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2020年8月の38件の記事

2020年8月31日 (月)

配信公演 三谷幸喜 作・演出「大地」(Social Distance Version) 2020.8.22

2020年8月22日 大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼより配信

8月13日にサンケイホールブリーゼで観た時の感想と一部が重複します

午後6時から、大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼで上演される三谷幸喜の「大地」をぴあのライブ配信で視聴。一時、音声が聞こえないというトラブルがあったが、劇中で肝心要のセリフが聞こえなくなるということは避けることが出来た。

8月13日にサンケイホールブリーゼで実際に観ている舞台であるが、内容を知った後に映像で観るというのも一つの楽しみ方である。思えば、初めて自分でチケットを買って(当日券であったが)観た舞台は、新宿の紀伊國屋ホールで上演された東京サンシャインボーイズの「ショウ・マスト・ゴー・オン 幕をおろすな」であり、これはNHKによって収録され、後日、BS2(今のBSプレミアム)で放送されたものも視聴。ビデオに録画して何度も見返すということをやっていた。今は「ショウ・マスト・ゴー・オン」はNHKからDVDが出ている。ちなみに映像では「高崎名物だるま弁当」が「高崎名物だるまさん弁当」になっているが、NHKでの放送ということで、商標を避けるためにセリフを変えて貰ったのだと思われる。

「ショウ・マスト・ゴー・オン」はバックステージものだが、三谷幸喜の裏方へ眼差しが感じ取れる重要な作品であり、それはこの「大地」にも繋がっているように思われる。

 

1回観ているということで、大体の展開はすでに知っているのだが、細かいところやさりげなく出されていた伏線の妙などを楽しむことが出来た。

チャペック(大泉洋が演じていた)の悲劇は、すでに前半の部分から提示されている。チャペック本人のセリフや、ストーリーテラーを兼ねる濱田龍臣の語りにもそれは含まれているのだが、俳優達や大道芸人のピンカス(藤井隆)やパントマイムのプルーハ(浅野和之)といったセリフを使わない芸能の人までもが想像力の宴を開いている中で、バラック3に収容されているメンバーの中でただ一人、チャペックだけが輪に入っていけない。それだけの実力がないということである。ここで、九代目松本幸四郎(現・二代目松本白鸚)と七代目市川染五郎(現・十代目松本幸四郎)の二人芝居「バイ・マイ・セルフ」が思い出される。松本幸四郎演じる無名の老優は自身の人生に特筆すべき事項がないことで悩むが、市川染五郎演じるフリーライターから「あなたは普通の人なんでしょう。普通で良いんです。普通だから良いですよ」と諭される場面がある。
老優もフリーライターも平凡な人間であり、特別な「何者か」でないことの意味が語られるのだが、その主題が「大地」において再びここに現れたように見える。それは圧倒的多数となる「凡才」の存在意義に繋がっていく。

チャペックは自身の行いにより、自身から復讐されるのであるが、それは他の俳優達も同じであった。映画スターであったブロツキー(山本耕史)も現実の世界ではヒーローになるには力不足であったということを生涯引きずっていたことが示されている。

この劇において最も重要だと思われるセリフは、マルチン・ルターのものとされる「たとえ明日地球が滅ぶとしても、私は大地に林檎の木を植える」という言葉の引用である(原文には「大地」という言葉は出てこないようである)。ここでどうしても林檎に目が行きがちになるが、タイトルから察するに、着目すべきはむしろ大地の方である。大切なのは林檎だが、それが育つには大地の存在が不可欠だ。
この世のあらゆる事象や巡り会った人々は俳優の糧となるが、それらの比喩として用いられているのが「大地」である。人々に「生きる希望」をもたらす良き俳優や良き芝居は、そのベースとなる大地があってこそ育まれるのであり、循環していく。それを忘れてはいけないということである。

私も「大地」の一人として、それをしっかり受け止めることが出来たように思う。

 

ちなみに休憩時間には、三谷幸喜が出演者にインタビューするという形での映像が流れたが、この作品で19歳にして初舞台を踏んだ濱田龍臣へのメッセージが多く語られていた。
ズデンカ役のまりゑは、濱田に休日に何をしているか聞いたそうだが、「ゲームを10時間やってラーメンを食べる」という答えに呆れ、「もっと演劇観なさい、映画観なさい」とアドバイスしたそうである。

 

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2020年8月30日 (日)

