栗田が咲き誇る桜を描いたのとは対照的に、散りゆく花びらを音の変えたかのような演奏である。
「花燃ゆ」。吉田松陰の妹である杉文を主人公にした作品。広上は「私にとっては井上真央」。井上真央もこの作品の低視聴率があだとなったのか、最近はいい噂が聞こえてこない。
本編で指揮を行っていたのは、広上の弟子である下野竜也。下野竜也はNHKに気に入られているようで、その後も何度も大河ドラマのテーマ曲指揮を手掛けており、「真田丸」では謎の商人役(真田信之役の大泉洋に「誰?」と言われる)で出演までしてしまっている。「RAMPO」などの作曲家である川井憲次のメインテーマはドラマティックで良かったのだが、本編自体は脚本家を4人も注ぎ込むも音楽に負ける出来となってしまっていた。
「徳川慶喜」。作曲は20世紀の日本を代表する作曲家の一人であった湯浅譲二。現代音楽の要素を取り入れており、大河ドラマのメインテーマの中では取っつきやすい方ではない。広上は、徳川慶喜については「昔は余り好きじゃなかった」と語り、「軍事力は負けないだけのものを持っていたのに、兵を見殺しにして逃げて謹慎しちゃって情けない人だと思っていた」
ただ、「当時の列強に日本を乗っ取られる」危険性を避けるためと知ってからは見る目が変わったようである。
演奏前に、大政奉還の舞台となった二条城のCGがスクリーンに映る。
本編でもオープニングタイトルは個性的であり、江戸の写真や絵と共に縦書きの字幕が左から右へと流れていくという絵巻物手法が取られていたのを覚えている。
吉俣良の「篤姫」。21世紀に入ってからの大河の中では平均視聴率が最高を記録した作品である。広上は、「まさか岡田准一と結婚するとは思わなかった」と宮﨑あおいについて語る。
ちなみに影の脚本家を巡る噂のある作品でもある。
広上は、「地味だけど」と前置きしつつ、曲に関して褒める。
本編での指揮は井上道義で、耽美的な演奏を行っていたが、広上の指揮する「篤姫」は井上のものに比べるとスタイリッシュである。
佐藤直紀の「龍馬伝」。本編を指揮したのも広上淳一である。
佐藤直紀は、広上の東京音楽大学の後輩であり、教え子でもあるそうだが、「彼は私の授業には出ませんで」と広上は語る。「龍馬伝」のレコーディングの時に、佐藤は「あの時はお世話になりました」と言いに来たそうだが、広上が「そんなにお世話したっけ?」と返すと、「いや、最初の1回しか授業に出ていませんで、それで、『単位あげるよ』と言われたので、もう出ませんで」だそうである。広上は単位はあげたが、大学から授業に出ない学生に単位をあげたのが問題視されたそうで、翌年からは当該授業からは外されてしまったそうである。
佐藤は、インドやネパールなどの南アジアの「エキゾチックな」民族音楽を学ぶのが好きな人だそうである。
本編ではオーストラリアのミュージシャンであるリサ・ジェラルドがヴォーカルを担当していたが、今回は平野雅世がマイクなしのソプラノで歌う。
ただこの曲は、マイクありのヴォーカルで歌った方が効果的なように思えた。
林光の「花神」。大村益次郎こと村田蔵六を主人公にした作品である。「花神(かしん)」は「花咲か爺さん」の中国での呼称。自分は去ってしまうけれど咲かせた花は残るという姿を司馬遼太郎が花神に例えたものである。
広上は林光について「大天才」と最大級の賛辞を送る。林光は尾高尚忠の弟子であり、十代の頃からすでに尾高に認められていて鞄持ちなどをしており、東京芸大に入るも学ぶものが何もないため1年で中退して作曲活動に入ったという早熟ぶりについても話す。
基本的にオプティミスティック人であり、どんな時でも明るかったという。
「花神」は、現在は総集編のVTRのみが残っている。私も総集編のみDVDで見た。
林光は、作風が比較的平易なことでも知られ、どの作品でも明快な旋律を一番大事にしている。曲と広上の相性も良いようだ。
現在放送中の大河ドラマ「西郷どん」のオープニングテーマ。一昨日、岩村力指揮京都市交響楽団の演奏で聴いているため、聞き比べが出来る。
広上の指揮する「西郷どん」は、岩村のそれと比べて重層的であり、より多くの音が聞こえる。劇伴としては主題が明確に浮かぶ演奏が好まれる傾向にあるのだが、広上の解釈はクラシック作品に対するのと変わらないスタイルが貫かれているようだ。
全般を通していえることだが、広上の奏でる大河のメインテーマはどこか儚げで移ろいやすく、どんなに明るいメロディーや和音にも憂いが影に潜んでいるという日本人的美質が聴き取れる。まるで「桜」の美意識だ。
広上の大河指揮デビュー作も幕末ものの「新選組!」なのだが、残念ながら演奏はなし。「時の響」は時間の関係でアンコール演奏も一切なしのようである。
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