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2019年2月の32件の記事

2019年2月27日 (水)

美術回廊(26) 上方浮世絵館 「実川家の役者達」

2019年2月17日 上方浮世絵館にて

以前から存在は知っていたが、いつも前を通り過ぎるだけだった上方浮世絵館に入ってみる。細長い形の4階建てビルを美術館としたものである。今は、「実川家の役者達」という展覧会をやっている。上方歌舞伎の名優であった初代実川額十郎、初代実川延三郎、初代実川延若らの役者絵を中心とした展示である。江戸時代の道頓堀は芝居小屋の並ぶ日本最大の劇場街であった。

歌舞伎を描いた浮世絵ということで、登場人物が大見得を切っているところを描いている。
全員が一斉に大見得を切っていて、実際にはそんな演目は存在しないと思われるが、想像で描いたのであろう。浮世絵はリアリズムに関しては余り追求されてはいないように感じるものが多い。それよりも構図と勢いを重視しており、描き手の想像力がものをいうジャンルである。


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2019年2月25日 (月)

美術回廊(25) 京都国立近代美術館 「世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて」

2019年2月19日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

京都国立近代美術館で、「世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて」を観る。今回は、京都国立近代美術館の3階を使っての展示となる。

「Ⅰ ウィーン分離派とクリムト」「Ⅱ 新しいデザインの探求」「Ⅲ 版画復興とグラフィックの刷新」「Ⅳ 新しい生活へ」の4部からなる展覧会。

ウィーン分離派というのは通称で、正式にはウィーン造形芸術家協会という。ウィーン画壇を仕切っていたクンストラーハウスの高等的な芸術に反発し、かといって通俗的に走るでもない新たなる芸術を企図して結成された団体で、グスタフ・クリムトが中心人物である。
ウィーン分離派は、機関誌「聖なる春(ヴェル・サクルム)」を刊行し、デザインを中心とした汎用性のある芸術を広めていく。

中心人物のクリムトは、毒のある煌びやかさと、退廃的でアンニュイな雰囲気を持ち味としており、「世紀末ウィーン」と聞いて思い浮かべる画像に最も合致した画家であるが、今回はクリムトの作品そのものではなく、習作や挿絵、印刷された絵画などの展示が中心となっている。他の画家の作品もそうであるため、今回の展覧会は一部を除いて写真撮影可である。

純粋な絵画展ではなくデザイン展であり、描写力よりも躍動感や受け入れられやすさを重視した作品が多い。原色が多用されており、細部を簡略化することで勢いのある画風が生まれている。

ウィーンでは印象派は広まらなかったが、日本の浮世絵の影響は入ってきており、この時期には木版画の復興運動が起こっている。結果、浮世絵的なダイナミズムが加わった作品が生まれることになった。ちなみに、西洋の版画芸術は、浮世絵とは違い、原画の作成、版木の制作、版画の摺り上げまで一人で作業を行うことが基本だったようだ(日本の浮世絵は分業制である)。

あたかもグスタフ・マーラーの音楽を絵画化したかのような作品が並ぶが、マーラーが愛読し、音楽の題材として取り上げられることで知られる詩集「少年の魔法の角笛(子どもの魔法の角笛)」の挿絵も展示されており、逆にマーラーがこうした絵画の雰囲気を音楽で描いたとした方が適当であるかも知れない。ジャンルは違うが同じものを描いていたのだ。


4階のコレクション・ギャラリーも観る。昨年、ロームシアター京都メインホールでも上演された「魔笛」の演出家でもあるウィリアム・ケットリッジがロシアの映像を用いた《俺は俺ではない、あの馬も俺のではない》というタイトルの複数の作品が紹介されており、そのうちの一つではピアノを弾いたり五線譜に筆を走らせたりしているショスタコーヴィチの姿を確認することが出来る。


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2019年2月24日 (日)

コンサートの記(526) 秋山和慶指揮 京都市交響楽団第631回定期演奏会

2019年2月15日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第631回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は秋山和慶。

曲目はオール・ラフマニノフで、ピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:小山実稚恵)と交響曲第3番。


齋藤メソッドの正統的な継承者として、再評価も高まって来ている秋山和慶。長きに渡って東京交響楽団のシェフとして活躍し、私も1994年に秋山和慶指揮東京交響楽団の演奏を千葉県文化会館で聴いたことがある。
1998年から2017年まで、広島交響楽団の首席指揮者兼ミュージック・アドバイザーとしても活躍しており(現在は同団の終身名誉指揮者である)、広島東洋カープやサンフレッチェ広島とのコラボレーションを行い、カープ・シンフォニーやカープの応援曲の指揮を赤のユニフォーム姿で行っていたりする。
カナダやアメリカでもキャリアを築いてきたが、指揮者としてのポストを追い求めるよりも教育を重視する人であり、音楽大学のオーケストラなども良く指揮している。

今日のコンサートマスターは客演の石田泰尚。フォアシュピーラーに泉原隆志。第2ヴァイオリン首席も客演で長岡聡季。


ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。小山実稚恵の十八番の一つである。
小山は清冽な音色でキビキビとした音運びを行う。冴えたテクニックによる演奏で抜群の安定感がある。
普段は輝かしい音を奏でる京都市交響楽団だが、今日は荘重な響きによる演奏。渋さの光る美しさである。

小山実稚恵のアンコール演奏は、ラフマニノフのプレリュードト長調作品32の5。丁寧に作り上げた抒情美が胸に染み渡る。


ラフマニノフの交響曲第3番。彼のアメリカ時代の作品である。
3曲あるラフマニノフの交響曲の中では、第2番が飛び抜けて有名でプログラムに載ることも多い、というより第2番以外を聴く機会はほとんどない。
私自身は、シャルル・デュトワ指揮フィラデルフィア管弦楽団によるラフマニノフの交響曲全集を持っているが、交響曲第3番を聴いたことは1回か2回しかないはずである。
というわけでほぼ初体験に近い。

秋山は細かいところを幾つか抽出しては組み上げていくような音楽作り。構造がよく分かる。
第1楽章のロシア民謡のような旋律にラフマニノフのロシアへの望郷の念が浮かび上がり、それが都会的で洗練された響きによって彩られていく。ガーシュウィンの「パリのアメリカ人」を想起させるような、ハイセンスな場面もある。
京都市交響楽団の奏者達も高度な技術と合奏能力を示し、マジカルな音響を何度も作り出していた。
かなり良い曲と演奏である。


今日はチケット完売御礼。終演後、多くの聴衆が秋山と京響を称えて盛んな拍手を送った。


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美術回廊(24) 兵庫県立美術館 「奇跡のクラーク・コレクション ルノワールとフランス絵画の傑作」

2013年7月5日 神戸・岩屋の兵庫県立美術館にて

阪神電鉄元町駅から、阪神電車普通電車に乗り、岩屋駅で下りて、兵庫県立美術館に向かう。現在、「奇跡のクラーク・コレクション ルノワールとフランス絵画の傑作」という展示会が行われており、米マサチューセッツ州ウィリアムズタウンにあるクラーク美術館所蔵のフランス絵画が展示されている。ほぼ全てが日本初公開となる作品であるという。

タイトルにもなっているルノワールの他に、クロード・モネ、ドガ、ルノー、ロートレックなどの画が飾られている。

ルノーの画は色彩は暗いが、立体感が見事である。

クロード・モネ(マネというよく似た苗字の画家がいたので、モネは必ず、クロード・モネと署名した)の画はタッチが淡く、光と影が同居するタッチが独特である。

ドガの画は、画面から音が聞こえてきそうな臨場感がある。

ピエール=オーギュスト・ルノワール(息子二人が有名人なのでフルネームで書いた)の人物画は外見の描写も勿論巧みだが、それよりモデルの性格や内面が滲み出るような描き方が特徴。日本製の団扇を持った少女を描いたタイトルもそのままずばりの「うちわをもつ少女」という作品は、ラ・ジャポニズムを代表する絵画である。
「テレーズ・ベラール」という少女を描いた画は、彼女の内気な内面がはっきりとわかるように描かれており、「巧い」の一言に尽きる。

ルノワールの風景画は、印象派の特徴である強くて淡い光を描写したもので、この世ではない理想郷が画の中に拡がっているかのようだ。また「日没」という画は印象派の手法が最も顕著に出ている作品で、ここまで行くとポスト印象派という印象を受ける。

貴族階級に生まれながら、足が不自由であり、36歳で若死にしたロートレックの画は2枚だけだが、いずれも陰鬱な雰囲気を醸し出している女性の画で、作者の早世を暗示しているかのようだ。

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2019年2月22日 (金)

美術回廊(23) 東京都写真美術館 「日本の1968」

2013年6月26日 恵比寿の東京都写真美術館にて

東京都写真美術館で「日本の1968」という展覧会を観ることにする。村上春樹が「我らが年」と呼び、村上龍が自伝的小説のタイトルに選んだ1969年の前年。日米安全保障条約改正反対運動を中心とした学生運動がピークに差し掛かろうかという時期の写真を中心とした展覧会である。ただ1968をキーワードに1968年以外の時代の写真も展示されている(1968年の100年前である、1868年頃に撮影された写真には幕末の写真家として知られる上野彦馬撮影のものが含まれる。また1968年頃にデビューしたアラーキーこと荒木経惟(あらき・のぶあき)の写真もあり、竹中直人が荒木をモデルに作成した映画「東京日和」(竹中直人監督作品。松たか子の映画デビュー作でもある)にも出てくる柳川の小舟の上で眠る妻の写真(「東京日和」では中山美穂が主人公の妻役であり、完全に同じ構図で写真は撮られている」)も展示されている。

1968年の4年前、1964年に取られた若者達の写真もあるが、皆、どことなく石原裕次郎っぽい。

学生運動関連の写真も勿論、多い。最も過激といわれた日大全共闘が出版した資料などがあるが、東京以外の学生運動の記録もある。広島大学全共闘が発行したもので、学生運動の記録が年表形式で書き込まれている。


写真のみならず、映像の展示もある。1968年を舞台とした映像は二つ。共に10月の国際反戦デーの新宿の映像である。東口では当時流行っていたアングラことアンダーグラウンド演劇のそれを真似た、大阪万博開催反対のパフォーマンス。今見ると、アホにしか見えないのだが、当時の彼らは本気だったのだろう。

西口では夜に、日米安保条約改正およびベトナム戦争反対を標榜するヘルメットにマスク姿の学生を中心とした集団(東大全共闘、中大、革マル派という文字が読み取れる。ヘルメットに「日」の一文字の集団が過激なことで知られた日大全共闘だと思われる)が、火炎瓶を投げ込む姿などが映っている。駆けつけた機動隊の姿を捉えて、映像作品は終わる。

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2019年2月21日 (木)

京都芸術センター「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」 中村壱太郎

2019年2月11日 京都芸術センター講堂にて

午後2時から京都芸術センター講堂で、「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」を観る。出演は中村壱太郎(かずたろう)。若手を代表する女方(女形)の一人である。

中村壱太郎は、四代目中村鴈治郎の長男である。1990年生まれ。本名は林壱太郎。
中村鴈治郎家は上方の名跡だが、すでに東京に移住しており、壱太郎も東京生まれの東京育ちである。屋号は成駒屋で、私が観た時には、「小成駒!」という声が掛けられてもいた。2014年に、日本舞踊吾妻流の七代目家元、吾妻徳陽(あづま・とくよう)を襲名している。

プログラムは、創作長唄「藤船頌(とうせんしょう)」、レクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」(中村壱太郎&広瀬依子)、休憩を挟んでレクチャー「日本舞踊の音楽について」(中村壱太郎&中村壽鶴)、長唄「島の千歳」


創作長唄「藤船頌」。歌詞は事前に観客に配られている。唄:杵屋禄三、今藤小希郎。三味線:杵屋勝七郎、今藤長三朗。立鼓:中村壽鶴。笛:藤舎伝三。
主人公はお公家さんだそうである。春の海辺を謳ったもので、藤の紫と海の青が一体となって賛嘆される。

壱太郎は、紋付き袴で登場。強靱な下半身に支えられていると思われるブレのない舞踊を行う。西洋の舞踊は体を大きく見せる方向に行きがちだが、日本舞踊は両手や体を最短距離で動かす無駄のない動きが特徴的であり、好対照である。
扇には表に墨絵の藤、裏に波の絵が描かれている。藤が墨絵なのは、彩色すると「女っぽく見えてしまうから」「藤が面に出過ぎるから」という2つの理由があるらしい。


元「上方芸能」誌の編集長、広瀬依子を進行役としたレクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」。壱太郎は私物だというMacのノートパソコンを使ってスライドを投影し、解説を行う。

まずは歌舞伎の歴史から解説。出雲阿国の阿国歌舞伎から若衆歌舞伎を経て、現在まで続く野郎歌舞伎に至るまでの歴史が簡単に解説される。
歌舞伎の元祖は出雲阿国による阿国歌舞伎で、これは舞踊である。女性が男装をした舞うものだったのだが、「風紀が乱れる」ということで廃止になり、若衆歌舞伎へと移行する。若衆歌舞伎は、壱太郎曰く「ジャニーズ系」のようなもので、「美しいものを見たいが、女性は駄目となると未成年の男性」に目が行くということだったのだが、この時代は同性愛は一般的なことであるため、やはり風紀上よろしくないとのことで禁止され、「成人男性によるちゃんとしたお芝居なら良い」ということで野郎歌舞伎が生まれる。
歌舞伎は江戸の歌舞伎と上方の歌舞伎に分かれるが、江戸が英雄を登場させてポーズで見せるという外連を重視するのに対し、上方歌舞伎は庶民が主人公で日常を主舞台にするという違いがある。

日本舞踊、吾妻流についても解説が行われる。吾妻流は日舞の中では傍系で、元々は女性の歌舞伎踊りとして始まり、現在も門人の99%は女性だそうだ。ただ、その家元となった壱太郎(=吾妻徳陽)が男性ということで複雑なことになっているらしい。
吾妻流は、江戸時代中期に始まっているがいったん途絶えている。再興されたのは昭和に入ってからで、十五代目市村羽左衛門の娘である藤間春枝が吾妻春枝として興したのだが、十五代目市村羽左衛門の実父は白人とされており、壱太郎にも白人の血が流れているかも知れないというロマンがあるそうである。
壱太郎の大叔父に当たる五代目中村富十郎が吾妻徳隆(とくりゅう)を名乗っており、壱太郎の舞踊名も漢字が似たようなものをということで、徳陽になったそうだ。舞踊名にはもう一つ候補があって、壱太郎が慶應義塾出身ということで、「徳応ではどうか」というものだったのだが、壱太郎は「徳応だと偉そうな感じがする」というので徳陽に決まったそうだ。
「陽」の字はご年配の方の名前には余りつかないということで若々しさも感じられる良い名前だと思う。

その後、韓国で収録されたという壱太郎による舞踊「鷺娘」の映像がスクリーンに投影される。女方にとって映像、それも4Kを超えて8Kとなると女ではないことがはっきりわかるので困ったことになってしまうそうだ。
「鷺娘」は衣装の早替えがあるのだが、海外で上演すると拍手が貰えないという。「Wow!」という驚嘆の反応になってしまうそうだ。
女方の理想は、「女になり切って演じるのではなく、女らしさを追求する」というもので、「矛盾した」難しいものである。女らしさを演じるために腰を落とした上で良い姿勢を保つことが肝要なようである。女らしい仕草をするために常に内股であることを心がけてもいるそうだ。


休憩後、立鼓の中村壽鶴と壱太郎によるレクチャー「日本舞踊の音楽について」。壽鶴は鼓をばらしてみせる。普段はばらした形で持ち歩いているそうだ。
鼓の皮は何の皮を使っているかということがクイズ形式で観客に出され、壱太郎が、「土日の新聞をチェックしている人はわかるかも知れません」とヒントを出し、壽鶴も「淀駅に行く方はわかるかも知れません」と続ける。淀駅は京都競馬場の最寄り駅である。ということで正解は馬の皮。往時は馬が最も身近な動物だったようである。ちなみに今日、壽鶴が持っている鼓の胴は江戸時代製、皮の部分は安土桃山時代に作られたもので、かなりの値打ちもののようだ。
鼓は乾燥すると音が高くなるため、息を吹きかけて湿らせ、音を調整するそうである。


長唄「島の千歳」。唄は杵屋禄三と今藤小希郎、三味線が杵屋勝七郎と今藤長三朗、立鼓が中村壽鶴である。
白拍子を主人公とした女舞。白拍子に見せるため、壱太郎は長絹を纏っての登場である。
白拍子も阿国歌舞伎同様、男装した女性が舞を行うものだが、男性である壱太郎が男装した女性を演じるということで、幾重にも転倒した状況を生んでいる。抒情と艶を二つながら生かした典雅で妖しい舞となる。



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2019年2月20日 (水)

笑いの林(115) よしもと祇園花月 「祇園ネタ」&吉本新喜劇「借金と慰安旅行のためにがんばりまショー!」

2013年4月27日 よしもと祇園花月にて

午後3時30分より、よしもと祇園花月で、「祇園ネタ」と吉本新喜劇「借金と慰安旅行のためにがんばりまショー!」を観る。


「祇園ネタ」の出演者は、フルーツポンチ、桜 稲垣早希、COWCOW、大平サブロー、宮川大助・花子。

フルーツポンチは、亘健太郎がバンドを脱退することに決めたドラム奏者を、村上健志がそれを引き留めるバンドの後輩を演じたのだが、村上が「ドリカムやB'zみたいになりたいって言ってたじゃないですか」と言って、「ドリカムもB'zもドラムはいない」と突っ込まれる。更に村上が亘のために曲を作ったのだが、タイトルが「お荷物」で、亘が自分のことを見下していると怒るネタであった。


