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2020年1月 1日 (水)

初詣に行って来ました

今年も七条にある豊国神社へ。

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国宝の唐門は三が日だけ潜れます。

知名度が上がったためか、拝殿の前に行列が出来ていましたが、私が参拝する少し前に太陽が雲間から顔を覗かせたため、待った甲斐がありました。

於寧、寧々、寧、豊臣吉子などの名で知られる北政所(高台院)に単独で参拝出来るのも三が日だけです。

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摂社・貞照神社。天下の趨勢を握った、ある意味秀吉公以上に重要な人物が神様になっています。

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その後、京都女子学園前の女坂を上がり、新日吉神宮(いまひえじんぐう)へ。

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この神社の摂社である樹下社(このもとのやしろ)が江戸時代には秀吉公を密かに祀る社となっていました。

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秀吉の幼名ということにされた日吉丸(秀吉は幼名というものが存在するような階級の出身ではないわけですが)、あだ名とされた「猿」(猿に似ていたという証言とそうではないとする史料が混在していて真偽不明)、最初の苗字である「木下」(於寧さんの実家は杉原と木下の両方の苗字を用いており、後に木下の統一。木下は於寧さんの苗字である可能性がある)の符丁により秀吉を祀る社であることが示唆されています。

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滋賀県大津市にある日吉大社(ひよしたいしゃ)のお使いが猿であり、樹下社も日吉大社にあって、新日吉神宮の猿の樹下社も勝手にでっち上げたものではなく、言い訳が利きます。

 

更に東へ。阿弥陀ヶ峰山頂にある豊国廟を目指します。豊国廟登山(になるでしょうねえ)には100円が必要です。

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豊国廟に向かうのは通算で4度目だと思いますが、四十代になってからは初めて。若い頃はすんなりと行けたような記憶がありますが、この年で急階段を昇るのは流石にしんどく、休憩を挟みながらの登山です。

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伊東忠太設計による墓碑(供養碑)。思わず、「会いたかったよー!」という言葉が口から飛び出しました。

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写真ではよくわかりませんが、豊国廟の前からは京都御所の近辺がはっきりと見通せます。

豊国廟に到達した途端に太陽が燦々と墓碑を照らし始めたため、きっと秀吉さんも参拝のあったことをお喜びなのでしょう。

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最期は、豊臣秀頼公の息子である国松公と秀吉公の側室であった松の丸殿(京極龍子)の墓所に参拝。大坂夏の陣の後で斬首された国松公を松の丸殿は供養し続けたといいます。

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というわけで令和初の元日、豊臣家尽くしでした。

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