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2020年2月の16件の記事

2020年2月29日 (土)

これまでに観た映画より(156) 「オリ・マキの人生で最も幸せな日」

2020年2月25日 京都シネマにて

京都シネマで、フィンランド映画「オリ・マキの人生で最も幸せな日」を観る。脚本・監督:ユホ・クネスマネン。第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門グランプリ受賞作品である。出演は、ヤルコ・ラハティ、オーナ・アイロラ、エーロ・ミロノフ、アンナ・ハールッチ、エスコ・バルクォエロ、ジョン・ボスコ・ジュニアほか。16ミリフィルム撮影、オール・モノクロ作品である。

オリ・マキは実在のボクサーであり、世界タイトルマッチを懸けた闘いと恋の日々が綴られている。

1962年のヘルシンキ。コッコラの街のパン屋の息子で、アマチュアボクサーとして活躍していたオリ・マキ(ヤルコ・ラハティ)は、プロ転向後も勝ち続け、世界王者であるアメリカの黒人ボクサー、デビー・ムーア(ジョン・ボスコ・ジュニア)との対戦を控えていた。試合はヘルシンキの陸上競技場で野外マッチとして行われる。フィンランドで世界タイトルマッチが行われるのは初であり、ドキュメンタリー映像が撮影されることも決まった。そんなある日、コッコラに戻り、友人の結婚式に出席することになったオリは、昔馴染みのライヤ(オーナ・アイロラ)に恋をしてしまう。まさにこれから世界タイトルに向けてスパートを掛けなければいけないところなのだが、オリの頭からはライヤのことが離れない。
重量を落としてフェザー級で臨む対戦なのだが、オリの体重は落ちず、マネージャーのエリス(エーロ・ミロノフ)も頭を抱える。エリスは世界タイトルマッチの日こそがオリの人生最高の日となるはずだと確信していたのだが……。

ボクシングを題材にしているが、ボクシング映画でもスポ根ものでもない。それらはあくまで背景であって、オリとライヤのロマンスに重要な場面が割り当てられている。ストーリーでぐいぐい押していくのではなく、シークエンスが飛び飛びに続く感じであり、その手法が一場面一場面の印象を強くさせている。自転車の二人乗りのシーンが二度あるが、いずれも恋の道程を表しており、見ていて微笑ましくなる。


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2020年2月28日 (金)

トーマス・ハンプソン コルンゴルト 歌劇「死の都」より“憧れと空想は甦る”

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2020年2月26日 (水)

観劇感想精選(343) Bunkamura30周年記念シアターコクーン・オンレパートリー2019+大人計画「キレイ ―神様と待ち合わせした女―」

2020年1月30日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて観劇

午後6時30分から、大阪・中之島のフェスティバルホールでBunkamura30周年記念シアターコクーン・オンレパートリー2019+大人計画 「キレイ -神様と待ち合わせした女-」を観る。2000年に初演され、衝撃を持って迎えられたミュージカルの四演である。

作・演出:松尾スズキ、音楽:伊藤ヨタロウ。出演は、生田絵梨花(乃木坂46)、神木隆之介、小池徹平、鈴木杏、皆川猿時、村杉蝉之介、荒川良々、伊勢志摩、猫背椿、宮崎吐夢、近藤公園、乾直樹、香月彩里、伊藤ヨタロウ、片岡正二郎、家納ジュンコ、岩井秀人、橋本じゅん、阿部サダヲ、麻生久美子ほか。

奥菜恵主演による「キレイ」は映像で観たことがあり、音楽も気に入ったのでCDも持っていたりするのだが、特に舞台を観ようとは思わず、再演、再々演にも出向くことはなかったが、今回は麻生久美子が出るのでフェスまで出掛けることにした。
第1幕の上演時間が約1時間40分、20分の休憩を挟んで第2幕が約1時間45分という大作であり、フェスを出たのは午後10時過ぎ。京都に帰るのが遅くなった。
役名を含めて、初演時と異同がある。といってももう初演の映像はほとんど覚えていないのだけれど。

舞台は現代の日本である。だが、今ある日本とは違うパラレルワールドの日本だ。ここは、キグリ、クマズ、サルタという3つの民族が対立する他民族国家であり、100年に渡って内乱が続いている。幕末期の動乱時に徳川家が薩長に逆らっていたら、あるいはこうした日本になっていたかも知れない。

 

少女(生田絵梨花)は、マジシャン(阿部サダヲ)とマタドール(猫背椿)とカウボーイ(乾直樹)に誘拐され、10年の間、地下室に閉じ込められていた。ある日、カウボーイが死に、カミと呼ばれる存在(伊藤ヨタロウ)が加わる。そしてまた別のある日、少女は、ソトに出た。3日掛けて全てを忘れた少女は、カミが「お前は穢れた!」と宣言するのを耳にする。少女はその時からケガレと名乗るようになる。それはカミの呪縛でもあった。

一方、成人したケガレはミソギと名乗っている(初演時の「ミサ」から役名変更。演じるのは麻生久美子)。成人し、富豪となったハリコナ(小池徹平)と結婚したミソギは、金を自由に使える身分になっていたのだが、結婚式が終わった後、ミソギはスコップを持って他人の土地を掘ろうとしていた。ハリコナが気づき、警備員を金で買収したため事なきを得たが、ミソギは自分がなぜそんなことをしようとしていたのかわからない。ケガレとミソギの世界は交互に、あるいは同時進行で進む。

ケガレは、戦闘用クローンであるダイズの死体を回収しているキグリのカネコ組の人々と出会い、知恵遅れのハリコナ(神木隆之介)と言葉を交わす。地下室から出たばかりで何も知らないケガレを見たハリコナは「俺より馬鹿がいた!」と歓喜しながら歌う。
元々はカネコは知能指数の高い家系なのだが、ハリコナはお腹の中にいた頃に頭をスズメバチに刺されたため、知育がストップしてしまったらしい。だが一方、枯れ木に花を咲かすことが出来るという特技を持っている。赤紙を受け取ったハリコナにケガレは、戻ってきたら結婚することを誓い……。

 

今回は阿部サダヲがマジシャン役になったということで、マジシャンのセリフをかなり足したとのことである。全てはこの日本一下手くそといってもいいマジシャンの絶望と妄想からスタートしている。ちなみに、マジシャンの本名は明かされていて、小松という。

松尾スズキの故郷である九州の地名が何度も出てくる。激戦地となった博多、福岡市内の地名である香椎、またクマズの本部は鹿児島にあるそうで、鹿児島市内にあるクマズの病院ではみな薩摩弁を喋っている。おそらくクマズというのは、熊本と鹿児島島津家を足したもので九州の南方のことなのだろう。
最重要人物のマジシャンに自身と同じ「松」の字を与えていることから、この物語に松尾スズキ本人の歩みが重ね合わされているようにも感じられる。再生と肯定の物語であるが、松尾スズキは子供の頃は体育の授業にも出られない虚弱児で劣等感を抱きながら過ごし、九州産業大学芸術学部卒業後に入ったデザイン関係の会社ではアルバイトにすら負けるような駄目社員だったため、当時の恋人から「演劇が得意なんだからそっちを頑張れば」と言われて会社を辞め、演劇界に飛び込んで成功している。マジシャン役の阿部サダヲも高校卒業後にサラリーマンを経験しているが、こちらもかなりの駄目社員だったそうで、俳優に転身して再生を果たしている。

実は鍵を握っているのは、ケガレでもミソギでもなく社長令嬢・カスミ(鈴木杏)である。カスミはケガレに何度も「やり直すのよ」と言い、それがケガレの再生へと繋がっていく。

地下室で、ケガレはかつての自分に別れを告げた。犠牲を出し、犠牲となった日々の記憶と共に。そしてその欠落に気づかぬまま奔放な生活を送る。だが、もう一度、生き直さなければならない。見捨てたかつての自分、ミソギと向かい合うことで。

 

ミュージカルというと夢のような世界を思い描きがちだが、「キレイ」はそれとは真逆の汚らしい世界が描かれている。ただ、タイトルも物語っているが、「マクベス」的な一体感を持ったこの世界と自分を肯定することになる。

パラレルワールドとはいえ、日本が舞台になっているということで、複雑な歴史を辿ることになった日本近現代史が重ねられており、地下室は「平和記念公園」という場所の平和の女神像の下にあるという設定になっている。そこでミソギはカミの振りをしていた少女ミソギと和解することになる。

ただ、これは個人的なことなのだが、私は一人の女性を思い浮かべた。酒井若菜。松尾スズキに気に入られて、「キレイ」再演時のケガレ役に抜擢された女優であるが、松尾スズキと愛人関係にあったことが発覚しそうになり、初日の幕が開く2週間ほど前に降板している(代役は鈴木蘭々)。酒井若菜さん本人が語っていることなので、書いても大丈夫だと思うが、その後、彼女はしばらく女優業から遠ざかり、地獄のような日々を送ったことを明かしている。文才があったため、文筆業と女優を兼ねる形で再生したが、まるでケガレを体現してしまったかのような人生だ。
あるいは……、なのだが、これ以上は私が言うべきことではない。語らずにおく。

 

ケガレを演じた生田絵梨花の歌唱力は抜群である。これまでの上演では、ミュージカル初挑戦の女優がケガレを演じることが多かったが、生田絵梨花はすでにミュージカル女優として高い評価を受けており、ものが違う。実は麻生久美子も余り歌うイメージはないかも知れないが歌はかなり上手い方なのであるが、流石に生田絵梨花には敵わない。生田絵梨花はおそらく日本における次期ミュージカルの女王に君臨するであろう逸材である。

ドイツに生まれ育ち、音大出身というお嬢様育ちで知られる生田絵梨花に対して、麻生久美子は子供の頃の貧乏体験で知られる女優である。対比するためにキャスティングされたというわけではないだろうが、女優本人の姿を重ね合わせてみるのも面白いのではないだろうか。

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2020年2月24日 (月)

これまでに観た映画より(155) 「プリズン・サークル」

2020年2月19日 京都シネマにて

京都シネマでドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」を観る。監督・制作・編集:坂上香、撮影:南幸男、アニメーション監督:若見ありさ、音楽:松本祐一、鈴木治行。
矯正プログラムのある刑務所を題材にした作品である。

舞台となるのは、島根県浜田市にある、島根あさひ社会復帰促進センター。初犯の男性のみを収容する刑務所である。日本の刑務所は収容と懲役を主に担い、矯正のための訓練等は余り行われていないが、島根あさひ社会復帰促進センターはその名の通り、社会復帰を見据えた「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムが実施されている。TCが行われているのは日本でここだけだそうである。
島根あさひ社会復帰センターは、官民協働の刑務所である。受刑者の管理などは公務員である刑務官が担うが、刑務所の警備やTCを含む職業訓練などは民間の企業に勤める人などが行っている。懲役刑を受けている人が大半であるため、労働的な作業(刑務作業)は他の刑務所と同様に行われる。作業中の私語やよそ見も禁止である。だが、それとは別に週3回、TCが行われている。

刑務所にカメラが入ることは難しく、交渉に6年を費やし、撮影中は常に刑務官が横にいること、個人的な接触は禁止(話しかけることも厳禁)、個別の取材は島根あさひ社会復帰促進センターが設定したインタビューのみに限られている。撮影した期間は2年に渡る。

この映画は、アニメーション映像が効果的に用いられており、冒頭から「嘘しかつけない少年」を描いたアニメーションが流れる。いかにも犯罪に行き着きそうな少年を描いた内容であるが、このアニメの本当の意味が後に明かされる。

受刑者の罪状は様々である。詐欺で入った人もいれば、窃盗の常習犯、暴行や強盗致傷(オヤジ狩りなど)、更には強盗致死など人の命を奪ってしまった者も含まれる。刑期にも幅がある。

島根あさひ社会復帰促進センターには多目的ホール(という名称だが開放的なスペースぐらいに捉えるとイメージに合うと思われる)があり、そこでTCが行われる。出所後の就職に結びつくプログラムもあるが、それ以上に重視されているのが、「なぜその罪を犯してしまったのか」に向き合うトレーニングである。これらはアメリカの刑務所で行われており、これらのプログラムを受けた受刑者は、有意に再犯率の減少が見られるという。
撮影後に、受刑者の顔をぼかすなどの編集が加えられており、名前も仮名が用いられている。

窃盗を繰り返していた青年は、小学校低学年の頃から人のものを盗むということが常態化しており、そのことに罪悪感がない。それはある意味、社会への復讐でもあるようで、やられたからやっていいという発想が根底にあるようだ。
そのような発想に至る背景には、やはり幸福とはいえない家庭環境が存在していることが多いようである。両親と過ごした記憶がほとんどなく施設で成長した青年、物心ついた頃には母親は三番目の父親と暮らしており見放された状態で過ごした青年、家庭内暴力の記憶だけが残っている青年など、生まれた家庭に不幸の種があったケースが多い。そのほかにも学校で酷いいじめに遭ったり、日本国籍ではないということで将来を絶望視するしかなかったりと、被害者意識が芽生えやすい環境にあった者が多いことは確かなようである。