笑いの林(125) ネイビーズアフロ 「ネイトークアフロ vol.19」@よしもと祇園花月

2020年8月24日 よしもと祇園花月にて

午後6時30分から、よしもと祇園花月でネイビーズアフロの公演「ネイトークアフロ vol.19」を観る。上演時間約1時間のトーク公演。

京都市立堀川高校を経て、神戸大学に進んだという経歴を持つネイビーズアフロ。高学歴漫才コンビである。ただ皆川勇気は卒業したが、はじりは中退のようである。ただ二人とも神戸大学ということになると、片方だけが上位国立大卒というコンビよりも学歴だけなら高いということになるのかも知れない。一方で今は高学歴芸人は多いため、枠が少なくなっているようにも思う。

ソーシャルディスタンスを保つために、客席は最低でも1席空けるポジショニング。お客さん自体はそれほど多くないが、ほぼ全員女性で、男しかもおっさんは私一人であり、かなり目立ちそうである。

揃いの青い背広がトレードマークのネイビーズアフロだが、今日は30度台後半の気温ということで夏らしい格好で現れる。

祇園花月のめくりの話をした後で(西川きよし師匠だけが「やるとお客さんの反応が気持ちいい」という理由で自分でめくるらしい)、新型コロナの影響により、夏にどこにも行けなかったという話から始まる。はじりは、難波のエディオンの夏祭りに行ったのだが、今年唯一の夏祭りらしきものだったという。

ちなみに、「ネイトークアフロ」はこれまで大阪・道頓堀の中座跡にあるZAZAで行われていたようだが、そこが使えなくなってしまったため(私も何度も吉本の公演を観ている小屋だが、現在は演劇の公演優先になっているようである)祇園花月で「ネイトークアフロ」を行うことになったようだ。京都の人も私を含めて5人ほどいたようだが、他は道頓堀ZAZAで観て今回は京都という人のようで、「大阪から観に来るのに6時半開演はちょっと不親切」と皆川は述べていた。

残念ながら京都在住で祇園花月に通う習慣のある人は極々少数派であると思われる。

私も二人のインスタグラムはフォローしているので、ステイホーム期間中、皆川勇気が高学歴を生かしてインスタライブで数学など勉強の講座を開いていたことは知っていたのだが、皆川によると叩かれまくったらしい。見知らぬ人から、「おもんないねん! 芸人だったら面白いことせえ!」というコメントがあったため、皆川が「あなたと私の『面白い』は違う」という反論を英語などを交えながら理路整然と語ったところ、相手から即刻ブロックされたらしい。はじりは、「あ、これあかん奴や。関わると面倒くさい奴や」と批判コメントの主の心境を代弁する(?)。

はじりは、ネット上の無料の姓名判断で遊んでいたそうで、皆川を占った結果、よく当たっているという。その結果を発表するためにはじりがいったん引っ込み、その間、皆川は上手の壁に張り付いてはじりが出てきたところを驚かせようとするが、はじりも気付いて下手側から出てきた。
どの姓名判断を用いたのかは分からないが、はじりによると皆川は「頭が良く、才能もセンスもある。独立運も強いが孤独運がある。犯罪に遭いやすく、犯罪を起こす運もある」と、大体こんな感じであった。全体的には良いのだが、孤独運と犯罪運が気に掛かる。

はじりは自身の姓名判断も同じサイトで行ったが、結果が良かったので信じることにしたという。

 

皆川は、ネタを考えるため、4時間ぐらい街中を放浪することがあるそうだが、そんな時に、同期である筋肉金魚の川畑と出会う。川畑は今、良くも悪くも話題のUber EATSでアルバイトをしているそうだが、時節柄、「ひょっとして俺らもいつバイト生活を始めんといかんようになるかも」ということで、後で川畑にLINEを送ったのだが、いつまで経っても返事が来ない。よく見てみると、筋肉金魚の川畑ではなく、吉本新喜劇の川畑座長にLINEを送ってしまっていたことに気づき、川畑座長に謝りに行ったという話をする。川畑座長は優しい人なのですぐに許してくれたそうである。

ちなみに吉本興業も川畑違いをやってしまったことがあるそうで、ある時、筋肉金魚の川畑が給与明細を見て、「今月大分多い」と感じたそうだが、一番上に「引田天功プリンセスショー」とあるのを見て、「あ、これ川畑座長や」と気付いたという話をしていた。

私がネイビーズアフロを初めて見たのは大分前だが、その時は、高校、大学と順調に来て、今は「アルバイトをしながら漫才してます」と残念な感じを前面に出していたのだが、今はテレビにも出るようになり、今日もここに来る前にラジオの二本録りあったそうで、アルバイトはしなくても良くなったようだ。ただ、NSCだと同期に当たる人(ネイビーズアフロはNSC出身ではなくオーディション勝ち抜き組である)には今も売れずにアルバイト生活をしている人も多いようである。

