美術回廊(43) 京都国立博物館 「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」
2019年11月7日 東山七条の京都国立博物館にて
七条の京都国立博物館で、「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」を観る。
佐竹本三十六歌仙絵は、秋田久保田藩主の佐竹氏が所蔵していた三十六歌仙絵巻を一つ一つに分けたものである。現在佐竹本といわれる三十六歌仙絵巻は、藤原信実の絵、後京極良経の書によるもので、鎌倉時代に制作されたのであるが、その後しばらく行方不明となっており、江戸時代初頭には下鴨神社が所蔵していることが確認されているのであるが、再び行方をくらませていた。それが大正に入ってから突然、元秋田久保田藩主の佐竹侯爵家から売りに出される。佐竹氏は戊辰の役の際に東北地方で唯一最初から新政府方についたこともあって侯爵に叙され、優遇を受けていたのだが、それでも家計が苦しくなったため売りに出されたのである。三十六歌仙絵巻は実業家の山本唯三郎が手に入れたのだが、第一次世界大戦による不況で山本もこの絵巻を手放さざるを得なくなる。不況に見舞われたのは当然ながら山本一人というわけではなく、どこも資金が不足していたため、佐竹本三十六歌仙絵巻を買い取れるほどの資産家は日本には存在しない。このままでは海外に流失してしまうということで、三井物産の益田孝(号は鈍翁)が、絵巻を一つ一つに分けて複数人で保有することを提案。これによってなんとか海外流出は食い止められ、住吉大社の絵も含めた37枚の絵を、当時の富豪達が抽選によって1枚ずつ手に入れることとなった。それが今から丁度100年前の1919年のことのである。当時の新聞記事に「絵巻切断」という言葉が用いられたため、衝撃をもって迎えられたが、実際は刃物は用いず、もともと貼り合わせてあった絵を職人の手によってばらしただけである。抽選の会場となったのは、東京・御殿山にあった益田邸内の応挙館である。円山応挙の襖絵が施されていたため応挙館の名があったのが、この円山応挙の絵も今回の展覧会で展示されている。
三十六歌仙といっても人気が平等ではない。そのためのくじ引き制が取られたのだが、主催者である益田は坊主の絵を引いてしまって不機嫌になったため(引いたのは源順の絵だったという証言もある)、一番人気であった「斎宮女御(三十六歌仙の中で唯一の皇族)」の絵を引き当てた古美術商が絵を交換することで益田をなだめたという話が伝わる。
37枚のうち31枚が集められているが、残念ながら斎宮女御の絵は含まれていない。また、6期に分かれての展示で、今日は、源宗于、小野小町、清原元輔の絵は展示されていない。なお、大戦をくぐり抜ける激動の時代ということもあり、37点のうち、現在、行方不明になっているものも3点ほどあるそうだ。
柿本人麻呂は、歌聖として別格扱いだったようで、柿本人麻呂の他の肖像画なども数点展示されているほか、柿本人麻呂は維摩居士の化身だというので、維摩居士の絵なども展示されている。
女性や若い人は華やかな王朝の美に酔いしれることが出来るのだろうが、もうすぐ45歳の私は、老いや孤独を歌った寂しい絵に心引かれる。やはり自分自身に絵や歌を重ね合わせてしまうようだ。
例えば、藤原興風の「たれをかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」や、藤原仲文の「ありあけの月の光をまつほどにわがよのいたくふけにけるかな」などである。
小倉百人一首でお馴染みの歌もいくつかある。藤原敦忠の「あひみてののちの心に比ぶれば昔はものを思わざりけり」などは有名だが、藤原敦忠は38歳で突然死した人物であり、菅原道真の怨霊によるものだと噂されたという。
ちなみに藤原敦忠の絵を手に入れたのは、後に血盟団事件で暗殺されることになる三井財閥の團琢磨である。流石にそれまでもが菅原道真の祟りというわけでもないだろうが。
在原業平の「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」も百人一首で有名である。和歌の天才と呼ばれた在原業平であるが、漢詩を不得手としていたため出世はかなわず、『伊勢物語』の主人公となったように東下り伝説が残るなど激動の人生を送った。
壬生忠見と平兼盛の歌もあるが、この二人の場合は今回の絵に採用されているものではなく、百人一首に取り上げられた歌の方が有名である。
歌合戦という言葉があるが、昔の歌合はまさに合戦であり、よりよい歌を詠んだ方が政において有利な立場を得ることが出来た。
天徳内裏歌合において、一番最後に「恋」を題材にした歌合があった。壬生忠見は、自信満々に「恋すてふ我が名はまだきたちにけり人知れずこそ思ひそめしか」と歌ったが、平兼盛の「しのぶれど色に出にけりわか恋はものや思ふと人の問ふまで」に敗れ、出世の道が絶たれたため悶死したとされる(史実ではないようだが)。このことは夢枕獏の『陰陽師』などにも出てくる。
佐竹本の三十六歌仙絵は2階に展示されているのだが、1階にもそれとはまた違った三十六歌仙の絵が展示されており、違いを楽しむことも出来る。
展示の最後を飾るのは、3隻の三十六歌仙屏風。作者は、土佐光起、狩野永岳、鈴木其一である。人気上昇中といわれる鈴木其一の三十六歌仙図屏風はやはり面白い。
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