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2020年3月の22件の記事

2020年3月31日 (火)

配信公演 広上淳一指揮京都市交響楽団第643回定期演奏会無観客公演(文字のみ)

2020年3月28日

京都市交響楽団の第643回定期演奏が行われるはずだったのだが、新型コロナウィルスの影響により中止となり、京都コンサートホールで行われる無観客公演がストリーミングサービスのカーテンコールによって午後2時半からライブ配信される。

指揮は京都市交響楽団第12代常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。


曲目は、シューベルトの交響曲第5番とマーラーの交響曲第4番(ソプラノ独唱:森谷真理)。

今日のコンサートマスターは4月から京響の特別客演コンサートマスターに就任する会田莉凡(りぼん)。フォアシュピーラーに泉原隆志が入る。


カーテンコールは前日に広上淳一へのインタビューを行っており、事前に見ることが出来るようになっている。
インタビュアーは、クラシックコンサートを生で聴いた経験がないという女優の永池南津子。なぜそんな素人にインタビュアーを任せようということになったのかだが、配信を見る人の中にコンサート会場に行ったことがない人も多いだろうということで、素人代表として敢えて永池を指名することにしたのだと思われる。
広上も初心者にもわかるように、それぞれの個性を食べ物に例えた後で、マーラーの交響曲第4番は映像化するように、シューベルトの交響曲第5番はテラスで味わう飲み物や景色に置き換えて説明していた。

シューベルトもマーラーもこの世のあらゆる諸相を音楽の中で描き切った作曲家である。


カーテンコールはまだ本格的なサービスが開始される前の段階ようで、映像や音が飛びやすい。ということで、まずパソコンで視聴し、順調ではあったのだが、音の切れが増え始めたため、比較的音の安定しやすいスマホの音声をイヤホンで聴きながら、パソコンのモニターを確認するという視聴方法に変更する。当然ながら絵と音が大幅にずれる。パソコンの回線の方がスタートは早いものの途中で止まることが多いため、最終的にはスマホに抜かれるということが繰り返される。


シューベルトの交響曲第5番。
晴れやかさと毒が同居するシューベルトならではの楽曲であり、「ザ・グレイト」と「未完成」以外のシューベルトの交響曲の中では比較的よく演奏されることの多い作品である。

広上と京響は冒頭から晴れやかな表情を前面に出すが、その後、シューベルトらしい戦きの表情が現れるなどメリハリをつけた演奏が展開される。
第3楽章はさながら死の舞踏という趣であり(広上は全く別の解釈を語っていたが)シューベルトの青春の怖れを十全に表現した演奏となった。指揮台上でステップを踏みながら踊る広上の指揮姿も面白い。

京都コンサートホールは天井が高いため音が上に行ってしまう傾向があり、パソコンのスピーカーで聴いていた時はそれが顕著に感じられたのだが、イヤホンで聴いた場合はほとんど気にならなくなる。


マーラーの交響曲第4番。
京響の磨き抜かれた弦と抜けの良い金管の音が生かされた演奏である。まさに天国的な美しさを湛えている。
広上はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(現ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)でレナード・バーンスタインのアシスタントをしていた時にこの曲のレッスンを受けており、20世紀最高のマーラー指揮者直伝の解釈を授かっている。
第2楽章ではコンサートマスターの会田莉凡が調弦を変えたヴァイオリンによる切れ味の鋭いソロ(死神の独奏といわれる)を聴かせる。
第3楽章の終結間近で下手後方のステージ入り口からソプラノの森谷真理が登場。そのまま指揮者のすぐそばまで進んで独唱を行う。
最終楽章の森谷の独唱であるが、残念ながら現在の収録方法では声が余りはっきりとは聞こえない。京都コンサートホールでの声楽の収録にはもっと経験を積む必要があるようだ。

とはいえ、全体を通して充実した演奏であり、やはり生で聴きたかったと思う。


演奏終了後、セレモニーがあり、門川大作京都市長が登場してスピーチを行い、更に京都コンサートホールの新館長に広上淳一が就任することが正式に発表された(数日前に京都市新聞などには記事が載っていた)。
更にトランペット奏者の早坂宏明が3月いっぱいで退団するということで、早坂に花束が贈られ、アンコールとしてシューベルトの「ロザムンデ」間奏曲第3番が演奏される。優しさと温かさに満ちた演奏であった。

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2020年3月30日 (月)

さよなら志村けん 「ヒゲ」のテーマ

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2020年3月28日 (土)

コンサートの記(629) 尾高忠明指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第496回定期演奏会

2016年3月11日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第496回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は尾高忠明。

大阪フィル首席指揮者の井上道義とは長年に渡る友人である尾高忠明。二人とも学生時代は腕白で、二人合わせて「悪ガキ・イノチュウ」と呼ばれていた。井上道義は今もいたずら小僧の面影があるが、尾高さんは大分ジェントルになった。

1947年に指揮者・作曲家の尾高尚忠の次男として生まれ、桐朋学園大学を卒業。東京フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団の常任を経て、昨年の3月まで札幌交響楽団の音楽監督を務めた。札響との音楽監督としてのラストステージは東京のサントリーホールでの演奏会であり、私はその演奏会を聴いている。
海外ではイギリスのBBSウェールズ・ナショナル管弦楽団(ウェールズは厳密にいうとイギリス=イングランドではないが)の首席指揮者を務めており、現在は桂冠指揮者の称号を贈られている。BBCウェールズ・ナショナル管とはレコーディングでも高く評価されている。
2010年よりNHK交響楽団の正指揮者に就任(現在は外山雄三との二人体制)。

今日の大阪フィルのコンサートマスターは首席客演コンサートマスターの崔文洙。ドイツ式の現代配置での演奏である。


曲目は、リャードフの交響詩「魔法にかけられた湖」、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン独奏:諏訪内晶子)、ラフマニノフの交響曲第2番。


リャードフの交響詩「魔法にかけられた湖」。ホワイエでプレトークを行った大阪フィルハーモニー交響楽団事務局次長の福山修氏によると「大阪フィルがこの曲を演奏するのはおそらく初めて」だそうであるが、私もこの曲を生で聴くのは初めてである。
ペテルブルク音楽院の教師としてプロコフィエフなどを教えたことで知られるリャードフであるが、作曲家としてはかなりの遅筆であり、ディアギレフが新作バレエの作曲をリャードフに依頼するも出来上がる気配がまるでないので、作曲家をストラヴィンスキーに変更。出来上がったバレエが「火の鳥」である。
そんな調子だったため、寡作というほどではないが残された作品は余り多くなく、またピアノ曲など小品が占めるパーセンテージが高いのも特徴である。

幻想的な絵画を描くのを好んだというリャードフ。「魔法にかけられた湖」は、シベリウスの「トゥオネラの白鳥」やドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」を思わせるような神韻縹渺とした雰囲気を持つ佳編である。
全曲ノンタクトで振った尾高と、大阪フィルの演奏もこの曲が持つ独自の趣をよく表していたように思う。


プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番。真っ赤なドレスで現れた諏訪内晶子。どちらかというと曲調に合わせて機械的に弾かれることの多いこの曲を丁寧且つ繊細に、儚げな美しささえ感じさせる独特のヴァイオリンで弾き切る。諏訪内の持ち味は他の国のヴァイオリニストからは余り聴かれないものであり、彼女が良い意味でとても日本的なヴァイオリニストであることが再確認出来る。諏訪内も若い頃は美音の技巧派だったが、その後、徐々に日本的な個性を持つヴァイオリニストへと変貌してきている。名古屋でパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンと共演し、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を弾いた際、演奏終了後にパーヴォがFacebookに「諏訪内晶子とのスペシャルなメンデルスゾーン」というメッセージをアップしていたが、おそらく「もののあわれ」的な諏訪内のメンデルスゾーンはパーヴォには新鮮だったのであろう。

諏訪内はアンコールとして、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタより“アンダンテ”を弾く。諏訪内の奏でるバッハは「高貴」の一言だ。


ラフマニノフの交響曲第2番。尾高はこの曲をBBCウェールズ・ナショナル管弦楽団やメルボルン交響楽団とレコーディングしており、十八番としている。
大阪フィルもメカニックは十分なのだが、長年ドイツものをレパートリーの柱にしてきたため、どちらかというと渋い響きを出しており、ラフマニノフとの相性は必ずしも良いとはいえないようだ。本来なら音のパレットはもっと豊富であった方が良い(曲が長く感じられてしまう)。ただ、こうした黒光りするようなラフマニノフもたまには悪くない。
大フィルというとホルンがネックだったのだが、今日の演奏ではホルンを始め金管群が充実。オーケストラとしての確かな成長を感じさせてくれる。


演奏終了後、尾高はマイクを手に登場。「こういう日(3・11)なので黙祷をなさった方、祈りを捧げられた方もいらっしゃると思います。もう5年経ってしまいましたが、先日、仙台で演奏会を行い、泊まっていたホテルから海の方を見てみたのですが、何も変わっていませんでした。復興はまだされていません。大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会ではアンコール演奏はしませんし、私もラフマニノフの交響曲第2番を演奏した後でアンコール演奏をするのは嫌なのですが、こういう日なので」
ということで、エルガーの「エニグマ変奏曲」より第9変奏“ニムロッド”がアンコールとして捧げられる。やはり尾高指揮のイギリスものは良い。崇高にして力強い演奏であった。

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配信公演 井上道義指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第536回定期演奏会(文字のみ)

2020年3月19日

今日は大阪フィルハーモニー交響楽団のネット配信がある。本来なら、昨日今日と井上道義指揮による第536回定期演奏会が通常の演奏会として行われるはずだったのだが、新型コロナウィルスの影響により無観客での上演、配信サイト「カーテンコール」での中継となった。残念ながら、音が飛んだり場面も飛んだり、1曲目のハイドンに至っては冒頭の音が出ないなど、技術的な問題はある(アーカイブでは改善されている)。

無観客演奏会自体は午後7時からなのだが、大阪フィルが定期演奏会の前に行っているプレトークサロンもやりたいというので、午後6時30分からの配信となる。配信が始まって10分ほど経ってから、大阪フィルハーモニー交響楽団事務局次長で、プレトークサロンの司会も務めている福山修氏が登場。お客さんが周りにいるいつものプレトークでの語りを演じ始める(言葉は「ご来場下さりまして」ではなく「ご視聴下さりまして」に変えている)。聴衆は背の高い禿頭の男性が一人だけ。井上道義である。
井上道義が、「すみません、客ですけど、ストラヴィンスキーって誰ですか? チャイコフスキーとかいるじゃないですか、どう違うんですか?」と福山さんのトークに割って入ったところで、福山さんが、「あ、目の前に井上道義マエストロがいらっしゃるので直接ご解説を」
そして井上道義が、「とてもやらせが酷いと思いますけれど」と言って、今日のプログラム解説などを行う。ちなみに今日の演目は、ハイドンの交響曲第2番、モーツァルトの交響曲第5番、ストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:アイレン・プリッチン)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。最初の2曲は若書きが並び、井上らしい選曲である。ちなみにモーツァルトの交響曲第5番は彼が9歳の時の曲。ハイドンの交響曲第2番は25歳前後に作曲されたものだという。

ストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲の独奏を務めるアイレン・プリッチン。井上は「プーチンじゃないですよ」と断りを入れた上で、「(見た目が)ロシア人らしくないでしょ。実はハーフ。ベトナムとロシアの。実は私もハーフで(井上は日米のハーフである。実父とされる井上正義は育ての親で、生みの親はガーディナーさんというアメリカ人だそうである)」
そして、「春の祭典」初演時のスキャンダルにも触れ、「(「春の祭典」は)全くひねくれた、僕みたいな」と言って、福山さんも困っていた。


