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2019年8月18日 (日)

観劇感想精選(314) 二人芝居「グレーテルとヘンゼル」

2019年8月15日 左京区岡崎のロームシアター京都ノースホールにて観劇

午後3時からロームシアター京都ノースホールで、「グレーテルとヘンゼル」を観る。台風によって上演が危ぶまれたが、正午過ぎに予定通り行われることがホームページ上で発表になった。

グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」をカナダ・ケベック州の劇団ル・カルーセルがリライトした二人芝居作品である。作:スザンヌ・ルボー、演出:ジェルヴェ・ゴドロ、テキスト日本語訳:岡見さえ。出演は、土居志央梨と小日向星一。

カナダ第二の都市であるモントリオールを擁することでも知られるケベック州はフランス語圏であり、何度かカナダからの独立を試みているところだが、ケベック演劇という心理描写に長けた独自の演劇色を打ち出していることでも知られ、日本でも白井晃の一人芝居である「アンデルセン・プロジェクト」や、中谷美紀主演の「猟銃」などを生んでいる。

グレーテル役の土居志央梨は、1992年福岡県生まれ。京都造形芸術大学映画俳優コース卒。在学中に林海象監督の北白川派の映画「彌勒」に出演し、その後も行定勲監督作品などに出演している。

ヘンゼル役の小日向星一は、1995年東京生まれ。小日向文世の長男である。明治大学政治経済学部卒。在学中には演劇サークルに所属し、第12回明治大学シェイクスピアプロジェクト(MSP)「ヘンリー六世」ではタイトルロールを演じている。兵庫芸術文化センター阪急中ホールで上演された松田龍平主演の「イーハトーボの劇列車」では、風の又三郎らしき少年役を演じていた。

1週間以内に別の場所で小日向親子の演技を見られるというのも良いものである。

 

原作の「ヘンゼルとグレーテル」は、継母に捨てられた二人がお菓子の家を発見し、そこに住む魔女に捕らえられて、というストーリーが主だが、「グレーテルとヘンゼル」は姉弟間の心理に光を当てている。

第一子と第二子の関係は、心理学でも定番中の定番であり、カインとアベルに由来する「カインコンプレクス」という名も与えられている。第一子は第二子が生まれるまでは親の愛情を独占しているが、第二子が生まれると親の関心は第二子に完全に移り、更には「お兄ちゃん(お姉ちゃん)なんだから」「大きいんだから」と新たな役割を半ば強制されるようになる。第一子は第二子に脅威を感じるようになるのである。

私も長男(第一子)で、妹が一人いるのだが、そんなことがあったようななかったような。うちは兄妹仲は比較的良好なのでよく覚えてはいない。

 

ベビーチェアが15脚、円になって並んでいるというシンプルな装置による上演である。ベビーチェアを並べ替え、照明を生かすことによって、森やかまどなどを表現する。

ヘンゼルが生まれたのは木曜日。グレーテルの家では「野菜スープの日」で、グレーテルは野菜スープが登場するのを心待ちにしていたのだが、突然、母が産気づき、野菜スープはお預けとなってしまう。元々、妹も弟も欲しくないと思っていたグレーテルは、ヘンデルの存在を嫌悪し続けることになる。ヘンゼルの方は、言葉を覚えると「グレーテル」「お姉ちゃん」と呼ぶようになるのだが、グレーテルはヘンゼルのことを「弟」と呼び続けた。
グレーテルが5歳、ヘンゼルが4歳のある日、両親が兄弟のためにと取っておいたパン二切れをヘンゼルが二つとも食べてしまうという事件が発生し、激昂したグレーテルはヘンゼルを木のスプーンで思いっ切り打擲する。異変を察した母親が二人を見に来たのだが、グレーテルはヘンゼルがパンを二きれとも食べてしまったことを告げず、ヘンゼルもグレーテルから折檻を受けたことを明かさなかった。そこで変化が訪れそうな気配もあったのだが、帰ってきた父親が母親に何かを告げ、一家4人は森の中へ。実は両親は二人の子供を捨てる覚悟を決めており……。

子供と大人のための舞台として書かれており、今まさにグレーテルとヘンゼルのような幼い姉弟のいる子達にリアルタイムで届ける作品である。終演後の親子連れの会話を聞いていると、違和感が勝っていて余り内容を理解されてはいなかったようだが、子供達に伝わると嬉しく思う。関係者でも何でもないんだけれど。

 

土居志央梨は映像中心のためか、演技が少し過剰になる嫌いがあったが、可憐さもあり、クラシックバレエをやっていたということで身のこなしも軽く優雅で、火にくべられようとする間際までヘンゼルを憎むグレーテルの心の揺れを上手く表していたように思う。

小日向星一は、顔はそれほど父親に似ていないのだが、雰囲気や声は小日向文世を連想させるものがある。幼いヘンゼルの素朴さを上手く出した演技だった。

 

 

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