観劇感想精選(319) 京都四條南座 九月花形歌舞伎 通し狂言「東海道四谷怪談」
2019年9月12日 京都四條南座にて観劇
午後4時30分から、京都四條南座で九月花形歌舞伎 通し狂言「東海道四谷怪談」を観る。四世鶴屋南北の作。今回は坂東玉三郎監修での上演である。通常は1日に1回上演の「東海道四谷怪談」を昼夜と上演するために約1時間ほどのカットを入れての上演であり、三角屋敷の場は丸々端折られていて、片岡亀蔵が語りで済ませるということで、評判が良くないようである。ただ、三角屋敷の場を語りにしたということには、実は仕掛けがあり、かなりの効果を上げていた。そのことは一番最後に記す。
出演:片岡愛之助、中村七之助、市川中車、中村壱太郎、片岡千次郎、中村歌女之丞、中村鶴松、中村勘之丞、片岡亀蔵、中村山右衛門、市村萬次郎ほか。
歌舞伎に詳しくない人にも名前や大筋は知られている「東海道四谷怪談」。何度も映画化されており、スピンオフ的な作品である「嗤う伊右衛門」(京極夏彦の小説を蜷川幸雄が監督して映画化)なども生まれている。歌舞伎の代表的演目の一つである。
ただ、関西で「東海道四谷怪談」が上演されるには実に26年ぶりのこと。21世紀に入ってからは初ということになる。やはり江戸が舞台ということで、東京で上演されることが多いのだろう。
元々は「東海道四谷怪談」は、「忠臣蔵」の外伝として生まれたもので、登場人物は塩冶判官(浅野内匠頭がモデル)か高師直(高家筆頭の吉良上野介を暗に示している)のどちらかの家来筋である。塩冶判官の元家臣はお取り潰しということでその日暮らしの浪人生活。浪人となった民谷伊右衛門も傘貼りの内職をしている。一方、高師直はおとがめなしということで、家臣もそのまま裕福な暮らしを続けている。
今回は、中村七之助が、お岩、小仏小平、佐藤与茂七の三役を演じ分けるのが見所である。お岩役の時はだんまりの場面も引き込む力があり、狂乱の場や提灯くぐり、仏壇返しなども迫力十分である。一方、2つの立役の方は今ひとつ。ただ立役をやる時は声が父親によく似ている。先に兄である勘九郎の声が父親に似始めたが、七之助もそれを追っている。「血は争えない」。
出演者の中で一番良かったのは、お岩の妹であるお袖と小平の女房であるお花の二役を演じた中村壱太郎(かずたろう)。可憐な見た目と愛らしさを感じさせる仕草で、若手ナンバーワン女形の実力を存分に示した。今すぐにでもお岩役も出来そうである。
民谷伊右衛門役の片岡愛之助は場面によってムラがあるように感じた。愛之助の資質なのだが重さに欠ける嫌いがある。伊右衛門の苦みや虚無感が出にくいのだ。
市川中車も、以前に南座で観た時よりはかなり良くなっていると思うが、やはり猿翁の息子ではあっても梨園で育ってはいないため、限界はあるのだと思われる。直助(のちに権兵衛)役なのでまだ見られるが、伊右衛門がやれるかといったらまず無理だろう。現代劇としての「東海道四谷怪談」や映画での伊右衛門役なら可能だろうが、キャリア豊かな俳優を従えて歌舞伎で伊右衛門をやるとなったら、仮に話があったとしても周りが止めるはずである。
客席はほぼ満員で、若い女性や外国人の姿も目立つ。興行としてはまず成功である。
ただ、出演者の技量やカットがあるということも含めて、人間の業の描写や心理劇の要素は後退し、ショー的にはなっていた。良くも悪くもあるのだが。
歌舞伎も昭和後期の芸術至上路線によって客足が遠のき、平成期にはその揺り戻しで見世物小屋時代の歌舞伎の復権が盛んに唱えられ、七之助の父親である中村勘三郎が始めた平成中村座などはその最たるものだったが、令和に入った今もその路線は継承されるようである。
さて、カットされた三角屋敷の場であるが、舞台番助三を演じる片岡亀蔵はあらすじをひとしきり語った後で、「『東海道四谷怪談』が演じられる時には、お岩さんが必ず客席にお出でになっていると申します。お岩さん、ご着席でございます」という言葉で締める。これが観客の記憶に残るため、客席3階席や2階席通路にお岩さんが実際に現れると、若い女性が「キャーキャー!」と悲鳴を上げるというお化け屋敷状態になるのである。潜在意識の効果、玉三郎の思うつぼである。三角屋敷の場の因縁を見せて観客を引き込むよりも直接的に巻き込むことを優先させたわけで、古典歌舞伎的かつ現代歌舞伎的であるように思われる。
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