« これまでに観た映画より(152) 「武士の家計簿」 | トップページ | コンサートの記(621) 室内オペラ「サイレンス」(アレクサンドル・デスプラ&ソルレイによる室内オペラ) »

2020年1月24日 (金)

コンサートの記(620) ジョン・アクセルロッド指揮 京都市交響楽団第641回定期演奏会

2020年1月19日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第641回定期演奏会を聴く。今日の指揮は、今年4月より京都市交響楽団の首席客演指揮者に就任することが決定しているジョン・アクセルロッド。

ルツェルン交響楽団・ルツェルン歌劇場音楽監督兼首席指揮者、フランス国立ロワール管弦楽団音楽監督などを務め、現在はスペイン王立セビリア交響楽団音楽監督とミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団首席客演指揮者を務めているジョン・アクセルロッド。1988年にハーバード大学を卒業しており、指揮をハーバード大学の先輩でもあるレナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに師事している。京都市交響楽団ではラヴェルの「ボレロ」やドビュッシーの交響詩「海」などのフランスものでの好演が記憶に残っているが、首席客演指揮者就任後初の登場となる今年9月の定期演奏会では、マーラーの交響曲第2番「復活」を指揮する予定であり、幅広いレパートリーでの活躍が期待される。

 

曲目は、ベートーヴェンの「アテネの廃墟」から序曲、レナード・バーンスタインの「ハリル」独奏フルートと弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン(フルート独奏:アンドレアス・ブラウ)、ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」

 

午後2時からプレトークで、アクセルロッドは「こんにちは」と言った後で、通訳の小松みゆきに「こんばんは?」と聞き、「こんにちは」で正しいということで、「こんにちは。明けましておめでとうございます」と新年の挨拶も行った。

アクセルロッドは、「今日のプログラムは素晴らしい、ただとても重く深い曲を選びました」と述べる。2020年はベートーヴェン生誕250年のメモリアルイヤーということで、「アテネの廃墟」序曲を選んだのだが、この曲はアテネがオスマントルコと戦争して廃墟になってしまったことを描いた曲、レナード・バーンスタインの「ハリル」は戦争で亡くなったフルート奏者の追悼のために捧げられた曲であることを語る。

ベートーヴェンではバロックティンパニが活躍するということで、アクセルロッドはステージ上手寄りに設置されたバロックティンパニに近寄って説明を行う。「破裂音のようなキャノンの爆音のような」音がすることを語り、奥にあるモダンティンパニとは音が違うことを述べる。

バーンスタイン作品とショスタコーヴィチの「レニングラード」交響曲ではスネアドラムの活躍が目立つことを述べるのだが、通常のスネアの場所とは違い、指揮者の正面にスネアが来ることを語る。

「レニングラード」交響曲では、スネアがラヴェルの「ボレロ」のような活躍をするのだが、奏でられるのはボレロではなく行進曲であることなども語った。

アクセルロッドは自身のツイッターに、京都市交響楽団との演奏会のポスターに「Make music,not war!」というメッセージを載せた投稿をしており、「戦争をしても廃墟を生むだけ」ということで、ツイッターの載せたものと全く同じメッセージを述べてプレトークを終えた。

 

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平といういつもの布陣。ドイツ式の現代配置での演奏である。
第2ヴァイオリンの客演首席は白井篤。レナード・バーンスタインでは打楽器奏者が多数活躍、ショスタコーヴィチの「レニングラード」では金管のバンダが要るということで、客演奏者はいつもより多めである。

 

ベートーヴェンの「アテネの廃墟」から序曲。今年はベートーヴェンイヤーだが、京都市交響楽団が定期演奏会で取り上げるベートーヴェンの楽曲は、この曲とゲルゲイ・マダラシュ指揮による「英雄」、広上淳一による年末の第九のみである。

弦楽器のビブラートに関しては控えめではあるが、それぞれで異なる。コンサートマスターの泉原隆志は適宜ビブラートを入れての演奏であるが、ヴィオラ首席の小峰航一は完全ノンビブラートに徹している。
弦の編成が大きめの割には厚みと流れの良さは今ひとつであったが、中山航介によるバロックティンパニのリズムに乗せた颯爽としたベートーヴェンが奏でられる。

