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2019年8月13日 (火)

コンサートの記(587) グスターボ・ヒメノ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第490回定期演奏会

2015年7月23日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第490回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はスペイン出身の若手、グスターボ・ヒメノ。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席ティンパニ奏者を経て指揮者となったヒメノ。この秋にはそのロイヤル・コンセルトヘボウ楽団を率いて来日ツアーも行う。
生年などは定かでないか、2001年にロイヤル・コンセルトヘボウの首席ティンパニ奏者に就任。その後、アムステルダム音楽院で指揮法を習い、指揮者としての活動を開始。マリス・ヤンソンスの下でロイヤル・コンセルトヘボウ管の副指揮者を務め、2013年にはクラウディオ・アバドの下でモーツァルト管弦楽団、ルツェルン祝祭管弦楽団、マーラー・チェンバー・オーケストラの各楽団の副指揮者の座を担った。今年の9月からはルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任する予定である。

曲目は、レブエルタスの「センセマヤ」、アンドレ・プレヴィンのチェロ協奏曲(日本初演。チェロ独奏:ダニエル・ミュラー=ショット)、ガーシュウィンの「パリのアメリカ人」、レナード・バーンスタインの「ウエストサイド物語」より“シンフォニック・ダンス”
全て20世紀以降に書かれた作品であるが、いわゆる現代音楽の範疇からは外れた作品が並ぶ。アンドレ・プレヴィン、レナード・バーンスタインという指揮者兼作曲家の作品が並ぶのも特徴である。

今日のコンサートマスターは首席コンサートマスターの田野倉雅秋。

今日は1階の前から2列目上手端の席。管楽器の奏者はチェロ奏者達の陰になって顔がほとんど見えない。大抵のホールではステージに近すぎる席だと直接音と残響のバランスが悪くなるのだが、新しくなったフェスティバルホールは音が上に抜けやすいということもあってか、なかなか良い音で聴くことが出来た。

レブエルタスの「センセマヤ」。シルベストレ・レブエルタスはメキシコ生まれの作曲家だそうで、メキシコ・シティでヴァイオリンを学んだ後でアメリカに渡り、テキサスのオーケストラではコンサートマスターも務めたという。その後、祖国に帰り、メキシコの民族色の濃い作品を作曲しているという。「センセマヤ」はスペイン内戦を題材にした作品であり、「殺せ! 殺せ!」というメッセージを込めたというおどろおどろしい作品である。おそらく5拍子が主体だと思われるが独特のテンポの中で熱い音楽が築かれていく。今日の大フィルの音色はスマート。ヒメノの指揮は端正にして知的コントロールの行き届いたものである。
ちなみにレブエルタスの「センセマヤ」の世界的な紹介を行ったのはレナード・バーンスタインだそうである。


アンドレ・プレヴィンのチェロ協奏曲。NHK交響楽団の名誉客演指揮者としても知られるアンドレ・プレヴィン。映画音楽の作曲家としてスタートし、ジャズの作曲家兼演奏家を経てクラシックの指揮者となり、クラシック作品の作曲も手掛けるようになったという多彩な人である。イギリス王室からナイトに叙されているが、ドイツ&アメリカ国籍であるため「サー」を名乗ることは許されていない。
チェロ独奏のダニエル・ミュラー=ショットは、1976年、ミュンヘン生まれの若手チェロ奏者。ハインリヒ・シフやスティーブン・イッサーリスに師事し、世界中でチェリストとして活躍。ミュラー=ショットのチェロを聴いたプレヴィンは強い感銘を受け、ミュラー=ショットのためのチェロ協奏曲を書いた。それが今日演奏される本作である。2011年6月9日に、作曲者指揮ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の伴奏、ミュラー=ショットのチェロ独奏で世界初演が行われている。。今回は世界初演者のチェロによる日本初演である。

3つの楽章からなるが、いずれもまずチェロが飛び出し、それをオーケストラが追うという形になる。ミュラー=ショットのチェロは磨き抜かれた音を発し、琥珀のような独特の輝きで響く。
第1楽章はポピュラー音楽のような快活さを持ち、第2楽章はメランコリック、第3楽章は伸びやかである。良い意味で映画音楽的なメロディアスな旋律を持つ曲である。ヒメノ指揮の大フィルは旋律を良く歌ったが、あるいはもっと渋い音楽作りを持ち味とする指揮者が振ったら全く印象の異なる曲になったかも知れない。

ミュラー=ショットはアンコールを2曲弾く。まずブリテンの無伴奏チェロ組曲第2番より“デクラマート”。ブリテンの無伴奏チェロ組曲はJ・S・バッハのそれの陰に隠れて知名度が上がらないが佳曲揃いであり、“デクラマート”も優れた曲と演奏であった。続いてはツィンツァーゼ(後で調べたところ、ソ連時代のグルジア=現・ジョージアの作曲家だという)の「チョングリ」.。全編ピッチカートによるリズミカルな小品である。


ガーシュウィンの「パリのアメリカ人」。大フィルのパワーが前面に押し出された力強い演奏。それでいて洗練されている。弦も管も力強いがバランスは取れており、ヒメノの旋律の歌わせ方はお洒落だ。極めて都会的な演奏であり、カオス的な部分を隠すことなくエレガントにまとめ上げるという秀逸な出来だ。アメリカ的な開放感よりも、パリのエスプリがより強く出されており、「『パリ』のアメリカ人」という印象を受ける。


レナード・バーンスタインの「ウエストサイド物語」より“シンフォニック・ダンス”。ショーピースとしてよく取り上げられる曲目であるが、実は大阪フィル事務局次長の福山修氏によると、大フィルがこの曲を演奏するのは意外にも今日が楽団史上初になるのだという。朝比奈隆にレナード・バーンスタインの曲は似合わないのでそれは納得出来るが、晩年のレナード・バーンスタインに最も可愛がられた指揮者の一人であった大植英次も大阪フィルではこの曲を取り上げていないようだ(確かに大植指揮の定期演奏会でこの曲を聴いた覚えはないが)。ちなみに大植英次は、バーンスタイン最後の来日となった1990年のロンドン交響楽団とのツアーに同行しており、東京公演では、体調不良のバーンスタインに代わって「ウエストサイド物語」より“シンフォニック・ダンス”1曲のみを指揮している。しかし指揮者の変更が発表されたのが公演当日。しかも当時の大植は全くの無名の存在。ということで、指揮者の交代を不服とした聴衆が終演後もホールに残ってコンサート主催者であった野村證券をつるし上げるという事件が起こっている(野村・バーンスタイン事件)。コンサートの当日にバーンスタインは吐血したことがわかっており、リズミカルな曲の指揮は不可能であったのだが、それは様々な理由から明らかにされなかった。そのため大植もこの曲に良い思い出がないのかも知れない。
“シンフォニック・ダンス”を演奏するのは始めとだという大フィルであるが、この曲を演奏するのに必要なリズム感とスウィング感は完璧にものにしており、楽しさ抜群の演奏となる。力強さだけではなく、リリカルな部分の表現力にも長けている。

この秋のコンセルトヘボウ管との来日ツアーの名刺代わりとして十分な実力を披露したヒメノであった。

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