桜 稲垣早希。おなじみになった「桜 稲垣早希の○○の十数年後」。早希ちゃんが35歳になったスタジオジブリアニメのかつてのヒロインに扮し、ジブリアニメの登場人物を次々登場させるというネタである。


COWCOWはいつもの回文ネタ。「竹藪焼けた」に対して、多田が「パパ、竹藪焼けた、パパ」と回文にパパをつけただけの安易な作りで返してしまう。その後、多田が女性役、山田が男性役でドライブデートの話になり、今の気持ちをしりとりで表すことになるのだが、山田の「ここでキスしないか?」に多田は「帰れ!」と言ってしまう。多田と山田が浜辺で戯れる場面。女性役の多田が「追いついたらキスしてあげる」という話になるのだが、途中で多田は車に乗って逃げてしまってどうにもならないという結末を迎える。


太平サブローは、京都のタクシーの話から入る。京都のタクシーにはカラオケ装置がついており、それでサザンオールスターズの「TSUNAMI」を歌うことになったのだが、交差点で止まると周りの運転手が自分の方を見る。不審に思って運転手に尋ねると、「あ、これスピーカーで外に流しています」とのことだった。

最近はクイズ番組の司会などもしたいのだが、今は、クイズ番組の出演者は二極化していて賢いかアホかのどちらかでないと駄目で中途半端な人には仕事が回ってこないという。ロザンの宇治原史規は新聞を4紙購入していて、それを全部読んで内容を全て記憶しているそうである。サブローも真似をしてみたが、1紙読むのに3日かかり、天気予報しか覚えられなかったという。一方、アホはジミー大西クラスでないと駄目で、ジミー大西は絵画に才能を全部つぎ込んでしまったと話す。
それからお金の話になり、バブル期に明石家さんまが出演したコーヒーのギャラが1億4千万円だったとか、高倉健の「ぽっぽ屋」で駅で列車を見送る駅員役のギャラが8千万円だったとか、JRAのCMで、高倉が「馬の気持ちが分かった気がする」というセリフ一つのみの出演でギャラが2億円だったという。


宮川大助・花子。大助が6年前に脳内出血で倒れた話から始まる。花子が「脳が無いのに出血ってどういうこっちゃ」、娘が「お母さん、お父さんが無事に戻ってきたらどうしよう」と言って笑わせる。大助が休んでいる間、花子は一人で舞台に立ったが「楽だったわ」の一言。花子が内臓癌で手術し、3ヶ月休んだときは、大助も「一緒に3ヶ月休んでくれた」「吉本には大助一人で舞台に立たせてくれと頼んだが、『頼むから休んどけ』と断られた」という話になる。
それから、大助の父親が大助そっくりだという話になり、仏壇の遺影を見た後で大助を見て噴き出さない人はいないという話になる。
最後は現在、二人が住んでいる生駒山の話。リス、タヌキ、キツネなどが出るという。花子は寒いときにはキツネを首に巻いてタヌキを頭に被るというが、「そんなことあるかいな」と大助に突っ込まれる。


吉本新喜劇「借金と慰安旅行のためにがんばりまショー!」。出演は、高井俊彦、安尾信之助、太田芳信、佐藤太一郎、奥重敦史、レイチェル、いちじまだいき、島田珠代、五十嵐サキ、前田真希、前田まみ、平田健太(新人)、チャーリー浜。

吉本温泉の「旅館ぎをん」が舞台。ぎをんはオンボロ旅館で客が来ず、借金が1000万に膨らみ倒産寸前。にも関わらず、安尾信之助、レイチェル、島田珠代ら従業員は慰安旅行でどこに行くかを検討している。久しぶりに平田健太と前田まみのカップル、そしてアラブの富豪風の男(チャーリー浜)とその秘書(五十嵐サキ)が泊まりに来るが、ヤミ金屋の太田芳信と奥重敦史が借金の取り立てに来る。奥重敦史が太田芳信を殴るシーンがあるのだが、奥重のパンチが太田の鼻に実際に入ってしまったそうで、鼻をやられた太田が涙を流しながら演技する場面があった。

ぎをん主任の高井俊彦のところに、大学の同級生で今はテレビ局のディレクターをやっている佐藤太一郎がやって来る(佐藤太一郎がアフリカ系に間違えられたりするお約束のオチあり)。佐藤は旅番組のディレクターをしていて、今度、旅館ぎをんを取り上げたいという。高井は、ぎをんの名物としてショーをやっていると嘘をつく。ただ、実際にショーをやってテレビに映れば、宣伝効果抜群で客が押し寄せ、旅館も繁昌して借金が返せるのではないかという希望が膨らむ。しかし、実際のショーの出来は酷いもので……。

実はアラブの富豪風の男はチャーリー王国の国王であり、国王はショーが面白かったといって、1億クサイ(クサイはチャーリー国の通貨単位)を旅館ぎをんにプレゼントする。しかし、1億クサイは日本円に直すとわずか800円で……、というところでドタバタとなり、幕となった。

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2019年2月19日 (火)

コンサートの記(525) 堺シティオペラ第33回定期公演 青島広志 オペラ「黒蜥蜴」

2019年2月2日 ソフィア・堺にて

午後3時から、ソフィア・堺(堺市教育文化センター)のホールで青島広志作曲のオペラ「黒蜥蜴」(原作小説:江戸川乱歩、戯曲化:三島由紀夫)を観る。オペラ「黒蜥蜴」は今回が関西初演となる。柴田真郁(しばた・まいく)指揮大阪交響楽団とピアノの關口康佑による演奏。演出は岩田達宗(いわた・たつじ)。ダブルキャストによる上演で、今日の出演は、渡邉美智子(黒蜥蜴/緑川夫人)、福嶋勲(明智小五郎)、総毛創(そうけ・はじめ。雨宮潤一)、西田真由子(岩瀬早苗)、北野知子(ひな)、片桐直樹(岩瀬庄兵衛)、森原明日香(岩瀬夫人)、植田加奈子(夢子、刑事、恐怖人形)、宮本佳奈(愛子)、糀谷栄理子(色絵、清掃員)、中嶌力(助演:刑事ほか)、浦方郷成(うらかた・きょうせい。助演:刑事、家具屋)、矢野渡来偉(やの・とらい。助演:刑事、家具屋、恐怖人形)、勝島佑紀(助演:刑事、恐怖人形)。振付は西尾睦生(女性)。


午後2時30分より、演出家の岩田達宗によるプレトークがある。まず、江戸川乱歩の原作小説について語り、黒蜥蜴は絶世の美女だが、美男美女を誘拐して剥製にして愛するという猟奇的な性格であることを語る。三島由紀夫は江戸川乱歩の作品を愛しており、「黒蜥蜴」を戯曲化。初代水谷八重子の黒蜥蜴、芥川比呂志の明智小五郎によって初演されている。三島の戯曲を基にした青島広志のオペラ「黒蜥蜴」は1984年の初演で、音楽はパロディやパスティーシュが多用されていることを紹介する。なぜ、そうした作品になったのかは、オペラ「黒蜥蜴」を観ているうちにわかってくる。モチーフになった作品は、ベートーヴェンの第九やレナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」、ビートルズの「オブラディ・オブラダ」など。
「変装」もまた重要であることを岩田は語る。明智小五郎も黒蜥蜴も変装の名人である。


スペード、ハート、ダイヤ、クラブというトランプの4つのマークを半分にした絵柄の描かれた4つのドアを駆使した演出である。原作小説では、黒蜥蜴は非合法のキャバレーに登場することから、それを思わせる格好の助演キャスト(全員、ダンサーではなく歌手である)達のダンスによってスタート。背後には巨大な黒蜥蜴の文様が半分だけ顔を覗かせている。

「黒蜥蜴」では反転の手法が多く用いられており、例えば、江戸川乱歩の小説では東京を舞台として始まり、その後、大阪へと舞台は移るのだが、三島由紀夫が戯曲化した「黒蜥蜴」では、大阪の場面で始まり、東京へと移っていくという真逆の舞台設定である。宝石の受け取り場所は原作では大阪の通天閣だが、三島の戯曲では東京タワーに変わっている。ちなみに今回の演出では舞台は現代に置き換えられており、登場人物達はスマートフォンを使用。東京タワーの場面では、「東京スカイツリーで待ち合わせをしたのに、間違えて東京タワーに来てしまった青年」がさりげなく登場していたりする。

舞台版「黒蜥蜴」は、中谷美紀の黒蜥蜴、井上芳雄の明智小五郎で観ているが、黒蜥蜴をやるには並の女性では無理である。ということで、男でも女でもない美輪明宏が当たり役にしていたりするのだが、渡邉美智子の黒蜥蜴は佇まいや振る舞いが黒蜥蜴に嵌まっている。勿論、中谷美紀には敵し得ないが、黒蜥蜴の魅力は十分に出ているように思われた。他のキャストも舞台版とは比べられないものの、かなりの健闘である。スリルや迫力もあったし、日本語オペラの上演としてハイレベルにあると思う。

外見を重視し、心を信じない黒蜥蜴と、世の中や人間の動きを楽しむ明智小五郎とでは思想が正反対であるが、互いが徐々に近づいていき、ある意味、逆転しそうになったところで己に破れた黒蜥蜴は死を選ぶ。思想だけでなく、あらゆる要素が倒錯し、逆転し、入れ替わり、成り代わりというパターンで貫かれており、音楽にパロディやパスティーシュが鏤められているのもこうしたことに起因するのだと思われる。言ってみれば、音楽が変装しているのだ。


柴田真郁はノンタクトでの指揮。大阪交響楽団の編成は、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、フルート、クラリネット、ホルン、トランペットの各ソロにパーカッションが2人、これにピアノの關口が加わるという室内楽編成だが、柴田は生き生きとした音楽を引き出していた。


今回の公演ではアフタートークもある。出演は、スピリチュアルカウンセラーでオペラ歌手としても活躍している江原啓之と岩田達宗。江原啓之は昨年、自身がプロデュースするオペラ「夕鶴」で運ずを演じており、その時の演出が岩田達宗であった。

江原は美輪明宏と一緒に番組をやっていたということで、美輪明宏からのメッセージも受け取っている。黒蜥蜴というと美輪明宏の当たり役であるが、自身が黒蜥蜴を演じられる理由として三輪は「本物じゃないから」と語っていたそうである。本物の女でも男でもない。黒蜥蜴が本物の宝石を求める理由も自身が本物ではないからだろうということだそうだ。ただ、江原や岩田によると、三輪も黒蜥蜴は内面の哲学などは本物で、明智が黒蜥蜴に惹かれる理由もそこにあるそうだ。

「黒蜥蜴」は、日本的な発想に貫かれているそうで、江原は神道の大学である國學院大學の別科で神職の資格を得ているのだが、國學院では神の定義を「畏ろしくかしこきもの」としているそうで、善悪は問題ではないそうだ(仏教もそうで、「無記」という善悪とは別の状態が重視される)。登場人物を神だと考えると納得がいくそうである。例えば、早苗は美輪明宏の舞台では「パッパラパー」な女性だそうだが、若さという美質がある。岩瀬庄兵衛は金のことしか頭にない男だが、それもまた一つの特徴である。

江原によると、岩田の演出は、「もっともっと」と求めるタイプのものだそうで、出演者達は大変なのだそうだが、岩田によると、19世紀まではこれは普通のことだったそうで、20世紀に入ると劇場が巨大化したため、それまでのように歌手が跳んだりはねたりしていた場合、過酷に過ぎ、歌がおろそかになってしまうため、動きを抑える必要が生じてきたのだそうである。

岩田は、オペラ「黒蜥蜴」が青島的な要素が強いというので、三島寄りに戻したそうだが、例えば、第2幕第1場の前に設けられた歌なしの場面は、青島広志の指定通りではなく、三島由紀夫が書いた東京タワーの人間と黒蜥蜴とのやり取りが一部設定を変えて再現されており、ここなどは元の戯曲を生かしたのだと思われる。



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2019年2月18日 (月)

コンサートの記(524) 柴田淳 「JUN SHIBATA CONCERT TOUR 2019 月夜PARTY vol.5 ~お久しぶりっ子、6年ぶりっ子~」大阪公演

2019年2月14日 大阪・新町のオリックス劇場にて

午後7時から、大阪・新町のオリックス劇場で、柴田淳の「JUN SHIBATA CONCERT TOUR 2019 月夜PARTY vol.5 ~お久しぶりっ子、6年ぶりっ子~」に接する。タイトル通り、柴田淳の6年ぶりとなり全国ツアーの大阪公演。ちなみに、しばじゅんはバレンタインデーが大嫌いのようである。

影アナのお姉さんが、「お久しぶりっ子、6年ぶりっ子」と真面目な声でアナウンスするのが妙に可笑しい。


オリックス劇場の3階には、ライブを行ったアーティストのサインが並んでいるのだが、それを確認すると柴田淳は、2013年7月15日にコンサートを開いていることがわかる。私も勿論、参加している。しばじゅんの公演に接するのはそれ以来だ。その間、柴田淳は、パシフィコ横浜国立大ホール(国立・大ホールである。横浜国立大学のホールではない)で公演を行っているが、私はその直前に神奈川県民ホールで歌劇「金閣寺」を2日間観ており、この公演は見送っている。
6年の間に、柴田淳は、病気で長期間入院したりと様々なことがあった。「6年の間、色々なものを奪われてきたな」と柴田淳は語る。

今回のツアーは、先月26日に東京でスタート。先に追加公演を行うという形になった。その後、名古屋、福岡を回り、今日の大阪公演である。今月27日に東京のNHKホールで千秋楽を迎える。

バックバンドは、五十嵐宏治(バンマス。ピアノ、アコーディオン)、石成正人(ギター)、松原秀樹(ベース)、江口信夫(ドラムス)、森俊之(キーボード)。衣装チェンジの時間には、ビートルズの「ノルウェイの森」のインストが演奏された。


6年の間にリリースされたアルバムに収められた楽曲のほか、「おかえりなさい。」、「melody」、「HIROMI」、「月光浴」、「桜日和」、「マナー」などが歌われる。柴田淳の調子はなかなか良いようだ。

今日は15列目の真ん中付近の席。視覚的には比較的良好だが、両端にあるスピーカーから聞こえる声は俗にいく「中空き」状態で、最初のうちは聴覚の調整に苦労する。


「おかえりなさい。」は、ダブルミーニングの歌詞が印象的であり、例えば「その優しいあなたが冷たくなるその日まで」の「冷たくなる」は感情的なものや態度の他に肉体的なもの、つまり「死」の意味が掛けられており、取り方を変えると情念のようなものが浮かび上がる。柴田淳は、こうしたところが巧みというか意地が悪い。

代表曲の一つである「月光浴」は、ライブで取り上げられる機会も多い。歌い終えた後、柴田淳は、「この曲は柴田淳の曲の中で唯一、振る歌」と解説。最近になって気がついたそうだ。

「桜日和」は、亡き愛犬のビビアンに捧げられた楽曲。そもそも「桜日和」が収められたアルバム『僕たちの未来』が全編レクイエムという異色構成である。これは柴田淳によって明言されてはいないが、構成を考えれば見えてくる。柴田淳は、「死」にまつわるアルバムタイトルをつけることが多いのだが、「僕たちの未来」も「行き着く先は死」と取れるタイトルである。こういうところも意地が悪い。


昨日、大阪入りして、夜中にちょこっと観光したのだが、「熟女クラブ」というお店の看板を見て、歌が駄目になったら転職しようかなと思ったらしい。そのことをInstagramに書くと某有名シンガーソングライターから、「予約させて下さい」とメッセージがあり、それに対して、「あーん! 来るの遅いからもう店閉めちゃった!」と書いて送ったのだが、後々読み返すと、熟女クラブというよりゲイクラブの人が書いたように見えるという話をする。ちなみにしばじゅんが考える熟女は50代や60代でまだ先のようだ。


アンコールとして、今回もライブ恒例のアカペラコーナーがある。聴衆のリクエストに応えて柴田淳が、アカペラで歌う。
まずは、「幻」なのだが、歌詞カードのタイトルが「幼稚園の『幼』になっている」そうである。
デビューシングル「僕の味方」では、キーを覚えていなかったため、最初は高めの声で歌ったが、「こんなに高かったですか?」とキーを下げてもう一度歌う。聴衆に「もっと高い」と言われて高めに歌い直すも、「嘘!」と言ってやめていた。
「蝶」をリクエストされたのだが、随分前の曲なので、歌詞を読み上げてもメロディーが浮かんでこない。なんとか思い出し、旋律を間違ったところもあったが、前半を歌った。

ファンの思い出の曲だという「あなたの手」も歌い、坂本真綾に楽曲提供した「秘密」もサビの一節を歌う。柴田淳の楽曲の大半はミディアムテンポのものだが、「秘密」はスピーディーなナンバーであり、柴田淳の作品としては異色である。


アンコールは3曲。まずは最新アルバム「ブライニクル」に収められた「嘆きの丘」。「ブライニクル」の中核をなす曲で、「『ブライニクル』はこの曲のために作られたんじゃないか」と話してからの歌唱。しばじゅんとしても自信のある楽曲のようである。

2曲目は、「なでなでしたい」と言う愛着のある曲「雨」。ロックバラードである。歌詞自体はしばじゅん特有のヒリヒリするものだ。

最後は、「科捜研の女」の主題歌にもなった「車窓」。この曲がラストというのも、柴田淳の心境を表してるようでとても良い。

過ぎ去った6年の歳月を慈しむかのような特別な時間であった。



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2019年2月17日 (日)

