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2019年9月12日 (木)

2346月日(14) 同志社大学寒梅館ハーディーホール 松山大耕(妙心寺退蔵院副住職) 「AI時代の人間の可能性 ~禅の修行からの考察」

2019年9月4日 同志社大学室町キャンパス寒梅館ハーディーホールにて

同志社大学寒梅館ハーディーホールで、妙心寺退蔵院副住職である松山大耕の講演を聴く。大雨の日であった。

同志社大学今出川キャンパスの良心館地下にある生協で文庫本を買ってから地下鉄今出川駅に入り、烏丸通の地下を抜ける形で西に出て、室町キャンパスの寒梅館に入る。

今日のハーディーホールは二本立てで、まずロボットに関する討論会などがあり、午後4時30分から松山大耕による講演が始まる。タイトルは、「AI時代の人間の可能性 ~禅の修行からの考察」
松山大耕は、1978年生まれ。寺の長男として生まれたため、当然ながら僧侶になる運命であったのだが、当初はそれを嫌い、東京大学大学院農学生命科学研究科で学んでいた。自分でも「理系」であると語る。

日本において禅は千年の歴史を持つ。これは禅宗が人を育て、人が禅宗を育てというサイクルが続いてきたということなのだが、ではなぜそうしたことが可能だったのか。インドにおいて仏教が今は衰微してしまっているというのは知られているが、達磨が禅を伝えた中国でも禅は不振となり、盛んに行われているのは日本だけという現実がある。

AIと人間の対比で、松山は、まず人間を問う。
京都大学の総長である山極壽一は、「人間とは宗教を持っているものだ」と定義している。生物の中で人間だけが「自分が死ぬ」ということを理解しており、その不安を和らげるのが宗教だという。

臨終が近くなった終末期において、患者と医師との関係について語られる。実は、患者は医師の言葉によっては余り左右されないという。信頼関係を築くのに言葉が果たす役割は約2割程度でしかなく、その他の8割はノンバーバルなものである。これはAIでは賄えない人間のウエットな部分だ。

なぜ禅が日本にしか残らなかったのか。松山は、長野県の飯山市にある正受庵という小さな寺院を訪ねた時のことを話す。正寿庵は、檀家のようなものを持たず、拝観もやっていないという。ではなんで生活しているのかというと、托鉢だけだそうで、大きな街とはいえない飯山市を托鉢して回るだけで全てを賄っている。近所には托鉢して回る住職の像が建っているそうで、松山より少し年上だというその住職が名物になっているようだ。飯山市在住の詩人が住職のことを詩にしているそうで、住職が毎日托鉢して回っていることがいかに街の平和に役立っているかが歌い上げられている。松山は、「僧侶とは安心を与える存在」であり、それだからこそ日本においては禅宗が今なお保たれているのだと実感したそうである。

禅によって呼び覚まされた人間的な部分について松山は語る。
臨済宗で僧侶の資格を得るには、本山クラスの寺院で最低3年修行をする必要があるそうなのだが、松山は3年半ほど修行を起こっている。
12月8日というと、日本では開戦の日になるのだが、仏陀が悟りを開いたありがたい日でもあるそうで、12月1日から12月8日まで、一睡もせずに座禅するという荒行が行われるそうである。想像を絶する修行だが、実は初日が一番眠いそうで、その後は慣れ、12月8日を迎える頃には神経が研ぎ澄まされてセンシティブになるそうである。
このセンシティブになることが、禅や人間的なるものにとって大事となる。

さて、松山が師から言われた禅の要点に、「禅は実践しないとわからない」と「無意識の意識」というものがあるそうである。「冷暖自知」という言葉があり、冷たいのも暖かいのも実践してみなければわからず、意識レベルではわからない事柄も無意識レベルではちゃんと認識出来ているそうで、実際、センサーをつけて調査したところ、意識レベルでは外れることも無意識レベルではちゃんとわかっていることが確認されたそうである。
センシティブであることがこれらに有効に働くのだそうだ。

禅の修行で学んだことは以下の7つだそうである。
1,「言われたことはしない」。人は言われたことではなく見たことをするのである。ベテランの禅僧も、トイレ掃除などを率先してやって、後輩に手本を示しているそうである。
2,「観る」。人はきちんと観ることが重要である。松山は小泉進次郎と親しいそうだが、父親である小泉純一郎はとにかく家にいない人だそうで、一週間に一度顔を合わせられればいい方だったそうだが、息子の方はちゃんと見ていたそうで、進次郎と純一郎と担任の教師の3人で面談することがあった時に、担任の教師が、「進次郎君はリーダーシップが取れるし、華があっていいんだけれども、肝心なところで引いてしまう。なんとかした方が良いのでは」と言った時に純一郎は、「いや、家は政治家家庭だから何かと目立つんだ。だから肝心な時に引きたがるはずで、それで良いんだ」答えて、進次郎は「ほとんど会わないのに自分のことをよく見てるんだなあ」と感心したそうである。
3,「わざと教えない」。禅問答は答えを言わないという鉄則がある。また、禅問答で問われたことも答えたことも第三者には教えないという決まりもあるそうで、答えを教えてしまうと何も残らず、自身の答えは他人には当てはまらないということらしい。
また、禅の修行では、食事作りも行うのだが、先輩からの引き継ぎはわずか2時間ほど。当然ながら基礎の基礎しか教わらないため、最初は誰でも失敗する。ただ、それでも早い人は2週間ほどで調理をマスターし、どんくさい人でも1ヶ月もすれば美味しい料理が作れるようになる。つまり、あえて教えないことで全員失敗させて、その後で全員成功させるのである。試行錯誤させることが大切なのだそうだ。
4,「断定せよ」。なんでも断言する。いい加減なことは言わず、断言するのが重要。それで間違っていたら死ぬ気で謝るそうである。
5,「大信根、大疑団、大噴志」。大信根は「信じろ」という意味で、大疑団は「疑え」、大噴志は「死ぬ気でやれ」という意味で、これが禅の鉄則だそうである。仏教は「誰でも仏陀になれる可能性がある」とするが、死ぬ気でやらなければ仏陀にはなれないそうである。
6,「瞬時に動く」。ある高僧が二人の弟子を連れてあばら屋に入った時に、雨が降り出し、雨漏りが始まった。一人の弟子は竹かごを編んでいたので竹かごを師に差し出し、もう一人の弟子は鍋を持って少し遅れてから師の下にやって来た。高僧は、鍋を持ってきた弟子を怒ったそうである。鍋の方が水が漏れないので良さそうなものなのだが、瞬時に判断することが禅では大切なのだそうである。
7,「能力でなく働きが大事」。会社が人と採用するときに能力を重視しがちだが、禅では違うそうである。

これはそのままやるとブラック企業になると松山は語るが、AIとは異なる人間の可能性が示される。AIは正確な答えを瞬時に出すが、それとは異なった部分が人間の可能性として残っているのだろう。

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