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2019年9月の21件の記事

2019年9月30日 (月)

コンサートの記(593) 下野竜也指揮京都市交響楽団第638回定期演奏会

2019年9月22日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第638回定期演奏会を聴く。今日の指揮は、京都市交響楽団常任首席客演指揮者の下野竜也。今回が、首席常任客演指揮者としては下野と京響の最後のステージとなる。

曲目は、ブルックナーの弦楽五重奏曲ヘ長調WAB112から「アダージョ」(スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ編曲)、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番(ピアノ独奏:ヤン・リシエツキ)、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」

ヴァイオリン両翼、コントラバスがステージ最後列で横一線に並ぶ形の古典配置での演奏である。コンサートマスターに泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平といういつもの布陣。第2ヴァイオリンの客演首席には瀧村依里が入る。ヴィオラのトップには店村眞積が入り、今日は小峰航一は降り番である。ブルックナーは弦楽のための作品で、モーツァルトから入る管楽器の首席奏者はホルンの垣本昌芳とトランペットのハラルド・ナエス。トランペットはモーツァルト、ベートーヴェン共にハラルド・ナエスと稲垣路子の二人の出演であった。木管楽器の首席は全員、ベートーヴェンのみの出演である。

 

プレトークで下野竜也は、「今日は言ってみれば、普通の曲をやります」と始め、「田園」の楽曲解説に多くの時間を割く。ベートーヴェンの交響曲全9曲の中で「田園」が一番難しいというのが、下野や先輩の指揮者の共通の認識だそうである。考えてみれば「ベートーヴェン交響曲全集」は山のように出ているが、「田園」の名盤として誰もが推すものはワルターとベームぐらいしかない。ということで、下野は「ベートーヴェンの交響曲の中で『田園』が一番得意」という指揮者を信用しないことにしているそうである。高関健が、「僕、『田園』得意だよ」と下野に語ったことがあるそうだが、どうもジョークだったようだ。「運命」や「英雄」にはドラマというか出来事があるが、「田園」にそうしたものはなく、描かれているのは何気ない日常。朝起きて、食事をして、奥さんに「行ってきます」と言って家を出るような何気ない日常の幸せが描かれているそうである。下野も病気をしたことがあり、そんな時には「健康って幸せなことだなあ」と感じたそうだが、ドラマティックではない幸せを表現するのは難しいそうである。ドラマがないから45分だらだら演奏していればいいというわけにはいかない。

「田園」と「運命」とは双子の作品だということについても触れる。同じ日に同じ演奏会で初演されおり、その時は交響曲第5番「田園」で、「運命」こと第5が交響曲第6番として演奏されたのだが、共に少ない音で作曲されているという共通点がある。「運命」は、タタタターの4つの音だけで組み立てられたような作品で、下野が暇なときに数えたところ、第1楽章だけで491回「タタタター」の運命動機が出てきたそうだが、「田園」も第1楽章冒頭の主題が形を変えてコンポーズされているという話をする。
また、ラストではホルンがミュートで音を奏でるのだが、ホルンがミュートを使う時は、夜の描写に限られるそうで、「田園」に夜が来たことを表している。ただその後に「タ、ター」と2つ音がある。下野は「郭公の声かな?」と思っていたそうだが、ウィーンに留学していた問いに疑問が氷解したそうである。あれは、「Oh,God!」と言っているのだそうだ。「アーメン」や郭公の声ではなく、「オー! ゴッド!」で聴いて欲しいと下野は言う。

モーツァルトのピアノ協奏曲第24番は、モーツァルトが残したただ2曲の短調で書かれたピアノ協奏曲の1曲。ソリストのヤン・リシエツキと共演するのは今回が初めてではないようだが、優れたピアニストで一緒にやるのが楽しみだと語る。
ブルックナーの弦楽五重奏曲WAB112から「アダージョ」は、日本でも名指揮者として知られたスタニスラフ・スクロヴァチェフスキが弦楽オーケストラ用に編曲したものである。スクロヴァチェフスキは晩年に読売日本交響楽団の常任指揮者を務めており、読響の正指揮者を務めていた時代の下野の直接の上司に当たる。
下野は、「ブルックナーが嫌いな人は多いと思いますが」と切り出し、「何を描いているのかわかろうとすると難しいけれど、頭で考えるのではなく心で感じて欲しい」と述べた。

下野「『運命』などは当時は現代音楽だったわけで。『どっかおかしいんじゃないか?』と言われていた。それが次第に理解されるようになって200年ぐらいかけて定着した」ということで、今の現代音楽も毛嫌いせずに聴いてみることを勧めていた。終演後にも、「聴いて批判するのはご自由です。ただ聴かないでというのは駄目です」と念を押していた。

 

ブルックナーの弦楽五重奏曲ヘ長調WAB112より「アダージョ」。ブルックナーがウィーン音楽院の院長をしていた時代に、ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヘルメスベルガーから委嘱された弦楽四重奏曲を結果的に弦楽五重奏曲として完成させた作品の第3楽章である。
ブルックナーは、ウィーン音楽院の教師や即興演奏を得意とする当代随一のオルガニストとして評価を得ていたが、作曲家としては生前には数えるほどしか成功を勝ち得ておらず、それが原因なのかどうかはわからないが、強迫性障害などの精神疾患にも苦しんだ。そんなブルックナーが精一杯、人生と世界を肯定したような清澄で優しい旋律と音色を特徴とする。弦楽五重奏曲自体はブルックナーの中期の作品なのだが、スクロヴァチェフスキの編曲もあってか「人生の夕映え」のような雰囲気も感じられる。
下野は細部まで念入りに構築した上で、淀みない流れを生んでいくという理想的なブルックナー演奏を展開。古典配置を採用したため、音の受け渡しも把握しやすい。京響の音色は分厚くて輝かしく、ノスタルジアの表出も素晴らしい。
ちなみに、「田園」の第1楽章に似た音型が登場し、そのためにプログラミングされたのかも知れない。

 

モーツァルトのピアノ協奏曲第24番。
ソリストのヤン・リシエツキは、1995年生まれの若手ピアニスト。ポーランド人の両親の下、カナダのカルガリーに生まれ、9歳でオーケストラとの共演を果たすという神童であった。2008年と2009年に両親の祖国であるポーランド・ワルシャワの「ショパンのそのヨーロッパ国際音楽祭」に招かれ、ショパンのピアノ協奏曲第1番と第2番を演奏している。これらはライブレーコーディングが行われ、フランスのディアパゾン・ドールを受賞。201年には15歳という異例の若さでドイツ・グラモフォンとの専属契約を結んでいる。2013年にはグラモフォン・アワードでヤング・アーティスト・オブ・ザ・イヤーを獲得した。

下野と京響はHIPを援用したアプローチ。弦楽のビブラートも現代風でなくここぞという時に細やかに用い、ボウイングは大きめ。ティンパニはバロックタイプのものではないが、かなり堅めの音で強打する。推進力があり、光と陰が一瞬で入れ替わる。

ヤン・リシエツキのピアノは、仄暗い輝きを奏でる。最近の白人ピアニストに多いが、音が深めである。ちょっと前までモーツァルトのピアノ演奏といえば、「真珠を転がすような」だとか「鍵盤を嘗めるような」と形容されるような美音によるものが多かったが、傾向が変わってきたようである。まだ若いという頃もあるが、いたずらに個性を出すことのない誠実なピアノで技術も高い。
余り指摘されているのを見たことはないが、第2楽章は「フィガロの結婚」のアリア「恋とはどんなものかしら」がこだましているように聞こえる。フィガロとピアノ協奏曲第24番はほぼ同じ時期に書かれており、ピアノ協奏曲第24番の初演の1ヶ月後にフィガロ初演の幕が上がっている。

リシエツキのアンコール演奏は、J・S・バッハの「ゴルトベルク変奏曲」よりアリア。雅やかな祈りが京都コンサートホールを満たしていく。中間部で激しくなるところがあり、余り聴かれない解釈だったが、ロマンを込めようとしたのだろうか。

 

メインであるベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。自然体のスタートを見せる。弦主導の音楽作りであり、第1ヴァイオリン14型ということで迫力があるが、音の輪郭が十分に整わないため、モヤモヤとして聞こえて爽やかさには欠けるところがある。また弦の威力に管が掻き消される場面もあった。
ただ下野は最初から第5楽章に焦点を当てた解釈を行っており、4つの楽章をラストに至るまでの過程として描いている。
第2楽章の音の動きや第3楽章の土俗性などは意識的にブルックナー演奏から培ったものを援用しているようで、ソフィスティケートとは正反対の音の生命力を前面に押し出している。下野も芸風が広い。
第4楽章の嵐では、ティンパニの中山航介のティンパニの強打とコントラバスの轟々とした響きが迫力を生む。なお、トロンボーン奏者二人は、この楽章の途中で登場し、第5楽章で活躍する。
そして第5楽章。単にハイリゲンシュタットやウィーンやオーストリアやドイツ語圏に留まらない地球全体への感謝の思いが瑞々しく語られる。
最後は、プレトークで言っていた通りの「神と大いなる者への賛辞」で締めくくられた。

下野の京都市交響楽団常任首席客演指揮者としての最後のステージということで、門川大作京都市長が花束を持って現れ、下野への感謝を述べ、下野が京都市立芸術大学指揮科の教授として頑張っていることを紹介する。京都市交響楽団と京都市立芸術大学の間で協定が結ばれたそうで、今後、京都市の更なる音楽的発展が期待されているようだ。

昨日は下野は広上淳一から花束を受け取ったようだが、今日は今回のステージを最後に京響を退団する第2ヴァイオリン奏者の野呂小百合に、下野からリレーの形で手渡された。

下野は、自身が広島交響楽団の音楽総監督を務めていること。広島は平和の街で、カタカナでヒロシマと書くとまた別の意味を持つ街であること、その他に客演して回っている札幌、仙台、横浜、名古屋など全ての街に美術館や劇団があって文化が大切に育まれていることを語り、それも全て平和があるからこそで、平和のためにあるものでもあるとして、自身がオーケストラのために編曲したというプーランクの「平和のためにお祈りください」をアンコールとして演奏する。
「京都市交響楽団をこれからもよろしくお願いします」と下野は言って演奏スタート。切実な歌詞と哀感に満ちた旋律を持つ楽曲なのであるが、下野の編曲によって穏やかで安らぎを感じさせる素朴でささやかな祈りへと変わっていた。

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2019年9月29日 (日)

美術回廊(37) 京都浮世絵美術館 「二つの神奈川沖浪裏」

2019年9月10日 四条の京都浮世絵美術館にて

四条通にある京都浮世絵美術館に入ってみる。ビルの2階にある小さな私設美術館。中に入るのは2度目である。
前回は将軍家茂の上洛を題材にした浮世絵が並んでいたが、今回は葛飾北斎没後170年企画ということ「二つの神奈川沖浪裏」と題した展示が行われている。二つの「神奈川沖浪裏」は、色彩が異なるが、元の絵は一緒であり、光の加減で色彩の差は余り気にならない。

それよりも北斎の「富嶽三十六景」に収められた他の絵が面白い。「東都浅草本願寺」(現在の浄土真宗東本願寺派東本願寺の前身)や「江都駿河町三井見世略図」(三井越後屋の図)のように入母屋の三角屋根と富士を並べた構図などはかなり大胆で面白い。
私の出身地である千葉市にある登戸(のぶと)から富士を描いた「登戸浦」も面白い。鳥居の向こうに小さく富士が描かれているのだが、これは古代からの富士山岳信仰を連想させる。日英中の三カ国語で解説が書かれているのだが、日本語では「千葉市中央区登戸」とあるのに、中国語では(千葉県中央区登戸)と書かれていて少し奇妙な印象を受けた。

「甲州三坂水面」は、河口湖に映る逆さ富士を描いたものだが、富士本体は夏の姿である黒富士であるのに対して、湖面に映る富士は雪を戴いており、リアリズムを超えた美しさを感じることが出来る。
丸い桶の向こうに富士が見える有名な「尾州不二見原」や、「武州千住」などは何よりも構図を優先させた浮世絵だが、一昨日見たウィーン分離派の絵画にも見たままではなく再構築を行う傾向は見られる。パリとは異なり、ウィーンでジャポニズムが流行ることはなかったが、画家達は浮世絵を入手していて、影響を受けている。似通っているのは、偶然ではないだろう。

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2019年9月28日 (土)

美術回廊(36) 日本・オーストリア外交樹立150周年記念「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」

2019年9月8日 大阪・中之島の国立国際美術館にて

「大阪クラシック」2019第4公演を聴いた後で中之島を西に向かい、国立国際美術館に入る。現在、ここでは日本・オーストリア外交樹立150周年記念「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」という展覧会が行われている。

