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2019年11月22日 (金)

「志の輔らくご in 森ノ宮2019」

2019年11月14日 大阪の森ノ宮ピロティホールにて

午後6時30分から、大阪の森ノ宮ピロティホールで、「志の輔らくご in 森ノ宮2019」を観る。

まず志の輔の弟子が落語を披露する。六番弟子だという立川志の大の「一目上がり」と、七番弟子だという立川志の麿の「初天神」。

志の大は、「空気を読みまして、15分のところを10分で終えようと思います」と言ってから始める。「一目上がり」は、「自画自賛」という言葉でも知られる絵の「賛」という言葉をご隠居から教わった八っつあんが、出会う相手に「賛ですね」と知ったかぶりをして詩である「詞」だと言われ、次に出会った人に「詞ですね」やはり知ったかぶりをして、悟りの「悟(ご)」だよ言われるという、同音異義の漢字が繋がる話である。次に出会った人に八っつあんは、「次は六だろう」と先手を打つが、実際は「七福神」が来たという話である。

「初天神」は、始めて天神のお祭りに行く親子の話である。ラストでは父親が子どもが蜜団子を買うのだが、今、コンビニで同じ事をやって目撃談が投稿されたら炎上しそうなことを行ってしまう。

 

志の輔登場。まずは「買い物ぶぎ」。もう11月ということで、「振り返ってみると災害以外はラグビーのことしか記憶にない」「にわかラグビーファンが増えた」「私もその一人」という振りを行い、ここ数年は東南アジアで公演することが多いという話から始める。昨年、春秋座で語ったのと同じ枕である。午前11時台の飛行機に乗ると、時差もあって午後5時にはタイのバンコクに着いてしまい、現地時間の午後7時から独演会を行って、終演後に一杯やっていると、「師匠、時間がありますので」と言われる。午前0時発羽田行きの飛行機が出ていて、その日のうちに帰れるそうだ。

海外で公演を行うと、大使といった普段会えない人にも会ったりするという。「60歳ですが、落語を生で観たのは初めてです」と言われ、表向きは「初めての生の落語が私。光栄です」と応えるのだが、内心は「初めて? その年で? 今までなにやってたの? 大使ってのは現地に日本文化を広めるのが役割じゃないの?」と思うそうだ。まあ、当然である。
昨年はベトナムのホーチミンがあり、折角なので志の輔の出身地である富山の「こきりこ節」を前座で上演しようということになる。富山から保存会の方がホーチミンまで来て上演を行う。志の輔は、それを舞台袖のパイプ椅子に腰掛けて見ていたそうだが、客席が沸いているのを見て感涙の涙を流したという。だが、それは「私、18歳まで富山で過ごしていたんですが、こきりこ節を生で見るのは、その時が初めて」「ということで、落語を見るのは今日が初めてという方も全然問題ない」と、「にわか」がここに掛かる。

志の輔は現在は折りたたみのものではなく長財布を愛用してるのだが、お札だけではなく必ず200円分のコインを用意しているそうである。羽田空港には最新式のマッサージチェアが設置されていて、その使用料が200円なのだそうだ。最新式のマッサージチェアは「かゆいところに手が届く」ほど心地よいそうで、「中に人が入ってるんじゃないか?」(「人間椅子」である)というほどだそうで、志の輔は搭乗する前には必ずマッサージチェアで10分間、至福の時を味わうそうだ。
長崎まで日帰り公演に行った時のこと。朝7時25分に羽田を発つ飛行機に乗る。長崎空港までは1時間半で着くが、公演会場までは長崎空港から車で2時間掛かったそうである。公演を終え、本当なら長崎の中華街でグルメと行きたいところだったのだが、日帰りなので、長崎空港発羽田行きの飛行機に今日中に乗らなくてはいけない。長崎空港でマッサージチェアを楽しもうとした志の輔であるが、200円入れても動かない。人を呼ぼうとするが、JALの人もANAの人もマッサージチェアに詳しいとは思えない。売店のお姉さんが目に入るが、少し距離があるのでマッサージチェアから離れないといけない。その間に他の人にマッサージチェアを取られても困る。バッグには貴重品が入っているので椅子取りをするのも不用心である。
実は、長崎空港のマッサージチェアの使用料は300円だったのである。「羽田空港のマッサージチェアが300円で長崎空港のマッサージチェアが200円ならわかりますよ」「でも生意気、いやいやこんなこと言っちゃいけない」。結局、マッサージチェアは使えず、200円も戻って来ず、長崎空港を離れることになったのだが、飛行機の中でイライラ。理由は「次に使う奴は100円でいい」からだそうである。
今は街にものが溢れている。江戸時代はものがなく、上方落語でも江戸落語でも「なんとかして酒を吞む機会にありつきたい」という渇望が描かれているのだが、今はものだらけで江戸時代の人が今の時代に来たら頭が混乱するというところから、本題に入る。

