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2020年5月の33件の記事

2020年5月31日 (日)

これまでに観た映画より(178) 王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品「花様年華」

2004年10月26日

王家衛監督作品「花様年華」をDVDで観る。マギー・チャン、トニー・レオン主演。

映像は美しいが、なかなか渋い内容の映画だ。表現を切り詰めており、省略が多いので入っていけない人は入っていけないだろう。

1962年の香港。チャン夫人(マギー・チャン)とチャウ(トニー・レオン)は同じ日に、偶然隣りに部屋を借りる。互いの夫と妻が不倫関係にあることを知った二人は惹かれあうようになるのだが……。

梅林茂作曲の「夢二のテーマ」が何度も繰り返し使われ、官能的な迷宮へと陥っていくかのような錯覚にとらわれる。二人に肉体関係はあったのか、それが描かれないだけに一層官能的である(実際はラヴシーンは撮影されていたがカットされたということだ)。二人のつかず離れずの関係は切なくもあり歯がゆくもある。またそれぞれの妻や夫は声や後ろ姿のみで描かれ顔はわからないので、生活臭だとか、背徳の感じなどが後退し、チャンとチャウの二人の関係のみがクローズアップされることになる。本当に大人の男女のみの映画だ。若者向けでは全くない。

時計のアップシーンは「欲望の翼」でもおなじみである。

大人の映画であり、レトロな音楽やファッションなどが相まってワイン入りのビターチョコレートのような味わいがある。

ちなみに小説を書くようになったチャウ(あるいはこれは口実なのかも知れない)が仕事部屋とし借り、チャンと密会することになるホテルのルームナンバーは「2046」である。王家衛は、次の作品として「2046」というタイトルの映画を撮影することになり、数字に関して「意味はない」と発言しているのだが、実際には2046は中国と香港の一国両制(一国二制度)が終わる年のことでもある。

ラストに出てくるカンボジアのアンコール遺跡で、チャウは壁にどんな秘密を封じ込めたのだろうか。想像はつくのだが違うかも知れない。
見れば見るほど味わいの出てくるタイプの映画であり、機を見てもう一度観てみたいと思う。

何故カンボジアなのかはよくわからないが、設定によるとこのシーンは1966年のことである。この年、北京では文革が起きた。やがてカンボジアでもポル・ポトが文革を手本として……、というのは単なる深読みに過ぎないだろうが。

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2020年5月29日 (金)

見知らぬ友へ

言葉を大切にして欲しい。きちんと生きて来なかった人が、伝わりやすく整然とした文章を書くことはまずない。そして出来れば音楽も大切にして欲しい。言葉にならないものを受け取ることが可能となるように。大切にするとは相手を思いやることに他ならない。

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コンサートの記(640) 「“いにしえ”からベリオ」 ルチアーノ・ベリオ「セクエンツァ」全曲演奏会2日目 知恩院三門裏

2004年10月24日 知恩院三門裏にて

知恩院へ。ルチアーノ・ベリオの「セクエンツァ(連続)」2日目にして楽日、金管楽器と鍵盤楽器のコンサート。世界で最も巨大な木像門である三門の裏での演奏である。

トランペットとピアノの作品。ピアノは弾かずに、トランペットがピアノの弦に吹きかけて共鳴効果をつけるためだけに用いるという。ただ演奏している姿が見えないので、どこで吹きかけたのかわからない。音で判断出来ないとなると、わざわざピアノに吹きかける意味がないような気もする。

ピアノの演奏。ピアノで曲を弾いたことがある人には何となくだが理解出来る曲だ。奏でるのではなく、音を置いていくといえばいいのだろうか。ストーリーではなく韻文、あるいは俳句を作るような感じで弾く曲だと思う。

「女声のためのセクエンツァ」。ソプラノは、先日神戸国際会館国際ホールで行われた佐渡裕指揮の「VIVA! バーンスタイン」にも登場した天羽明惠(あもう・あきえ)。いかにも前衛作家の書いた歌(のようなもの)という印象。天羽は途中でサングラスを掛けたりしたが、これも楽譜に書かれているのであろうか? あるいは天羽の演出だろうか?

アコーディオン。「シャンソン」という副題がついているせいかも知れないが、「セクエンツァ」シリーズの中ではメロディアスな曲だ。奏者はフィンランド出身のヤンネ・ラットゥワ。1974年生まれだから私と同い年だ。表情の豊かな演奏である。

アコーディオンの次がラストの笙。吹奏楽器と鍵盤楽器の違いはあるが音の出る原理は同じで、笙とアコーディオンは親戚のような関係だ。妙なる音色が三門の庇に反射する。朱雀門の前で笛や笙を奏でたという伝説の残る源博雅を彷彿させる。小鳥が囀るなどいい雰囲気。ヘリコプターのはばたきや、バスを誘導する笛の音は少しかまびすしかったが。


知恩院境内を歩く。ここは城郭のような設計である。というより本当は隠れ城郭である。特に黒門付近は明らかに城郭の装いだ。
京都の城郭というと二条城だが、これはどちらかというと政庁の色彩が濃く守りは手薄なので、いざという時には、ここ知恩院を城として立て籠もれるようにしたのである。ここは浄土宗だった徳川氏に手厚い保護を受けた寺。境内のあちこちに徳川氏の葵の御紋が輝いている。

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2020年5月28日 (木)

コンサートの記(639) 「“いにしえ”からベリオ」 ルチアーノ・ベリオ「セクエンツァ」全曲演奏会初日 百万遍知恩寺&法然院

2004年10月23日 百万遍知恩寺御影堂&法然院本堂にて

今日と明日、浄土宗の三寺院で無料演奏会が行われる。「“いにしえ”からベリオ」と題し、ルチアーノ・ベリオの独奏曲集「セクエンツァ(連続)」全曲を演奏する試み。ルチアーノ・ベリオ(1925-2003)は20世紀を代表するイタリアの前衛作曲家である。
私も知恩寺(百万遍)と法然院での演奏を聴きに行く。

百万遍知恩寺は御影堂(みえいどう)での演奏。弦楽器による独奏曲の演奏である。チェロの安田謙一郎、ヴィオラの川本嘉子、ハープの吉野直子などかなり有名な演奏家が出演する。ちょうど影になって奏者が見えない席だったので、伽藍を彩る音に耳を澄ますという感じで聴くことにする。知恩寺の御影堂には何度も来ているので、静寂の中にあるいつもとは違い、音の着いた伽藍の雰囲気を楽しもうというわけだ。音によって堂内のイメージが変わっていくのが面白い。ギターの呆れるほどのミスマッチ間もいいし、ハープ演奏の時には竜宮城のように見えた須弥壇が、琴の演奏になるとあの世への入り口という印象に変わったりする。

プログラムとは違い、ヴィオラよりヴァイオリンが先になったが、見えない席の人はわからないので、ヴァイオリンの音をヴィオラと取り違えたりしていた。両曲とも、いかにも超絶技巧という感じの曲で、特にヴィオラはとてつもなく難しいことが聴いていてわかる。

現代音楽なので聴いていて心躍るというわけではない。しかし寺院でやると異空間に迷い込んでしまったような気にさせられる。
ハープの曲が音の美しさもあって一番聴き応えがあった。


続いて法然院で演奏会が行われる。知恩寺の演奏が終わってすぐに歩いて法然院に向かう。15分ほどで到着。まだ開場していないので、近くの喫茶店でケーキなどを食べる。

法然院の本堂で演奏会を行うのだが、ここは特別公開が行われる春と秋の数日間を除いては入ることの出来ない場所なので興味深い。こちらでは管楽器の演奏を行う。

しかし本堂は狭く、お客が入りきれないので、障子を開け、縁側にも客席を設けたりしていた。夜風は冷たく震えながら聴く人もいた。予想を上回る人が来てしまったのだと思われるが、余り手際が良くない。

ファゴット独奏には、聴衆、沸く。曲が面白かったからというよりも、息継ぎの間なく吹き続ける曲だったので、頑張った奏者(パスカル・ガロワ。この曲の初演者である)に拍手が起こったのだ。

一番面白かったのはフルート独奏の「セクエンツァⅠ」。フルートは横笛に似ているので吹く姿もどことなく寺院に合う。

最後は横笛(龍笛)の演奏。これはベリオの作品ではなく古来から伝わる曲だ。

「セクエンツァ」はかなり高度なテクニックが要求される曲であろうことは容易に察せられて、奏者にとってはやりがいのある曲だが、聴いて面白いという感じではない。ベリオは楽器のこれまで見出されていなかった可能性を追求するので、今まで聴いたことのない音がしたり、音がとてつもなく美しい塊として響いたりと興味深くはあったのだが、聴くよりも演奏して楽しい曲という印象を受ける。これは邦楽(雅楽など)にも通じるところがある。

夜の法然院境内は、ライトアップされた山門が闇に浮かび、上を見ると月が輝いている。幻想的な光景。京都だな、と思う。

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2020年5月27日 (水)

木村多江(朗読) 宮沢賢治 「春と修羅」 音楽:坂本龍一 「Aqua」

Zypressen=糸杉 花言葉:「死」「哀悼」「絶望」「永遠の悲しみ」「不死」「再生」「正義の人」

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コンサートの記(638) アジアオーケストラウィーク2004 金洪才指揮 ソウル・フィルハーモニック管弦楽団

2004年10月5日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪、ザ・シンフォニーホールでソウル・フィルハーモニック管弦楽団の来日公演を聴く。どうでもいいが、一瞬、ソウルフル・ハーモニーと勘違いしそうな名前を持つ楽団である。ソウル・フィルというオケは何故か2つあるようだが(紛らわしいな)、こちらは1945年創設の韓国一長い歴史を持つオーケストラ。

指揮は在日指揮者、金洪才(キム・ホンジェ)。

韓国といえば、20世紀後半にクラッシック界の逸材を多く生み出したことで知られる。特にヴァイオリンのチョン・キョンファ(鄭京和)と、彼女の弟で指揮者・ピアニストのチョン・ミョンフン(鄭明勲)が有名である。ただオーケストラの充実は大分遅れ、10年前のインタビューでチョン・ミョンフンは「(韓国のオーケストラは)日本より20年は遅れている」と語っていた。

しかし、今日の演奏を聴くと大分腕を上げてきたなという感じを受ける。弦がやや薄いが、日本のオーケストラとも十分に渡り合えそうだ。


1曲目は金成珍(キム・ソンジン)の「帰天」。ソプラノ独唱は姜権洵(カン・グォンスン)。チマチョゴリでの登場だ。
ソウル・フィルの音はやや暗め。少し淡泊で墨絵のような味わい。音楽は韓国らしさを感じさせるものだが、露骨に韓国していないのがいい。この曲は今年作曲された新作だ。


ドヴォルザークのチェロ協奏曲。独奏は梁盛苑(ヤン・ソンウォン)。音は相変わらずやや地味、独奏の梁の演奏も渋いが深みがある。これ見よがしのテクニックを披露するのではなく、音を誠実に奏でていくタイプだ。演奏終了後、梁はJ・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第1番よりプレリュードをアンコールとして演奏した。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、あのブラームスをして「こんな曲がチェロで書けると知っていたら私も書いていたのに」と言わしめた傑作である。


後半の曲はあのブラームスの交響曲第4番。多分狙ったプログラミングのはずである。ソウル・フィルの音は今度はやや華やか。金の指揮も若々しく、名演となった。


アンコールは韓国民謡「イムジン河」のオーケストラ編曲版。しみじみとしていい演奏である。

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2020年5月26日 (火)

配信公演 茂山千五郎家「YouTubeで逢いましょう! part9」(文字のみ。アーカイブへのリンクはあり)

2020年5月24日

午後2時から、茂山千五郎家による「YouTubeで逢いましょう! part9」を視聴。今回は今や梨園を代表する女形となった中村壱太郎(かずたろう)。以前、京都芸術センターで行われた壱太郎のトークイベントを見に出掛けたことがあるが、壱太郎自身は女形よりも女方表記を好んでいるようである。

