コンサートの記(631) 佐渡裕指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団来日演奏会2016大阪
2016年5月28日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて
午後2時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、佐渡裕指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の来日演奏会を聴く。今日も3階席に陣取る。外来オーケストラは良い席は値段が高すぎて買う気になれない。外来オーケストラの料金設定が高いことが「クラシックコンサート=料金が高い」という誤解を生むもととなっている(基本的にはだが、日本の有名ポピュラーアーティストのコンサートの方が国内の一流クラシックコンサートに比べても料金が高めである)。
佐渡裕は海外ではパリのコンセール・ラムルー管弦楽団の首席指揮者を1993年から2010年まで長く務めていたが、2015年の9月からウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団(現在の正式名称は、「トーンキュンストラー管弦楽団」もしくは「ニーダーエスターライヒ・トーンキュンストラー管弦楽団」である。ウィーンのムジークフェラインザールでも定期演奏会を行っているが本拠地ではない)の音楽監督に就任。佐渡にとって海外で二つ目のチーフポストとなる。ウィーンでの活動が増えるため佐渡は「題名のない音楽界」の司会を卒業している。
ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の来日演奏会は、佐渡の前の前の同管弦楽団の音楽監督であったクリスチャン・ヤルヴィの指揮で聴いたことがある。ザ・シンフォニーホールでの公演であった(調べたらもう8年も前のことだった)。ベートーヴェンの交響曲第5番がメインであったが、聴いている間は「まあまあだ」と思ったものの、帰りに梅田駅まで歩く間にどんな演奏だったか思い出せなくなってしまった。
クリスチャン・ヤルヴィは大阪フィルハーモニーに客演してラフマニノフの交響的舞曲などを指揮しているが、こちらの演奏も同傾向であったため、作る音楽の傾向がスポーティーに寄りすぎているようだ。
私自身2度目となるトーンキュンストラー管弦楽団の演奏会。曲目は、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:レイ・チェン)とリヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」
開演5分ほど前に佐渡裕がマイクを片手に現れ、自身のウィーンでの思い出を語る。
佐渡が初めて海外で生活した街がウィーンだった。ウィーンに渡ったのは25年前のこと。本当は師であるレナード・バーンスタインにもっと教えを請うためにニューヨークに行くつもりだったのだが、当のバーンスタインから「ウィーンに行け! そしてお前は英語も下手くそだけどドイツ語も勉強しろ!」と言われてウィーンで暮らすことになった。ウィーンではバースタインによる全ての演奏会や録音に立ち会った他、ウィーン国立歌劇場やムジークフェラインザールに通い詰めたそうである。当時は、ウィーン国立歌劇場の立ち見席は日本円に換算して僅か150円ほど、ムジークフェラインザールの立ち見席も300円ほどで買うことが出来たという。その代わり長時間並ぶ必要があったようだが。カルロス・クライバー指揮によるウィーン・フィル・ニューイヤーコンサートの当日券を求めて友人と二人でムジークフェラインザールの前で3日並んだこともあるという。ちゃんと並んでいるかどうか定期的に職員による点呼があったそうだ。
ただ、結局、3年に渡るウィーンでの生活の間に佐渡はこの街の指揮台に立つことはなかった。その後もドイツのオーケストラからは声が掛かったが、ウィーンの楽団の指揮台は遠かった。
ところが、佐渡が指揮したベルリン・ドイツ管弦楽団の演奏会を耳にしたウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の事務局長が佐渡を気に入り、客演指揮者として招聘。佐渡とトーンキュンストラー管のコンサートは大成功を収め、そのたった1回の客演で佐渡が次期音楽監督に決まったのだという。「立ち見席から指揮台へ。なかなか座らせてくれない」と佐渡が語ったところで笑い声が起こったので、「大阪はこういうところでちゃんと笑ってくれるんですね」と佐渡は続け、会場から更なる笑いと拍手が起こった。
最後に熊本地震支援のために募金を行い(熊本の音楽関連の復興に当てる予定)、その際、佐渡も募金のために出口付近に立つので、「あまり早めに帰らないようお願いします」と述べた。
ドイツ式の現代配置による演奏だが、ティンパニは指揮者の正面ではなく上手奥にいる。ステージの一番奥には小型のカメラが設置してあるが、これは「英雄の生涯」の時にトランペットがバンダとして下手袖で吹く際に佐渡の指揮をモニターに映す役割があると思われる。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリン独奏のレイ・チェンは1989年台湾生まれ。男性である。15歳で米国フィラデルフィアのカーティス音楽院に入学し、2008年にメニューイン・ヴァイオリン・コンクールで優勝。翌年にはエリザベート王妃国際コンクール・ヴァイオリン部門でも優勝。こちらは同コンクール史上最年少での優勝であった。
佐渡とトーンキュンストラー管弦楽団は完全なピリオド・アプローチを採用。テンポも速めであり、ビブラートを抑え、ボウイングもピリオドのものだ。古楽的奏法を上手く取り入れた伴奏で、佐渡の器用さが出ている。
レイ・チェンのヴァイオリンもビブラートというより「揺らす」という感じの奏法であり、やはりHIP(Historicallyl Informed Performance)によるものなのかも知れない。ヴァイオリンの音は磨き抜かれ、スケールも中庸で、古楽的奏法によるベートーヴェンとして満足のいくものになっている。
演奏終了後、レイ・チェンは、「どうもありがとうございました」「アンコールに、バッハ、サラバンドを弾きます」と日本語で語ってからアンコール演奏。気高さがあり、ベートーヴェンよりもバッハの方に向いているように感じた。
リヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。トーンキュンストラー管弦楽団は女性楽団員の割合が40%と高く、これはウィーンの主要オーケストラの中でトップだというが(何しろ、ウィーン・フィルは長年に渡って女性奏者の入団を認めなかった)、金管奏者はやはり男性楽団員の方が圧倒的に多い。大編成による曲なのでエキストラが何人も入っているのかも知れないが。
なお、公演パンフレットは無料ながら充実しているが(有料パンフレットの販売はなし)、指揮者、ソリスト、楽団の紹介はあるものの楽曲解説が一切なく、クラシック初心者には不親切な仕上がりになっている。
最近は日本のオーケストラの技術が急上昇し、メカニックならトーンキュンストラー管弦楽団とも十分に張り合えるようになっている。ただ、トーンキュンストラー管が出す音の美しさ、輝きなどには悔しいが及ばない。あるいはこれはテクニックではなく、音や和音に対する感性の違いが大きいのかも知れないが。
とにかくトーンキュンストラー管のシルキーな輝きの弦、燦々と鳴り響く金管などは美しさの限りである。
佐渡の指揮であるが、パートパートの描き方は優れているが、総体として見たときにパースペクティヴが十分かというとそうは言い切れない。見通しは今一つなのだ。
ただ、舞台下手袖でバンダが鳴り、「英雄の戦い」の場面になってからの迫力は佐渡の長所が生きていた。
オーケストラを響かせるのは上手だが、音楽の語り部としてはもう一つというのが現在の佐渡の立ち位置だろうか。
アンコールは2曲。まずはヨハン・シュトラウスⅡ世の「ピッチカート・ポルカ」。大編成の弦での演奏なので音が強めだが、雅やかな味わいは出ていたように思う。
ラストはリヒャルト・シュトラウスの歌劇「ばらの騎士」よりワルツ。ゴージャスな演奏で、出来はかなり良かった。
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