観劇感想精選(306) 京都観世会館 第254回市民狂言会
2019年6月7日 左京区岡崎の京都観世会館にて観劇
午後7時から、岡崎にある京都観世会館で、第254回市民狂言会を観る。茂山千五郎家と茂山忠三郎家の出演。演目は、「舟船(ふねふな)」、「惣八(そうはち)」、「梟(ふくろう)」、「塗師(ぬし)」
「舟船」。西宮の神崎川周辺が舞台となっている。出演は、茂山千作、茂山七五三。
主人(茂山七五三)が太郎冠者(茂山千作)と共に久しぶりに遊山に出掛ける。近所は散々散策したので遠出をしたいと思った主人は太郎冠者の勧める西宮へ。神崎川に出た二人は川を渡ろうと渡し船を求める。だがそこで太郎冠者が船を「ふな」と読んだことから、「ふね」か「ふな」かで争うことに。和歌に出てくる「ふね」と呼ぶ例と「ふな」と読む例を挙げるが、和歌の知識は太郎冠者の方が優勢のようで……。
「惣八」。つい先頃まで料理人だった出家と、駆け出しの料理人である元僧侶の話である。出演は、茂山あきら、茂山忠三郎、茂山宗彦(もとひこ)。茂山千五郎家と茂山忠三郎家は今では同じ茂山を名乗るが、江戸幕府から茂山姓を貰う前は、千五郎家が佐々木、忠三郎家が小林という苗字で別の家である。
有徳者(金持ちのこと。茂山忠三郎)が、料理人と僧侶を召し抱えることにする。高札を見てやって来た出家(茂山宗彦)は、元料理人。生類の命を取ってばかりの仕事に嫌気が差して出家したのだが、経文も満足に読めないという状態であり、高札を見て禄を貰おうと考えたのだ。もう一人応募してきた料理人(茂山あきら)はこれまで僧侶として生きてきたのだが、「俗なことをしたい」と考え、料理人に転身。しかし、精進料理以外の心得はない。料理人仲間が大勢出来るので教えて貰おうと応募したのだが、今のところ料理人として雇われたのは彼一人である。料理人は自己紹介の時に「愚僧は」と発言してしまったため、取り繕うために「惣八」と名を偽る。
有徳者は、出家に法華経を読むよう、料理人には魚を捌くよう命じて奥に引っ込むが、二人とも心得がないので、手も足も出ない。出家は法華経のことも知らず、「ホケキョ」なのでウグイス経だと勘違い、惣八は包丁すらなんなのかわからないという有様である。だが、互いの前職があべこべだと知り、役割を交代しようと目論む。
惣八は、元僧侶という設定だが、笑いを取るため法華経の読みは出鱈目に進める。
殺生を生業とする料理人とそれを戒める立場にある出家の交代の妙味もある狂言である。妙味と書いたが、取りようによっては厭世的とも言える。
「梟」。この演目は、2年前の夏にロームシアター京都サウルホールで観たことがある。出演は、茂山千三郎、井口竜也、丸石やすし。
山奥で梟の巣を取ったために気の病にかかってしまった男(丸石やすし)を案じてその弟(井口竜也)が法印(山伏のこと。茂山千三郎)を喚び、祈祷をして貰うという話で、最後はミイラ取りがミイラになる。
笑える演目であるが、昔は気の病の研究がほとんど進んでいなかったため、加持祈祷に頼るしかなかったという背景がうかがえる。昔はと書いたが、精神病への関心が高まったのはここ20年ほどのことである。
「塗師」。出演は、茂山千五郎、茂山茂、茂山逸平。
京で活躍していた塗師(茂山茂)が仕事にあぶれ、弟子のいる越前に落ちていくという話であり、設定からして切ない。
京では流行の塗り物がもてはやされており、昔気質の塗師は生活していけないようになった。塗師の弟子である平六(茂山千五郎)が越前国北之庄(現在の福井県福井市。柴田勝家の居城である北之庄城があったことで知られるが、北之庄の名が「敗北」に繋がるとして江戸時代初期に縁起の良い福井に改められている)で塗師をしており、「困った時はいつでも越前へお出でなさい」と言ってくれていたため、その言葉に甘えることにしたのだ。京の塗師は、平六の家を訪ね、女房(茂山逸平)に仔細を話すのだが、女房は「師匠というからには腕が立つのだろう。平六の仕事を奪われかねない」と考え、平六はすでに他界したということにして追い返そうとする。だがそこへ平六の声が。女房は席を外して平六に状況を説明する。どうしても師匠に会いたいと言う平六に女房は幽霊となって現れる狂言を提案する。
ということで、狂言の中で狂言を行うという入れ子構造になるのだが、狂言内狂言となる部分は餓鬼道に落ちたことを歌うシリアスな能舞であり、笑いを取るためのものではない。見ようによっては、京の塗師がもう一人の自分と対面しているようでもある。
今現在はちょっとした狂言ブームが続いており、人気の狂言方も多いが、ある意味、狂言の歴史は為政者の胸三寸に左右されたり人気を他の芸能に奪われ続けるという敗北の歴史であり、零落した京の塗師に狂言そのものを重ねることも出来るだろう。狂言への愛や師弟愛といった伝統芸能の担い手ならでは思いが交錯するのを見るようでもある。
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