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2020年2月 7日 (金)

コンサートの記(624) 長岡京室内アンサンブル 「望郷に寄す」

2020年2月1日 長岡京市の京都府長岡京記念文化会館にて

午後3時から、京都府長岡京記念文化会館で、長岡京室内アンサンブルの演奏会「望郷に寄す」を聴く。

曲目は、林光の映画『裸の島』より「裸の島」のテーマ、林光の『真田風雲録』より「下剋上の歌」、中村滋延(なかむら・しげのぶ)の弦楽のための音詩「ポンニャカイ、セダーに化ける」(弦楽合奏版)、武満徹の「弦楽オーケストラのための3つの映画音楽」(映画『ホゼー・トレス』より「訓練と休息の音楽」、映画『黒い雨』より「葬送の音楽」、映画『他人の顔』より「ワルツ」)、ウェーバーのクラリネット五重奏曲変ロ長調(弦楽合奏版。クラリネット独奏:吉田誠)、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」(弦楽合奏版)。

森悠子が一緒に演奏したい人と演奏するために結成した長岡京室内アンサンブル。メンバーは固定ではない。今回の出演は、高木和弘(ヴァイオリン)、谷本華子(ヴァイオリン)、ヤンネ舘野(ヴァイオリン)、石上真由子(ヴァイオリン)、中平めいこ(ヴァイオリン)、藪野巨倫(やぶの・きりん。女性。ヴァイオリン)、細川泉(女性。ヴィオラ)、中田美穂(ヴィオラ)、金子鈴太郎(かねこ・りんたろう。チェロ)、柳橋泰志(やなぎばし・たいじ。チェロ)、石川徹(コントラバス)。

 

まず森悠子が一人で現れ、挨拶を行う。長岡京室内アンサンブルが結成されてから22年が経ったが、結成当初に共演したフルート奏者は今はベルリン・フィルのフルート奏者となり、ハープ奏者はウィーン・フィルのハープ奏者となっているそうで、リヨン国立高等音楽院時代の教え子ではあるが、会いたくても会えない存在となってしまっているそうである。
その後、長岡京室内アンサンブルは作曲された時代に合わせた演奏を行っており、ヴァイオリンにガット弦を張ったり、弓をバロックボウにしたりしていることを語る。今回はウェーバーのクラリネット五重奏曲変ロ長調をやるということでクラリネットに工夫がある。
「私、知らなかったんですけど、ウェーバーはベートーヴェンの同時代人で」と話した後で(ウェーバーは、ベートーヴェンの交響曲第7番の初演を聴いて、「ベートーヴェンもついに気が狂ったか」と日記に記している)クラリネット奏者の吉田誠をステージに呼び、今日使われるクラリネットについて語って貰う。
今日使われるクラリネットはツゲの木材で作られ、金属の部分には真鍮が用いられているという。そのため本体は茶色で金属部分は金色である。現在、多く使われているクラリネットは黒檀に近い素材が用いられており、金属部分には洋白が使われているそうで、黒と銀の組み合わせになっているが、こちらの方が耐久性は良いそうである。
ただツゲと真鍮のクラリネットはまろやかな音がして、「良い意味で汚い音も出してくれる」そうである。表現の幅は広がりそうである。

 

長岡京アンサンブルの配置は毎回独特で、今日も下手側に陣取る奏者が上手側が向いて弾くのは当たり前だが、上手側に位置する奏者も半分ほどは上手を向いて弾く。おそらくヴァイオリンの音を直接客席に届けるためには上手を向いて弾いた方が有効との判断だろう。一応、通常の編成ではコンサートマスターに当たる位置にいるヤンネ舘野が中心ということになっていると思われるが、中村滋延の弦楽のための音詩「ポンニャカイ、セダーに化ける」では上手側に陣取った高木和弘がソロを務めており、リーダーは固定というわけではないようだ。

 

林光の映画『裸の島』より「裸の島」のテーマと、映画『真田風雲録』より「下剋上の歌」

高校生の頃から作曲家として第一線で活躍してきた林光。作曲家として必要な知識は高校時代にすでに身につけてしまい、東京芸術大学に進むも、もう教わることは何もなかったためすぐに中退して専業の作曲家となっている。活躍したのは現代音楽の全盛期であったが、林は難解な音楽に関しては否定的であり、美しい旋律を追求し続けた。

「裸の島」のテーマもメロディーが美しく、「下剋上の歌」日本的な旋律で始まるが、次第にジャジーでお洒落な作風へと変わっていく。

 

中村滋延の弦楽のための音詩「ポンニャカイ、セダーに化ける」。中村滋延は、1950年、大阪生まれの作曲家。愛知県立芸術大学大学院およびミュンヘン音楽大学に学び、日本音楽コンクール作曲部門、国際ガウデアムス作曲コンクールなどへの入賞、日本交響楽振興財団作曲賞、国立劇場舞台芸術作品賞などの受賞歴がある。2001年から2016年まで九州大学大学院芸術工学院教授を務め、2010年には福岡市文化賞を受賞している。