今日のコンサートマスターは、元NHK交響楽団コンサートマスターの山口裕之が客演で入る。フォアシュピーラーは須山暢大。


ハイドンの交響曲第2番とモーツァルトの第5番は、チェロ以外オールスタンディングで演奏を行うという井上らしい外連が見られる。
共に初期の交響曲なので、後に築かれたような個性が発揮された作品というわけではない。ハイドンの交響曲第2番からは、バッハを始めとするドイツのバロック時代の音楽の影響が聴かれるし、モーツァルトの交響曲第5番は、作曲活動を開始してからまだ4年か5年の作品ということで習作である。ただ、その9歳のモーツァルトの第2楽章の哀感には打たれる。人生の悲哀などまだ全くといっていいほど知らない年齢で書かれた音楽であるが、神童以外のなにものでもない完成度に到達している。感情でなく、それまでに書かれた多くの先人の作品を勉強して書かれたものだと思われるが、人間業とは思えない。ただ、幼い頃にこんな曲を書いてしまったというところに、その後の悲劇的な人生が予見されたりもする。


作風を様々に変えたため「カメレオン作曲家」とも呼ばれたストラヴィンスキー。ヴァイオリン協奏曲は、ありとあらゆる音楽の要素を詰め込んだおもちゃ箱のような音楽である。昔、千葉にいた頃に、ストラヴィンスキーが子どものために書いたピアノ曲「五本の指で」というマジックのような小品集をよく弾いたが、それに似た楽しさに溢れている。
ソリストのアイレン・プリッチンも腕利きであり、まだ若いがストラヴィンスキーの音楽をよく把握した演奏を行う。

アイレン・プリッチンは、サンクトペテルブルク生まれ。モスクワ音楽院に学び、2014年にロン=ティボー国際コンクール・ヴァイオリン部門で優勝している。

休憩時間には、ステージ上でプリッチンへのインタビューが行われる。日本で演奏するのは15年ぶりだそうで、15年前はまだ子どもだったため、今また日本で演奏出来るのが嬉しく、またホールがとても素晴らしいのも嬉しいと述べたが、「お客さんがいないのは残念です」とも語った。


休憩時間に井上はカメラを楽屋に招き入れる。広くて快適そうな楽屋であり、堂島川と土佐堀川に挟まれた中之島にあるだけあって、窓からは川が見え、川の上に高速が走っているという、叙情的にして未来的な独特の風景が広がっている(立地に関していうならフェスティバルホールは日本で最高であろう)。
楽屋の壁には3人の指揮者の写真が飾られている。上段左がカール・ベーム、右がヘルベルト・フォン・カラヤン、下段にいるのが朝比奈隆である。ちなみに朝比奈とカラヤンは1908年生まれの同い年である。

フェルティバルホールに対するカラヤンからの賛辞が英語で綴られているが、実はカラヤンは(旧)フェルティバルホールの内装を気に入り、「これと同じものを建てろ」と命じて出来上がったのがザルツブルク祝祭(大)劇場である。
井上は、カラヤンのリハーサルをカーテンにくるまって隠れるなどしてよく聴いていたそうだが、以前にもインタビューで「男の俺でもクラクラするくらい色気がある」と語っていた。今日も「この中で練習が上手かった」と褒めていた。ちなみに井上はセルジュ・チェリビダッケの弟子であるが、チェリビダッケとカラヤンは「天敵」ともいうべき間柄であった。
楽屋の外の通路の壁にはフェスティバルホールで演奏したアーティストの写真がびっしりと並んでいる。グスターボ・ドゥダメルの写真を指して、「「彼はウィーン・フィルを指揮しています。(ベネズエラの指揮者がウィーン・フィルを振るなんて)昔は考えられなかった。世の中どんどん変わってます」
ちなみに、パーヴォ・ヤルヴィがフランクフルト放送交響楽団を指揮して行った演奏会の写真も貼られていたが(フェスティバルホールの3階ホワイエに同じ写真が貼られている)「N響は今、パーヴォ・ヤルヴィって人が指揮をしてます。ちょっと僕に似てない? この辺が(頭を撫でる)」

更に、「大阪には私立なんですけれど芸大というのがあります。大きな芸術大学(大阪芸術大学)があるんです。そこで今年から先生になった」カズ・オオモリに「春の祭典」を聴きながらのライブペインティングを行って貰うことを説明する。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。冒頭のファゴットが始まったと思ったら演奏が飛ぶなど、配信の状態は良くないが、演奏自体は完成度が高い。
私がクラシック音楽を本格的に聴き始めた中学生の頃は、「春の祭典」といえば現代音楽のチャンピオン的存在であったが、昔から今日に至るまでの録音の数々や最近のコンサートでの演奏を聴くと、「春の祭典」もこなれてきたというか、真の意味での古典になりつつあることを強く感じる。ロック音楽に影響を与えたといわれる豪快さや鮮烈さが、以前は「春の祭典」の売りであり、聴き所でもあったのだが、今日の井上と大フィルの演奏を聴いても、ポップというかメロウというか心地よさのようなものを強く感じる。古代ロシアのバーバリズムを主題としたバレエのための音楽であり、20世紀の音楽史で最大のスキャンダルともいわれた初演の出来事は、今からでは想像しようとしても難しい。少なくともリアルには感じられないのは間違いない。こうして音楽の歴史は進んでいくのだろう。
大フィルは金管が安定に欠ける場面があったが、独特の骨太の音に俊敏さも加わって、聴いていて「気持ちの良い」ハルサイに仕上げる。
とはいえ、永遠のいたずら小僧である井上。鋭さも随所で発揮し、ラストは管と打楽器を引き離すという力技で衝撃を演出していた。


カズ・オオモリのライブペインティングは奔馬を題材にしたものである。井上は「ニュージーランドで5年仕事をしていた時(ニュージーランド交響楽団の首席客演指揮者であった)」の馬の絵にまつわる話などを行っていた。

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2020年3月27日 (金)

これまでに観た映画より(163)「わたしは分断を許さない」

2020年3月23日 京都シネマにて

京都シネマでドキュメンタリー映画「わたしは分断を許さない」を観る。元NHKの堀潤が監督・脚本・編集・ナレーションを務めた作品である。

全世界を覆うようになった分断の影。互い互いを憎み合ったまま相容れない断絶がどこまでも深く足元を流れている。

堀潤が取材を続けていた福島に加え、「時代革命」の嵐が吹き荒れる香港、日本と緊張関係が続く北朝鮮、辺野古問題で揺れ続ける沖縄、内戦の続くシリア、パレスチナ問題の中心地であるガザ地区などの現状がカメラに捉えられる。

 

まずは香港である。1997年の香港の中国返還から50年続くことが保証された一国二制度(一国両制)しかし、返還から20年が過ぎ、香港の自由と民主制度が脅かされているとして若者が立ち上がる。だがそれを取り締まる警察もまた香港人である。
この映画には出てこないが、NHKのドキュメンタリーによると、実は中国による支配を容認する人も実は4割に上るのだそうで、特に高齢の人達は現状に満足しており、若者達に注ぐ視線は冷たいようである。世代間での断絶だ。
街中で若者と警察とが取っ組み合いを行い、ついには警官が発砲。しかし、それを遠くから見ているだけの市民も多いことがさりげなく示されている。静観したい人や政治に興味がない人も当然ながら存在するはずである。

福島。東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から8年が経った2019年3月11日。福島県郡山市に復興住宅に暮らす元美容師の元富岡町在住の女性は、震災の日からハサミを握っていない。東京電力から賠償金が支払われたのだが、それが元で近所の居酒屋の亭主やタクシーの運転手から、「あんたらは賠償金貰えていいね」などと毒づかれるようになる。女性も70歳を過ぎ、賠償金よりも何よりも元の暮らしに戻りたいと考えているのだが、金銭という別の問題により、周囲から引き裂かれているような現状がある。

東京出入国在留管理局。日本における難民認定が困難であることが知られているが、認定率はわずか1%ほど。諸外国でも難民の審査は厳しいが、日本は文字通り桁違いである。詳しいことはわからないとしながらも、追われてきた国が日本と友好関係だったりすると、厳しさはより増すようでもある。

沖縄。福島第一原子力発電所の事故の影響を避けるため、子どもと共に茨城県水戸市から沖縄に移住した女性。夫は離婚しているのだが、彼女の沖縄への移住という思い切った行動に、「きちがい女」などとレッテルを貼り、もう茨城県には戻りたくても戻れない状態であるという。
そんな彼女が現在取り組んでいるのが、辺野古への米軍基地移転の問題。実は辺野古に基地が移転して得をするのはアメリカだけだということが、故大田昌秀沖縄県知事の証言によって語られる。

北朝鮮。日本とは国交がなく、今もなお、金一族による王朝のようが体制が敷かれている。
実は10年前からであるが、日本と北朝鮮との学生同士による「日朝大学交流会」が行われている。平壌外国語大学で日本語を学ぶ北朝鮮の若者と日本からやって来た学生達。最初の内は緊張しているが、話が乗り始めると互いに笑顔を見せ合う。

カンボジア。ポル・ポトの独裁と圧政により、国が再建されるのに200年かかるともいわれたカンボジアであるが、そこに中国が進出してくる。カンボジア人で中国の資本進出を喜ばしく思っている人はほとんどいないそうだが、政府は中国にべったりである。中華系市民の発言力や存在感が高まっており、カンボジア人との間の溝は深まるばかりである。

こうした分断であるが、監督の堀は、「主語が大きすぎる」としてより小さな主語、そして一人一人に焦点を当てていく。

個と個の溝であっても、それは深く広い。それぞれに立場が違い、それを譲ることもない。
反核運動によりノーベル平和賞を受賞したヒーローであるバラク・フセイン・オバマ米大統領もパレスチナと対立するイスラエル軍のための資金援助は惜しむことがない。

だがそれぞれが完全にわかり合えないかというと、そう断言も出来ない。異国の人々のために惜しみない援助や救済を行ってくれる人存在する。だが、そうした小さな物語は、声高に叫ばれる声にかき消されてしまう。

その声は誰の声なのだろう。発している当人は、あるいは心からの声だと思っているかも知れない。しかし実はそれはその背後にある大きな物語から抽出されたものでしかない可能性がある。余りにも既視感に満ちている。そしてわかりやすい価値観に基づいているがための危うさが如実に感じられる。ともかく大きな声は誰かの声に乗っかったものである。逆に個々人の声が大きなものになる可能性は実際のところかなり低い。

結局、一人一人と向き合うしかない。それは一大勢力にはなりにくいし、おそらくひどく時間がかかる。大きな物語に乗っていないが故にわかりにくいのだ。だがそれは他の誰かではないオリジナルの声を生み出し、探り当てることの出来る行為である。

元朝日新聞社会部記者の故・むのたけじは、戦中の朝日新聞社の態度について語っている。むのは朝日新聞が戦争に協力したことを恥じ、終戦の日に退社している。
むのによると、大本営発表に加担した朝日新聞は、政府に逆らうと社員の生活が脅かされるとして、検閲の前の事前に3回ほど推敲を重ね、絶対に引っかからない文章にしていたという。憲兵や特高の影を普通は感じるところなのだが、実際はそうではなく、存在するかどうかもわからない影に勝手に及び腰になってしまっていたのだそうだ。