観劇感想精選(294) 三浦春馬主演「罪と罰」

2019年2月9日 大阪の森ノ宮ピロティホールにて観劇

午後6時30分から森ノ宮ピロティホールで、「罪と罰」を観る。世界文学史上最も有名な小説の一つであるドストエフスキーの同名作の舞台化。上演台本・演出:フィリップ・ブリーン。テキスト日本語訳:木内宏昌。出演:三浦春馬、大島優子、南沢奈央、松田慎也、真那胡敬二(まなこ・けいじ)、冨岡弘、塩田朋子、粟野史浩、瑞木健太郎、深見由真、奥田一平、高本晴香、碓井彩音(うすい・しおん)、山路和弘、立石涼子、勝村政信、麻実れい。ミュージシャンとしての出演:大熊ワタル(クラリネット。バスクラリネットも演奏)、秦コータロー(アコーディオン)、新倉瞳(チェロ)。その他にチューブラーベルズなども演奏されるのだが、誰が担当しているのかはよく見えなかった。

残念なことに近くにいたおじさんが、第一幕の間ずっと大きないびきをかいて寝ていたことで(約1時間40分ほぼずっと休みなくである)、集中力が著しくそがれる。「こういう時こそ舞台上に集中」と思ったが、それが逆に良くなかったように思う。かなり大きないびきだったので、演じ手にも影響したかも知れない。少なくともやりにくくはあったはずである。

ドストエフスキーの『罪と罰』は、個人的には二十歳の誕生日を跨ぐ形で読んだことで記憶に残っている作品である。定番の一つである新潮文庫で読んだのだが、特に下巻は夢中で読んだことを覚えている。ただ、それ以降は一度も再読していない作品でもある。

キャストがほぼ総出演の中、ラスコーリニコフ(今回はラスコリニコフ表記が採用されている)が、己が何者かを問いながら登場する。特徴的なのは背後のアンサンブルキャストがいくつかの場面を除いて常にいて、ラスコリニコフの幻覚やサンクトペテルブルクの喧噪、暴力性、貧困などを表している点である。ブリーンは「欲望という名の電車」でも同じ手法を用いていたが、今回もラスコリニコフ個人ではなく、ロシアの引いては人間の業の物語として描く意図があるのだと思われる。

知性に自信を持つラスコリニコフ(三浦春馬)は、「特別な人間」であるとの自認を持っており、質屋の強欲老婆、アリョーナ(立石涼子)殺害を試みる。それ自体は許されることだと思っていたのだが、その場にアリョーナの義妹であるリザヴェータ(南沢奈央)が現れたため、計画外の二人目の殺人を犯すことに。そのため、ラスコリニコフは常に悪夢の中で過ごすような精神状態へと陥る。そんな時、ラスコリニコフは家族のための娼婦に身をやつしたソーニャ(大島優子)と出会い、心引かれていく。

ラスコリニコフの両手が常に血塗られているなど(彼自身の幻影であり、他の人からは見えないようである)、全面的に神経症的な匂いがするが、ラスコリニコフの内面を考えれば妥当な演出法である。

ドア1枚を用いて様々な部屋を描く手法が取り入れられている。ドアの陰に人が身を潜めている時もあり、さながら戸板のような使い方だ。後方に向かって段状に上っていくセットだが、机やマットレスなど、家具は最小限に留められており、そのことで瞬時に場面を転換出来るという良さがある。マットレスはアクロバティックな要素も含めて特に効果的に用いられている。

文学史上最も魅力的な悪役の一人であるラスコリニコフを演じた三浦春馬は、心の闇や奢り、意外な単純さといってラスコリニコフの魅力を過不足など描き出しており、熱演である。
今回最も良かったのは、つかみ所のない所のある国家捜査官、ポルフィーリを演じた勝村政信。倒叙ミステリーの要素を持つ原作でも重要な人物であるが、勝村は陽気さの背後に冷徹さを隠し、間抜けなんだか怜悧なんだかわからないポルフィーリ像を的確に立体化することに成功していたように思う。

久しぶりの女優復帰となった大島優子。佇まいは可憐で、声も輪郭がしっかりしているが、何故か密度不足で感情も乗り切らない。同世代の女優である南沢奈央がリザヴェータとドゥーニャの二役で熱演しており、分が悪いようだ。ただ身のこなしは軽く、セリフのないところの存在感はやはりAKBのセンターだっただけのことはある。

今回の演出では、有名な絵画作品に見立てられたのではないかと思われるシーンがいくつかあった。例えば「最後の晩餐」や「民衆を率いる女神」などである。「最後の晩餐」はストップモーションまで使って、それらしく見えるように工夫されている。
シベリア送りとなったラスコリニコフが十字架を背景にソーニャと向かい合うラストシーンは、マグダラのマリアとイエスに見立てられているように思われる。だとすればそこに暗示されているのは「再生」だろう。希望のあるラストで良かった。

 

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2019年2月16日 (土)

コンサートの記(523) 遊佐未森 「cafe mimo ~vol.13~」@心斎橋JANUS

2013年4月13日 心斎橋JANUSにて

午後6時から、心斎橋JANUSというライブハウスで、「cafe mimo ~vol.13~」を聴く。遊佐未森が毎年春に、ドラムス&パーカッションでバンドマスターの楠均と、ギターの西海孝のトリオで行っている全国公演の第13回目。今日の大阪公演はゲストとしてゴンチチのゴンザレス三上が出演する。

心斎橋JANUSは分かりにくい場所にあり、到着が開場時間に間に合わなかったが、私が心斎橋JANUSに着いた時にスタッフが「80番までの方、お入り下さい」と言い、私は整理番号79番だったので全く待たずに入場出来た。見方によってはついている。

今年の「cafe mimo」ツアーは今日が初日。今回も、ボーカル&ピアノ・遊佐未森、ギター・西海孝、ドラムス&パーカッション・楠均と編成は変わらなかったが、遊佐未森は「桃」という曲を歌う際にパンドという大型のピアニカのようなものも演奏した。栗コーダ-カルテットのメンバーから貰った楽器だという。「桃」は友人が第二子の女の子を産んだときに記念に作った曲だというが、その女の子は今はもう大学生であるという。

ちなみに未森さんはこれまでずっとロングヘアであったが、今日はショートにしていた。

デビュー曲の「瞳水晶」、「水無月」、「poetry days」、「欅 ~光の射す道で~」などが歌われた後で、パワフルな「カラフル」というナンバーが歌われ、未森さんの要望で、客席からも「カラフル」という言葉が出てくる部分は聴衆も一緒に歌う。

未森さんの歌声はそれ自体が透明なだけではなく、聴いているこちらの耳も漱がれるような、静かにして強力なパワーを持つ。

カバー曲は今回はバグルスの「ラジオスターの悲劇」が選ばれ、未森さんと楠均の二人により振り付きで歌われた。振付は未森さんの役目である。

ゴンザレス三上との共演は4曲。まず、沖縄民謡「安里屋ユンタ」。次いで「僕の森」、NHK復興ソングである「花は咲く」、アンコールの「デイジー、デイジー」であった。ゴンザレス三上は「安里屋ユンタ」について、「沖縄で演奏することになってコードを聞いたら『そんなものはない。適当にやって下さい』」と言われたとのこと。そこでコード進行を独自につけたところ、コード進行がないと言った人から「コードを教えて下さい」と要望されたそうである。また未森さんとゴンザレス三上の二人で、ある私立高校でコンサートを行ったことがあるのだが、高校の施設とは思えないほど立派なホールで「流石、私立高校。お金がある」感心したが、客席は共学のはずなのに男子高校生だけという謎の公演になったという。花束も頂いたが、厳つい柔道部員からの贈呈だったそうで、ゴンザレス三上は「(花束は)すぐ捨てました。嘘ですけど」と言って笑いを誘った。

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2019年2月15日 (金)

笑いの林(114) 「小泉エリVS桜 稲垣早希 ~堺の筋の本の町の女の戦い~」

2013年4月4日 大阪・堺筋本町のテイジンホールにて

午後7時から大阪のテイジンホールで「小泉エリVS桜 稲垣早希 ~堺の筋の本の町の女の戦い~」を観る。
マジシャンの小泉エリとお笑い芸人の桜 稲垣早希がライバルとして対決する公演の第3回目。タイトルはテイジンホールの目の前にある大阪市営地下鉄堺筋本町(別名:船場西)駅に由来する。


新社会人をイメージしたスーツ姿で二人が登場することが告げられる。まずは早希ちゃん。まだ売れる前の5年前に、あるドラマにエキストラとして出演するために購入したというグレーのスーツである。シャツは濃い水色である。
続いてエリさん登場。正確にいうとスーツではなく礼服で10年前の法事の時に買ったという。エリさんは「南無阿弥陀仏」と唱える。
エリさんはマジシャンの娘で大学在学中にマジシャンとしてデビューしており、また早希ちゃんは吉本に入る前はフリーターをしながら大阪の小さな芸能事務所を転々としていたので二人とも普通の会社でスーツを着て働いたことはない。早希ちゃんは高校卒業の際に就職担当の教師に「女優になりたい」と言い続けて匙を投げられたことがある。彼女はOLにはなれないタイプなので、芸能人になることが出来てラッキーだったと思う。

まずはプロフィール対決だが、お互い嘘ばかり。早希ちゃんはバストサイズを誤魔化すし(早希ちゃんは胸が小さく、自虐ネタとして使うことがある。ずばり「貧乳」という名のネタもある)、ミス愛染娘の合格率が円グラフでは3%と書かれているのだが、下の方には「合格率0.03%と思いっきり嘘が書いてあり、早希ちゃんも0.03%と主張する(ミス愛染娘は複数の女性が選ばれるのだが、その中でも1位は選出されており、早希ちゃんは1位は逃している。1位のみをミス愛染娘という場合があるので注意が必要である)。そして時代劇「剣客商売」に女優として出演したと語る(これは本当だが、出演時間はトータルでも5分に満たない。なお「剣客商売」は現在はDVDで観ることが出来る。)。
エリさん。自分は小泉純一郎元首相の娘だと言い(実際は小泉純一郞似のマジシャン横木ジョージの娘である)、ミス京都審査員特別賞を受賞しているという(これは本当)。その際の水着審査の写真も舞台後方のスクリーンに映されるが、胸の膨らみが乏しいにも関わらず「胸の谷間」を評価されたと言い張る。また「新・科捜研の女」に出演。最初はマジシャンの手役だったのだが、現場で監督に出演を勧められ、役を貰って出たという。またかつてコンビを組んでおり、「さんまのまんま」に出演したこともあるという(当時の写真がスクリーンに映されるが、その頃のエリさんは本当に美人系である。なぜ今、こうなってしまったのかがわからない)。

プロフィール対決はエリさんの勝利。なお、暗転後、衣装をチェンジして出てきた際にエリさんが「第1ラウンドは私が勝ったので有利です」と言ったのは流れから言ってプロフィール対決に勝利したことだとわかるのだが、早希ちゃんは勘違いしたようで、「小泉エリVS桜 稲垣早希」が3回目で、第1回はエリさんの勝利、第2回が早希ちゃんの勝利であることから「第2ラウンドは私が勝ちました」と発言。エリさんがそうではないと言うが早希ちゃんは理解出来ず、おそらく会場内で早希ちゃんだけが勘違いしているという妙な空間が出来上がる。

ここで司会者が紹介される。早希ちゃん出演の舞台では場、ザ・プラン9のヤナギブソンが司会を務めることが多いのだが、今回もやはりヤナギブソンの司会であった。

第2ラウンドのゲームコーナー。まず、「剣玉で大皿に乗せる」という簡単な課題が出されるのだが、エリさんはミス。早希ちゃんは球を大きく振り上げたが大皿に乗せて成功した。

次からのゲームは早希ちゃんの方が簡単で、エリさんの方が難しいという明らかに贔屓ありのものが続く。早希ちゃんが「1m先のゴミ箱にゴミを入れる」であるのに対し、エリさんは「ブーメランキャッチ」という初めてやる人はまず成功不可能な課題が課されるという具合である。

二人とも天然キャラということで、テストも出る。エリさんは「リンゴを漢字で書く」というもの。林檎という字は書くのが難しいとされる漢字の中でも出題率が高く、テレビで「ふぞろいの林檎たち」をやっていた頃には、ある企業が「リンゴを漢字で書け」という出題をしたところ全員が正解したという話が残っており、比較的簡単な出題なのだが、エリさんは林檎の「檎」と車偏に倫の右側という妙な感じを書いてしまいアウトとなるちなみに早希ちゃんは椎名林檎が好きなので「林檎」は書けるらしい。

早希ちゃんには、「虎を英語で書きなさい」という超ラッキー問題が出されたのだが、早希ちゃんは問題の意味自体が分からないようで、「TORA」と書いて不正解。おまけに最初は「TOPA」と書いて書き直したらしい。ヤナギブソンが「阪神?」と聞くと早希ちゃんは「タイガース?」と答えるが、TIGERが虎だと最後まで理解出来ていないようであった。

最後はエリさんがエリさんがマシュマロキャッチに失敗。早希ちゃんもヤナギブソンがトスしたゴムボールをプラスチックバットで打ってホームランにするという課題に空振りで失敗となった。
このラウンドは早希ちゃんが勝利した。

VTRを使っての絵画しりとり対決。それぞれ絵を描いてそれが何かをあて、語尾を頭文字とした絵を描いてリレーしていくというもの。早希ちゃんは画は得意である。ただ、早希ちゃんは発想が他の人と違うため(芸人としてこれはいいことなのだが)普通の人なら選ばないものを絵に描いてしまう。一方、エリさんは、キリンの絵を描いたのに首が長くないなど画は得意ではないようだ。


男性ゲストを招いての第3ラウンド。早希ちゃんは、R-1ぐらんぷりの常連で、前回では優勝こそ三浦マイルドに譲ったものの、見事準優勝に輝いたヒューマン中村を呼ぶ。早希ちゃんによるとヒューマン中村を選んだ理由は同じピン芸人だからというだけのようで、しかも二人は初対面らしく、ヒューマン中村は「まだ早希ちゃんと目を合わせていない」と語る。

エリさんは、ヤナギブソンと同じザ・プラン9のメンバーでR-1ぐらんぷり優勝経験もある浅越ゴエを呼ぶ。

ヒューマン中村はフリップ芸を披露したが、「稲垣早希を地名風にすると」という題で、「私が『どうせ稲垣崎』とかだろう」と思っていたら、漢字が違うだけの「稲ヶ木崎」であった。なんのひねりもないじゃないか。「エリさんを敵風にすると」という題に私は「コイズミエルじゃないか」と思ったら、本当に「コイズミエル」であった。ヒューマン中村、今日は不調のようである。他に小泉エリを小物に見せるということで、「長州小力、小石田純一、小泉エリ」と併記するネタを披露した。


二人一組になってクイズに答える。二人一組で使う机の間に仕切りがあり、パートナーの答えは分からないようになっている。まずは、「敵ばかりで仲間がいない状態。○○□□」。答えは当然「四面楚歌」である。「楚」の字は滅多に使わないのでひらがなでもOKということになる。○○の部分をヒューマン中村と浅越ゴエは「四面」と当てるが、□□の部分を担当した女性陣は、エリさんは「孤立」、早希ちゃんは「滅亡」と書いて不正解。

次は、「国境の○○を抜けると□□であった」という川端康成の小説『雪国』の冒頭を当てる問題。『雪国』の冒頭であることは当然伏せられている。正解は勿論、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」であるが、男性陣はともに「長い」と飛ばして「トンネル」だけで不正解。早希ちゃんは「家賃」と意味不明の答え。エリさんも知らないようで、「彦星」と解答。しかも織姫か彦星で迷ったというなんでそうなるのかよく分からないものであったが、夢があるということでエリさんチームの勝ちとなった。

ブルース・リーの名言、「Don't ○○.□□」に、小泉エリは京都外国語大学卒なの有利だと言う。答えは「Don't think.feel」で、浅越ゴエは「think」を当てたが、ヒューマン中村は「feel」と書いてしまう。
女性二人は互いに罵り合っていたが、共に「me.」と書いてしまっており、客席の笑いを誘う。

続いて、誰が書いたかもわからず、歌詞もなく、聞いたこともないメロディーの曲を二人でデュエットするというゲームを行う。即興で歌を作るのが趣味という早希ちゃん有利の問題である。

ヒューマン、稲垣組からスタート。ヒューマン中村が「午前2時、バーからの帰り道」、早希ちゃん「あなたいつも同じ服」、ヒューマン中村「これが勝負服なのさ」、早希ちゃん「あたしデニム」は嫌いなの」、ヒューマン中村「俺はお前の事が好きなのさ」、早希ちゃん「あたしあなたのことは嫌いなの。あの人が好きなの」
大まかであるがこうした内容の歌であった。

浅越ゴエ、小泉エリ組は、浅越ゴエ「あなたを残してこの部屋を出るわ」という女歌風の出だしだったが、このままでは女二人の歌になってしまうので、エリさんが「あのとき、言いたかったの、うん」と女に戻し、その後は、浅越ゴエが「エリー、エリー」と相手の名前を呼び、エリさんも「ゴエ、ゴエ」と相手の名前を叫ぶという意味不明の展開になってしまった。


ブログ対決。互いのブログを更新し、その出来を競うというもの。ブログ更新の合間は溶暗し、絵画しりとりゲームの続きが流される。

ヤナギブソンが客席の拍手の大きさで決めようというが、マジシャンで現在は準レギュラー2本のエリさんよりも、「ロケみつザワールド」の看板で、CMにも出演し、レギュラーも多く、準レギュラーもある早希ちゃんの方がどうしても人気が高くなるのは当たり前なので、エリさんは反対。しかし、結局、拍手の大きさで早希ちゃんの勝利となった。