高木和弘が奏でる不安定な旋律に始まり、ミニマルミュージックの部分を経てウエットな音楽となり、再びミニマルミュージカルからヴァイオリンソロで閉じられるという、鏡合わせのような構造を持っている。

「ポンニャカイ、セダーに化ける」という不思議な題を持つが、インドの長編叙事詩『ラーマヤナ』の中のエピソードを音楽にしたものだそうで、セダーというは主人公であるラーマ王子の奥さんだそうである。ポンニャカイというのはラーマ王の敵である魔王ラーヴァナの姪だそうである。ラーマ王が魔王ラーヴァナに誘拐されたセダーを取り戻すというのが『ラーマヤナ』という物語の骨子だそうだが、ラーマ王の強さを知った魔王ラーヴァナはポンニャカイにセダーの死骸に化けるよう命じる。セダーが死んだと思わせることでラーマ王の戦意を喪失させる作戦であったが、ラーマ王はセダーの死骸を偽物だと見破り、ラーヴァナを倒して、死骸に化けていたポンニャカイを許すという話だそうである。

演奏終了後、客席にいた中村滋延がステージ上に呼ばれ、森悠子と二人で話す。森悠子は、幼少期を大阪府高槻市で過ごしたそうだが、中村が住んでいるのは森の家から二筋離れたところだそうで、ご近所さんだっだそうである。ただ初めて顔を合わせたのは1年前とごく最近だそうだ。
森によると高槻というのは不思議なところだそうで、子供には習い事をさせるのが当たり前で、学習塾に通わせるのではなく、算盤や音楽や習字、洋裁などを習わせる家が多いそうである。そして世界でも一級のピアノ教師やドレメの先生などがちゃんといたそうで、森は「高槻は文化水準が高かったのかしら」と言い、中村は「長岡京も文化水準は高いと思いますが」と立てた上で高槻の街を賞賛した。

 

武満徹の「弦楽オーケストラのための3つの映画音楽」(映画『ホゼー・トレス』より「訓練と休息の音楽」、映画『黒い雨』より「葬送の音楽」、映画『他人の顔』より「ワルツ」)。ジョン・アクセルロッド指揮の京都市交響楽団の定期演奏会でも聴いたことのある曲である。

映画好きとしても知られた武満徹。手掛けた映画音楽も膨大な量に及ぶ。目標とする作曲家としてポール・マッカートニーを挙げていた武満徹。現代音楽の作曲家として響きを追求する音楽を書いていたが、メロディーメーカーへの憧れも持っていた。メロディーを書く才能には必ずしも恵まれていたわけではなかったが、映画音楽を書く時は旋律重視路線も取っていた。そのことはこの曲でも確認出来る。
ジャズの要素も取り入れた「訓練と休息の音楽」、代表作である「弦楽のためのレクイエム」を思わせる部分もある「葬送の音楽」、ショスタコーヴィチ的ひねりの効いた「ワルツ」など、いずれの曲も面白く、演奏も素晴らしい。

 

ウェーバーのクラリネット五重奏曲変ロ長調(弦楽合奏版)。
吉田誠のクラリネットは甘く、弱音の音の通りが良く美しい。弱音の美しさはツゲと真鍮によるクラリネットならではのものなのかも知れない。
ベートーヴェンの交響曲第7番への批評からも分かる通り、ウェーバーは保守的な作曲家であり、古典的造形を重視し、クラリネットの良さを生かす音楽を書いている。新しさは追求されていないが、美しさに関しては最上級である。

長岡京室内アンサンブルは、特にピリオドなどは意識していないようだったが、ボウイングにそれらしい部分はあったかも知れない。

演奏終了後、吉田はクラリネットを2つに分けるが、下の方を落としてしまうというハプニングがある。

吉田と長岡京室内アンサンブルでアンコール演奏を行う予定であったが、吉田がクラリネットをしきりと気にしているため、森が歩み寄り、「大丈夫?」と聞く。だが返ってきたのは「壊れた」という言葉で、急遽、アンコールは取りやめとなる。
まさかリアル「クラリネットをこわしちゃった」に遭遇することになるとは。
メンバー全員が舞台袖に引っ込んだ後も、客席はしばらくざわついていた。

 

ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」(弦楽合奏版)。
弦楽四重奏曲というジャンルの中で、私が最も好きな曲である。実際はスラヴの旋律しか使われていない「新世界」交響曲に対し、「アメリカ」は黒人音楽の要素などが取り入れられており、折衷様式が生み出すエキゾチシズムが魅力的である。
弦楽合奏による演奏であるためボリュームがあり、弦の艶やかさが一層引き立つが、素朴さは後退するため、オリジナルと比較して一長一短という気はする。ただ演奏自体は大変優れたものである。

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