コンサートの記(452) 春秋座オペラ第9弾 「蝶々夫人」2018楽日
2018年11月4日 京都芸術劇場春秋座にて
午後2時から、京都芸術劇場春秋座で、春秋座オペラ第9弾、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」を観る。例年通りNPO法人ミラマーレ・オペラによる上演。指揮は樋本英一(ひもと・ひでかず)、演奏はミラマーレ室内管弦楽団。
これまでの春秋座オペラではエレクトーン入りの編成でオーケストラピットに入っていたミラマーレ管弦楽団であるが、今回はピット内下手端、花道の下にグランドピアノを置いた編成である。第1ヴァイオリン第2ヴァイオリン共に2人、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが1人ずつという配置。管はフルート、クラリネット、ホルン、トランペットが2管編成である。Ettore Panizzaのリダクションによるオーケストレーションでの演奏。
全楽器が生の音ということで、小編成ながら迫力がある。
演出:今井伸昭。公演監督は松山郁雄。松山は字幕翻訳も手掛けている。出演は、藤井泰子(蝶々夫人)、マッシミリアーノ・ピサピア、片桐直樹(シャープレス)、糀谷栄里子(こうじたに・えりこ。スズキ)、大淵基丘(おおふち・もとく。ゴロー)、服部英生(ボンゾ)、萩原泰介(ヤマドリ/神官)、愛知智絵(ケイト)。合唱はミラマーレ・オペラ合唱団。所作指導:井上安寿子。公演プロデューサー:橘市郎。
指揮の樋本英一は、1954年生まれ。都立新宿高校を経て東京芸術大学卒という経歴は坂本龍一と完全に一緒である。東京芸大では声楽科を卒業した後に指揮科を卒業。芸大は中途編入を認めていないため、一から受験し直したのだと思われる。主に声楽の指揮者として活躍しており、母校の芸大を始め、桐朋学園短期大学、二期会オペラ研修所、日本オペラ振興会オペラ歌手育成部などの講師も務めている。
ドラマティックな音楽作りに長けており、耽美的な音も上手く引き出す。
演出の今井伸昭は、日本大学藝術学部写真科中退後、木村光一に演出を学び、更に栗山昌良に師事して演出助手も務めたということで、春秋座では「ラ・ボエーム」の演出を手掛けた岩田達宗の兄弟弟子になるらしい。現在は、東京音楽大学や桐朋学園大学の非常勤講師でもある。
タイトルロールを務める藤井泰子は、私やダブルキャストで蝶々夫人を演じた川越塔子と同じ1974年生まれ。広島県福山市出身。音楽好きの両親の元に生まれ、幼少時からピアノやフルートを習い、高校時代から声楽のレッスンを開始して、慶應義塾大学総合政策学部卒業後に日本オペラ振興会育成部を修了。政府給費にてイタリアのボローニャ元王立音楽院に学び、国際コンクールでの優勝経験もある。イタリアではYasuko名義でクイズバラエティーに出演して人気を博している。なんでも出題者としての登場で、イタリアの曲を日本語で歌ってなんの曲か当てさせるコーナー担当だったらしい。見たことはないので詳細は不明。
オペラデビュー作が「蝶々夫人」だったそうだ。
マッシミリアーノ・ピサピアはイタリアのトリノの生まれ。フランコ・コレッリらに師事し、「蝶々夫人」のピンカートン役でデビューしている。ピンカートンは十八番であるようだ。
回り舞台を使用。最初の場では、背後にアーチ状もしくは太鼓橋状の階段が掛かっており、初めてここに来る人は基本的にこのアーチの上を通る。
蝶々夫人は、親戚一同をあたかも運命のように引き連れながらやって来る。
この場では桜の木が中央で枝を拡げている。
回り舞台を使ったもう一つの場は、蝶々のように羽根を拡げた形の壁がある舞台セットである。この場では影絵が用いられる。特徴的なのは星条旗が見当たらないことである。星条旗が立っていそうな場所にはやはり桜の木があり、常に光を浴びている。
視覚面での特徴は、なんといっても第二幕で蝶々さんが洋装していること。鹿鳴館で山川捨松や陸奥亮子がしていそうな格好である。外見を洋風にするというのは時代の流れの表現でもあるだろうが、やはり気持ちがピンカートンと共にあるということを示しているのだろう。可能性は低いが、あるいはケイトが現れなければ、ピンカートンの横に収まっていたのかも知れない。少なくとも蝶々さんはそう望んだいたわけで、それだけに自分と同じ洋装のケイトが突然現れた衝撃はいや増しに増したことだろう。
今回は、蝶々さんが武家の娘であることが強調されており、親戚達も蝶々さんが芸者に身をやつしたことを嘆いている。ただ、彼女がそのことのプライドを持っていなければ最悪の事態は免れたのかも知れないと思える。
通常の演出なら星条旗のあるべき場所に桜の木があるということは、彼女がアメリカや帝国主義に裏切られたのではなく、日本では美徳とされている精神によって殺されたことを表していると取ることも出来る。潔く散るのをよしとする国でなかったならということである。今回の蝶々さんはピョンピョン跳ぶなど十代相応の幼さが表われているのも特徴であり、若さが招いた悲劇ともいえる。
ラストでは、自らの胸を刺した蝶々さんにピンカートンが抱きつき、蝶々さんが息子がケイトに懐いたのを見て安心しながらピンカートンに口づけしつつ息絶えるという演出がなされている。息子とケイト、そしてそれを見守るスズキの姿は、おそらくいまわの際の蝶々さんが見た幻覚であり希望なのだろう。
ピンカートン役のマッシミリアーノ・ピサピアは、朗々とよく響く歌唱を披露。日本人歌手とは体格や肺活量が違うということも大きいと思われる。
タイトルロールの藤井康子は、良く変わる表情と細やかな表現が魅力的であった。
その他の出演者では、バカ殿ような格好をしたヤマドリ役の萩原泰介が面白く、スズキを演じた糀谷栄里子の丁寧な心理描写も秀でていた。
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