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2020年2月20日 (木)

コンサートの記(626) リオ・クオクマン指揮 京都市交響楽団第642回定期演奏会

2020年2月14日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第642回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、マカオ出身のリオ・クオクマン。

ヤニック・ネゼ=セガンの下でフィラデルフィア管弦楽団をアシスタントコンダクターを務め、地元紙から「驚くべき指揮の才能」と激賞されたこともあるリオ・クオクマン。香港演芸学院を経て、ジュリアード音楽院、カーティス音楽院、ニューイングランド音楽院など、アメリカ東海岸の名門音楽院に学び、日本でも比較的知名度の高いヒュー・ウルフなどに師事している。2014年にパリで行われたスヴェトラーノフ国際指揮者コンクールで最高位を獲得。ピアニストとしてもキャリアを積んでおり、おそらくオーケストラの弾き振りなども多くやっているのだと思われる。出身地であるマカオの室内楽協会の創設メンバーであり、香港やマカオでの受勲も多い。現在は香港ニュー・ミュージック・アンサンブルの首席指揮者を務めている。

リオ・クオクマンの京響定期登場は2度目。前回は他の用事があったため聴くことは出来なかったが、京響メンバーのリクエストを受けての再登場とのことなので、期待は高まる。

 

曲目は、ラロのスペイン交響曲(独奏:アレクサンドラ・コヌノヴァ)とプロコフィエフの交響曲第5番。

 

ポスターなどでは眼鏡姿で映っているリオであるが、プレトークに現れた時は眼鏡はしておらず、本番中も眼鏡を掛けることはなかった。スコアを目にしながらの指揮だったので、他の矯正手段を行ったか、そもそも伊達眼鏡だったかのどちらかだと思われるが、そのことが音楽に影響するとも思えないので、気にしなくてもいいだろう。

英語でのスピーチ(通訳:小松みゆき)。リオは、「ハッピー、バレンタイン」と述べていた。他の指揮者に比べると短めのスピーチで、まずラロのスペイン交響曲のヴァイオリンソロが超絶技巧で知られていることを紹介し、今回のソリストであるアレクサンドラ・コヌノヴァは、元々難しいこの曲に更に難度を高める技巧を加えた上で弾いていることを明かす。リオとコヌノヴァは、2年ほど前に東京で共演したことがあるそうで、2年ぶりに、今度は京都で共演出来ることが嬉しいと語っていた。

プロコフィエフの交響曲第5番は、「オーケストラ全員にとって難しい曲」と紹介し、「第2楽章は、ネコとネズミが騒いでいるような印象を受ける」として、「皆さん、『トムとジェリー』はご存じでしょうか?」と聞いて、プロコフィエフがアメリカに亡命した際、ウォルト・ディズニーに会ったことがあり、「せっかくロサンゼルスにいるんだからアニメ映画の音楽を書いてくれないか」との依頼を受けていたという事実を明らかにする。実現はしなかったようだが、アニメからなんらかの影響を受けた可能性を示していた。
プロコフィエフは映画音楽なども書いており、有名な「キージェ中尉」は同名映画のための音楽として書いたものをプロコフィエフ自身がコンサートピース用に改編したものである。

 

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平といういつもの布陣。4月からは新メンバーが加わって、編成にもバリエーションが加わる予定である。

 

ラロのスペイン交響曲。交響曲と名付けられているが、実際はヴァイオリン協奏曲である。ただ一般的なヴァイオリン協奏曲とは異なり、5つの楽章から鳴る描写性の高い音楽である。

リオの指揮であるが、非常に明晰で、やりたいことが指揮棒を見ていてはっきりわかる。拍を刻むことも多いオーソドックスな指揮姿であるが、指揮棒の先端の動かし方でどの楽器にどのような指示を送っているを把握しやすい。
普段の京響は密度の濃い音を出すのだが、今日は浮遊感と淡さが感じられる耽美的な演奏で、フランス系、特に実演で聴いたことのあるトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団など南仏のオーケストラを思わせるような新鮮な響きが耳に届く。ちなみにリオはトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団に客演した経験があるようだ。

ヴァイオリンソロを務めるアレクサンドラ・コヌノヴァは、1988年モルドヴァ生まれ。2012年のハノーファー・ヨーゼフ・ヨアヒム国際ヴァイオリンコンクールで優勝を果たし、チャイコフスキー国際コンクール・ヴァイオリン部門でも1位なしの大会で3位に入賞している。
今日は譜面を見ながらの演奏となった。クラシック音楽も一頃は暗譜での演奏が流行ったが、最近はその揺り戻しなのか、譜面を必ず置いて演奏するアーティストも増えてきている。