ある受刑者は、「マイナスの感情に向き合うのが怖いからごまかして生きてきた」という内容の発言をしている。総じていえることは、彼らには彼ら自身以外の物語に乏しい、もしくは自分自身の物語も上手く描けていないということである。
冒頭のアニメの物語は、受刑者の一人が、「物語を作ってみる」というプログラムの中で作った文章をアニメ化したものである。他者の物語に触れないと想像力が働かないため、自己と他者の区別が上手くいかず、また他者の心を理解することも難しくなる。同じ受刑者と語り合うことで、彼らは他者と、そして自己とも向かい合うようになる。両親との記憶が全くなかった青年も、徐々にその時代のことを思い出していく。

勿論、それで全員が立ち直るというわけではない。出所後に職員や元受刑者らで集まる同窓会のようなものが定期的に行われているが、捕まっていないだけで軽犯罪を繰り返しており、それが犯罪だと自覚していない者の姿もカメラは捉えている。彼は「TCを忘れてしまった」と語る。TCを受けた受刑者の再犯率はその他の刑務所の半分以下となるが、絶対的な効果を持つというほどでは残念ながらない。

 

一人で生きていくのが、普通よりも困難な人々であることは間違いないのだが、それだけに自分だけではない他者の物語に気づかせる重要さが浮かび上がってくる。他者は必ずしも敵ではない。生きる上で必要な誰かと、運悪く出会うことが出来なかった人々の発見と再生の物語でもある。

ちなみに、現在、日本に受刑者と呼ばれる人は約4万人いるそうだが、島根あさひ社会復帰促進センターでTCを受けられるのは40人ほど。圧倒的多数の受刑者は誰の物語にも出会えずに途方に暮れているということになる。

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2020年2月22日 (土)

観劇感想精選(342) 「市川海老蔵特別公演」2020京都四條南座

2020年2月16日 京都四條南座にて観劇

午後4時から、京都四條南座で「市川海老蔵特別公演」を観る。市川海老蔵は今年の5月に十三代目市川團十郎白猿(はくえん)を襲名する予定であるため、市川海老蔵の名で行う最後の全国公演となる。

演目は、まず歌舞伎舞踊「羽衣」があり、出演者達による「ご挨拶」を経て、歌舞伎十八番の内「勧進帳」が演じられる。「勧進帳」は成田屋の芸であるが、この作品も「羽衣」も歌舞伎の演目の超王道であり、取り上げられる回数も多いということで比較されやすい。この二つの演目で公演ということは海老蔵もかなり自信があるのだろう。

 

「羽衣」。天女役は中村児太郎(成駒屋)、漁師伯竜は大谷廣松(高嶋屋)。
昨年の秋に中村屋の兄弟(勘九郎と七之助)で観たばかりの作品である。児太郎は七之助と比べても女形の王道を行く身のこなしであり、可憐である。声も裏声でなく、地声で女声に近いものが出せる。近年は女声に近い声が出せる歌舞伎俳優が増えているが、メソッドのようなものが広がっているのかも知れない。
漁師伯竜役の大谷廣松も凜々しく、絵になる二人である。
「羽衣」の謡には、僧正遍昭の和歌である「天津風雲の通い路吹き閉じよ乙女の姿しばしとどめん」がそのまま入っているのだが、以前、ニコニコ生放送の「新生紀ドラゴゲリオンZ」でこの歌の内容を現代語訳せよという問題が出され(R藤本も稲垣早希も和歌には疎い)、内容を知ったR藤本が、「エロ坊主じゃねえか!」と言っていたのを思い出す。一応、フォローしていくと、この和歌は僧正遍昭が出家する前に詠まれたものである。

 

幕が下りてから市川海老蔵が花道を通って登場。三階席の若い女の子達が黄色い声を上げる。海老蔵は今もアイドル的人気を保っているようである。

「皆様のご尊顔を拝することが出来まして誠に光栄に存じます」と切り出した海老蔵。「この定式幕という幕を上げますと、私以外の出演者が勢揃いしております」と紹介した後で自身のことを語り始める。海老蔵が新しくなった南座の舞台に立つのは今回が初めてであること、南座は改修工事のために閉じられていた時期が長かったので、南座の舞台に立つのは4年4ヶ月ぶりであることなどを述べる。更に「挨拶が早く終わりましたら、皆様からの質問コーナーを設けたいと思っておりますので、先着三名様、質問されたいという方は、今から考えておいてください」

「ご挨拶」に参加するのは海老蔵の他に、上手から市川齋入(高嶋屋)、市川右團次(高嶋屋)、市川九團次(高嶋屋)、片岡市蔵(松島屋)。後方に成田屋の定紋である三升が金色に輝いている。

市川齋入は、「普段は女形をやっておりますが、今日はこの後、常陸坊海尊をやります」と自己紹介する。

市川右團次は、「昭和47年に子役として初めて舞台に立ったのが、ここ南座でした。早いものであれから48年が経ってしまいました」と南座の思い出を語る。

市川九團次は、「私も新しくなってからの南座は初めてなのですが、5年ほど前に不祥事がありまして(坂東薪車時代に師匠に無断で現代劇に出演したことで破門になった事件)、そこを海老蔵さんに拾っていただきました」と海老蔵への感謝を述べた。

片岡市蔵は、「初めて南座の舞台に立ったのは小学校3年生時だったのですが、それから50年以上が過ぎてしまいました」と時の流れの速さを口にする。

質問コーナーに移るのだが、「バレンタインデーにいくつチョコを貰いましたか?」という歌舞伎以外の質問が多かったため、三人だけではなく歌舞伎の質問がある程度の数に達するまで続けていた。
歌舞伎に直接関係する質問ではないが、楽屋での過ごし方について海老蔵は、「私は余り休みの時間がないのですが、20分か10分間が開いたときにはブログを更新します」とブログを売りとする歌舞伎役者らしい答えを返して客席の笑いを誘っていた。

「友人が歌舞伎を観るのが初めてなので、『勧進帳』の内容を説明して欲しい」との要請には、「ザックリとで良いですか? ザックリとで行きますよ」と言いつつ、源頼朝と義経の不和の原因から、安宅関の場所(松井秀喜の出身地として知られる石川県根上町にある)、そもそも勧進帳とは何か(「東大寺に仏壇ありますよね? 仏壇。あ、違った仏壇じゃなくて大仏」)、仏教用語についてなど一から十まで全て説明する。まるで勧進帳を読み上げる弁慶のようで、おそらく意図もしているのであろう。そもそも海老蔵がやる仕事ではないと思うが、質問された方の友人は感激したはずである。

今年は東京オリンピックとパラリンピックがあるため、歌舞伎俳優が海外に出ると「ディスられる」ということで国内での活動に留まるが、再来年はヨーロッパツアーの計画もあるそうである。

 

「勧進帳」。これまで高麗屋の二人(九代目松本幸四郎と十代目松本幸四郎)で観たことのある演目であるが、市川團十郎家を本家とする演目であるため、印象はかなり異なる。
出演は、市川海老蔵(武蔵坊弁慶)、中村児太郎(源義経)、片岡市蔵(亀井六郎)、市川九團次(片岡八郎)、大谷廣松(駿河太郎)、市川新蔵(番卒軍内)、市川新重郎(番卒兵内)、市川右左次(番卒権内)、市川福之助(太刀持音若)、市川齋入(常陸坊海尊)、市川右團次(富樫左衛門)。

スキャンダルも多く、「ワル」のイメージがある海老蔵であるが、そのためユーモアが生きてくる。落差である。「堅物」のイメージがある人がユーモアを行うのもギャップがあって面白いと思われるが、例えば当代の幸四郎などは、「堅物」というより歌舞伎に関してはとにかく「真面目」というイメージがあるため、海老蔵ほどの落差は生みにくく、小さく纏まっているように見えてしまう。醜聞がプラスに働いたりするのが芸の難しいところである。
海老蔵が持つイメージが弁慶に重なり、ダイナミックな演技が繰り広げられる。海老蔵は大きく見えるし、セリフも弱いところがあったりはするが、早口でまくし立てたり、重々しくしたりと幅が広い。何よりも見得が決まっている。團十郎に相応しくないという声も聞こえてきたりするが、天分に恵まれているのは確かである。故小林麻央との間に生まれた勸玄君(八代目市川新之助を襲名する予定である)も出来が良さそうだし、十三代目市川團十郎白猿の時代が長く続きそうな予感が得られた舞台であった。

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2020年2月20日 (木)

コンサートの記(626) リオ・クオクマン指揮 京都市交響楽団第642回定期演奏会

2020年2月14日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第642回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、マカオ出身のリオ・クオクマン。

ヤニック・ネゼ=セガンの下でフィラデルフィア管弦楽団をアシスタントコンダクターを務め、地元紙から「驚くべき指揮の才能」と激賞されたこともあるリオ・クオクマン。香港演芸学院を経て、ジュリアード音楽院、カーティス音楽院、ニューイングランド音楽院など、アメリカ東海岸の名門音楽院に学び、日本でも比較的知名度の高いヒュー・ウルフなどに師事している。2014年にパリで行われたスヴェトラーノフ国際指揮者コンクールで最高位を獲得。ピアニストとしてもキャリアを積んでおり、おそらくオーケストラの弾き振りなども多くやっているのだと思われる。出身地であるマカオの室内楽協会の創設メンバーであり、香港やマカオでの受勲も多い。現在は香港ニュー・ミュージック・アンサンブルの首席指揮者を務めている。

リオ・クオクマンの京響定期登場は2度目。前回は他の用事があったため聴くことは出来なかったが、京響メンバーのリクエストを受けての再登場とのことなので、期待は高まる。

 

曲目は、ラロのスペイン交響曲(独奏:アレクサンドラ・コヌノヴァ)とプロコフィエフの交響曲第5番。

 

ポスターなどでは眼鏡姿で映っているクオクマンであるが、プレトークに現れた時は眼鏡はしておらず、本番中も眼鏡を掛けることはなかった。スコアを目にしながらの指揮だったので、他の矯正手段を行ったか、そもそも伊達眼鏡だったかのどちらかだと思われるが、そのことが音楽に影響するとも思えないので、気にしなくてもいいだろう。

英語でのスピーチ(通訳:小松みゆき)。クオクマンは、「ハッピー、バレンタイン」と述べていた。他の指揮者に比べると短めのスピーチで、まずラロのスペイン交響曲のヴァイオリンソロが超絶技巧で知られていることを紹介し、今回のソリストであるアレクサンドラ・コヌノヴァは、元々難しいこの曲に更に難度を高める技巧を加えた上で弾いていることを明かす。クオクマンとコヌノヴァは、2年ほど前に東京で共演したことがあるそうで、2年ぶりに、今度は京都で共演出来ることが嬉しいと語っていた。

プロコフィエフの交響曲第5番は、「オーケストラ全員にとって難しい曲」と紹介し、「第2楽章は、ネコとネズミが騒いでいるような印象を受ける」として、「皆さん、『トムとジェリー』はご存じでしょうか?」と聞いて、プロコフィエフがアメリカに亡命した際、ウォルト・ディズニーに会ったことがあり、「せっかくロサンゼルスにいるんだからアニメ映画の音楽を書いてくれないか」との依頼を受けていたという事実を明らかにする。実現はしなかったようだが、アニメからなんらかの影響を受けた可能性を示していた。
プロコフィエフは映画音楽なども書いており、有名な「キージェ中尉」は同名映画のための音楽として書いたものをプロコフィエフ自身がコンサートピース用に改編したものである。

 

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平といういつもの布陣。4月からは新メンバーが加わって、編成にもバリエーションが加わる予定である。

 

ラロのスペイン交響曲。交響曲と名付けられているが、実際はヴァイオリン協奏曲である。ただ一般的なヴァイオリン協奏曲とは異なり、5つの楽章から鳴る描写性の高い音楽である。

クオクマンの指揮であるが、非常に明晰で、やりたいことが指揮棒を見ていてはっきりわかる。拍を刻むことも多いオーソドックスな指揮姿であるが、指揮棒の先端の動かし方でどの楽器にどのような指示を送っているを把握しやすい。
普段の京響は密度の濃い音を出すのだが、今日は浮遊感と淡さが感じられる耽美的な演奏で、フランス系、特に実演で聴いたことのあるトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団など南仏のオーケストラを思わせるような新鮮な響きが耳に届く。ちなみにクオクマンはトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団に客演した経験があるようだ。