まず、啓蒙時代のウィーンとして、ハプスブルク家の女帝、マリア・テレジアやその息子であるヨーゼフ2世らの肖像画が並び。ヨーゼフ2世はモーツァルトが仕えていた皇帝であるが、「ウィーンのフリーメイソンのロッジ」という絵にはモーツァルトと「魔笛」の作曲依頼者で台本を書いたシカネイダーらが右端で談笑している様が描かれている。その後にはモーツァルトの肖像画と「魔笛」の様子を描いた絵が並んでいる。

「ビーダーマイアーの時代」の展示。ウィーンは貴族達の街から市民階層を主人公とする都市へと変わっていく。1814年のウィーン会議の出席者を描いた絵があり、オーストリアの代表者であった外相メッテルニヒが愛用していたという赤いアタッシュケースが展示されている。

市民階層の台頭の象徴がシューベルティアーナである。貴族の嗜みであり、豪邸の客間などで演奏されていた音楽が市民のものとなり、その時代を代表する若手作曲家であったシューベルトを囲むサロンでの演奏会が行われるようになる。
シューベルトの有名な肖像画(ヴィルヘルム・アウグスト・リーダーの筆による)や、「シューベルティアーナ」の絵画(ユーリウス・シュミットの作)が飾られ、シューベルトが愛用していたという眼鏡も展示されている。

この時代には家具が発達している。実はそれまでは椅子などは貴族の権威を表すものであったのだが(確かに皇帝は玉座に座っている)、この時代には実用的な椅子が考案されてヒットする。椅子は時代が下るに従って、シンプルなデザインに変わっていくのが確認出来る。

城壁が廃され、その後にリンクという通りが出来ると、この通り沿いにウィーンの新たなる政治・文化施設が誕生していく。まずは国会議事堂。その横にウィーン市庁舎、更にその横にウィーン大学が建つ。そして音楽の都であるウィーンを象徴する宮廷歌劇場(現在の国立歌劇場)、旧ブルク劇場が建ち並ぶという、国際的な文化都市としての顔が出来上がるのである。この時の王(皇帝)はフランツ・ヨーゼフ1世、王妃はミュージカルなどでお馴染みのエリザベートである。美男美女の王と王妃の肖像画並ぶが、二人は輝かしきオーストリア=ハンガリー二重帝国の象徴であった。

音楽は更に市民階層へと広がっていく。ヨハン・シュトラウス1世が広めたウィンナ・ワルツが隆盛を極め、息子である「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世が生み出した曲の数々は現在のポピュラー音楽並みかそれを凌ぐほどの人気を誇った。誇らしげな顔をしたヨハン・シュトラウス2世の胸像が飾られている。

建築の分野ではオットー・ヴァークナーが登場。彼が設計した多くの建物はウィーンの景観を変えていく。駅を造り、美術アカデミーの建物や博物館を設計し、様々なインフラを自らのアイデアで創造し、あるいは塗り替えていく。

 

アカデミズムに対抗する形で分離派を生み出したのがグスタフ・クリムトである。世紀末ウィーンを代表する画家だ。クリムトは絵画に象徴を持ち込み、光と影を同じ画面内で対比させるなど、新たな画風を前面に打ち出す。マクシミリアン・レンツ、カール・モル、ヨーゼフ・ホフマンなどがウィーン分離派(正式名称は、オーストリア造形芸術協会)として新たな芸術観を高らかに掲げることになった。ウィーン分離派は権威としての美術や写実性よりも総合芸術性と実用性を重視。グラフィックデザインなどを生んでいくことにもなる。

クリムトの「エミーリエ・フレーゲの肖像」のみは写真撮影可であり、多く人がシャッターを押していた。自信に満ちた表情のエミーリエ・フレーゲであるが、服装や背景などは現実離れしており、エミーリエ自身がはこの絵を嫌ったそうである。

ウィーン分離派の実用性を工芸部門へと押し広げたのがウィーン工房である。マイスターの仕事を芸術の領域へと高めることを志したウィーン工房は、ヨーゼフ・ホフマンらによって生み出され、一時代を築いたが、凝りに凝った芸術趣味が災いして、後の倒産の憂き目を見ることになる。ヨーゼフ・ホフマンの手によるヘルマン・ヴィトゲンシュタイン邸のキャビネットや花瓶、印章などが展示されているが、このヘルマン・ヴィトゲンシュタインは、ウィーン分離派の第一のパトロンとなったカール・ヴィトゲンシュタインの父親である。カールの息子のパウルはラヴェルに左手のためのピアノ協奏曲を依頼したピアニスト、同じくカールの息子であるルートヴィヒは高名な哲学者である。

クリムトの衣鉢を継ぐ形となった画家がエゴン・シーレである。描写を得意としたシーレの多くのスケッチが並ぶが、クリムトの作品同様、生と死の境にあるかのような、一種の不吉さも感じされる。

ウィーンの絵画はシーレ以降、表現主義的な色彩を強めていくのだが、音楽の部門で同様の表現拡大を行っていた音楽家に関する展示がラスト近くに配置されている。十二音技法の生みの親であり、新ウィーン学派の代表者であったアルノルト・シェーンベルクの筆による絵画が数点。中には愛弟子であるアルバン・ベルクの肖像画なども含まれる。シェーンベルクはマーラーの葬儀の絵も残しているのだが、そのマーラーの肖像(彫像)も展示されている。オーギュスト・ロダンの手によるものだ。

 

クリムトを中心としたウィーンの美術の展覧会ではあるが、それらと極めて強く繋がる政治、思想、景観、音楽などを網羅する総合展示であり、ある意味、ウィーン分離派の思想を受け継いだ展覧会であるともいえる。

 

展示された作品の中では、マクシミリアン・クルツヴァイル「黄色いドレスの女性(画家の妻)」が実にチャーミングである。ウィーン分離派はブロックを積み上げるようにした構図を用いることが多い様だが、「黄色いドレスの女性」は、首を傾げることでシンメトリーの構図が崩れ、そこから女性らしい愛らしさが滲み出ているように思われる。「黄色いドレスの女性」は、1899年に描かれたものだが、その60年ほど前に描かれたフリードリヒ・フォン・アメリンク「3つの最も嬉しいもの」(酒・女・歌のことらしい)や「悲報」に登場する抑制された表情の女性とは好対照であり、その間に女性の内面からの解放があったのかも知れない。

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ピエール・ブーレーズ 「ル・マルトー・サン・メートル」

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2019年9月26日 (木)

観劇感想精選(319) 京都四條南座 九月花形歌舞伎 通し狂言「東海道四谷怪談」

2019年9月12日 京都四條南座にて観劇

午後4時30分から、京都四條南座で九月花形歌舞伎 通し狂言「東海道四谷怪談」を観る。四世鶴屋南北の作。今回は坂東玉三郎監修での上演である。通常は1日に1回上演の「東海道四谷怪談」を昼夜と上演するために約1時間ほどのカットを入れての上演であり、三角屋敷の場は丸々端折られていて、片岡亀蔵が語りで済ませるということで、評判が良くないようである。ただ、三角屋敷の場を語りにしたということには、実は仕掛けがあり、かなりの効果を上げていた。そのことは一番最後に記す。
出演:片岡愛之助、中村七之助、市川中車、中村壱太郎、片岡千次郎、中村歌女之丞、中村鶴松、中村勘之丞、片岡亀蔵、中村山右衛門、市村萬次郎ほか。

歌舞伎に詳しくない人にも名前や大筋は知られている「東海道四谷怪談」。何度も映画化されており、スピンオフ的な作品である「嗤う伊右衛門」(京極夏彦の小説を蜷川幸雄が監督して映画化)なども生まれている。歌舞伎の代表的演目の一つである。
ただ、関西で「東海道四谷怪談」が上演されるには実に26年ぶりのこと。21世紀に入ってからは初ということになる。やはり江戸が舞台ということで、東京で上演されることが多いのだろう。

元々は「東海道四谷怪談」は、「忠臣蔵」の外伝として生まれたもので、登場人物は塩冶判官(浅野内匠頭がモデル)か高師直(高家筆頭の吉良上野介を暗に示している)のどちらかの家来筋である。塩冶判官の元家臣はお取り潰しということでその日暮らしの浪人生活。浪人となった民谷伊右衛門も傘貼りの内職をしている。一方、高師直はおとがめなしということで、家臣もそのまま裕福な暮らしを続けている。

今回は、中村七之助が、お岩、小仏小平、佐藤与茂七の三役を演じ分けるのが見所である。お岩役の時はだんまりの場面も引き込む力があり、狂乱の場や提灯くぐり、仏壇返しなども迫力十分である。一方、2つの立役の方は今ひとつ。ただ立役をやる時は声が父親によく似ている。先に兄である勘九郎の声が父親に似始めたが、七之助もそれを追っている。「血は争えない」。

出演者の中で一番良かったのは、お岩の妹であるお袖と小平の女房であるお花の二役を演じた中村壱太郎(かずたろう)。可憐な見た目と愛らしさを感じさせる仕草で、若手ナンバーワン女形の実力を存分に示した。今すぐにでもお岩役も出来そうである。

民谷伊右衛門役の片岡愛之助は場面によってムラがあるように感じた。愛之助の資質なのだが重さに欠ける嫌いがある。伊右衛門の苦みや虚無感が出にくいのだ。

市川中車も、以前に南座で観た時よりはかなり良くなっていると思うが、やはり猿翁の息子ではあっても梨園で育ってはいないため、限界はあるのだと思われる。直助(のちに権兵衛)役なのでまだ見られるが、伊右衛門がやれるかといったらまず無理だろう。現代劇としての「東海道四谷怪談」や映画での伊右衛門役なら可能だろうが、キャリア豊かな俳優を従えて歌舞伎で伊右衛門をやるとなったら、仮に話があったとしても周りが止めるはずである。

客席はほぼ満員で、若い女性や外国人の姿も目立つ。興行としてはまず成功である。
ただ、出演者の技量やカットがあるということも含めて、人間の業の描写や心理劇の要素は後退し、ショー的にはなっていた。良くも悪くもあるのだが。
歌舞伎も昭和後期の芸術至上路線によって客足が遠のき、平成期にはその揺り戻しで見世物小屋時代の歌舞伎の復権が盛んに唱えられ、七之助の父親である中村勘三郎が始めた平成中村座などはその最たるものだったが、令和に入った今もその路線は継承されるようである。

さて、カットされた三角屋敷の場であるが、舞台番助三を演じる片岡亀蔵はあらすじをひとしきり語った後で、「『東海道四谷怪談』が演じられる時には、お岩さんが必ず客席にお出でになっていると申します。お岩さん、ご着席でございます」という言葉で締める。これが観客の記憶に残るため、客席3階席や2階席通路にお岩さんが実際に現れると、若い女性が「キャーキャー!」と悲鳴を上げるというお化け屋敷状態になるのである。潜在意識の効果、玉三郎の思うつぼである。三角屋敷の場の因縁を見せて観客を引き込むよりも直接的に巻き込むことを優先させたわけで、古典歌舞伎的かつ現代歌舞伎的であるように思われる。

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2019年9月24日 (火)

スタジアムにて(20) 侍ジャパン強化試合 日本対チャイニーズ・タイペイ(台湾)@京セラドーム大阪 2016.3.6

2016年3月6日 京セラドーム大阪にて

京セラドーム大阪で、侍ジャパン強化試合 日本対チャイニーズ・タイペイ(台湾)戦を観戦。午後6時30分プレーボール。

1塁側が日本の応援席、3塁側がチャイニーズ・タイペイの応戦席でありベンチも1塁側が日本、3塁側がチャイニーズ・タイペイであったが、今日は日本がビジターのユニフォームを着て先攻、チャイニーズ・タイペイがホームのユニフォームで後攻である。台湾の選手のローマ字表記(のようなもの)はピンインではなくウェード式が用いられていた。

京セラドーム大阪には何度も来ているが、1塁側に座るのはおそらく今回が初めてになると思われる。

打撃練習や守備練習から見ていたのだが、打撃は山田哲人が一番調子が良さそうであった(打撃練習の調子が当てになるとは限らないのだが)。中田翔は守備練習で打球をポロポロこぼすなど調子が悪そう。実際、今日は5番DHで出場したが打撃も不振であった。

外野でウォーミングアップしていた日本の選手達が、1塁側席の前を通る時に多くの人が声援を送っていたのだが、ベイスターズの山崎康晃は気軽に握手やサインに応じていた。

「おそ松さん」とのコラボレーションということでイヤミが登場。始球式(ファーストピッチと紹介される)を行った。


今日の日本はディフェンス優先の先発。セカンドには名手・菊池涼介、ライトには清田育宏、ショートには今宮健太が入る。サードは銀次。キャッチャーは炭谷銀仁朗。ファーストには中村晃が入る。

日本の先発はホークスのエース、武田翔太。

武田翔太はMAX147キロのストレートとブレーキングカーブでチャイニーズ・タイペイに挑む。だが、カーブを打たれるなど、調子は万全というわけではないようだ。

2番手投手の西勇輝、3番手の戸根千明、4番手の森唯斗、セットアッパーの山崎康晃、クローザーの西野勇士は全員、ストレートは140キロ台中盤をマーク。スピードガンで最も良い数字と出したのは武田翔太と森唯斗の147キロであったが、球の伸びが一番感じられたのは西勇輝であった。また、球質が重そうなのは武田翔太であった。