若手人気歌舞伎俳優が出演するということで、視聴者はいつもの倍となる。そのためかどうかはわからないが今日は回線が不安定であり、茂山千五郎家の科学技術庁長官こと茂山茂は大忙しとなる。茂山茂は京都コンピュータ学院出身で、IT関係のスペシャリストであるが、茂山千五郎家には茂以外にその手の分野に詳しい人は皆無であるため、茂におんぶに抱っことならざるを得ない。


動きがカクカクして見えるが、狂言「茶壺」が上演される。出演:茂山茂(すっぱ)、茂山宗彦(もとひこ。中国方の者)、鈴木実(目代)。
中国方の者(中国地方出身の者という意味だと思われる)が栂尾まで買い物に出掛けた帰り、酒にしたたか酔って、茶壺を背負ったまま道の真ん中で眠ってしまう。そこに現れたすっぱは、茶壺をものにすべく、肩紐を掛けて眠る。中国方の者が目覚めたところですっぱは、茶壺は自分のものだと主張、中国方の者を盗人だと決めつける。そこで目代に茶壺が誰のものか判定して貰うことにするのだが……。

歌舞伎でも「茶壺」は演目に入っているのだが、結末が異なるようである。
すっぱは、とにかく記憶力が良く、舞なども巧みで、すっぱなどやらずともあらゆる分野で活躍出来そうではある。

映像は最初からコマ送りのようであり、古い時代の映画を観ているようで、これはこれで趣があるものだったのだが、すっぱと中国方の者と目代とでやり合っている間に映像が完全に止まってしまう。直すことが唯一出来る茂は舞台の上、ということで、いったん演目を中断し、茂が色々と工夫して直す。その間、茂山千五郎家の人々がトークで繋ぐ。ちなみに京都府は緊急事態が解除になったため、今日は至近距離で会話を交わすことが出来る。

その後、再開し、無事やり遂げる。ちなみに茂は映像が止まったということには気づいていて、演じている間もどうやったら再開出来るか考え続けていたそうだ。

ということで予定時間より15分ほど押すことになる。

 

続く狂言の演目は、有名作「棒縛」。出演、茂山千五郎(太郎冠者)、島田洋海(ひろみ。次郎冠者)、井口竜也(主人)。

島田洋海が「是非、次郎冠者をやってみたい」というので行われる演目である。チャットでは茂山千之丞(童司)が「棒縛」の裏話などを教えてくれる。

 

中村壱太郎へは、狂言にまつわるクイズが千之丞から出題される。同じ演目を行うこともある狂言と歌舞伎だが、中村壱太郎はかなりの苦戦。能舞台の背後にある松の絵が描かれたものをなんというか(正解は「鏡板」)、今ある狂言の流派は大蔵流と何流?(正解は「和泉流」)という比較的簡単な問題にも正解出来ず、「やっちまった」状態。和泉流でなく「井上流」と答えたときにはコメントが総ツッコミ状態となる。「関係者が見てるんで、もう狂言(が元)の奴(歌舞伎の演目)させて貰えないと思います」と語っていた。

洒落にならないかも。

慶應ボーイなのでクイズ番組から出演のオファーがあってもおかしくないが、絶対に断った方がいいレベルである。

 

アーカイブ https://www.youtube.com/watch?v=zPRYN5WUleg&t=7264s

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小泉今日子 「Fade Out」

エッフェル塔にて

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2020年5月25日 (月)

コンサートの記(637) アジアオーケストラウィーク2004 本名徹次指揮ベトナム国立交響楽団

2004年10月6日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

ザ・シンフォニーホールでベトナム国立交響楽団の来日演奏会を聴く。アジアオーケストラウィーク2004参加団体として招聘されたもの。指揮は本名徹次。本名は2001年からベトナム国立響のミュージック・アドバイザーを務めている。ベトナム国立響は1959年の創設。最初のコンサートでホー・チ・ミン(胡志明)が指揮台に上がってベトナム国歌を指揮したという何とも社会主義なエピソードを持つ。本拠地は首都ハノイ。ハノイは漢字では河内と書く。かなり大阪っぽい。

ベトナム国立響というと大分前にテレビのドキュメンタリーで日本人指揮者、福村芳一を相手に演奏に苦戦している姿が流された。

ということもあって今回は不安だったのだが、杞憂に終わった。世代交代が進んだようで、メンバーは若い。昨日のソウル・フィルは女性メンバーが全員、ドレスではなくスーツで登場したのが印象的だったが、ベトナム国立響の女性メンバーはドレスだったり民族衣装風だったり様々だ。

弦には輝きがある。たまに雑然とした感じになるのは仕方ないだろう。管はやや不安定だ。

第1曲はド・ホン・クァンの「ベトナム狂詩曲」。面白い曲だがやや長い。後半になるとだれた感じがする。

2曲目はショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲。ソリストは1981年生まれの若手、ブイ・コン・ズイ。曲自体は渋いものである。ソヴィエト当局の妨害に遭い、初演は7年も遅れた。ブイのヴァイオリンは昨日のヤン・ソンウォンとは正反対でテクニックを前面に押し出す。いかにも熱演という感じだが、力任せの感じは否めず。ずっと攻めのヴァイオリンなので聴いていて疲れるところがある。


メインもショスタコーヴィチ。交響曲第5番。いうまでもなく交響曲としては20世紀最高のヒット曲である。最近、生でショスタコーヴィチを聴く機会が多くなった。それも第5だけでなく、第10、第11などがプログラミングされる。ショスタコーヴィチの大ブレイクはもうそこまで来ている気がする。

冒頭は音に厚みが不足しているが、煌びやかさはあるし、構築もまずまずである。第2楽章はアイロニカルな表情が生きている。第3楽章も悪くはないが、歌にやや不足。表情ももっと豊かに出来るはずだ。第4楽章、トランペットが落ちる。本名のテンポはかなり速い。トランペットが落ちてからは更にテンポを上げる。この楽章がこれほど速く演奏されるのを聴くのは初めてである。ラストも重みがもう少しあればいいと思ったが、このオケの現状を考えるとよくやったと思う。国立のオケとはいうものの財源が不足しているため、メンバーの多くはアルバイトをしながらリハーサル、本番をこなすという。

アンコールではベトナムの曲と、大阪での演奏会ということで「六甲おろし」が演奏された。

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2020年5月24日 (日)

コンサートの記(636) アジアオーケストラウィーク2004 岩城宏之指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団 伊福部、武満、外山ほか

2004年10月8日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪へ。ザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴く。アジアオーケストラウィーク2004のトリを飾る演奏会。チケットはいつもに比べれば安いが、台風が近づいているためか客の入りは良くない。指揮は岩城宏之。

岩城の公演を生で聴くのは2回目。いずれも彼の病気が悪化した後だが、今日も歩みがたどたどしい。

1曲目は伊福部昭の「管弦楽のための日本組曲」。伊福部は北海道生まれの作曲界の重鎮。土俗的な迫力ある作風が特徴。世間一般には「ゴジラのテーマ」の作曲者としての方が有名だ。岩城なかなか好調。

武満徹の「夢の時」。誰が聴いても武満の曲だとわかる曲である。武満の前に武満なく、武満の後に武満なし。武満の曲を聴く機会はコンサートでは意外に少ないが(2004年当時)、ホールが武満色に染まってしまう貴重な時間を体験する。

3曲目は徳山美奈子の「大阪素描」。大阪生まれの女流作曲家の作品。祭りや童謡、民謡などを題材にしており、伊福部に共通するところがあるが、彼女の方が洗練されている。演奏後、作曲者登場。喝采を受ける。


メインはシベリウスの交響曲第2番。岩城とシベリウスという組み合わせは意外だが、相性ははっきり言って良くない。ベートーヴェンの交響曲に対するのと同じようにシベリウスに向かってしまったため、結果として迫力はあるが、曲想をはっきり捉えることが出来なくなってしまっている。
ベートーヴェン的シベリウスというものが成功し得ないことを知る。少し眠たい演奏だった。シベリウスの交響曲第2番を生で聴くのは4度目だが、退屈するのは初めてである。


アンコールは外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」。岩城はこの曲の初演者。ちょっとバランスが悪い気もするが手慣れた演奏となる。迫力も十分であるが、ザ・シンフォニーホールは残響がありすぎて直接音が届きにくい気がする。ラストのパーカションは聴覚的にも視覚的にも格好いい。

この曲の演奏は作曲者である外山雄三の指揮、日本フィルハーモニー交響楽団による演奏が良かった。サントリーホールでの演奏会で聴いたのだが、これはライヴ録音されてCDでも聴くことが出来る。
民謡が露骨に使われているので、「真面目」な評論家からは、「オリエンタリズムの押し売り」などと言われるが、こういう人は西洋の作曲家が西洋の民謡を使って作曲すると絶賛したりするのだ。ただの西洋コンプレックスであるような気がする。

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2020年5月23日 (土)

We Need Culture

演劇、音楽、映画に触れている時間は、「営みの凝縮型」。人生から切り離されているのではなく、むしろ一段濃い時の流れ。

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2020年5月21日 (木)

これまでに観た映画より(177) 佐々木美佳監督作品「タゴール・ソングス」

2020年5月18日 「仮設の映画館」@出町座

仮設の映画館@出町座で、ドキュメンタリー映画「タゴール・ソングス」を観る。佐々木美佳監督作品。

アジア人としてまた西欧人以外では初のノーベル文学賞受賞者となったタゴール(ラビンドラナート・タゴール)が残した、タゴール・ソングスという歌の数々がベンガル地方の人々に与えた影響に迫るドキュメンタリーである。インドの国際都市コルカタ(旧カルカッタ)と、英領インドから東パキスタン時代を経て独立したバングラデシュの首都ダッカでのロケを中心とした映像が流れる。

インドの国歌の作詞・作曲とバングラデシュの国歌の作詞を手掛けたのもタゴールであり、今もベンガル地方の人からは神のように崇拝されており、タゴールが残した歌は彼らのソウルミュージックとなっている。

タゴール・ソングスは多様な心模様を歌い上げている。愛しい人を思う歌もあれば、孤独や悲しみと向き合う歌もある。元々はベンガル地方の民族楽器の伴奏で歌われていたようだが、今はギターなどの西洋の楽器の伴奏に乗って歌われることが多く、編曲も現代風になっている。

タゴールが作ったメロディーではなくラップを歌い上げる若者もタゴール・ソングへのリスペクトを語る。


タゴールは、富豪の末っ子としてカルカッタに生まれた。生家である豪邸は今も残っており、この映画にも登場する。幼い頃から詩の才能を示すが、学校の勉強は拒否した(このことは映画の中でも語られている)。金銭的には恵まれていたが、当時のインドはイギリスの植民地。実に不自由な時代である。映画に出てくる人々の証言を纏めると、今もインドは不自由だそうである。貧しさに泣いている子どもが大勢おり、家では両親、特に父親の権限が強く、女性に対する差別も激しい。生まれてくる子どもが女の子だとわかると中絶してしまうことも少なくないようである。

現在はバングラディシュ領となっている農村、シライドホの領地管理を任されたタゴールは、自然の中で多くのインスピレーションを得るようになる。また、善政を敷き、領民が「土地が欲しい」と訴えれば与え、貧しい人には租税の一時免除を行った。そのため今でもシライドホではタゴールは神様そのものと讃えられているようである。


