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2019年10月18日 (金)

コンサートの記(598) 第23回京都の秋音楽祭『3つの時代を巡る楽器物語』第1章ショパンとプレイエル(フォルテピアノ:川口成彦)

2019年10月5日 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタにて

午後3時から、京都コンサートホール アンサンブルホールムラタで第23回京都の秋音楽祭『3つの時代を巡る楽器物語』第1章ショパンとプレイエルを聴く。今年から足かけ3年に渡る企画の第1回である。ショパンが生きていた時代のプレイエル社製のフォルテピアノを使用してショパン作品を弾くという企画。ピアニストは、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位入賞者である川口成彦(なるひこ)が登場する。

川口成彦は、1989年盛岡市生まれ、横浜市育ちの若手ピアニスト。先に書いた第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール2位のほか、ブルージュ国際古楽コンクール・フォルテピアノ部門最高位、第1回ローマ・フォルテピアノ国際コンクール優勝という華麗なキャリアを誇っている。東京藝術大学と同大学院修了。二十歳の頃からフォルテピアノに触れるようになり、古楽の本場であるオランダのアムステルダム音楽院古楽科修士課程に進んで古楽を本格的に研究するようになる。現在もアムステルダム在住。フォルテピアノを弾くことが多い様だが、勿論、モダンのピアノフォルテも演奏する。

 

当然ながらオール・ショパン・プログラムである。前半はショパンがジョルジュ・サンドとノアンで過ごした時期に書かれたものを並べ、ワルツ第12番、夜想曲第15番、バラード第3番、前奏曲嬰ハ短調、即興曲第2番、「舟歌」が弾かれる。後半は、ショパンがサンドとマヨルカ島に滞在していた時期を中心に書かれた24の前奏曲の演奏である。

楽器は1843年製のプレイエル マホガニーケース 製造番号No.10456(タカギクラヴィア所有)のフォルテピアノが使用される。フォルテピアノであるが、製作時期が比較的新しいため、モーツァルトやベートーヴェンの時代のフォルテピアノとは響きがやや異なる。近年、ヨーロッパのピアニストを中心に、モダンピアノフォルテを使いながらペダリングやタッチを工夫して古楽風の音色を出すことが流行っているが、その音色に近い。

 

川口はマイクを手にトークを挟みながらの演奏を行う。ショパンは二十歳近辺の頃に(ショパンは正確な生年がわからない人である)ポーランドを離れてウィーンに渡るのだが、タイミングが悪かったのかウィーンでは活躍することが出来ずにパリに移る。そしてパリで出会ったのがフランスのピアノメーカーであるプレイエルのピアノである。プレイエル社もショパンを全面的にサポートし、マヨルカ島にショパンが渡った時にはピアニーノという小型のアップライトピアノをショパンに送っており、ショパンはその楽器で作曲を行ったとされる。また完成した24の前奏曲はその縁でプレイエル社のカミーユ・プレイエルに献呈されている。ノアンのサンドの邸宅にもプレイエル社はピアノを送っており、ショパンが作曲と演奏を行った。
ベートーヴェンやリストは作曲を行う際に虚勢を張るようなところがあるが、ショパンは素直にピアノに向かって音楽を語る人であり、その点でシューベルトに似ていると川口は語る。

残された記録によると、ショパン自身は毎回のように即興を取り入れており、楽譜通りに演奏されたことはほとんどなかったそうだが、川口のピアノも緩急自在であり、たまにであるが音を足すこともある。

モダンのピアノで弾くと、ロマンティシズムが前面に出されることの多いショパンの音楽であるが、フォルテピアノで聴くとある種の親密さが増し、等身大で語りかける音楽へと傾いてくるのが感じられる。ショパンの時代はまだコンサートホールでなくサロンなどで演奏されるのが一般的であったが、その意味では川口が奏でるのはサロン的なショパンともいえるだろう。

夜想曲第15番は、今日弾くフォルテピアノが製作された1843年に作曲された作品だそうである。ショパンは33歳か34歳。青年期を過ぎて、これからが更に期待される年齢であるが、ショパンは生まれつき体が弱く、すでに結核も患っていて、6年後の1849年に若くして他界することになる。

 

メインである24の前奏曲は24の調を使って書かれた意欲作。バッハに倣っての作曲であり、今でもピアノ作品の最高峰の一つに数えられる。一方で、難度や作風、長さなどがバラバラであり、表現が難しい。第2番、第4番、第6番(元々はこの曲が「雨だれ」だったとされる)などは、私も弾いたことがある技巧的には平易な曲であるが、いずれも沈鬱な曲調を持ち、場合によっては不気味だったりする。川口はそうした要素は意識はしているが大袈裟にはならないよう心がけた演奏を行っているように思われた。大時代的なショパン像は巨大ホールが出現した19世紀後半から20世紀初頭に掛けて形作られたもので、ショパンが生きていた頃には目の前の少数の聴衆を相手にしているということもあって、いい意味で抑制された演奏が行われていたのだと思われる。
「太田胃散の曲」として知られる(?)第7番では速めのテンポを採用。CMサイズの演奏とは違った自由感を出していた。
24の前奏曲の中で最も有名なのは「雨だれ」というタイトルのついた第15番だと思われる。この曲も私が弾けるほど技術的には平易なのだが、かなりドラマティックに演奏されることが多い。ショパンの名手として知られたアルフレッド・コルトーなどは、寝た子をあやす母親の前に悪魔が現れて子どもを襲おうとするというおどろおどろしい内容の詩をこの曲につけているが、そうした物語的な演奏をする人はコルトーに限らず多い。ただ川口の場合はショパン本人の声を探ることに徹しているように聞こえる。オーケストラ音楽もそうだったが、ピアノも古楽的な解釈が進むことによって演奏スタイルが今後もどんどん変わっていきそうな気がする。

アンコールは2曲。まずはワルツ第9番「別れのワルツ」。この曲はサンドではなく、ライプツィッヒで出会って一目惚れした女性と別れるときに書かれたとされる曲である。甘口だったり感傷的に弾かれることも多いが、川口の「別れのワルツ」は比較的さっぱりしている。フォルテピアノの音色も大きく影響しているだろう。

2曲目は、歌曲として書かれた「春」ト短調を自らピアノ用に編曲したものが弾かれる。過ぎた春を回顧する趣の楽曲であるが、川口の弾くフォルテピアノからはノスタルジックな音色と音型とイメージが次々と溢れ出てきていた。

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