台湾職業棒球リーグで投げたこともある高津臣吾(東京ヤクルトスワローズ一軍投手コーチ)が、「台湾は守備が雑だった」と言っていたが、実際、今日のチャイニーズ・タイペイは守備が雑でエラーや、エラーは付かないが実質的なエラーが多く見られた。

だが、先にエラー絡みで点を与えたのは日本。3回裏、先頭の林智平にカーブをセンター前に弾き返されると、続く林カイ笙のバットを粉砕してボテボテのゴロを打たせるが、飛んだバットのかけらを気にしながらの守備となった武田は、ファーストへの送球がワンバウンド。上手いファーストなら捕れていたところだが、バウンドが近すぎたということもあり、中村晃のファーストミットからボールがこぼれる。記録上は武田翔太の悪送球となる。張建銘はショートゴロに打ち取り、二塁はフォースアウトとするも一塁には投げられず、一死三塁一塁となる。
王柏融の当たりは痛烈。普通ならレフト前に落ちるタイムリーとなっていたところだが、ショートの今宮がジャンプして打球を捕球。超ファインプレーに拍手が起こる。
しかし、続く林智勝との対戦時に張建銘が二塁へ盗塁。だが、これは囮で、サードランナーの林智平がディレイドで本盗を仕掛ける。タッチプレーなら先にホームインした場合、帰塁は認められるので、セカンド・菊池もバックホームでホームタッチアウトを狙ったのだが間に合わず。台湾が頭脳プレーで先制点を奪う。
本来なら二塁に投げなくても良かったはずなのだが、2点取られるのが怖いのとランナーを刺したいという本能で投げてしまったのだろう。
日本は守備主体のスターティングオーダーでありながら先制を許す。

さて、守備主体の先発メンバーであったが、続く4回表、この回先頭の菊池が意表を突いて初球セーフティーバントを試みる。菊池はヘッドスライディングしてタイミング的にもセーフであったが、台湾の守備陣が大混乱。バントを拾った投手がファーストへ大暴投。それを見た菊池はセカンドへヘッドスライディング。しかし、何とライトのセカンドへの送球も暴投となり、菊池はあっさりと三塁を陥れる。続く清田はデッドボールを受け、無死三塁一塁。ここで今日は4番に入った筒香嘉智がセンターへの大飛球を放ち、犠飛となって日本が同点に追いつく。

5回表、日本は一死から今宮がセンター前に抜けるヒットを放つと、二盗を決める。続く銀次はライト前へのヒット。これをライトが後逸。今宮が帰って、2-1と日本が勝ち越す。銀次は二塁に進塁はしなかった。炭谷はキャッチャーゴロだったが銀次がこの間に二塁に進む。二死二塁。ここで丸がセンターへのタイムリーを放ち、日本は3点目を奪う。
今宮は5回裏に普通ならセンター前に抜けているはずの当たりを捕り、ゲッツーを奪うなど、今日は攻守で華麗なプレーが目立った。

日本は6回表に今宮に代わって坂本勇人を代打に送ったところからオーダーをディフェンス重視からオフェンス重視に切り替える。セカンドに山田哲人、センターに秋山翔吾、ライトに平田良介が入る。

7回表。バッターは中村晃。レフトへの平凡なフライ……かと思いきや、チャイニーズ・タイペイのレフトの脚がもつれ気味である。結局、レフトは転倒してしまい、センターがバックアップに入るも中村晃は三塁に到達。記録は三塁打となる。だが、その後は炭谷、秋山翔吾と連続三振。山田哲人はフォアボールで歩き、平田が打席に入るも平凡なセカンドゴロで相手のミスにつけ込むことが出来なかった。

9回表は日本のビッグイニングになる。坂本が三塁線を破る二塁打を放つと、銀次は四球を選ぶ。ここで炭谷が送りバントで一死三塁二塁とする。
秋山の当たりはファーストゴロだったが、三塁ランナーの坂本が思い切って本塁を突き、台湾の一塁手もベースは踏まずにバックホームを選択するが坂本の脚が勝り、日本が4点目を挙げる。なおも一死三塁一塁。打席に立った山田哲人はレフト二階席への大ファールを放つなどしたが、結局は2打席連続のフォアボールとなる。
満塁で打席に入った平田。ライトの右に弾き返す長打を放ち、台湾のライト守備がもたついたということもあって、走者一掃の3点タイムリースリーベースを放つ。三塁上で平田はガッツポーズ。
更に4番・筒香がライトポール際に飛び込むツーランホームランを描き、日本はこの回、一挙に6点を奪い、9-1と台湾(チャイニーズ・タイペイ)を突き放す。

9回裏のクローザーを託されたのは西野勇士。しかし、先頭の張建銘にバットを折りながらもライト前にしぶとく運ばれると、王柏融に一塁線を破るタイムリーツーベースを放たれる。林智勝は簡単に打ち取るが、劉芙豪にはセンターへの大飛球を飛ばされる。センターの秋山が追いつくが、王柏融はタッチアップでサードへ。そして周思斉は一二塁間を破るタイムリー。日本投手陣は8回まで台湾打線を2安打1点に抑えていたが、西野は一人で3安打2失点である。
それでも林泓育をライトに高々と上がるフライに打ち取った西野。不安定なピッチングではあったが結果的に勝利投手になり、日本が9-3で完勝した。

最初の内は安打は多いものの余り点が奪えないという展開であったが、9回に大爆発。投手陣も万全の出来ではなかったが台湾の淡泊な攻撃に助けられた。投手陣で一人心配なのは西野だが、フォークは鋭い落ちを見せており、シーズンに入れば今年も活躍しそうである。台湾はエラーが多かったし、大味な展開であった。リトルリーグでは何度も世界一になっていながら成人になると伸びないのは、夏になると暑くて昼間は表に出られないという気候も考えられるが、何度も野球賭博が繰り返される脇の甘さがプレーにも出ているのかも知れない。

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2019年9月23日 (月)

観劇感想精選(318) 「人形の家 PART2」

2019年9月14日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後6時から、ロームシアター京都サウスホールで、「人形の家 PART2」を観る。作:ルーカス・ナス、テキスト日本語訳:常田景子、演出:栗山民也。
永作博美、山崎一、那須凜、梅沢昌代による4人芝居。

ヘンリック・イプセンの有名作「人形の家」の15年後を描いた作品である。ルーカス・ナスは、1979年、アメリカ・フロリダ州オーランド生まれの劇作家。ニューヨーク大学を卒業し、現在は同大学の助教授を務めているという。もともとイプセンの大ファンであり、「人形の家 PART2」は2017年に書かれて初演。これがナス初のブロードウェイ進出作品となったそうである。

新劇のレパートリーとして最も重要な「人形の家」だが、関西で観る機会はほとんどない。一度、兵庫県立芸術文化センターで北乃きいのノラによる上演があり、チケットは取ったのだが、行くことは叶わなかった。

女性の自立を描いたとして、演劇史上に残るマイルストーンとなった「人形の家」。主人公の名前であるノラもとても有名だが、ではノラは家を出た後どうなったのかについて想像を巡らすと、余り良い展開は望めないというのが一般的な回答である。実は「人形の家」の続編として書かれた戯曲はいくつかあるそうなのだが、いずれも悲劇となっている。当時は女性は自立しようと思っても、まず経済的に自立出来る立場には置かれていなかった。「人形の家」ではノラが内職として裁縫をしていることが語られる場面があるが、当時は結婚した女性が労働を行うのは法律で禁じられており、屋内で細々と内職をする以外にお金を稼ぐ当てはなかったのである。

ところが、「人形の家 PART2」で、15年ぶりにヘルメス家に帰ってきたノラ(永作博美)は、ベストセラー作家となっている。書いたのは私小説であり、自身と夫のトルヴァル・ヘルメス(山崎一)との決別を赤裸々に描いたものだった。ペンネームを使っての発表であるため、ヘルメス家の人々は正体がノラだと気がついていなかったが、ノラの書いた小説は多くの女性に感銘を与えた。しかし、感銘を与えすぎて離婚に走る女性が増えたため、社会問題をも生み、ノラも多くの人の怒りを買うことになる。ノラを憎悪する文芸評論家がノラの本名を暴いた。「ノラ・ヘルメス」。ここでノラは自分の姓が結婚時のヘルメスのままになっていることに気づく。夫のトルヴァルは自分が出て行った後に離婚の手続きをしたものだとノラは思い込んできたのだが、実際はそうではなかった。離婚が成立していなければ本の印税などは自分のものとはならない。そこでノラは15年ぶりにヘルメス家を訪れたのだった。

乳母のアンネ・マリー(梅沢昌代)もすっかり老女となり、幼かった娘のエミー(那須凜)も大きくなっていた。だが、アンネ・マリーはエミーらを母親代わりとして育てたことをノラが全く感謝しないことに苛立ち、ノラの行いを社会秩序を乱すものと見なして批難する。エミーも結婚観を巡ってノラと対立。更に実は15年の間にノラは世間によって他界したと見なされるようになっており、トルヴァルも寡夫として周囲の人々からの援助を受けてきたことがエミーによって知らされる。もし今、ノラが生きていて離婚を迫っていると知られたら、トルヴァルは詐欺罪で告訴されるだろうとエミーは告げる。

 

4人の人物が登場するが、基本的にダイアローグの形で話は進んでいく。ノラ役の永作博美だけが出ずっぱりである。1幕5場からなる上演時間約1時間45分の作品。1場のタイトルは「ノラ」、2場が「トルヴァル」、3場が「アンネ・マリー」、4場が「エミー」、5場が「ノラ&トルヴァル」で、タイトルは、背後の壁に光の文字で投影される。

ノラとトルヴァル、アンネ・マリー、エミーの対話が繰り広げられるのだが、そこには多くの誤解、思い込み、すれ違い、価値基準の懸隔など、「わかりあえない」要素が含まれている。
最も大きな対比は、「因習」と「自由」であり、いかにもアメリカの劇作家が書いた作品という印象も受ける。

「人形の家」では、自立したとされるノラだったが、実際には、妻を「許す」だと「教育する」だのと言うトルヴァルの傲岸な態度とその裏に横たわる伝統に反旗を翻したという側面も強い。つまり反抗者だ(と考えてみれば、ノラはペール・ギュントなどと実は近しい存在と見ることも出来る)。一方、「人形の家 PART2」でのノラは作家として新たなる女性の価値観や存在意義を打ち出そうという野心を持っており、かなり積極的で革新的な創造者となることを夢見ている。15年の歳月がそうさせたという解釈なのだと思われるが、ルーカス・ナスがそれ以上に現代における女性の立場を描くために「人形の家」を枕として物語を構築したと見ることが出来るように思う。イプセンの時代にあっては、女性は夫に隷属する存在であったが、現代に生きるルーカス・ナスは、シングルでたくましく生きる多くの女性への吶喊としてこの物語を示しているように思われる。「人形の家 PART2」におけるノラは、まさにトップランナーでありヒロインだ。

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2019年9月21日 (土)

2346月日(15) 村田沙耶香×松井周 inseparable 『変半身(かわりみ)』プレトークイベント

2019年9月15日 ロームシアター京都3階共通ロビーにて

今日もロームシアター京都へ。午後3時から3階共通ロビーで、村田沙耶香×松井周 inseparable『変半身(かわりみ)』プレトークイベントに参加する。

3階共通ロビーからは、京都市美術館別館の屋根が見え、時が経つにつれて緑色の屋根の色が少しずつ変化していくのが趣深い。遠くには黒谷こと金戒光明寺の文殊塔も見える。

12月に、東京、津、京都、神戸で、村田沙耶香と松井周の原案、松井周の作・演出による「変半身(かわりみ)」という舞台が上演され、村田沙耶香がその作品を小説化するという試みが行われる。

司会は、筑摩書房編集者の山本充が担当する。

「変半身(かわりみ)」は、村田と松井が共に好きだという、奇祭や儀式に取材した作品にしたいということで、創作するに当たって、山本、村田、松井の3人で様々なところに出掛けたという。村田と松井は、対談で出会ったのだが、互いに「変態」という印象を抱いたそうである。松井周の性格についてはよく知らないが、『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香は作家デビュー後もコンビニ勤務を続けたことで、「かなりの変人」という定評がある。

