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2019年8月16日 (金)

観劇感想精選(312) “あきらめない、夏”2019 大阪女優の会 Vol.17 朗読劇「あの日のこと」

2019年8月10日 大阪・大手前のドーンセンター1Fパフォーマンススペースにて観劇

午後5時から、大阪・大手前のドーンセンター1Fパフォーマンススペースで、“あきらめない、夏”2019 大阪女優の会 Vol.17 朗読劇「あの日のこと」(『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』『空が、赤く、焼けて 原爆で死にゆく子たちとの8日間』より)を観る。構成・演出:棚瀬美幸。出演:秋津ねを(ねをぱぁく)、河東けい(関西芸術座)、金子順子(コズミックシアター)、木下菜穂子、佐藤榮子(劇団息吹)、嶋まゆみ、条あけみ(あみゅーず・とらいあんぐる)、田中敏子(劇団MAKE UP JELL)、鼓美佳(劇団MAKE UP JELL)、長澤邦恵(tsujitsumaぷろでゅ~す)、服部桃子、原口志保(演劇ユニット月の虹)、桝井美香、南澤あつ子(劇団EN)、山本つづみ。“あきらめない、夏”公演の創設者の一人である河東けいは今回の公演をもって勇退するという。


1941年12月8日午前7時のラジオニュースで流れた米英との開戦報告に続いて、開戦を知った当時の著名人による記述や回想(『朝、目覚めると戦争が始まっていました』収録)が述べられる。顔写真と当時の年齢、役職も背後のスクリーンに投映される演出。登場するのは、吉本隆明、鶴見俊輔(ハーバード大学在学中であるため、日付が12月7日となっている)、ピストン堀口、新美南吉、岡本太郎、野口冨士男、中島敦、火野葦平、河東けい、坂口安吾、伊藤整、神山茂夫、阿部六郎、古川ロッパ、中野重治、神林暁、井伏鱒二、横光利一、金子光晴、獅子文六、青野季吉、室生犀星、折口信夫、秋田雨雀、高村光太郎、正宗白鳥、永井荷風、真崎甚三郎、幸田露伴。現在、93歳である河東けいも、開戦時はまだ16歳。何が起こったのかよく把握出来ていなかったが、二人の兄が欣喜雀躍していたのを覚えているそうである。
奥田貞子の広島原爆体験記『空が、赤く、焼けて』、1942年に発表された太宰治の短編小説「十二月八日」(これも『朝、目覚めると戦争が始まっていました』収蔵だそうである)、『朝、目覚めると戦争が始まっていました』に収められた著名人の記述によって編まれたテキストが、女優達によって読み上げられていく。


日米開戦の報はどう受け止められたのか。実は多くの著名人は興奮や感動をもって受け止めている。当時の日本はABCD包囲陣などによって経済封鎖を受けており、極めて苦しい状態にあった。開戦によってこれから開放されるという希望があったのかも知れない。あるいは、日米開戦に壮大なロマンを描いていた人もいる。火野葦平は、「新たな神話の始まり」と評しており、ある意味では日本が世界の主人公となる壮大な物語の誕生が多くの人に渇望されていたのかも知れない。すでに日露戦争で「有色人種が白人に勝つ」というロマンを体現していた日本にとって、更なる神話の出発として歓迎されていたのだ。もちろん、開戦を歓迎する人ばかりではなく、金子光晴は開戦の報を聞いて「馬鹿野郎!」と口走り、老境に達していた幸田露伴は若者達のことを思って涙を流したそうだ。欧米をよく知る永井荷風は、開戦に浮かれて素人が駅で演説を始めたことに呆れている。

しかし、その始まりに比して、悲惨な結末の落差は余りにも大きい。男達が広げに広げた大風呂敷は、もはや畳むに畳めない状態となり、空回しした大きな物語の傍らで多くの子供達の死という小さな物語を記し続けることになる。虚妄が生む悲劇はこうして起こり、繰り返されるのである。

太宰治の「十二月八日」は、ごくごく短い作品であるが、後に書かれる『斜陽』と同じ趣向を辿っており、淡々とした日常風景の中に利いた風なことをいう無知な男の姿が冷笑的に語られている。帰りの電車の中で青空文庫で読んでみたが、朗読に採用されなかった部分では、シリアスな状況がそうとは悟られないように明るくユーモラスに描かれており、流石は太宰と感じ入る出来である。
ちなみに、「十二月八日」は本当にその日に書かれた私小説やリアリズム文学ではなく、その証拠に開戦の日だというのに主人公の女性はすでに空襲のことを心配している。未来への不安を感じられるタイプであり、夫の楽天的で無責任な態度との対比が鮮やかである。

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