タゴール・ソングスは、常に人々と寄り添うものである。押しつけがましさはなく、同じ道を歩む同行者である。「もし君の呼び声に誰も答えなかったとしてもひとり進め」と歌う。だが、隣にはタゴールが付いている。悲しみや孤独をタゴールは共に感じてくれる。西洋の歌とは一味も二味も違う詞と音楽をタゴールは生む。
象徴的な場面がある。タゴール・ソングを歌い、教師として弟子にも教えている男性、オミテーシュ・ショルカール。彼は人から「あなたは歌手か?」と聞かれると「違う」と答える。「でも歌を歌っているでしょ?」と聞かれると彼はこう答えるそうである。「歌っているのはタゴール・ソング。タゴール・ソングと歌は別のものだ」

コルカタの大学に通う女子学生、オノンナが、日本を訪れる場面がある。タゴールは1916年に来日しており、東京の日本女子大学校(現在の日本女子大学の前身。当時は旧制の専門学校)と軽井沢で講演を行っている。軽井沢を訪れた後、東京に向かったオノンナは、バングラデシュと日本のハーフであるタリタと知り合い、(おそらく)横浜に遊びに出掛ける。ずっと日本で過ごしてきたタリタは日本語しか話せなかったが、東京外国語大学に進学し、ベンガル語やバングラデシュの文化を専攻している。タゴールを始めとするベンガル語の文学や音楽などを広めたいと語るタリタは、同じ東京外国語大学出身でタゴールを広く紹介することを目指す佐々木美佳監督の分身のようでもある。


最後に私のタゴールに関する思い出を一つ。二十代前半の頃だったと思うが、現代詩文庫のアジアの詩人の作品を集めた詩集を明治大学駿河台キャンパス12号館の地下にあった生協(今は生協はなくなり、三省堂書店が入っている)で買って読んだのだが、劈頭を飾っていたのがタゴールの詩であった。アジア初のノーベル文学賞受賞なのだから当然といえる。海辺で遊ぶ子ども達を描いた詩であり、詳しいことは忘れてしまったが、広がりと煌めきとが印象的であったことを覚えている。

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2020年5月20日 (水)

これまでに観た映画より(176) 岩井俊二監督作品「花とアリス」

2004年10月20日

DVDで「花とアリス」を観る。岩井俊二監督作品。音楽も岩井監督自身が手掛けている。割合シンプルなメロディーで聴けば聴くほど「四月物語」の音楽に似ている。ということで「四月物語」の音楽も別人名義(女性名。ただし検索しても「四月物語」の作曲担当者としてしかヒットしないため架空の人物であることがわかる)であったが岩井俊二監督が作曲したものであることがわかる。

最初のシーンから全体を撮す定点カットと視点カットをつなげてみたり、故意にカットを短くしてしかも間を省いて、あたかも漫画のコマを見ているような効果を出している。岩井監督は大学時代に漫画家としての才能を認められたことから物語制作を始めているので、漫画を意識していることは間違いない。

桜や電車の中、学校や海岸、落語などノスタルジアを掻き立てる、いかにも日本的な風景を撮っているのだが、映像が日本映画離れした美しさを持つためにあたかも他人の夢に迷い込んだかのような、どこでもない場所にふわふわと浮かんでいるかのような不思議な感慨にとらわれる。

バレリーナの格好で暗闇で写真を撮るシーンはわざと逆光にしてぼかすなど技術的にも興味深い。

先輩を好きになって、それで嘘を付いたことから始まる可愛らしい話なのだが、心理的に鋭いところをついている。

有名人をワンポイントで使ったり、ユーモラスなくすぐりも絶妙だ。アリスが「ストーカーって怖くない?」と言いながらストーカーまがいに相手を隠し撮りするところなど、突っ込みたくなる要素も満載。アリスこと有栖川徹子の今は別居する父親の名字が黒柳だったりするのも突っ込みどころである。

蒼井優が演じるアリスは劇中では演技が下手な設定だが、蒼井優はそれを見るに堪える水準で演技する。つまり演技が下手な女の子を、その女の子には無い技術を持って同じように演じてみせる。例えば、「くしゃみをする」シーンでアリスは上手く出来ないのに、その直後に蒼井優は見事にくしゃみをしてみせるのだ。これは二重に面白い。「雨に唄えば」の世界のようだ。

偽りの記憶を生み出していく過程なども、物語を生み出す行程にリンクしており、映画がまさにこの場で生成されているようで、これもまた感興を誘う。海岸での縄跳びのシーンはかなり即興的にやらせていると思う。

蒼井優は「リリィ・シュシュのすべて」ではいじめっ子を演じていた。その後、「三井のリハウス」のCMなどでブラウン管(2004年当時はこうした表現でした)でも顔を見かけるようになる。今後も出演映画が目白押しだ。
鈴木杏はTBSドラマ「青い鳥」で有名になったが、それ以前にもハリウッド映画「ヒマラヤ杉に降る雪」に11歳で出演するなど、幼い頃からキャリアを積んでいる。

幸福な気分にさせられる幸福な映画である。映像の美しさだけでも見る価値があるが、話も、多少少女趣味だったりするが面白い。

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2020年5月19日 (火)

配信公演 茂山千五郎家「YouTubeで逢いましょう! part8 リモート狂言Ⅲ」(文字のみ。アーカイブへのリンクあり)

2020年5月17日

午後2時から茂山千五郎家によるWebLive配信「YouTubeで逢いましょう! part8 リモート狂言Ⅲ」を観る。
今日は冒頭から進行役を務める茂山逸平のパソコンに配信動画が映らないため視聴者からのコメントも読めないというハプニングがあり、茂山千五郎家のIT担当である茂山茂が直すという場面が見られた。ちなみに茂山茂は「長官」と呼ばれている様である。

今回は、清水寺の大西英玄執事補がゲストとして参加。ちなみに清水寺は前年に比べると参拝者が95%減となっているそうである。この大西英玄氏の法話というほど本格的ではないが、清水寺の歴史や、自身の得度の体験、北観音と呼ばれた清水寺に対する南観音(観世音)こと長谷寺が、能の観世流の由来となっているといったお話が面白くてためになるというので、茂山千五郎家からもチャットのコメントからも大好評であった。ちなみに大西氏は清水寺のIT関係も受け持っているようで、検索すると、「清水寺のホームページのアクセス解析を行ったところ、アクセスや拝観時間などのページしか見られていないことがわかった」ため、これではいけないということでインスタグラムを開設して画像や映像の配信を行い、好評であるという。

 

演目は、清水寺ゆかりの「吹取(ふきとり)」が演じられる。清水寺参詣の場が加わった特別編での上演である。

いい年だが独身の男性が、清水寺の観音に妻乞いを行う。通夜(夜通し念じること)をしていると、五条の橋で月に向かって笛を吹けば妻を与えようと観音からの託宣(でいいのかな?)を受けることになる。しかし、男は笛が吹けず……。
出演:茂山千五郎、島田洋海(ひろみ)、山下守之。

笛が吹けない男(茂山千五郎)は、笛の上手(島田洋海)が知り合いにいるので代わりに笛を吹いて貰うことにする。五条の橋(今の五条大橋ではなく、松原大橋である)で笛を吹いて貰うと、果たして妻(山下守之)が現れるのだが、妻は笛の上手を夫と見做してしまう。妻乞いをした男はなんとか妻に振り向いて貰うのだが……。
なんで今まで妻がいなかったのか、なんとなく察せられる内容となっている。

 

太郎冠者と次郎冠者が顔を合わせない演目が一つだけあるという。「樋の酒」という演目であるが、今では廃曲になっているという。だが、茂山逸平が、これはリモート狂言にピッタリだと思いついたということで演じられることになる。

太郎冠者の茂山宗彦(もとひこ)が茂山家の稽古場の能舞台で演じ、次郎冠者の茂山千之丞(茂山童司)と主人役の井口竜也がぞれぞれZoomを使って自室から演目に加わるというリモート上演。

「棒縛」と同じ趣向であるが、「樋の酒」では太郎冠者と次郎冠者がそれぞれ別の蔵に監禁される。次郎冠者は酒蔵に閉じ込められるのだが、これは主人から下戸だと思い込まれているためで、太郎冠者が留守の間に酒を飲んでしまわないようにとの措置である。だが、次郎冠者は実際は「酒豪」と呼んでいいほどの酒好き。ということでガブガブ飲み始め、樋を使って太郎冠者にも酒を与える。上機嫌の二人は舞い始め、という内容である。「Zoom飲み会に見えてきた」というコメントもあった。
実際に隔離されての上演であるため、舞台で演じられるよりもリアリティがある。片方を酒蔵に閉じ込めてしまう必要性が感じられないなど、論理的に破綻しているため廃曲になったのだと思われるが、リモート上演という、ついこの間まで存在すらしなかった上演形態にピタリと填まる。ちなみに宗彦にちなみに宗彦が持つ杯に見立てられた扇に酒を注ぐ樋は茂山逸平が持ち続け、上演後の配役紹介で自ら、「壁:茂山逸平」と読み上げた。

 

狂言と人類愛を結びつけた大西英玄氏のお話の面白さもあり、「今回は神回だった」という言葉がコメント欄に浮かぶが、逸平は清水寺なので「仏さんですよ!」と突っ込み、コメント欄にも「仏回」という言葉が並んだ。


アーカイブ https://www.youtube.com/watch?v=S20nfDl9Nm0&t=329s

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玉置浩二 「MR.LONELY」

Koji Tamaki Official Youtube Channelより 2005年6月14日 Zepp Tokyoでのライブ映像

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2020年5月18日 (月)

これまでに観た映画より(175) 坪田義史監督作品「だってしょうがないじゃない」

2020年5月17日 「仮設の映画館」@京都シネマにて

「仮設の映画館」@京都シネマでドキュメンタリー映画「だってしょうがないじゃない」を観る。坪田義史監督作品。字幕付きでの上映である。

40歳を過ぎてから発達障害に含まれるADHDの診断を受けた坪田義史監督が、やはり発達障害の診断を受けた親戚(再従兄弟とのことだったが後に違うことが判明する)のまことさんとの3年間をカメラに収めた映画である。
まことさんは中学卒業後、溶接工などの職を転々とした後で、二十歳の時に自衛官となるが、ほどなく父親が死去したため、神奈川県藤沢市辻堂にある実家に戻り、以後、40年に渡って母親と二人で暮らしていたのだが、母親も死去。今は障害基礎年金を受け取り、様々な福祉サービスを受けながら一人暮らしをしている。

まことさんは、母親が亡くなってから軽度の知的障害を伴う広汎性発達障害と診断を受けた。叔母さんがまことさんの面倒を主に見ているのだが、診断を受けるには様々な資料が必要だそうで、小学校の通知表などもなんとか探し出したそうである。ちなみにオール1が並んでいるようなものだったらしい。今なら特別学級に通うことになるのだと思われるが、当時は知的障害の認定は可能だったかも知れないが、発達障害は存在すらほとんど知られていなかった時代。知的障害があることは分かっていたのかも知れないが、軽度であるため、「学習に支障なし」とされたのであろう(成績から察するに実際は支障があったと思われる)。

まことさんは、吃音はあるが、言語は明瞭であり、漢字の読み書きなども割合普通に出来る。ということで何の情報もなければ障害者には見えないが、だからこその辛さも経験しているであろう。

 

精神医学は近年、急速に発達しているが、枠組みも変化しており、自閉症、アスペルガー症候群、広汎性発達障害障害などはより大きな枠組みである自閉症スペクトラムに組み込まれるようになっている。スペクトラム(連続体)という言葉が表している通り、同じ障害であっても症状は人それぞれ違うというのがやっかいなところである。知的障害があるものとないものがあり(知的障害がないものを以前はアスペルガー症候群といっていたが、今ではこの区分は少なくとも積極的には用いられていない)、その他の能力もバラバラである。ただ強いこだわりなど、共通するいくつかの特徴がある。強いこだわりはコレクターという形で現れることが多く、まことさんもフィギュアのコレクションを行っている。また風呂には土曜日にしか入らず、洗濯は水曜にしかしないと決めており、変更を嫌がる。