まず、伊豆諸島の神津島へ。天上山という、高尾山(標高599m)と同じぐらいの高さの山があるというので、山本の提案で登ってみたのだが、高尾山はそもそも標高200mか300mぐらいのところに登山口があるのに対して、天上山は標高0のところから登るため倍ぐらいしんどかったそうで、村田は「死に覚悟した」そうである。山本も天上山を嘗めていたようで、ペットボトル1個だけ持って登山したのだが、村田は「あれ(ペットボトルの水)がなくなったら死ぬんだ」とずっと山本のペットボトルを見ていたらしい。山本はそれを察して嘘をついたそうで、山頂に行くと自動販売機があるだの、素敵なテラスがあるだのといった思いつきを、さも本当のように述べていたらしい。
翌日、また神津島を回ったのだが、山本と松井がお墓に入って写真ばかり撮るので、村田は「罰が当たる」と思い続けていたそうである。子どもの頃から、神様だとか天罰だとかを信じるタイプだったようだ。お墓から出て、道を歩いていたら、突然、黒い人影が現れたので、村田は「ほら罰が当たった」と思ったそうだが、その人影の正体は酔っ払った地元のお爺さんで、倒れて血を流していたらしい。

神津島では、松井は「なんかお洒落なところがある」というので、見掛けた建物に近づいたりもしたそうだ。そこは、リゾートホテルとして建てられ、オープン寸前まで行きながら運営元が倒産したか何かで白紙になり、建物だけが残っている場所だったという。松井と山本は近づいて行ったのだが、村田は「そうしたところには人殺しが潜んでいて殺される」と思い込んでいたそうで、一人逃げ出したそうである。
神津島は江戸時代には流刑の島だったということで、豊臣秀吉の朝鮮征伐の際に、朝鮮で捕らえられて日本に渡り、その後、徳川家康に才気を認められて侍女となるも、キリスト教信仰を捨てなかったため神津島に流罪となったジュリアおたあの祭りがあるそうで、それを見てきたようである。

その後、兵庫県の城崎温泉で10日ほど合宿を行う。演劇祭に参加し、村田は新作の小説を書き上げて朗読を行うというので、ずっと籠もって書いていたのだが、腱鞘炎が酷くなったため、城崎中の湿布を買い求めてずっと貼りながら書いていたという話をする。ちなみに山本はその時、ずっと温泉巡りをしていたそうだ。
城崎で、村田が島を舞台にした作品にしたいと提案し、流れが決まったそうである。

その後、山本と松井は台湾の緑島に向かう。村田は仕事の都合で緑島には行けなかったそうだ。
緑島は台湾の流刑地である。現在はリゾート地なのだが、以前は政治犯の収容所があり、国民党が国共内戦で敗れて台湾に逃れた直後、反国民党派を弾圧する白色テロと呼ばれる恐怖政治が行われ、共産主義者やエリート層などが緑島に送られたという。台湾では1945年に日本統治が終わったばかりであり、緑島に送られた人の中には日本式の教育を受けた人も多かったそうである。
ここで、演劇祭があったのだが、白色テロの際には、転向のための教育が行われ、心からの転向をしないと死が迫るということで、転向を演じるにしても本気でやらなければならず、松井はそこに演劇との共通点を見たようである。

最後に訪れたのは三重県にある神島。三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台になった島として知られており、三島が『潮騒』の執筆を行った部屋や机が今もそのまま残っているそうである。
神島自体も時が止まったままのような島で、人口は三島が滞在した時からほとんど変わらない500名前後。ただ、神島は多くの祭りが伝わることでも有名なのだが、それらを継続するのに問題が生まれているそうである。様々な準備や手配や食事の用意やらは女性が行うのだが、今はやりたがる人が少ない。男性の方も高齢化が目立ってきたが、いったん若い人に譲ると年長者はもう参加出来なくなるという決まりがあるそうで、世代交代もままならないそうである。山本などは、「決まりを変えちゃえばいいんじゃなの」とも思ったそうだが、そう簡単にはいかないそうである。

「半変身(かわりみ)」について、松井は、「殉教者のような人を描くことになる」と言い、村田は人間を箱のようなものと認識しているというところから様々な要素によって変化していく、例えば「私はゴキブリを食べないけれど、国によっては食べたりもするじゃないですか」ということで、文化や風習によって変化するということを書きたいようである。
ちなみに本が出来上がる前に、漫画家の鳥飼茜による宣伝イラストが出来たそうで、二人とも鳥飼のイラストに影響されて本を進めるようである。

タイトルに纏わる話で、松井には変身願望があるそうなのだが、「満員電車が好き」という話になり、理由は「込みすぎていて人間じゃないものに変わる」からだそうで、やはり変態っぽいかも知れない。村田は自身の中に謎の怒りがわき上がる時があるということを語る。なぜかティッシュ配りに人に猛烈な怒りを覚えたのだが、原因は自分でも不明だそうである。ただ、自分の中にそうした部分があると知ったのは発見だったそうだ。


オーディエンスからの質問を受ける中で、村田の小説である『殺人出産』の話が出る。10人産んだから1人殺していいという正義の話になるのだが、「正義感がラスコーリニコフだなあ」と感じたりもした。モラルや正義とそのフィクション性を問う作品になるようである。松井は「日本には西洋の神のような超越的な存在がない」ことがややこしさに繋がっていると考えているようで、村田は逆に子どもの頃から神様の存在を感じていて、自然と自律的になり、小説を書くということも神と繋がることと捉えているようである。執筆自体が儀式的ということなのだろう。

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2019年9月20日 (金)

テレサ・テン(邓丽君) 「又见炊烟」(里の秋)




今宵もまたかまどからの煙が上る 辺り一面は暮色に包まれている
ふとたたなづく煙に問うてみたくなる お前はどこに行きたいのかと
夕陽は詩情に富み 黄昏は画趣に溢れる
詩情も画趣も美しいに違いはないのだけれど
私の心を占めているのは煙よお前だけなのだ

またかまどからの煙が上り 私の記憶が呼び起こされる
煙よ色鮮やかな霞となって 私の夢へと入り込んでくれないか
夕陽は詩情に富み 黄昏は画趣に溢れる
詩情も画趣も美しいに違いはないけれど
私の心を占めるのはお前だけなのだ

日本語訳:本保弘人

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2019年9月19日 (木)

コンサートの記(592) 大阪クラシック2019 第2公演&第4公演

2019年9月8日 大阪シティ信用金庫本店2階講堂と大阪市中央公会堂中集会室にて

午後1時から北浜にある大阪シティ信用金庫本店で行われる第2公演に向かう。第2公演は無料である。
大阪クラシックは、普段は演奏が行われない場所が用いられるのが楽しみの一つである。用がないので大阪シティ信用金庫本店には行ったことがないのだが、2階に講堂があり、ここで演奏が行われる。普段はまず入れない場所なので興味深い。

第2公演は、大阪交響楽団のメンバーによる室内楽演奏である。出演は、ホルン:細田昌弘&小曲善子、ヴァイオリン:里屋幸&吉岡克典、ヴィオラ:南條聖子、チェロ:大谷雄一。

曲目は、モーツァルトのディヴェルティメント第15番より第1楽章とベートーヴェンの2つのホルンと弦楽四重奏のための六重奏曲。

チェロの大谷雄一がマイクを手に曲目解説などを行う。弦楽四重奏と2つのホルンという編成のための曲はそれほど多くはないのだが、モーツァルトとベートーヴェンという二人の作曲家がそろってこの編成のための曲を書いているという。

モーツァルトのディヴェルティメント第15番第1楽章。音響設計がされていない会場ということで、弦がかさついて聞こえ、ホルンの不安定さも目立ってしまう。

ただ人間の耳というのは大したもので、ほどなくして環境に馴染んでしまい、音楽が良く聞こえ始める。

ということでベートーヴェンの2つのホルンと弦楽四重奏のための六重奏曲は満足して聴くことが出来た。

2つホルンと弦楽四重奏のための六重奏曲の第2楽章が始まって程なくして、上手の入り口から大植英次がすっと入ってくるのが目に入る。

演奏が終わると、大植英次がマイクを手にステージの前に進み、挨拶と大阪交響楽団の紹介を行う。大谷雄一は演奏が始まる前に「今日はアンコールはありません」と明言していたのだが、大植英次が「アンコール聴きたいですよね」と聴衆に聞いて無茶ぶり。ベートーヴェンの2つのホルンと弦楽四重奏のための六重奏曲より第3楽章がもう一度演奏された。

大植は「ベートーヴェンの年は来年(生誕250)なのだが、我々はいつも先取りして行う」と語っていた。また大阪交響楽団のモットーである「聴くものも、演奏するものも満足できる音楽を!」を絶賛し、「海外ではいつも使わせて貰ってます」「著作権はありませんよね」と語っていた。


第3公演も無料公演なのだが、スケジュールが重なっているため、そちらは聴かずに大阪市中央公会堂中集会室で行われる第4公演へと向かう。大阪フィルハーモニー交響楽団団員達による演奏で、これは1000円の有料公演である。

出演は、宮田英恵(ヴァイオリン)、石田聖子(チェロ)、宮本聖子(ピアノ)によるピアノトリオ。全員がベルリンへの留学経験があるため、ベルリン・トリオという名も名乗っているそうである。まず宮田英恵がスピーチを行うのだが、聖子が二人いたり、「宮」や「田」の字が重なっていて結構ややこしいという話から入って、曲目の解説を行う。

メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番とブラームスのピアノ三重奏曲第1番という、ピアノ三重奏曲第1番を重ねたプログラムである。宮田によるとメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番は、彼が二十歳の時に書かれたもので、二十歳というと普通はまだ若いと思われる年齢だが、メンデルスゾーンは38歳の若さで亡くなってしまうため、作曲家としてはすでに中期に差し掛かっていると見なされるそうである。

メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番は、仄暗い情熱を湛えた曲であり、メンデルスゾーンの早熟ぶりを窺うことが出来る。

ブラームスのピアノ三重奏曲第1番の前には、チェロの石田聖子がスピーチを行う。本来はメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番のみで収めようと思ったのだが、大阪クラシックの持ち時間は45分で、どれだけゆっくり演奏したとしても45分持たないということで、ブラームスのピアノ三重奏曲第1番も演奏することにしたという。ブラームスがピアノ三重奏曲第1番を作曲したのは21歳と若い頃だったのだが、その後に改訂され、今日演奏されるのもその改訂版だという。

スケールの大きな曲だが、ブラームスとしては開放的な曲調を持っており、メンデルスゾーンが「暗」、ブラームスが「陽」という一般的なイメージとは逆の楽曲で構成されているのが面白い。

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2019年9月16日 (月)

美術回廊(35) 京都文化博物館 ICOM京都大会開催記念+京都新聞創刊140年記念「百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展」&「京の歴史をつなぐ」展

2019年9月6日 京都文化博物館にて

京都文化博物館で行われている、ICOM京都大会開催記念「百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展」と「京の歴史をつなぐ」展を観る。

4階で行われている「百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展」は、某学会が運営する東京富士美術館所蔵の美術作品の展示である。全て撮影OKである。
伊藤若冲の「象図」、東洲斎写楽の「市川蝦蔵の竹村定之進」、歌川国芳の「相馬の古内裏」などの有名画が並んでいる。多く刷れる浮世絵が多いため、価値としてはそれほど高くないのかも知れないが、実際のところ目の前で観る機会はそれほど多くないため、貴重である。
その他にも、近藤勇の愛刀として知られた長曽根虎徹や、土方歳三の愛剣として有名な和泉守兼定が打った刀剣なども展示されている(近藤や土方の愛刀そのものではない)。
昨日行った京都国立博物館には、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」が展示されていたが、京都文化博物館には鈴木其一の「風神雷神図襖」がある。構図は完全に一緒で、腕もねじれているのだが、鈴木其一は風神と雷神を一枚に収めず、別の襖に描いているという特徴がある。

天璋院篤姫愛用の、葵の御紋が入った蒔絵茶碗台と蓋、女性用の籠(仙台伊達氏の順姫が、宇和島伊達氏に嫁いだ際に使用したもの)、洛中洛外図屏風などに続き、葛飾北斎の富岳三十六ヶより「山下白雨」、「凱風快晴」、「神奈川沖浪裏」などの展示があり、歌川広重の「名所江戸百景 水道橋駿河台」の錦絵が掛けられている。以前、ひろしま美術館でも観たことのある絵だが、大きな鯉のぼりの背後に描かれているのは、我が青春の街、神田駿河台である。

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3階のICOM京都大会開催記念「京の歴史をつなぐ」。まず平安京の玄関口であった羅生門の模型が出迎える。この展覧会も撮影可である。こちらは京都文化博物館所蔵のものが中心。平安京遷都を行った桓武天皇の肖像画(墓所にちなんで柏原天皇とも呼ばれたようだ)、出土品である平安時代初期の瓦や壺などが展示され、羅生門にちなんで、芥川龍之介の「羅生門」初版本や、黒澤明の映画「羅生門」のシナリオ(映画の冒頭とラストに羅生門は出てくるが、実際の原作は「藪の中」である)やポスターなども展示されている。

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現在の、四条河原町付近に名が残る真町で交わされた取り決め書付や、譲り状なども展示されており、江戸時代の四条河原町の人々の生活の一端を垣間見ることが出来る。

