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2020年5月17日 (日)

これまでに観た映画より(174) 想田和弘監督作品「精神0」

2020年5月15日 「仮設の映画館」@京都シネマにて

「仮設の映画館」@京都シネマで、ドキュメンタリー映画「精神0」を観る。想田和弘監督作品。プロデューサー:柏木規与子(想田和弘夫人)。

現在、日本中の映画館が臨時休館を余儀なくされているが、その中でも営業的に苦しい運営形式であるミニシアターが共同でWeb上での映画配信を行うのが「仮設の映画館」である。映画の一般料金と同じ1800円をクレジットカードなどで支払い、自分が料金を支払いたい映画館を選択してストリーミングでの映像配信を観るというシステムとなっている。私はそもそもこの映画をここで観る予定であった京都シネマを選択する。京都シネマはこれまでも民事再生法の適用を受けながら営業、つまり倒産はしているわけで、今も資金面ではかなり苦しいはずである。更に近くにある新風館の地下にミニシアターのシネマコンプレックスが誕生する予定であり、先行きはかなり不安である。ただコロナ禍は去ったがお気に入りの映画館が潰れていたということは避けたい。今後も「仮設の映画館」の京都シネマでいくつか作品を観る予定である。

描かれるのは前作「精神」の10年後であるが、今回の主役は精神障害者の方達ではなく、山本昌知医師である。精神障害者に真摯に向き合い、親しく接する山本医師の人物像を掘り下げるということも含めて「精神2」ではなく「精神0」というタイトルになっている。

岡山市。精神科医院「こらーる岡山」の医師である山本昌知も82歳ということで、第一線から退くことになる。現役最後となる講演には山本の評判を聞いて東京から駆けつけた女性からサインを求められるなど、名医としての地位を築いた山本であるが、もう精神科の医師として働ける年齢は過ぎたと悟った(のかも知れない)。

ただ心残りなのは残される患者達である。山本医師の特徴は患者の言葉をよく聞いて、的確なアドバイスを送るというところである。説得力があり、ぬくもりに満ちている。だが少なくとも岡山市内にはそうした医師は他にいない。向精神薬は次々と優れたものが登場しているが、その結果として精神科医は最適な薬を選ぶことを主な仕事とするようになり、患者の話を聞かない医師が増えた。患者の一人は他の病院を受診した時のことを、「散々待たせて1分半で受診が終わり」と不満げに語る。

最初の、「CDを買いたいだとかそういった欲求が抑えられない」という患者に山本医師は、自然に欲求が沸いてくるのはいいことだがゼロになる日をたまに作るといいというアドバイスをする。アドバイスをするだけではなく、精神病者は誰よりも頑張っているというリスペクトも送る。

前作の「精神」で流れたものや、撮られたがカットされて使われなかった映像はモノクロームで映し出される。

想田和弘監督が東京大学文学部宗教学科卒業ということで、山本医師の姿に「膝をつき合わせるようにして弟子や信徒と語った」というブッダや、「共生(ともいき)」を掲げる浄土宗の祖で現在の岡山県出身の法然、その弟子で一人一人と共に悩み共に生きる宗教家である親鸞などを重ねて見ることも出来る。そしてそれは比較的たやすいことなのであるが、「精神0」で観るべきは、おそらくそこではないだろう。

山本昌知医師の奥さんである芳子さん。こらーる岡山で夫を手伝ったりもしていたが、山本昌知が医師ではない一個の人間となる「ゼロの場」である家庭でも共に時を過ごしてきた。山本医師とは中学高校と一緒であったという。10年前にはテキパキ動き、ハキハキと喋る奥さんだった芳子さんだが、高齢ということで無口になり、カメラの前でも所在なげである。撮影を行う想田監督に見当違いな発言をするなど勘違いが増えて、普通の生活を送ることももうままならないようだ。山本医師の引退も芳子さんの現状が絡んでいるように思われる。
芳子さんが学生時代の思い出を語る場面がある。山本医師は学生時代は「勉強がよく出来ない」生徒だったと芳子さんは語り、一方の山本医師は芳子さんのことを成績は一番が指定席のような人と話す。

芳子さんの親友が芳子さんについて話す場面がある。「凄い頭のいい方」だそうで、歌舞伎やクラシック音楽が大好きで、海老蔵(おそらく今の海老蔵ではなく、「海老さま」と呼ばれた先々代だと思われる)の大ファン。更にバブルの頃は夫に内緒で株で儲けたりもしていたそうで、政治面にも明るく、単に聡明なだけでなく多芸多才の女性であることがわかる。家には芳子さんの作った俳句が飾られており、おそらく生まれ持った能力は山本医師よりも上であると思われる。

 

ここから先は、映画には描かれていないが、確実であると思われることを書く。山本医師を作ったのは実は芳子さんなのではないかということだ。山本医師は芳子さんの成績が常に一番であることを知っていた。興味を持っていたのである。クラスのマドンナ的存在だったのかどうかはわからないが、山本医師が芳子さんに憧れを抱いていたのは間違いない。同じ人生を歩む女性の候補と考えてもいただろう。だが、成績優秀な女性を振り向かせるには、こちらも勉強を頑張って認めて貰うしかない。同じ男なのでよくわかる。「勉強が出来ない」と言われていた山本昌知が医師になるだけの学力を付けたのだから、相当努力したことは間違いない。そして結ばれることが出来た。岩井俊二監督の「四月物語」的ロマンティックな話である。映像ではそうしたことは一切語られていないが、それ以外のストーリーはあり得ない。芳子さんがいなかったら、おそらく名医・山本昌知は誕生していなかったであろう。芳子さんいう尊敬出来る女性と出会ったこと、それが山本昌知の医師としてのゼロ地点(起点)であったのだと思う。

ラストシーンで二人はお墓参りに向かう。この日は芳子さんも山本医師と一緒に歌を唄い、よく喋る。高齢と病状のため芳子さんが立ち止まってしまうと山本医師が戻ってきて手を握り、一緒に墓地へと向かう。ずっと手を握り合っている。私の想像は間違っていないと確信する。

 

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