 

レナード・バーンスタインの「ハリル」独奏フルートと弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン。ハリルというのは、ヘブライ語でフルートという意味である。

フルート独奏のアンドレアス・ブラウは、1969年から2015年まで長きに渡ってベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のソロ・フルート奏者として活躍した名手。ベルリン音楽大学でカールハインツ・ツェラーに師事し、ザルツブルク・モーツァルティウム音楽大学とアメリカでも学ぶ。1973年からはベルリン・フィルハーモニーのオーケストラ・アカデミーで後進の育成にも努めた。2005年からは上海音楽学院の名誉教授に就任。日本においてもパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)の講師として教育活動を行っている。

フルートと弦楽オーケストラが奏でるメロディアスな部分を経て、打楽器の中でフルートが浮かび上がっているような曲調へと移り変わっていく。

ブラウのフルートの良さが十全に生かされるような楽曲かというと疑問も残るが、バーンスタインにしか書けない独特の面白さを持った作品であることは確かである。

 

ブラウのアンコール演奏は、フルート独奏曲の定番であるドビュッシーの「シランクス」。霞むような神秘的な音色と清明な響きを掛け合わせたような、独特の音色による演奏であった。

 

ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」。バブル期になぜかアーノルド・シュワルツェネッガー出演の栄養ドリンクのCMで「ちちんぷいぷい」という呪文の歌詞付きで使われたことから、日本での知名度が高い曲である。栄養ドリンクのCMでは、マーラーの「悲劇的」を使った丸山茂樹プロ出演のCMもあり、どういうわけかクラシックの楽曲が好まれる傾向にあるようだ。

ナチスドイツとソ連のレニングラード攻防戦を描いた曲である。この時、ショスタコーヴィチはレニングラードに滞在しており、この曲を書き続けていた。ナチスが包囲したことにより、補給路を断たれたレニングラード市民は次々に餓死するなど、悲惨な状況であった。ソビエト当局によりショスタコーヴィチに避難勧告が出され、ショスタコーヴィチはクイビシェフの街に移るのだが、この交響曲はレニングラード市に献呈され、現在知られているようなタイトルとなった。

 

金管のバンダを舞台後方のボックススペースに配置し、京響自慢のブラスとの掛け合いの美しさが光る演奏となった。第1楽章では、スネアドラムの福山直子が、第2ヴァイオリンとチェロの首席トゥッティの後ろに陣取り、進軍のリズムを受け持つ。

ショスタコーヴィチの「レニングラード」交響曲は、ラヴェルの「ボレロ」を模したといわれる、スネアの音によって繰り返される人を食ったようなちょいダサの「戦争の主題」が有名であり、シュワルツェネッガー出演CMもこの旋律を「ちちんぷいぷい」と歌ったものである。ちょいダサのメロディーなのであるが、音の強度が増すごとに凄惨な戦闘の描写へと移り変わっていくというショスタコーヴィチマジックが用いられている。アクセルロッドと京響による「レニングラード」も「戦争の主題」で大いに盛り上げる。アクセルロッドは転調の場面で加速を行い、迫力をいや増しに増す。
だが、アクセルロッドと京響による「レニングラード」の演奏の本当の良さが現れているのはこの場面ではない。全ての楽章に登場する祈りのような旋律の神々しさにこのコンビの良さが現れている。アクセルロッドが語ったように、大切なのは戦争ではなく音楽であり、戦争を終わらせようという祈りである。京都市交響楽団という、音の純度の高い楽団を指揮することで初めて可能になった表現であるが、音の爆発で聴衆を圧倒する虚仮威しのショスタコーヴィチではなく、空間を美と痛切な祈りで満たしていくような趣の「レニングラード」であった。

Dsc_8539

|

« これまでに観た映画より(152) 「武士の家計簿」 | トップページ | コンサートの記(621) 室内オペラ「サイレンス」(アレクサンドル・デスプラ&ソルレイによる室内オペラ) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« これまでに観た映画より(152) 「武士の家計簿」 | トップページ | コンサートの記(621) 室内オペラ「サイレンス」(アレクサンドル・デスプラ&ソルレイによる室内オペラ) »