コンサートの記(601) ラルフ・ワイケルト指揮 京都市交響楽団第639回定期演奏会
2019年10月11日 京都コンサートホールにて
午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第639回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はオーストリアの名匠、ラルフ・ワイケルト。NHK交響楽団を始めとする東京のオーケストラへの客演でも知られており、派手さはないがドイツ本流の玄人好みの演奏をする指揮者である。
ブルックナーが眠るザンクト・フローリアン大聖堂のある、オーストリアのザンクト・フローリアンの生まれ。リンツ・ブルックナー音楽院に学んだ後、ウィーン国立音楽大学でハンス・スワロフスキーに指揮法を師事。1965年にコペンハーゲンで行われたニコライ・マルコ指揮者コンサートで優勝している。その後、ベートーヴェンの生地にあるボン歌劇場の音楽監督を務め、ザルツブルク・モーツァルティウム管弦楽団の首席指揮者やチューリッヒ歌劇場の音楽監督などを歴任。ドイツ語圏を始め、アメリカや北欧の歌劇場でも活躍を続けている。ワーグナーの演奏には定評があり、2004年から2015年までイギリスのワーグナー・フェスティバル・ウェールズの音楽監督を務めている。
私がNHK交響楽団の定期演奏会に足繁く通っていた頃にもN響に客演している。調べてみると1997年3月のことで、この月はABCと3つある定期演奏会の指揮者が全部違っている。よく通っていたC定期にはイヴァン・フィッシャーが客演、ブラームスの交響曲第1番などを振っている。この演奏はNHKホールで聴いたが、この頃のイヴァン・フィッシャーは音楽に夢中になりすぎてしまう癖があり、スマートではあったが奥行きに欠ける演奏だったのを覚えている。ワイケルトはB定期に登場し、オール・ワーグナー・プログラムを振っている。A定期を振ったのは実は朝比奈隆で、あの伝説のブルックナーの交響曲第8番の演奏がこの時であった。朝比奈のブルックナーだというので、私は1回券を買って3階席の上の方で聴いている。つまりこの月はワイケルトだけ聴いていなかったということになる。
ただ当時はNHKの定期演奏はBS2(現在のBSプレミアム)で全て放送されてたため、VHSで録画して(VHSの時代なんですね)、気に入った演奏のいくつかはミニディスクにダビングして(ミニディスクがまだ注目を浴びていた時代だったんですね)コンポのスピーカーで聴いていたのだが、その中にワイケルト指揮のワーグナーもあり、出来の良さに感心したのを覚えている。
曲目は、モーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」とブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」(ノヴァーク版第2稿)。ちなみに今日はブルックナーの忌日である(1896年10月11日没)。
プレトークに登場したワイケルトは、まず京都の街を「美しくて興味深い(Beautiful and intresting)」と形容し、京都市交響楽団については「圧倒させられ、楽しい時を過ごすことが出来た」と喜ばしげに語った。
その後、生地であるザンクト・フローリアンゆかりのブルックナーと交響曲第4番の楽曲解説を行う。ザンクト・フローリアン大聖堂にはドイツ語圏最大級のパイプオルガンがあることを紹介し、オルガニストとしてのブルックナーはそこを拠点としていたことを語る。今では交響曲作曲家として知られるブルックナーだが、遅咲きであり、交響曲を書くようになったのは40歳を過ぎてから。それ以前は、ヨーロッパで最高のパイプオルガン奏者として尊敬されていたことなどを述べてから「ロマンティック」の内容に入る。第1楽章第1主題は全曲を通して登場すること、第2主題は鳥の鳴き声(シジュウカラらしい)であることや、第2楽章はシューベルトの楽曲との共通点のある行進曲だということ、第4楽章のラストは天国へのはしごを登っていく過程を描いていることなどを語る。
モーツァルトについては、「皆さんよくご存じでしょうから」ということで、ブルックナーほどには細密に語らなかったが、6楽章からなるセレナードの楽章を2つカットして交響曲に改めた曲で、第4楽章は「驚くほどの速さで」演奏するよう指定されていることなどを話した。ブルックナーの曲が長いので短めの交響曲を選んだという。
ワイケルトの著者の邦訳が最近出たため、その宣伝も行っていた。
最後にワイケルトは、通訳を務めた小松みゆきの手にキスして一緒に退場する。
コンサートマスターに泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平といういつもの布陣。ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏だったが、モーツァルト、ブルックナー共に音の受け渡しがよく分かって効果的であった。ブルックナーが大曲だということで、管楽器の首席奏者のほとんどは後半の「ロマンティック」のみの参加であった。
モーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」。指揮台の前に譜面台は置かれているが、総譜は乗っておらず、暗譜での指揮となる。
音の強弱とメリハリをはっきりつけた、完全な古典スタイルの演奏である。この曲ではバロックティンパニを使用し、強打させる。オーボエにかなり思い切ったベルアップを要求するのも特徴。テンポもかなり速めであり、反復を採用しているにも関わらず演奏時間が短くなる。典雅さの中に時折浮かび上がる暗い影を丁寧に描いているのも印象的である。
ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」。「ロマンティック」はブルックナーの交響曲の中でも異色作であり、三十年ほど前まではブルックナー入門曲としてよく聴かれたのだが、近年ではブルックナーの交響曲というとなんといっても後期三大交響曲であり、ブルックナー入門曲も交響曲第7番に取って代わられた感がある。ただ下野竜也などブルックナーの初期交響曲を積極的に取り上げている指揮者はいるため、今後また人気を取り戻す可能性もある。
冒頭は中庸のテンポで良く歌うが、鳥の鳴き声だと紹介した第2主題ではグッと速度を上げるなど、ブルックナーがロマン時代を意識して作曲していることを強調した解釈である。近年ではパーヴォ・ヤルヴィが「ロマンティック」でこうした解釈を取り入れているが、パーヴォの場合は成功とはいえず、RCAへの録音は物議を醸している。ただワイケルトの場合はそれほど極端ではないため、説得力のあるブルックナー演奏へと昇華される。特筆すべきは詩情の豊かさである。ブルックナーが実際に見た景色を見て育ったからか、あるいは感性の豊かさ故か、「野人」などと称されることもあるブルックナーの詩人としての側面をはっきりと描いている。朴訥で小心だったといわれるブルックナーだが、それだけでは後世まで残る作品を書くことは出来なかったであろう。そういえば、ブルックナーの伝記を読んでいて、「誰かに似てるな」と思ったことがある。思い当たったのはハンス・クリスチャン・アンデルセンであった。
ブルックナーの金管の使い方に関しては「オルガンの音を模している」ことがよく知られており、京響のトロンボーンは第1楽章のクライマックスで本物とオルガンと見まがうほどの音色を生み出していたが、フルートやオーボエなどの木管も音を重ねることでオルガンの高音に似るよう工夫されていることも今日の演奏だとよく分かる。
京響も関西最強のブラスや輝きと透明感と威力のある弦楽(ブルックナーではヴィオラが重要になるのだが、京響はヴィオラも強い)、リリカルな木管などいずれも秀でており、「これは本物」と感服する出来のブルックナーに仕上がった。
ワイケルトの著書を買い、終演後はサイン会にも参加する。
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