これまでに観た映画より(126) 「ビル・エヴァンス タイム・リメンバード」
2019年5月13日 京都シネマにて
京都シネマで「ビル・エヴァンス タイム・リメンバード」を観る。ブルース・スピーゲル監督作品。20世紀を代表するジャズピアニストの一人であったビル・エヴァンス(本名:ウィリアム・ジョン・エヴァンス)の生涯を、関係者と残されたビル・エバンス本人の証言で綴るドキュメンタリー映画である。
理知的な容姿と繊細にして美しいタッチ、抒情的かつ哲学的な作風が印象的なビル・エヴァンス。死から40年近くが経過した今でも最も人気のあるジャズピアニストの一人であり、ミニシアターとはいえ京都シネマのシアター2がほぼ満員となる。
初期は見るからにインテリ風の容貌であったビル・エヴァンスであるが、実際にサウスイーストルイジアナ大学でクラシック音楽を専攻しており、学歴のない黒人が多かった当時のジャズミュージシャンの中では異色であった。白人がジャズをやっているというだけで黒人からも白人からも白眼視されるという世代ではなかったが、それでもマイルス・デイヴィスのバンドに参加していた頃には、黒人用クラブで演奏を行うと、「白い野良猫が何の用だ?」などと暴言を浴びせられたそうである。
大学でクラシック音楽を学んだ白人ピアニストということで、「きちんとした」印象を抱かれがちなビル・エヴァンス。実際、マイルスのバンドに「エレガント」な要素を加えたのは彼なのであるが、その生涯は「史上最も緩慢な自殺」といわれており、麻薬に溺れ、音楽の中でしか生きられない人生であった。ヘロインを始めたのはマイルスのバンドに加わった1950年代半ばのこと。マイルスを始めとする一流のジャズミュージシャンに囲まれ、しかもエヴァンス以外は全員黒人というプレッシャーの中で、弾けない状態に陥った彼は、ストレスをやわらげるためにヘロイン注射を始め、最も酷いときには45分置きに注射をしないと気が済まないようになってしまう。あるいはもし音楽がなかったら、彼は20代で自殺していたかも知れない。
ビル・エヴァンスは、兄のハリーや内縁の妻であったエレインを自殺で喪っている。ビル・エヴァンス・トリオ最初のベーシストであったスコット・ラファロもトリオ結成直後に事故死するなど彼の周辺には常に悲劇がつきまとっている(もっともエレインの自殺の原因はビル・エヴァンスの浮気であり、エヴァンスはエレインに新しい相手のネネットを紹介し、エレノアはショックで地下鉄に飛び込んで自殺。その直後にエヴァンスはネネットと結婚しており、彼が見た目に反して「いかれたジャズメン」の一人であることがわかるのだが)。その陰は音楽にも表れており、後年の音楽の奥深さに影響しているのは間違いないと思われる。「自己との対話」など、若い頃から孤独と向き合ってきたビル・エヴァンスの音楽は、悲劇的な人生展開によってより内省的になっていく。それであるが故にビル・エヴァンスの音楽は孤独に優しい。
トニー・ベネットはビル・エヴァンスが電話で彼に語った言葉を人生訓としている。「美と真実だけを追究して他は忘れろ」。良い言葉だ。ただいかにも不器用だ。ビル・エヴァンスは人生を破綻させても全てを音楽に捧げた。ビル・エヴァンスの録音は今も聴くことが出来る。仮の肉体を纏ったものではない本当のビル・エヴァンスは今も生き続けていると言えるのだろう。
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