生まれ育った神奈川県への愛着があるようで、まことさんは毎年、藤沢市を通る箱根駅伝を見に出掛け、地元の神奈川大学(私立で、略称は「じんだい」。優勝経験もある)を応援する。またベイスターズのファンであり、坪田監督と横浜スタジアムに試合を見に出掛ける前にベイスターズのレプリカキャップを購入。その後、ずっと愛用し続けている。これもこだわりであるが、障害故なのかは判然としないところである。

 

「レインマン」という有名な映画があるが、ダスティン・ホフマンが演じているレイモンドも今診断を受けると自閉症スペクトラムになると思われる。レイモンドもこだわりが強く何曜日の何時からどのテレビを見るかを決めており、メジャーリーガーの成績を細部まで記憶しているというマニアであった。ただ、レイモンドは計算能力に秀でたり、驚異的な記憶力や認知能力を誇るサヴァン症候群でもあったが、サヴァン症候群は極めてまれな存在であり、まことさんには人よりも特に優れている部分はないように見受けられる。ということで、計算がうまく出来なかったり、小さな事で悩んだりと余り格好は良くない。自制心に欠けるところがあるため、ビニール袋が風に飛ばされる様をずっと眺めていて(いけないとわかっていてもやってしまうそうである)隣家から苦情を言われたり、エロ本を隠し持っていたことで叔母さんに心配され、怒られたりしている。

 

坪田監督とは良好な関係を築いていたが、ずっと住んでいた実家を手放さざるを得ない状況となる。これまでまことさんを支えてきた親族もみな高齢化し、今後もずっとまことさんの面倒を見るというわけにもいかない。

ということでグループホームに入るという話が出るのだが、変化を嫌がるという性質を持つまことさんは、いい顔をしない。

 

坪田監督は、まことさんの居場所を探し、平塚市にある就労継続支援B型(B型事業所)のstudio COOCAという芸術特化型の施設を見つける。平塚までの送り迎えは自分がやってもいいという。
studio COOCAに見学に出掛けたまことさんと監督であるが、まことさんは入所する気は全くないようだ。

 

その後、日本三大七夕祭りの一つである平塚の七夕祭りに出掛けたまことさんは、その夜、初めてカラオケに挑戦する。予想を遙かに上回る歌唱を披露したまことさん。歌をみんなに聴いて貰いたいという希望が生まれた。

 

といったように概要を述べてきたわけであるが、ドキュメンタリーであるため、「レインマン」のようなフィクションとは異なり、ドラマティックなことは起こらない。ダスティン・ホフマンやトム・クルーズのような男前も登場しないし、レインマンの正体が解き明かされたりもしない。軽い知的障害を伴う発達障害者の姿そのものを映し出すに留まる。そこにメッセージ性があるわけでもない。

だが、この世界に、まことさんは生きている。確実に存在している。上手くいかないことの方が多いが、これまで生きてきて今もいる。何かのためにというわけでもなく。
本来人間というのはそれだけでいいものなのかも知れない。時代と環境とによって規定が変わっていくだけなのだ。

 

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砂金あり

結局、大半の言葉はむなしく消費される。単なる反射神経によるラリーである。だがその中に確実に砂金はある。

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2020年5月17日 (日)

Happy Birthday.Eric Alfred Leslie Satie(Erik Satie) 上白石萌音(ヴォーカル)、福間洸太朗(ピアノ) 「ジュ・トゥ・ヴ Je Te Veux(あなたが欲しい)」

こんな映像があったんですね。

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これまでに観た映画より(174) 想田和弘監督作品「精神0」

2020年5月15日 「仮設の映画館」@京都シネマにて

「仮設の映画館」@京都シネマで、ドキュメンタリー映画「精神0」を観る。想田和弘監督作品。プロデューサー:柏木規与子(想田和弘夫人)。

現在、日本中の映画館が臨時休館を余儀なくされているが、その中でも営業的に苦しい運営形式であるミニシアターが共同でWeb上での映画配信を行うのが「仮設の映画館」である。映画の一般料金と同じ1800円をクレジットカードなどで支払い、自分が料金を支払いたい映画館を選択してストリーミングでの映像配信を観るというシステムとなっている。私はそもそもこの映画をここで観る予定であった京都シネマを選択する。京都シネマはこれまでも民事再生法の適用を受けながら営業、つまり倒産はしているわけで、今も資金面ではかなり苦しいはずである。更に近くにある新風館の地下にミニシアターのシネマコンプレックスが誕生する予定であり、先行きはかなり不安である。ただコロナ禍は去ったがお気に入りの映画館が潰れていたということは避けたい。今後も「仮設の映画館」の京都シネマでいくつか作品を観る予定である。

描かれるのは前作「精神」の10年後であるが、今回の主役は精神障害者の方達ではなく、山本昌知医師である。精神障害者に真摯に向き合い、親しく接する山本医師の人物像を掘り下げるということも含めて「精神2」ではなく「精神0」というタイトルになっている。

岡山市。精神科医院「こらーる岡山」の医師である山本昌知も82歳ということで、第一線から退くことになる。現役最後となる講演には山本の評判を聞いて東京から駆けつけた女性からサインを求められるなど、名医としての地位を築いた山本であるが、もう精神科の医師として働ける年齢は過ぎたと悟った(のかも知れない)。

ただ心残りなのは残される患者達である。山本医師の特徴は患者の言葉をよく聞いて、的確なアドバイスを送るというところである。説得力があり、ぬくもりに満ちている。だが少なくとも岡山市内にはそうした医師は他にいない。向精神薬は次々と優れたものが登場しているが、その結果として精神科医は最適な薬を選ぶことを主な仕事とするようになり、患者の話を聞かない医師が増えた。患者の一人は他の病院を受診した時のことを、「散々待たせて1分半で受診が終わり」と不満げに語る。

最初の、「CDを買いたいだとかそういった欲求が抑えられない」という患者に山本医師は、自然に欲求が沸いてくるのはいいことだがゼロになる日をたまに作るといいというアドバイスをする。アドバイスをするだけではなく、精神病者は誰よりも頑張っているというリスペクトも送る。

前作の「精神」で流れたものや、撮られたがカットされて使われなかった映像はモノクロームで映し出される。

想田和弘監督が東京大学文学部宗教学科卒業ということで、山本医師の姿に「膝をつき合わせるようにして弟子や信徒と語った」というブッダや、「共生(ともいき)」を掲げる浄土宗の祖で現在の岡山県出身の法然、その弟子で一人一人と共に悩み共に生きる宗教家である親鸞などを重ねて見ることも出来る。そしてそれは比較的たやすいことなのであるが、「精神0」で観るべきは、おそらくそこではないだろう。

山本昌知医師の奥さんである芳子さん。こらーる岡山で夫を手伝ったりもしていたが、山本昌知が医師ではない一個の人間となる「ゼロの場」である家庭でも共に時を過ごしてきた。山本医師とは中学高校と一緒であったという。10年前にはテキパキ動き、ハキハキと喋る奥さんだった芳子さんだが、高齢ということで無口になり、カメラの前でも所在なげである。撮影を行う想田監督に見当違いな発言をするなど勘違いが増えて、普通の生活を送ることももうままならないようだ。山本医師の引退も芳子さんの現状が絡んでいるように思われる。
芳子さんが学生時代の思い出を語る場面がある。山本医師は学生時代は「勉強がよく出来ない」生徒だったと芳子さんは語り、一方の山本医師は芳子さんのことを成績は一番が指定席のような人と話す。

芳子さんの親友が芳子さんについて話す場面がある。「凄い頭のいい方」だそうで、歌舞伎やクラシック音楽が大好きで、海老蔵(おそらく今の海老蔵ではなく、「海老さま」と呼ばれた先々代だと思われる)の大ファン。更にバブルの頃は夫に内緒で株で儲けたりもしていたそうで、政治面にも明るく、単に聡明なだけでなく多芸多才の女性であることがわかる。家には芳子さんの作った俳句が飾られており、おそらく生まれ持った能力は山本医師よりも上であると思われる。

 

ここから先は、映画には描かれていないが、確実であると思われることを書く。山本医師を作ったのは実は芳子さんなのではないかということだ。山本医師は芳子さんの成績が常に一番であることを知っていた。興味を持っていたのである。クラスのマドンナ的存在だったのかどうかはわからないが、山本医師が芳子さんに憧れを抱いていたのは間違いない。同じ人生を歩む女性の候補と考えてもいただろう。だが、成績優秀な女性を振り向かせるには、こちらも勉強を頑張って認めて貰うしかない。同じ男なのでよくわかる。「勉強が出来ない」と言われていた山本昌知が医師になるだけの学力を付けたのだから、相当努力したことは間違いない。そして結ばれることが出来た。岩井俊二監督の「四月物語」的ロマンティックな話である。映像ではそうしたことは一切語られていないが、それ以外のストーリーはあり得ない。芳子さんがいなかったら、おそらく名医・山本昌知は誕生していなかったであろう。芳子さんいう尊敬出来る女性と出会ったこと、それが山本昌知の医師としてのゼロ地点(起点)であったのだと思う。

ラストシーンで二人はお墓参りに向かう。この日は芳子さんも山本医師と一緒に歌を唄い、よく喋る。高齢と病状のため芳子さんが立ち止まってしまうと山本医師が戻ってきて手を握り、一緒に墓地へと向かう。ずっと手を握り合っている。私の想像は間違っていないと確信する。

 

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2020年5月16日 (土)

これまでに観た映画より(173) 想田和弘監督作品「精神」

YouTubeの有料配信で、想田和弘監督のドキュメンタリー映画「精神」を観る。現在、ミニシアター支援のためにWeb上に設けられた「仮設の映画館」で続編に当たる「精神0」が公開中であるが、それを観る前に前編を観ておこうというわけである。「精神0」が上映される「仮設の映画館」はミニシアター支援が目的であるため、通常料金の1800円が必要だが、YouTubeで配信されている「精神」は300円でレンタルとして観ることが出来る。ストリーミングのみの配信で期限は3日間。ダウンロードする「購入」という手段もあるが、そちらは結構値が張る。

2005年から2007年に掛けての岡山市が舞台。この時点での岡山市はまだ政令指定都市になっていない。

精神科病院「こらーる岡山」。精神科の他に、精神障害者のための事業所や相談所、居場所などが併設されているが、民家を改築したものであり、外観も内装も医療施設っぽさが全くない。院長の山本昌知医師は、精神病者の診察や交流を生き甲斐としており、開業医となってからしばらくは給料も取らずに診察を行っていて、「現代の赤ひげ」とも呼ばれていたそうである。今は給料は10万円ほど受け取っているが、他に年金の収入があるだけで、全く金銭に執着がないようである。

日本は精神病大国なのであるが、精神病者が隔離される場合も多く、多くの人は精神病者の実態について、本当のことは知らないでいる。だから、精神病棟を舞台にして精神病者が襲ってくるという内容のホラーゲームが出来てしまったりするわけだが、外見からではわからない普通に近い人も当然ながら大勢いる。精神病は頭脳のエラーなのであるが、緻密な脳ほどダメージを受けやすく、夏目漱石や芥川龍之介らも精神病には苦しんだ。この映画にも、高校生時代1日18時間勉強する生活を半年続けておかしくなってしまった人や、岡山県随一の進学校である岡山朝日高校で3年間トップの成績を続け、岡山大学医学部に入学するがやはり無理をしすぎて精神的に参ってしまった人が出てくる。彼らは今も投薬の治療を続けてはいるが、エキセントリックではあるが一般的な日本人よりもむしろ知的な印象を受ける。

統合失調症で40年間治療を受けている男性も登場するが、健常者と障害者の間にカーテンがあるだけでなく、障害者同士の間にもカーテンがあると語る。なんとなく避けたり目にしなかったりということであるが、結局のところ互いのことをよく知らずに来てしまっている。男性は健常者であっても完璧な人などいないとわかったということで、健常者とされる人も障害者とされる人もどこかが欠けているわけであり、障害者が健常者の欠けているところを補うという生き方を提案したりもする。