敢えて大きな主語を用いるが、実は、我々は今も、存在しない「何か」や「誰か」に自主的に操られてしまっているのではないか。


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2020年3月25日 (水)

人類が自然との戦いに勝利したことは史上一度もない

考えてもみて欲しい。老いも死も全て自然のなせる業である。秦の始皇帝を始め、不老不死を願って様々な無茶を重ねた者がいるが、一人たりとも凱歌を上げ続けたことはない。

主に西洋においてはだが、自然は芸術の対立概念である。人は芸術的な意味において、あるいは別の捉え方も可能かも知れないが、自然を愛する。だが、自然に愛され返されることは、こと実質面に関してはない。精神性においてはまた違ってくるが、人類の自然への思いは永遠の片想いに終わる。

一方的な愛で勝利しようなどということ自体が、あるいは人類の奢りなのかも知れないとも思われる。我々は自然を含めた大きな歴史の中に「ある」しかない。

「そういうものだ」と受け止めて我々はまた歩き出す。

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2020年3月24日 (火)

これまでに観た映画より(162) 「アナと雪の女王」(吹き替え版)

配信でディズニー映画「アナと雪の女王」(2019吹き替え版)を観る。「アナ雪」の略称を持ち、大ヒットした作品で、アカデミー賞の長編アニメーション部門を受賞するなど評価も高く、「Let It Go ありのままで」などの楽曲も好セールスを記録、続編まで作られているが、私はこの映画を観るのは初めてである。字幕版でも良かったのだが、話題になった吹き替え版で観てみる。エルサのセリフや歌を聴いている間、吹き替えを担当した松たか子の顔がずっと浮かんでしまうのが個人的な難点である。

ハンス・クリスチャン・アンデルセンの余り知られていない童話が原作であるが、映画のストーリーは原作とは全く別のものである。後に女王の座に就くことになるエルサと妹で王女のアナの二人が主人公であるが、ディズニー映画でダブルヒロインが採られるのは史上初とのことである。

北欧の架空の王国、アレンデールが舞台である。国王の長女のエルサは、手で触ったものを氷に変え、雪や氷を自由に操るという特殊能力を持っている。エルサが8歳の時、妹のアナにせがまれて王城内を氷に変え、雪だるまや雪山を作って遊んでいたのだが、エルサはちょっとしたミスを犯し、雪山から雪山へと飛び移っていたアナのために次の雪山を作るのが遅れてしまう。アナの墜落を止めるため、エルサは雪玉をアナの顔に当てるのだが、アナはそのまま床に落ち、気を失ってしまう。王と王妃はアナを救うため、トロール達に助けを求める。トロールの長老、パビーは、「当たったのが頭で良かった。頭ならなんとかなる」とアナの命を救う。しかし、心に当たってしまうと取り返しがつかないということで、エルサに魔法を封じるように命じ、アナからエルサが自在に氷や雪を操れるという記憶を消し去る。しかし、エルサの魔術はエルサ本人にも封じることが出来ず、しかも日々、能力は進化していく。アナを傷つけることを怖れたエルサは自室に閉じこもり、アナの声にも応えないようになるが、記憶を消されたアナは、エルサが自分を嫌いになったのだと勘違いする。

月日は流れ、エルサは18歳となった。王と王妃は船で海外へと出掛けるが海難事故にて落命。その3年後、成人したエルサが女王として即位することになる。
戴冠式の日、アナは、サザンアイルズ王国の王子であるハンスと出会い、瞬く間に恋に落ちる。戴冠式の後に舞踏会でアナはハンスと婚約したことをエルサに告げるが、エルサは結婚を許さない。そしてふとしたことで今まで隠してきた能力を表に出してしまう。皆から怖れられて絶望したエルサは王城から抜けだし、ノースマウンテンに氷の宮殿を築いて閉じこもる。だが、エルサの能力は本人が自覚しているよりも強く、7月のアレンデールが雪に覆われることになってしまう。
ちなみにノースマウンテンに到着したエルサが、もう自分の能力を隠さなくていいという開放感から歌うナンバーが「Let It Go ありのままで」である。


ファンタジー映画なので、そのまま楽しんでも良いのだが、自分なりに理解してみたくなる。そしてこうした試みはこの映画の中で密かに伝えられるメッセージを受け取ることでもある。

私にとっては、ということであるが、雪や氷を自在に操る能力は言葉の喩えのように思える。それは世界を生み出し、芸術にまで高めることの出来るものであるが、容易に人を傷つけ、人と人の間を破壊するものでもある。インターネット上ではそうした言葉が日々飛び交っている。優れたものであるが過信してはならないということだ。エルサへの仕打ちは魔女狩りそのものであるが、古代に起こった魔女狩りは言葉を狩るものでもあった。

そしてそれは知への絶対崇拝への疑問に繋がる。智者ではあるが冷酷な人物が何人か登場する一方で、最重要人物の一人であるクリストフは無学で野蛮な氷売りだが、人生の本質については王族の人達よりもよく心得ている。更にクリストフの相棒であるトナカイのスヴェンは、獣であるにも関わらず、人よりも人の心に敏感であったりする。
とはいえ、無知であることが推奨されるようなポピュリズムに傾くことはない。森の智者であり、自然の知恵の象徴であるトロール達を人間を上回る慧眼の持ち主とすることでバランスは保たれている。

言葉や知に勝るものについての答えはありきたりではある。だが、それが飽くことなく繰り返されているという事実は、唯一絶対ではないが最上のものの一つであることの証明でもある。

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2020年3月23日 (月)

コンサートの記(628) 広上淳一指揮京都市交響楽団第595回定期演奏会

2015年10月9日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第595回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

曲目は、ベルリオーズの序曲「海賊」、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:ソン・ヨルム)、シューベルトの交響曲第8番(第9番)「ザ・グレイト」

開演20分前から、広上淳一によるプレトークがある。広上は京都市ジュニア・オーケストラの黒字にピンク色の文字のTシャツを着て登場した。
まずは、京都市交響楽団のヨーロッパツアーの話から。広上は酒好きで、「あそこはビールが美味しい」、「あそこはワインが美味しい」とまず酒の話から入る。アムステルダム・コンセルトヘボウでの公演を行ったときには、実は公演の1ヶ月前まではチケットが50枚しか売れていなかったという(ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団という世界三大オーケストラの一つを持つアムステルダム市民からしてみれば、「なんで東洋のマイナーなオーケストラを聴きに行かなくちゃならないんだ」という感覚だろう)。広上はアムステルダムに縁があり(広上が優勝した第1回キリル・コンドラシン国際指揮者コンクールはアムステルダムで行われており、レナード・バーンスタインの助手を務めていたのもアムステルダムにおいてである)、地元にエージェントのような仕事をしてくれる人がいたため、何とかチケットを売り、結果的には1500枚売れて、集客はほぼ成功したようだ。演奏自体も好評だったとのこと。
また京都市の姉妹都市であるフィレンツェで公演を行ったときには、フィレンツェの新しい会場がまだ完成しておらず、ステージと客席は出来上がっているものの、楽屋などは工事中で、「イタリア人はのんびりしてる」らしい。そもそも日本人だったら、未完成の施設を使用させたりはしないが。確かにイタリアは地震がないので工事中でも地震で崩壊ということはあり得ないだろうが。
その後、曲目について解説、ベルリオーズの序曲「海賊」については、「短いのであっという間に終わってしまいます」という。実はこれは伏線であり、メインであるシューベルトの「ザ・グレイト」が長大な楽曲として知られているので、それと対比させたのだ。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番のソリストである、ソン・ヨルムについては、「非常に達者で情熱的。それも髪の毛を振り乱して弾くようなタイプではなく端正」と紹介をする。更に、「ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで2位になっていますが、その時の1位が辻井(伸行)君です」とわかりやすい紹介をする。
シューベルトの交響曲第8番(第9番)「ザ・グレイト」については、「長いとされている曲ですが、良く聴くと案外短い」と評する。また、今回は「シューベルト先生が思い描いた通りの演奏に近づけるため、繰り返しも全部、少しはカットするかも知れませんが、ほぼ全て繰り返します」と宣言する。「ザ・グレイト」は繰り返し記号を履行して演奏すると1時間以上を要する大作である。
また、今日は、ステージについている馬蹄形の段差を、綺麗に階段状に並べ、これを「すり鉢状」と称し、今後はこれがスタンダードになるという。京都コンサートホールはもともと、舞台をすり鉢状にして演奏した時に最良の響きが得られるよう設計されているとのことである。

今日のコンサートマスターは渡邊穣。フォアシュピーラーに泉原隆志。フルート首席奏者の清水信貴は今日は降り番(副首席奏者の中川佳子が全編、トップの位置に座った)。オーボエ首席の高山郁子、クラリネット首席の小谷口直子はシューベルトのみの出演である。

ベルリオーズの序曲「海賊」。大編成による曲であり、トランペット首席奏者のハラルド・ナエスはこの曲には参加した(その後、プロコフィエフは早坂宏明と稲垣路子の二人に譲り、シューベルトで再登場した)。
すり鉢状のステージにしての演奏であるが、私はステージ後方のポディウムで聴いていたため、「音が大きくなった」というのが一番の印象である。その他、音に渋みが増したのもわかる。1階席でどういう響きがするのかは残念ながらわからないのだが。
広上らしい盛り上げ上手な演奏であった。

プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番。マジカルな味わいのある傑作として知られているのだが、演奏自体が難しく、レコーディングも少なく名盤と呼ぶに値する演奏がほとんどないというピアニスト泣かせの曲でもある。
ピアノ独奏のソン・ヨルムは、現在ドイツ・ハノーファー音楽舞台芸術大学(ハノーファー国立音楽演劇大学。大植英次が終身教授を務めている大学である)に在学中という若い女性ピアニスト。2011年にチャイコフスキー国際コンクール・ピアノ部門準優勝を果たし、室内楽協奏曲最高演奏賞とコンクール委嘱作品最高演奏賞も受賞した気鋭のピアニストである。先に書いた通り、辻井伸行が優勝した2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで準優勝。辻井伸行が優勝したため同コンクールのドキュメンタリー番組が作られてソン・ヨルムも登場しており、広上はそれを見てソンのことを「良いピアニスト」だと感じたという。コンクール歴としてはエトリンゲン国際ピアノコンクールとヴィオッティ国際ピアノコンクールで共に史上最年少優勝を果たしている。
ステージ上に現れたソン・ヨルムは写真よりもほっそりとした印象である。華奢と書いても良いかも知れない。だが、出す音は独特。他のピアニストよりも一段深いところから音を出しているようなピアノである。奥行きのある音だ。広上が言っていたとおりヴィルトゥオーゾタイプではないが、情熱的なピアノであり、メカニックも優秀である。
広上の指揮する京響もキッチュにして美しいプロコフィエフの味わいを存分に引き出したものだった。

ソン・ヨルムはアンコールに応えて、カプースキンの「エチュード」を弾く。ジャジーな味わいのある曲であるが、カプースキンは実はロシアの作曲家である。ジャズピアニストとしても活躍していたため、勿論、ジャズのテイストを取り入れた作品を書いており、ソンはそれを弾いたのである。ノリと活きの良いピアノであった。