演技対決。有名ドラマのシーンを流し、実際とは違うセリフを即興で言うというもの。最初は韓国ドラマ「冬のソナタ」。早希ちゃんは流石の頭の回転の速さを見せ、ペ・ヨンジュンの「無理だよ」という最後のセリフから逆算して、「好きだから結婚して下さい」というセリフを作って、客席を笑わせた。

次は「ごくせん」。成宮博貴演じる生徒とヤンクミこと山口久美子を演じる仲間由紀恵の口論の場面。成宮博貴演じる高校生が「ホスト」というセリフを口にすることから、縛りが多くなり、二人とも半端な出来になってしまった。

最後は、「警部補・古畑任三郎」より堺正章演じる歌舞伎役者が犯人の回。時系列的にいうと古畑任三郎シリーズ最初の事件であり、三谷幸喜が最初に書いた古畑作品で、田村正和がこの脚本を読んで出演を決めたという回である(放送時は第2話として流された、第1話の犯人役は三谷幸喜が大ファンだという中森明菜であった)。
堺正章の「3時か、良い頃合いだね」という深夜の3時を、昼の3時に入れ替えた早希ちゃんが「おやつどうですか」とセリフを挟むという頭のキレの良さを見せて勝利した。早希ちゃんは知識には乏しいけれど、こうした課題には本当に聡い。世の中には普通の人が当たり前に出来ることが出来ないのに、常人が出来ないことをさらりとやってしまう人がいる。早希ちゃんはそのタイプだろう。
ヤナギブソンにもやって欲しいという二人からの要望を受けて、ヤナギブソンも古畑に挑戦するが、「4時ですよね」と言って全く受けず、自分から下手袖に退場してしまった。


クイズ罰ゲームコーナー。クイズに答え、答えられなかった方は罰ゲームを受けるというもの。事情により罰ゲームの内容は書けない(エリさんも書かないよう客席に懇願していた)。

世界で初めて宇宙を飛んだ宇宙飛行士、ソ連のガガーリンの名言は、という問いには時間はかかったもののエリさんが「地球は青かった」と答えて正解。
地上デジタル放送の発信のために建てられた建物は? との問いには早希ちゃんが「スカイツリー」と答えて正解(東京が入っていないがよしとされたようだ)。早希ちゃんは最近、あるクイズ番組で同じ問題が出たと言っていた。

世界三大珍味の問いに、エリさんがフライングで手を挙げ、全てを出そうとするが、フォアグラとキャビアしか出ない。早希ちゃんがトリュフと言って、早希ちゃんの正解となる。

「敵は本能寺にあり」と言ったのは誰か? という問いにエリさんは「織田信長」と答えてヤナギブソンに呆れられるが、早希ちゃんも歴史は苦手なので「徳川家康」と知っている戦国武将を言っただけ。エリさんは、「豊臣秀吉」とまた変な答えをしたが、続けざまに「明智光秀」と言ってようやく正解する。

「七福神の中で唯一の女性は?」という問い(答えは勿論、弁財天、弁天様)には二人とも「??」状態で、早希ちゃんが「もう一度問題を言って下さい」と言ったため、ヤナギブソンは正解が出ないと判断。二人が代表作としている「旅」が答えの問題に変える。「可愛い子には何をさせろ」に、早希ちゃんが「旅」と答えて正解。

最終結果は早希ちゃんの勝利となった。

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2019年2月14日 (木)

観劇感想精選(293) シリーズ 舞台劇術としての伝統芸能vol.2 能楽「鷹姫」

2019年2月3日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後2時からロームシアター京都サウスホールで、シリーズ 舞台芸術としての伝統芸能vol.2 能楽「鷹姫」を観る。

イェーツが能に触発されて書いた舞踊劇「鷹の井戸」を横道萬里雄が新作能「鷹の泉」として改作・翻案したものを観世寿夫が新たに「鷹姫」としたもの。1967年に初演されている。

出演:片山九郎右衛門(鷹姫)、観世銕之丞(老人)、宝生欣哉(空賦麟)。岩:浅井文義、味方玄、浦田保親、吉浪壽晃、片山伸吾、分林道治、大江信行、深野貴彦、宮本茂樹、観世淳夫。
囃子方:竹市学(笛)、吉阪一郎(小鼓)、河村大(太鼓)、前川光範(太鼓)。
後見:林宗一郎。

空間設計は、dot architects(ドットアーキテクツ。家成俊勝&赤代武志)が手掛ける。

絶海の孤島が舞台である。その島には、鷹の泉と呼ばれる、飲めば永遠の命を得られるという霊水が湧き出ている。鷹の泉を守るのは鷹姫と呼ばれる謎の乙女だ。

島には、鷹の泉の霊水を求めて長年住み着いている老人がいる。鷹の泉はもう何十年を湧き出ておらず、いつ湧き出るのかも不明である。

島に一人の若者がやって来る。王の第三王子である空賦麟(くうふりん)である。空賦麟も霊水である鷹の泉を求めてきたのだが、老人に泉の由来を聞かされ、早く帰るように言われる。
その時、鷹が鳴く。老人は、泉を守る鷹姫の声だと空賦麟に告げる。やがて姿を現した高姫に空賦麟は戦いを挑むのであるが……。

「岩」と呼ばれる謡い達がずらりと並ぶ様は異様であり、異界での物語であることを印象づけられる。「岩」は元々は地謡が務めていたらしいのだが、装束と面をつけて「岩」として舞台上に現れるようになったようだ。物語の語り手であり、ある意味、島と鷹の泉の状況そのものともいうべき存在である。泉そのものを演じていることから主役とする見方もあるようだ。

赤い着物の鷹姫は居ながらにして高貴にして畏るべき存在であることが伝わってくる。空賦麟と対決した後、背後の坂を上って消えていく様は、霊的であり、鷹の泉の霊力は鷹姫の存在あってのことであることを告げる。泉は湧くには湧くのだが、鷹姫去った後では……、ということで悲しい結末が待っている。

老人を演じる観世銕之丞の威厳、鷹姫役の片山九郎右衛門の可憐さ、空賦麟役の宝生欣哉の凜々しさなど、配役は絶妙であり、能の幽玄な味わいが存分に発揮されている。
dot architecsのセットも効果的であった。

 

 

第2部としてディスカッションが設けられている。出演は、西野春雄(法政大学名誉教授・能楽研究所元所長)、観世銕之丞、片山九郎右衛門。

西野春雄は、「鷹姫」の初演を観ているそうで、当時、西野は22歳。それから50年以上が経ったことを紹介する。
能の存在をイェーツに紹介したのは、イェーツの秘書で詩人でもあったバウンズである。バウンズは、フェノロサの遺稿の翻訳を手掛けた人であり、それを通して能を知り、イェーツにも紹介することになった。イェーツは「能こそ私の理想とする演劇だ」と感激し、「鷹の井戸」を書いたそうである。

観世銕之丞は、dotarthitecsによるセットが、緩やかで短いが上り下りのあるものであり、稽古はしていたが、馴染むのに時間が掛かり、今日の本番でようやく間に合ったことを明かす。「鷹姫」の初演時にはまだ子どもであり、客席で観ていたそうだ。また、「鷹姫」に関しては何度も観てはいるが教わったことはないそうで、観た時の記憶を頼りに自己流で行ったものであることを語る。

片山九郎右衛門は、2年前の2017年が「鷹姫」初演50周年に当たるということで、周囲で話題になっており、自分もやってみたいということで今回の上演に漕ぎ着けたことを語った。また、dot architecsへの感謝も片山から述べられた。

 

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2019年2月13日 (水)

美術回廊(22) 京都浮世絵美術館 「将軍の京都 ~御上洛東海道~」

2019年2月8日 四条の京都浮世絵美術館にて

四条にある京都浮世絵美術館で、「将軍と京都 ~御上洛東海道~」などを観る。京都浮世絵美術館は、ビルの2階にある小さな美術館である。

「将軍と京都 ~御上洛東海道~」は、歌川芳艶、歌川芳盛、歌川芳幾、歌川芳宗、三代歌川豊国、二代歌川国貞、歌川貞秀、二代歌川広重の絵が展示されている。いずれも徳川家茂が家光以来、230年ぶりに上洛した時を題材として描いたもの。

浮世絵は西洋の絵画などに比べるとダイナミックで動的な要素が強い。「何か大きな動きをしている瞬間」を切り取っているため、その前後が想像しやすく、結果、映像的な面白さが生まれるのである。藤森神社での走り馬、瀬田の唐橋での行列、四条河原での光景など、音まで聞こえてきそうな臨場感である。静物画や肖像画など、止まった瞬間や乙に澄ましているところを描いている西洋の画家が浮世絵に衝撃を受けたというのももっとものことのように思える。

備前長船(現在の岡山県瀬戸内市)の刀剣二棟が展示されているほか、葛飾北斎の「凱風快晴」、「神奈川沖浪裏」なども展示されている。

初代歌川広重の「京都名所図会」も展示されているが、単なる風景画でなく、人物が必ず入っていて、描かれた名所の規模が推量出来るようになっているという実用性も兼ね備えたものである。「あらし山満花」などは正に粋で、過ぎゆく春を惜しむかのような風情に溢れている。「祇園社雪中」も雪の降る沈黙の響きが聞こえてくるかのようであり、「四条河原夕涼」からは鴨川のせせらぎと往時の人々の息吹が伝わってくる。江戸時代の日常がハレの化粧を施されて絵の中に生き続けているかのようだ。

ラストを飾るのは、歌川(五雲亭)貞秀の「大坂名所一覧」(九枚続)。中空からの視座で、右端に大坂城を置き、左端の難波潟と瀬戸内海に至るまでの大坂の町をダイナミックに描いている。タイトル通り、天満天神、北御堂(西本願寺)、南御堂(東本願寺)、四天王寺、なんばや天王寺の街、天保山(今よりも大分大きい)など名所が多く鏤められており、「天下の台所」の賑わいが伝わってくる。



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2019年2月12日 (火)

笑いの林(113) よしもと祇園花月 「祇園ネタ」&吉本新喜劇「彼は妹に恋をする!?」2012年12月25日

2012年12月25日 よしもと祇園花月にて

午後3時30分から、よしもと祇園花月で、「祇園ネタ」と吉本新喜劇「彼は妹に恋をする!?」を観る。


「祇園ネタ」の出演者は、銀シャリ、桜 稲垣早希、ファミリーレストラン、まるむし商店、ザ・ぼんち。


銀シャリは、鰻和弘(うなぎ・かずひろ)の苗字が珍しいという話になる。鰻という苗字の人は全国に6人しかおらず、そのうち4人を鰻和弘の家族が占めているということで、相方の橋本直が「後の二人とはどういう繋がりなんでしょう。というより何で全員家族じゃないの?」と突っ込む。
鰻という漢字を読んで貰えず、病院の受付で、「まむじさーん」と呼ばれたりするという(ちなみに鰻の関西では「まむし」と呼ばれることがある)、その他にも「魚さーん」と偏だけで呼ばれるといい、「『サザエさん』の家族は全員こないなくなる」と橋本は言う。

テニスのスマッシュの時の掛け声が格好良いという話になり、鰻がスマッシュをするが、ボールをトスしてから「俺のこの熱いボールを受けてみろ。行くぞ!」と言って、橋本に「長すぎる。その間にボール落ちてる」と突っ込まれた。


桜 稲垣早希。演目は「おねえさんといっしょ」。セリフが飛んだところがあったが、何とか上手くごまかす。


ファミリーレストラン。
「滋賀県住みます芸人」ということで、原田良也が「滋賀を有名にする曲を作ろう」と提案し、滋賀県出身の有名シンガーであるTMレボリューションの曲の替え歌をしようと提案する。だが「体を夏にして過激で最高」を「琵琶湖を空にして、小麦粉埋めよう」という意味不明の歌詞になってしまう。
その他、「琵琶湖わんわん王国」の歌を歌って、相方の下林朋央に「もうつぶれたわ」と突っ込まれる。原田は更に、びわ湖温泉ホテル紅葉の歌を歌って、下林に「来年の1月で閉鎖や」と再度突っ込まれる。
その他、滋賀県の特徴として、「コンビニの駐車場滅茶苦茶広い」。「平和堂(滋賀県各地にあるスーパー)滅茶苦茶でかい」などと歌う。


まるむし商店。
おなじみのしりとりネタ。
東村雅夫が「からす」で始めたしりとりを、磯辺公彦が語尾が「す」になるように返すとうわざである。「すす」、「スリッパ」、「パンパース」などとやり取りが続き、磯辺は返す度に「すんません」と言う。テンダラー・浜本に言わせるとこれが可愛いらしい。東村が客席に「何かありませんか?」と聞いてきたので、「スコットランド」と私が言うと、磯辺は「ドス」と返した。


ザ・ぼんち。
里見まさとが、「18から漫才を始めて、考えてみれば今年で還暦」というと、おさむは、「君は考えんと年を取らんのかいな」と突っ込まれる。この「君は考えんと」ネタは何度か繰り返された。
まさとが、「年を取ると、トイレが近くなる」と言うと、おさむは「いや、去年、リフォームして部屋からトイレまで遠くなった」と別の「遠くなった」で返してぐちゃぐちゃになった。


吉本新喜劇「彼は妹に恋をする!?」。出演は、清水けんじ、内場勝則、中田はじめ、安尾信乃助、高井俊彦、大島和久、森田展義、太田芳伸、いちじまだいき、前田真希、井上安世、桑原和男。

花月ラーメンが舞台。店長の清水けんじの下の妹である安世は、だいきとの結婚を考えているが、だいきの母親である桑原和子(桑原和男)は、大金持ちである桑原家の跡取りとラーメン屋の娘では釣り合いが取れないと結婚には消極的である。

けんじの上の妹である前田真希は、「女優になる」と言って、けんじと喧嘩をして家を飛び出したまま何年も戻っていない。そんな真希が妊娠して帰ってくる。女優を諦めて同棲相手と結婚を考えたが、相手が突然蒸発してしまい、行き場がなくて戻ってきたのだ。妊娠しているとなると安世の結婚に響くということで、花月ラーメンの隣でクリーニング店を営む高井俊彦と真希を結婚させよう、妊娠して出っ張った腹は、太ったということにしようと強引に話を進め、高井俊彦も結婚に乗り気になる。

吉本不動産の森田展義がやって来て、グルメに力を入れてチェーン店を出したいので花月ラーメンのレシピを提供して欲しいと頼むが、けんじは断る。

その後、大島和久が花月ラーメンにやって来る。大島は真希と同棲し、妊娠させた相手だった。
大島は、200万の借金があると言い、真希に迷惑をかけたくないために消えたのだという。だが、その後ろには吉本不動産の企みがあった。

稽古期間が極端に短いため、毎回のようにミスのある吉本新喜劇であるが、今日は初日でありながら大過なく終えることが出来た。

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2019年2月11日 (月)

コンサートの記(522) 広上淳一指揮京都市交響楽団第566回定期演奏会

2013年3月24日 京都コンサートホールにて

午後2時30分より、京都市交響楽団の第566回定期演奏会に接する。今日の指揮者は常任指揮者の広上淳一。

プレトークでは坊主頭にした広上が司会を担当し、京響の女性ヴァイオリン奏者二人にヴァイオリンについて語って貰うという形式を取っていた。広上によるとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はコンサートマスター以外の奏者は、その日によってバラバラであり、昨日前列で弾いていた奏者が今日は後列で弾くということもあるらしい。ただ普通のオーケストラは座る位置は大体決まっていて、京響もそうだという。
ヴァイオリンというと前列の前の方が腕利きというイメージがあるが、ヴァイオリン奏者によると、後列の方が音を合わせるのが難しいため、腕利きが後列になることも多いという。


ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲ニ長調(ヴァイオリン独奏:クララ=ジュミ・カン、プロコフィエフの交響曲第7番というプログラム。


ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」では、諧謔と歪んだエスプリに満ちた音楽を広上は存分に引き出す。変拍子を2回トントンと跳ねることで処理するなど指揮姿は今日も独特だ。フォルテシモは京都コンサートを揺るがさんばかりに響き渡る。


コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲。コルンゴルトがアメリカに渡り、映画音楽を手掛けるようになってからの作品で、映画音楽からの引用が各所に散りばめられているという。

ヴァイオリン独奏のクララ=ジュミ・カンは韓国系ドイツ人。わずか4歳でマンハイム音楽院に入学し、5歳でハンブルグ交響楽団と共演したという神童系ヴァイオリニストである。
カンのヴァイオリンの音色は太からず細からず中道を行く。技術は非常に優れている。
ハリウッド風のやや大袈裟な伴奏を広上と京響はスケール豊かに奏でる。

アンコール。カンはバッハの無伴奏パルティータ第2番よりサラバンドでしっとりとした演奏を聴かせ、パガニーニの24の奇想曲より第17番で超絶技巧を披露する。


メインの交響曲第7番。冒頭の抒情的なヴァイオリンの歌の美しさから惹き付けられる。その後もプロコフィエフ特有のユニークでパワフルな音楽を広上と京響はクッキリとした輪郭で奏で続けた。文句なしの名演である。

定期演奏が9月から始まるのは日本ではNHK交響楽団などいくつかの団体だけで、大抵のオーケストラは3月でシーズンが終了する。ということで、今年も卒団者を送り出す。37年間、ヴィオラ奏者として在籍した北村英樹の退団式があり、北村は花束を受け取った。

その後、プロコフィエフの交響曲第7番のラストをアンコール演奏してコンサートはお開きとなった。

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2019年2月10日 (日)