背景として障害者自立支援法の存在がある。自立支援というと聞こえはいいが、「もう国が障害者を保護する金はないから自分で稼いでくれ」ということである。悪いことばかりではなく、これまでは門前払いだった一般就労への可能性が開かれたということもあるのだが、実はこの映画公開から10年後、この岡山県を舞台に一大スキャンダルが起こることになる。

舞台となったのは就労継続支援A型(A型事業所)という組織である。障害者に最低賃金を保障した上で就労訓練を行う施設で、賃金は売上金から出し、スタッフへの収入は給付金という形で国が保証するというシステムであったが、民間企業の参入を許可したことからコンサルタントを介した障害者ビジネスが発生。スタッフの人数や賃金、施設費や障害者の労働時間を抑えることで、稼げる事業がなくても黒字が出せてしまうという、仕組みの盲点を突いたもので、「悪しきA型」と呼ばれた。当然ながら国も給付金から賃金を支払うことを禁じ、結果としていい加減な経営を行っていた事業所は苦しくなり、奇しくも岡山県では大規模A型事業所が閉鎖、経営者は姿をくらまし、雇用されていた障害者は一斉解雇となり、その悪質な手口故に全国紙などでも報じられた。一部の障害者は別のA型事業所に移ったが、そのA型事業所も同様の手口を用いる悪しきA型事業所であったためにすぐに経営破綻、二度続けて解雇になる障害者も現れてしまい、「障害者を食い物にした」ということでテレビのドキュメンタリーで取り上げられたりもした。

この映画はそうした不祥事の起こる10年ほど前の障害者の姿を描いている。映像に映っている数名は映画公開前に他界されたようである。
健常者と障害者が共存するという青写真にはまだまだ遠い。

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「日本国民よ、これが関西人だ! 知らんけど」 関西電気保安協会公式チャンネルCM集「ある日突然関西人になってしまった男の物語」全編

ちなみに関東人は、「お仏壇の」と言われたら「はせがわ~♩」と歌うと思います。ちなみに宮崎ではこれ、長野県ではこうなり、その南の静岡県ではこういう風に、熊本に行くとこう変わる。山口県ではこんな歌になっている。更に鳥取ではこんな感じにということで何を歌うかでどこの人かわかるかも知れません。

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2020年5月15日 (金)

これまでに観た映画より(172) 「Ryuichi Sakamoto:CODA」

dTV配信で、ドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:CODA」を観る。震災後に癌の宣告を受けた坂本龍一の姿に迫るドキュメンタリーである。監督:スティーヴン・ノムラ・シズル。

宮城県にある農業高校。津波が押し寄せ、周囲には瓦礫以外なにもないという高校の体育館に津波を受けたピアノがあるというので坂本龍一は弾きに出掛ける。調弦は狂い、坂本は「ピアノの死体」を弾いているようだと述べる。

福島の原発近くでは放射能が異常値を示す。首相官邸前では原子力発電所の再稼働反対のデモが繰り広げられ、坂本も「原発反対、再稼働反対」のスピーチを行う。

そして、津波によって街ごと流されてしまった陸前高田市の第一中学校では、「戦場のメリークリスマス」をトリオで奏でる。

 

癌を患うとは全く予想していなかったという坂本龍一であるが、宣告を受け、治療のためにアルバムの制作を中断せざるを得なくなる。そして仕事を再開する時に、それまで作っていた楽曲を封印して一から新しい楽曲を制作することにする。アンドレイ・タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」では、J・S・バッハが作曲したオルガンによるコラールが流れているのだが、自分が音楽を担当したい映画なのに、バッハの音楽がもう付いてしまっているのが悔しいということで、自分がタルコフスキーの架空の映画に音楽を付けるとしたらという仮定で音楽制作が行われる。これは後に「async」というアルバムとなり、少人数の聴衆の前で実演が行われ、このコンサートの様子はフィルムに収められて映画館で上映されていて、私もMOVIX京都で観ている。あるいは、「CODA」と「async」は2つ観ることで完結するものなのかも知れない。

 

坂本の過去の映像も度々登場する。まずYMO散会直後の1984年の映像。若き坂本が「東京は芸術的にも文化的にも世界最先端」と述べているが、その言葉が全く違和感なく受け取られるような時代であった。この頃の日本の未来は明るく見えていた。

その後、坂本が手掛けた映画音楽の数々が紹介される。初めて手掛けた映画音楽で画ある「戦場のメリークリスマス」、俳優としてのオファーが先だった「ラスト・エンペラー」、そしてレコーディング直前に、もうオーケストラ(イギリスのロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団が演奏を担当している)のメンバーが揃って坂本が指揮しようとしていたその瞬間に、ベルナルド・ベルトリッチ監督から、「書き直して」と言われた「シェルタリング・スカイ」などの思い出が語られる。映画「シェルタリング・スカイ」のラストシーンには原作者である小説家のポール・ボウルズが登場し、「シェルタリング・スカイ」の中に書かれた文章がボウルズ自身によって朗読される。人生の儚さに関する内容だ。

坂本龍一も癌を患い、「いつ死んでもおかしくない」と悟るようになっている。「20年後か10年後か、あるいはもっと早く」ということで、人生がCODA(終結部)に入ったことを実感している。坂本は、この頃に、自身の最初期の作品をCDで発表するなど、いつ死んでもいいよう、自分の作品の何を残すかという総括も行うようになる。

坂本が環境問題に取り組むようになったのは、1992年頃からそうだが、具体的に何がというわけでもないのだが「今のままではまずい」と感じるようになったそうである。音楽家を「炭鉱のカナリア」になぞらえ、とにかく感じたということである。

2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生。ニューヨークにいた坂本はワールドトレードセンターのツインビルが崩壊する様を目撃する。その後、1週間、ニューヨークは無音の街になったそうで、ある日、若者がビートルズの「イエスタデイ」を弾き語りしているのを聴いて初めて「1週間音楽を何も聴いていなかった」と気づき、「平和でなければ音楽はやれない」と実感する。

その後、分断の時代が訪れたことを実感した坂本は人類発祥の地であるアフリカに向かう。アフリカ大陸は広いが、そこの音楽は単一のリズムしか持たないそうで、「エクソダス」といわれるアフリカからの旅立ちを行った30組ほどの家族もまた同じようなリズムと音楽しか持っていなかったはずだが、それが次第に発展――といっていいのだと思うが――していくうちに、多様性と同時に引き離される感覚も発生したと思われる。坂本は人類はアフリカで生まれたのだから、「僕らは全員アフリカ人」だとも語る。

更に北極圏に向かった坂本は、産業革命発生以前に積もった氷から流れ出るせせらぎの音に感動する。

坂本は作曲する時に、ピアノの音を思い浮かべて作曲するそうであるが、ピアノという楽器も産業革命の時代に生まれている。木材を鋳型に無理矢理押し込んで曲げて、という過程がピアノ製作にはあるわけだが、自然の木材を人力で抑え込むという過程は、まさに産業革命以降の人間と自然の対立の縮図そのものである。坂本自身はそう語ってはいないが、震災というものも、思い上がった人間への自然からの警鐘でもあるわけで、被災ピアノを弾いた際、「ピアノの死体」といいながらも、人間の力から解放された「自然が調弦した」ピアノを弾いたような心地よさを感じたことを坂本は述べている。

「CODA」は坂本自身の人生のCODAという意味でもあるのだが、更に敷衍させれば人類や地球までもがCODAに入ってしまったのではないかという危機感に繋がっているようでもある。坂本本人の発言を追うと、そう考えているのだと思えてならない。

「惑星ソラリス」で使用されたバッハのオルガンのためのコラールをピアノで弾き、終盤ではバッハの平均律クラーヴィア第1巻よりプレリュードを演奏する坂本。高校生時代に「自分はドビュッシーの生まれ変わりだ」と本気で思っていたという坂本であるが、やはり「音楽の父」としてのバッハを心から尊敬しているのだと思われる。そして「音楽で森羅万象を描いた」といわれるバッハに対する畏敬の念と共感が、そのまま自然に対する思いに繋がっているようでもある。一見するとかけ離れているように見える彼の音楽性と社会活動の根源が、実は同一であることが垣間見える映画でもある。

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2020年5月14日 (木)

YouTube配信「ホンマこんなときやけどやっぱ(音楽)好きやねんTV WINTER END PARTY 2020」(文字のみ)2020.3.1

2020年3月1日

新型コロナウィルスの蔓延防止のために日本全国でコンサートキャンセルラッシュが起こっているが、KAJIMOTO所属のアーティストが、午後5時からYouTubeで「ホンマこんなときやけどやっぱ(音楽)好きやねんTV WINTER END PARTY 2020」という配信を行う。コンサートが出来なくなってしまったKAJIMOTO所属のアーティストが続々と駆けつけ、あり得ないほどの豪華な顔ぶれが出そろう。
ちなみにタイトルが大阪弁なのは、KAJIMOTOが大阪発祥の事務所だからだそうである。

基本的に全員ボヘミアンな人達なので、つば九郎もびっくりのフリーダム空間が現出する。

まずは指揮者の三ツ橋敬子とヴァイオリンの辻彩奈が登場。やおら眼鏡を取り出して、眼鏡女子になってのスタートである。意味はよくわからない。
そして、指揮者の角田鋼亮(つのだ・こうすけ)が現れる。三人とも名古屋の街にゆかりがあるということで、番組のタイトルを名古屋弁で言ってみたりする。
YouTubeライブなので、チャットとしてメッセージを打ち込むことが出来るのだが、角田さんがまず読み上げたのは、「実際には『みゃー』とは言わない名古屋」である。これは実は私の書き込みで、しかもこの日送った中で最も下らない書き込みである。そもそも音楽ネタですらない。あるいは下らなかったり意味がなかったりする書き込みの方が浮いているので目に入りやすいのかも知れない。ただ角田さんは、「そうなんですよね。よく言われるんですが」ということで、都市伝説ではなく本当に「名古屋の人って、みゃーみゃー言うんでしょ」と言われることが多いようである。
角田と三ツ橋は、芸大の指揮科の同期だそうで、「つのくん」「みっちゃん」と呼び合う。そうか三ツ橋さんは苗字があだ名になるのか。角田は三ツ橋に、「あれ、年ばれちゃうけどいいの?」と聞いていたが、三ツ橋は生年月日を公表しているので、全く問題としていないようである。三ツ橋に対してはやたらと「可愛い」コメントが届く。


辻彩奈は、コンサートで弾く予定だったブルッフのスコットランド幻想曲の第3楽章を江口玲(あきら)のピアノをバックに演奏。本格的なマイクセッティングは望めないので、雑音も多いが、スケールの大きく美麗な演奏を展開。江口玲はソロで、ラフマニノフ作品を演奏。パガニーニの主題による変奏曲の第18変奏のピアノ独奏版編曲ではこぼれるようなロマンティシズムでたっぷりと弾き、コメントも大いに沸く。

 

その後、江口玲が司会役となり、ヴァイオリニストの神尾真由子が登場。コメントに「神尾様」という言葉が並び、江口に、「神尾様って呼ばれてるんですね」と感心される。
移動の飛行機の中で何をしているかという話になり、神尾は「映像見たり本読んだり」という普通の答え。ちなみに三ツ橋敬子は指揮者ということもあって飛行機の中でもずっとスコアを研究しているようである。
神尾が大阪出身ということで、番組タイトルを大阪弁で読んで貰うが、「あんまり使わない」ということで自信がなさそうであった。

神尾真由子が演奏するのは、J・S・バッハの「シャコンヌ」。曲名が発表された瞬間にやはりコメントが熱狂する。
ビブラートを抑え気味の演奏であるが、やはり神尾らしいの情熱的なバッハとなる。「踊れる」というコメントがあったり、「神様、仏様、稲尾様」ならぬ「神様、仏様、神尾様」という言葉が綴られたりする。