メインであるシューベルトの交響曲第8番(第9番)「ザ・グレイト」。交響曲の番号が2種類あるのは、シューベルトが交響曲を作曲した過程がよく分かっていなかったからで、従来は、シューベルトが日記にその存在を書き、「グムンデン・ガスタイン交響曲」と呼ばれる楽曲の楽譜が結局見つからなかったため、実際の楽曲は不明のまま交響曲第7番の番号が振られ、交響曲第8番が「未完成」、交響曲第9番が「ザ・グレイト」とされた(「ザ・グレイト」というタイトルであるが、「偉大」という意味ではなく、同じハ長調の交響曲である第6番に比べて「編成が大きい方」という程度の意味しか持たない)。だが、その後、「グムンデン・ガスタイン交響曲」の正体が実は「ザ・グレイト」だという報告がなされ、「ザ・グレイト」は交響曲第7番になったり、「未完成」を交響曲第7番に繰り上げて交響曲第8番にされたりと、今なお正式な番号は定まっていない。
「未完成」もそうだが、「ザ・グレイト」もシューベルトの生前には演奏されることはなかった。「ザ・グレイト」が初演されたのはシューベルトの死後11年経ってからのことである。初演の指揮者はフェリックス・メンデルスゾーン、オーケストラはライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団であった。「ザ・グレイト」の譜面を発見したロベルト・シューマンはこの曲について「天国的な長大さ」と述べている。

広上は、今日も普通よりは長めの指揮棒を使用していたのだが、実はもう一本、短めで木製の指揮棒を用意しており、第4楽章はそちらの指揮棒で指揮した。
左手で冒頭のホルン(早稲田大学の応援歌「紺碧の空」に似た旋律である)に指示を出した広上は、その後は変幻自在の指揮を展開。無手勝流のようであるが、指揮姿が表す意図が明確であり、極めて明快な指揮である。第3楽章では途中からノンタクトで指揮、第4楽章では両手で指揮棒を握りしめて短剣を振る舞わすかのような視覚効果抜群の指揮姿である。パーヴォ・ヤルヴィは指揮姿によるオーケストレーションを取り入れているが、これからは視覚面での面白さも指揮者にとって重要になってくるかも知れない。
広上は「シューベルト先生が思い描いたような」とプレトークで語っていたが、なんと「ザ・グレイト」でピリオド・アプローチを仕掛けてくる。弦楽はビブラートを控えめにし、流線型のフォルムで演奏。その他の楽器も強弱やメリハリをはっきり付けるのがピリオド的である。まさかシューベルトでピリオドを行うとは思っていなかったので(年代的にはピリオドで演奏してもおかしくない作品であるが)意外な印象を受ける。
ただ、ピリオドであるかないかを抜きにしてもスケール豊かで、音の密度の濃い優れたシューベルト演奏である。生命力が横溢すると同時に彼岸の音がし、第4楽章の響きの美しさはまさに「天国的」である。

喝采を浴びた広上と京響であるが、広上が「今日は曲が長いのでこの辺で」と挨拶をし、コンサートはお開きとなった。

今日はレセプションがある。といっても今日はサインを貰う気はないので、広上淳一とソン・ヨルムの話を聞くだけにする。
ジーンズ姿で登場したソン・ヨルム(英語でスピーチ。通訳付き)は、「京都の街には昔から憧れていたが、今回は残念ながらほとんどどこにも行けなかった。今度また来られるように頑張りたい」と述べる。また広上淳一については、「大好きな指揮者で、今でも大ファン」とのこと。ちなみに、ソン・ヨルムはハイヒールを履いているということもあるが、それを割り引いても、広上の方がずっと身長が低い。広上は自身の身長について「164cm」と公言しているが、168cm(先日、病院で測ったら168.6cmであったが、端数はどうでもいい)と成人男性としては比較的小柄な私と比べてもかなり身長が低いため、実際は160cm前後だと思われる。164cmというのは一番身長が高かった二十歳前後の話だろう。
広上は、昨年、NHK交響楽団の韓国ツアーに指揮者として帯同し、ソン・ヨルムと共演したのが、「ああ、この人はやっぱり特別なピアニストだ」と感じて、すぐに京都市交響楽団事務局に「ソン・ヨルムのスケジュールを押さえるよう」指示を出したそうである。広上淳一は肩書きこそ京都市交響楽団の常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーであるが、指揮者やソリストに関する人事権を持っているため、実際には音楽監督以上の権限を持っている。

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2020年3月22日 (日)

これまでに観た映画より(161) 「アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール」

2020年3月18日 京都シネマにて

京都シネマで、イタリア映画「アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール」を観る。原作・原案:アンドレア・ボチェッリ。「イル・ポスティーノ」のマイケル・ラドフォード監督作品。出演は、トビー・セバスチャン、ルイーザ・ラニエリ、ジョルディ・モリャ、エンニオ・ファンタスティキーニ、ナディール・カゼッリ、アントニオ・バンデラスほか。
イタリアで制作された映画であり、イタリア人俳優も数多く出演しているが、アンドレア・ボチェッリ本人のメッセージ以外のセリフは英語が用いられている。
邦題は「アンドレア・ボチェッリ」であるが、原作となったボチェッリの実話小説のタイトルと原題は「The Music of Silence」で原題の方がボチェッリが込めたメッセージに近い。というより、邦題だと単なるボチェッリのサクセスストーリーだと勘違いされる怖れもある。タイトルは大事である。

何度も繰り返すが、邦題は「アンドレア・ボチェッリ」であるが、映画の主人公の名前はアモス・バルディ(トビー・セバスチャンが演じている)である。もし許されるのならアンドレア・ボチェッリが名乗りたかったという理想の名前で、バルディという苗字は出身地であるイタリア・トスカーナ地方によくあるものだという。

バルディ家の長男として生を受けたアモスであるが、母親(ルイーザ・ラニエリ)が異変に気づき、診断を受けたところ先天性の緑内障であることが判明する。手術を受け、失明は免れたが弱視のまま育つ。入院先でアモスは音楽に興味を示す。子どもの頃のアモスのお気に入りは自宅の倉庫だった。そして大好きな叔父さんジョヴァンニ(エンニオ・ファンタスティキーニ)が掛けるレコードにアモスは惹かれていく。
やがて目に問題を抱えた子ども達のための寄宿学校にアモスは入ることになる。音楽の授業で、アモスは美声を見いだされることになるが、鈴の音サッカーでキーパーをしている時にシュートを顔面に受け、ついに全盲となってしまう。落ち込むアモスをジョヴァンニ叔父さんが無理矢理歌唱コンクールに参加させる。まずオーディションを突破したアモスは決勝でも青年シンガーを退けて優勝する。オペラ歌手を夢見るようになるアモスだったが、声変わりをしてからは歌声に自信が持てなくなる。父親(ジョルディ・モリャ)はピアノなどの演奏家を目指してはどうかと提案するが、演奏家は視覚障害者の定番だからという理由で避け、弁護士を目指して名門高校へ進学。しかし、視覚障害者を受け入れられる素地が高校には整っていなかった。コンクールに出た時の歌声を知っていたアドリアーノと親友になったアモスは勉強そっちのけでバンド活動などに打ち込み、成績は低迷。これを聴覚教育に優れた家庭教師の教育で乗り切り、大学の法学部に進学したアモスは、夜にはバーで弾き語りのアルバイトを始める。そこで高校在学中のエレナ(ナディール・カゼッリ)と出会い、エレナからのアプローチによって二人は恋に落ちる。
バーでオペラの楽曲の弾き語りを行って評判となったアモス。そこでジョヴァンニ叔父さんが本職の音楽評論家を連れてきて聴いて貰うのだが、ボロクソにけなされる。
そんなある日、ピアノの調律などを手掛ける友人がスペイン出身の歌唱指導のマエストロ(アントニオ・バンデラス)の指導を受けるよう進言。マエストロに評価されたアモスは生活から変えていくことになる。

マエストロから「沈黙」の時間を大切にするように言われたことが、この映画における最も重要な主題となっている。その理解を邦題は妨げるようになりそうな危うさがある。

ストーリー的にはオーソドックスで特に突飛なこともなく、捉えようによっては平板であるが、とにかく音と映像と風景が美しく、音楽映画を観る楽しみを十分に味わうことが出来る。あたかもオペラの構造と同じような構成であり、あるいは意識したのだろうか。流石にそんなことはないと思うが。

邦題から受ける印象とは別の感銘を受ける映画である。

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2020年3月21日 (土)

配信公演 阪哲朗指揮山形交響楽団第283回定期演奏会無観客公演(文字のみ)

2020年3月14日

午後7時からは、山形交響楽団が配信サービス「カーテンコール」を使っての第283回定期演奏会の無観客公演の配信を行う。指揮は山形国驚愕団常任指揮者の阪哲朗。京都市出身で、1995年にブザンソン国際史指揮者コンクールで優勝して注目されたが、その後もずっと本拠地はドイツに置いてきた阪。2007年から2009年まで山形交響楽団の首席客演指揮者を務めたことがはあるが、日本でシェフの座を獲得するのは山響が初めてである。このところ急速に評価を上げており、今年は残念ながら中止になってしまったが、ロームシアター京都で毎年行われるローム ミュージック フェスティバルでの指揮は絶賛された。


曲目は、シューマンの「序曲、スケルツォとフィナーレ」、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:神尾真由子)、シューマンの交響曲第2番。本拠地である山形テルサホールでの演奏である。


アイデアマン、飯森範親を音楽監督に頂き、一躍、日本でもトップクラスの人気を得るに至った山形交響楽団。その後、財政的な危機が訪れ、関西フィルの財政状況を劇的に好転させた西濱秀樹を事務方のトップとして招くなど、経営再建に力を入れている。地方公演が全て黒字というのが売りだそうである。大阪でも毎年「さくらんぼコンサート」という演奏会を行っており、好評である。


阪の生み出す音楽はスケールが大きくドラマティック。シューマン作品ではピリオドアプローチを展開。ピリオドによる「モーツァルト交響曲全集」をリリースするなど、古楽的アプローチに強い山響の特性も生かす。


チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ソリストの神尾真由子はこの曲を十八番としており、情熱的でスケールが大きく、磨き抜かれた美音によるチャイコフスキーを披露。間違いなく「ブラーバ!」級の快演である。

神尾のアンコール演奏はバッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番より第1楽章。気高さの感じられる演奏であった。


シューマンの交響曲第2番。この曲でもピリオドアプローチが行われるが、学問的な堅苦しい音楽ではなく、推進力と表現力に富んだ演奏が展開される。
シューマンは鍵盤で音楽を考える作曲家であるが、そうした要素も再現されるという一種マジカルな演奏であり、上質なシューマン演奏となった。
陰鬱と評価されることの多いシューマンの交響曲第2番であるが、内部から膨れ上がるようなエネルギーを感じさせる演奏であり、シューマンの未来への希望が力強く示されていた。

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配信公演 原田慶太楼指揮 東京交響楽団「モーツァルト・マチネ」第40回(文字のみ)

2020年3月14日

コンサートの自粛が相次ぐ中、音楽家達が配信という形で自身の活動を守っている。

午前11時からは、ミューザ川崎と東京交響楽団によるモーツァルト・マチネ第40回がニコニコ生放送で配信される。指揮は原田慶太楼。
パソコンだと音飛びが多いため、スマホのアプリで鑑賞する。
曲目は、フルート四重奏第3番(フルート:八木瑛子、ヴァイオリン:水谷晃、ヴィオラ:武生直子、チェロ:伊藤文嗣)、交響曲第35番「ハフナー」、ピアノ協奏曲第13番(ピアノ独奏:金子三勇士)。