コンサートの記(521) ロベルト・フォレス・ベセス指揮 NHK交響楽団演奏会京都公演2019

2019年2月1日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後7時からロームシアター京都メインホールで、NHK交響楽団演奏会京都公演を聴く。指揮はロベルト・フォレス・ベセス。

NHK交響楽団の京都公演は、京都コンサートホールを使うことが多かったが、今回初めてロームシアター京都メインホールが用いられる。東京のオーケストラでは日本フィルハーモニー交響楽団が毎年ロームシアター京都メインホールで演奏会を行っているが、それに次ぐ登場である。


指揮者のロベルト・フォレス・ベセス(ヴェセス)は、スペイン出身の指揮者。バレンシアの生まれだが、フィンランド・ヘルシンキのシベリウス音楽院でレイフ・セーゲルスタムに師事して指揮を学び、2006年のオルヴィエート指揮者コンクールと2007年にはルクセンブルクのスヴェトラーノフ国際指揮者コンクールで入賞を果たしている。現在はフランスのオーヴェルニュ室内管弦楽団芸術・音楽監督の座にある。


曲目は、チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:ソン・ヨルム)、ドヴォルザークの交響曲第7番。


今日のコンサートマスターは伊藤亮太郎。オーボエには定年退職が迫る茂木大輔。N響首席オーボエ奏者としての茂木さんを生で見るのは今日が最後かも知れない。第2ヴァイオリン首席の大林修子、チェロ首席の藤森亮一、フルート首席の甲斐雅之など、お馴染みのメンバーも顔を揃える。


チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ。
N響の力強さがありありと感じられる演奏である。ロームシアター京都メインホールの音楽特性もあって硬質の響きであるが、キビキビとした音運びや、質の高い合奏力など、N響の美質が存分に生かされている。
フォレス・ベセスの指揮は若々しくエネルギッシュである。


チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。
ソリストのソン・ヨルムは、韓国の若手演奏家の中で最も将来有望とされている女性ピアニスト。11歳の時に「若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール」で2位入賞、2011年のチャイコフスキー国際コンクール・ピアノ部門でも2位に入っている。オバーリン国際ピアノコンクールとエトリゲン国際青少年ピアノコンクール、ヴィオッティ国際音楽コンクール・ピアノ部門ではいずれも史上最年少で優勝。韓国芸術総合学校を卒業後、ハノーファー音楽舞台芸術大学で学んでいる。

ソン・ヨルムのピアノはスケールが大きく、音色よりも輪郭の明晰さで勝負するタイプである。メカニックは高度で、表現力も高い。パウゼを長く取るのも個性的である。
フォレス・ベセス指揮のN響もパワフルな伴奏を聴かせる。

ソン・ヨルムのアンコール演奏は、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」より中国の踊り(ミハイル・プレトニョフ編曲)。原曲ではファゴットで吹かれる低音と煌びやかな高音が印象的なチャーミングな演奏である。


ドヴォルザークの交響曲第7番。
全般的に純音楽的な解釈による演奏で、スラブ的なローカリズムは余り感じられないが、上質の演奏芸術を味わうことが出来る。N響のアンサンブル能力や表現力は高く、マスの響きで聴かせる。これがヴィルトゥオーゾ・オーケストラを聴く愉しみなのだろう。


アンコール演奏は、シベリウスの「悲しきワルツ」。遅めのテンポでスタートし、アッチェレランドで盛り上がる。オペラも得意とするというフォレス・ベセスらしい物語性豊かな演奏であった。


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2346月日(8) 大谷大学博物館 「アジアの仏教典籍」

2019年1月30日 大谷大学博物館にて

大谷大学博物館で、「アジアの仏教典籍」を観る。インドで生まれた仏教がスリランカやチベット、中国を経て日本に伝わるまでを文字や絵で伝える展覧会である。

北インドで生まれた仏教は、タイやスリランカなどまず南方に伝わる。これらの仏教はいわゆる上座部仏教(小乗仏教という呼ぶ方もあるが、好ましくないとされる)であり、出家していかに悟りを得るかを重視している。当地の言語で仏教物語が綴られているが、当然ながら読めない。

一方、北に向かい、中国、朝鮮を経て日本に渡来した仏教は、大乗仏教であり、全ての人が救われるとされる教えである。中国の文献(玄奘三蔵の『大唐西域記』を含む)や『日本書紀』などは漢文であるが、すらすらとは読めなくてもなんとなく意味の分かるところも多い。
ちなみに『日本書紀』では、仏教渡来は西暦552年ということになっているが、これは丁度末法が始まる年である。それに合わせて年号が書き換えられたとする説が近年では有力であり、実際には538年に渡来したとする説が一般的である。

各国の釈尊の伝記は、極彩色のものが多い。仏教は色彩を重視する宗教であるということも影響しているだろう。その中にあって北魏時代の「四門出游(出城)拓本」の墨拓は異彩を放っている。王城の門を後に出家へと走る釈尊の乗った馬の足を天子4人が支えているところを描くという、独特の作品である。



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観劇感想精選(292) 「ホロヴィッツとの対話」

2013年3月13日 イオン化粧品シアターBRAVA!にて観劇

午後7時から、イオン化粧品シアターBRAVA!で、「ホロヴィッツとの対話」を観る。三谷幸喜:作・演出。出演:渡辺謙、段田安則、和久井映見、高泉淳子。ピアノ演奏:荻野清子。

20世紀最高のピアニストの一人と言われながら、奇行の数々や長期にわたる活動停止、キャンセル魔として、「幻のピアニスト」とも呼ばれたウラディミール・ホロヴィッツ(段田安則)と夫人のワンダ(高泉淳子)、そのピアノ調律師のフランツ・モア(渡辺謙)と妻のエリザベス(和久井映見)による四人芝居である。

1978年のある日、ホロヴィッツはピアノの調律師を務めてくれているフランツ一家の夕食を訪ねることになる。その一夜の物語である。フランツには二人の息子と一人の娘がいるが、息子二人はホロヴィッツの来訪を嫌って他所に行ってしまい、娘のエレンは中耳炎の発作により自室で寝込んでいる。

ホロヴィッツは偏食家で、アルコールは一切受け付けず、エヴィアンしか飲まないのだが、フランツが行った店にはエヴィアンは1本しかなく、仕方が無いので他はボルヴィックにしたという。

ホロヴィッツの妻ワンダは、20世紀前半を代表する大指揮者アルトゥーロ・トスカニーニであり、父の血を継いだのかかなり強気な性格である。

エリザベスはホロヴィッツとワンダに料理を振る舞おうとするのだが、エリザベスが提案したスパゲティをホロヴィッツは嫌がり、ヴェルミチェッリが食べたいという。更にムール貝を嫌う。
ワンダはワンダで、勝手にフランツの家のリビングの模様替えを始めてしまい……。

「今回は笑わせます」と三谷は宣伝していたが、腹を抱えて笑うような場面はなく、小技でちょっとずつ笑わせるというタイプ。基本的にはコメディではあるが内容はシリアスである。

キーパーソンは、舞台上に登場しない、ホロヴィッツとワンダの娘であるソニア。ホロヴィッツを父に、トスカニーニを祖父に持つ彼女は、早くからピアノやヴァイオリンの稽古を始めたが、ものにならず、絵画や詩作へと分野を広げるが、トスカニーニが亡くなったのと同じ年、22歳の時のバイク事故を起こし(バイクで電柱に激突したのだがブレーキを踏んだ形跡はなかったという)、植物人間状態を経て24歳で亡くなっている。偉大な父と祖父を持つ重圧、苦悩が示されている。同時にそうした無言の圧力を娘に掛けたホロヴィッツは「ソニアは私が殺したようなものだ」と言う。

一方で、フランツの三人の子供はその後、幸せな人生を過ごしている。天才の子と凡才の子の対比がここでなされている。

フランツは第二次大戦で兄と弟を亡くしており、死の影が暗く舞台を覆う。その重苦しさを跳ね返すのがフランツの三人の子供であり、ホロヴィッツという得意なキャラクターだ。

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2019年2月 9日 (土)

スタジアムにて(11) オリックス・バファローズ対東京ヤクルトスワローズ オープン戦@京セラドーム大阪 2013.3.6

2013年3月6日 京セラドーム大阪にて観戦

京セラドーム大阪で、オリックスバファローズ対東京ヤクルトスワローズのオープン戦を観る。午後1時プレイボール。

正午に開場。ショップで応援用のメガホンやらヤクルト名物のミニ傘などを買う。スワローズは今年からユニフォームとホーム用のチームロゴが変わる。ビジター用の帽子が売られていた(これは昨年とほとんど変わらない。ただ私がかぶっていったのは一昨年の帽子で微妙に違う)ので買ってみるが、大人用と書かれていたのに、実際にかぶってみると小さい。サイズにはJFと書かれていて、これはおそらくジュニアフリーの略だろうということで、調べて貰ったらやはりジュニア用であった。大人用はスワローズのグッズサイトでも売り切れで、京セラドーム大阪の売店にもないということで返品する。

ワールドベースボールクラシック(WBC)の最中ということで、スワローズは日本代表に選ばれた正捕手の相川亮二と昨年のホームラン王でオランダ代表としてWBC参戦中のウラディミール・バレンティンが不在。バファローズも移籍してきた糸井嘉男と主砲の李大浩がともに祖国の代表としてWBCに参加で欠けている。
ということで、どちらも若手を試すための一戦となる。

スワローズの先発はドラフト2位ルーキーの小川泰弘、バファローズの先発はファイターズから移籍の八木智哉。創価大学の先輩後輩である。

スワローズは外野に昨シーズン後半に台頭してきた雄平や、守備と足には定評のある比屋根、ドラフト1位指名は手が多いヤクルトにあって数少ない野手のドラフト1位入団の山田哲人、昨年は骨折で欠場した相川の穴を埋めた中村悠平などが先発メンバーに顔を揃え、出戻りの岩村明憲がサード、昨年サードを主に守っていた宮本慎也はDHに入る。

バファローズも4番に竹村直隆を入れたり、ライトに糸井の代わりとして深江真登を起用したりと、若手主体の編成である。


スワローズの先発の小川はノーラン・ライアンのフォームを真似たというダイナミックな投げ方をする。最近は攝津正や武田勝などテイクバックの小さな投手が増えている中で、これほど全身をフルに使うフォームの投手は見ていて面白い。小川はMAX143キロのストレートと130キロ台後半のスライダー系の球、130キロ台前半のフォーク系のボール、120キロ台のカーブなどを操り、5イニングを零封する。大きな収穫である。

新人王を取ったことがありながら、その後、1年目以上の成績を残せず、日ハムからオリックスにトレードされた八木は軟投派だけにストレートのスピードも130キロ台前後。小川の剛、八木の柔の対決である。

最初に失点を許したのは柔の八木。昨年、来日前に「問題児」なのではと指摘されながら終わってみれば優良外国人選手だったミレッジが、3回表、左中間に一発を放つ。テストゲームの色彩が濃い試合なので、ミレッジは3回でお役御免。ミレッジが守っていたレフトには武内晋一が入る。その武内がタイムリーツーベースを放った。

スワローズの投手はテストラッシュ。ドラフト7位の大場達也、ドラフト4位の江村将也というルーキー投手を2番手、3番手として起用する。更に8回には埼玉西武ライオンズから移籍していた藤田太陽を試す。皆、ストレートはこの時期としては速く、140キロ台前半をマークしていた。

ヤクルトは守備でも若手を試す。守備は一級品の森岡良介、第二の荒木こと荒木貴裕、在日韓国人4世で俊足の上田剛史、ルーキーの谷地亮太(やち・りょうた)などがそれぞれに見せ場を作る。

一方のバファローズはベテランや移籍組のテスト。元西武のミンチェ、阪神にいた吉野誠、中日から出戻りの平井正史らがマウンドに立つ。平井はもう年だがMAXは144キロを記録。ただコントロールが悪く四球から崩れ、比屋根にタイムリーを打たれ、守備の乱れもあって2点を失う。

9回には実力派の平野佳寿が登板。今日投げたピッチャーの中で最速となる150キロをマークしたが、コントロールには課題ありである。

9回裏、バファローズ最後の攻撃。マウンドには山本哲哉が上がる。捕手は中村に変わって西田明央(にしだ・あきひさ)。

MAX144キロを記録した山本哲也はT-岡田を空振り三振に切って取ったものの、西田がこれを弾き、T-岡田は振り逃げで一塁セーフ。その後、T-岡田に三塁まで進まれたところで、何とワイルドピッチ。1点を失う。しかし振り逃げを含めて山本は1イニングで3三振を奪い、何とか生え抜きの面目を保った。ヤクルトの投手陣の補強は失敗という評価もあるが、案外、活躍するピッチャーが出てくるかも知れない。

一方のバファローズはいくらテストの意味があるとはいえ、坂口智隆、T-岡田、バルディリス、西武から移籍の原拓也などが出場しながら、ヤクルトの若手投手陣に僅か3安打に封じ込められ、敵ながら「なんだかなあ」と心配になる戦いぶりであった。

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2019年2月 8日 (金)

コンサートの記(520) 準・メルクル指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第466回定期演奏会

2013年3月1日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第466回定期演奏会を聴く。今日の指揮はNHK交響楽団への客演で日本でもおなじみの準・メルクル。知らない方のために書いておくと、準・メルクルは1959年、ミュンヘン生まれのドイツの指揮者。父がドイツ人、母が日本人のハーフで、準というファーストネームの漢字は物心ついてから自分で決めたという。

NHK交響楽団には毎年のように客演しており、力があるものしか指揮台に立てない年末の第九を指揮したこともあるし、AltusレーベルにはNHK交響楽団とのレコーディングも行っている。また、最近では廉価盤レーベルの雄NAXOSにリヨン国立管弦楽団と「ドビュッシー管弦楽曲全集」を録音して好評である。


プログラムは、ロベルト・シューマンのピアノ協奏曲(ピアノ独奏:イングリット・フリッター)、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」抜粋。「ニーベルングの指輪」はロリン・マゼールのように編曲して管弦楽組曲として演奏する場合もあるが、今回はワーグナーのスコアには手をつけず、要所要所を抜き出して繋いだものだという。実際、有名な「ワルキューレの騎行」も結末のある管弦楽曲版ではなく、そのまま「ヴォータンの告別」に繋げていた。


シューマンのピアノ協奏曲。イングリット・フリッターは1973年生まれ、ブエノスアイレス生まれという、マルタ・アルゲリッチを思わせるような出身地を持つ女流である。

そのフリッターの弾くシューマンはリリカルではなくエモーショナル。指よりも心で弾くピアノだ。表現も音の強弱も幅が広い。

メルクル指揮する大阪フィルも情熱的な伴奏でフリッターの演奏に応えた。
フリッターはアンコールとしてショパンの夜想曲第19番を演奏した。センチメンタルな曲調ではあるが、フリッターのピアノには独特の情熱があり、諦観のようなものは窺えない。


メインのワーグナー楽劇「ニーベルングの指輪」抜粋。「ラインの黄金」より序奏、神々のニーベルハイム下降の場の音楽、「ワルキューレ」からワルキューレの騎行、ヴォータンの告別より、「ジークフリート」からジークリートと大蛇ファーフナーの戦い~ファーフナーの死、「神々の黄昏」から夜明けとジークフリートのラインへの旅、ジークフリートの死と葬送行進曲、ブリュンヒルデの自己犠牲(後半)と終曲という構成である。

メルクルは冒頭の序奏の夜明けの場面から音を丁寧に重ね(コントラバス、ファゴット、ホルン、ワーグナーホルン)、暗い音から華々しい金管へと音が移行することで徐々に夜が明けていく部分を丁寧に作る。ドイツの歌劇場で鍛えたメルクルだけに、このあたりの表出力は流石である。大フィルも重厚でかつ洗練された音でメルクルの指揮に応える。有名な「ワルキューレの騎行」は爽快であるが、決して悪のりはしない。「ジークフリートの死と葬送行進曲」も自然な悲しみが滲み出ていた。

全曲を通して50分ほどの版であるが、長さを感じさせない見事な演奏であった。メルクルと大フィルの高い集中力の賜物であろう。

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2019年2月 7日 (木)

観劇感想精選(291) 「テイキングサイド ~ヒトラーに翻弄された指揮者が裁かれる日~」

2013年2月23日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後6時から、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、「テイキングサイド ~ヒトラーに翻弄された指揮者が裁かれる日~」を観る。「ドレッサー」「想い出のカルテット ~もう一度唄わせて~」の劇作家、ロナルド・ハーウッドの筆による作品。テキスト日本語訳:渾大防一枝、演出:行定勲。出演:筧利夫、福田沙紀、小島聖、小林隆、鈴木亮平、平幹二朗。

20世紀を代表する指揮者、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの第二次大戦中のナチ協力疑惑の取り調べを描いた、クラシックファンにとってはかなり有名な作品である。ただ、クラシックと歴史のことがわからないと内容把握はまず困難だと思われ、そのためか、後ろの方の席は空席が目立った。


ベートーヴェンの交響曲第5番第4楽章が鳴り響く中で劇は始まる。

1945年、第二次大戦後のベルリン。連合国側の米軍少佐、スティーヴ・アーノルド(筧利夫)は、非ナチ化審議に於いて、ドイツを代表する指揮者のヴィルヘルム・フルトヴェングラー(平幹二朗)がナチ党員だったのではないかという疑いを持ち、予備審議を行うことにする。協力者は若いドイツ人のエンミ・シュトラウベ(福田沙紀)。エンミの父親はヒトラー暗殺計画を企んで処刑されたが、ヒトラー亡き今ではドイツ人から英雄視されている。スティーヴは音楽に対する教養はまるでないが、異常な記憶力の持ち主であり、見聞きしたことは全て忘れないという異能者である(どことなくAIを連想させる人物である)。