コヌノヴァはかなり徹底された美音の持ち主であり、雑音らしい雑音はほとんど立てることなく、弓が弦に吸い付いてでもいるかのような純度の高いソロを披露する。もうそれだけで凄いということがわかるが、表現力も立派である。
スペイン情緒に溢れた第5楽章は、コヌノヴァと京響が祝典ムードに突入。ハレの気分で満たされた痛快な音楽となる。

 

アンコール演奏。もう一つの譜面台が用意され、京響コンサートマスターの泉原隆志とコヌノヴァの二人による演奏が行われる。まず、コヌノヴァの英語によるスピーチを泉原が日本語に訳す。二人は以前、ドイツでヴァイオリンの同門として過ごした時期があるそうで、旧知の仲らしい。途中、泉原がコヌノヴァの言葉を聞き逃したのか、上手く日本語に置き換えられなかったかで、「……」となる場面があり、コヌノヴァが同じ事をもう一度言って、客席の笑いを誘っていた。
一番最初に、「ベートーヴェン生誕250年ということで」とベートーヴェンイヤーを記念する演奏であることを明かし、指揮者であるAleksey Igudesmanの編曲によるベートーヴェンの「エリーゼのために」(2つのヴァイオリンのための)が演奏される。
ちなみに指揮者のリオは、コヌノヴァがスピーチしている時もその横にいたが、コヌノヴァが、「マエストロには大変失礼なんですが、譜めくり人をやって貰いたいと思います」。ということでリオは実際に担当する。ちなみに泉原は譜面は自分でめくっていた。ピッチカートが多用されたり、不安定な音の進行が感じられる編曲であり、エリーゼが誰なのかは今なお決着がついていないが、報われぬ恋であったことは確かであるため、そうした背景を音に込めた編曲なのかも知れない。

 

プロコフィエフの交響曲第5番。プロコフィエフが書いた作品の中で最もシリアスな音楽である。
1891年に生まれ、1953年になくなったプロコフィエフ。1891年はモーツァルト没後100年に当たり、またプロコフィエフと全く同じ日にソ連の独裁者、スターリンが没したため(1953年3月5日)、記念の日や年に光が当たりにくいとされる。
交響曲第5番は、独ソ不可侵条約を破って侵攻してきたドイツに対する怒りをぶつけた作品とされる。犬猿の仲であったショスタコーヴィチとは違い、プロコフィエフはメッセージ的には比較的素直であり、曲の構造と響きに関する独自のセンスが最大の面白さとなる。

プロコフィエフの交響曲第5番は、過去には東京・渋谷のNHKホールで行われたシャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の演奏会で聴いているが、実はこの時がデュトワの実演に触れる初の機会であったりする(1995年12月のこと)。また初めて聴いたプロコフィエフの交響曲第5番のCDもシャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団のものであった。
リオ・クオクマンは、現在もフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督であるヤニック・ネゼ=セガンのアシスタントをしていたが、ネゼ=セガンの前にフィラデルフィア管弦楽団の首席指揮者であったデュトワとの関係はよくわからない。ただ、今回の演奏はいかにもデュトワが好みそうなタイプであり、モントリオール出身でシャルル・デュトワを幼い頃から崇拝していたネゼ=セガン経由の影響が皆無というわけでもないだろう。

比較的ひんやりとした音で奏でられることの多いプロコフィエフの交響曲第5番であるが、京響はこの曲でも温かみがあり浮遊感のある音を出す。ロシアは、ロマノフ王朝時代に貴族階級の共通語をフランス語としたほどのフランス趣味を持っていた国であり、フランス音楽を得意とする指揮者はロシア音楽も得意とする傾向が顕著に見られるため、フランス風の演奏であったとしても、それはそれで説得力がある。
第1楽章の終わりには「凄絶」と表現すべき轟音が用意されているのだが、リオと京響は音に陰影は余りつけないため、それが描くものよりも響き自体に意識が向かう。

第2楽章の素早い音の進行も必要以上に深刻となることはない。

全体を通して、旋律やハーモニーの美しさや、バレエ音楽のような上品さが聞き取れる演奏であり、シリアスさは後退しているかも知れないが、音楽そのものの良さを聴かせる純音楽的な快演で、京都市交響楽団の美質が自然に引き出されていたように思う。

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