ヴァイオリンソロを務めるアレクサンドラ・コヌノヴァは、1988年モルドヴァ生まれ。2012年のハノーファー・ヨーゼフ・ヨアヒム国際ヴァイオリンコンクールで優勝を果たし、チャイコフスキー国際コンクール・ヴァイオリン部門でも1位なしの大会で3位に入賞している。
今日は譜面を見ながらの演奏となった。クラシック音楽も一頃は暗譜での演奏が流行ったが、最近はその揺り戻しなのか、譜面を必ず置いて演奏するアーティストも増えてきている。

コヌノヴァはかなり徹底された美音の持ち主であり、雑音らしい雑音はほとんど立てることなく、弓が弦に吸い付いてでもいるかのような純度の高いソロを披露する。もうそれだけで凄いということがわかるが、表現力も立派である。
スペイン情緒に溢れた第5楽章は、コヌノヴァと京響が祝典ムードに突入。ハレの気分で満たされた痛快な音楽となる。

 

アンコール演奏。もう一つの譜面台が用意され、京響コンサートマスターの泉原隆志とコヌノヴァの二人による演奏が行われる。まず、コヌノヴァの英語によるスピーチを泉原が日本語に訳す。二人は以前、ドイツでヴァイオリンの同門として過ごした時期があるそうで、旧知の仲らしい。途中、泉原がコヌノヴァの言葉を聞き逃したのか、上手く日本語に置き換えられなかったかで、「……」となる場面があり、コヌノヴァが同じ事をもう一度言って、客席の笑いを誘っていた。
一番最初に、「ベートーヴェン生誕250年ということで」とベートーヴェンイヤーを記念する演奏であることを明かし、指揮者であるAleksey Igudesmanの編曲によるベートーヴェンの「エリーゼのために」(2つのヴァイオリンのための)が演奏される。
ちなみに指揮者のクオクマンは、コヌノヴァがスピーチしている時もその横にいたが、コヌノヴァが、「マエストロには大変失礼なんですが、譜めくり人をやって貰いたいと思います」。ということでクオクマンは実際に担当する。ちなみに泉原は譜面は自分でめくっていた。ピッチカートが多用されたり、不安定な音の進行が感じられる編曲であり、エリーゼが誰なのかは今なお決着がついていないが、報われぬ恋であったことは確かであるため、そうした背景を音に込めた編曲なのかも知れない。

 

プロコフィエフの交響曲第5番。プロコフィエフが書いた作品の中で最もシリアスな音楽である。
1891年に生まれ、1953年になくなったプロコフィエフ。1891年はモーツァルト没後100年に当たり、またプロコフィエフと全く同じ日にソ連の独裁者、スターリンが没したため(1953年3月5日)、記念の日や年に光が当たりにくいとされる。
交響曲第5番は、独ソ不可侵条約を破って侵攻してきたドイツに対する怒りをぶつけた作品とされる。犬猿の仲であったショスタコーヴィチとは違い、プロコフィエフはメッセージ的には比較的素直であり、曲の構造と響きに関する独自のセンスが最大の面白さとなる。

プロコフィエフの交響曲第5番は、過去には東京・渋谷のNHKホールで行われたシャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の演奏会で聴いているが、実はこの時がデュトワの実演に触れる初の機会であったりする(1995年12月のこと)。また初めて聴いたプロコフィエフの交響曲第5番のCDもシャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団のものであった。
リオ・クオクマンは、現在もフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督であるヤニック・ネゼ=セガンのアシスタントをしていたが、ネゼ=セガンの前にフィラデルフィア管弦楽団の首席指揮者であったデュトワとの関係はよくわからない。ただ、今回の演奏はいかにもデュトワが好みそうなタイプであり、モントリオール出身でシャルル・デュトワを幼い頃から崇拝していたネゼ=セガン経由の影響が皆無というわけでもないだろう。

比較的ひんやりとした音で奏でられることの多いプロコフィエフの交響曲第5番であるが、京響はこの曲でも温かみがあり浮遊感のある音を出す。ロシアは、ロマノフ王朝時代に貴族階級の共通語をフランス語としたほどのフランス趣味を持っていた国であり、フランス音楽を得意とする指揮者はロシア音楽も得意とする傾向が顕著に見られるため、フランス風の演奏であったとしても、それはそれで説得力がある。
第1楽章の終わりには「凄絶」と表現すべき轟音が用意されているのだが、クオクマンと京響は音に陰影は余りつけないため、それが描くものよりも響き自体に意識が向かう。

第2楽章の素早い音の進行も必要以上に深刻となることはない。

全体を通して、旋律やハーモニーの美しさや、バレエ音楽のような上品さが聞き取れる演奏であり、シリアスさは後退しているかも知れないが、音楽そのものの良さを聴かせる純音楽的な快演で、京都市交響楽団の美質が自然に引き出されていたように思う。

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2020年2月16日 (日)

スタジアムにて(21) サンガスタジアム by KYOCERA オープニング プレシーズンマッチ 京都サンガF.C.対セレッソ大阪 

2020年2月9日 京都・亀岡のサンガスタジアム by KYOCERAにて

この冬初めての雪らしい雪の日。

この天候であるが、サンガスタジアム by KYOCERA(京都府立京都スタジアム)のオープニングゲームがある。プレシーズンマッチであり、選手交代は3人に限らず、またアディショナルタイムの表示もない。

京都市営地下鉄二条駅で降り、JRに乗り換える。JR二条駅から亀岡に向かう電車は満員。円町駅で結構人が降りたが、車内が混雑したまま亀岡へと向かう。サンガのサポーターグッズを身につけている人や、チームカラーの紫を衣装に取り入れている人も多い。
嵐山を越えると竹林が続き、保津峡駅を過ぎると、大堰川の渓谷が何度も姿を現す。まるで秘境へと向かっているかのような気分だ。
トンネルを抜けると目の前に田園風景が広がる。トロッコ列車亀岡駅を過ぎると、黒い巨大な漆器のようなものが遠くに見える。サンガスタジアムである。
まるでホグワーツ城に向かうハリー・ポッターのような気分だ。

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メインスタンドのチケットは取れなかったため、バックスタンドの自由席を取ったのだが、サンガスタジアムの入り口はメインスタンドとバックスタンド、更にビジター専用の3カ所だけであり、バックスタンドに入る人で長蛇の列が出来ている。チケットもぎりの人員は多く、行列も進んではいるのでストレスはたまらないが、これほどの列が出来ているスタジアムは見たことがないので、改善の余地ありである。初開催なので、今後は改善されていくだろうが。スタジアムの出入り口の3つは絶対数ではなく、今日は一つは再入場口、一つは関係者用として使われていた。コンコースの広さから考えると、複数箇所からの入場があると、コンコースがつかえてしまうということなのかも知れない。帰りの際は2カ所に狭まったが、サンガスタジアムからJR亀岡駅までの歩道が人で溢れているのが見えたため、帰り口を多くしてしまうと駅に人が押し寄せてどうにもならないということも考えられる。Twitterでいくつか検索したところ、サンガスタジアムからJR亀岡駅まで普通に歩けば3分で着くところを30分掛かったそうだが、2カ所にしたからそれで済んだということなのかも知れない。杮落としということでサンガスタジアムへの来場者は1万7000人以上を記録したが、亀岡に一時にこれだけの人が押し寄せるということは大げさでなく有史以来初めてなのではないだろうか。
大勢の人が押し寄せるということ自体、亀岡にとって未曾有のことであり、スタジアムの周りには警察官を、駅には警備員を多数配して交通の混乱を避けるべく努力していた。

京都にサッカー専用スタジアム建設の構想が持ち上がったのは、1995年のこと。京都パープルサンガのJFLからJリーグへの昇格が決定的となり、プロサッカーチームに相応しいサッカー専用スタジアムを建設する機運が高まる。そして2002年のサッカーワールドカップ開催に向けて城陽市の木津川右岸にサッカースタジアムを建設する計画が立案されたのだが、2002年のワールドカップが日本単独ではなく日韓共催となったことから日本国内に建設予定だったサッカースタジアムの計画のいくつかが白紙撤回となり、そのなかに木津川右岸も含まれていて、サッカースタジアムの建設は振り出しに戻った。2002年には京都パープルサンガが天皇杯で日本一となり、追い風が吹くかに思われたのだが、目に前には混乱が待ち構えていた。
京都サンガF.C.(前身の京都パープルサンガを含む)が本拠地としていた京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場はそもそもJリーグ参加チームのホームグラウンドとしての規格に達しておらず、Jリーグのホームグランドとしては日本最低などといわれていた。初期はLEDビジョンもなく席は安手のもの。陸上競技場であるためスタンドからピッチまでが遠い、スタンドの傾斜も緩いので臨場感がないなど京都府唯一の本格的プロスポーツチームの本拠地としてはお寒い限りであった。
そこで伏見区の横大路にサッカー専用スタジアム建設計画が起こったのだが、ここからいかにも京都らしいというべきグチャグチャの展開を見せ、横大路はアクセス面で無理、西京極に仮設スタンドなどを設ける案もあったが、技術面で困難な上に陸上競技連盟による反対があり、西京極を一から建て直すにしてもその間の代替スタジアムがないため不可能。梅小路広場や京都府立植物園に建設するプランも出るが、「府市民の方々の同意が得られない」という「府市民の方々って具体的に誰なの?」という謎を呼ぶ否決で終わる。京都サンガF.C.は宇治市の太陽が丘こと京都府立山城総合運動公園に本拠地スタジアムを作る計画を京都府などに打診するも交通の便に問題ありということで進まず。
ということで、改めてサッカー専用スタジアム候補地を募集。いったんは下りていた京都市に加え、亀岡市、城陽市などが手を上げ、」最終的に亀岡市に決定する。ただ、最初の建設予定地は天然記念物であるアユモドキの生息場所であるとして反対運動が起こり、JR亀岡駅前の現在地に建設場所が移っている。その後も亀岡で反対デモなどがあったが、ようやく完成に漕ぎ着け、最初の試合が行われる。構想から実に四半世紀の道のりであった。

 

残念ながらバックスタンドの2席席(1階席は存在しないのでややこしい)には空席を見つけることが出来なかったので、3階席に向かう。3階席は比較的空いていた。2階席も臨場感があって良いが、3階席は3階席で、昔遊んだことのあるFIFA公認プレイステーション用サッカーゲームに似た角度でピッチを見下ろせる構造で、ボールの近くにいない選手の動きもはっきりと確認出来る。サッカーを観るためのスタジアムとしては最高の部類に入るのは間違いない。

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試合前に京都府のゆるキャラであるまゆまろがミス亀岡かなにかだと思われる着物姿のお姉さんと共にグラウンドに現れ、サンガサポーターの掛け声に合わせて踊っていたが、寒いので体を動かしたかったのかも知れない。雪はやんでいたが、今日の亀岡はとにかく寒い。
西脇隆俊京都府知事と京セラの山口悟郎会長が試合前の挨拶を行う。公約の一つがサッカー専用スタジアムの建設推進だった西脇知事(他の自治体の方々には考えられないかも知れないが、京都はついこの間まで「サッカー専用スタジアムの建設推進」が公約になり得るような場所なのである)は、「現時点では日本一のサッカースタジアム」と胸を張り、「サンガスタジアムというチーム名が入った日本初のスタジアム」として、ネーミングを行った京セラを讃えていた。

京セラはすでに、京セラドーム大阪や京都市京セラ美術館などでネーミングライツを行っており、仮に京セラスタジアムや京セラアリーナなどにすると京セラドームと混同される恐れがある。またユニフォームのメインスポンサーであり、京都サンガF.C.が元々京セラを中心にプロ化を進めた経緯はよく知られているため、何重にも宣伝する必要は感じられなかったのかも知れない。


以前は、西京極でよく京都サンガF.C.の試合を観ていたのだが、土曜日に稽古を入れることになっていから足が遠のき(結局、稽古が公演に結びつくことはなかったが)、サンガもJ2に低迷したままで、京都の街全体も盛り上がりに欠けていた。昨年は、一時期J2の首位に立つなど、J1昇格のチャンスが訪れたかに見えたが、対柏レイソル戦で1-13という、サッカーの試合とは思えないほどの大量失点を喫し(当然ながらJリーグの1試合における最多失点記録となった)失速。今年もJ2でのスタートとなった。

一方、対戦相手のセレッソ大阪はこのところずっとJ1で戦い続けているチームである。亀岡に向かう列車の中では、サンガが大敗するのではと心配する声も聞かれた。

JR亀岡駅からサンガスタジアムに向かっている途中で、セレッソ大阪の選手を乗せたバスが前を横切る。多くの人が拍手を送った。

久しぶりのサンガ戦観戦ということで、選手の中で名前を知っているのは李忠成だけ。李は今日はスタメンではなく、後半開始からの登場となった。背番号9のピーター ウタカ、背番号10の庄司悦大(しょうじ・よしひろ。昨季はベガルタ仙台からのレンタル移籍としてサンガでプレーし、シーズン終了後に完全移籍となった)らが現在のサンガを代表する選手となっているようである。