一方、エンミはドイツ音楽の愛好家であり、フルトヴェングラーを尊敬している。ベートーヴェンが好きで、特に好きなのは交響曲第8番。

フルトヴェングラーに対する取り調べの前に、スティーヴは、フルトヴェングラーが音楽監督を務めていたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第2ヴァイオリン奏者、ヘルムート・ローデ(小林隆)を呼ぶ。ローデは、フルトヴェングラーがナチ嫌いだったと語り、ヒトラーの御前演奏の前に、ヒトラー対する敬礼をしない工夫として、指揮棒を持ったままステージに上がるようフルトヴェングラーに進言したことがあると伝える。指揮棒を持ったまま敬礼をすると、最前列に座ったヒトラーの目を指揮棒の先端が刺してしまう。だから敬礼をしなくていいのだと。
しかし、スティーヴはフルトヴェングラーがヒトラーの御前で演奏したこと、また、ヒトラーとフルトヴェングラーが握手している写真を示し、ヒトラーとフルトヴェングラーが懇意であったのではないかと疑う。ヘルムートは、それはヒトラーが勝手に壇上に上がりフルトヴェングラーの手を取ったまでで、その場にいたカメラマンがそれを撮影したに過ぎないと疑惑を否定する。

エンミもまた、フルトヴェングラーが多くのユダヤ人演奏家(ヨーゼフ・クリップス、アーノルド・シェーンベルクの名が含まれる)の亡命に協力した事実を告げる。

スティーヴの元に新たに赴任した、デイヴィット・ウィルズ(鈴木亮平)は、ハンブルク生まれのユダヤ人で、ユダヤ人迫害を避け、アメリカに亡命。姓もユダヤ風のものからWASP風のウィルズに改姓している。ウィルズは、フルトヴェングラーが世界最高の指揮者であるとし、スティーヴに対してフルトヴェングラーの無実を訴える。

そんな中、タマーラ・ザックスという女性(小島聖)が尋問室にやって来る。タマーラは自身はドイツ人で旧姓はミュラーだが、ワルター・ザックスというピアニストに惚れて結婚。ワルターはピアノの腕をフルトヴェングラーに認められ、パリにザックス夫妻が亡命するための手続きを行ってくれたという。しかし、パリはナチスドイツ軍により陥落、ワルターは収容所に送られ、命を落としたという。だが、タマーラはフルトヴェングラーがかつての夫のためにしてくれたことを深く感謝しており、フルトヴェングラーがいかにユダヤ人に親切で、慈悲深い人であったかを切々と語る。

そしていよいよ本物のフルトヴェングラーが現れる。フルトヴェングラーは自分がナチに協力したことはないと断言し、二度もナチス党員になった若い指揮者(ヘルベルト・フォン・カラヤンのことである)が演奏活動を再開しているのに、なぜ自分が公的な音楽活動が出来ないのかと不満を語る。ヒトラーの御前演奏も、ヒトラーの誕生日の演奏も、ヨーゼフ・ゲッペルスやヘルマン・ゲーリングの根回しがあり、断ることは自分の力では不可能だったのだと告げる。また、ナチスが政権を取った1933年にフルトヴェングラーはナチスへの嫌悪からベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を辞任しており(のちに復帰)、またユダヤ人と結婚したドイツ人作曲家、パウル・ヒンデミットの歌劇「画家マチス」が上演禁止になった際、ヒンデミットの擁護を行い、また新聞に「ヒンデミット事件」を寄稿していることを告げる。
第1回の審議は終わり、フルトヴェングラーは尋問室を去る。エンミは自分の好きな交響曲第8番のSPを掛け、第1幕は終わる。


第2幕。ベルリン・フィルの第2ヴァイオリン奏者であるヘルムート・ローデが実はナチ党員であり、自分がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の奏者になれたのも在籍していたユダヤ人奏者が追い出されて欠員が出たからだと告白する。またフルトヴェングラーはヘルベルト・フォン・カラヤンを嫌っていたという事実も口にする。フルトヴェングラーはカラヤンを憎む余り、カラヤンと名前で呼ばず、「K」と呼んでいた。差別的な人であったことは事実だと。また、デイヴィットもフルトヴェングラーが「反ユダヤ」であることを知っていたという(フルトヴェングラーはドイツ音楽至上主義者だった)。しかし、同時にデイヴィットは「反ユダヤ発言をしなかった非ユダヤ人はいない」とも発言する。

ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章アレグレットが流れる中、ナチスの収容所における映像が映し出される。積み重なるユダヤ人の死体。それを押しやるブルドーザー、穴に押し込まれるユダヤ人の遺体。これはスティーヴの夢であった。スティーヴは異常な記憶力の持ち主であったため、このかつて見た嫌な光景を毎晩、夢として見る羽目になっているのである。

フルトヴェングラーに対する二度目の尋問が行われる。ここで、スティーヴは二度もナチ党員になっていながら公的演奏活動(正式には録音のみの活動である)を行っているヘルベルト・フォン・カラヤンの名前を出す。フルトヴェングラーがカラヤンを嫌っていたのは事実であり、カラヤンこと「K」がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者になることを怖れて、ヒトラーの御前演奏会に臨んだのではないかとスティーヴは考える。そしてそれは実際、真実に最も近いであろう。

スティーヴは、ブルーノ・ワルターやオットー・クレンペラーが1933年に亡命しているのに、なぜフルトヴェングラーは終戦直前まで亡命しなかったのかについて触れる。フルトヴェングラーは「ワルターもクレンペラーもユダヤ人であり、亡命せざるを得なかったのであり、自分は違う。自分はドイツに留まることでナチスと戦ったのだ」と言い張る。しかし、事実としては「K」がドイツ楽壇に君臨するのを怖れていたのではないかという疑惑が浮かぶ(実際、フルトヴェングラーは最晩年に自身の後任になるベルリン・フィルの指揮者について、「私がベルリン・フィルの指揮者としてふさわしくないと思っている男は一人だけ。あの男です」と暗にカラヤンが後任に抜擢されることを拒んでいる。だが、その後、フルトヴェングラーが怖れたことは現実となる。常任指揮者であったルーマニア人指揮者、セルジウ・チェリビダッケとベルリン・フィルが敵対関係になりつつあったことに加え、ベルリン・フィルのアメリカ・ツアーに同行できる独墺系指揮者がカラヤンしかおらず、そのカラヤンが「もし自分をベルリン・フィルの常任にしないならばアメリカ・ツアーには同行しない」と言ったことで、後任はカラヤンに決まった)。

スティーヴはブルックナーの交響曲第7番第2楽章アダージョのSPをエンミに掛けさせる。そしてフルトヴェングラーに聴く。「この曲は何ですか?」「ブルックナーの交響曲第7番アダージョだ」「誰の指揮ですか?」「誰のかって? 私のだよ」「これが流されたのはヒトラーが自殺した日です。追悼の音楽として」

実際問題として、ヒトラーはカラヤンを嫌っていた。理由はカラヤンは暗譜で指揮するのが常だったが、ヒトラーの御前上演となるオペラで、ソプラノがミスし、カラヤンは譜面を置いていなかったため、十分なフォローが出来ず、ヒトラーは「あの、若いのは何故譜面を持っていないんだ!」と激怒。以後、ヒトラーが愛する指揮者はフルトヴェングラーだけとなる。

スティーヴはヒトラーが愛したのはフルトヴェングラーの演奏であったと告げる。それに対してフルトヴェングラーは、「私はナチのために指揮したのではなく、ドイツ国民のために指揮したのだ」「芸術は中でも音楽は人間の内面を豊かにするために必要だ」と音楽論を展開する。
それに対して、スティーヴは「私生児は何人いますか?」と聞く。フルトヴェングラーの女好きは有名であり、自分の子供が何人いるのか自分でも把握できなかったと言われている。今でもフルトヴェングラーという姓の奴がいたら怪しいと言われるほどだ。

フルトヴェングラーは音楽の神聖さを強調し音楽と政治は無関係だとするが、実際はフルトヴェングラー自身は俗人であり、フルトヴェングラーに対しては批判的でカラヤンを「奇跡のカラヤン」と評した音楽評論家を政治力を用いてソビエト戦線に送ったり、ドイツを離れなかったのも、ドイツ国内のあちこちに愛人がいたからなのではないかと詰め寄られる。フルトヴェングラーはそれでも音楽の素晴らしさを強調するが、「1934年に亡命していたなら」と後悔の言葉を口にし、吐き気に襲われる。ヘルムートとエンミに抱えられながら退場するフルトヴェングラー。デイヴィットはフルトヴェングラーを「堕ちた偶像」と言いながらもフルトヴェングラーこそは世界最高の指揮者であり、あのような取り調べを行うべきではなかったのではないかとスティーヴに意見する。

ベートーヴェンの第九第1楽章が流れる中、劇は終わる。


様々な角度から再検討すると、何が正しくて何が間違っているのか、聖と俗とは何なんなのか、音楽は、そして演劇は我々にとって何をもたらすものなのか。人によって答えは違う、そう、人によって答えが違うからこそ、人生とは奥行があり、芸術とは価値があるのだと認識させられた舞台であった。


上演終了後に、演出の行定勲、デイヴィット役の鈴木亮平によるトークがある。司会は関西テレビの山本悠美子アナウンサー。

まず、「テイキングサイド」を上演することになったきっかけを行定勲が語る。行定勲が「テイキングサイド」の本を受け取ったのは、3.11の東日本大震災発生直後のことだったという。行定勲は映画の撮影をしていたのだが、大震災が起こったため、一度、撮影を全面的に中止にしたという。その後、仕事は再開したが、映画の撮影をするのはこの時期には不謹慎なのではないかという思いがこみ上げてきたし、周りも「不謹慎なのでは」という空気になったという。その時、「テイキングサイド」を読んで、戦後に行われた芸術を巡る審議という内容が、今、自分達の置かれている立場にリンクするのではないかと思い、引き込まれていったという。

また配役では、筧利夫と平幹二朗という、普通は舞台上で同時に観ることが想像しにくい組み合わせであるということから敢えてキャスティングしたという。筧利夫が演じるスティーヴ・アーノルドは芸術音痴で早口というクエンティン・タランティーノの映画に良く出てくるようなキャラクターを意識したという。そのことでセリフも聞き取りにくくなるし(筧利夫は普段使わない用語が沢山出てくる脚本に苦しんだのか、珍しく二回噛んだ)、内容も把握しにくくなるが、それも計算の内だという。

鈴木亮平は、今回のキャストの中で唯一オーディションで選ばれたという。オーディションは普通は数ページの台本によって行われるのだが、今回の作品ではデイヴィットのセリフ全てが渡され、それで審査されることになったそうで、鈴木は「うそーん」と思ったそうだ(行定勲の厳しさは映画界では有名である)。鈴木はカラオケボックスにこもってひたすらセリフを覚えてオーディションに臨み、あまり良い感触は得なかったそうだが選ばれたという。また鈴木は関西出身で、明日は両親と祖母と祖母の友人達が見に来る予定だという。

演技では筧利夫は想像通りの出来であり、平幹二朗はフルトヴェングラー役には残念ながら似合わないように思えた。わがままが過ぎて干され気味と噂の福田沙紀はまずまず可憐な演技を見せ、他の俳優も健闘していたように思う。

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2019年2月 6日 (水)

コンサートの記(519) 湯川潮音 京都ワンマンライブ「odeの向こうに見える景色」@紫明会館

2019年1月19日 京都市北区の紫明会館にて

午後5時30分から、北区紫明通にある紫明会館で湯川潮音の京都ワンマンライブ「odeの向こうに見える景色」を聴く。

今回は、ピアノのフジワラ・マヒト、ヴァイオリンの高原久実、チェロの徳澤青弦(とくざわ・せいげん)のピアノトリオをバックに湯川潮音が歌う。

湯川潮音は、京都では歴史ある建物で歌うことが多く、アートコンプレックス1928(現・GEAR劇場)、京都府庁旧本館、今はなき元・立誠小学校の講堂などで歌っており、今回も国登録有形文化財に指定されている紫明会館(変換したら「指名快感」と表示された。確かにドラフトで指名されたら快感だろう)の3階にある講堂(ホール)でのライブとなる。

紫明会館は、京都師範学校(京都教育大学の前身)の創立50周年を記念して、同校同窓会が建てたものである。昭和7年(1932)竣工。現在は各種団体への貸館も行われている。


「渡り鳥の3つのトラッド」でスタート。次いで「しずくのカーテン」が歌われる。

その後に湯川潮音によるトークがあり、今年は年女であること、ではあるが特に何をしようか決めてないということ、昨日、何十年ぶりかで派手に転倒して左膝を打ち、ズボンが破れ、今も流血の痕が膝に残っていることなどを語り、「今日は歌うことで厄払いをしたい」と抱負を述べた。ちなみに、ピアノでバンマスのフジワラ・マヒトは今日ついていないそうで、新横浜駅で崎陽軒のシューマイ弁当を買ったと思ったらシューマイ単品で、「シューマイばっかじゃん!」と言っていたことや、靴下が穴だらけだったということを湯川が語っていた。ちなみに、フジワラは曲順を間違えるというアクシデントもあり、本当についていないようである。

湯川潮音は、2年前に妊娠と出産を経験したのだが、そのために最近はライブ活動を行えておらず、ヴォカリーズによるアルバム「ode(オード)」も発表したはいいが、生では全然歌えていないということで、今日が初披露となるそうである。

その前に、湯川が初めて英語で作詞したという曲、「What a day it」と、「セロファンの空」に収録された「birch」が歌われ、「ode」の楽曲へと入っていく。

「ode」はsione名義で発表されたヴォカリーズアルバム。全編歌詞なしの作品であり、湯川潮音の美声がいっそう引き立つ上に、その世界観も魅力的である。8分の6拍子による楽曲などは、エンヤの「boadicea」を連想させたりする。声によって築かれる浮遊感溢れるもう一つの現実世界。

その後、「キルト」が歌われ、最後の曲として、新たにリリースされた子守唄アルバム「わたしの子守唄」からの楽曲である「ロッキングホース」が歌われる。良い歌だ。


アンコールは2曲、まずは「○○の子守唄」。寝て欲しい人の名前を注文して貰い、湯川がそれに応える形で名前入りで録音して発送するという楽曲である。これまで子どもだけではなく、親御さん、本人、果てはペットの名前に至るまで注文を受けたそうで、「我ながら大それたことをしてしまったものだ」と思ったそうだが、今日は会場にいる人のリクエストを受けて歌う。

ラストは「ルビー」。聴いているこちらの厄まで祓われていくかのような快感を覚えるコンサートであった。



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コンサートの記(518) 広上淳一指揮京都市ジュニアオーケストラ第8回演奏会

2013年1月27日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで京都市ジュニアオーケストラの第8回演奏会を聴く。指揮は京都市交響楽団常任指揮者で京都市ジュニアオーケストラのスーパーバイザーである広上淳一。

京都市ジュニアオーケストラは、京都市在住、若しくは京都市内通学でオーディションを勝ち抜いた11歳から23歳までの奏者によって編成された若い人のための非常設オーケストラである。京都市交響楽団のメンバーの指導を受け、更に京都市立芸術大学4回生の大谷麻由美と東京音楽大学大学院2年生の水戸博之によって合奏指導を受けて、広上の指導によるリハーサルを行い公演に臨む。


曲目はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ソリスト:金子三勇士)とショスタコーヴィチの交響曲第5番。いずれも若い人が挑むには難しい曲である。

ピアノ独奏の金子三勇士(かねこ・みゅうじ)は、1989年、日本人の父とハンガリー人の母の間に生まれたハーフ。すでにソリストやピアノ伴奏者として活躍しているが、東京音楽大学大学院に在学中の学生でもある。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。ソリストの金子三勇士は、高い技術で表情豊かな演奏を展開。ただ、技術に寄りかかりすぎのきらいがあり、「もっとゆっくり弾いた方が味わいが出るのではないか」と思える箇所がいくつかあった。また自慢の技術であるが、一カ所、明らかなミスタッチがあり、こちらも完璧とはいかなかった。

広上淳一の指揮する京都市ジュニアオーケストラは、憂いを帯びた響きを出し、感心させられる。明らかに技術不足のパートがあったり(どのパートかは内緒。プロでない人にああだこうだ言っても何の得にもならない)、音が薄手の箇所があったりしたが、若さ故にこれは仕方ないだろう。

金子三勇士はアンコールとしてリストの「コンソレーション第3番」を弾く。ロマンティックな曲調に対する金子の感性と高度なテクニックがピタリとはまり、ラフマニノフ以上の出来であった。


ショスタコーヴィチの交響曲第5番。速めのテンポを基調とした新たな発見の多い演奏であった。まず、第1楽章からソビエト当局をおちょくるような仕掛けが隠されていることがわかる。第2楽章は更に露骨である。広上の譜読みの鋭さが窺える。

第3楽章の美しさも特筆事項。これはまさにレクイエムである。

「皮相な凱歌」と「押しつけられた歓喜」という解釈もされる第4楽章であるが、広上も速めのテンポで皮相さを表出した上で更に、「これは凱歌どころか、クールな怒りを表しているのではないか」と聞こえるようなど個性的な演奏が続く。トランペットの華麗なソロは権力者への異議申し立てのように聞こえるし、重苦しい場面はソビエト人民の内面の苦悩を代弁しているように受け取ることが出来る。

この曲の新たな一面を見せつけられたかのような、刺激的な演奏であった。


アンコールでは広上はピアニカ演奏に回り、大谷麻由美と水戸博之のローテーションによる指揮で、ルロイ・アンダーソンの「フィドル・ファドル」が演奏される。時折聞こえる広上のピアニカソロがユーモラスであった。

