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2020年4月18日 (土)

これまでに観た映画より(165) 「鉄道員(ぽっぽや)」

録画しておいてまだ観ていなかった日本映画「鉄道員(ぽっぽや)」を観る。降旗康男監督作品。原作:浅田次郎。出演:高倉健、大竹しのぶ、広末涼子、吉岡秀隆、安藤政信、志村けん、奈良岡朋子、田中好子、中本賢、小林稔侍ほか。主題歌の「鉄道員(ぽっぽや)」を作曲したのは坂本龍一。作詞は奥田民生で、歌唱は坂本龍一の娘である坂本美雨である。

生涯を鉄道員(ぽっぽや)として過ごした佐藤乙松(高倉健)の物語である。

北海道。D51の釜焚きからスタートして、機関士見習い、機関士を経て幌舞駅(架空の駅である)駅長となった佐藤乙松。雨の日も雪の日も、ホームに立って人々を向かい入れ、列車を見送る生活を送っている。ドラマは乙松の現在と過去を行き来する形で進んでいく。過去は灰色がかった映像になるが、全体として温かい感じの画像となっている。全編を通して、乙松の妻の静江(大竹しのぶ)がよくハミングしていた「テネシーワルツ」が流れ、郷愁をくすぐる。

鉄道員であることが生き甲斐であり、静江の死に目にも、幼くして亡くなった雪子の最期にも立ち会えなかった乙松。二人が死んだ日もともに日誌には「異常なし」と記した。プロの駅長であった。
かつて炭鉱の街として賑わった幌舞であるが、今は石炭も取り尽くされ、老人ばかり200名が住む限界集落となっている。若い人もいるにはいるが少数派である。幌舞駅も幌舞に向かう幌舞線も廃止が迫っていた。

幌舞の炭鉱が閉鎖される直前に、筑豊炭田から流れてきた期間工・吉岡肇を演じているのが志村けんである。志村けんが映画に出演したのはこれが唯一となるようだ。出番は余り多くないが、息子の敏行が幌舞駅前のだるま食堂の加藤ムネ(奈良岡朋子)の養子となり、後にボローニャでの修行を経て「ロコモティーヴァ(機関車)」という名のイタリアレストランを開くことになる(成長した敏行を安藤政信が演じている)など、橋渡しとして重要な役割を担っている。考えてみれば駅も駅長も橋渡しの役割である。
本当は敏行を養子にしてぽっぽやを継がせたいという思いが静江にはあったのだが、体の弱さなどの事情からムネに譲ることになった。登場人物は自身が主役になるのではなく見送る人が多い。ただ結果として、ぽっぽやは形を変えて受け継がれることになる。

機関士時代からの戦友である杉浦仙次(小林稔侍)は定年後にトマムのリゾートホテルへの就職が決まっており、同じく定年を迎える乙松にも一緒に来るよう提案するのだが、乙松は生涯一鉄道員、鉄道員以外何も出来ない男として生きることを誓っており、翻意はしない。

頑固で不器用であり、そんな自分に嫌気も差していた乙松だが、そこへ3人の少女が現れる。それは一種の奇跡であり、肯定であった。


若い頃の広末涼子は透明感抜群で才気が漲っているという感じである。こうした女優がその後、紆余曲折の女優人生を送ることになるのだから人生は上手くいかない。この頃の彼女は甘い人生設計を思い描いていることを明かしていたが、その直後に蹉跌が待っていた。

佐藤乙松の生き方は高倉健の俳優としてのあり方そのものであり、この映画が高倉健そのものの魅力を描いたものになっていることは間違いない。自身のことを「不器用ですから」と言っていた高倉健も生涯一鉄道員ではなく、生涯一俳優として人生を生き抜いた。


降旗康男監督は昨年他界、高倉健も6年前に世を去り、先日、志村けんも旅立った。田中好子もその死からもう9年が経とうとしている。みんな行ってしまった。
結局のところ、この世にあっては私もまた見送る人だということであり、人生の本質が凝縮された映画であるともいえる。

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