 

試合前は晴れていたサンガスタジアムであるが、試合開始と同時に小雪が舞い始める。祝い雪となるであろうか。絵的に美しい雪舞う中でのサッカーであるが、とにかく寒い。防寒対策は私としてはかなり徹底したつもりであるが、サンガスタジアムの北にある丹波富士こと牛松山とその背後の愛宕山から北風が吹き下ろしてくるため、体感温度もかなり低い。

試合はやはり、というべきか一貫してセレッソペース。どう見てもセレッソの方が強い。サンガ陣内でプレーが行われる時間が長く、またサンガがカウンターを狙ってもセレッソディフェンス陣に角度を潰されるため、シュートを打ってもキーパーの正面かゴールマウスを外れたものにしかならない。またサンガの選手達は上がりが遅く、パスを回すも相手ディフェンスに隙が見られないため、ゴール前にボールを送り込むことがなかなか出来ない。

先制点も当然のようにセレッソが奪う。坂元が右サイドから狙ったロングシュートはそのままゴールに吸い込まれた。

そのままセレッソペースになってもおかしくないような展開であったが、サンガも相手ゴール前での混戦に持ち込み、庄司が蹴り上げたボールがゴールネットを揺らしてサンガが同点に追いつく。その後もセレッソ有利ながら前半は1-1の同点で終えた。

ハーフタイムに太陽が姿を現し、日差しが優しく感じられるようになる。とにかく寒いが、様々な天気を楽しめる一日ともなった。

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後半もセレッソの方が勢いがあり、64分にパスで中央を破られて奧埜にゴールを決められる。
更にアディショナルタイムにもサンガゴール前でのセレッソの波状攻撃があり、サンガは防衛ならず、都倉にゴールを許す。
なんとか一矢報いたいサンガは、ウタカがドリブルでディフェンスを突破してのビューティフルゴールをサンガサポーターの目の前で決める。直後にタイムアップとなるが、サンガファンを大いに沸かせる一発となった。サッカー専用スタジアムにおいて目の前で決まるゴールは芸術そのものと言っても過言ではないほどの美しさを持つ。ハリー・ポッター・シリーズのクィディッチも、サンガスタジアムで観る現実のサッカーには敵うまい。

 

おびただしい数の人々がJR亀岡駅に向かう。このまま亀岡駅に向かうのは賢明ではない、ということもあるが、元々寄るつもりであった「麒麟がくる 京都大河ドラマ館」に寄る。亀岡市にある亀山城は明智光秀が居城としていた城であり、サンガスタジアムの1階に大河ドラマ館が作られた。亀山城跡はサンガスタジアムの南西、JRの線路を挟んで向かい側にある。現在は宗教法人大本の所有となっており、無料では入れるのだが、宗教団体ということで入りにくい状態ではある。ただ「麒麟がくる」制作発表後に亀山城跡を訪れる人が増えたため、対応に当たるべく、有料での観光に切り替わる予定である。
亀山城という城は、ここ丹波のみならず伊勢にもあり、丹波亀山城の天守を取り壊すよう幕府からの命が下った時に間違えて伊勢亀山城の天守が取り壊されたという嘘のような本当の話がある。丹波亀山城天守は今は存在しないが、明治時代初期に撮影された古写真が残っている。丹波亀山城天守は、一説によると今治城の天守を移築されたものとされ、現在の今治城には丹波亀山城天守の古写真を元にした模擬天守が建てられている。

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館内には、出演俳優が着た衣装やサインなどが飾られており、明智光秀役の長谷川博己や松永久秀役の吉田鋼太郎らのインタビュー映像などを見ることが出来る。出演者の写真パネルや光秀ゆかりの亀岡観光案内などは撮影可である。

京都大河ドラマ館を出ると、夕日を浴びた牛松山とその背後の愛宕山が美しい。愛宕神社を崇拝していたという明智光秀であるが、亀山城にいる時は、毎日愛宕山の姿を眺めていたということになる。

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2020年2月14日 (金)

これまでに観た映画より(154) 「イエスタデイ」

2020年2月6日 京都シネマにて

京都シネマで、イギリス映画「イエスタデイ」を観る。ダニー・ボイル監督作品。昨年暮れに大型映画館でロードショー公開が行われたが、観に行く機会がなく、ミニシアターでの公開が今月から始まったため観に行ってみた。脚本:リチャード・カーティス。出演:ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズ、ジョエル・フライ、ケイト・マッキノン、アレクサンダー・アーノルド、ロバート・カーライル、エド・シーランほか。
人気ミュージシャンのエド・シーランが本人役で出演しているのも見所の一つである。

イギリスの地方都市。売れないシンガーソングライターのジャック・マリク(ヒメーシュ・パテル)は、元教師だが音楽家としての成功を夢見て、スーパーマーケットのパート社員として働きながらパブで自作の弾き語りを行っている。ただ聴いてくれるのはいつも友人や知人だけ。マネージャーやドライバーを務めてくれている中学校の数学教師、エリー(愛称は「エル」。リリー・ジェームズ)がフェスティバルの仕事を取ってきてくれるが、やはり知り合い以外は誰も聴いてくれない。エリーはジャックの才能を信じているが、ジャックはフェスティバルでの歌唱を最後に音楽を辞めるつもりであり、エリーにも打ち明ける。
だが、自転車での帰り道、全世界で12秒の停電が起こり(日本が映る場面もある)、その間にジャックは事故に遭って前歯を折るなどして病院に運ばれる。だが、友人達がビーチで退院祝いを行ってくれた時に、ジャックは不思議なことに気づく。事故でそれまで使っていたアコーティスティックギターが壊れてしまったので、友人達が新しいギターをプレゼントしてくれたのだが、ジャックがビートルズの「イエスタデイ」の弾き語りを行うと皆の表情が変わる。「いつの間にそんな良い曲を作ったの?」と聞く友人達に、「ビートルズの曲だよ」とジャックは説明するが、ビートルズを知る人は誰もいない。驚いたジャックはまさかと思い、自宅に帰ってGoogleで「ビートルズ」を検索。引っかかるのは「甲虫」のビートルズだけで、バンドのザ・ビートルズはこの世に存在しないことになっていた。この世から消えたのはビートルズだけではなく、コカコーラやハイスクール時代にジャックがカバーソングを歌っていたオアシス、煙草なども存在しないことになっている。イギリスを代表するあの有名なキャラクターも生まれていない。

ジャックは、ビートルズナンバーを自作として披露することになる。最初のうちは見向きもされなかったが、レコーディングエンジニアのギャビン(アレクサンダー・アーノルド)の耳にとまり、レコーディングを行うことに。最初はジャックが働いているスーパーの景品として世に出るが、地元のテレビ局で取り上げられたところを大物ミュージシャンのエド・シーラン(本人)が目にし、楽曲に惚れ込んだエド・シーランはジャックの自宅に押しかけて、自身の欧州ツアーコンサートの前座として出ないかと口説く。モスクワでのステージに立ったジャックが歌う「バック・イン・ザ・U.S.SR.」にモスクワっ子は熱狂。SNSで情報は瞬く間に拡散され、ジャックは天才音楽家としてたちまちのうちに世界的な有名人となるのだが、やがて罪悪感にも苛まれるようになり……。

地位や名声と幸福について問いかける作品である。実は最初の段階で「青い鳥」的な作品であることは察しがつくため、どう着地させるかが見所となってくる。目の前に幸せがありながら、成功を求めて遠回りしてしまったともいえるのだが、夢が膨らむごとに相手と遠ざかるという体験を経たからこそ、愛に正面から向かい合えるようになったとも考えられる。ビートルズも「愛こそは全て」という歌を歌っているが、真の愛があるなら、音楽はもう二の次三の次で構わないのかも知れない。

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2020年2月13日 (木)

これまでに観た映画より(153) 「CATS キャッツ」(字幕版)

2020年2月8日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、ミュージカル映画「CATS キャッツ」(字幕版)を観る。世界的ヒットミュージカルの映画化であるが、前評判は散々。アメリカの本年度最低映画を決めるラジー賞に最多ノミネートされている他、アメリカやイギリスの映画評論家達が「最低の作品」「とんでもない駄作」との評価を下しており、興行収入も散々で、大コケ映画確定となっている。日本は劇団四季が看板ミュージカルとしていて知名度抜群なためか、入りはまだ良い方であるが、日本の映画評論家や映画ファンからの評価も芳しくない。

「レ・ミゼラブル」のトム・フーパー監督作品。作曲はミュージカル版同様、アンドリュー・ロイド=ウェバーで、ロイド=ウェバーは、映画のための新曲も書き下ろしている。制作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ。出演は、フランチェスカ・ヘイワード、ロビー・フェアチャイルド、ジェニファー・ハドソン、ジュディ・デンチ(実は「キャッツ」の世界初演の際にグリザベル役を務めるはずだったのがジュディ・デンチであるが、怪我により降板している)、ジェームズ・コーデン、ローリー・デヴィッドソン、スティーブン・マックレー、ジェイソン・デルーロ、レベル・ウィルソン、イアン・マッケラン、イドリス・エルバ、テイラー・スウィフト、ダニー・コリンズ、ニーヴ・モーガンほか。本来は雄猫の役であるオールドデュトロノミーをジュディ・デンチ演じる雌猫としているのは、先に挙げた理由によるものであり、一定の効果を上げている。

 

ロンドンの下町に、一匹の子猫が捨てられる。白い雌猫のヴィクトリア(フランチェスカ・ヘイワード)である。ヴィクトリアが包まれた袋に集まってくるジェリクルキャッツという猫たち。今夜開かれる舞踏会と歌合戦で選ばれた最も優れた猫が天上の世界で再生する権利を得るのだという。様々な猫たちが個性溢れるパフォーマンスを披露する中、この集いに入ることを許されない猫もいて……。

 

余談になるが、浅利慶太がこの作品を劇団四季のメインレパートリーに据えたのには明確な哲学があったとされている。舞台で主役を演じるのは美男美女という常識に、猫のメイクをする「キャッツ」でアンチテーゼを掲げたのである。顔が良いのか悪いのかも分からないほどのメイクをして演じられる「キャッツ」(そもそもこの作品には主役らしい主役はいないわけであるが)では、容姿でない部分で評価されたり良い役を勝ち取る可能性が広がる。そしてこれは「キャッツ」というミュージカルの根幹にも関わるものである。ただ、映画の場合はクローズアップを使う必要もあるため、そうしたテーゼは通用しないわけだが。

ミュージカル「キャッツ」は、T・S・エリオットの詩集『キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う方法』という詩集を元にしたものである。『キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う方法』は、実は90年代にちくま文庫から日本語訳が出て(邦題は『キャッツ ポッサムおじさんの猫とつき合う方法』。池田雅之の訳)、私も明治大学在学中に今はなき明大の生協で買って読んでいる。哲学的な面もあるが子ども向けの詩集であり、特にどうということもないものなのだが、詩集を原作にしているということもあって「キャッツ」には明確なストーリーが実はないのである。ショー的な要素が極めて強いのであるが、登場する猫達が歌うのは基本的に自己紹介が多く、広がりのある舞台空間で行われるなら良いのだが、映像だとそうもいかないため話が遅々として進まないように感じられ、そこが映画版の悪評に繋がっていることは間違いないと思われる。特にフーパー監督はクローズアップを多用しているため、尚更空間を感じにくい。かといって引きで撮ると迫力が出ないのも目に見えているため、そもそも映像化が難しい題材ではある。他にもCGが気持ち悪いだの、猫なのか人間なのかわからなくて不気味だとの声もあるが、今の技術ならこんなものだろうし、ビジュアル面で気になることは個人的には特になかった。

個人的には結構楽しんでみられたが、それは過去の自分とはぐれてしまった猫や、いざという時に弱い猫などの悲哀がきちんと描かれているからである。底抜けに明るいミュージカルも良いが、実は「キャッツ」はそうした路線のミュージカルではない。気持ち悪いといわれたメイクやCGの多用も、猫でありながら人間を描いていると取れば(ラストにはそうしたセリフがちゃんと用意されている)納得のいくものである。「猫を描いたから成功した」といわれるミュージカル「キャッツ」であるが、今回の映画版でも猫といいながら様々な人間の諸相が描かれていることで、皮相でない充実感も味わうことが出来たように思う。

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2020年2月12日 (水)