四条河原付近の復元模型がある。現在は南座が残るだけだが、江戸時代には7つの芝居小屋が軒を連ねており、一大歓楽街であった。
更には岡崎で行われた第4回内国勧業博覧会の模型も展示されている。元々は伊東忠太設計によりパビリオンとして建てられた平安神宮はそのままだが、現在はロームシアター京都(京都会館)や京都市美術館(京都市京セラ美術館として来年3月リニューアルオープンの予定)、京都府立図書館や京都国立近代美術館のある場所の明治時代の様子を知ることが出来る。

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2019年9月15日 (日)

観劇感想精選(317) 松本白鸚主演・演出 ミュージカル「ラ・マンチャの男」2019

2019年9月7日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて観劇

午後6時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、ミュージカル「ラ・マンチャの男」を観る。今回は1969年の日本初演から半世紀が経過したことを記念しての上演である。主演・演出:松本白鸚。脚本:デール・ワッサーマン、作詞:ジョオ・ダリオン、日本語訳:森岩雄&高田蓉子、作曲:ミッチ・リー、振付・演出:エディ・ロール(日本初演)。出演:瀬奈じゅん、駒田一、松原凜子、石鍋多加史、荒井洸子、祖父江進、大塚雅夫、白木美貴子、宮川浩、上條恒彦ほか。
50年に渡って「ラ・マンチャの男」で主役を張ってきた松本白鸚。50年前に演じ始めた時には市川染五郎の名であり、松本幸四郎を経て、松本白鸚の名では初の「ラ・マンチャの男」となる。

前回、「ラ・マンチャの男」を観たのは、丁度10年前の2009年の5月、今はなきシアターBRAVA!に於いてだった。その時、アルドンザを演じていたのは松たか子であり、親子共演であった。
おりしも、5月2日、忌野清志郎が亡くなり、以前に大阪城ホールで清志郎と共演したことのあった松たか子は訃報を聞き、シアターBRAVA!の前で第二寝屋川を挟んで向かいにある大阪城ホールに向かって頭を下げ、清志郎への感謝の祈りを捧げたという。

 

フェスティバルホールの入っているフェスティバルタワー2階には、「ラ・マンチャの男」の写真パネルや公演記録が展示されている。それによると松たか子はまずアントニア役として出演を重ねた後で2002年から2012年までアルドンザを務め、2015年からアルドンザは霧矢大夢に交代。今回からは、瀬奈じゅんがアルドンザを務める。

 

地下牢が舞台であるが、「ドン・キホーテ」が劇中劇として行われ、即興劇という設定なのでセットこそさほど変わらないが、小道具などを用いることで場面は次々に展開されていく。
宗教裁判にかけられたセルバンテス(松本白鸚)は、地下牢の中で判決を待つことになる。その間、牢名主(上條恒彦)に牢内での裁判に問われることになったセルバンテスは、即興劇の形で申し開きを行うことにし、自作の「ドン・キホーテ」を牢内の人々と一緒に演じ始める。騎士の時代が終わってから数百年が経つのに、自身を騎士だと思い込み、遍歴の旅に出るドン・キホーテ(松本白鸚二役)。風車を巨人だと勘違いして突っ込み、城郭だと思い込んで乗り込んだ小さな旅籠で出会った売春婦のアルドンザを思い姫のドルシネアだと思い込んだドン・キホーテは、端から見ると滑稽でしかない騎士遍歴を繰り返す。
滑稽でしかないのだが、ドン・キホーテには信念がある。それはセルバンテスも同じで、二人ともラ・マンチャの男であり、夢の大切さとそれを追うことの重要性を観る者に訴えかける。本来は道化役でしかなかったドン・キホーテが夢を貫くことで人々を鼓舞する英雄に変わるのである。
セルバンテスはラストで、「私もドン・キホーテも、ラ・マンチャの男だ」というセリフがあるのだが、半世紀に渡って二人を演じ続けてきた松本白鸚もまた、見果てぬ夢に生きるラ・マンチャの男なのだろう。

 

フェスティバルホールはオペラ上演を前提としている劇場で、オーケストラピットも当然ながら存在するが、今回は演出の都合上、オーケストラピットではなく、ステージの両袖にミュージシャンが陣取って演奏を行うというスタイルである。音が通りやすいフェスティバルホールであるが、楽器の音が鮮明に聞こえるため、歌が覆い隠されてしまう場面もあった。

セルバンテスとドン・キホーテという二人のラ・マンチャの男は、松本白鸚が千回以上演じている当たり役であり、貫禄の出来映え。他にも10年前からずっと「ラ・マンチャの男」に出続けている俳優が複数おり、今回の新キャストを含めて優れたアンサンブルを見せていた。

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2019年9月13日 (金)

美術回廊(34) 京都国立博物館 ICOM京都開催記念「京博寄託の名宝-美を守り、美を伝える-」

2019年9月5日 京都国立博物館にて

京都国立博物館で、ICOM京都開催記念「京博寄託の名宝-美を守り、美を伝える-」を観る。
明治古都館が内部公開されているので入ってみる。以前は、明治古都館が京都国立博物館の本館で、ここで展示が行われていたのだが、平成知新館が出来てからはメインの展示場が移り、明治古都館は老朽化のため改装工事が行われていた。明治古都館の内部には京都国立博物館の歴史を示すパネルが展示されており、デジタル復元された俵屋宗達の「風神雷神図屏風」が飾れていた。

平成知新館の3階には、野々村仁清(ののむら・にんせい)や奥田穎川(おくだ・えいせん)らの陶器が展示されており、中国・宋代の青白磁器なども並んでいる。

2階は絵画が中心であり、伝平重盛像と伝源頼朝像が並んでいる。神護寺蔵の国宝だが、以前は「伝」ではなく、平重盛像・源頼朝像であった。今は「疑わしい」ということになっており、平重盛像の正体は足利尊氏で、源頼朝像といわれていたものは実は足利直義の肖像なのではないかという説が登場して、正確なことはわからないということで「伝」がつくようになっている。絵の作者は藤原隆信とされていたが、これも正確にはわからないようである。

狩野派の絵画も並ぶ。狩野元信の「四季花鳥図」は、屏風絵の大作であるが、手前を精密に描き、背景をぼやかすことで広がりを生んでいるのが特徴である。「風神雷神図屏風」の本物もある。よく見ると風神も雷神も手が思いっ切りねじれていて不自然である。あるいはこの不自然さが逆に勢いを生み出しているのかも知れない。そして風神や雷神は人間とは違うのだということが示されているようにも思う。

1階には仏像、そして中国の北宋と南宋の絵画が並んでいるのだが、日本の絵画をずっと観た後で、中国の絵画を眺めると西洋画を前にしているような錯覚に陥るのが面白い。宋代の絵画はフレスコ画に似たところがある。

その後は、書跡が並ぶ。三筆の空海、三蹟の藤原行成らの書が並ぶ。後鳥羽上皇が隠岐で書いた宸翰もある。後鳥羽上皇の遺書となったものだが、後鳥羽上皇の手形が朱で押されている。昔の人のものなので手は小さめだが、指が細くて長い。

更に袈裟や小袖などの衣類、豊臣秀吉所用の羽織や徳川家康所用の胴着が展示され、最後は刀剣や仏具などの金工、経箱や硯箱などの漆工が並んでる。日本だけでなく、ヴェネツィア製の鏡が唐鏡として展示されていた。

重要文化財に指定されている「黒漆司馬温公家訓螺鈿掛板」が立てかけられている。司馬温が子孫に残した家訓で、「金を残しても子孫がそれを上手く運用出来るとは限らない。本をたくさん残しても子孫がそれをちゃんと読むとは限らない。子孫長久となすには徳を積むに如くは無し」という意味のことが記されていた。琉球王朝の尚氏に伝わった者であり、今は三条大橋の東にある檀王法林寺の所蔵となっているそうである。

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2019年9月12日 (木)

2346月日(14) 同志社大学寒梅館ハーディーホール 松山大耕(妙心寺退蔵院副住職) 「AI時代の人間の可能性 ~禅の修行からの考察」

2019年9月4日 同志社大学室町キャンパス寒梅館ハーディーホールにて

同志社大学寒梅館ハーディーホールで、妙心寺退蔵院副住職である松山大耕の講演を聴く。大雨の日であった。

同志社大学今出川キャンパスの良心館地下にある生協で文庫本を買ってから地下鉄今出川駅に入り、烏丸通の地下を抜ける形で西に出て、室町キャンパスの寒梅館に入る。

今日のハーディーホールは二本立てで、まずロボットに関する討論会などがあり、午後4時30分から松山大耕による講演が始まる。タイトルは、「AI時代の人間の可能性 ~禅の修行からの考察」
松山大耕は、1978年生まれ。寺の長男として生まれたため、当然ながら僧侶になる運命であったのだが、当初はそれを嫌い、東京大学大学院農学生命科学研究科で学んでいた。自分でも「理系」であると語る。

日本において禅は千年の歴史を持つ。これは禅宗が人を育て、人が禅宗を育てというサイクルが続いてきたということなのだが、ではなぜそうしたことが可能だったのか。インドにおいて仏教が今は衰微してしまっているというのは知られているが、達磨が禅を伝えた中国でも禅は不振となり、盛んに行われているのは日本だけという現実がある。

AIと人間の対比で、松山は、まず人間を問う。
京都大学の総長である山極壽一は、「人間とは宗教を持っているものだ」と定義している。生物の中で人間だけが「自分が死ぬ」ということを理解しており、その不安を和らげるのが宗教だという。

臨終が近くなった終末期において、患者と医師との関係について語られる。実は、患者は医師の言葉によっては余り左右されないという。信頼関係を築くのに言葉が果たす役割は約2割程度でしかなく、その他の8割はノンバーバルなものである。これはAIでは賄えない人間のウエットな部分だ。

なぜ禅が日本にしか残らなかったのか。松山は、長野県の飯山市にある正受庵という小さな寺院を訪ねた時のことを話す。正寿庵は、檀家のようなものを持たず、拝観もやっていないという。ではなんで生活しているのかというと、托鉢だけだそうで、大きな街とはいえない飯山市を托鉢して回るだけで全てを賄っている。近所には托鉢して回る住職の像が建っているそうで、松山より少し年上だというその住職が名物になっているようだ。飯山市在住の詩人が住職のことを詩にしているそうで、住職が毎日托鉢して回っていることがいかに街の平和に役立っているかが歌い上げられている。松山は、「僧侶とは安心を与える存在」であり、それだからこそ日本においては禅宗が今なお保たれているのだと実感したそうである。

禅によって呼び覚まされた人間的な部分について松山は語る。
臨済宗で僧侶の資格を得るには、本山クラスの寺院で最低3年修行をする必要があるそうなのだが、松山は3年半ほど修行を起こっている。
12月8日というと、日本では開戦の日になるのだが、仏陀が悟りを開いたありがたい日でもあるそうで、12月1日から12月8日まで、一睡もせずに座禅するという荒行が行われるそうである。想像を絶する修行だが、実は初日が一番眠いそうで、その後は慣れ、12月8日を迎える頃には神経が研ぎ澄まされてセンシティブになるそうである。
このセンシティブになることが、禅や人間的なるものにとって大事となる。

さて、松山が師から言われた禅の要点に、「禅は実践しないとわからない」と「無意識の意識」というものがあるそうである。「冷暖自知」という言葉があり、冷たいのも暖かいのも実践してみなければわからず、意識レベルではわからない事柄も無意識レベルではちゃんと認識出来ているそうで、実際、センサーをつけて調査したところ、意識レベルでは外れることも無意識レベルではちゃんとわかっていることが確認されたそうである。
センシティブであることがこれらに有効に働くのだそうだ。

禅の修行で学んだことは以下の7つだそうである。
1,「言われたことはしない」。人は言われたことではなく見たことをするのである。ベテランの禅僧も、トイレ掃除などを率先してやって、後輩に手本を示しているそうである。
2,「観る」。人はきちんと観ることが重要である。松山は小泉進次郎と親しいそうだが、父親である小泉純一郎はとにかく家にいない人だそうで、一週間に一度顔を合わせられればいい方だったそうだが、息子の方はちゃんと見ていたそうで、進次郎と純一郎と担任の教師の3人で面談することがあった時に、担任の教師が、「進次郎君はリーダーシップが取れるし、華があっていいんだけれども、肝心なところで引いてしまう。なんとかした方が良いのでは」と言った時に純一郎は、「いや、家は政治家家庭だから何かと目立つんだ。だから肝心な時に引きたがるはずで、それで良いんだ」答えて、進次郎は「ほとんど会わないのに自分のことをよく見てるんだなあ」と感心したそうである。
3,「わざと教えない」。禅問答は答えを言わないという鉄則がある。また、禅問答で問われたことも答えたことも第三者には教えないという決まりもあるそうで、答えを教えてしまうと何も残らず、自身の答えは他人には当てはまらないということらしい。
また、禅の修行では、食事作りも行うのだが、先輩からの引き継ぎはわずか2時間ほど。当然ながら基礎の基礎しか教わらないため、最初は誰でも失敗する。ただ、それでも早い人は2週間ほどで調理をマスターし、どんくさい人でも1ヶ月もすれば美味しい料理が作れるようになる。つまり、あえて教えないことで全員失敗させて、その後で全員成功させるのである。試行錯誤させることが大切なのだそうだ。
4,「断定せよ」。なんでも断言する。いい加減なことは言わず、断言するのが重要。それで間違っていたら死ぬ気で謝るそうである。
5,「大信根、大疑団、大噴志」。大信根は「信じろ」という意味で、大疑団は「疑え」、大噴志は「死ぬ気でやれ」という意味で、これが禅の鉄則だそうである。仏教は「誰でも仏陀になれる可能性がある」とするが、死ぬ気でやらなければ仏陀にはなれないそうである。
6,「瞬時に動く」。ある高僧が二人の弟子を連れてあばら屋に入った時に、雨が降り出し、雨漏りが始まった。一人の弟子は竹かごを編んでいたので竹かごを師に差し出し、もう一人の弟子は鍋を持って少し遅れてから師の下にやって来た。高僧は、鍋を持ってきた弟子を怒ったそうである。鍋の方が水が漏れないので良さそうなものなのだが、瞬時に判断することが禅では大切なのだそうである。
7,「能力でなく働きが大事」。会社が人と採用するときに能力を重視しがちだが、禅では違うそうである。