フルート四重奏曲第3番は、東響のメンバーによる演奏。リラックスした感じの演奏で好印象である。


昨年亡くなったマリス・ヤンソンスが世界最高のホールとして絶賛したミューザ川崎。残念ながらまだ行ったことはないのだが、響きの良さには定評があり、今回の配信も音が良い。


若手指揮者の原田慶太楼。アメリカのサヴァンナ・フィルハーモニー管弦楽団のシェフに就任したばかりである。作曲家のジョン・ウィリアムズの弟子にして友人であり、昨年、ロームシアター京都でもジョン・ウィリアムズ作品によるコンサートを京都市交響楽団を指揮して行っている。

原田慶太楼は、今回のコンサートの選曲などについて解説を行ってから指揮。推進力に富んだ若々しい音楽作りである。
ピリオドを全面的に採用しており、オーケストラの配置も古典配置を採用。テンポは速めで、金管楽器やティンパニは古楽器を使用している。トランペットはナチュラルトランペットからモダントランペットに移行する間に使用されたバロックトランペットを採用。ナチュラルトランペットはほぼ口だけで音程を操るが、バロックトランペットは穴を塞ぐことで音程を変えることが出来るそうだ。


ピアノ協奏曲第17番。この曲と「ハフナー」交響曲は出だしが似ているということで選ばれたそうである。
日本とハンガリーのハーフのピアニストである金子三勇士のピアノは煌びやかであるが、音色は最近流行のフォルテピアノ風の落ち着いたものを選んでおり、オーケストラと歩調を合わせている。

金子三勇士のアンコール演奏は、モーツァルトのピアノ・ソナタト長調(第5番)より第2楽章。ピアノ協奏曲第17番がト長調であることに合わせての選曲だそうである。

オーケストラのアンコール演奏もある。原田慶太楼が、「画面の向こうで一緒に歌って下さると思っています」と語って、中村八大の「上を向いて歩こう」のオーケストラ編曲版が演奏された。

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2020年3月20日 (金)

観劇感想精選(344) 佐藤隆太一人芝居「エブリ・ブリリアント・シング~ありとあらゆるステキなこと~」茨木公演

2020年2月23日 大阪府茨木の茨木市市民総合センター(クリエイトセンター)センターホールステージ上特設劇場にて観劇&出演(?)

午後2時から、大阪府茨木市にある茨木市市民総合センター(クリエイトセンター)センターホールステージ上特設劇場で、佐藤隆太の一人芝居「エブリ・ブリリアント・シング~ありとあらゆるステキなこと~」を観る。作:ダンカン・マクミラン&ジョニー・ドナヒュー、テキスト日本語訳&演出:谷賢一。
観客参加型のお芝居であり、今回の大阪・茨木公演も、ステージ上に設けられた小劇場で佐藤隆太との交流が行われるインティメイトな芝居である。最近はこうした垣根をなくしたスタイルの演劇(一種のイマーシブシアター)がヨーロッパを中心に流行っており、昨年、ロームシアター京都ノースホールで観たポーランド演劇の「マルガレーテ」もそうであったし、神里雄大/岡崎藝術座もこうしたスタイルを取り入れている。

鬱病を患う母親を持つ男の話である。最初に出てくる日付は、1987年11月9日。佐藤隆太演じる男は、その時7歳だったというから佐藤隆太と同じ1980年生まれということになる。その日に母親は最初の自殺未遂を行い、入院する。男は父親が運転する車で母親の入院する病院へと向かう。父子仲は余り良くないようである。

男は子どもの頃から、「これはステキ(ブリリアント・シング)だ」と思ったものをリストアップする習慣があった。最初は母親を励ますためのプレゼントのつもりでステキだと思うものを挙げていたのだが、辛いことがあるたびにその数は増えていき、最初は単純な名詞のみだったのに、次第に形容詞と名詞を組み合わせたものや文章が加わり、最後には思索や観念、行動へと広がっていく。それは大人になっていくということでもある。
「いいとこ探し」という気分障害の療法がある。発達障害の二次障害である鬱のための療法として日本で考え出されたもので、とにかく自分や他人の良いところを探して挙げていくという療法であるが、それを思い出した。

 

さて、茨木市に行くこと自体が初めてである。これまで阪急茨木市駅は常に通過する駅であった。茨木市はかつて茨木城があった付近に市役所を始めとする多くの施設が集中するという構造を持つ街である。茨木市駅で降りると、まず真宗大谷派茨木別院の巨大な伽藍が目に入る。茨木心斎橋商店街(大昔には、銀座と心斎橋が並び賞されていた時代があり、○○銀座ならぬ○○心斎橋もあった。茨木は今もそれが残っているようだ)そこからしばらく歩くと茨木神社の鳥居が目に入る。茨木神社の西側を北に向かって走るのが川端通り。これは茨木出身の文豪である川端康成にちなんだ通りで、まっすぐ北に行くと茨木市立川端康成文学館がある。
茨木神社の西に茨木の中心の中心と思われる高橋の交差点があり、南西側に茨木市役所が見えるが、高橋交差点の北西隅が少年野球場、その北にテニスコートがあって、そこから少し入ったところにクリエイトセンターがある。

谷賢一が岸田国士戯曲賞を受賞したということで、終演後には受賞作である『福島三部作』の戯曲販売と谷賢一のサイン会が行われるようであった。

整理番号順での入場で、午後1時30分の開場であるが、午後1時25分頃にクリエイトセンターに着いた時にはすでに入場が始まっていた。
特に良い席に座らなくても良いのだが、通常の客席から見て下手側の2列目の木製のソファーというべきかベンチというべきか、とにかく特徴のある席が目に入ったため、その手前のに椅子席に座ることに決める。荷物を椅子の上に置いていると、「こんにちは」という声が聞こえる。声の方を向くと佐藤隆太がいつの間にか木製のソファーに座っている。「ああ、最初からいるんだ」と思ったが、普通に「こんにちは」と挨拶を返す。舞台上には演出の谷賢一や舞台監督と思われる人物などがいて、佐藤隆太は、「ああ、ここ座ってると他の人座れないや」と言って他の場所へと向かう。

佐藤隆太は、観客に読み上げて貰う言葉の書かれたカードを配っていく。番号が振られており、カードを配られた人は佐藤がその番号を読み上げたらカードに書かれた言葉を朗唱するというスタイルで劇は進んでいく。一人芝居ではあるが一人では出来ない芝居である。
私もカードを配られる。元々大きな声が出ない上に、ここ数年は喉の調子が十分ではないのだが、取り敢えず「頑張ります」と言って受け取る。中には断る人もいたが、強制ではないので全く問題はない。
佐藤は、カードの番号と配った人、その人がどの席にいるかを頭に入れて芝居に臨む。かなり念入りに確認を行っていた。6番のカードがないということで、「あれ、俺、6番のカード配ったかな? 6番のカードを持っている方、いらっしゃいます?」と聞いて返事がないため、舞台監督が予備のカードを取りに舞台袖に引っ込もうとするが、その直後に、「ありました!」と佐藤が机の上に置かれたカードを見つけたため、舞監さんも戻ってくる。佐藤も大変そうだが、スタッフも大変そうな芝居である。

 

芝居が始まってしばらくして、方位でいうと南側の1列目の女性が「一番、獣医に見える」ということでステージの中央まで出て、ちょっとした演技を行う。
その次の次が私なのである(ステージの中央まで出る観客としては2人目)。カードを読み上げる前に出番が来てしまう。佐藤が「目が合いましたね」ということで父親役となり、ステージ中央のソファー(車の座席に見立てられる。原作とは違い、アメリカが舞台という設定なのに右ハンドルであったため、助手席のドアを開ける仕草のところで、一瞬、戸惑った)に座って男の父親の仕草をする。その後、役が男の少年時代に変わり、父親役になった佐藤の横で同じ言葉を繰り返すという演技のようなものを行う。最後は、佐藤から手渡しされた紙に書かれたセリフを読み上げて終わる。実際に読み上げてみると、込めようとした感情と実際の声との間に乖離が感じられ、演技の難しさを実感させられる。
席に返ってからも、佐藤が父親の話をするたびにこちらの方を見るため、父親らしい姿勢を取らなくてはならない(別に取る必要はないのだが、こちらも「ちゃんとしたい」という思いがある)。カードの書かれた文字(別に変な言葉ではないが明かさないでおく)も読み上げる。あんまり上手くいかなかった。

やがて主人公は大学へと進学するが、鬱感情は移りやすい傾向があることもあってか(佐藤が演じる男も語るが、鬱病は単なる気分だけの障害ではなく、脳の気質性の病でもある)塞ぎ込みがちになり、講義にも出ないようになってしまうが、感銘を受けた教授の授業にだけは参加する。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』を取り上げた授業である。教授役もお客さんが担当するのだが、佐藤は「『若きウェルテルの悩み』の内容を説明して下さい」と無茶振りをする。内容を知っているお客さんだったら良かったのだが、残念ながら知らない人であった。私もこめかみの横で引き金を引く仕草をしたりするが、それだけで伝わるとも思えない。佐藤が渡したテキスト状のものの背表紙に『若きウェルテルの悩み』の内容が記されており、教授役のお客さんはそれを読み上げた。佐藤演じる青年は、「ウェルテル効果」について語り、母親に関する体験から「何があっても自殺をしないで欲しい」と訴えかける。

やがて青年は、大学の図書館で出会った女性と恋に落ち、二人は結婚する。相手役も客席の女性に演じて貰う。

結婚式のシーンでは、私が父親としてスピーチをする羽目に、じゃなかった、ことになる。相当な無茶振りである。スピーチはマイクを片手に行うので、喉は余り気にしなくて良い。「えー、新郎の父親でございます」と話して、取り敢えず笑いは取れたので、その後は父親が語りそうなことを凝りすぎないように気をつけながら手短にまとめる。終わってから佐藤さんとハグと握手。
更に客席に戻った後も、「ここでセリフ言うんだろうな」という場所でセリフを口にした。

なんか俺、出番多いな。これでは参加ではなくもはや出演である。面白かったが疲れる。もっともこの手の疲れは嫌いではない。
とはいえ、鬱や自殺、両親の不和や親子の確執など重いテーマを扱いながら、ハイレベルなエンターテインメントに仕上げているところはやはり素晴らしい。

お客さんとのやり取りが多いため、俳優は演技力があるだけでは演じることは出来ない。明るい性格で愛され系でもある佐藤隆太だからこそ成り立つ芝居でもある。
キーボードで弾き語りを行うなど(ちなみにキーボードは女性客2人に端を持って貰い、時計回りに回転させながら弾く)佐藤の多彩さも魅力的であった。

劇中で様々なブリリアント・シングが読み上げられたが、私にとってはなんといっても佐藤隆太さんとステージ上でやり取り出来たのが、この上なくステキなことであった。

生きるとは辛いことかも知れない。でも、人生には探せばステキなことがいくらでも見つかる。それだけでもこの世に存在し続ける意味はある。

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2020年3月19日 (木)

これまでに観た映画より(160) 東京フェルメックス京都出張篇「『東』&ジャ・ジャンクー短編集」

2020年3月17日 京都シネマにて

京都シネマで、東京フェルメックス京都出張篇「『東』&ジャ・ジャンクー短編集」を観る。

東京で行われている映画祭、東京フィルメックス。京都を拠点に活動するシマフィルムがスポンサーとして参加したことを機に京都シネマと出町座という京都の2つの映画館でも出張篇として特別上映が行われることになった。