舞台はドラッグストアである。奥さんが風邪を引いたというので風邪薬を買いに来た男が、ついでに奥さんに頼まれたものを買うことにする。相手をするのは勤務歴3ヶ月のアルバイトの男性。店長は生憎、食事のために出掛けている。
森の香りがする「森の妖精」という消臭剤を買うことにするのだが、「森に行ったときに便所のことを思い出したから困る」「匂いを吸い込むんでしょ? 森の香りは吸い込まないの?」
クリーナーモップは用途別になっているため迷うのだが、なんでも用もあるので、「それは変でしょ?」となる。
風邪薬は山のようにあるのだが、「鼻水と鼻づまりに両方効くってどういうこと?」
歯磨き粉も種類が多い。虫歯対策の他に、「歯を白くする」「口臭予防」などの種類があるが、「歯が白くなっても抜けたらなんの意味もない」と文句を言う。

トイレットペーパーの「お得用二枚重ね」も「自分で二枚重ねにするよりお得ってこと?」と詰め寄ったりする。男が棚の後ろにいる時に店長が買ってきて、アルバイトの男性は、聞かれたことをそのまま店長に伝えるのだが、「そんな馬鹿な質問をする奴がどこにいるんだ?」と言うと、文句ばかり付ける男が出てきて「馬鹿とはなんだ」、「馬鹿とは言っていない」と言い合いになる。
だが、その時におばさんの客が一人、口を出す。実は風邪薬を買いに来た男とアルバイトの男性がやり取りを始めるずっと前から店内にいたのだが、ずっと相手にされないため怒り心頭に発したのだ。「馬鹿だの馬鹿じゃないのってないで、馬鹿を治しな!」と言うのだが、「馬鹿に効く薬はありません」

 

 

15分の休憩を挟んで、「徂徠豆腐」が演じられる。まず、毎年、胃と腸の検査をして貰っているという話から入る。「5年ほど前までは、(NHKの某番組で)人に勧めているだけだったんですが」やはり年齢もあって検査して貰うようになったそうだ。志の輔は目黒区の外れの方に住んでいるのだが、胃と腸の検査は多摩川を越えた神奈川県相模原市の病院でやって貰っているという。その病院の先生が理解のある人で、芸能活動で時間がないだろうからということで、胃と腸の検査を同時に――といっても上と下から一度にカメラを入れるわけではないのだが――やってくれるというので、相模原まで出掛けているそうだ。
病院の先生は尊敬されているからいいが、看護婦さん(今は看護婦ではなく看護師を使うことが多い)はそれほど尊敬されているというわけでもない。だが、看護婦さんこそ立派な職業だという。薄給であり、少なくとも豪邸に住んだりベンツを乗り回している看護婦さんというのは聞いたことがない。彼女たち本人は進んで看護婦になったと思っているだろうけれど、実際は医学の神様から選ばれた人がなっているのだろうと志の輔は述べる。消防士もまた大変な仕事で、時間を選ばず火事は発生する。火事が発生するや消防士はポールを下りて(今はポールを下りる習慣はなくなったようだが)現場へ向かう。それでいて少しでも到着が遅れると怒られたりする。消防士達も消防の神様から選ばれたのだろうという話をする。火事の話は「徂徠豆腐」本編に繋がっていく。
江戸・増上寺のそばに住む上総屋七兵衛という腕の良い豆腐屋が主人公である。ある日、七兵衛が豆腐を売り歩いていると、髭面の男の呼び止められる。豆腐は1つ4文だが、髭面の男は「ツケにしてくれ」という。髭面の男は豆腐が何よりも好物だそうである。次の日も七兵衛は髭面の男に豆腐2丁を売る。昨日の分と合わせて12文なのだが、髭面の男は実は無一文であることがわかる。髭面の男は市井の学者なのだが、金の入る仕事はしておらず、日々読書をして暮らしているそうである。いずれ世のためになるべく勉強している学者であり、今は金はないが、世に出たら返すと髭面の男は言う。七兵衛は、「豆腐じゃなくて握り飯を食べたらどうか」というが、学者は「握り飯はいかん。豆腐屋から握り飯を貰ったのでは、施しを受けるということになる」と主張する。七兵衛は、「あんた頭が硬い。握り飯の形をした豆腐だと思って食えば良い」と言う。七兵衛は、学者におからを分けてやったりする。
その直後に七兵衛は体調を崩し、十日ほど仕事を休んだのだが、再び学者の家にいるとすでに引っ越した後だった。
七兵衛は腕の良い豆腐屋で、上総屋の豆腐の味は口コミによって大評判となり客が押し寄せる。七兵衛夫婦は付近の町のことを「良いちょうない、良いちょうない」と「ビフィズス菌のように」話すのだが、「火事と喧嘩は江戸の華」ということで、大火が夫婦を襲う。江戸は大火が多く、「明暦の大火といいまして、火元は本郷、文京区本郷です。私の母校である東京大学(?)の近くで」「死者は十万余人に及んだという。以前、東北地方でこの話をしたら、『ずいぶん細かく数えられたのね』と言われたんですがその四人ではなく」。ともかく、大火によって上総屋は焼けてしまい、七兵衛夫婦は長屋に身を寄せる。七兵衛は自分より腕の悪い豆腐屋に務めるのは嫌だというのだが、他に良い算段も思いつかない。そこへ、謎の男が現れて七兵衛夫婦に十両を渡す。七兵衛の妻は、「置き泥棒」だと夫に言う。十両を借金させて、手元に金がなくなった時に黒幕が現れて、借金のカタとして妻を貰っていくという段取りなのだと推測する。