追悼・野村克也

名捕手、名監督として活躍した野村克也が死去。84歳。「名選手必ずしも名監督にあらず」とよくいわれるが、その言葉は野村には当てはまらない。

現在の京都府京丹後市生まれ。母子家庭で育った上に母親は病気がちで赤貧といってもいい家庭で生まれ育った。高校は峰山高校に進学。その地方では進学校であるが、そのため野球部は弱く、野村もプロから注目されることはなかった。経済事情から進学は無理であり、野村は母親を助けるためにプロ野球入りを志す。捕手陣が弱いとみた南海ホークスの入団テストを受験。評価はかなり微妙なものだったようだが、「カベ(ブルペン捕手のこと)が足りないから」という理由で合格。契約金は0で、全くといっていいほど期待されてはいなかった。入団後、初めてご馳走になったハヤシライスの味に感動。「世の中にはこんなに美味しいものがあるんだ。プロで成功すれば、こうしたものが毎日食べられる」ということで、真剣に野球に取り組む。捕手としては肩が弱いのが難点であり、遠投などで鍛えたが、晩年になると肩は衰える。そこで投手陣と共に今でいうクイックモーションとの連携を生み出すことで盗塁を阻止するなど現役時代から創造力に長けていた。打撃面も投手の癖や配球の読みなどを駆使して上昇。4年目にして初めて本塁打王のタイトルを獲ると、1963年には当時の日本記録となるシーズン52本塁打を記録。これは現在でも日本人選手2位の記録である。1964年には、最高打率(首位打者)、本塁打王、打点王を独占するいわゆる三冠王となる。史上初の三冠王となるはずだったが、記録の見直しが行われ、二期制だった戦前の中島治康の記録が通年で三冠王と見做されるようになり、二番目の三冠王となった。以後、野村は「二番目」に縁のある野球人生を送るようになる。
通算本塁打、通算安打数、通算打点、出場試合数はいずれも歴代2位。本塁打と打点の通算1位は王貞治、通算安打(NPBでの記録のみ)の1位は張本勲、最多出場記録保持者は谷繁元信である。「王がいなければ俺が1位だったのに」とぼやいたことは有名だが、ONを太陽のようなヒマワリ、自身を日本海側の月見草に例えた野村らしい渋さを感じさせる記録である。

南海のプレイングマネージャー時代には、阪神タイガースを事実上追放されて南海に移籍した江夏豊をリリーフ専門に転向させて結果を出す。それまでにもリリーフ専門のピッチャーはいたが、リリーフを確立させたのは野村と江夏とされている。南海球団と決裂した後は、ロッテ、西武と渡り歩いて45歳で現役を引退。野球解説者となる。解説者時代にはテレビ画面の隅に映し出されるストライクゾーン9分割の「ノムラスコープ」を用いての配球を予測する解説が話題となった。私が野村克也の存在を意識したのはこの解説者時代である。野村は予言者ではないし、そもそも一人の読み通りに配球が行われたら滅多打ちに遭うため、ノムラスコープは必ずしも成功したとはいえなかったが、ある意味、ID野球の到来を人々に感じさせたのがこの時代かも知れない。

1990年から、それまで長らく下位に甘んじてきたヤクルトスワローズの監督に就任。ファミリー球団と呼ばれ、若手が伸び伸びとプレーしていて魅力的ではあったがそのために弱かったスワローズに勝つ精神とID野球を叩き込む。ドラフト面では投手の補強を重視。
「一番打ちにくいのはとにかく球の速いピッチャーだ」ということで先発候補の本格派投手を中心に獲得。奪三振マシーン、石井一久らがドラフト1位で入団している。外国人投手も速球派を揃えた。抑え投手としては右サイドハンドの高津臣吾にシンカーの習得を命じて球界最高の守護神に育て上げる。スワローズは選手層が薄いため、他チームを解雇になった選手も積極的に獲得し、エース級・主力級へと再起させたため、「野村再生工場」という言葉が生まれた。
正捕手にはいわずと知れた古田敦也。ID野球の申し子である。古田は野村以来となる捕手としての首位打者を獲得している。それまで捕手をしていた飯田哲也を最初セカンドへ、その後センターへコンバートし(飯田哲也の応援歌の歌詞は「キャッチャー、センター、セカンドどこでも守れる 足ならだれにも負けない韋駄天飯田」というものである)切り込み隊長とした。更に池山隆寛、広沢克己という和製大砲2門を備えた打線は90年代最強といっても過言ではなかった。

一方で、長嶋茂雄を監督に頂くジャイアンツを度々挑発。「伝統の一戦」巨人対阪神戦に対抗する形で、「因縁の対決」ヤクルト対巨人戦を演出し、セ・リーグを盛り上げる。
1991年に3位でAクラスに入ると、翌92年には14年ぶりとなるリーグ優勝を達成。日本シリーズでは西武ライオンズとプロ野球史上に残る死闘を演じるも日本一はならず。エースの岡林洋一の酷使が話題となった。

92年のドラフトで、スワローズは松井秀喜を指名する予定であったが、スカウトが強く押す伊藤智仁の指名を野村が支持し、直前での指名切り替えとなる。競合の末獲得した伊藤智仁は翌93年に高速スライダーを武器に旋風を巻き起こす。
だが、岡林にしろ伊藤智仁にしろ酷使が指摘されており、投手分業を確立させた野村ではあったが、勝利の味には弱かったようである。
スワローズの監督として優勝4度。日本一には3度輝き、日本一回数をセ・リーグに2位に押し上げるという、野村らしい仕事を成し遂げた。
その後、阪神タイガーズの監督に招かれるが、ドラフトに野村の意向が反映されなかったということもあって成績は残せぬまま、夫人の不祥事で退任することになる。レギュラーに決定しているのは新庄剛志だけという層の薄いチームであったが、野村は後に「ミーティングでヤクルトの選手は話を良く話を聞いてくれた。楽天の選手もまあ聞いてくれたが、阪神の選手は話を聞こうとしない。しきりに時計を気にしているが、この後、タニマチとの約束でもあるのか」と述懐しており、チーム体質に問題があったようである。後任には「怖い人がいい」ということで星野仙一を推した。野村の推挙はその後、実を結ぶこととなる。

社会人野球のシダックスの監督として武田勝(のち北海道日本ハムファイターズ)らを育てた後で東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任。「神の子」と呼ぶことになる田中将大を育てた。

南海時代の背番号は19であるが、監督時代も足して10になる番号を好んでつけている。

最近では、1ヶ月に1冊というハイペースで著書を出す生活が続いた。昨年はヤクルトスワローズのOB戦に監督として出場。教え子達に支えられながら打席にも立つ。高齢のためバットを本気で振ることは不可能で、対戦を終えずに相手チームの若松勉監督による申告敬遠ということでベンチへと引っ込んだが、これが生涯最後の打席となった。

 

昼食は、予定を変更して、京都芸術センター内にある前田珈琲明倫店で赤味噌ハヤシライスを注文。野村監督のことを思いながら食べた。
野村克也とハヤシライスの話は、結構有名なものだと思っていたが、Googleで検索しても余りヒットせず、今となってはレアなエピソードであったことを知る。その後、野球記者などが野村克也追悼としてハヤシライスの話などを挙げていた。

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2020年2月10日 (月)

コンサートの記(625) 山田和樹指揮 非破壊検査 Presents 読売日本交響楽団第25回大阪定期演奏会

2020年2月4日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、非破壊検査 Presents 読売日本交響楽団第25回大阪定期演奏会を聴く。今回の指揮者は、読売日本交響楽団首席客演指揮者の山田和樹。

日本若手指揮者のトップランナーである山田和樹も昨年40歳になり、指揮者界の先輩方から「ようやく指揮者の入り口に立った」と見做される年齢になった(1月26日に41歳の誕生日を迎えている)。大阪では大阪フィルハーモニー交響楽団の特別演奏会や、日本センチュリー交響楽団や大阪交響楽団の定期演奏会に客演した他、現在首席客演指揮者を務めるバーミンガム市交響楽団の来日公演の指揮者としてフェスティバルホールの指揮台にも立っている。
現在は、読響とバーミンガム市響の首席客演指揮者に加えて、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督兼音楽監督としてコンサートの他、モンテカルロ歌劇場でも活躍。東京芸術大学在学中に結成した横浜シンフォニエッタ(結成当初の名称は、トマト・フィルハーモニー管弦楽団)の音楽監督も引き続き務めている。

曲目は、マーラーの「花の章」、ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:ネマニャ・ラドゥロヴィチ)、マーラーの交響曲第1番「巨人」。

阪神ファンが多い大阪人も待望の(?)読売による「巨人」である。近年の読売日本交響楽団は、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキを始め、ブルックナー指揮者をシェフに頂くことが多かったため、ブルックナーの交響曲を得意とするイメージが強いが、大阪でもコルネリウス・マイスター指揮で交響曲第2番「復活」の演奏を行うなど、マーラーでも優れた成果を上げている。

今日のコンサートマスターは、元大阪フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターでもある長原幸太。ドイツ式の現代配置での演奏である。

 

最初に演奏されるマーラーの「花の章」は元々はマーラーの交響曲第1番「巨人」に含まれていたものである。マーラーはまず「巨人」を交響詩として書き上げ、各楽章に標題をつけていた。だがその後に推敲を重ねて最終的には純粋な交響曲となり、各楽章につけた標題も削除、「花の章」に至っては楽章そのものをカットしてしまう。ちなみに「巨人」というタイトルもこの時に撤回されているのだが、慣例として今もマーラーの交響曲第1番は「巨人」と呼ばれている。
主に1980年代以降に「花の章」を見直す動きが出てきて、ズービン・メータやサイモン・ラトルらが「花の章」入りの交響曲第1番「巨人」のCDをリリース。ただ、最初の形とは異なり、元々は第2楽章であった「花の章」を最初に入れたり最後に入れたりしてリリースされたCDも多い。

読売日本交響楽団は張りのある音が印象的。1990年代には低迷が伝えられ、サントリーホールで行われていた定期演奏会でも空席が目立つと報じられた読響であるが、ゲルト・アルブレヒトとの名コンビを経てスクロヴァチェフスキを常任指揮者に迎えた辺りから再浮上。正指揮者に下野竜也を指名するなど日本国内の才能も取り入れ、日本を代表するオーケストラの一つとして高い評価を得ている。
読売新聞社のバックアップを受け(新聞社が運営する世界唯一のオーケストラとされる)、元々資金は潤沢であり、奏者にはソリスト級が在籍し、ロリン・マゼール、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーといった世界的な指揮者を名誉指揮者としていた時代もある。ただそうした世界的な指揮者を客演として招いていた時期が低迷期に当たり、優れた奏者がいて、有名指揮者と共演していれば良くなるというわけでもないことがわかる。
トランペットの長谷川潤(だと思う。遠いので顔がよくわからない)が朗々としたソロを吹き、とハープ(メンバー表にハープの欄はないので客演奏者だと思われる)が優れた技巧を示す。山田和樹のオーケストラ捌きも見事で美演となった。

 

ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲。日本でも演奏会で取り上げられる機会が増えている曲であり、木嶋真優などはこの曲を十八番としている。
ソリストののネマニャ・ラドゥロヴィチは、“新時代の革命児”としてカリスマ的な人気を誇るヴァイオリニスト。1985年、ユーゴスラビア連邦時代のセルビア生まれ。ハノーファー国際コンクールで優勝し、ドイツ・グラモフォンと契約を結んでいる。

ラドゥロヴィチは、切れ味の鋭いヴァイオリンを奏で、ヴィルトゥオーゾ振りを発揮するが、一方で繊細な音色とノスタルジックな旋律の歌い方を聴かせ、力で押すだけのヴァイオリニストでないことを示す。

読響は、ソリストだった遠藤真理が加わったチェロ陣の描写力が素晴らしく、全体としても迫力と抒情美を合わせ持った見事な伴奏を奏でていた。

ラドゥロヴィチのアンコール演奏は、J・S・バッハの無伴奏パルティータ第2番よりサラバンド。これまた独特の感性で描かれた寂寥感漂う深い演奏で、ラドゥロヴィチの個性が発揮される。ロックミュージシャン的な風貌と売り出し方であるが、実際は高い精神性を持つタイプだと思われる。

 

マーラーの交響曲第1番「巨人」。山田和樹は若さを武器にビュンビュン指揮棒を振り、ジャンプも繰り出すが、生まれてくる音楽は勢い任せではなく、その場に最適な音を瞬時に組み合わせ、多彩さと広がりを生んでいくという、あたかも即興画を得意とする画家や書道家のような音楽作りである。金管は輝かしく、木管は表現豊かで、弦は透明感と色彩の自在さを合わせ持つ。
非常にパワフルな演奏で、空間の広いフェスティバルホールが楽器として鳴り響く。海外の有名オーケストラでも、フェスティバルホールでこれほど力強い演奏を行うことはそうそうないであろう。
理想的な「巨人」の演奏であり、演奏終了後は客席も多いに沸く。確かに、読売を冠する団体が「巨人」でしくじるわけにはいかないものな。山田も読響も絶対の自信があった上で大阪に乗り込んだのだろう。

 

