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2020年2月26日 (水)

観劇感想精選(343) Bunkamura30周年記念シアターコクーン・オンレパートリー2019+大人計画「キレイ ―神様と待ち合わせした女―」

2020年1月30日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて観劇

午後6時30分から、大阪・中之島のフェスティバルホールでBunkamura30周年記念シアターコクーン・オンレパートリー2019+大人計画 「キレイ -神様と待ち合わせした女-」を観る。2000年に初演され、衝撃を持って迎えられたミュージカルの四演である。

作・演出:松尾スズキ、音楽:伊藤ヨタロウ。出演は、生田絵梨花(乃木坂46)、神木隆之介、小池徹平、鈴木杏、皆川猿時、村杉蝉之介、荒川良々、伊勢志摩、猫背椿、宮崎吐夢、近藤公園、乾直樹、香月彩里、伊藤ヨタロウ、片岡正二郎、家納ジュンコ、岩井秀人、橋本じゅん、阿部サダヲ、麻生久美子ほか。

奥菜恵主演による「キレイ」は映像で観たことがあり、音楽も気に入ったのでCDも持っていたりするのだが、特に舞台を観ようとは思わず、再演、再々演にも出向くことはなかったが、今回は麻生久美子が出るのでフェスまで出掛けることにした。
第1幕の上演時間が約1時間40分、20分の休憩を挟んで第2幕が約1時間45分という大作であり、フェスを出たのは午後10時過ぎ。京都に帰るのが遅くなった。
役名を含めて、初演時と異同がある。といってももう初演の映像はほとんど覚えていないのだけれど。

舞台は現代の日本である。だが、今ある日本とは違うパラレルワールドの日本だ。ここは、キグリ、クマズ、サルタという3つの民族が対立する他民族国家であり、100年に渡って内乱が続いている。幕末期の動乱時に徳川家が薩長に逆らっていたら、あるいはこうした日本になっていたかも知れない。

 

少女(生田絵梨花)は、マジシャン(阿部サダヲ)とマタドール(猫背椿)とカウボーイ(乾直樹)に誘拐され、10年の間、地下室に閉じ込められていた。ある日、カウボーイが死に、カミと呼ばれる存在(伊藤ヨタロウ)が加わる。そしてまた別のある日、少女は、ソトに出た。3日掛けて全てを忘れた少女は、カミが「お前は穢れた!」と宣言するのを耳にする。少女はその時からケガレと名乗るようになる。それはカミの呪縛でもあった。

一方、成人したケガレはミソギと名乗っている(初演時の「ミサ」から役名変更。演じるのは麻生久美子)。成人し、富豪となったハリコナ(小池徹平)と結婚したミソギは、金を自由に使える身分になっていたのだが、結婚式が終わった後、ミソギはスコップを持って他人の土地を掘ろうとしていた。ハリコナが気づき、警備員を金で買収したため事なきを得たが、ミソギは自分がなぜそんなことをしようとしていたのかわからない。ケガレとミソギの世界は交互に、あるいは同時進行で進む。

ケガレは、戦闘用クローンであるダイズの死体を回収しているキグリのカネコ組の人々と出会い、知恵遅れのハリコナ(神木隆之介)と言葉を交わす。地下室から出たばかりで何も知らないケガレを見たハリコナは「俺より馬鹿がいた!」と歓喜しながら歌う。
元々はカネコは知能指数の高い家系なのだが、ハリコナはお腹の中にいた頃に頭をスズメバチに刺されたため、知育がストップしてしまったらしい。だが一方、枯れ木に花を咲かすことが出来るという特技を持っている。赤紙を受け取ったハリコナにケガレは、戻ってきたら結婚することを誓い……。

 

今回は阿部サダヲがマジシャン役になったということで、マジシャンのセリフをかなり足したとのことである。全てはこの日本一下手くそといってもいいマジシャンの絶望と妄想からスタートしている。ちなみに、マジシャンの本名は明かされていて、小松という。

松尾スズキの故郷である九州の地名が何度も出てくる。激戦地となった博多、福岡市内の地名である香椎、またクマズの本部は鹿児島にあるそうで、鹿児島市内にあるクマズの病院ではみな薩摩弁を喋っている。おそらくクマズというのは、熊本と鹿児島島津家を足したもので九州の南方のことなのだろう。
最重要人物のマジシャンに自身と同じ「松」の字を与えていることから、この物語に松尾スズキ本人の歩みが重ね合わされているようにも感じられる。再生と肯定の物語であるが、松尾スズキは子供の頃は体育の授業にも出られない虚弱児で劣等感を抱きながら過ごし、九州産業大学芸術学部卒業後に入ったデザイン関係の会社ではアルバイトにすら負けるような駄目社員だったため、当時の恋人から「演劇が得意なんだからそっちを頑張れば」と言われて会社を辞め、演劇界に飛び込んで成功している。マジシャン役の阿部サダヲも高校卒業後にサラリーマンを経験しているが、こちらもかなりの駄目社員だったそうで、俳優に転身して再生を果たしている。

実は鍵を握っているのは、ケガレでもミソギでもなく社長令嬢・カスミ(鈴木杏)である。カスミはケガレに何度も「やり直すのよ」と言い、それがケガレの再生へと繋がっていく。

地下室で、ケガレはかつての自分に別れを告げた。犠牲を出し、犠牲となった日々の記憶と共に。そしてその欠落に気づかぬまま奔放な生活を送る。だが、もう一度、生き直さなければならない。見捨てたかつての自分、ミソギと向かい合うことで。

 

ミュージカルというと夢のような世界を思い描きがちだが、「キレイ」はそれとは真逆の汚らしい世界が描かれている。ただ、タイトルも物語っているが、「マクベス」的な一体感を持ったこの世界と自分を肯定することになる。

パラレルワールドとはいえ、日本が舞台になっているということで、複雑な歴史を辿ることになった日本近現代史が重ねられており、地下室は「平和記念公園」という場所の平和の女神像の下にあるという設定になっている。そこでミソギはカミの振りをしていた少女ミソギと和解することになる。

ただ、これは個人的なことなのだが、私は一人の女性を思い浮かべた。酒井若菜。松尾スズキに気に入られて、「キレイ」再演時のケガレ役に抜擢された女優であるが、松尾スズキと愛人関係にあったことが発覚しそうになり、初日の幕が開く2週間ほど前に降板している(代役は鈴木蘭々)。酒井若菜さん本人が語っていることなので、書いても大丈夫だと思うが、その後、彼女はしばらく女優業から遠ざかり、地獄のような日々を送ったことを明かしている。文才があったため、文筆業と女優を兼ねる形で再生したが、まるでケガレを体現してしまったかのような人生だ。
あるいは……、なのだが、これ以上は私が言うべきことではない。語らずにおく。

 

ケガレを演じた生田絵梨花の歌唱力は抜群である。これまでの上演では、ミュージカル初挑戦の女優がケガレを演じることが多かったが、生田絵梨花はすでにミュージカル女優として高い評価を受けており、ものが違う。実は麻生久美子も余り歌うイメージはないかも知れないが歌はかなり上手い方なのであるが、流石に生田絵梨花には敵わない。生田絵梨花はおそらく日本における次期ミュージカルの女王に君臨するであろう逸材である。

ドイツに生まれ育ち、音大出身というお嬢様育ちで知られる生田絵梨花に対して、麻生久美子は子供の頃の貧乏体験で知られる女優である。対比するためにキャスティングされたというわけではないだろうが、女優本人の姿を重ね合わせてみるのも面白いのではないだろうか。

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