これはそのままやるとブラック企業になると松山は語るが、AIとは異なる人間の可能性が示される。AIは正確な答えを瞬時に出すが、それとは異なった部分が人間の可能性として残っているのだろう。

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2019年9月11日 (水)

観劇感想精選(316) 「神の子ども達はみな踊る after the quake」神戸公演

2019年8月31日 神戸文化ホール大ホールにて観劇

神戸へ。午後6時30分から、大倉山にある神戸文化ホール大ホールで「神の子ども達はみな踊る after the quake」を観る。

昨年、NHK交響楽団を聴くために初めて訪れた神戸文化ホール。すでに事実上の閉館が決まっており、神戸市の文化施設は三宮駅周辺に集められる予定である。席の前の通路が狭いという欠点があり、客席部分の傾斜も緩やかで前のお客さんの頭で舞台の一部が見えなくなったり、多目的であるため、残響調節機能はあると思われるがそれでも声にエコーが掛かって聞き取りにくかったりと、演劇には向いていないホールである。

「神の子ども達はみな踊る」は、村上春樹の同名短編小説集に収められた「かえるくん、東京を救う」と「蜂蜜パイ」という二つの短編を舞台化した作品である。フランク・ギャラティの脚本、倉持裕の演出。テキストはギャラティの脚本を平塚隼介が日本語に直したものであり、村上春樹の原作とは言い回しが異なる。出演は、古川雄輝、松井玲奈、川口覚、木場勝己ほか。川口覚というと、今でも長澤まさみの笑いを止まらなくさせた「舞台上スライディング事件」を思い出してしまう。

「神の子ども達はみな踊る」で描かれた阪神大震災の地にして村上春樹が青春時代を過ごした神戸での上演である。

「蜂蜜パイ」の小説家が、「かえるくん、東京を救う」の作者であるという、入れ子構造になっており、「蜂蜜パイ」のラストは、「かえるくん、東京を救う」で描かれた邪悪なるものへの返答となっている。取りようによっては、小田和正の「Little Tokyo」的世界観だ。

三方にジェンガを積み重ねたような壁が立つというセット。ジェンガの一つのピースが外れて、そこから登場人物が現れるというシーンもある。

 

「かえるくん、東京を救う」は、主人公・片桐が突然目の前に現れた「かえるくん」と共に東京直下型の大地震発生を食い止めるという話である。
巨大なみみずくんが地下にいて、暴れることで大地震が起こるのでそれを防ぐという、それだけ考えると荒唐無稽な話なのだが、よくわからない場所で、よくわからない誰かによって、よくはわからないが禍々しいことが起ころうとしているという、得体の知れない不気味さがある。あるいはそれは、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる「やみくろ」と繋がっているのかも知れないし、『ねじまき鳥クロニクル』 に登場するフィクサー、綿谷昇的なものなのかも知れない。「怒り」という要素においては、『ねじまき鳥クロニクル』と密接にリンクしており、昨今のなんとも言えない「不機嫌な時代」を先取りしているようでもある。
川口覚の演技と倉持裕の演出は、それを考えるとちょっと納得がいかない。なぜかえるくんが片桐を相棒に選んだのかを考えると、それにはまず震源の真上にある銀行に勤めているということが第一条件なのだが、それと同じくらい重要なのは感情が余り動かない人間であるという要素である。悪くいうと鈍いということなのだが、みみずくんの激しい怒りに怒りで反応することがない。実は東京で起こる地震というのは、実際の地震というより怒りによって引き起こされる禍々しい出来事のメタファーなのだと思われる。怒りと怒りのぶつかりが更なる別の激しい怒りを呼ぶということは、今の社会を見ているとよくわかる。

 

発表当時から、「村上春樹の私小説なのではないか?」と言われた「蜂蜜パイ」。「文藝春秋」の今年の6月号に、村上春樹は「猫を捨てる――父親について語るときに僕の語ること」という手記を発表して話題になったが、そこで初めて明かされた村上春樹と父親の村上千秋の関係は、思った以上に「蜂蜜パイ」に書かれていたことに近いことがわかる。「文藝春秋」に記されていた、「二十年近くまったく顔を合わせなかったし、よほどの用件がなければほとんど口もきかない、連絡も取らない状態が続いた」という親子の関係は、「蜂蜜パイ」の淳平が置かれている状況ほぼそのものである。
淳平と小夜子と高槻の三人の関係は、『ノルウェイの森』の僕(ワタナベトオル)と直子、キズキの関係と相似形であり、『ノルウェイの森』も村上春樹の実体験がなんらかの形で反映されたものであることがわかるのだが、「蜂蜜パイ」にしかない要素として子どもの登場が挙げられる。高槻と小夜子の娘の沙羅である。高槻は夫や父親としては完全な失格者であり、淳平は小夜子や沙羅と過ごすうちに、沙羅との結婚を考えるようになるのだが、その時に阪神大震災が発生する。

 

地の文とセリフの両方を語るというスタイル。木場勝己は共に見事にこなしていたが、古川雄輝や松井玲奈という若い俳優は、セリフに比べて地の文の読み上げは1ランク落ちる。単純に経験の問題だと思われる。

 

希望を感じるラストで好感を持ったが、考えてみれば村上春樹が書いた短編小説「ゾンビ」の世界はすでに現実のものとなってしまっている。
箍が外れてしまった。

 

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2019年9月 9日 (月)

スタジアムにて(19) 東北楽天ゴールデンイーグルス対東京ヤクルトスワローズ オープン戦@明石トーカロ球場 2016.3.8

2016年3月8日 明石トーカロ球場にて

明石へ。軟式野球の甲子園として知られる明石トーカロ球場(明石公園第一野球場)で、東北楽天ゴールデンイーグルス対東京ヤクルトスワローズのオープン戦を観るためである。午後1時プレーボール。

少し早めに明石に着いて、今は明石公園となっているJR明石駅前の明石城跡を訪ねる。巽櫓と坤櫓という二つの重要文化財が残り、二つの櫓の間の塀も復元されている。天守台はあるが、天守は建てられなかったようで、事実、天守台の上には礎石らしきものは見当たらない。高石垣と水堀が美しく、「名城」と呼んでも大袈裟でない水準である。


長嶋茂雄がルーキーだった頃の巨人軍がキャンプを行ったことでも知られる明石公園第一球場。トーカロによるネーミングライツで明石トーカロ球場となっている。全国高等学校軟式野球選手権大会の会場として全国的に有名である。
軟式野球は硬式野球に比べると打球が飛ばないためロースコアのゲームが多く、決勝でも延長戦が何度も繰り広げられた。

その明石トーカロ球場であるが、その知名度に比べると特に優れたスタジアムではない。阪神甲子園球場には遠く及ばないのは当然だが、スタンドが小さく、柵も低いためファールボールがしょっちゅう場外へと消えていく。硬式野球試合開催時に明石トーカロ球場の周囲を歩くのは危険である。

明石城のそばにあるため景観への配慮として照明機器は設置されておらず、ナイターは行えない。

両翼100m、センターまで122m、左中間右中間共にそれなりに膨らみがあり、グラウンドの広さは十分である。


スワローズは畠山和洋が腰痛、川端慎吾がインフルエンザということで、今日はファーストに荒木貴裕、サードに谷内亮太、ショートに西浦直亨という三人とも本職はショートという野手が内野を固める。ショートの開幕スタメン候補である大引啓次は今日は出場しなかった。セカンド、キャッチャーは共に侍ジャパンから帰ってきた山田哲人と中村悠平が入る。レフトは山崎晃大朗、センターに比屋根渉、ライトに雄平。DHはバレンティンである。スワローズの先発は館山昌平。

館山は高速シュート(ツーシーム)を軸にピッチングを組み立てる。生憎、明石トーカロ球場にはスピードガン表示がないため何キロ出ているのかはわからないが、この時期としてはキレはまあまあである。
2回表にゴールデンイーグルス先発の辛島航から谷内、中村の連打と比屋根の送りバントで一死三塁二塁とすると西浦が先制の2点タイムリーをセンター前に放つ。

しかし、2回裏、急造内野の綻びが出る。一死後、連打を浴びた館山だったが、続くバッターにファーストゴロを打たせる。ゲッツーコースだったが荒木が打球をファンブルしてしまい、一塁はアウトにしたが得点を許す。その後、館山は聖澤に二塁打を打たれ、更に三盗を許して嶋基宏の犠牲フライでまたも1点を献上。結局、この回3失点で逆転を許した。

それでも館山は3回は無難に抑える。

4回裏からは新垣渚がマウンドに上がるが、ここから投手陣が目も当てられない出来となる。新垣はコントロールが安定せず、死球に暴投と散々な出来。ホークス時代は「暴投王」として知られた新垣だけにイーグルスファンから「新垣、暴投!」と野次られる。新垣は4回に1点を与えて、スコアは2-4となる。

5回表にスワローズは四球で出塁した山崎を一塁に置いて、バレンティンがライトスタンド(客は入れていない)に飛び込む同点ホームランを放つ。

だが、ここから更なるヤクルト投手陣の惨状が始まる。今日の出来なら公式戦だったら新垣は1イニングで降板だろうが、オープン戦ということで様子見。そしてなんと5四死球という乱調。ヒットもいずれもピッチャー返しのセンターに抜けるものだったが、こうした当たりを打たれるということは球威がないことを物語っている。新垣は3イニングスを投げて3失点であった。

だが更に更に駄目なピッチャーが登場。今日も竹下真吾がマウンドに上がるが、ボールがうわずるなどノーコンな上に、決め球となる変化球がなく、ヒットとフォアボールの繰り返し。2度の押し出しを含む5失点とあってはもう竹下が今季一軍のマウンドを踏むことはないかも知れない。というより余程凄い変化球をマスターしない限りドラフト1位入団の2年目ではあるがもう首が危ない。竹下は1イニング持たずに降板。岩橋慶侍がマウンドに立つが、岩橋も良い出来とは言えなかった。
オープン戦ではあるが、2番手以降のピッチャーがいくら何でも悪すぎる。

スワローズは打線もピリッとしなかったが、山田哲人や田中浩康がヒットを放ち、西浦や谷内もそれなりにアピール出来たのが収穫といえそうだ。

試合は、4-11でスワローズの惨敗であった。

ゴールデンイーグルスのチャンステーマは京阪電鉄のかつてのイメージソング「出町柳から」の転用であるが、これは何か意味があるのだろうか。関西在住のイーグルスファンは元大阪近鉄バファローズファンが多いといわれるため、上層部の思惑で勝ってに吸収合併されたことへの意趣返しの可能性もあるが。


試合後も明石城跡を散策。良いお城である。

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2019年9月 7日 (土)

コンサートの記(591) 高関健指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2019「オーケストラへようこそ!」第2回「オーケストラの楽しみ方」

2019年9月1日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2019「オーケストラへようこそ!」第2回「オーケストラの楽しみ方」を聴く。今日の指揮者は、京都市交響楽団常任首席客演指揮者の高関健。高関は常任首席客演指揮者としては最後の京響とのステージとなる。ナビゲーターはロザン。

曲目は、スッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲、モーツァルトの交響曲第40番第1楽章、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲第1楽章(ヴァイオリン独奏:松田理奈)、チャイコフスキーのバレエ組曲「眠れる森の美女」から「ワルツ」、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」

京都コンサートホールへの来場者数が600万人に達したそうで、門川市長が出席してセレモニーが行われていた。

 

今日はヴァイオリン両翼、コントラバスがステージ最後列に横一列に並ぶ形の古典配置での演奏である。コンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平といういつもの布陣。第2ヴァイオリンの首席は今日も客演の有川誠が入る。クラリネット首席のコタさんこと小谷口直子が今日は前後半とも入り、フルート首席の上野博昭は後半のみの出番である。