「『東』&ジャ・ジャンクー短編集」は、現代中国を代表する映像作家であるジャ・ジャンクー(贾樟柯 JIA Zhagke)の中編ドキュメンタリー映画「東」と短編ドラマ映画3本を合わせて行われる上映会である。

まずドキュメンタリー映画「東」。中国現代美術の代表的画家である劉小東(リュウ・シャオトン)を追った2006年の作品。上映時間は66分である。

北京に住んでいた劉小東が三峡にやって来る。発展著しい都市部とは異なり、内陸部にある三峡地区はまだ20世紀の中国の色彩が色濃く残っている。田舎で暮らすにはパワーが必要であるとして、劉は昔習った太極拳に取り組んだりする。
劉小東は制限された中で作品を作り上げるのを得意としている。際限のない自由を求めるような表現はしない。描くべき対象と向き合ってキャンバスを埋めていく。
若い頃は人体から溢れ出るような生命力には気がつかなかったという劉小東。今は体から発せられる活力と切なさを絵に込めるよう心がけているようである。

劉小東は、かつて絵のモデルの一人となり、今は他界した労働者の家族を訪ねる。中国の片田舎に住む、決して洗練されているとはいえない人々であるが、劉小東の余り上質とはいえないプレゼントにも喜ぶなど、人と人との関係は上手くいっている場所のようである。やがて劉小東は、タイのバンコクに向かう。バンコクの日差しに馴染むことが出来ず、タイの自然も理解することは難しいと悟った劉は、屋内でタイの若い女性達に向き合い、大作に挑んでいく。

若い頃の劉は西洋画を学んでいた。ギリシャの絵画などを参考や模範としていた。しかし今は古代の中国、北魏や北斉(葛飾北斎ではない)の絵に惹かれるという。それらの絵はアンバランスであるが、西洋とは違ったパワーが感じられるという。
カメラがモデルの一人の女性を追い(出身地が水害で大変なことになっているようだ。近く戻る予定だそうである)、混沌と熱気に満ちたバンコクの街と夜の屋台街で歌う流しの盲目の歌手の様子などを捉えて作品は終わる。

 

続いて上映時間19分の「河の上の愛情」。2008年の作品である。
「水の蘇州」として知られる蘇州が舞台である。おそらく蘇州大学に通っていた大学の同級生4人が久しぶりに再会するという話である。男性の一人は今も蘇州に住んでいるようだが、もう一人の男性は南京に、女性二人は合肥と深圳に移り住んでいるようである。
蘇州の水路でのシーンが、登場人物の揺れる心を描き出す。今の彼らは別の相手と結婚しているが、昔の恋が再会によって仄かに燃える。それがどこに行くかは示されないままこの短い映画は終わる。

 

「私たちの十年」。2007年の作品で上映時間は10分。どうもコマーシャルとして撮影されたようである。山西省を走る列車の中が舞台。この列車の常連である二人の女性の1997年から2007年までの十年が断片的に描かれる。それはメディアによっても表され、最初は似顔絵を描いたいたのがポラロイドカメラに変わり、最後は携帯のカメラでの撮影となる。若い方の女性は余り生活に変化がないように感じられるが、もう一人の女性は結婚し、出産し、そしておそらく別れを経験している。最初は活気のあった列車内が最後は閑散としているのには理由があるのだと思われるのだが、日本人の私にはいまいちピンとこない。

 

「遙春」。2018年の作品で、ごく最近制作されたものである。上映時間は18分。
いきなりワイヤーアクションのある時代劇の場面でスタートするが、これは日本でいう東映太秦映画村や日光江戸村といったアトラクションパークのシーンであり、舞台は現代の中国である。このアトラクションパークで端役のアクターをしている夫婦が主人公である。夫はやられ役、妻は西太后に仕える清王朝の女官役をしている。

長年にわたり一人っ子政策が行われてきた中国であるが、少子高齢化に直結するということで見直しが行われ、二人までなら生むことが推奨されるようになった。二人の間には中学生になる女の子がいるが、男の子が欲しいという気持ちもある。実は一度、男の子を流産したか堕胎した経験が夫婦にはあるようだ。一人っ子政策推進時代には二人目を産むと罰金が科せられたため、あるいはそういうことがあったのかも知れない。

もうすでに中年に達している二人だが、「映画監督なら38歳は若手、政治家としても若手。相対的なもの。相対性理論。アインシュタイン」という、多分、内容をよくわかってない理論で、息子を作る決意をする。
一人娘を田舎の祖父母に預け、二人は冴えないアトラクションのアクターのままではあるが、再び愛し合う決意をする。それはいわばセカンドバージンの終わりであり、目の前には希望が広がっている。
心の機微を掬い上げるのが、とても巧みな映画監督という印象を受けた。

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2020年3月18日 (水)

2346月日(20) 茨木市立川端康成文学館

2020年2月23日 大阪府茨木市の茨木市立川端康成文学館にて

茨木市立川端康成文学館に向かう。入館無料である。
川端康成は、生まれは大阪市内の天満だが、両親が共に病弱であり、2歳の誕生日を迎える前に開業医であった父親が、3歳の誕生日を迎える前に母親が他界したため、以降、茨木中学校(現・大阪府立茨木高等学校)を卒業する18歳まで茨木にある祖父母の家で育っている。

川端も未熟児として生まれ、病弱であったため、小学校に入っても同い年の子などと遊ぶことは難しく、読書をして過ごす時間が長かった。川端の家は、元を辿ると北条平氏に繋がる名家であり、江戸時代には茨木一帯の庄屋を務めていた。祖父の代に没落するが、庄屋ということで父も祖父も教養があり、漢詩や文人画などに通じていた。というわけで祖父は蔵書家でもあり、川端は読む本に困らなかったようである。小学校に上がる前にある程度の読み書きが出来るようになっていた川端にとって学校での授業は退屈であり、授業中にも本を読んで過ごすことがあったようである。
茨木中学校へは片道6キロを歩いて通学。体も次第に丈夫になっていった。祖父は目が不自由であったが、川端に将来画家か小説家になるよう勧めたという。

茨木中学からは第三高等学校(今の京都大学の教養課程)に進む生徒が多いのだが、川端は第一高等学校(現在の東京大学教養学部)に進学。東京で寄宿舎生活を送る。「ダルビッシュ有に似ている、もしくはダルビッシュ有が似ている」という写真が撮られたのがこの一高時代である。
一高を卒業すればそのまま東京帝国大学に進めるシステムもあり、川端は文学部英文科に進学。その後、国文科に転科して卒業している。一高から東大という過程が大阪人らしくないため(三高から東大という人は結構いる)、川端が大阪人だと知らない人も結構多そうである。
小説家としての川端は鎌倉市二階堂に居を構え活動を行っている。あるいは先祖の北条氏が治めていた場所だからなのかも知れない。

小さな文学館であり、展示などもそれほど充実しているわけではないが、川端の直筆原稿などを読むことが出来る。映像コーナーもあり、川端康成の生涯を辿るドキュメンタリーや少年時代の川端を描いたアニメーションなどを楽しめるようになっている。
川端の鎌倉二階堂の書斎を再現したコーナーもあり、希望する場合は職員に申し出て執筆体験が出来るようである。川端の小説などを原稿用紙などに模写することになるようだが、私はそれなりの文章を書ける自信はあるので、わざわざ川端になる必要はない。

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2020年3月14日 (土)

これまでに観た映画より(159) 「さよならテレビ」

2020年3月12日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「さよならテレビ」を観る。名古屋にある東海テレビの開局60周年記念ドキュメンタリー番組「さよならテレビ」に映像を追加した上で映画としたものである。テレビ番組「さよならテレビ」は、愛知、岐阜、三重の東海三県のみで放送されたものであるが、放送後すぐに話題となり、番組を録画したDVDが出回ったそうである。

プロデューサー:阿武野勝彦、監督:圡方宏史、編集:高見順、音楽:和田貴史、撮影:中根芳樹。

かつてはメディアの王様であったテレビ。テレビマンのステータスも高く、就職先としても人気であったが、近年、存在感が低下。テレビを持っていないという若者も少なくない。信頼度も著しく低下しており、「マスゴミ」などと軽蔑されることすら少なくない。

とにかくテレビ局の報道部を撮影しようと、東海テレビの圡方らが自局の報道部にカメラを向け、マイクを仕込んだのが2016年の11月。だが、「仕事に集中出来ない」「意図が分からない」「そんなフワッとした理由でやるなよ」「やめろよ! 撮るなよ!」と苦情が出て、いきなりの取材拒否。テレビ局自体はなにげなく人にカメラを向けることはあるのだが、自らのこととなるとそれを拒否する。その後、3つほど条件を付けた上で取材は続行される。
東海地区において東海テレビの視聴率は苦戦中。夕方の報道番組では4位に甘んじている。民放の宿命としてなんとか視聴率を上げなければならないのだが、上手いプランは見つからない。この視聴率至上主義がテレビのメディアとしての信頼を欠く一因にもなっている。

東海テレビの看板である夕方の報道番組のメインキャスターに抜擢されたのが、入社16年目の福島智之アナウンサー。東海テレビは福島アナを前面に押し出した広告も打つ。
実は東日本大震災後の「ぴーかんテレビ」という番組で岩手産米視聴者プレゼントが行われた際、「怪しいお米セシウムさん」などという差別的なフリップが映るという歴史的な放送事故が起こったのだが、その時にキャスターを務めていたのが福島である。福島は「あってはならないことが起こってしまいました」として即座に謝罪したが、「ぴーかんテレビ」は即時打ち切りになり、福島も再度謝罪を行っている。その時のことがトラウマになっているのか、自身も参加した祭りを紹介する際も「手前味噌になるんじゃないか」と弱気を隠すことが出来ない。

さて、放送局にも三六協定を守るよう要請が来る。長時間労働で有名なテレビ局。チームワークでもあり、そう簡単に休みは取れない。ただ注目を浴びる業界でもあるので守らないわけにもいかない。人がいるということで、いい人がいたら契約社員や派遣社員として取ってもいいという案が上から部局長を通して下る。制作会社に勤務する24歳の若手記者、渡邊雅之が派遣社員として採用されるのだが、レポートは不器用、原稿の振り仮名を振り間違えるなど、失敗も多い。1年の契約であり余程の成果を上げないと契約は更新されないのだが、その後も、取材対象との手違いがあるなど、ミスが重なる。

ミスが許されない環境の中で視聴率を争い、数字の取れるセンセーショナルなものを追い続けるという矛盾した状況がテレビ局にはある。センセーショナルであればミスも多くなる。関西テレビの「あるある大辞典」事件が挙げられる場面もある。視聴率を稼ぐために捏造が繰り返された事件だ。関西テレビは放送免許を剥奪されるに至った。

東海テレビのベテラン記者、澤村慎一郎も契約社員である。1年更新であり、「いらない」と言われたらそこで終わってしまうという立場である。澤村は経済系の新聞記者を経て雑誌の編集長となるも上と揉めて退社。滋賀県に地方紙がないことに目を付けて新聞を立ち上げるも半年で倒産。東海テレビの記者となっている。
澤村は共謀罪を濫用した事件に継続した取材を行う。マンションに建設に反対していた男性が共謀罪で逮捕されたという事件である。澤村はメディアの持つ権力の監視役としての立場を重視するのだが、局内に賛同者はほとんどいないようである。

東海テレビの報道部長が「報道の使命」として掲げる項目は3つ。「1,事件・事故・政治・災害を知らせる。2,困っている人(弱者)を助ける。3,権力を監視する」である。