アンコール演奏がある。遠いのでよくは聞こえなかったが、山田はまず、「我々『読売』日本交響楽団、『読売』日本交響楽団は」と「読売」を強調した上で、最後に「G線上のアリア」と曲目を紹介。GIANTS繋がりである。マーラー編曲によるものだそうだが(大編成用アレンジだと思われる)、澄み渡る青空が眼前に広がっていくような爽やかな演奏で、山田と読響の良さが最大限に生かされていた。

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2020年2月 7日 (金)

コンサートの記(624) 長岡京室内アンサンブル 「望郷に寄す」

2020年2月1日 長岡京市の京都府長岡京記念文化会館にて

午後3時から、京都府長岡京記念文化会館で、長岡京室内アンサンブルの演奏会「望郷に寄す」を聴く。

曲目は、林光の映画『裸の島』より「裸の島」のテーマ、林光の『真田風雲録』より「下剋上の歌」、中村滋延(なかむら・しげのぶ)の弦楽のための音詩「ポンニャカイ、セダーに化ける」(弦楽合奏版)、武満徹の「弦楽オーケストラのための3つの映画音楽」(映画『ホゼー・トレス』より「訓練と休息の音楽」、映画『黒い雨』より「葬送の音楽」、映画『他人の顔』より「ワルツ」)、ウェーバーのクラリネット五重奏曲変ロ長調(弦楽合奏版。クラリネット独奏:吉田誠)、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」(弦楽合奏版)。

森悠子が一緒に演奏したい人と演奏するために結成した長岡京室内アンサンブル。メンバーは固定ではない。今回の出演は、高木和弘(ヴァイオリン)、谷本華子(ヴァイオリン)、ヤンネ舘野(ヴァイオリン)、石上真由子(ヴァイオリン)、中平めいこ(ヴァイオリン)、藪野巨倫(やぶの・きりん。女性。ヴァイオリン)、細川泉(女性。ヴィオラ)、中田美穂(ヴィオラ)、金子鈴太郎(かねこ・りんたろう。チェロ)、柳橋泰志(やなぎばし・たいじ。チェロ)、石川徹(コントラバス)。

 

まず森悠子が一人で現れ、挨拶を行う。長岡京室内アンサンブルが結成されてから22年が経ったが、結成当初に共演したフルート奏者は今はベルリン・フィルのフルート奏者となり、ハープ奏者はウィーン・フィルのハープ奏者となっているそうで、リヨン国立高等音楽院時代の教え子ではあるが、会いたくても会えない存在となってしまっているそうである。
その後、長岡京室内アンサンブルは作曲された時代に合わせた演奏を行っており、ヴァイオリンにガット弦を張ったり、弓をバロックボウにしたりしていることを語る。今回はウェーバーのクラリネット五重奏曲変ロ長調をやるということでクラリネットに工夫がある。
「私、知らなかったんですけど、ウェーバーはベートーヴェンの同時代人で」と話した後で(ウェーバーは、ベートーヴェンの交響曲第7番の初演を聴いて、「ベートーヴェンもついに気が狂ったか」と日記に記している)クラリネット奏者の吉田誠をステージに呼び、今日使われるクラリネットについて語って貰う。
今日使われるクラリネットはツゲの木材で作られ、金属の部分には真鍮が用いられているという。そのため本体は茶色で金属部分は金色である。現在、多く使われているクラリネットは黒檀に近い素材が用いられており、金属部分には洋白が使われているそうで、黒と銀の組み合わせになっているが、こちらの方が耐久性は良いそうである。
ただツゲと真鍮のクラリネットはまろやかな音がして、「良い意味で汚い音も出してくれる」そうである。表現の幅は広がりそうである。

 

長岡京アンサンブルの配置は毎回独特で、今日も下手側に陣取る奏者が上手側が向いて弾くのは当たり前だが、上手側に位置する奏者も半分ほどは上手を向いて弾く。おそらくヴァイオリンの音を直接客席に届けるためには上手を向いて弾いた方が有効との判断だろう。一応、通常の編成ではコンサートマスターに当たる位置にいるヤンネ舘野が中心ということになっていると思われるが、中村滋延の弦楽のための音詩「ポンニャカイ、セダーに化ける」では上手側に陣取った高木和弘がソロを務めており、リーダーは固定というわけではないようだ。

 

林光の映画『裸の島』より「裸の島」のテーマと、映画『真田風雲録』より「下剋上の歌」

高校生の頃から作曲家として第一線で活躍してきた林光。作曲家として必要な知識は高校時代にすでに身につけてしまい、東京芸術大学に進むも、もう教わることは何もなかったためすぐに中退して専業の作曲家となっている。活躍したのは現代音楽の全盛期であったが、林は難解な音楽に関しては否定的であり、美しい旋律を追求し続けた。

「裸の島」のテーマもメロディーが美しく、「下剋上の歌」日本的な旋律で始まるが、次第にジャジーでお洒落な作風へと変わっていく。

 

中村滋延の弦楽のための音詩「ポンニャカイ、セダーに化ける」。中村滋延は、1950年、大阪生まれの作曲家。愛知県立芸術大学大学院およびミュンヘン音楽大学に学び、日本音楽コンクール作曲部門、国際ガウデアムス作曲コンクールなどへの入賞、日本交響楽振興財団作曲賞、国立劇場舞台芸術作品賞などの受賞歴がある。2001年から2016年まで九州大学大学院芸術工学院教授を務め、2010年には福岡市文化賞を受賞している。

高木和弘が奏でる不安定な旋律に始まり、ミニマルミュージックの部分を経てウエットな音楽となり、再びミニマルミュージカルからヴァイオリンソロで閉じられるという、鏡合わせのような構造を持っている。

「ポンニャカイ、セダーに化ける」という不思議な題を持つが、インドの長編叙事詩『ラーマヤナ』の中のエピソードを音楽にしたものだそうで、セダーというは主人公であるラーマ王子の奥さんだそうである。ポンニャカイというのはラーマ王の敵である魔王ラーヴァナの姪だそうである。ラーマ王が魔王ラーヴァナに誘拐されたセダーを取り戻すというのが『ラーマヤナ』という物語の骨子だそうだが、ラーマ王の強さを知った魔王ラーヴァナはポンニャカイにセダーの死骸に化けるよう命じる。セダーが死んだと思わせることでラーマ王の戦意を喪失させる作戦であったが、ラーマ王はセダーの死骸を偽物だと見破り、ラーヴァナを倒して、死骸に化けていたポンニャカイを許すという話だそうである。

演奏終了後、客席にいた中村滋延がステージ上に呼ばれ、森悠子と二人で話す。森悠子は、幼少期を大阪府高槻市で過ごしたそうだが、中村が住んでいるのは森の家から二筋離れたところだそうで、ご近所さんだっだそうである。ただ初めて顔を合わせたのは1年前とごく最近だそうだ。
森によると高槻というのは不思議なところだそうで、子供には習い事をさせるのが当たり前で、学習塾に通わせるのではなく、算盤や音楽や習字、洋裁などを習わせる家が多いそうである。そして世界でも一級のピアノ教師やドレメの先生などがちゃんといたそうで、森は「高槻は文化水準が高かったのかしら」と言い、中村は「長岡京も文化水準は高いと思いますが」と立てた上で高槻の街を賞賛した。

 

武満徹の「弦楽オーケストラのための3つの映画音楽」(映画『ホゼー・トレス』より「訓練と休息の音楽」、映画『黒い雨』より「葬送の音楽」、映画『他人の顔』より「ワルツ」)。ジョン・アクセルロッド指揮の京都市交響楽団の定期演奏会でも聴いたことのある曲である。

映画好きとしても知られた武満徹。手掛けた映画音楽も膨大な量に及ぶ。目標とする作曲家としてポール・マッカートニーを挙げていた武満徹。現代音楽の作曲家として響きを追求する音楽を書いていたが、メロディーメーカーへの憧れも持っていた。メロディーを書く才能には必ずしも恵まれていたわけではなかったが、映画音楽を書く時は旋律重視路線も取っていた。そのことはこの曲でも確認出来る。
ジャズの要素も取り入れた「訓練と休息の音楽」、代表作である「弦楽のためのレクイエム」を思わせる部分もある「葬送の音楽」、ショスタコーヴィチ的ひねりの効いた「ワルツ」など、いずれの曲も面白く、演奏も素晴らしい。

 

ウェーバーのクラリネット五重奏曲変ロ長調(弦楽合奏版)。
吉田誠のクラリネットは甘く、弱音の音の通りが良く美しい。弱音の美しさはツゲと真鍮によるクラリネットならではのものなのかも知れない。
ベートーヴェンの交響曲第7番への批評からも分かる通り、ウェーバーは保守的な作曲家であり、古典的造形を重視し、クラリネットの良さを生かす音楽を書いている。新しさは追求されていないが、美しさに関しては最上級である。

長岡京室内アンサンブルは、特にピリオドなどは意識していないようだったが、ボウイングにそれらしい部分はあったかも知れない。

演奏終了後、吉田はクラリネットを2つに分けるが、下の方を落としてしまうというハプニングがある。

吉田と長岡京室内アンサンブルでアンコール演奏を行う予定であったが、吉田がクラリネットをしきりと気にしているため、森が歩み寄り、「大丈夫?」と聞く。だが返ってきたのは「壊れた」という言葉で、急遽、アンコールは取りやめとなる。
まさかリアル「クラリネットをこわしちゃった」に遭遇することになるとは。
メンバー全員が舞台袖に引っ込んだ後も、客席はしばらくざわついていた。

 

ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」(弦楽合奏版)。
弦楽四重奏曲というジャンルの中で、私が最も好きな曲である。実際はスラヴの旋律しか使われていない「新世界」交響曲に対し、「アメリカ」は黒人音楽の要素などが取り入れられており、折衷様式が生み出すエキゾチシズムが魅力的である。
弦楽合奏による演奏であるためボリュームがあり、弦の艶やかさが一層引き立つが、素朴さは後退するため、オリジナルと比較して一長一短という気はする。ただ演奏自体は大変優れたものである。

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2020年2月 5日 (水)

観劇感想精選(341) オフィス・RENプロデュース「かげぜん」

2020年1月29日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後6時30分から、オフィス・RENプロデュース「かげぜん」を観る。作・出演・演出補:増澤ノゾム、演出:林海象。出演:上遠野太洸(かみとおの・たいこう)、相良伊織(女性)、八神蓮、桜岡あつこ、椎名茸ノ介、織田あいか、梶野稔、佐藤みきと、斉藤とも子。
「かげぜん」というのは、出征した人の無事を祈って留守宅で備えられる膳のことである。

「かげぜん」は10年前となる2010年に初演された作品で、今回は映画監督の林海象が舞台の演出をするのが売りの公演であり、出演俳優に名の知られた人は余りいない。にも関わらずチケット料金は安くはないため、そもそも客の入りもそれほど見込めない。東京・新宿の紀伊國屋ホール(小演劇の上がりといわれた劇場で、私が初めて本格的な観劇をしたのもここである)で7回公演を行ってから、兵庫入りして1回だけ大千秋楽となる公演を行う。林監督が京都在住で、斉藤とも子が兵庫県出身ということもあるのだろう。

私も林海象監督に軽く挨拶をしたが(「ここには30回ぐらい来てます」と話したが、過少申告で、実際は50回以上は来ているはずである。本当のことを言うのは余りね)他の人も林監督の友人や知り合い、関係者が多いと思われる。劇場固定のファンもいるだろう。誰か知り合いがいるかなと思ったが、残念ながら会うことはなかった。

戦中の東京が舞台である。不幸な生い立ちが元でまともに生きられず、結婚詐欺師などをしている神代大吾(上遠野太洸)は、犯罪者達の情報交換の場となっている酒場経営のコウゾウ(椎名茸ノ介)から、「小野寺造船の目の見えない未亡人が、豪邸を処分して小さな家に引っ越している。きっと裏金があるに違いない」という情報を得る。その未亡人である小野寺みつ(斉藤とも子)の息子はガダルカナル島で戦死し、息子の妻も八幡(現在の北九州市)で空襲に遭い、息子で22歳になる正二を祖母に当たるみつに託したいという手紙を残してほどなく他界している。その正二もいざこざに巻き込まれて刺殺されたのだが、みつはそれを知らず、みつ宛ての手紙をコウゾウから受け取った大吾は、正二に成り済まして裏金を探り当てようと企み、まんまと小野寺家に正二として乗り込むことに成功する。
一方、小野寺の戦友である河野(増澤ノゾム)の娘であるたえ(相良伊織)は、戦死した父の命により、正二とお見合いをするために青森から東京に出てくるのだが、上野駅を出てから小野寺家に向かう途中で迷ってしまい、途方に暮れているところを特別高等警察(特高)の宮下(八神蓮)に救われる。実はたえは宮下の妹である時枝(相良伊織二役)にそっくりであった。生まれつき病弱だった時枝は「ガラスの動物園」のローラのようにずっと家で療養生活を送っていたが、大吾に惚れ込んでしまい、働きに出て給料を大吾に貢いでいたのだ。時枝を棄てた大吾を宮下は憎んでいた。正二に成り済ました大吾とたえは小野寺家で出会うのだが、たえを助けた宮下も同行しており……。

