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2020年7月10日 (金)

楽興の時(37) 京都坊主BAR 「MANGETSU LIVE vol.22」 ヴィオラ:田代直子(関西フィルハーモニー管弦楽団)

2020年7月5日 本能寺跡近くの京都坊主BARにて

元・本能小学校の近くにある京都坊主BARで、「MANGETSU LIVE vol.22」が午後2時から初のマチネーで開催されるというので出掛けてみる。

今日はヴィオラ独奏のコンサートである。出演は、関西フィルハーモニー管弦楽団ヴィオラ奏者である田代直子。

田代直子は、京都市立音楽高校(現在は移転して京都市堀川音楽高校になっている)を経て京都市立芸術大学音楽学部ヴァイオリン専攻を卒業。卒業後にヴィオラに転向している。カール・ベームの出身地としても知られるグラーツにあるオーストリア国立グラーツ芸術大学に留学し、学士・修士共に満場一致で最優秀を獲得。帰国後に兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)コアメンバーを経て関西フィルに入団している。

2ステージ制であり、各ステージごとにカンパが行われる。

 

曲目は、ファーストステージが、テレマンのファンタジア第9番、ビーバーの「パッサカリア」、J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第1番(ヴィオラ版)。セカンドステージが、ヘンデルの「私を泣かせてください」(細川俊夫編曲)、パラシュコの「Hunting」、ヴュータンの「Capriccio」、近藤浩平の「いつか夢になる」(ヴィオラ版初演)、J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第5番よりプレリュード。

プレリュードが最後に来るが、コロナ禍の悪夢が「いつか夢になる」と願い、新しい時代の前奏曲を奏でるという意味なのだと私は受け取った。

京都坊主BARのシックな内装もヴィオラの音色にぴったりであり、雰囲気豊かな演奏となる。

「MANGETSU LIVE」は古楽の演奏が中心となるようだが、ヴィオラは古い時代には独奏曲が書かれることは余りなかったそうで、今回は古楽の曲目は抑え気味である。

楽曲解説などのトークの時は、マスクを着けて話すことになるのだが、曲ごとに解説するよりも纏めて話した方が短いので飛沫が飛ぶことも少ないということで、これから演奏する曲目や作曲の由来などを語ってから楽曲を連続で演奏するというスタイルを取る。

 

前回のリコーダーの演奏会でも取り上げられたテレマンのファンタジアからの1曲でスタートする。

 

バロックヴァイオリンの異才、ビーバーは名人芸を駆使した軽快な楽曲で知られるが、「パッサカリア」はスケール豊かな深遠な楽曲である。

 

J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲のヴィオラ版は、日本が誇る世界的ヴィオラ奏者である今井信子も録音しており、ヴィオラ独奏版も「比較的」ではあるが聴く機会は多い。

 

ヘンデルの「私を泣かせてください」。ソプラノ歌手の森麻季が得意としている楽曲で、コロナ禍の終息を願い、彼女自身のインスタライブでこの曲のオルガン弾き語りを配信していたりしたが、今回演奏されるのは日本を代表する作曲家である細川俊夫によるヴィオラ独奏のための編曲である。
序奏を含めての編曲で、当然ながらヴィオラの音の深さを生かした仕上がりとなっている。

パラシュコはヴィオラの教本を多く書いているドイツの作曲家のようである。「Hunting」はタイトル通り軽快な曲想である。

 

ヴュータンの「Capriccio」。
ベルギー・フランス語圏に生まれ、フランスで活躍したヴュータン。作曲家としてもそこそこ有名であるが、当時屈指のヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリニストとして、またイザイらを生み出したヴァイオリンの名教師としてその名を轟かせていた。「Capriccio」はヴュータンの遺作だそうで、遺作がヴィオラの作品となった作曲家はたまたまだと思われるが何人かいるそうである。
19世紀を生きたヴュータンであるが、「Capriccio」は古典的な造形美を誇る作品であり、高雅さと哀切さとが、高い次元で織り上げられている名品である。

 

近藤浩平の「いつか夢になる」は、コロナ禍で演奏活動が難しくなった数多くの演奏家のために書かれた独奏曲である。元々はソプラノ独唱のために書かれたが、多くの独奏楽器のために編曲されており、ヴィオラ版全編の会場での上演は今日が初めてとなるそうだ。三部構成で、ヴィオラで聴くと、最初とラストに祈りに満ちた旋律が奏でられるように聞こえる(歌唱バージョンの森永かず子の詩を読むとまた違った内省と無常と憂いの強い印象である)。
ちなみにヴィオラ抜粋版のWeb初演を行ったのは、グラーツ・フィルハーモニー管弦楽団のヴィオラ奏者であるカール・スミスだそうで、田代とはグラーツ繋がりとなる。

作曲者の近藤浩平も京都坊主BARに駆けつけており、拍手を受けた。

 

ラスト。コロナ禍で自粛生活が続き、第二波が来そうな予感もあるが、再び音楽活動が自粛とならないよう願いと希望を込めたかのようなプレリュードの演奏となる。重苦しさを情熱で打破していくような印象を受けた。

 

知り合いも多く来ていたので、終演後にお喋り。みんなで乾杯する時に、なぜかヴェルディの「乾杯の歌」をスマホの歌詞を見ながらアカペラで歌うことになったりする。

 

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