ただ弱者を助けるというからには強者であらねばならず、これが民衆の反発を買うことになっているようにも思える。実際にテレビ局員は高給取りであり、庶民とはかけ離れた存在である。
一方、契約社員や派遣社員が多く、テレビ自身は批判している体制をテレビ局が取っているという矛盾をここでも抱えることになる。

本来は時間を掛けて追求してから伝えるべき内容も、即時性が求められるテレビではすぐに出さなければならない。そのため過ちも多く、テレビは徐々に信頼を失っていったともいえる。

視聴率をより高めるために、夕方のニュースのキャスターを福島アナから高井アナに変えることが決定する。今はテレビは高齢者しか見ない。そこでより年齢の高い高井アナをキャスターに据えることが決まったのだ。福島アナは辞めることが決まってから独自の企画を持ち込むなど生き生きするようになる。責任が軽くなったからだろうか。しかし、そんな中、画像処理が未完成のままの映像がニュースで流れてしまうという事件が起こり、福島アナは再びネットで叩かれることになる。

即時性と正確性が同時に求められるという、極めて高いハードルをクリアしなければならないテレビはマスメディアであるために失敗したときの影響も大きい。そんな中で視聴率至上主義は民放であるが故に否定することは出来ない。本来ならテレビ局員はジャーナリストの集合体であるべきなのだが、現状では数字の取れるトリッキーなことを求めている。ジャーナリストとしてテレビ局に入っても契約社員。一方、テレビ局員として数字の取れる企画が出せれば高給取り。面白さはともかく知が保たれる保証はない。

だが、それもまた、テレビ的に切り取られた物語でしかない。より良い絵を撮るために編集が行われ話が作られ、答えが与えられる。リアルではあるがそれも所詮「テレビ的なリアル」でしかないということ。これがテレビの闇であり限界であるともいえる。

 

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2020年3月13日 (金)

これまでに観た映画より(158) 「パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間」

DVDでアメリカ映画「パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間」を観る。ピーター・ランデズマン監督作品。製作:トム・ハンクスほか。出演:ジェームズ・バッジ・デール、ザック・エフロン、ジャッキー・アール・ヘイリー、コリン・ハンクス、デヴィッド・ハーパー、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ロン・リヴィングストン、ジェレミー・ストロング、ビリー・ボブ・ソーントン、ジャッキー・ウィーヴァー、トム・ウェリング、ポール・ジアマッティ、カット・ステフェンズほか。

1962年11月22日に起こった、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件を、陰謀論などを交えず、事実をなるべく忠実に再現することに力点を置いた映画である。パークランドというのはケネディ大統領が狙撃された後に運び込まれた病院の名であり、後にジャック・ルビーに狙撃されたリー・ハーヴェイ・オズワルドもパークランド病院に運び込まれている。

狙撃犯とされるリー・ハーヴェイ・オズワルド(ジェレミー・ストロング)の兄であるロバート・オズワルド(ジェームズ・バッジ・デール)やそのかなりエキセントリックな母親であるマーゲリート・オズワルド(ジャッキー・ウィーヴァー)、サプルーダーフィルムの撮影者として知られながら、その素顔がほとんど知られていないエイブラハム・サプルーダー(ポール・ジアマッティ)などに焦点が当てられており、オリバー・ストーン監督の「JFK」などでは知ることの出来なかった事件直後の生々しい出来事などが丁寧に描かれている。リー・ハーヴェイ・オズワルドがかなり不可解な人物であったことはよく知られているが、その母親もかなり変わっており、あるいは今もなお残るオズワルド単独犯説の根拠となっているのかも知れない。

ケネディ大統領は即死ではなくパークランド病院に運び込まれた時にはまだ脈があり、蘇生術が試みられたこと、リー・ハーヴェイ・オズワルドも狙撃後同じ病院で施術を受けたこと、ケネディ大統領の遺体を巡ってシークレットサービスとテキサス州関係者の間で一悶着あったこと、ケネディ大統領の棺を納めるためにエアフォースワンの搭乗口や内部に手を加えたこと、オズワルドがケネディ大統領と同じ25日に埋葬されたことなど、余り知られていない話が次々に描かれていく。

なるべく忠実に描くことを第一としているため、JFK暗殺に関する陰謀を期待するとドラマに欠けるかも知れないが、骨太で見応えのある作品に仕上がっている。描かれた人々がその後どのような人生を送ったのか明かされているのも興味深い。

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2020年3月11日 (水)

美術回廊(48) 生誕135年「竹久夢二展 幻想の美 秘められた謎」@京都髙島屋

2020年3月6日 京都髙島屋7階グランドホールにて

京都髙島屋7階グランドホールで、生誕135年「竹久夢二展 幻想の美 秘められた謎」を観る。新型コロナウィルスの影響で、京都髙島屋店内はガラガラ。こんな状態がいつまでも続けば天下の髙島屋も傾くという危機感がありありと伝わってくる。

大正時代を代表する美人画家として知られる竹久夢二(本名:茂次郎)。現在の岡山県瀬戸内市にある造り酒屋の次男として生まれ(長男は幼くして亡くなったため、扱いとしては事実上の長男となる)、神戸中学校(現在の兵庫県立神戸高校)に進むも家業が傾いたために中退。この頃の夢二の夢は詩人になることだった。一家で福岡県の八幡(現在の北九州市)に移り住むが、家出して上京。早稲田実業学校の専攻科(2年制)に進学し、この頃に本格的に絵を描き始める。早稲田実業も結局は中退した。

正直、日本画家としての竹久夢二は大したことがないというのが私の評価である。本格的に絵を学ばなかったことを本人も周りも後悔していたという話もある。

竹久夢二の名が現在に伝わることになったのは、彼が作詞した名曲「宵待草」によるところが大きい。作詞と書いたが、夢二は「宵待草」を歌詞として書いたわけではない。宵待草という草は存在せず、待宵草を宵待草として詩を発表。単純な覚え間違いという説もあるが、その方が語呂がいいからか、それとも架空の草とした方が良かったのか修正することはなかった。ちなみに「宵待草」は明らかに大逆事件を意識して書かれたものである。この「宵待草」の一節に多忠亮(おおの・ただすけ)が曲をつけて初演し、大評判となる。といってもこれは夢二と多のコラボレーションではなく多が許可を得ずに曲をつけてしまったものである。多も流石にこれはまずいと夢二宅に謝罪に出向いたのだが、逆に夢二に泣きながら歓待されたという話が残っている。どこまで本当なのかはよくわからないが、夢二が「これで自分の名は後世に残る」と確信したであろうことは窺える。実際、今回出展された夢二の作品に登場する夢二の分身は頭を抱えるなど苦悩に満ちた姿で描かれていることが多く、自分の画才に自信が持てないことが伝わってくる。

絵として致命的なのは密度の薄さ。情報量が少ないのである。淡く可愛らしいが、それだけでは他の日本画家には太刀打ち出来ない。挿絵画家としてスタートし、絵葉書を描く仕事や、楽譜の表紙絵やレコードジャケットのデザイン(「ペール・ギュント」から“ソルヴェイグの歌”のSPジャケットなどが展示されていたが、歌詞の内容とは余り関係ないような絵である)などを手掛けた夢二は、芸術を身近なものにしたという功績があり、グラフィックデザイナーの先駆けともいうべき存在である。大正という時代にあって、その挿絵や美人画は一斉を風靡した。だからといって彼の作品がそれそのものの魅力で激動の昭和を駆け抜けることが出来たかというと、単純に絵の出来から考えれば難しかったかも知れない。
夢二という存在が今も人を惹きつけるのは、絵画以上に彼のミステリアスな人間性である。とにかく女にもてる上に、たまきやお葉との奇妙な関係は他に例が見当たらない。
夢二と籍を入れた唯一の女性であるたまき。知名度はとても高いが、不可思議としかいいようのない存在でもある。2つ年下の夢二の猛アタックを受けて結婚したたまきだったが、とにかく浮気ばかりする夢二に愛想を尽かして2年で離婚。しかしその後もつかず離れずの関係を続け、子まで設ける。その後、夢二はたまきと当時画学生だった東郷青児の関係を疑い、富山でたまきの腕を短刀で刺すという事件を起こす。これで完全に終わり、のはずなのだが、その後も関係は続いている節があり、夢二が結核のため長野の療養所で亡くなった後、たまきが訪ねてきて後片付けなどをして帰っている。

富山での事件の後で、夢二は京都に向かう。二寧坂(二年坂)に取り敢えずの居を構えた夢二はここで一人の女性を待つ。女性の名は笠井彦乃。のちに「夢二最愛の女性」と呼ばれることになる女学生である。たまきと夢二が経営する港屋に入り浸っていた夢二ファンの女学生であった彦乃は、一説にはたまきと東郷青児の関係が怪しいと夢二に告げた張本人ともいわれている。彦乃は親の反対を押し切って京都へ。二寧坂で夢二と同棲生活をスタートさせ、ほどなく高台寺の近くに家を構える。だが、九州旅行時に彦乃は喀血。結核であった。彦乃は実家に連れ戻されることになり、ほどなくして亡くなる。夢二も京都を去ることになった。最初の家を二寧坂に構えたことが良くなかったのかどうか、夢二の京都時代は丁度2年で幕を下ろすことになる。

彦乃と入れ替わるように夢二の恋人となったのが、お葉(よう)である。本名は佐々木カ子ヨ。お葉の名は夢二が付けたものである。秋田生まれで、藤島武二のモデルを経て、責め絵師の伊藤晴雨のモデルをしていたお葉であるが(伊藤晴雨のモデルであったことは今回の展覧会では触れられていない)、愛人関係にあった伊藤晴雨と別れて夢二と同棲するようになる。その後に自殺未遂をするなど前半生は波乱に富んでいたお葉だが、医師と結婚して以降は安定した生活を送るようになり、その後、約半世紀ほど静かに生き続けた。

 

実人生の方が絵よりも魅力的であった夢二であるが、油絵などは独特の陰鬱さが作者の懊悩を物語っており、奥行きが感じられて好印象である。

出口付近には映像コーナーがある。岡山市にある竹久夢二美術館が制作した約10分の映像。49歳という短い生涯であった夢二であるが、この映像は比較的知られていない晩年の夢二を描いている。47歳の時に夢二は渡米。サンフランシスコで上陸し、その後、西海岸の都市を回る。その時に描かれたのが今回展示されている「西海岸の裸婦」である。完成度の方はそう高くないと思われ、その証拠にというわけでもないが、夢二は西海岸で個展なども開いているが評価は今ひとつであった。そこで今度はヨーロッパに渡るが、そこで評価されることもなく、帰国後に結核を得て、翌年に他界することになる。

夢二の絵に関してはその生涯ほどには魅力は感じないのであるが、物販では吉井勇が現代語訳(あくまで当時の現代語である)した『伊勢物語』に夢二が挿絵を描いたものが売られており、気になったので高めではあったが購入した。

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2020年3月 5日 (木)

これまでに観た映画より(157) 「感染列島」

配信で日本映画「感染列島」を観る。2009年に公開された瀬々敬久監督作品である。出演:妻夫木聡、檀れい、池脇千鶴、国仲涼子、馬渕英里何、田中裕二(爆笑問題)、光石研、キムラ緑子、宮川一朗太、嶋田久作、正名僕蔵、カンニング竹山、山中聡、佐藤浩市(友情出演)、藤竜也ほか。