 

演奏が行われている間にキッチンでは(KAJIMOTOの社長の家での収録とのことだったが本当かどうかはわからない)オーボイストの古部賢一が得意の料理を行っており、指揮者のクリスティアン・アルミンクがジャガイモの皮剥き手伝う。KAJIMOTOのTwitterでは、裏映像が公開されており、CMの間にTwitterの映像を見に行く人も多い。

アルミンクは、群馬交響楽団を指揮してマーラーの交響曲第2番「復活」の演奏を行う予定だったが中止に。そしてロームシアター京都での小澤征爾音楽塾の喜歌劇「こうもり」でも指揮を行う予定だったが、これも流れてしまっている。ヴィオリストの川本嘉子も後に登場するが、共に「こうもり」の演奏や小澤征爾音楽塾の塾生への指導を行う予定だったそうで残念そうであった。


出来上がった料理を食べるシーンでは、アルミンクが箸を器用に操っていることを私を含め数人が指摘。ソプラノ歌手の天羽明惠(あもう・あきえ)が通訳を務めていたが、アルミンクは、「僕は半分東京生まれのようなものだから」とジョークを飛ばしていた。
アルミンクと古部、天羽に指揮者兼コントラバス奏者の中田延亮(のぶあき)、ギタリストの鈴木大介も加わり、中田の司会で話が進んでいく。「天羽さんの話も聞きたい」というコメントもあったが、天羽本人は話すのは得意ではないようで、基本的にアルミンクの通訳に徹していた。

演奏会の前に何を食べるのかという話になり、アルミンクが「バナナ」と答えて、みんなが同意。ちなみにオペラ歌手は本番前には何も食べないそうである。古部によるとオーボエを演奏する前には、イチゴやゴマといった粒々のものは絶対に食べてはいけないそうだ。青のりも駄目なので、たこ焼きなども禁忌となるらしい。

 

古部が大阪出身ということで、タイトルをネイティブの大阪弁で読んで貰う。表記は「好きやねん」であるが、やはり本場の人は「すっきゃねん」と発音するようである。

 

天羽明惠のソプラノ、鈴木大介のギター伴奏で、グノー/バッハの「アヴェ・マリア」や山田耕筰の「からたちの花」、シューベルトの「野バラ」、「鱒」などが歌われるが、天羽はカメラの目の前で歌うことが初めてのようで、「恥ずかしい」「怖くて怖くてたまらない」と語っていた。

 

その後、萩原麻未、成田達輝の夫妻が登場。中田延亮が萩原麻未のことを本気で「オギワラさん」と呼んでしまい、謝っていたが、やはりよく間違えられるそうで、しかも学生時代のあだ名がなぜか「オギノ」だったという、ややこしい話になる。二人でクライスラー作品などを演奏。夫婦ならでは、なのかどうかはわからないが一体感のある演奏である。1曲目の「愛の悲しみ」では、成田君が弾き始めてから、楽譜を探していた萩原さんが「あー、待って!」と言って慌てて伴奏を開始するなど、とても家庭的な演奏である。音楽サロンに紛れ込んでしまったような気分になる。
成田達輝のソロの場面では、萩原麻未がカメラに向かって笑顔で手を振るなど、かなりの余裕を見せていた。

Twitter動画では、成田君がおどけて「きょうの料理」のテーマ(冨田勲作曲である)を弾く場面なども見られた。

 

音楽家達もコメントを面白がっているようで、たまに見切れる三ツ橋さんがタブレットの画面をじっと見つめているのが確認出来る。ヴィオラ奏者の安達真理がハートマークなどでさりげなくコメントに参加しているのも楽しい。


今年の4月からKAJIMOTO所属になるというサックス奏者の斎藤健太が、ソプラノサックスでバッハの無伴奏フルートのためのパルティータを演奏。


続いて、斎藤を紹介したトロンボーン奏者の中川英二郎がまずソロで「チキン」を演奏し、江口玲と「G線上のアリア」とモンティの「チャルーダッシュ」で共演。中川の吹く「チャルーダッシュ」は私も京都市交響楽団オーケストラ・ディスカバリーで聴いているが、普通に考えるとトロンボーンでの演奏は不可能な曲を軽々と吹いてしまう。

 

ギタリストの大萩康司(おおはぎ・やすじ)の演奏。コメントでリクエストが多かった「タンゴ・アン・スカイ」をまず演奏し、続いて武満徹の「翼」のギター編曲版を弾く。

 

カウンターテナーの藤木大地が登場。大萩の伴奏で、武満の「小さな空」を歌う。が、鈴木大介がセカンドギターとして突如参戦し、藤木も驚く。

ギターが大御所の荘村清志(しょうむら・きよし)に代わり、瀧廉太郎の「花」が歌われるのだが、今度は天羽明惠が突然の参戦。またも驚いた藤木は、どちらのパートを歌えばいいのかわからず混乱する。天羽の歌声はソプラノであり、ソプラノと共演する場合は藤木はアルトパートを受け持つことが多いのでアルトに切り替えようとして上手くいかなかったようだ。
もう一度、ということで再び「花」が歌われるが、今度はなぜかヴァイオリニストの成田達輝が歌に加わるといった調子で、もはやなんでもありである。

 

荘村清志のソロは「アルハンブラの思い出」。中学生の頃、東芝EMI/イースト・ワールドから出ていたCDで荘村清志の弾く「アルハンブラの思い出」を良く聴いており、意識が一気に30年前に戻ったりする。

 

そして、アコーディオン奏者のcobaが登場。ピアソラの「リベルタンゴ」を弾くか、自作で「リベルタンゴ」を上回るつもりで書いた「カンパーナ(鐘)」を弾くかを拍手の大きさで決めようとするが、「リベルタンゴ」に拍手する音楽家は誰もおらず、自作の「カンパーナ」を弾く。
「リバルタンゴ」はアンコールとして弾かれたが、アコーディオンの性能を極限まで引き出した超絶技巧による演奏で、会場もコメントも熱狂する。cobaが悪乗りで「KAJIMOTO万歳!」を叫び、コメントもそれに追従する。
ちなみにcobaは、荘村清志に頼まれてギター協奏曲を作曲したそうで、今月の29日初演を迎えるそうである。(後記:残念ながら公演は中止。初演は延期となった)

 

トリを務めるのは、フルートの工藤重典とギターの荘村清志。ピアソラ繋がりで、「タンゴの歴史」より「ボロデル」と「カフェ」を演奏。天翔るフルートである。
アンコールとして、イベールの「間奏曲」が演奏され、全てのプログラムが終了する。

当初は午後10時までの配信予定であったが、大幅に伸び、終わったのは午後11時半近く。実に約6時間半の長丁場であった。

 

アーカイブ https://www.youtube.com/watch?v=WJ3TViQHBxA&t=13877s

ハイライト https://www.youtube.com/watch?v=by70023awGM

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2020年5月10日 (日)

配信公演 12人の優しい日本人を読む会「12人の優しい日本人」(文字のみ)

2020年5月6日

YouTubeLiveで、「12人の優しい日本人を読む会」の公演、「12人の優しい日本人」を観る。近藤芳正の呼びかけで、東京サンシャインボーズの代表作である「12人の優しい日本人」をZoomを使った朗読公演として再現するという試み。作・三谷幸喜、演出・冨坂友(アガリスクエンターテイメント)。出演:甲本雅裕(陪審員1号)、相島一之(陪審員2号)、小林隆(陪審員3号)、阿南健治(陪審員4号)、吉田羊(陪審員5号)、近藤芳正(陪審員6号)、梶原善(陪審員7号)、妻鹿ありか(Prayers Studio。陪審員8号)、西村まさ彦(陪審員9号)、宮地雅子(陪審員10号)、野仲イサオ(陪審員11号)、渡部朋彦(Prayers Studio。陪審員12号)、小原雅人(守衛)。

このうち、甲本雅裕、相島一之、小林隆、阿南健治、近藤芳正、梶原善、西村まさ彦(旧芸名および本名:西村雅彦)、宮地雅子、野仲イサオ、小原雅人が再々演時と同じ役である。野仲イサオは客演。そして呼びかけ人である近藤芳正も、最後の方の作品には毎回出ていたが、実は東京サンシャインボーイズ団員だったことは実は一度もなく、ずっと客演であった。94年頃に発行された演劇雑誌に、「あれ、でも近藤さん、この前、オーディションで『東京サンシャインボーイズの近藤芳正です』って言ってましたよ」なんて証言が載っていたが(誰の証言だったかは忘れた。東京サンシャインボーイズのメンバーだったと思うのだが、正確には記憶していない)、真偽は不明である。団員でなかったことは確かである。ぱっと見でわかるが、東京サンシャインボーイズの団員は、名前に「雅」という字の入るメンバーが多いことも特徴であった。


「12人の優しい日本人」は、「12人の怒れる男」を念頭に置いて書かれた作品である。12人の陪審員と守衛、ピザの配達員の14人で上演される「密」室劇であり、推理劇であり、会話劇であり、人間ドラマである。

私が「12人の優しい日本人」という作品を知ったのは、実は映画のシナリオにおいてである。「シナリオ」誌が年間の優秀シナリオを纏めて本として販売していたのだが、そこに映画化された「12人の優しい日本人」のシナリオが載っていたのである。作者の名義は三谷幸喜と東京サンシャインボーイズであった。当時、私は高校生だったが、「変なタイトルの映画だなあ」を思いながら読んだのを覚えている。その次に接した「12人の優しい日本人」は実は原作戯曲なのである。三谷幸喜は戯曲は表に出さないことで有名だが、「12人の優しい日本人」と「ショウ・マスト・ゴー・オン」だけは雑誌に掲載されたことがあるのである。これも複数分の雑誌を纏めて書籍にしたものを明治大学の図書館で発見して、「ショウ・マスト・ゴー・オン」と共に読んでいる。
次は映画版「12人の優しい日本人」である。演劇版の「12人の優しい日本人」を観たのは2005年になってから、大阪・梅田のシアター・ドラマシティでの公演においてだった。


「12人の優しい日本人」は、シアターサンモールで初演された後、東京サンシャインボーイズの本拠地ともいうべきTHEATER/TOPSでの再演を経て、今回と同一キャストが多い再々演(三演)がパルコ劇場の上にあったパルコスペースパート3といった小さな空間で上演されている。パルコスペースパート3には私も1994年の5月だったか、1度だけ行ったことがある。「SWEET HOME」という芝居で、作者の柳美里と演出の鈴木勝秀が町田町蔵(現・町田康)が演じるはずだった役を巡って対立、町田町蔵は降板し、柳と鈴木による訴訟にまで発展した曰く付きの作品であるが、本当に小さなスペースで、篠井英介、椎名桔平、松重豊(実は東京サンシャインボーイズの元メンバーである)ら後に大物俳優になる人が無名時代に出演していたが、本当に客席の最前列の目の前に役者がいるような場所である。私は隅の方だったが最前列だったため、たまに俳優と目が合って、互いに気恥ずかしいので逸らすというそんな場所で上演されていた。「12人の優しい日本人」も少ないお客さんを前にして行うことが前提の芝居だったのである。

だが、2005年の再演時には三谷幸喜はメジャーになっていたため、会場も東京は(旧)パルコ劇場、大阪ではシアター・ドラマシティという大きめの劇場を使用した。ただ、問題が発生。私はキャパ800のシアター・ドラマシディで観たのだが、この劇を上演するには観客が多すぎるのである。陪審員9号を演じていた小日向文世のセリフで(どのセリフだったか)客席から一斉に爆笑が起こったためセリフが聞こえなくなり、小日向さんはセリフを止めて、笑い声が収まるのを待ってから続けていた。つまり大劇場で上演するには不向きであり、パルコスペースパート3のような小スペースでしか本来の上演は出来ないのだが、三谷幸喜の作品を豪華キャストで小劇場でというのはもう無理な話である。例え小さな劇場で行われる機会があったとしてもチケットが手に入るとは思えない。もう上演を観ることはないだろなと思っていたのだが、新型コロナウイルスの影響で俳優が一斉に仕事を失うという状況が発生し、それなら、というので近藤芳正が企画したのが今回の上演である。客席からの笑い声も空気も一体感も得られない上演であり、本当の意味での演劇作品とはいえないと思うが、オリジナルキャストが何人も揃う公演が突如予告された。