その後、色々あるのだが、いちいち書いてもなんなので、髭面の男は実は儒学者の荻生徂徠であり、引っ越したのは側用人で実力者の柳沢吉保に引き立てられたからだったのだ。そんな折り、上総屋が火事で焼け出されたという話を耳にしたのだが、仕えている身であるため無闇に出掛けることもままならない。そこで当座の金として十両を届けさせたのである。

「上演が終わって、森ノ宮の駅に向かう時に、後ろからポンと肩を叩かれて、振り返ると『日本で一番上演されている劇はなんだか知ってるかい?』と聞かれる。そんなことはまずないんですが」という形で話されるのだが、日本で一番上演されている演目、「忠臣蔵」で、浪士達自らが申し出て切腹するという結末に導いたのが荻生徂徠だとされている。ちなみに志の輔は、大阪・日本橋の国立文楽劇場で数回に分けて上演された「仮名手本忠臣蔵」は全て観たそうで、知り合いの作曲家である三枝成彰から電話を貰って、彼が作曲したオペラ「忠臣蔵」(台本は島田雅彦が書いている)も渋谷のオーチャードホールで観たそうだ。オペラ「忠臣蔵」は素晴らしかったそうだが、オペラなので歌いながら切腹しなければならず、なかなか死ねないということに違和感も持ったそうである。

十両を渡しに来た男が再び七兵衛の家にやって来る。そしてその後からいかにも偉そうな男が入ってくる。七兵衛の妻は、「黒幕よ!」というが、いい男だったので七兵衛を捨てて男について行く気満々である。だが、その男こそ荻生徂徠であった。髭を剃り、さっぱりしていたので七兵衛は最初、気づかなかったのだ。荻生徂徠は、七兵衛のために上総屋の焼け跡に元より立派な店舗をこしらえていた。道具も最上級のものが揃っている。荻生徂徠は、縁者が一人もいないので、七兵衛の親類にして欲しいと頼むが、七兵衛は断り、逆に七兵衛が徂徠の親類に入ることを提案する。

新しくなった上総屋で、七兵衛は最初の豆腐を作り、大学者となった徂徠に献上する。感謝の言葉を述べる七兵衛に徂徠は、かつて七兵衛に「握り飯だと思うな。握り飯の形をした豆腐だと思え」と言われたことを受けて(七兵衛は自分が言ったことを覚えていなかったが)、「店だと思うな。店の形をしたおからだと思え」

 

カーテンコールで志の輔は、フェニーチェ堺の小ホールのこけら落とし公演に出たことを語り、更に池袋にオープンする大規模劇場のこけら落としにも出演が決まっていることを知らせる。そして、新たにオープンするパルコ劇場のこけら落とし公演として1ヶ月出続けることを告知するのだが、その後に渡辺謙主演の演劇を2ヶ月上演するそうで、「演劇の上演の前に、照明や音響の調整をするのに私でいいってことになったんじゃないか。演劇の小屋ですからね。落語は演劇よりも照明も音響も楽でしょうし。なんかあっても私一人のせいにすりゃいいってことで」と冗談を言っていた。
更に、「1ヶ月、20回も公演を行いますので、いくら大阪に住んでいるからといっても観に来られない理由はない」

 

志の輔の芸が弟子二人とは比べものにならないのは当然としても、見事な出来である。志の輔が一人で語っているだけなのだが、目の前に半透明のスクリーンが浮かんでいて、そこに次々と映像が投影されていくような、強烈なイメージ喚起力を持つ語りである。登場人物が皆生き生きとしており、全ての人物に存在感が吹き込まれている。
軽妙にして骨太、豪快にして繊細、緩急の手綱裁きの巧みさ、人物対比の見事さ、押しと引きの交代の妙、場面転換の鮮やかさ、まるで一人で壮大な言葉の交響曲を奏でているかのようであった。

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