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2019年2月 5日 (火)

コンサートの記(517) 広上淳一指揮京都市交響楽団第564回定期演奏会

2013年1月25日 京都コンサートホールにて

午後7時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第564回定期演奏会に接する。今日の指揮者は常任指揮者の広上淳一。

ハイドンのトランペット協奏曲(トランペット独奏:ルベン・シメオ)とベルリオーズの幻想交響曲というプログラム。

開演前のプレトークでは、緑色の京響のTシャツを着た広上淳一が、京響トランペット副首席奏者である早坂宏明と共に登場。広上本人がトランペットの専門家ではないので、早坂を連れてきたという。

ハイドンの時代は、今ではナチュラルトランペットと呼ばれる。バルブのない、マウスだけで音程を取る演奏至難なトランペットが当たり前であったが、ウィーンのトランペッターであるアントン・ヴァイディンガーが有鍵トランペットを開発。これに触発されたハイドンは、それまでは演奏不可能だった音を出せるようになったトランペットのための協奏曲を作曲したとしう。

トランペット協奏曲の独奏者であるルベン・シメオはスペイン出身。正真正銘の弱冠、二十歳である。20世紀最高のトランペッターといわれたモーリス・アンドレがその最高に惚れ込み、ただ一人の直系の弟子として育てたという。

シメオのトランペットは輪郭がクッキリしており、力強い。音は輝かしいというより渋めであるが、メカニックは抜群だ。これで深みが出たらいうことなしだが、二十歳で深みを出されたら、それはちょっと出来すぎなので、演奏を楽しむ分には今のままで何の文句もない。

広上指揮の京響は温かく、優しい音楽を奏でる。

演奏終了後、クラリネット奏者や打楽器奏者がバタバタと出てきて、京響とシメオによるアンコール演奏。チャールズ・コーファーの「マカレナ」(ルベンの父親であるホセ・シメオの編曲)。シメオのトランペットはハイドンの時よりも音が鋭く、超絶技巧も難なくこなして聴衆を沸かせた。


ベルリオーズの幻想交響曲。
第1楽章の木管による序奏のあと、主旋律は弦楽に移るのだが、この時点で弦楽の音は妖気に満ちていて不気味であり、背筋がゾッとする。京響の技術は高いが、第1ヴァイオリンの出が一瞬遅くなる場面があった。指揮者と奏者の意思が合わなかったのだろう。

第2楽章の舞踏会でも音に毒があり、ベルリオーズの狂気を至るところで炙り出して、明るく華やかな音楽には終わらせない。

第3楽章では寂寥感の表出が抜群である。ティンパニの思い切った強打も効果的である。

第4楽章「断頭台への行進」はベルリオーズの狂気を全開にした強烈な演奏。弦も管も屈強であり、音響が悪い京都コンサートホールを楽器として鳴らす。終結部に向かう場面での広上のアッチェレランドの容赦のなさには息を呑む。

第5楽章。鐘はステージの後方。パイプオルガンの横に置かれている。激しく熱狂的な演奏であり、この曲の異常さをも同時に表出する。音楽を聴いていて「怖い」と感じたのは久しぶりである。

演奏終了後に、広上は「あけましておめでとうございます」と言って聴衆を笑わせ、京都市交響楽団をこれからもよろしくお願いしますと告げた。

そしてアンコール演奏。定期演奏会には普通はアンコール演奏がないものだが、広上は定期演奏会であってもアンコール演奏をすることがままある。正月ということで、「ピッチカート・ポルカ」を演奏。ベルリオーズの毒を中和するのに効果的な楽しい演奏であった。

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笑いの林(112) よしもと祇園花月 「祇園ネタ」&吉本新喜劇「生きるために頑張りましょう」2012年4月16日

2012年4月16日 よしもと祇園花月にて

午後3時30分から、よしもと祇園花月で「祇園ネタ」と吉本新喜劇「生きるために頑張りましょう」を観る。
「祇園ネタ」の出演者は、モンスターエンジン、桜 稲垣早希、2丁拳銃、海原やすよ ともこ、桂三枝。


モンスターエンジンは、子供が自転車に乗る訓練をするのだが、西森洋一演じる子供がやたらとおっさん臭いというネタであった。


桜 稲垣早希。シンクロ率のネタ。「早朝」と「みのもんた」のシンクロ率は30%。朝からみのもんたは暑苦しい、ずばっと言われたくないですと言ったようなネタが続く。


2丁拳銃は、まず、手術を嫌がる子供を勇気づけるために小堀裕之がやって来るのだが、小堀が演じるのがサッカー「関係者」だったり、同じ患者だったり、主治医だったりと、とても勇気づけられるような相手ではない。
続いて、「適切です」というネタ。川谷修士の振った「風邪」については、小堀が37.5℃で「うどん」、38.5℃で「おかゆ」、39.5℃で「ゼリー」と答え、40.5%で「うどん、おかゆ、ゼリー戻す」だったりする。


海原やすよ ともこは、上方漫才大賞を受賞したということで、まず客席から「おめでとう」と声が掛かる。やるのはいつもの東京と大阪の比較ネタ。東京人は大阪人に比べると声が小さくて上品という。やすよの「大阪は東京の人からは怖いと思われているが」というフリに、ともこ「その通りです」と答えてしまったりする。


桂三枝は、大阪人は面白いという話から入る。なんばから梅田に向かう地下鉄御堂筋線に乗ったときに、マスクと帽子をかぶっていたら誰も三枝だと気付かなかったという話をし、誰からも気付かれないのも嫌なのでたまにマスクを外したりしていたという。本町駅でおっさんが隣の席に座ったのだが、おっさんが週刊誌を持っており、「立川談志最後の言葉」などという見出しのついた記事を読んでいて、端に三枝の写真も載っていたのでのぞき込んでいたところ、おっさんい、「おい!」と言われ、喧嘩を売られるのかと思ったら、「めくっていいか?」と聞かれたという。

名古屋ではカラオケ付きのタクシーに乗ったという話をし、天童よしみの「珍島物語」を歌ったところ、隣に来る自動車やバイクの運転手が皆こちらを見る。タクシーの運転手に聞いたら、「歌をスピーカーで外に流しています」とのことだった。
同窓会に呼ばれたところ、女性は元気だが、男性はやたらと老けていて嫌だったという話を最後にする。



吉本新喜劇「生きるために頑張りましょう」。出演:清水けんじ、吉田ヒロ、帯谷孝史、中條健一、村上斉範、吉田裕、安井まさじ、レイチェル、前田真希、金原早苗、大端絵里香、末成由実。

祇園旅館の清水けんじは、亡くなった祖母(末成由美)の残した遺産を相続して遊び暮らしている。しかし、けんじのもとに祖母がやって来て、けんじがまもなく死ぬことを伝える。善行をすれば生きながらえることを知ったけんじは懸命に働き始めるが、残りの生命値を表すインガスという数値は上がらない。そんな中、隣町で強盗事件が起こり、犯人がこの町に逃げているらしいという知らせが入る。強盗は、けんじの彼女である金原早苗が持っていたのと同じ柄の紙袋に奪った現金を入れており、金原早苗とぶつかった時に紙袋が入れ替わる。

強盗は清水けんじの妹で共に祇園旅館を経営している前田真希を人質に取り、現金を奪おうとするが、前田真希は刺されて、死んでしまう。清水けんじは前田真希の代わりに自分の命を捨てることを決意、祖母を通して神様にその意志を伝える。すると、それが最高の善行と見なされて、兄妹共に命が助かるという話であった。

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2019年2月 4日 (月)

コンサートの記(516) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2012

2012年4月8日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、ザ・シンフォニーホールで、京都市交響楽団大阪特別公演に接する。今日の指揮者は京響常任指揮者の広上淳一。


曲目は、ドヴォルザークのスラヴ舞曲第1番、ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:パヴェル・シュポルツル)、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。

今日の広上は全編ノンタクトで指揮する。


ドヴォルザークのスラヴ舞曲第1番。安定感のある演奏である。京響は弦も管も好調。興奮を煽るような演出こそないが、シャープな演奏である。


ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲。ソリストのパヴェル・シュポルツルはチェコ出身の若手。青いヴァイオリンを用いている。

シュポルツルのヴァイオリンはとても滑らか。技術も高い。天翔るようなヴァイオリンだ。
広上指揮の京響も立体感と重厚感のある立派な伴奏を聴かせる。

シュポルツルは「素晴らしい聴衆」、「みんな優しい」と言い、アンコールとして、ドヴォルザークの「ユモレスク」(オーケストラ伴奏版)、パガニーニの24のカプリースより第5番、J・S・バッハの「ガヴォット」を演奏する。チャーミングな出来映えであった。

メインであるリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。広上淳一が京都市交響楽団の常任指揮者に就任して最初の定期演奏会でメインとして取り上げた曲目である。

京響の響きは堂々としており、且つ美しい。フルートの清水信貴、クラリネットの小谷口直子、オーボエの高山郁子、コンサートマスターの渡邊穣ら奏者達の健闘が目立つ。広上の指揮姿は相変わらずユニークだが、音楽は正統派。立派な「シェエラザード」を聴かせてくれた。


アンコールはドヴォルザークのスラヴ舞曲第3番。楽しい演奏であった。

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スタジアムにて(10) 阪神タイガース対東京ヤクルトスワローズ オープン戦@阪神甲子園球場 2012.3.14

2012年3月14日 阪神甲子園球場にて観戦

午後1時から、プロ野球オープン戦、阪神タイガース対東京ヤクルトスワローズ戦を観る。於・阪神甲子園球場。

テレビでは何度か数えられないほど観ている甲子園球場だが、実際に訪れるのは初めてである。

阪神の先発は二神一人。ヤクルトの先発は左腕の日高亮。

ヤクルトは初回にいきなり一死満塁のチャンスを迎えるが、バレンティンの併殺打で得点ならず。
そのバレンティンが3回表に2点タイムリーヒットを放つ。ヤクルトが先制。

5回表には阪神の藤川球児が調整登板。最速149キロのストレートでヤクルト打線を抑える。

6回表、阪神のマウンドには小林宏之。バレンティンがヒットで出て、代走は背番号0の比屋根。比屋根が二盗を決め、次の打者がゴロを打った間に3塁を陥れる。ここで小林宏之がワイルドピッチで1点を失う。3対1。

阪神は5回裏に金本が日高からタイムリーヒットを放つが、ヤクルト投手陣から奪えたのは、この1点だけ。ヤクルトは山本哲、押本、松岡と繋ぎ、最後は平井が締めて、3対1で東京ヤクルトスワローズが勝利した。

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2019年2月 3日 (日)

観劇感想精選(290) 「春秋座 能と狂言」2019

2019年1月27日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後2時から、京都芸術劇場春秋座で、「春秋座 能と狂言」を観る。今年で10年目を迎える、春秋座お馴染みの企画。

今年の演目は、狂言が「二人袴」、能が「自然居士(じねんこじ)」である。


上演の前に、片山九郎右衛門(観世流シテ方)、渡邊守章(演出家、東京大学名誉教授)、天野文雄(能楽研究、京都造形芸術大学舞台芸術研究センター所長)によるプレトークがある。
能「自然居士」の解説が主になる。自然居士は鎌倉時代に実在した禅僧で、南禅寺開山の大明国師の弟子に当たる。あえて破戒ともいえる芸能者まがいの言動を取る僧侶だったそうだ。演じるに当たっては、喝食(かつじき)の面という前髪の垂れた美少年の面が用いられるのだが、これは非僧非俗をも表しているそうだ。

能「自然居士」は、観阿弥の作。観阿弥の作品を「春秋座 能と狂言」で取り上げるのは初になるそうだ。「自然居士」は、足利義満の前に観阿弥によって演じられ、義満からの絶賛を受けたと伝わっている。
片山九郎右衛門は、父親からと観世静夫の二人から「自然居士」を教わっているのだが、それぞれが異なった自然居士像を持っていたために戸惑っていたという話をし、演じられる自然居士の年齢を16、7歳ではないかと述べる。若い僧侶の話なのである。
片山は、自然居士を室町時代の人だと思い込んでいたそうだが、実際は鎌倉時代の人物。ということで、破戒僧として知られた一休宗純の先輩格に当たる人だということを天野文雄が述べていた。

狂言の「二人袴」は、三段之舞としての上演。通常の狂言では鳴り物は入らないのだが、三段之舞と書かれている場合は、能楽が入る。ただ、三段之舞とした場合は、普通は上演時間が長くなるのだが、渡邊守章によると野村萬斎が工夫を行ったそうで、通常の狂言と同じぐらいの上演時間にまとめられているという。

ちなみに、野村万作は、今回は狂言ではなく能「自然居士」のアイとしての参加。渡邊守章によると、野村万作が能のアイをやるのは久しぶりなので、かなり張り切っていたそうである。


狂言「二人袴」三段之舞。出演:野村萬斎(シテ)、石田幸雄(アド)、高野和憲(小アド)、中村修一(小アド)。太鼓:亀井広忠、太鼓:前川光範、小鼓:大倉源次郎、笛:竹市学。

聟(中村修一)が、舅(石田幸雄)に挨拶に行くのだが、心細いので父親(野村萬斎)についてきて貰うという話である。この聟というのが世間知らずで、袴を履いたことがない。そこで、父親に袴を着けて貰うのだが、紐を胸の前で結ぼうとするなどとんちんかんである。そして履いたら履いたで上手く歩けない。結局、舅の家の前まで親についてきて貰った聟。そのため、親も舅に呼ばれるのだが、袴が一つしかないため、履き替えていく。そして遂には二人いっぺんに呼ばれたため、袴を二つに引き裂き、前掛けのようにして挨拶するという笑い話である。

見慣れた俳優だからということもあるのかも知れないが、野村萬斎は他の俳優に比べて才気というか、エネルギー量というか、とにかく違うものを発していることが感じられる。その正体はよくわからないのだが、彼が特別な存在だということだけはよくわかる。今の狂言界は野村萬斎なしには語れない。

「二人袴」に関しては、とにかく笑える作品なのだが、ラストは特にオチらしいオチはなく、普通に終わってしまう曲というところが惜しい。


能「自然居士」。出演は、観世銕之丞(シテ)、宝生欣哉(ワキ)、則久英志(ワキヅレ)、梅田晃煕(子方)、野村万作(アイ)。太鼓:亀井広忠、小鼓:大倉源次郎、笛:竹市学。地謡:観世淳夫、鵜澤光、分林道治、片山伸吾、味方玄、古橋正邦、片山九郎右衛門、河村博重。

東山雲居寺で説法をしている自然居士(観世銕之丞)の下に、少女(梅田晃煕)がやってくる。雲居寺門前の者(野村万作)が少女を見かけ、自然居士に少女から預かった文を渡す。少女は両親を弔うため、身を人商人に売り、布施を渡しに来たのだった。そこへ人商人(宝生欣哉)とその仲間(則久英志)がやって来て、少女を見つけて連れ去ってしまう。そこで自然居士は、説法を中断し、少女を連れ戻しに向かう。

自然居士は、少女を救うために様々な舞を行うのだが、仏法や仏道と能楽が重ね合わされており、大和国の地方芸能でしかなかった自身の能楽を義満が崇める禅に伍するまでに高めたいと願う観阿弥の心意気に感心させられる。

無料パンフレットには、「自然居士」の詞章の現代語訳が載っているのだが、今日は視覚中心に観たかったため、それに目を配ることはなし。セリフを聞き取るのは難しかったが、人商人と対峙する自然居士役の観世銕之丞が醸し出す静かな迫力を味わうことが出来た。



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2346月日(7) 京都工芸繊維大学美術工芸資料館 「南方熊楠~人、情報、自然~」

2019年1月23日 京都工芸繊維大学美術工芸資料館にて

左京区役所に行く用事があり、ついでに近くにある京都工芸繊維大学の美術工芸資料館に寄る。現在、工芸美術資料館では、「南方熊楠~人、情報、自然~」という展示会が行われている。

知の巨人として知られる南方熊楠。和歌山生まれ、子どもの頃から読んでは筆写し、記憶するということが好きだった熊楠は、長じて驚異的な記憶力と語学力を発揮することになる。和歌山中学を卒業後に上京。共立学校(現在の開成高校の前身)を経て、大学予備門(現在の東京大学教養課程の前身)に進むが、授業にはほとんど出ずに上野の図書館に通うようになる。元々、数理系が苦手ということもあり、代数で落第すると退学し、和歌山に戻る。この頃に脳に異常を感じたことが記されているが(「病を脳漿に感じて」とある)、熊楠の脳は大阪大学医学部に保存されており、MRIで調べたところ、てんかん持ちであることが判明したそうである。

二十歳の時に渡米。サンフランシスコのビジネススクールに入学するが、ビジネスに興味を抱けなかったため、半年後にミシガン州ランシングの農学校に移る。しかしここでは、アメリカ人学生と衝突したということもあり、同州アナーバーの街で読書と植物採集の生活に入る。その後、フロリダを経てキューバにも渡った熊楠は、大西洋を渡ってロンドンにたどり着く。ロンドンでは大英博物館で読書と書写に明け暮れた熊楠であったが、この頃に両親が他界。送金がなくなったということもあって困窮し、帰国することになる。以後は、紀伊半島での植物採集と著述の生活に入った熊楠であるが、初期に発表した論文が不評ということもあってか、その後は論文を発表することは少なくなり、とにかく情報収集を徹底することになる。在野の研究者であり、教員としてのキャリアがないということも相まって、学者としての評価を得ることはなかった。最近では、収集による「情報提供者」としての評価が上がっているようである。分野を問わず書き残した業績がデーターベースとして価値があるらしい。
植物学や民俗学以外のことも書き残しており、例えば雑誌に発表された「売女の名歌」には、逃亡した遊女が捕らえられ、通常なら無期懲役になるところを、「果てしなき浮き世のはしに隅田川流れの末をいつ迄かくむ」という優れた歌を詠んだことに大岡越前が感動し、「逃亡した遊女の懲役は3年まで」と決まったことが記されている。