実際の正二は理系の大学で量子力学を専攻していたということで、正二に成り済ました大吾も古本屋で専門書を手に入れ、意味も分からず暗記することで乗り切る。量子力学について、「見えないものを探る」学問だと規定するセリフがあるのだが、これはみつの姿とも重なる。たえと時枝を相良伊織が二役で演じており、大吾は最初は開き直って語った「夢を与える」行為と、戦中の「戦場で散るのが男の本懐」とする与えられた夢もまた相似形であり、特に「夢」の対称的にして対極的でもある相似形は重要なメッセージを持つ。
大吾がみつや時枝に与えた夢は嘘でもあるわけだが、演劇人や映画人というのもまた嘘を夢として売る仕事であり、正二に成り済ました大吾を単純な悪として描くことはない。ある意味、大吾は彼らを代表する人物でもある。嘘の夢によって生かされるものは確かにある。

今もまたそうだが、大きな話に人は流される。美しくいうと神話に加わるのであるが、所詮、そうした夢は自分のものではない誰かの夢である。そしてそれは風向き一つで180度変わってしまう信じるに値しないものである。大吾とみつとたえが築いた疑似家族の夢は甘く、脆く、偽りに満ちたものかも知れないが、この時代にあって最上の幸せも紡いだ。だから自分の夢を命懸けで守れという、青臭いかも知れないが揺るぎない価値を持つメッセージを受け取ることが出来たように思う。

 

映画監督の林海象が演出したからというわけではないが、場面は結構動き、映像的な展開となっている。犯罪者の情報交換の場となっている酒場は二階建てになった舞台の上手にある。二階にあるということで「濱マイク」シリーズを思い出したりもしたが、余り関係はないと思われる。一階部分は小野寺みつの家の居間だが、これが背景を変えることにより河野たえの青森の実家(背後にひまわりが咲いている)になったり、特高の宮下の実家の部屋(ガラス戸である)へと変化する。また小野寺家の出入り口は舞台下手にあるのだが、いったん下手袖に隠れて遠回りをする形で表の通りに出るスタイルを取っており、通りと小野寺家の居間は隔てられているという見立てが行われている。上手にある勝手口も居間からは見えないという設定である。また上から幕が下りてきて居間が隠れるとそこは遠く離れた街頭ということになる。ということで上演時間約2時間5分でセットの転換は余りないが場所は移り変わっている。

相良伊織は、元乃木坂46のメンバーだそうだがよく知らない。まだ21歳で、これが初舞台だそうだが、才能はありそうな印象は受けた。
上遠野太洸は、今やイケメン俳優の登竜門となった仮面ライダーシリーズ出身だそうである。キザな悪人とスマートな人情家の二つの面を上手く出していたように思う。
斉藤とも子の味のある演技も素晴らしかった。

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2020年2月 3日 (月)

観劇感想精選(340) 下鴨車窓 「散乱マリン」

2020年1月23日 京都芸術センター講堂にて観劇

午後7時30分から、京都芸術センター講堂で、下鴨車窓の「散乱マリン」を観る。作・演出:田辺剛。5年前に「Scattered(deeply)」というタイトルで初演された作品の再演。無料パンフレットに載っている田辺さんのコメントに「“scattered”とは『散らかった』という意味で作品の核になるコンセプトではあるのですが、この英語が読みにくいしそんな単語ふつう知らないということもあり、このたびタイトルを変えました」とある。個人的には、“scattered”は馴染みのある英単語である。バーブラ・ストライサンドのヒット曲で映画の主題歌でもある「追憶(The Way We Were)」の歌詞に“Scattred Pictures”という実際の光景と心象風景の二つを現す印象的な言葉が登場するためである。私の場合は、この劇から“scattered”よりも“split”という単語を思い浮かべた。

出演は、北川啓太、福井菜月(ウミ下着)、澤村喜一郎(ニットキャップシアター)、岡田菜見(fullsize)、西村貴治、西マサト(B級演劇王国ボンク☆ランド/努力クラブ)、坂井初音、F・ジャパン(劇団衛星)。

東日本大震災の影響を受けて書かれた作品であるが、それ以外の見方をした方がわかりやすくもある。

佐藤マキ(福井菜月)の自転車が盗まれる。有料のロックがかかる自転車置き場に駐輪しておいたのに盗まれてしまったそうだ。盗難届を出し、自転車が見つかったので職員の真下シンジ(北川啓太)と一緒に取りに行くという場面から劇は始まる。劇が始まるまでスピーカーからは風の吹き荒れる音がずっと流れている。
自転車が保管されていたのは、なぜか周りに何もない平地のど真ん中。そこにバラバラになった自転車が積み上げられている。ということでマキも真下も呆然としている。真下は「台風のせい」ではないかというのだが、勿論、そんなはずはない。明らかに人為的に組み立てられたもので、まるでオブジェ。なのだが、実際にオブジェであることが次のシーンでわかる。ビエンナーレ出展のために、伊佐原リョウタ(西村貴治)が主任となって田広ツトム(澤村喜一郎)や野村ミカ(岡田菜見)らが作成した“scatterd”という現代芸術作品なのだ。無論、勝手によそから自転車を持ってきて制作したものではない。リアルのレベルで行くと、行き違いがあったということになる。だが、真下やマキには、伊佐原、田広、ミカの姿は野犬に見え、逆に伊佐原らの美術チームからは真下やマキはカラスに見えるという不可思議な世界へと突入する。比喩ではなく、実態が動物というわけでもなく、本当に見えているようだ。ただ、一方で、人間であるという認識もちゃんとあることが後に分かってくる。

東日本大震災後に起こった分断を描いた作品である。残念ながらというべきなのかどうかはわからないが、私は福島を訪れることが出来ないでいるが、福島をはじめとする東北地方に通っている浄慶寺の住職である中島浩彰氏によると、福島の住民同士の間でも意見の相違が目立って来ているそうで、福島を諦めて出て行ってしまう人と、福島に残る人でまず分断があり、残った人の間でも健康へのこだわりや生活の指向などで意見が食い違い、ちょっとした争いが絶えないとのことである。福島を出た人も福島にこだわりを持ち続けている人と忘れようとする人に分かれる。原発に関する意識にも違いが出ている。
国際社会に目を転じれば、残念ながら日本はかつての信頼を取り戻せなくなっているという悲しい現実がある。経済で存在感をなくし、原発の責任もうやむやということで、東京オリンピックや大阪万博を控えているが、アカルイミライは一向に見えてこない。
復興のシンボルともなるはずだった新国立競技場建設のゴタゴタと予想外の建築費、東京五輪開催への不透明ないきさつと予想の数倍にものぼる巨大な出費などによって、被災地への人と金が回らなくなるということも起こっており、東京オリンピック開催そのものへの不信も拭えてはいない。おまけになぜかアメリカのメディアのために真夏の開催となるなど、誰のための大会なのかわからなくなってしまっている。

 

マキの自転車は、実は祖母の形見のようなものであり、それはマキの恋人(なのか親しい友人なのか。少なくとも同居はしているようであるが)の瀬田ユウヤの口から明かされる。だが、瀬田はそうして真下を責めておきながら、「弁償しろ」と言う。マキにしてみれば「それは違う」と思うだろう。祖母との思い出を取り戻したいのであって、それは弁償という形は取れない。金や新しい自転車が欲しいわけではないのだ。結局のところ、やはりわかり合えてはいないようである。マキは、瀬田がAVを見ていたことを咎め出す。「アナと雪の女王」のDVDを観ようと思ったら、映ったのは変態系のAVであったことで怒ったようである。男なので仕方がないのかも知れないが、彼氏がいる場合は「私がありながら」ということで怒る女性の気持ちもわかる。ということで価値観の違いが顕著である。

美術チームは美術チームで、田広はミカに気があるのだが、ミカは田広を男とは思ってはおらず、そんな二人に伊佐原は不満げで、亀裂が生じている。

 

“scatterd”は、マキにしてみれば祖母との大事な思い出がズタズタにされてしまったものだが、伊佐原らの美術チームにしてみれば原型をなくしたもので造り上げた大切な芸術作品であり、同じものではあるが価値観が完全に異なり、分裂している。マキが自転車を取り戻そうとする行為は美術チームから見れば作品を散らかして蔑ろにする行いである。同じ人間でありながら、互いが別の生き物に見えてしまうほど、価値観の違いが顕著である。そしてそれぞれの言い分が共に納得のいくものであるため、却ってややこしくなる。

 

福島の問題と考えると、実感が沸きにくい人もいるかも知れないが、2010年代に入って顕著になった分断は、例えば日本に近隣においても起きている。日本が独自の領土であると主張する場所、主に3カ所あるが、それに対するやり取りは分断以外の何ものでもない。歴史的正しさを主張しても答えは出ないし、実効支配をどう転換するかが課題なのだが、ネットでは「人間ではない」という意味の、ここではとても書けないような言葉を使うなどして憎み合うだけで進展する気配がない。進みそうになっても超大国同士の方向転換があったり、2人の大統領が勝手に上陸して領土宣言をしたり、国内に「戦争」という言葉を口にする政治家が現れて泥沼化するなど、にっちもさっちも行かないような状況である。
また日本国内にも他国の領土があり、「移転しろ」だの「されると困る」だのと意見が割れて新たないがみ合いが生まれてしまっている。
中国と香港に目を転じても、状況は悪いとしか言い様がないが、民主主義の恩恵を受けている日本人が一方的に香港を応援する声を聞くと、中共が嫌いな私でも酷く違和感を覚える。実は情報に偏りがあるのも把握はしており、どちらも正義を名乗ることは出来ないのが実相のようである。

伊佐原が参加しているビエンナーレの担当キュレーターは、小田ケイコという若い女性(坂井初音。タレントの稲村亜美に雰囲気が似ている)なのだが、直前になって代理として受け持つことが決まるも、企画書はきちんと読んでいない、主任である伊佐原の名前を間違える、作品のタイトルも十分に把握していないなど、かなり問題のある人であることがわかる。iPodで音楽を聴きながら脳天気な感じで歩いており、責任感も当事者意識も完全に欠けているように見える。こういう人は選挙には……、まあ、いいや。

野犬対策として、真下が狩人の佐竹シンヤ(F・ジャパン)を連れてくる。「パワー」を象徴するような存在であり、佐竹は瀬田や真下におもちゃのナイフを渡して、野犬を威嚇するように勧める。ただし、「威嚇」である。「威嚇」を超えてしまった場合は……。

 

このところ、似たような傾向を持つ演劇作品を目にすることが多くなった。それだけ状況が切迫していることを実感している演劇人が多いということでもある。

ただ、「私達は理解するという姿勢を本当に取っているだろうか?」。ちゃんと読めているだろうか、ちゃんと聞けているだろうか。「わかっている」と肩を聳やかした瞬間に理解に至る道を遮断してしまっているというのに、なぜ「わかっている」という前提を取ってしまうのか。

私は三振したのにバッターボックスに立ち続けているような愚か者ではありたくないと思う。

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2020年2月 2日 (日)

コンサートの記(623) 京都府-レニングラード州友好提携25周年記念事業 日露地域・姉妹都市交流年認定イベント ロシア民族楽器楽団「メテリッツア」友好提携25周年記念コンサート「レニングラードの夕べ」

2020年1月24日 京都府立府民ホールアルティにて

午後7時から、御所の西にある京都府立府民ホールアルティで、京都府-レニングラード州友好提携25周年記念事業 日露地域・姉妹都市交流年認定イベント ロシア民族楽器楽団「メテリッツア」友好提携25周年記念コンサート「レニングラードの夕べ」を聴く。無料、事前申し込み不要である。そのためか、開場の15分前にアルティに着いたのであるが、すでに長蛇の列が出来上がっていた。結局、列がロビーの中に収まらないということもあって、開場は6時30分から20分に繰り上がった。

京都府はレニングラード州と平成6年(1994)11月4日に友好提携を締結している。レニングラード州の州都はレニングラードからサンクトペテルブルクに名前が変わって久しいが、州の名前は現在に至るまで変更はない。ちなみに共に古都である京都市とサンクトペテルブルク市であるが姉妹都市ではない。「北方のベネチア」とも呼ばれるサンクトペテルブルク市と姉妹都市なのは「水の都」大阪市である。

 

ロシア民族楽器楽団「メテリッツア」は、1988年にイーゴリ・トニンがサンクトペテルブルクで結成した楽団。現在もイーゴリ・トニンが率いている。イーゴリ・トニンはレニングラード州立リムスキー=コルサコフ音楽学校の出身であり、「メテリッツア」も同校の卒業生や若手教員で構成されている。