「12人の優しい日本人」は、1幕1場場転なし上演時間約2時間半弱である。12人の陪審員は出ずっぱりであるため、役者には酷である。2005年公演の有料パンフレットには、やはりリハーサルの時などは途中でトイレに行きたくなる人も出てしまったということが書かれていた。
今回はそれに加えてリーディングの公演。しかも画面には全員映ったままなので表情の演技は続けなければならず、しかも体は余り動かせないということで役者への負担は更に多くなるため、2部構成での上演となった。第1部が午後2時スタートで約1時間半、第2部が午後6時スタートの1時間弱の上演となる。


ちなみに映画版にも東京サンシャインボーイズの団員が何人か出演しているが、西村まさ彦も当然キャスティングされるつもりでいたがされず、酷く落ち込んでいたということを後に三谷幸喜がエッセイに書いている。ちなみに映画版には休憩のシーンがあったはずである。

 

三谷幸喜作品と久々の真剣勝負ということで、私は午後1時過ぎから体操を始め、神経を集中させる時に行うシャドウピッチングも繰り返すなど、万全の体制を整える。

 

午後2時、YouTubeの画面が作動する。まずは提案者の近藤芳正の挨拶である。リハーサルの時には、そもそもZoomに入るのに手間取る人が多く、全員が画面上に揃ったのはリハーサル初日は開始から1時間、2日目が20分経った頃だそうで、全員の顔が映った時には拍手が起こったそうである。自宅からZoomに参加しているので、宅配便のチャイムが鳴ったり、「石焼き芋」の声が響いたりということもあったそうである。本番では救急車のサイレンが聞こえただけで、特に障害になる物音は鳴らなかった。


近藤芳正は、「芝居の質とか、そういうことはもう期待しないで下さい。何があってもどんなことがあってもみんなで繋いでいく、最後まで終える(ショウ・マスト・ゴー・オン)、グダグダになってもやっていく」と言っていたが、ここで作者の三谷幸喜が別画面で割り込む。長い間自宅から出ていないそうで、口髭顎髭頬髭が伸び放題。しかも染めていないので髪も含めて白いものが目立つ。「よくこんな面倒くさいことやろうと思ったよね」「でもね、大体面白いものって面倒くさいからね」「グダグダって言ってましたけども僕はそんなの認めないですから。『12人の優しい日本人』といえば僕らの劇団(東京サンシャインボーズ)の代表作ですから」といういつもの調子である。その後、三谷は「12人の優しい日本人」について説明する。初演から30年、2005年の上演から数えても15年が経過しているわけで、そもそも「12人の優しい日本人」という作品を知らないという若い人も多いと思われる。

初演時のテキストを使用していると思われ、若い人には何のことかわからないこともそのまま読み上げられる。大手結婚相談所と思われるものは、2005年時には婚活サイトのようなものに置き換わっていたはずだが、今回は置き換えはない。若花田、貴花田(共に今では一発変換不可)という四股名も当時のままで、「わく」から始まる名前の女優として和久井映見の話が出るが、今だと「わく」から思い浮かぶ女性は、女優ではないがNHKの和久田麻由子アナウンサーだと思われる。そう思うと時の経過を実感せずにはいられない。


Zoomを使ってのWeb上演であるため、タイムラグが生じたり、音響に問題のある場面があったり、間が開きすぎたりという難点は当然ながら発生するが、上演形態としては面白い。「12人の優しい日本人」は本来は俳優が円卓を囲って座る形で行われる上演であり、顔が見えない人が結構いるということになる。シアター・ドラマシティでの上演はアリーナではなくステージと客席という一般的なスタイルでの上演であったため、顔が見えない場面の多い人が3分の1ぐらいはいたと記憶している。だが、今回はZoomでの上演であるため全員の顔が見える。小日向さんと温水さんは客席に背を向ける配置であった(「ハイチで会った」と変換されたのだが、なんか楽しそうだな)。常に表情の演技を続けなければならない俳優には酷な上演形態であるが、観る側としては純粋に興味深かったりはする。

 

初演時には日本には裁判員制度はなく、陪審員制度のある架空の日本という設定であったが、2005年の上演は裁判員制度開始が目前に迫っていたため、有料パンフレットには裁判員制度に関する紹介と説明が載っていた。


第1部上演終了後から第2部開始までの間が長いが、ネットで他のページを見ると集中力が途切れるため、読書のみを行って待つ。


12人の個性を生かす形で書かれた本である。「こういう人っているよなあ」という人が何人も登場し、それぞれの立場からのセリフを話す。「数学は出来ないけど理系」を自称する三谷らしいセリフの配置術が巧みに行われる。どのタイミングでどのセリフを振るのがベストかという計算が万全になされている。
こちらはおおよその内容は知っているので、セリフでないパスを受ける人がどういう表情をするのかも確認して楽しんだ。やはりみんな上手い。


東京サンシャインボーイズの全メンバーが揃う最後の公演として行った、1994年の「ショウ・マスト・ゴー・オン」(紀伊國屋ホール)が、私が観た初めての本格的な芝居だったが、その際に購入したパンフレットに、三谷が「良い芝居の作り方」というようなエッセイを載せていた。パンフレット自体は京都にも持ってきているので探せばあると思うが、記憶を紐解くと、おおよそ以下のような内容であった。劇作法に関しては一切書かれておらず、東京サンシャインボーイズとその時の客演のメンバーの人柄に触れたもので、「この人はこうこうこういう性格だが、こういうセリフや役を振ってあげると喜ぶ」だとか「この人はセリフの数が少ないと落ち込むので、なるべくセリフの数を多くしてあげる」といった内容で、役者の個性の尊重は徹底されている。だからこの芝居でも全員が主役になれる場面がある。いい加減な役が存在しないということである。論理が立つ人間から見下される役も、その人がいたからこその展開が後になされるのである。


吉田羊が演じる陪審員5号は、得た知識や情報を意見として語ってしまうタイプの人で、自分で考えた意見は余り持っていないのだが、この役は観る者に議題の内容を提示するという重要な役割を果たしている。基本的に美形女優が演じる役で、2005年の上演では石田ゆり子が演じていた。

野仲イサオが演じる陪審員11号は、一番美味しい役であり、男前俳優が演じる。映画では豊川悦司、2005年の上演ではこれが初舞台となる江口洋介という配役であった。

一番難しい役だと思われるのは、気弱なスタイルを通し続けねばならない陪審員10号。オリジナルキャストである宮地雅子はずっと泣きそうな顔で演じており、見事だった。
2005年の上演でこの役を演じていたのは、劇団四季出身の堀内敬子。彼女は私より4つ上なので、2005年にはまだ30代半ばだったはずだが、50代に見えるおばちゃんを好演。三谷幸喜によると観客や関係者には、本当に50代ぐらいのおばちゃんだと思い込んでいる人が多かったそうで、その演技力に惚れた三谷は彼女を主役とした「コンフィダント・絆」を書き、同作で堀内敬子は数々の演劇賞を受賞することになる。

最重要人物だと思われるのは相島一之が演じる陪審員2号である。相島一之は映画でもこの役を演じているが、三谷が常に当て書きということもあり、填まり役である。人間の悲しさを背負っている役でもあり、上演が終わった時に漂う切ない感じは、相島の好演に負っている部分も多いと思われる。


ちなみに三谷幸喜はドミソピザの配達員役で出演。ただ持ってきたのが少なくともピザではない何か(ドミソピザということで、五線紙上のド・ミ・ソの部分に音符の入った帽子を被っていたため、持ってきたものも譜面のように見える)で、出演者からも「これピザ?」という声が上がり、三谷も「何だこの空気は?」という言葉を発していた。


見終わって心地よい疲れを感じる。実に良い。ただ休憩のないバージョンも観たかったので、アーカイブ化された映像を、午後8時過ぎからもう一度観た。


この芝居は、小さなスペースで、俳優と観客が密集してこそ生きるものである。いわば小演劇の王道作品である。今回はWebでの上演ということで観客がおらず、やはり本当の意味での演劇にはならない。空間の共有がここにはない。それ故に、劇場での演劇という他では味わえないものの良さを真に確認出来たともいえる。
吉本ばなな風に書くと、「私がこの世で一番好きな場所は劇場である」ということも。


「僕の書く劇は誰かが嘘をついていることが多い」という事を三谷は以前にテレビ番組で語っていたと思うが、この芝居でも進行上重要な役割を担う人物が大きな嘘をついている。そしてその嘘と嘘の経験が鍵を握っている。

フィクションの重要性、俳優という存在の素晴らしさがここに提示されているように思う。


12人の優しい日本人を読む会 https://12nin-online.jimdofree.com/

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2020年5月 9日 (土)

これまでに観た映画より(171) 「恋する惑星」

※この記事は2004年10月12日に書かれたものを基にしています

ビデオで王家衛監督の「恋する惑星」を観る。王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品。1994年制作の香港映画である。日本公開は翌95年で、私は銀座テアトル西友(現・銀座テアトルシネマ)で5回観ている。同じ映画館で観た映画としては私の持つ最高記録となる。

原題は「重慶森林」だが、これは「重慶(中国の重慶ではなく香港の重慶地区)の森」という意味である。これは村上春樹の『ノルウェイの森』に由来するタイトルである。映画の登場人物は皆、気取った話し方やモノローグ、また持ち物も「LOFT」の袋だったり、当時の香港としてはかなりスノッブなのだが、これは村上春樹の影響を受けた俗に言う「春樹族」をモチーフにしているためだ。王家衛監督も春樹族であると自ら認めている。

撮影は重慶マンション付近を中心に行われたが、許可が下りず、無許可でゲリラ的に撮影されている。カメラマンはおなじみ杜可風(クリフトファー・ドイル)。

これは大変な傑作で大いに感化された。

仲間に裏切られた麻薬の売人(ブリジット・リン)と失恋中の刑事モウ(漢字で書くとおそらく某。演じるのは金城武)の一夜の出会いを描く第1エピソードと、これまた失恋中の刑事633号(トニー・レオン)と彼の部屋にかってに上がり込んで模様替えをしてしまう変な女の子(フェイ・ウォン)の恋を追う第2エピソードの2話オムニバス。殺し屋を主人公にした第3エピソードもあったがカットされ、これはのちに「天使の涙(原題:堕落天使)」として公開される。
いずれも恋愛という古いテーマを題材に新しい物語を生み出している。

冒頭の揺らぐ画像から惹きつけられる。撮影は順撮りではなく、バラバラに行われたので、出演者は完成するまでどんな映画なのかわからなかったそうだ。

インド人が出て来たり、セリフに北京語、広東語、英語、日本語が使われていたりと徹底したアジアテイストの映画である。

金城武がパイナップルを食べるシーンが印象的だが、金城は本当はパイナップルが嫌いだそうで、それを知った王監督(というと別の人みたいだ)が即興的にいれた場面だそうである。

ブリジット・リンの後ろをトラのぬいぐるみを抱えたフェイ・ウォンが、また、「三浦友和、覚悟しろ!(元々は「三浦友和,我要杀了你!」=「三浦友和、ぶっ殺す!」というかなり物騒なもので、山口百恵似の彼女が新しい彼氏を作り、三浦友和に似ていない自分は振られたということで、こうしたセリフとなっている)と叫びながら金城武がエスカレーターを駆け上がるシーンでトニー・レオンが映っている。

