コンサートの記(542) ジャン=マルク・ルイサダ ピアノ・リサイタル2013京都
2013年11月21日 京都コンサートホールにて
午後7時から、京都コンサートホールで、ジャン=マルク・ルイサダのピアノ・リサイタルを聴く。
ジャン=マルク・ルイサダは、チュニジア生まれのフランスのピアニスト。自在なピアノ演奏で知られ、特にショパンの演奏には定評がある。今回は、後半にショパンのワルツ12曲が演奏される。
前半は、フォーレの夜想曲第11番(急遽プログラムに追加)とシューベルトのピアノ・ソナタ第21番。後半は、モーツァルトの「グラスハーモニカのためのアダージョ」に続き、ショパンのワルツ12曲が演奏される。前半、後半共に間を置かずに演奏する。つまり、前半はフォーレの夜想曲第11番とシューベルトのピアノ・ソナタ第21番で1曲、後半はモーツァルトの「グラスハーモニカのためのアダージョ」とショパンのワルツ12曲で1曲という解釈のようだ。珍しい解釈である。
演奏されるショパンのワルツの順番は、第1番「華麗なる大円舞曲」、第3番「華麗なる円舞曲」、第4番「華麗なる円舞曲」、第12番、第13番、第14番、第9番「別れのワルツ」、第6番「子犬のワルツ」、第7番、第8番、第11番、第2番「華麗なる円舞曲」
ピアニストは暗譜して弾くのが慣例だが、ルイサダの場合は全曲譜面を見ながらの演奏。譜めくり人(日本人女性)同伴である。ただ、曲を憶えていないわけではなく、ショパンのワルツを弾くときは、「ワルツ集」の楽譜を使っていたが、ワルツ第11番から第2番まで戻る時、譜めくり人がページを繰るのに時間が掛かったため、まだページを戻している最中に弾き始めてしまったりもした。
最近では、指揮者も暗譜を否定して譜面を見ながら指揮する人が多くなったが、ピアニストも同傾向なのかも知れない。必ず譜面を見ながら演奏するピアニストとして有名な人に、ロシア出身で、日本人男性と結婚し、日本在住となったイリーナ・メジューエワがいる。
前半のフォーレとシューベルトでは、ルイサダはウェットで哀感のこもった音をピアノから引き出す。これはフォルテシモであっても、明るい旋律であっても変わることはない。「顔で笑って心で泣いて」という感じである。
フォーレもシューベルトも抒情的な作風であり、間を置かず演奏されても特に違和感はない。
フォーレは高雅であり、シューベルトは右手の若々しい歌と左手で弾かれる低音の不吉な感じの対比が鮮やかだ。
後半の第1曲として弾かれたモーツァルトの「グラスハーモニカのためのアダージョ」は初めて聴く曲だが、チャーミングな作品であり、ルイサダもそれに相応しいロココ風の演奏を展開する。
ショパンのワルツは、緩急、硬軟共に自在の演奏。まろやかな音が奏でられるが、譜面には記されていないはずの強弱を付けたり、リタルダンドにアッチェレランドと、次々に表情を変えていく。その他にも、左手を強く弾いてワルツのリズムを強調したり、「別れのワルツ」では敢えて縦の線を崩し、左手と右手のリズムを別個にすることで即興的な印象を与えるような工夫が施されていた。またこの曲では前半に聴かれた哀愁漂う音色がかなり色濃く出ていた。
極めて表現主義的なショパンであり、ルイサダでなくては弾くことの出来ない個性的な音楽が創造されていく。
アンコールは3曲。ショパンのマズルカ遺作Opus67-1と同Opus67-2。バッハの「フランス組曲」より第5番“サラバンド”である。
まずショパンのマズルカ遺作Op67-1を弾いたルイサダ。おそらく続けてOp67-2を弾く予定だったと思うのだが、ルイサダはいったん袖に引っ込んでしまい、残されてしまった譜めくり人の女性は「え? え? 私どうしたらいいの?」という風に戸惑っている様が聴衆の笑いを誘う。
アンコール2曲目のマズルカ遺作Op57-2を弾く前は、ピアノの譜面台に楽譜が沢山あるので、なかなか弾くべき曲が見つからない。ルイサダは、「ちょっと待って下さい」と日本語で言い、前列にいた聴衆が日本語を話したことに拍手を送る(私は3階席にいたが、ルイサダの言葉は聞こえた)。
3曲目の、J・S・バッハ、「フランス組曲」より第5番“サラバンド”であるが、やはり楽譜が見つからない。ルイサダは右手を上げて、「待って」という仕草をする。それでもまだ見つからないので、今度は手の平を上に上げて「どうなってるんでしょう?」と示して聴衆を笑わせる。
ショパンの2曲はクリアな、バッハの曲は聴いてすぐにバッハの作品だとわかる端正な演奏であった。
終演後にCD購入者限定のルイサダのサイン会がある。ルイサダは全員に「ありがとう」と日本語で言い、握手を求める。ピアニストは手が命なので、握手を求められると逆にヒヤヒヤする。CDの盤面の白く空いたスペースにサインを貰おうとしたのだが、ルイサダ氏はそれでは物足りないようで、盤面一杯に大きくサインを書く。勢い余って、プラスチックケースにもマジックインクが付いてしまうほど大きく書いてくれた。
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