パンデミックを題材にしたパニックスリラーにも分類されるような映画であるが、基本的にはヒューマンドラマ路線である。


フィリピンの内陸の村で鶏インフルエンザが流行したことが前段階として描かれる。

東京都いずみ野市という架空の街が主舞台である。いずみ野市立病院に運ばれた患者の真鍋(山中聡)が、突然、血を吐くなど劇症を示す。救命救急医の松岡剛(妻夫木聡)や安藤一馬(佐藤浩市)らが処置に当たるが、真鍋は死亡。真鍋の妻で一緒に付き添いで病室に入っていた麻美(池脇千鶴)も感染する。

フィリピンでの鶏インフルエンザ封じ込めに成功した、WHOメディカルオフィサーの小林栄子(檀れい)が、いずみ野市立病院に派遣されてくる。院内感染があったため、栄子は病院の封鎖を指示し、病床の確保を優先するために訪れた患者も重症者を優先させてそうでない人には自宅療養を勧めて帰すなどしたため、医師や看護師、患者などからも反発を受けることになる。

鶏インフルエンザの発生源とされた養鶏場を営む神倉(光石研)の自宅には投石があったり、神倉を非難する電話が掛かってきたりする。

いたたまれなくなった神倉は縊死してしまうのだが、残酷なことにその後、現在流行しているのは鶏インフルエンザではなく、新種のウイルスであることが判明する。

パンデミックの怖ろしさが描かれているが、医大生と指導教授の助手として知り合った松岡と栄子を軸にした人間や人命の意味などを問う作品でもある。

何を救うのか、優先させるのを問うという意味では黒沢清監督の映画「カリスマ」に繋がる部分がある(ただ同じテーマではない)。

妻夫木聡と池脇千鶴は、犬童一心監督作品で田辺聖子原作の「ジョゼと虎と魚たち」のコンビであり、見ていて懐かしかった。

結果的には、松岡や大学教授の仁志(藤竜也)によって発生源が突き止められ、ワクチンの開発に繋がるのだが、ワクチンが出来るまでに多くの人命を救ったのは人と人の繋がりであり、技術も勿論だが「心」の大切さが伝わってくる映画である。


今現在は、新型コロナウイルスの発生で、社会的なパニック状態が現在進行形で進んでいるのだが、こういう状況にあっては別の意味での「心」や「人と人の繋がり」のあり方が問われるようになっている。この映画や前田司郎の本によって上演された「生きてるものはいないのか」などではパンデミックの恐怖が描かれているが、まだパンデミックの状態ではないが、現実にその前段階にあると見られるような状況にあっては、パンデミックそのものよりも普通の人々の方が恐ろしいのだということを実感させられる。フィクションでは考えつけない集合体の予測不能の動きが、全世界を沈没させるだけの力を持っているということである。

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2020年3月 4日 (水)

TM NETWORK 「RESISTANCE」

作詞:小室みつ子 作曲:小室哲哉

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ドキュメンタリー「誰がボレロを盗んだか」

録画しておいたドキュメンタリー「誰がボレロを盗んだか」を観る。2016年、仏作品。監督は、ファビアン・コー=ラール。

20世紀最高のヒット作の一つである「ボレロ」を含むモーリス・ラヴェルの著作権を巡る話である。

わずか2つのメロディーが楽器編成を変えながら約17分(作曲者の指示)繰り返し演奏されるという得意な楽曲である「ボレロ」。ラヴェル自身はたいした曲とも思っていなかったようだが、意に反して代表作として今もコンサートプログラムに載る機会は多い。
ラヴェルは交通事故に遭ったことに端を発する神経性の病で、音楽もフランス語の綴りすらも分からなくなり、脳の手術を受けるも失敗するという悲劇的な最期を遂げた。ラヴェルはよく知られた同性愛者であり、妻子はいない。遺言を残せる状態でもなく、実弟が著作権を継ぐが、この弟のエドゥアールも事故に遭い、マッサージを施された女性とその夫に生活の面倒を見て貰うことになる。そしてこの夫婦に著作権を譲ってしまう。当然のように夫妻は不正を働き続け、自分で作曲したわけでもない作品の著作権で大金持ちになる。

「ボレロ」は世界各国で演奏されるだけでなく、編曲などもされていくため、二次的著作物に関する著作料も膨大な額となる。ドキュメンタリーで語られている通りまさに「金のなる木」であった。まず出版社が恩恵を受け、後に右派の政治家となる音楽出版社のデュラン社社長であるドマンジュが「ボレロ」で巨額の利益を得る。ラヴェルから2万フランで全権を委任されたドマンジュは「ボレロ」で儲けていく。ちなみに愛弟子のロザンタールによるとラヴェルは思想的には極左だったようである。
パリが陥落するとドマンジュはドイツ軍に協力。そのことで戦後に失脚する。だがその後も、「ボレロ」のために著作権を延ばそうとする動きが起こる。最初はフランスにおける著作権は作曲者の死後50年で切れることになっていた。だが、戦時加算が行われ(その長さに根拠はないそうである)て延び、更にロビイストの活動によって音楽に関しては作曲者の死後70年へと延長される。作曲者の意思でもないのに編曲が禁じられるという事態にすらなった。ラヴェルはジャズ好きであり、ピアノ協奏曲ト長調などにもジャズの要素を取り入れているが、ジャズ用にアレンジされることも難しくなったのだ。

最終的に著作権は、2016年まで延びた。このドキュメンタリーはフランスでの「ボレロ」の著作権が切れたことを受けて制作されたが、アメリカでの「ボレロ」の著作権は2025年まで延びることになっている。

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2020年3月 3日 (火)

斉藤由貴 「卒業」

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2020年3月 1日 (日)

コンサートの記(627) 秋山和慶指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第535回定期演奏会

2020年2月21日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第535回定期演奏会を聴く。今日の指揮はベテランの秋山和慶。

コロナウィルスの感染が警戒されるため、今日の演奏会はいつもと異なる。午後6時半頃からホワイエで行われる大フィル事務局次長の福山修氏のプレトークが中止となり、スタッフはほぼ全員マスクをつけている。
チケットは購入していても感染を怖れて自重したのか、あるいは勤めている会社から外出禁止令を言い渡されたりした人が多いのか(知り合いにも18日から在宅勤務で外出禁止を命じられた人がいる)空席がかなり目立ち、話し声なども余り聞こえない。ということで今日は音がかなり響く。フェスティバルホールでクラシックの演奏会が行われる時は、開演5分前を告げる鳥の鳴き声を重ねた音が鳴り響くのだが、客席で音が吸収されないためか今日はかなりうるさく聞こえた。

 

曲目は、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番(ヴァイオリン独奏:辻彩奈)、チャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」

 

来年傘寿を迎える秋山和慶。大阪フィルの定期演奏会への登場は5年ぶり59回目。この59回というのは朝比奈隆に次ぐ記録だという。桐朋学園大学などで指揮を齋藤秀雄に師事。東京交響楽団を指揮してデビューし、その後、同楽団の音楽監督や常任指揮者として40年に渡って活躍。ストコフスキーに見いだされてアメリカ交響楽団の音楽監督に抜擢されたのを始め、バンクーバー交響楽団の音楽監督、シラキュース交響楽団の音楽監督など北米でのキャリアを築くが、海外での活躍よりも日本国内でのオーケストラの育成や教育活動に力を入れており、近年では広島交響楽団の性能向上に貢献したほか、2000年発足の若いオーケストラである中部フィルハーモニー交響楽団の芸術監督・常任指揮者、洗足学園音楽大学の芸術監督兼特任教授、京都市立芸術大学の客員教授などを務めており、今年の4月からは日本センチュリー交響楽団のミュージックアドバイザーに就任する予定である。

 

今日のコンサートマスターは崔文洙、フォアシュピーラーは須山暢大。ドイツ式の現代配置での演奏である。

 

ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」。第1曲の“ワルツ”が浅田真央のプログラムの曲として採用されたことで知名度が上がった曲である。一応、今日はオール・ロシア・プログラムということになるのだが、ハチャトゥリアンはロシアで活躍したが、ジョージア生まれのアルメニア人である。
ショスタコーヴィチにも繋がる皮肉の効いた悲劇的でメランコリック且つおどけたような要素を持つ音楽が連なっている。大フィルはパワーがあり、今日のフェスティバルホールでは飽和してしまうほどであるが、秋山のテキパキとした音運びに乗せられてメリハリの利いた演奏を繰り広げる。時代の違いを考慮に入れなければの話だが、三島由紀夫の「鹿鳴館」で流れる音楽はハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」が最も良いだろう。馬鹿馬鹿しいと分かっているが踊らなければならない時の音楽。今の日本もそんな感じだが、いつの間にか日本はこの音楽が良く似合うような状況へと足を踏み込んでしまったような気もする。

 

プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番。個人的に大好きな曲であり、チョン・キョンファのヴァイオリン、アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団の伴奏によるCDを何度も聴いている。第2楽章の暖炉を囲んでの家族団欒の姿が目に浮かぶような旋律は、数あるヴァイオリン協奏曲の中でも最美であると思われる。

ソリストの辻彩奈は、将来が最も期待される若手ヴァイオリニストの一人。1997年岐阜県生まれ。現在は特別招待奨学生として東京音楽大学に籍を置いている(3月に卒業し、パリに向かう予定だそうである)。2016年のモントリオール国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門で1位を獲得し、同時に5つの特別賞も受賞して注目を浴びている。

昨年、ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団と共演した時は、曲全体としての音楽設計が弱いようにも感じられたが、今日は独特の温かみと艶と切れを持つヴァイオリンで大いに聴かせる。空席が多いためヴァイオリンの音も大きめに響いたが、それが思いがけず幸いしたようにも思う。
第2楽章のメロディーをたっぷり歌い、第3楽章の終盤では急加速を見せてスリルを演出した。

 

チャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」。チャイコフスキーは交響曲を6つ書いているが、演奏会で取り上げられるのは、第4番、第5番、第6番「悲愴」の後期三大交響曲に限られる。後期三大交響曲と初期の三つの交響曲では完成度に大きな隔たりがあるのも事実であるが、後期三大交響曲がいずれも「運命」をテーマに置き、ストーリー展開やドラマがあるのに対して初期の三曲はどちらかというと叙景詩的であり、わかりにくいということも不人気の一因であると思われる。
今年(来年度になるが)、大阪フィルは、音楽監督の尾高忠明の指揮でチャイコフスキーの交響曲チクルスを行うが、小林研一郎の傘寿記念チャイコフスキー交響曲チクルスにも参加(交響曲第4番と第5番を演奏する予定)、更にトレヴィーノ指揮のマンフレッド交響曲に今日の「冬の日の幻想」とチャイコフスキー尽くしの一年となる。

第1楽章には「冬の旅の夢想」、第2楽章には「陰気な土地、霧の土地」という標題がついており、ロシア民謡風の旋律も取り入れた交響詩的な要素も強い音楽である。秋山の的確な指揮棒に導かれ、大フィルもスケール豊かで輝かしい演奏を行う。ロシアの光景は映像でしか見たことがないが、それらしい風景が次々と頭の中で浮かんでいく叙情的な音楽である。ラストなどは前途洋々たる未来を確信しているような音楽であるが、一方で時折、濃厚な影が浮かぶのがチャイコフスキーらしさといえる。
秋山和慶というと、まず齋藤メソッドの体現者ともいわれる指揮棒のコントロールが浮かぶが、実際はそれ以上にリズムの処理の巧みさが武器になっているように感じられる。今日は打楽器が活躍するため、抜群のリズム感に感心したわけであるが、これは指揮棒の動きを見ていると逆に感じにくくなる要素でもあるように思われた。

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