香港の裏社会に触れながらも映像もストーリーもポップだ。年上の女性への一瞬の恋心を巧みにすくい取っている。

変な女の子と鈍い警官633号との恋愛を描く第2エピソード。フェイが演じる女の子の乙女心が可愛らしい。彼(警官633号)に逢うために、口実を作るのだがそれが下手なのも逆に微笑ましい。突拍子もない女の子だが、おそらく女性なら共感できるところも多いと思われる。気づいて貰いたいのに気づいて貰えないもどかしさや恋の綱渡りをする冒険心。
「夢のカリフォルニア」が印象的な使われ方をしていたが、私はこれが気に入り、パパス&ママスのCDを買った。「恋する惑星」のサントラも買ったが、著作権の関係だと思われるが、こちらには「夢のカリフォルニア」は入っていない。

フェイ(役名もフェイ)のやっていることは結局は押しつけだし、633号もかなりのアホなのだが、二人とも夢のなかの人物のようで憎めないところがある。主題歌はクランベリーズの「Dreams」をカバーした、フェイ・ウォンの「夢中人」。この物語のモチーフとなっている。

返還前の香港を舞台にしたキュートな一編である。

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2020年5月 5日 (火)

広上淳一指揮京都市交響楽団ほか マーラー 交響曲第8番「千人の交響曲」(高画質版)

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配信公演 茂山千五郎家「YouTubeで逢いましょう! part6 リモート狂言」(文字のみ)

2020年5月3日 午後2時からはYouTubeで茂山千五郎家の「YouTubeで逢いましょう! part6 リモート狂言」を観る。Zoomを使っての中継。茂山逸平が司会を務める。 まず茂山千五郎が、先日、新型コロナウィルスを原因とする敗血症のために40歳の若さで亡くなった善竹富太郎への弔辞を述べる。 最初の狂言は「文荷(ふみにない)」。出演は、茂山千五郎、茂山茂、山下守之。 主(山下守之)が恋文を太郎冠者(茂山千五郎)と次郎冠者(茂山茂)に恋人に届けるよう託すという話である。二人で交互に恋文を手に持って主の恋人の下に向かうのだが、途中で、垣を見つけ、竹竿の両端を太郎冠者と次郎冠者とで持って中央に文を吊して担うようにして運び始める。そのうちに、主がどんな無粋な文を書いたが気になった二人は文を開封して読み始め、散々に嘲笑するが、どちらが読むかで揉めた際、文を二つに裂いてしまう。このままでは開封したこともばれてしまって届けることも出来ないと悟った二人であったが、「風の便り」という言葉もあるので、扇子で扇いで届けようと図るという話である。 その後、自宅からZoom出演している狂言方の方々や、落語家の桂よね吉なども出演したトークを行う。Zoomはあくまで会議用のツールなので、時間がずれることがあるようだ。 リモート小舞「京童(きょうわらんべ)」が行われる。小舞をリモートで行うのは史上初である。「京童」は茂山千五郎家のみに伝わる舞だそうである。井口竜也の謡で茂山千五郎が舞う。Zoomの音響では謡の声が大きすぎて、声と動きとが分離された感じを受ける。 そして、史上初となるリモート狂言も行われる。演目は「柿山伏」。演じるのは茂山宗彦(もとひこ。「モッピー」というあだ名が定着しているらしい)と鈴木実。茂山宗彦演じる山伏のセリフを担当するのは島田洋海。鈴木実のセリフを受け持つのは茂山千之丞。やはりちょっとずれて見えるところがあるが、超長台詞を切れ味鋭く言う場面は演じながらでは難しいため、動きと語りを分けた面白さも生まれていた。 宮城聰主宰のクナウカがこうした上演を行っているが、滋賀県住みます芸人であるファミリーレストランもハラダの喋くりとしもばやしの動きとで笑わすネタを得意としているため、そのことをチャットで書いたところ、「ここでファミレス?ひょっとして滋賀県住み?」という書き込みがあったので、「京都在住吉本好きです」と答えておいた。

「活動写真のようだ」という意見があり、茂山千之丞は「そういう劇団ありますよ。ギリシャ悲劇とかやる」と語っていたが、ク・ナウカのことであると思われる。もっともギリシャ悲劇自体は元々はク・ナウカと同じスタイルで、動きと語りは別人が行っており、ク・ナウカはそれを再現しているのである。

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2020年5月 4日 (月)

これまでに観た映画より(170) 「カル Tell me something」

※この記事は2004年9月17日に書かれたものです。

DVDで韓国映画「カル Tell me something」を観る。チャン・ユニョン監督作品。東京でサラリーマンをしていた頃に買ったもの。

謎が謎を呼ぶ迷宮映画である。気絶した人間を生きたまま切り刻んで血が噴き出したり、ゴミ袋から生首が飛び出したりするシーンがあるので心臓の悪い方は注意されたし。

主演は韓国のトップスター、ハン・ソッキュ(韓石圭)とシム・ウナ(沈銀河)。

チョ刑事を演じるハン・ソッキュが格好いい。そしてシム・ウナも美しい。こういう女性が猟奇的な部分を見せると怖い。幽霊役と殺人鬼役は美女に限る。もっとも、この映画ではシム・ウナ演じるチェ・スヨンが異常者であることは、仄めかされるだけで直接的には描かれていない。

次から次へとバラバラ死体が発見される。怪しいと思われた男もバラバラ死体となって見つかる。皆それぞれ体の一部が無くなっている。

最後に首のない縫合死体が見つかる。首はおそらく、チョ刑事のものを載せる予定だった。少なくともチョ刑事はそう思っていることがわかる。

韓国で公開時、観客はこの映画の主犯は誰で何を言いたかったのかを皆で推理しあい、何度も映画館に足を運んだそうで、興行的には大成功した。映像ははスタイリッシュであり、またアジア映画の弱点として音楽や音の使い方が下手というの点が上げられたのだが、この映画は本当に音と音楽の使い方が巧みである。特にエンヤのヴォカリーズ曲「Boadicea」の使い方は絶妙だ。韓国でよく起こる贈収賄事件を始め、警察の不祥事、盗聴・盗撮問題、児童虐待などにも触れている。

本当に「Tell me something」で何が何だかわからない部分があるが、わけのわからない怖さがあるのも確かである。

チョ刑事を車で轢こうとしたのはおそらくスヨンであろう。影から見てもこれはほぼ間違いないと思われる。

ただ写真に何が写っていたのか、子供の死はどういう関係があるのかないのかはっきりしない。

スヨンが父親から虐待されたことでおかしくなったことや、同性愛者であることなどは、はっきり示されてはいないが何となくわかる。

死体を切り刻んでいたスンミンは最後は全ての罪を自分で被ろうとしたのだろうか? スヨンを殺して自分も死のうと。

黒沢清の映画にも通じるところがあるのでネオクロサワファンは必見である。

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キーオのさして厳しくないコースに投じたカーブを不器用に避けるポンセ。最後はデッドボールになりますが、解説は……




ちなみに二塁にいるのが、キーオのカーブを「最高」と讃えた高木豊です。
キーオのカーブ(中指一本で曲げるので原理的にはナックルカーブ)は、右バッターは「頭に当たる!」と思って避けてしまうそうですが、それがこの映像でよく分かります。

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高木豊がマット・キーオのカーブについて語った場面(BASE BALLチャンネルby高木豊)より

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2020年5月 3日 (日)

今の季節に読みたい小説 泉鏡花 「龍潭譚」(青空文庫)

躑躅の圧倒的な色彩感が目に浮かぶ、泉鏡花初期の傑作短編小説「龍潭譚」。9歳の頃に実母と死に別れた鏡花の、母に対する慕情が最も鮮烈に現れている小説の一つです。

泉鏡花 「龍潭譚」(青空文庫)

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2020年5月 2日 (土)

忌野清志郎&神奈崎芳太郎 「満月の夜」(映画「119」より)

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2020年5月 1日 (金)

ドキュメンタリー ベートーヴェン神話「恋人」

録画しておいたドキュメンタリー、ベートーヴェン神話「恋人」を見る。監督:トーマス・フォン・シュタインエッカー。出演は、ヤン・カイエルス(指揮者/ベートーヴェン伝記作家)、ルドルフ・ブッフビンダー(ピアニスト)、リタ・ステブリン(音楽史家)、ウーヴェ・ボーム(俳優/ベートーヴェン役)。2016年の制作。ドイツ語作品で、日本語字幕訳は錦織文。

ベートーヴェンが書いた「不滅の恋人」への手紙にまつわるドキュメンタリーである。
不滅の恋人を巡る話は、「不滅の恋人/ベートーヴェン」というタイトルで映画にもなっており、私もロードショー時に日比谷の映画館で観ている。バーナード・ローズ監督作品で、音楽監督はサー・ゲオルグ・ショルティが手掛けていた。ベートーヴェンを演じていたのはゲイリー・オールドマン。映画自体は余り良い出来ではなかった。映画「不滅の恋人/ベートーヴェン」で不滅の恋人とされた女性は今では候補から外れているようである。

不滅の恋人と呼ばれた女性の候補は何人かいた。ベートーヴェンは醜男であり、私が子どもの頃には「もてなかったので生涯独身を通した」というのが定説であったが、その後に研究が進み、実はドイツ語圏最高のピアニストとしてモテモテだったことがわかった。ただ、ベートーヴェンは気位が高く、貴族の女性しか愛そうとはしなかった。ベートーヴェンは祖父がベルギー・オランダ語圏の出身という移民の家系であり、貴族には当然ながら手が届かなかった。

不滅の恋人への手紙は、1812年7月6日に書かれたと推測されている。1812年といえば、ナポレオンがロシアとの戦争で大敗を喫し、没落が始まるその年である。その直前にベートーヴェンはチェコのプラハに滞在しており、7月6日には同じくチェコのテプリツェにいた。ということで、不滅の恋人とはプラハで出会ったことが察せられる。

このドキュメンタリーで不滅の女性であろうとされているのは、ヨゼフィーネ・ブルンフヴィックという伯爵夫人である。彼女はデイム伯爵と結婚したが、デイム伯爵が早くに亡くなったため未亡人になっていた。そんな彼女の下にベートーヴェンは足繁く通っているが、子どものいたヨゼフィーネはベートーヴェンではなく貴族との再婚を希望しており、恋が実ることはなかったようである。再婚した相手は男爵であり、爵位は低かった。更にヨゼフィーネとは結婚直後に不仲となり、しかも事業に失敗して没落していくところだった。彼女は夫の下を離れ、1812年の7月にはプラハに滞在していたことがわかっている。実はこの頃、ベートーヴェンとヨゼフィーネとは肉体関係を結んでいたという説があり、9ヶ月後にヨゼフィーネはミノーナという名前の女の子を産んでいるのだが、この子はベートーヴェンの娘であった可能性があるようだ。「MINONA」という名は逆さから読むと「ANONIM(匿名)」という意味になる。

他に不滅の恋人の候補として上げられるのは、アントニー・ブレンターノである。彼女は既婚者であり、ベートーヴェンとは仲が良かったようだが、互いを友人としか思っていなかった可能性が高いようで、1812年の7月にはやはりプラハの街にいたが、夫と一緒であり、ベートーヴェンとは会うこともそのための時間もなかったことがわかっている。

ヨゼフィーネは、夫に離縁され、他の男と再々婚して一児をもうけるもすぐに離婚し、身内に頼れる者もおらず、貧困と失意の内に42歳で亡くなっている。


ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番(このドキュメンタリーでは、ピアノ・ソナタの演奏は全てルドルフ・ブッフビンダーのライブでの映像を使用している)は誰にも献呈されていないが、このソナタが書かれた1821年はヨゼフィーネが亡くなった年であることから、ヨゼフィーネの追悼曲として書かれたという説をこのドキュメンタリーは採用している。

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