コンサートの記(586) 大阪新音 三ツ橋敬子指揮大阪フィルハーモニー交響楽団ほか モーツァルト 「レクイエム」(バイヤー版)
2019年7月30日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて
午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪新音によるモーツァルトの「レクイエム」を聴く。三ツ橋敬子指揮大阪フィルハーモニー交響楽団、大阪新音フロイデ合唱団の演奏。ソリストは、ソプラノに並河寿美、メゾソプラノに福原寿美枝、テノールに二塚直紀、バリトンに三原剛と関西の実力派が揃った。
前半がグリーグの組曲「ホルベアの時代から」(ホルベルク組曲)、後半がモーツァルトの「レクイエム」というプログラム。モーツァルトの「レクイエム」は、ジュースマイヤー版ではなく、フランツ・バイヤーが1971年に補作したバイヤー版を用いての演奏である。現在では様々な補作のあるモーツァルトの「レクイエム」であるが、バイヤー版はジュースマイヤー版の和声やオーケストレーションを手直しした版であり、他の版のように大きく異なるということはないため、ジュースマイヤー版以外では最も演奏される機会が多く、録音も様々な組み合わせによるものが出ている。
大阪フィルには大植英次が特注で作らせたという、通常よりも高めの指揮台があるのだが、三ツ橋敬子も身長151cmと小柄であるため、大植用の指揮台が用いられる。
今日の大フィルのコンサートマスターである須山暢大は長身であるため、横に並ぶと三ツ橋が余計に小さく見える。
グリーグの組曲「ホルベアの時代から」。北欧の音楽だけに澄み切った響きが欲しいところだが、大フィルの弦楽の響きは渋め。三ツ橋はスプリングの効いた音楽を指向しているように思われたが、弦楽が今ひとつ乗り切れない。
第4曲の「エア」などは敬虔な響きが良かったが、他の曲は重めで、昔からの大フィルの弱点が出てしまっていたように思う。
モーツァルトの「レクイエム」。字幕付きでの上演である。
大阪新音フロイデ合唱団は大編成ということで、大フィルもフルサイズに近いスタイルでの演奏。フェスティバルホールでの演奏ということでピリオドはほとんど意識されていない。ただ時折、モダンスタイルとは違った弦楽の透明な響きが聞こえたため、要所要所ではHIPを援用しているようだ。
大空間のフェスティバルホールでの大編成での合唱ということで、最初のうちは声が散り気味に聞こえたが、そのうちに纏まりが出てくる。臨時編成のアマチュア合唱団による一発本番だけに、最初から上手くはなかなか行かないだろう。メンバーの平均年齢が高めであるため、声が乾き気味でもある。ただ「怒りの日」などでの迫力はなかなかのものだ。
三ツ橋は自分の色を出すよりも音符そのものに語らせるというスタイルを取っており、モーツァルトと弟子のジュースマイヤーの書いた音楽の良さがそのまま伝わってくる。比較的速めのテンポによるキビキビとした演奏であり、モーツァルトの特長である推進力も巧みに表現されていた。大編成の合唱であるが飽和はさせないという手綱さばきも上手い。ドイツものということで、大フィルも最上のスタイルを見せる。
バイヤー版であるが、モーツァルトの絶筆とされる「ラクリモーサ」のその後の展開などに賛否両論がある。ただモーツァルトは「レクイエム」を作曲途中で他界してしまったため(オーケストレーションも含めて完全に仕上げることが出来たのは第1曲のみである)、モーツァルトの真作による「レクイエム」を聴くには、なんとかしてモーツァルトを生き返らせねばならないわけで、それは不可能。ということで、誰が補作しても完全に納得のいく作品になるわけはなく、そういうものとして受け取るしかないであろう。
打率は高いが大当たりは少ないというタイプの三ツ橋であるが、「レクイエム」は大フィルの威力も相まって彼女としても上の部類に入る出来だったと思う。
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