那智で植物採集をして過ごした熊楠だが、どうやら脳の病気を慰めるためだったらしいことが最近の研究でわかってきたようだ。1904年4月21日の熊楠の日記を元に作成した映像(京都工芸繊維大学の制作らしい)が流れている。宿泊していた大阪屋から那智山に遊び、途中で道に迷ったり、川を渡る際に石から滑り落ちて足をすりむいたりしながら探索する様が克明に記されているようだ。

2015年には熊楠が映った映像が発見されている。熊楠が語っているところを映したものだが、残念ながら音声は収録されていない。

熊楠の日記などが展示されているが、字が読みにくい。そのため、十二支考「虎」などは、まず熊楠がなんと記しているのかの解析を学者達が行うことから始まっているという。十二支考「虎」は、新聞の裏紙に熊楠が虎に関する知識を無作為に書き殴っているもので、そこから文章に落としていったのだが、どのように繋がるのかは今も研究の最中だそうである。

熊楠のデスマスクも展示されている。中学時代に鼻が高いため「天狗さん」のあだ名で呼ばれたそうだが、あたかも白人のような鼻の持ち主だったことがこれを見るとよくわかる。

最期は展示されていなかったが、熊楠と京都との関係について。
熊楠の長男、熊弥は父親譲りの利発な少年だったが、高知高等学校(現在の高知大学)を受験した際に、突然、精神に異常を来し、和歌山県田辺市の自宅に帰って療養するも好転しなかったため、京都の岩倉病院(日本初の精神病院である)に入院することになった。熊弥の入院から半年後に岩倉病院に見舞いに行った熊楠は、「全快の見込みなし」と聞いて落胆したという。熊弥は熊楠よりも長生きすることになるが、岩倉病院から出ることはなかった。
ちなみに、熊楠の遺言は、「熊弥…、熊弥…」だと伝わっているが、これに関しては熊楠の長女による創作であることがわかっているようだ。



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2019年2月 2日 (土)

スタジアムにて(9) 中日ドラゴンズ対東京ヤクルトスワローズ公式戦@ナゴヤドーム 2012年4月6日

2012年4月6日 ナゴヤドームにて

午後6時から、ナゴヤドームでプロ野球セントラル・リーグ公式戦、中日ドラゴンズ対東京ヤクルトスワローズの試合を観戦。

京都から名古屋までは新幹線を使えば時間的に近い。


今シーズンから投手の予告先発制度が導入されており、中日の先発投手は昨年度セリーグ最多勝の吉見一起、ヤクルトの先発投手は新加入のロマンだと最初からわかっている。


吉見のストレートは、昨年のクライマックスシリーズでも見ているが、球速表示よりも速く感じられる。MAXは144キロだったが、伸びとキレがある。
一方のヤクルトのロマンは、ストレートのMAX146キロ。オープン戦でも投球を見ているが、落ちる球を有効に使う安定感のある投手という印象を持っている。


ドラゴンズは1回裏先頭打者の荒木がヒットを放ち、大島の送りバントと森野へのフォアボールで、一死一塁三塁とし、4番バッターの山﨑はレフトフライに倒れるが、5番打者の和田の三遊間を破るレフト前タイムリーで先制する。

その後は、吉見、ロマンともに好投が続く。特筆すべきはアライバこと、中日のセカンド荒木とショート井端のコンビで、この二人だけで、ヒット性の当たりを少なくとも4本はアウトにした。他のチームの二遊間コンビだったら、スワローズにももっと好機があったかも知れない。


吉見はスタミナには多少問題があるのか、今日も中盤になると球のキレが少し落ち始めたが、ヤクルト打線の大振りもあって切り抜ける(ヤクルトというと怪我人が多いというイメージだが、今日も4番ファーストの畠山は顔面骨折を押して出場している)。今日も1番・田中浩康、2番・上田という打線だったが、共に2番打者的選手で、切り込み隊長タイプのバッターが不在という難点がある。


7回裏にスワローズ先発・ロマンはピンチを迎え、ここで左腕の日高に交代。しかし日高はフォアボールを与えてしまい、1アウトも取れずに押本にスイッチした。押本は自軍のセンター・上田のホームへの好返球もあり、この回を0点に抑える。


8回表のマウンドには中日のセットアッパー・浅尾拓也が上がる。浅尾は不調が伝えられており、今日もストレートのMAXは149キロと出場投手の中で最速をマークしたが、荒れ気味で暴投をするなど、0点には封じたものの楽に抑えたという感じではなかった。


スワローズの四番手、増渕もコントロールが今一つだったが、何とか中日打線を抑えて、9回表、ドラゴンズのマウンドには守護神の岩瀬。往年の球威はなく、ストレートのMAXは141キロだったが、経験を生かした交わしのピッチングでヤクルト打線を三者凡退に切って取り、中日が1-0の隅一で勝利をものにした。

なお、今日は広島東洋カープの前田健太が、横浜DeNAベイスターズとの対戦でノーヒットノーランを達成。流石はマエケン、セリーグのエースである。

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笑いの林(111) よしもと祇園花月 「祇園ネタ」&吉本新喜劇「決して開けてはならない荷物」2012年3月22日

2012年3月22日 よしもと祇園花月にて

午後7時から、よしもと祇園花月で、「祇園ネタ」と吉本新喜劇を観る。


「祇園ネタ」の出演者は、ジャルジャル、あべこうじ、矢野・兵動、木村祐一、中田カウス・ボタン。


ジャルジャルは、コント「居酒屋」。大学の新入生(後藤)と上級生(福徳)が居酒屋でやり取りをするネタである。福徳が「大学のサークルでは同級生よりも上級生との上下関係が大切だ」と説いているのだが、突然、「あ!」という声を出す。ホコリっぽいからクシャミが出たのだという。後藤も「人間関係で悩みが」と言ったところで意味もなく「シュッ!」とやる。やはりクシャミだという。
話を続けるうちに、福徳が「ビュッ!」と声を上げる。ゲップだという。後藤も「サッカーの話をされてもこちらはわからない」といった後に「ゲ!」という言葉を放ち、やはりゲップだという。その後、福徳が「ウィーン!」、後藤が「アー!」と意味もなく声を出していく。正直、余り面白くないかな。


あべこうじによる漫談。
あべは、「(自分が)『あべ』と言ったら『こうじ!』と返して下さい」と言って、実際に客席とそれをやる。続いて、「『あべこうじ』と言ったら『見に来たよ』と返してみましょう」とやって客席とコミュニケーションを図る。
「ここまでで多少わかったと思いますが、あべこうじは『うざい』んです。小学校、中学校、高校となぜか上履きがなくなる生徒でした。それでも毎日が宝探しで」と続ける。

「人を見て、思い込んでしまうことってないですか? 色白の人を見たら『北海道出身かな? 東北出身かな?』、色黒の人をみたら『九州の生まれかな? 松崎しげるかな』、黄色い人を見たら『林家木久蔵なんじゃないか』、緑色の人を見たら『ピッコロかな?』、パンをくわえて走っている人を見たら『遅刻しそうなのかな?』。この前、知り合いかなと思って手を振ったら違う人だったので、誤魔化すために『わー、指が十本に見える』とやりました。相手は『? 手品が好きな人なのかな?』という反応でしたが。

電車に乗っていて、イヤホンから音楽が漏れていてうるさい時ってありますよね。そういう時は、その人の近くによって、音楽に合わせてステップを踏んでみましょう。相手も『あ、イヤホン音漏れ』と気づくと思います。

肩がぶつかっても謝らない人っていますよね。そういう時は、相手の後をついて行ってみましょう。

改札で、向こうから来る人と鉢合わせになってしまう時ってありますよね。そういう時、普通にゆずると負けたような気分になります。そこで(手を車庫入れの際のバスガイドのように動かして)先導してみましょう。相手は『サザエさん』のエンディングなんじゃないかなと思います。

信号が赤なのに、先走って歩こうとしている人につられて、一歩踏み出しちゃう時ってありますよね。普通に戻ると負けたような気持ちになるので、その場でステップを踏んでみましょう。周りは『陽気な人なんだな』と思います。

階段で躓いてしまった時、女の人なんかはよくスカートのせいにしますが、ほかに階段のせいにしたりします。時計を見て誤魔化す。これは良くない。ということで、次の段、その次の段でも全部躓きましょう。そうすると周りは『ああ、この人はこういう昇り方をする人なんだ』と思います」というようなネタを披露した。


矢野・兵動。まず矢野勝也が「祇園花月のお客さんは、なんばの100倍良い」と持ち上げ、「お世辞じゃありません。なんばのお客さんは、漫才をやっていてもこちらを見ない。見てくれるというだけで嬉しいです。この間、お年寄りの団体客でしたが、登場した時、1000人が全員、下向いて弁当食べてました」と続ける。
兵動大樹が、「この間、なんかは全員が85歳以上という団体客の前でやりましたが、出て行っても客席から気配がしません。しかも全員が微塵も動きません。で、なぜか口だけが(モゴモゴと)動いている」と言う。「85歳以上になるとよく躓きますね」と言って兵動が躓く真似をするが、躓いた兵動が矢野の肩にもたれながら「大丈夫ですか?」と言ってしまう。「逆やろ」と矢野が突っ込む。

兵動が「皆さん元気ですか?」と客席に聞くが、2人が「元気です」と答えただけ。矢野が「突然言われても困るやろ。『元気です』と返したらいいのか、『はい』と言ったらいいのか」。そこで、兵動が「『元気ですか?』と聞くので元気な人は『オー!』と答えて下さい。元気じゃない人はそのままでいて下さい」と言って、「元気ですか?」、「オー!」というやり取りがあるが、「本当にやるとは思いませんでした」と兵動。

電車の中で携帯電話のイヤホンモードで喋っているおじさんの話を兵動がする。見るところがないので、向かいに座った兵動の顔を見ておじさんは「今どこ?」「10分で行く」という話をしていて、10分かけて兵動の前に来るのかと思いそうになったとのこと。

二人で東京のルミネtheよしもとの話をして、

兵動「東京のマクドナルドに行きましたが待つのに凄い列で」
矢野「ああ、東京は人が多いからね」
兵藤「で、並んでたら、隣の列に長髪のヤンキーっぽい二人組がいて、『この近くに吉本の劇場があるんだって』、『俺、大阪嫌いだし』と言っているので、横で『すんません、チキンテリヤキバーガー下さい』とは頼めないじゃないですか、殴られるかもわからないし。で、『標準語でチキンテリヤキバーガー下さいと言えばいい』と思ったのですが、いきなり標準語に変えるのが難しい」
矢野「若いころは頭の回転が速くていいけどもね」
兵動「で、『オー、チキンテリヤキバーガー』と、英語の発音になってしまいました」
で、締めた。


木村祐一。
「地元(京都)出身でして、四条中学から、西京高校です。今は西京高校は入るのが難しい高校になっているようですが、自分の時は西京商業といって入るのがちょっと難しい高校で」という話から入る。
「スマフォのアプリに『あと何回』というものがあります。数字を入れると、今後の人生で何回それをするかというもので、『1』と入れてみますと、ダンディ坂野の『ゲッツ!』を1回やる。やるかいな。『ゲッツ!』とやってみましたが」と続けて、お客さんに名前と数字を言って貰い、アプリが出した答えを発表するというネタである。
「100」と言った16歳の女の子は、「おしっこもらしそうになりギリギリセーフ」という答え。「80」と言った女性は「ガソゴソという音にビクッとなる」。「3」と言った男性は「とてつもなく面白いネタを思いつく」、「48」と言った男性は「買おうかどうか迷って結局買わなかった服が、後でバーゲンセールで出る」という答えであった。


中田カウス・ボタン
カウスが「健康でいるには食べ物が大切です」と言い、女の子の真似をして「あんな、美味しいもの持ってきてん。芋」とボタンに渡し、ボタンが「ホクホクして美味しい」とやるとカウスは「それ生」とやる。

ボタンが女房の話をするとカウスは、「どちらの女房?」と返す。ボタンは「どちらも何もあらへんがな」と言うと、カウスは「二人いるでしょ」と答える。
そして、梅田で奥さんと出会ったという設定で、「本妻さんですか?」と聞く。ボタンは「本妻はおかしいやろ」と言うと、カウスは「戸籍上の配偶者さんですか」と聞き直す。それもおかしいとボタンは言うが、カウスが「奥さんですか?」とカウスが聞くとボタンは「どっちの?」と答えてしまう。

ボタンが泳ぎに行っているという話をする。カウスは「どこで? 淀川?」と聞き、客席に「これから井戸で泳ぐ人を見ることが出来ます。今、頭の中で整えております」と言い、ボタンが井戸の中で泳ぐ人をやってみせる。
ボタンが「スポーツクラブに泳ぎに行っている」と言うと、カウスは「泳ぎに行っても健康にはなりません」と返し、ボタンに「今年、何歳ですか」と聞く。ボタンは色々やった末に「64歳」と答えた。

ボタンが「風邪ひいて寝てました」というと、カウスは「そんなことしたらあきません、布団引いて寝なさい」と言う。ボタンは「風邪ひいて布団引いて寝てたんや」と返す。そして「風邪薬飲んでも効かん。風邪薬が風邪ひいてましてん」と言うと、カウスは「じゃ、風邪ひく前の風邪薬に風邪ひく前の風邪薬を飲ませて、風邪薬の風邪が治って、その風邪の治った風邪薬をあんたが飲むと風邪ひていたあんたが風邪ひく前の風邪薬を飲んだから、風邪が治る」というようなことを言う。ボタンが「どういう意味かわからん」と言うと、カウスも「自分でもよくわからん」といって終わる。


吉本新喜劇「決して開けてはならない荷物」。出演は、烏川耕一、中条健一、島田珠代、宮崎高章、太田芳伸、信濃岳夫、レイチェル、井上安世、末成由実。

祇園旅館の主、末成耕一(烏川耕一)は、末成由実と結婚。婿養子に入る。何もしなくてもいいという条件だった。耕一と由実はバーで知り合い、その後、気がついたら相手の部屋で二人並んで寝ていた。それで一緒になることにしたという。
末成由実は「掃除に掃除して」とセリフを間違え、「今日(大阪から祇園花月に来るのに乗った)、京阪電車で枚方(京都と大阪の中間地点にある)まで立っててん」と言い訳をする。末成由実は「風呂掃除して、それから私の肩もみして」と注文する。祇園旅館はかかあ天下のようである。

祇園屋の島田珠代が野菜を運んできて、耕一にいきなり「好き」と言い、「末成さん、下の名前なんていうの?」と聞いて、「耕一」との答えを受け、「下の名前で呼んでもいいかな」と聞き、「ええわ」と耕一が答えると、「ヨネスケ」と呼んで耕一に抱きつく。

京都府警の中条健一が現れ、隣町で、郵便局強盗があり、犯人を捕まえたが護送中に逃げられ、犯人がこの町に来ている可能性が高いという。

井上安世がやって来て、耕一が昨晩、安世の部屋で一緒に過ごしたことを、祇園旅館の向かいにあるうどん屋の主の信濃岳夫と耕一に告げる。耕一は「昨夜、バーで飲んでいて、気が付いたら一緒に寝ていた」という。安世は、「パンツをコンビニで買ってきたものと履き替えたでしょう。それで脱いだものを置いて行ってしまったから、洗濯して宅配便で送っておいた」と言う。由実に知られたら浮気されたとばれて半殺しの目に合うと耕一。信濃岳夫は「目の前で人が殺されるのを見たことはありません」とセリフを間違え、耕一に突っ込まれて、「目の前で人が殺されるのを見たくはありません」と言い直す。

末成由実が耕一に「週刊誌買ってきて」と言うが、セリフを間違えたようで、本当は「週刊誌買いに行ってきた?」と聞き、耕一が週刊誌のほかにバターやジャムも買ってきたが、パンは買ってこなかったという。耕一は「セリフを少し間違えるだけで意味が変わってくる」と突っ込む。耕一はパンを買いに行くが、その間に配達員の宮崎高章がやって来る。買い物から帰って由実が受け取るところを見た耕一は「ごめんなさい」と謝るが、届いたのは由実がネットで注文した下着であった。

島田珠代がやって来て、信濃岳夫は遠慮して下がり、島田珠代が耕一と二人になって耕一に甘える。島田珠代がやってきた警官の芳田(太田芳伸)に「この人(耕一)が襲ってきたんです」と嘘をついたので、耕一は連行される。
耕一が再び戻って来たところで、宮崎高章が再度来訪して、由実に配達物を渡す。そこへ短刀を手にした郵便局強盗(レイチェル)が現れ、由実を人質に取り、「この女を殺すぞ!」と言うが、耕一は「どうぞ」と言ってしまう。耕一と強盗が争って今度は耕一が人質に取られるが、島田珠代が郵便局強盗に惚れて抱きつき、強盗は持っていた短刀を落として逮捕される。由実が配達物の段ボールを開けると中身は饅頭であったが、井上安世がやって来て、「親戚に送るお饅頭と、耕一さんのパンツを逆にしちゃった」と打ち明けたため、安世と耕一が一緒にいたことを知った由実は激怒。耕一をこき使ってやると宣言したところで幕となった。

なお、宮崎高章は、今日で吉本新喜劇を引退し、今後は作家活動に専念することになったという。

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