 

曲目は、第1部が、「ペドラーズ」、「コチョウザメ」(ロシアの婚礼式典曲。歌:エレナ・クスカヤ)、ツィガンコフの「ツーステップ」(ドムラ独奏:レイラ・アフメドヴァ)、クリコフ作曲の「古い菩提樹」(ロシア民族曲をテーマにした幻想曲)、テムノフの「モスクワ カドリール」(歌:エレナ・クスカヤ)、アファナシエフの「碧い湖を見つめて」(歌:エレナ・クスカヤ)、「私は蚊と踊る」(ロシア民謡道化歌。歌:エレナ・クスカヤ)、ロシア民謡「カリンカ」(ゴロドフスカヤ編曲。バラライカ独奏:アンドレイ・カシャノフ)、シャハノフの「3つの民話をテーマにした幻想曲」(グスリ独奏:エレナ・ヴェサロヴァ)、ジェリンスキーの「ジャズ・ピッチカート」、グリディンの「ラシプーハ」(クロマティックアコーディオン:アンドレイ・クズミノフ&ミハイル・シュスタロフ)、「私は丘に登ったの」(歌:エレナ・クスカヤ)。第2部が、ルロイ・アンダーソンの「そりすべり」、ダウトフの「ファティマ」(ドムラ独奏:レイラ・アフメドヴァ)、フィンランド・カレリア地方の民謡(クロマティックアコーディオン:アンドレイ・クズミノフ&ミハイル・シュスタロフ)、「ワーレンキ」(ロシア民謡変奏曲)、日本民謡「桜(さくらさくら)」(ソプラノ:天野加代子)、ヴァカレイニコフの「スレイベル(小鈴)」(ソプラノ:天野加代子)、シャハノフの「グスリと管楽団の演奏会パート2」(グスリ独奏:エレナ・ヴェサロヴァ)、グレボフの「ユーモレスク」(バラライカ独奏:セルゲイ・クラスノクツキー)、「ほら、郵便トロイカが駆けてくる」(ロシア民謡「トロイカ」。歌:エレナ・クスカヤ)、「牧草のアヒル」(ロシア民謡。歌:エレナ・クスカヤ)。

 

背後のスクリーンに映像を投影しながらの演奏である。マイクとスピーカを使用。

使われている民族楽器は、ドムラ、バラライカ、グスリの3種類。ドムラは胴体が丸い、ロシアの民族楽器の代表格であるバラライカは三角形の胴体を持つ弦楽器である。グスリは平面に弦が張られているが、平行ではなく翼型のボディに合わせて放射状に広がっている。ドラムは全員女性奏者、バラライカは全員男性が演奏を受け持つが、性別によって担当する楽器が違うというわけではおそらくないだろう。
その他の楽器として、ドラムス&パーカッション、クロマティックアコーディオン、キーボードが加わる。

イーゴリ・トニンは、ビートルズも来ていたような服装で登場。全曲で指揮を受け持つ。

歌を担当するエレナ・クスカヤは伸びやかで澄んだ歌声の持ち主で、ノリも良い。

「私は蚊と踊る」では、演奏前に蚊の羽音がスピーカーから聞こえ、民族楽器がリムスキー=コルサコフの「熊ん蜂の飛行」を前奏として演奏するなど、編曲も凝っている。

バラライカの独奏もあるが、速弾きによる超絶技巧であり、ロシア民謡の背後で物憂げに鳴っているというバラライカのイメージが覆る。

 

第2部冒頭の、ルロイ・アンダーソンの「そりすべり」では、アゴーギクを多用し、クラシックの演奏との違いを打ち出す。

天野加代子にソプラノによる「桜」では、ロシアの楽器らしいもの悲しい音色が曲調に合う。これは、エレナ・クスカヤに歌による「ほら、郵便トロイカが駆けてくる」においても同様である。日本でもよく知られている「トロイカ」であるが、本来の歌詞に内容は、日本語詞とは大きく異なるものである。

 

アンコールは3曲。全てエレン・クスカヤと天野加代子による歌唱入りである。1曲目は、イーゴリ・トニンが「一緒に歌ってください」と言うも全然知らない曲である。2曲目は「モスクワ郊外の夕べ」。演奏終了後、天野加代子が、「実はこの歌は元々は『レニングラードの夕べ』というタイトルだったが、映画で用いられて以降、『モスクワ郊外の夕べ』というタイトルに変わった」という話をする。

最後はお馴染みのロシア民謡「カチューシャ」。エレナ・クスカヤがロシア語で歌い(「輪になって来い」と聞こえる部分が存在する)、天野加代子が、「林檎の花ほころび」で始まる日本語詞を歌う。有名曲ということで、客席も大いに盛り上がった。

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2020年2月 1日 (土)

コンサートの記(622) 広上淳一指揮 第15回京都市ジュニアオーケストラコンサート

2020年1月26日 京都コンサートホール

午後2時から、京都コンサートホールで、第15回京都市ジュニアオーケストラのコンサートを聴く。指揮は京都市ジュニアオーケストラ・スーパーヴァイザーで、今年は大河ドラマ「麒麟がくる」オープニングテーマの指揮者でもある広上淳一。

京都市交響楽団第12代常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーを経て、第13代常任指揮者兼音楽顧問になるという、裏技的継続作を使った広上淳一。ただ、このところは広上登場の定期演奏会は風邪で行けなかったと、接する回数は多くない。昨秋も名古屋にスウェーデン放送合唱団と京響の共演する広上指揮の演奏会を聴きに行く予定があったが、前日がフェニーチェ堺でのパーヴォ・ヤルヴィ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の来日演奏会で疲労困憊となったため、名古屋行きは自重した。曲目がフォーレとモーツァルトの「レクイエム」というのも体調が悪い時には縁起が悪い。
ということで、今年は広上指揮の京都市ジュニアオーケストラのコンサートに出掛けてみた。毎年聴きに行っているわけではないが、初期に京都市ジュニアオーケストラのコンサートミストレスを務めていた石上真由子が、「医師免許を持つヴァイオリニスト」として大ブレークしており、未来の才能に接する貴重な機会ともなっている。

曲目は、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、リストの交響詩「前奏曲」、ブラームスの交響曲第1番。

ベートーヴェンイヤーとなる2020年であるが、ベートーヴェン作品は意図的にかどうかはわからないが避けられている。そもそも日本は年末の第九公演が定着しているなど、ベートーヴェン作品が演奏される機会が極めて多い国であり、ベートーヴェンイヤーだからといってベートーヴェン作品を特別に取り上げなくても例年通りなら普通に聴く機会に恵まれるはずで、特集すると逆に飽和状態になるという懸念もある。

 

開演前と休憩時間にロビーコンサートがあり、多くの人が詰めかける。演奏指導を行っているということで、京都市交響楽団の楽団員の顔もそこここで見かける。

ロビーコンサートの演奏は、開演前が、シュターミッツの2つのヴィオラのための6つの二重奏曲より第1楽章と第2楽章、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番より第4楽章、福田洋介の「さくらのうた~FIVE」。休憩中が、ラヴェルの弦楽四重奏曲より第2楽章である。
みな若いので、音楽が自分のものになっていない感じだが、二十歳前後できちんと表現出来たらそれこそ半世紀に一人レベルの天才であり、ちゃんと演奏出来ているだけでも大したものである。

 

前半は、安藤光平がコンサートマスターを務める。京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科の演奏会では、ヴァイオリンは男子が一人だけという状態であったが、京都市ジュニアオーケストラはヴァイオリンの男子も比較的多い。3曲ともティンパニは女性であり、これはプロオーケストラでは余り見られないことである(打楽器全体で見ても7人中6人が女性である)。ホルンはプロでも女性奏者の活躍が目立っているが、京都市ジュニアオーケストラでも前半はホルンが4人中3人が女性、後半は全員が女性となる。巨大なコントラバスは男性奏者の多い楽器だが、京都市ジュニアオーケストラの場合は8人中7人が女性であり、楽器の選び方の基準が変わってきているのかも知れない。

 

ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」。景気づけ的に演奏されることの多い曲だが、広上は遅めのテンポを取り、高揚感よりもフォルムの美しさと確実な合奏力を聴かせることを選ぶ。教育的要素も多いので、いたずらな客受けの良さを避けたと考えることも出来るだろう。
京都市ジュニアオーケストラも広上の要求に応えて、美しい合奏を聴かせる。

 

リストの交響詩「前奏曲」。そういえばこの曲もテレビCMで使われたことがある。タバコのCMだったので、規制の入る1996年以前のことであろう。タバコのCMとしてはドビュッシーの「海」が使われていたこともあり、大人の嗜好品ということで、クラシックの曲が選ばれたりもしたのであろうか。
合奏がしっかりしている割に散らかった印象を受けるのは、奏者それぞれの音楽性がバラバラだからかも知れない。若者だからというよりも、常設の団体ではないということの方が大きいだろう。だがそれでも合奏そのものの能力と威力には秀でたものがあり、しっかりとした演奏が時を刻んでいく。ジュニアオーケストラだと弦の薄さや管のソロの弱さが感じられる場合もあるのだが、今年はそれもなく、かなり上質の仕上がりとなった。弦も管も輝かしい。

 

後半、ブラームスの交響曲第1番。コンサートミストレスは木田奏帆に代わる。名前から察するに親も音楽好きなのだと思われる。

威力で押す演奏も珍しくないブラームスの交響曲第1番であるが、広上と京都市ジュニアオーケストラは冒頭から音圧よりもブラームスの憂愁を引き立たせた演奏を行う。弦はウエットであり、押しつけがましさがない。主部に入っても滴るような音色で、ブラームスの悲哀を紡ぎ続ける。
第2楽章でも寂しさが際立っており、単なる美しさでなく生の悲しみを根底に置いた音楽を流す。木田奏帆のヴァイオリンソロも美しい。

最終楽章での歓喜の主題も最初のうちは朗々といった感じでは必ずしもなく、「取り敢えず」の明るさを示した後で逡巡は続く。二度目の歓喜の主題で広上は低音をしっかりと築いた上で全楽器を鳴らし、ようやくブラームス自身の確信を描き出す。そしてラストの金管のコラールでそれはようやく決定的なものとなる。
最初から好戦的で音で勝負するタイプのブラ1もかつてはよく見られたが、今は広上のように、ブラームスの懊悩に寄り添うような演奏が増えた。研究が進んだということもあるが、指揮者の独断で突き進むような時代ではなくなったということでもある。

 

演奏終了後、広上は3度ほどステージに呼ばれたが、最後はマイクを片手に登場。「このようなことを言うことのは余りないのですが(中略)京都市ジュニアオーケストラは、日本で一番上手いジュニアオーケストラです」と讃える。

そして、合唱指導を行った喜古恵理香、鈴木衛(まもる)、そして京都市ジュニアオーケストラ出身で、東京音楽大学指揮科3年の「リク君」が呼ばれる。

広上は3人に、京都市ジュニアオーケストラの印象を聞く。喜古恵理香は、「最初は広上先生あっての京都市ジュニアオーケストラという感じだったのが、今では広上先生と若き音楽家の集まり」と語り、広上から「喋り上手くなったね。今は指揮者も喋れないといけないから。これからもどんどん人を騙して下さい」と励まされる(?)。
鈴木衛は、「衛=守る=セコム」ということでセコム先生と呼ばれているという話を広上がして、鈴木も「どうもセコムです」と挨拶を行う。「京都市ジュニアオーケストラは、皆さんお聞きになって分かる通り、大変温かい音がする。また合奏というのは、目で合わせたり、耳で合わせたりもするけど、温かい心で合わせる。そういう二つの意味での温かさ」について述べた。
本名はわからないがリク君は、今日のことを川柳に詠んだそうで、「KJO優れた合奏金メダル」と発表するが、広上に「KJOって何?」と聞かれ、「Kyoto Junior Orchestra」と答えるも、「そういうのちゃんと説明しなきゃ」と突っ込まれる。説明しないとわからない時点で川柳としてはまずいわけだが、そもそもがそのままのことしか言っておらず、川柳にする必要もない。ちなみに作るのに2、3時間掛かったそうで、本番を聴いて詠んだものではないことがわかる。

 

最後は、リク君、鈴木衛、喜古恵理香の指揮リレーによりブラームスのハンガリー舞曲第1番が演奏される。この曲はブラームス本人がオーケストレーションを行っている。

まずリク君の指揮でスタート。きっちり纏まってはいるが民族音楽なのでももっと揺れを出して欲しいところである。トリオの部分は鈴木衛が指揮するが細部がやや粗め、再現部を指揮した喜古恵理香はスイングは上手く出していたが、次第に単調に陥るということで、必ずしも良い演奏ではなかったが、まだ若い指揮者と京都市ジュニアオーケストラによるフレッシュな音楽との出会いの場となっていた。

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