 

スッペの喜歌劇「軽騎兵」序曲。ショーピースであり、軽く演奏されることも多いが、高関は真っ正面から取り組み、結果、重厚で力強い仕上がりとなる。京響は抜群の鳴りであり、この出来なら世界的にもかなり高い位置にランク出来るはずである。
ただ、短い作品だから持ったというところもあるようで、その後の曲では徐々に力が落ちていったようにも感じられる。

ロザンが登場。まず宇治原が「今日はオーケストラの楽しみ方を教えて下さるそうで」と言い、序曲とは何かを高関に質問する。高関は「オペレッタの前に演奏される曲で、本当はこの後、3時間ほど続く」と序曲について説明する。オペラやオペレッタの前の序曲ではなく、純粋にオーケストラ曲として序曲が書かれる場合もあるが、ややこしくなるので、そちらは高関は話題にしなかった。宇治原が、オペレッタとは何かと聞き、高関は「オペラの軽いやつ」と答える。大衆向けということでもある。ロザンは吉本所属なので、演劇と軽演劇である吉本新喜劇の関係を考えるとわかりやすいかも知れない。

 

続いてモーツァルトの交響曲第40番第1楽章。高関は菅広文に「交響曲って、お分かりになります?」と聞き、菅ちゃんはコンサートマスターの泉原隆志に「交響曲ってなんですか?」と又聞きして、泉原が「オーケストラのために書かれた作品」と答えると、「だそうです」と言って、高関に「ずるい」と言われる。
高関が、ソナタのオーケストラ版という話をすると、菅ちゃんは「『冬のソナタ』のソナタですよね」、宇治原「一番、身近なソナタがそれかい」
高関が、交響曲第40番について「ちょっと暗い」と言うと、菅ちゃんは「暗いんですか、明るい曲やって下さいよ」、高関「途中、ちょっと明るくなる」
ということで、モーツァルトの交響曲第40番第1楽章。高関の個性である、スケールをきっちり形作ってから細部を埋めていくという音楽作りが確認出来る仕上がりである。個人的には音楽を流れで作る指揮者が好きなため、「ちょっと堅い」という印象を受ける。
ファーストヴァイオリン12人という大編成での演奏であるため、モダンスタイルをベースとした演奏であるが、弦のボウイングや音の切り方はHIPを意識しており、折衷スタイルということも出来そうだ。

 

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲第1楽章の演奏の前に、高関による協奏曲の説明。高関が菅ちゃんに、「協奏曲ってどんなイメージがあります?」と聞くと、菅ちゃんは、「そうですね。いつもなにかを競い合っているような感じがします」、宇治原「その競争曲ちゃう。ってこんな滑ることある? これ台本に書いてある奴なんですけど」、菅「僕らが書いたわけじゃないんですよね」
素人が書いたボケなら、いくらロザンが言っても受けるはずはない。
そういうボケはいいとして、高関は「前で滅茶苦茶上手い人が演奏する」、宇治原「じゃあこれから出てくる方は、滅茶滅茶上手いんですね」、菅「皆さん、聞きました? 滅茶苦茶上手い人が出てくるらしいですよ」、宇治原「もう滅茶滅茶上手いんでしょうね」とこれから出てくるソリストの松田理奈に対するハードルをこれでもかと上げる。

松田理奈登場。菅ちゃんが、「滅茶苦茶上手いんですか?」と聞くとずっと笑って誤魔化していた。
ソロを演奏することについては、「アンサンブルの一人として演奏」する気持ちを大切にしているようである。
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲に関しては、「バレエとかオペラとか、スケールの大きな総合芸術のための音楽を得意としていた方なので、それを協奏曲にも生かしてスケールが大きく」と語っていた。

その松田理奈によるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲第1楽章。元々超絶技巧の持ち主として注目された松田理奈。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲も十八番としているのだと思われるのだが、難曲として名高いこの作品を、余裕を持って弾きこなしてしまう。技術面に関しては相当高い水準にあるようだ。表現面でも情熱の迸りが感じられる優れた出来。スタイルとしては第3楽章が一番合っていると予想されるが、残念ながら今日は第1楽章のみの演奏である。

 

後半。チャイコフスキーのバレエ組曲「眠れる森の美女」から「ワルツ」。以前にBS「プレミアムシアター」オープニング曲に採用されていたことでも知られている曲である。雄大でうねりを感じさせる演奏で、チャイコフスキーに似つかわしい、華やかで凜とした響きを高関は京響から引き出す。

 

リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」。まず高関が交響詩について説明。「音楽を使って色々描いたりするんですが、物語をやろうと」「リヒャルト・シュトラウスは何でも書けちゃうぞって人だった」、宇治原「物語を音楽で描くのが得意だったと」、高関「この『ティル・オイレンシュビーゲルの愉快ないたずら』は、昔話を音楽で描いています」
ということで、高関は、場面の内容を語ってから、部分部分を短く演奏してみせる。菅ちゃんは、「やるぞって言ってすぐに出来ちゃうものなんですね」と感心し、演奏が終わるごとに「ぽいですね」と言って、宇治原に突っ込まれる。ティル・オイレンシュピーゲルは、最後は絞首刑に処されるのだが、「首がキューと絞まって、意識がピヨピヨピヨとなります」ということで、高関は実際に演奏してみせる。
菅ちゃんは、「こんなの(子ども達の前で)演奏しちゃっていいんですかね?」と語る。ちなみに、昔話の定番で、「う○ちをする場面があります」と高関は言うが、菅ちゃんは、「う○ちはいいですよね。子ども達、大好きですから」
ということで、様々な場面が紹介されてから、通しての演奏が行われる。
高関とリヒャルト・シュトラウスは相性が良く、京響の光を放つような響きも相まって、上質のリヒャルト・シュトラウス演奏が展開される。ただ、私個人は 、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」はそれほど好きではない。

 

アンコールでは、ヨハン・シュトラウスのⅡ世のポルカ「雷鳴と電光」が演奏された。

 

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2019年9月 6日 (金)

コンサートの記(590) 「chidoriya Rocks 70th」

2019年8月27日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後6時から、ロームシアター京都メインホールで、「chidoriya Rocks 70th」を聴く。屋敷豪太プロデュースのロックフェスティバルである。出演は、屋敷豪太、藤井フミヤ、奥田民生、槇原敬之、スティーヴエトウ(パーカッション)、有賀啓雄(ベース)、斎藤有太(キーボード)、真壁陽平(ギター)、トオミヨウ(キーボード)、山本タカシ(ギター)、Dub force、宮川町舞妓・芸妓。

 

前半は、宮川町の舞妓と芸妓による舞と、屋敷豪太のレゲエバンドであるDub forceの演奏。後半は槇原敬之、奥田民生、藤井フミヤのライブとなる。

 

まずは、宮川町の舞妓と芸妓による舞。2曲ほど終わったところで、芸妓と舞妓が横一列になり、手を繋いで後ろ向きで登場する。中に白い着物の男が混ざっているのだが、どう見ても槇原敬之。というわけで、槇原敬之が小唄「酒と女」を唄い、芸妓が舞う。
槇原敬之は、昨日、京都入りして、小唄のお師匠さんとお手合わせをして貰ったそうだが、ずっと正座していたため足がしびれ、小唄よりも足の方が大変だったそうである。

 

レゲエバンド、Dub force。いとうせいこうがヴォーカル的な役割を務めるのだが、正確には歌うのではなくてポエトリーリーディングを行う。毎回「浜辺」を語尾に持ってくるラップ調の(おそらく)自作詩と、田中正造が書いたという詩がレゲエのリズムに乗せて読み上げられる。
詩と詩の合間に奥田民生が登場してギターソロを奏でて去り、その後、藤井フミヤがハーモニカを吹きながら下手から登場し、ステージを横切って上手に消えていった。いとうせいこうが、「今日、色んな人来ますね」と客席に語りかける。

 

後半、平和への感謝の黙祷が捧げられた後で、まずは槇原敬之が登場。2曲歌った後で、屋敷豪太が、20年ほどイギリスで暮らしていた時に、日本で流行っていた槇原敬之の音楽が心に響いたという話をする。ということで屋敷がノスタルジアを感じたという「遠く遠く」が歌われる。
そして、屋敷豪太のリクエストによって、カバーが歌われる。「京都らしい曲」「昭和を感じさせる」「しかもベンチャーズ」ということで屋敷が選んだのは、渚ゆう子の「京都慕情」。「ビブラートが大事」と屋敷が言い、槇原も歌った後で「いつもより嫌らしくビブラート掛けてみました」
屋敷がスネアドラムを交換している間、槇原のトークの時間となり、「『京都慕情』を知ってる人」と客席に聞くが、手を上げたのは半分ほど。ただこれでも「結構知ってますね」という部類に入るようである。「皆さん、京都の方ですか?」と聞いた時も、手を上げたのはやはり半分ほどであった。

最後は、槇原が、「知っている人は歌って下さい。知らない人もなんとなくで歌って下さい」と言って、出世作である「どんなときも」が歌われ、盛り上がった。

 

奥田民生。chidoriya Rocksへは2年連続の登場である。屋敷が2年連続で出てくれたことへの礼を述べるが、奥田は「連続で出ないと……、忘れられる」と言っていた。最近は、野外のライブがことごとく雨で中止となっているそうで、「昔は、超晴れ男だったんだけど」「てるてる坊主代わり。出ると晴れるから」「フェスというフェスに出まくっていた」「最近は、雨男になって来てる。人生、(晴れと雨が)丁度になるようになってるのかな」と語っていた。
「愛のために」が歌われた後で、屋敷が「イージュー」について奥田に聞く。イーは「CDEのE」(3番目)で「ジューは十」、つまり「30歳のライダーでいいの?」
「イージューライダー」は、奥田民生が30歳の時に作った曲なので、意味はそれで合っているそうだ。今は奥田民生も50歳を超えているため、「G(ゲー)ジューライダーでもいいですよ」と語り、「イージューライダー」が演奏される。
屋敷の奥田へのリクエストは、ビートルズナンバーである「Come Together」。奥田民生と屋敷豪太は、昔、井上陽水らと、ジートルズというビートルズのコピーバンドをやっていたそうで、奥田民生がジョージ奥田、屋敷豪太がリンゴ屋敷を名乗っていたのだが、井上陽水はなぜか日本風の井上ジョンという名前だったそうである。
奥田のラストナンバーは、「嵐の海」。演奏中に下手袖から藤井フミヤが手拍子にステップを踏みながら登場して歌に加わり、「全部君のせい」という歌詞を「全部民生のせい」に変えて歌う。ラストは奥田のギターと藤井のハーモニカでのセッションも行われた。

 

藤井フミヤの歌を生で聴くのは2度目。前回は、吹田市にある万博記念公演での情熱大陸ライブで聴いている。もう10年ほど前の話だ。藤井は無料パンフレットにもなんちゃって京都弁によるコメントを寄せていたが、ステージでも京都弁を模したトークを行う。

大ヒットナンバーである「True Love」でスタート。オリジナルに近くなるようにと真壁陽平は12弦ギターを演奏。藤井も喜ぶ。

2曲目は最新アルバムに収録されているという3拍子の曲。藤井は舞台上でくるくる回りながら器用に踊ってみせる。

槇原敬之とのコラボレーションも用意されており、槇原敬之の作詞・作曲、藤井フミヤの歌唱で発表された「着メロ」が二人で歌われる。
槇原が作った曲だが、元々藤井に贈ることを想定した書かれたためか、キー自体は藤井の方が合っている。二人は以前、「ミュージックフェア」で共演したことがあるそうで、槇原はその時のことを覚えているが、藤井の方は「記憶に残ってない」そうである。年を取ったため、物忘れが激しくなったそうで、「嫌なことを忘れられるのはいいが、良いことも忘れてしまって、結局、なにも覚えてない」という状態になることもあるらしい。

今日の客層であるが、藤井フミヤのファンが最も多いようで、ラストで歌われた「NANA」では多くの人が同じ振りによるハンドサインを行っていた。

 

アンコールでは、まず宮川町の芸妓と舞妓が「宮川音頭」で舞う。歌も踊りも一緒だが、歌舞練場で聴くのとライブ会場でポピュラー楽曲の合間に聴くのとではかなり印象が異なる。

