« 観劇感想精選(342) 「市川海老蔵特別公演」2020京都四條南座 | トップページ | 観劇感想精選(343) Bunkamura30周年記念シアターコクーン・オンレパートリー2019+大人計画「キレイ ―神様と待ち合わせした女―」 »

2020年2月24日 (月)

これまでに観た映画より(155) 「プリズン・サークル」

2020年2月19日 京都シネマにて

京都シネマでドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」を観る。監督・制作・編集:坂上香、撮影:南幸男、アニメーション監督:若見ありさ、音楽:松本祐一、鈴木治行。
矯正プログラムのある刑務所を題材にした作品である。

舞台となるのは、島根県浜田市にある、島根あさひ社会復帰促進センター。初犯の男性のみを収容する刑務所である。日本の刑務所は収容と懲役を主に担い、矯正のための訓練等は余り行われていないが、島根あさひ社会復帰促進センターはその名の通り、社会復帰を見据えた「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムが実施されている。TCが行われているのは日本でここだけだそうである。
島根あさひ社会復帰センターは、官民協働の刑務所である。受刑者の管理などは公務員である刑務官が担うが、刑務所の警備やTCを含む職業訓練などは民間の企業に勤める人などが行っている。懲役刑を受けている人が大半であるため、労働的な作業(刑務作業)は他の刑務所と同様に行われる。作業中の私語やよそ見も禁止である。だが、それとは別に週3回、TCが行われている。

刑務所にカメラが入ることは難しく、交渉に6年を費やし、撮影中は常に刑務官が横にいること、個人的な接触は禁止(話しかけることも厳禁)、個別の取材は島根あさひ社会復帰促進センターが設定したインタビューのみに限られている。撮影した期間は2年に渡る。

この映画は、アニメーション映像が効果的に用いられており、冒頭から「嘘しかつけない少年」を描いたアニメーションが流れる。いかにも犯罪に行き着きそうな少年を描いた内容であるが、このアニメの本当の意味が後に明かされる。

受刑者の罪状は様々である。詐欺で入った人もいれば、窃盗の常習犯、暴行や強盗致傷(オヤジ狩りなど)、更には強盗致死など人の命を奪ってしまった者も含まれる。刑期にも幅がある。

島根あさひ社会復帰促進センターには多目的ホール(という名称だが開放的なスペースぐらいに捉えるとイメージに合うと思われる)があり、そこでTCが行われる。出所後の就職に結びつくプログラムもあるが、それ以上に重視されているのが、「なぜその罪を犯してしまったのか」に向き合うトレーニングである。これらはアメリカの刑務所で行われており、これらのプログラムを受けた受刑者は、有意に再犯率の減少が見られるという。
撮影後に、受刑者の顔をぼかすなどの編集が加えられており、名前も仮名が用いられている。

窃盗を繰り返していた青年は、小学校低学年の頃から人のものを盗むということが常態化しており、そのことに罪悪感がない。それはある意味、社会への復讐でもあるようで、やられたからやっていいという発想が根底にあるようだ。
そのような発想に至る背景には、やはり幸福とはいえない家庭環境が存在していることが多いようである。両親と過ごした記憶がほとんどなく施設で成長した青年、物心ついた頃には母親は三番目の父親と暮らしており見放された状態で過ごした青年、家庭内暴力の記憶だけが残っている青年など、生まれた家庭に不幸の種があったケースが多い。そのほかにも学校で酷いいじめに遭ったり、日本国籍ではないということで将来を絶望視するしかなかったりと、被害者意識が芽生えやすい環境にあった者が多いことは確かなようである。

ある受刑者は、「マイナスの感情に向き合うのが怖いからごまかして生きてきた」という内容の発言をしている。総じていえることは、彼らには彼ら自身以外の物語に乏しい、もしくは自分自身の物語も上手く描けていないということである。
冒頭のアニメの物語は、受刑者の一人が、「物語を作ってみる」というプログラムの中で作った文章をアニメ化したものである。他者の物語に触れないと想像力が働かないため、自己と他者の区別が上手くいかず、また他者の心を理解することも難しくなる。同じ受刑者と語り合うことで、彼らは他者と、そして自己とも向かい合うようになる。両親との記憶が全くなかった青年も、徐々にその時代のことを思い出していく。

勿論、それで全員が立ち直るというわけではない。出所後に職員や元受刑者らで集まる同窓会のようなものが定期的に行われているが、捕まっていないだけで軽犯罪を繰り返しており、それが犯罪だと自覚していない者の姿もカメラは捉えている。彼は「TCを忘れてしまった」と語る。TCを受けた受刑者の再犯率はその他の刑務所の半分以下となるが、絶対的な効果を持つというほどでは残念ながらない。

 

一人で生きていくのが、普通よりも困難な人々であることは間違いないのだが、それだけに自分だけではない他者の物語に気づかせる重要さが浮かび上がってくる。他者は必ずしも敵ではない。生きる上で必要な誰かと、運悪く出会うことが出来なかった人々の発見と再生の物語でもある。

ちなみに、現在、日本に受刑者と呼ばれる人は約4万人いるそうだが、島根あさひ社会復帰促進センターでTCを受けられるのは40人ほど。圧倒的多数の受刑者は誰の物語にも出会えずに途方に暮れているということになる。

Dsc_8702

| |

« 観劇感想精選(342) 「市川海老蔵特別公演」2020京都四條南座 | トップページ | 観劇感想精選(343) Bunkamura30周年記念シアターコクーン・オンレパートリー2019+大人計画「キレイ ―神様と待ち合わせした女―」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 観劇感想精選(342) 「市川海老蔵特別公演」2020京都四條南座 | トップページ | 観劇感想精選(343) Bunkamura30周年記念シアターコクーン・オンレパートリー2019+大人計画「キレイ ―神様と待ち合わせした女―」 »