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2019年12月 3日 (火)

コンサートの記(613) 準・メルクル指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第533回定期演奏会

2019年11月28日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第533回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は大フィルへの客演も多くなってきた準・メルクル。

まずNHK交響楽団への客演で日本での知名度を上げた準・メルクル。日独のハーフである。おそらくN響の年末の第九で、史上初めてピリオドの要素を取り入れた演奏を行ったのがメルクルだと思われる。ハノーファー音楽院で学んだ後、チェリビダッケらに指揮を師事。タングルウッド音楽祭ではレナード・バーンスタインと小澤征爾に師事している。リヨン国立管弦楽団、MDRライプツィッヒ放送交響楽団、バスク国立管弦楽団の音楽監督を務め、2021年からはオランダのハーグ・レジデンティ管弦楽団の首席客演指揮者に就任する予定である。

 

曲目は、ドビュッシーの「子供の領分」(カプレ編曲)、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、武満徹の「夢の引用-Say sea,take me!-」(ピアノデュオ:児玉麻里&児玉桃)、シューマンの交響曲第3番「ライン」

メルクルは、リヨン国立管弦楽団と「ドビュッシー管弦楽曲全集」を、NHK交響楽団とは「ロベルト・シューマン交響曲全集」を作成しており、いずれも得意レパートリーである。

ドビュッシー、武満徹、シューマンの3人に共通しているのは、「夢」を意味するタイトルの入った曲を代表作にしていることである。武満徹は、今日演奏される「夢の引用」の他にも「夢の時」や「Dream/Window」(駄洒落のようだが夢窓疎石のこと)といった夢をタイトルに入れた曲を多く書いており、タイトルに「夢」は入っていないが実際に見た夢を音楽にした「鳥は星形の庭に降りる」という曲も有名である。
ドビュッシーは、今日演奏される「牧神の午後への前奏曲」も牧神のまどろみが重要なモチーフになっているが、ずばり「夢」というタイトルの有名ピアノ曲を書いている。
シューマンは、言わずと知れた「トロイメライ」の作者である。シューマンの名前を知らなくても、「トロイメライ」を一度も聴いたことがない人は存在しないというほどの有名曲である。

というわけで、「夢」をモチーフにしたプログラミングなのかを、開演前に大フィル事務局次長の福山修氏に聴いたのだが、そうしたことは意識していなかったそうで、メルクルの得意としているシューマンとドビュッシーの曲をというリクエストから始まったそうである。大フィルはシューマンは不得手としているためメルクルに鍛えて貰いたいという思いもあったようだ。
その後、「シューマンの交響曲だと「ライン」よりも第2番の方が夢っぽいですよね」と私が話したことから、オーケストレーションと交響曲第2番の第3楽章と第4楽章の話になったのだが、結構コアな話なので、ここに書いてもわかる人は余りいないと思われる。少しだけ書くと、シューマンの交響曲第2番が陰鬱というのは間違った評価だという話である。

 

今日のコンサートマスターは、東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターでヴァイオリニストの三浦文彰の父親としても知られる三浦章宏が客演で入ったが、これが抜群の上手さであった。ソロのパートを弾き始めた瞬間に、「あ、これは上手い!」と感じるのだから半端な腕前ではない。関西は人口が多いということもあって、オーケストラも群雄割拠。コンサートマスターも名手揃いなのだが、次元が違うようである。

 

ドビュッシーの「子供の領分」(カプレ編)。原曲はドビュッシーが愛娘のシュウシュウ(本名はクロード=エンマ)のために書いたピアノ曲である。極めて描写的な「雪は踊っている」や黒人音楽の要素を取り入れた「ゴリウォーグのケーク・ウォーク」などの曲は単独でもよく知られている。ただ、個人的にはやはりオリジナルのピアノ曲版の方が好きである。オーケストラで聴くと例えば「雪は踊っている」の雪が風に舞う場面などは迫真性に欠けて聞こえてしまう。
フランス音楽は得意としていない大フィルであるが、メルクルの指揮に乗って繊細で美しい音色を紡ぎ続ける。これに小粋さが加わると良いのだが、現時点の大フィルにそれを求めるのは酷かも知れない。

 

ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」。フルートが鍵を握る曲であるが、冒頭のフルートは音が大きすぎる上に雑な印象。その後、メルクルが左手で何か指示を出しているように見えてからは少し安定する。ポディウム席だと指揮者が何を要求しているのかよく分かったりするのだが、フェスティバルホールはオペラ対応形式ということで、ステージ後方の席は設けられていない。そのため本当に左手でなんらかの指示を行ったのかも良くは分からない。
立体感のある音響が特徴の演奏であったが、「牧神の午後の前奏曲」としては分離が良すぎる印象も受ける。まどろみの要素が吹き飛んでしまったかのようだ。
この曲の演奏が終了した後では、多くの場合、フルートが単独で拍手を受けるのだが、今回はメルクルはオーケストラ全員を立たせて、単独で拍手を受けるシーンは作らなかった。

 

武満徹の「夢の引用-Say sea,take me!-」。1991年に初演された2台のピアノとオーケストラのための作品である。12の夢を描いたとされる作品で、ドビュッシーの「海」からのそのままの引用が印象的である。
2台のピアノを受け持つ児玉麻里と児玉桃の姉妹は、大阪府豊中市出身。幼い頃に両親と共にフランスに渡り、二人共にパリ国立音楽院に入ってピアノを専攻。姉の児玉麻里は、ケント・ナガノ夫人としても名高い。関西生まれということもあって、京阪神地域で演奏会を行うことも多い二人である。
ドビュッシーの「海」の第3楽章のタイトルは「風と海の対話」なのだが、2台のピアノもまた対話している。2台のピアノとオーケストラも対話していて、武満とドビュッシーもまた対話しているということで、音の背後で縦横無尽なやり取りが行われていることが感じ取れる。
「夢」というのが、いわゆる夜に見る夢のようなものなのか、あるいは「憧憬」として語られているのかはわからないが、後者だとしたらそれはドビュッシーに対してのものであろう。
この曲で武満が書いた旋律は、簡潔で明瞭で温かく、その後に書かれることとなる「系図~ファミリー・トゥリー」を先取りしているかのようである。特に4つの音は印象的で、武満の刻印のように聞こえる。武満が、自分が歩んで来た音楽の原点を振り返るような趣さえある。あたかもショスタコーヴィチが交響曲第15番で引用を多用したように。

児玉姉妹は、元々武器としている煌びやかな音色を生かした切れ味鋭いピアノを弾いた。

児玉姉妹のアンコール演奏は、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」より“金平糖の踊り”。「夢の引用」では、第1ピアノが児玉麻里、第2ピアノが児玉桃であったが、アンコールでは場所を入れ替え、原曲ではチェレスタが奏でるメロディーを第1ピアノの児玉桃が主に弾いた。

 

ロベルト・シューマンの交響曲第3番「ライン」。シューマンの4つある交響曲の中では最も人気が高く、コンサートプログラムに載る回数も多い。メルクルは暗譜での指揮である。
シューマンのオーケストレーションの弱さに関しては、彼の生前からいわれていたことであり、19世紀末から20世紀中盤に掛けては、もっとよく聞こえるようにと楽器を足したりオーケストレーションにメスを入れたりということもよくあった。ただシューマン独自の渋い響きを支持する人も多く、例えば黛敏郎などは、「あの音を出すにはあのオーケストレーションしかない」と全面的に肯定している。
フェスティバルホールは空間が広いので、シューマンの交響曲をやるには不利のように思える。スケールがやや小さめに聞こえてしまうのである。
「ライン」交響曲に描かれた滔々とした流れや、巨大な構造などをメルクルと大フィルは音に変えていく。ドイツ文学や神話、叙情詩などが音として結晶化されているのが把握出来るかのようである。
一方で、音の生命力に関してはホールがシューマンの曲には向いていないということもあって、十分に溢れているとはいえないかも知れない。
ただシューマンが曲に託そうとしていた希望は伝わってくる。

「夢だわ!」(チェーホフ 「かもめ」よりニーナのセリフ)

 

「ライン」もなんだかんだで人気曲だけに、実演に接する機会は多いが、その中でのベストはやはり一番最初に聴いたウォルフガング・サヴァリッシュ指揮NHK交響楽団のものだったように思う。ドイツ精神が音と化してNHKホール一杯に鳴り響いたかのような強烈な体験であった。

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