それから、宮川町の芸妓と出演者による舞台上でのお座敷遊び「トラトラ」が行われる。体全体を使って行われるジャンケンのようなもので、「虎」「槍」「老婆」という3つの選択肢がある。「虎」は「槍」に刺されて負けるが、「老婆」には勝つ。ただ、「老婆」は「槍」を持った男の母親であるため、母は強しで「老婆」の勝ちとなる。
「トラトラ」で芸妓との勝負に挑むのは、槇原敬之、いとうせいこう、奥田民生の3人。
槇原敬之は「虎」で「槍」の芸妓に負ける。罰ゲームとしてお酒を飲むか、一発芸をやるかのどちらかを選ぶことになるのだが、「お酒が飲めないので」ということで、槇原は和田アキ子の物真似で「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌う。結構似ている。いとうせいこうは「老婆」で「虎」の芸妓に負ける。ということですぐに和田アキ子の物真似で「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌う。
最後は奥田民生。昨年のchidoriya Rocksでも「トラトラ」に挑戦して負けているのだが、「罰ゲームで飲んだ酒、俺のだからね。罰ゲームでもなんでもない」
奥田は「槍」を選ぶのだが、芸妓は「老婆」で来たため今年も負け。「お酒が飲めないので」と嘘を言って、やはり和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌い始めてしまう。和田アキ子の物真似の際によくやられるように、音をハ行に変えて(「はなたにはへて良かった」)の歌唱である。

メンバー紹介があり、藤井フミヤは和田アキ子の「笑って許して」を歌いながら登場して、周りから「本当はやりたかったんじゃないの」と言われていた。

アンコールで歌われるのは、「ありがとう」。奥田民生が井上陽水とともに作った曲だが、奥田はメインボーカルの位置を藤井に譲ったため、藤井から「そんな遠慮することないのに」と言われていた。年上なので藤井に譲ったのだが、藤井は奥田と槇原の年齢をよくは知らない。奥田が自分の方が年上だというので、藤井は槇原に年を聞き、「50です」と槇原が返すと「若いね!」。ただ、奥田が「54」と答えると素っ気ない対応をしたため、奥田に突っ込まれる。どうも奥田は年相応に見えたらしい。藤井フミヤは57歳だそうだが、屋敷から「ダブルG(ゲー)ジュー(100歳)まで生きようよ」と言われているそうである。

最後は、客席に出演者からおひねりやグッズが投げられ、舞台上での記念撮影が行われて、ライブは幕となる。緞帳が下りる際、屋敷豪太と夫人で本公演演出の屋敷朋美が肩を寄せ合い、絵になっていた。

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2019年9月 5日 (木)

観劇感想精選(315) ロームシアター京都 「能楽チャリティ公演 ~被災地復興、京都からの祈り~」2019 第2部

2019年8月29日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後6時30分から、ロームシアター京都サウスホールで、「能楽チャリティ公演 ~被災地復興、京都からの祈り~」2019 第2部を観る。

毎年恒例のロームシアター京都での能楽チャリティ公演。1日に昼夜の2回公演である。ただ昨年は台風が直撃し、公演自体は行われたが、私は行くとこが出来なかった。他のお客さんの多くも来られなかったようで、昨年度の募金額のみ例年より少なくなっている。

演目は、半能「賀茂」、狂言「呼声(よびこえ)」、能「善界(ぜがい)」

 

半能「賀茂」。上賀茂神社と下鴨神社の賀茂神社が舞台となっている。京都が舞台になっているため、景色がはっきり目に浮かぶ。
播磨・明石の室明神の神職が、京都の賀茂神社に参拝した時に、目の前に賀茂別雷神(上賀茂神社の祭神)と賀茂御祖神(下鴨神社の祭神=玉依姫)が現れて舞い始めるのを目にするという話である。
賀茂別雷大神は、雷の神様だが、雷は豊かな実りをもたらすとされ(故に「稲妻」である)、玉依姫は、神武天皇の母親にして物事の始まりを祝う神、ということで元号の移り変わりを寿ぐ演目として選ばれたのだと思われる。

 

狂言「呼声」。太郎冠者が勝手に旅に出てしまい、戻っては来たのだが、引きこもっていて、主人のところへ顔を出さない。そこで、主人が次郎冠者を連れて、太郎冠者の家に行き、呼びかけるが、太郎冠者は出て行ったら主人に大目玉を食らうことは目に見えているため、声音を変えて「太郎冠者はいない」と嘘をつく。太郎冠者は、自分は太郎冠者ではなく隣の者だと言い張る。
そこで、次郎冠者が平家節を歌うと太郎冠者も平家節で返し、主人が小歌節で呼び出すと太郎冠者も小歌節を歌う。そのうちに主人と次郎冠者が歌って踊り出すと、太郎冠者も誘い出されて一緒に踊り出し……、ってなんかこれ「天岩戸」っぽいなあ。
本当にそう意味で選ばれたのかどうかはわからないが、芸が物語を動かしていく話であり、猿楽を生んだ猿女の祖である天鈿女命の力を称える演目ともいえる。

 

能「善界」。中国の仏教界を堕落させた中国の天狗・善界坊は、次は日本の仏教界も堕落させようと企み、まず京・愛宕山の天狗である太郎坊に相談に出掛ける。太郎坊は比叡山が日本仏教の最高峰であると善界に教え、比叡山の僧正を標的にするよう進言する。
善界坊は、山から下りてきた僧正を攻略しようとするが、逆に仏法によって調伏される。

「日本は小国なれども神国として、仏法興隆の地なれば」という言葉が何度も繰り返される。今回は善界坊を自然災害に見立て、「災害に日本は負けない」というメッセージと祈りを込めて選ばれたのだと思われる。

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2019年9月 3日 (火)

コンサートの記(589) ペーター・ダイクストラ指揮 京都市交響楽団第637回定期演奏会 ハイドン 「天地創造」

2019年8月25日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第637回定期演奏会を聴く。指揮はオランダ出身のペーター・ダイクストラ。第九が聴きたくなるような名前の指揮者だが、演目はハイドンのオラトリオ「天地創造」全曲である。8月には定期演奏会を行わないオーケストラが多い中で、京響は奮闘中。毎年8月は合唱付きの宗教音楽を上演するのが恒例となっている。独唱は、盛田真央(ソプラノ)、櫻田亮(さくらだ・まこと。テノール)、青山貴(あおやま・たかし。バス)。合唱は京響コーラスが務める。

ハイドンのオラトリオ「天地創造」は3部からなる作品であり、今日は第1部と第2部の間に休憩が入る。

ペーター・ダイクストラは、1978年生まれ。ハーグ王立音楽院とケルン音楽大学、ストックホルム音楽大学で指揮と声楽を学んだ後、合唱指揮をエリック・エリクソンやトヌ・カリュステらに師事。2003年にエリック・エリクソン・コンクールで優勝している。
合唱指揮者としては、バイエルン放送合唱団の芸術監督を2005年から11年間務め、2007年から2017年まではスウェーデン放送合唱団の音楽監督も兼任している。2015年からは祖国のオランダ室内合唱団の首席指揮者の座にある。
オーケストラの指揮者としては、バイエルン放送交響楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団、スウェーデン放送交響楽団、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団などと共演。日本では、東京都交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団の指揮台に立った経験がある。

 

今日の京都市交響楽団のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平。
第2ヴァイオリンの客演首席は今日は有川誠。チェロの首席には客演のルドヴィート・カンタが入る。指揮者と向かい合う形に置かれたフォルテピアノは西聡美が弾く。クラリネット首席の小谷口直子は降り番(この人は忙しいので、基本、夏のシーズンはいない)、トランペット首席のハラルド・ナエスもいないが、他の管楽器は首席が並ぶ。
ドイツ式の現代配置だが、バロックティンパニを採用した演奏である。

ダイクストラが古楽演奏の本場であるオランダ出身ということもあり、弦はビブラートを極限まで抑えたピリオドアプローチでの演奏である。これによって弦の透明度が増し、第1部第7曲の小川の流れの描写などは胸がすくような清流として聴き手の耳に届く。レナード・バーンスタイン指揮バイエルン放送交響楽団のような超人的スケールの「天地創造」もいいが、今日のようなすっきりとして生命感溢れるという演奏も理想的であるように思う。

ダイクストラはかなりの長身ということもあり、先に「指揮台に立」つと書いたが、実際は指揮台不要でステージにそのまま立って指揮する。指揮台を使うと逆に演奏しにくくなってしまうだろ。拍を刻む明確な指揮をする人で、合唱の部分では一緒に歌って口の形でも指揮する。第1ヴァイオリンの奏者達は、いつも以上に楽しそうな表情を浮かべて演奏していた。

全般を通して分離のくっきりした演奏となっており、楽曲の把握がかなりしやすい。京響コーラスと3人の独唱者も充実した歌唱を聴かせる。アルトが必要(全てのパートが賛歌する必要があるため)なラストは、京響コーラスのメンバーがステージ前方に移動して独唱を担った。
なお、第1部と第2部では指揮のダイクストラを挟んで上手に櫻田亮と青山貴という男性2人、下手に盛田真央という布陣だったが、第3部では盛田と櫻田が席を入れ替えての歌唱となった。

京響のメカニックは強靱であり、合唱は発音がドイツ語圏の人にどう捉えられるのかはわからないが(私はドイツ語を勉強したことがないので判定不可能)、全体としては世界レベルでも十分に通用する出来だと思われる。

 

見通しの良い音楽を作ったダイクストラ。駄洒落でなく本当に第九の指揮に来て欲しくなる。

 

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2019年9月 1日 (日)

コンサートの記(588) ソフィア・ヴォーカルアンサンブル京都公演2019

2019年8月22日 京都府立府民ホールアルティにて

午後7時から、御所の西にある京都府立府民ホールアルティで、ソフィア・ヴォーカルアンサンブルの来日公演を聴く。

ソフィア・ヴォーカルアンサンブルは1995年に指揮のベンクト・オレーンによって創設されたスウェーデンの合唱団。ストックホルムのソフィア教会を本拠地としているということでこの団体名を名乗っており、ブルガリア(首都がソフィア)や上智大学(英語名や愛称がソフィア)とは無関係である。

スウェーデンは合唱で知られており、エリック・エリクソン時代のスウェーデン放送合唱団は、「世界最高の合唱団」という賛辞を受けている。ソフィア・ヴォーカルアンサンブルも2012年に、ヨーロッパ・グランプリで優勝している。
今回が初の来日で、軽井沢国際合唱フェスティバルに参加するためにやって来たのだが、東京、広島、京都でもコンサートを行う。

 

曲目は当日になって変更となっており、前半が、伝承歌「No vi eg till Jondalen og fri」(ベンクト・オレーン編曲)、ヤン・サンドストレムの「山風のヨイク」、ポール・ミュラーの「至福の教え」、松下耕の「神よ喜びたたえよ」、プーランクの「7つのシャンソン」。後半が、ベンクト・オレーンの「海の向こうに人を待つ歌」、マシュー・ピーターソンの「カンターテ・ドミノ」、スヴェン=ダーヴィド・サンドレストの「楽園にて」、ダーヴィド・ヴィカンデルの「谷間のゆり王」、アルヴェーンの「そして娘は踊りの輪に加わった」

比較的良く知られた作曲家は、プーランクとアルヴェーンだけという攻めたプログラムである。マシュー・ピーターソンは、ソフィア・ヴォーカルアンサンブルのテノールメンバーであり、今日もステージで歌っていた。

メンバーの男女一人ずつがステージの前方に歩み出て、挨拶や曲目解説を行う(通訳あり)。最新のアルバムが出たばかりだそうで、その宣伝も何度も行っていた。そのためか、後半始めの挨拶の時点で、完売が見えてきたそうである。

オレーンは、タブレット譜を見ながらのノンタクトでの指揮である。タブレット譜には鍵盤のアプリもついているようで、曲の前に最初の音をピアノの音色で小さく出していた。

 

1曲目の伝承曲「No vi eg till Jondalen og fri」では、メンバーが口笛を吹くなど、声だけでない表現を行っていた。
やはり、体格の違いなのか、歴史がものを言うのか、とにかく声が澄んでおり、時にはうねるような生命力と迫力が宿る。

ベンクト・オレーンの作曲である「海の向こうに人を待つ歌」では、男声歌手達が客席に降り、上手と下手に分かれて壁を背後に並ぶ。彼らが主に歌うのは潮騒である。女性歌手達はステージ上に一人か二人ずつで点在。目の上に手をやって遠くを見るような仕草をしながら歌い、シアトリカルな作品となっていた。

スヴェン=ダーヴィド・サンドレストは、ソフィア・ヴォーカルアンサンブルの良き友人であったが、今年の6月に他界したそうである。「楽園にて」は、来世は楽園であるという内容を歌ったものだそうで、最後は「レクイエム」の言葉で閉じられる。

ダーヴィド・ヴィカンデルの「谷間のゆり王」は、ゆりやスズランといった花を擬人化させて歌ったものだそうである。歌詞の内容についてはわからないが、バルザックの『谷間の百合』とは無関係であると思われる。

北欧の作曲家というと、ノルウェーのグリーグ、フィンランドのシベリウス、デンマークのニールセンが国民的作曲家として知られているが、スウェーデンは残念ながら彼らに匹敵するだけの作曲家は生んでいない。そんな中でもアルヴェーンは比較的名前が知られている作曲家。「そして娘は踊りの輪に加わった」は、三拍子の快活な曲である。

 

アンコールは2曲、いずれも初めて聴く曲で、タイトルはわからないが、2曲目では、メンバーが客席に降り、階段状の通路に立って清澄な声を響かせた。

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