同期がどんどん少なくなっていくという経験も勿論しているだろうが、皆川は後輩からもため口を利かれるようなキャラクターであるらしい。

とある番組で、皆川は滑りまくったのだが、他の出演者達から、「それが皆川の真骨頂」と言われたそうである。いつの間にか滑り芸人と認識されるようになっているのだが、吉本に入る前に憧れていたポジションと大分かけ離れているようだ。

二人は京都市出身であるため、皆川がはじりに、「今日は実家に帰って麦茶飲め」と勧めるが、はじりは「うちは麦茶ちゃう、プーアール茶」という実家の謎の習慣を語る。

ちなみに皆川の家はお堅いが、はじりの家はフレンドリーが売りだそうで、10年前は「羽尻の家は全員、テレビに出ても大丈夫」と言っていたが、最近は別路線(?)を行きだしたようである。
テレビで「実母に大喜利に挑んで貰う」という企画をやった時は、はじりの母親は息子よりも面白いかも知れないものを作ったが、皆川の母親は「NHKは本当は何の略?」とのお題に「よくわかりません」と率直に答えたそうで、漫才師になろうと誘ったのは皆川の方であるが、本来ならお笑い芸人が出るような家ではないらしいことがわかる。


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2020年8月29日 (土)

美術回廊(56) 京都文化博物館 特別企画展「池大雅―文人たちの交流」&「三条御倉町 大橋家の歴史と美術 木島櫻谷と京都画壇」

2020年8月21日 三条高倉の京都文化博物館にて

三条高倉の京都文化博物館で、特別企画展「池大雅―文人たちの交流」(京都府蔵 池大雅美術館コレクション)と「三条御倉町 大橋家の歴史と美術 木島櫻谷と京都画壇」展を観る。

京都文化博物館に入るにはサーモグラフィーによる各自の検温(スクリーンに映ったカメラ映像に体温が表示されるようになっている)の他、手のアルコール消毒、京都府独自の追跡サービスである「こことろ」をスマートフォンにインストールして「京都文化博物館」にチェックインを入れるか、氏名や住所などを専用紙に記入する必要がある。

京都を代表する文人画家にして書家の池大雅(いけ・たいが、いけのたいが)。享保8年(1723)に京に生まれ、幼くして唐書を学び、隠元隆琦以来、清国出身者が住持を務めた黄檗宗萬福寺(近年は代々日本出身者が住持となっており、往時とは異なる)に出入りするなどして、当時は先端であった中国の文化を自分のものとし、「神童」の名をほしいままにした。その後、大和郡山の柳沢家の重臣であった柳沢淇園(やなぎさわ・きえん。五代将軍・徳川綱吉の側近として辣腕を振るった柳沢吉保から柳沢姓を授かった人物であり、柳沢氏の血筋というわけではない)に師事し、日本における文人画(南画)の第一人者となっている。

唐の風流人の「万巻の書を読み、万国を歩く」を実践し、江戸への遊学や加賀金沢に長期に渡って滞在した時には立山や白山といった北陸の名山を踏破。更に富士山登山や東北の名勝にして日本三景の一つである松島にまで足を延ばすなど旅と登山を愛した画家でもあった。

2013年までは嵯峨野に池大雅美術館があったのだが、閉館後は京都府が池大雅のコレクションを譲り受けている。

描かれた男達は福々しく、彼らの所作は活気に満ちていて声まで聞こえてきそうである。ポスターに採用された「山亭小酌之図」(画もしくは書を描いていると思われる人物の手元を5人の男達がのぞき込んでいる)などでは描かれた人物達の現在の心境まで伝わってきそうである。

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山は「筋骨隆々」といった趣で、江戸の浮世絵師達の作風とは明らかに異なるパワフルさを備え、一方で針葉樹の葉などはジョルジュ・スーラを思わせる点描で描かれており、個性はかなり強い。
草木などを描いたものは陰影豊かであり、単なる異国趣味に留まらない止揚を成し遂げている。

書の巧拙は残念ながらわからないのだが、デザインとして見た場合に面白いということは伝わってくる。

池大雅は画家でもあった玉瀾を妻とし、共に切磋琢磨する間柄でもあったのだが、その玉蘭の画も展示されている。柔らかさを特徴とする作品である。

 

「三条御倉町 大橋家の歴史と美術 木島櫻谷と京都画壇」。
三条御倉町(三条烏丸と三条室町の間の両側町)に居を構える大橋家ゆかりのコレクション展である。本来は今年の春に行われるはずだったのだが、コロナ禍によって展示期間がずれることになった。
大橋家は、皇族や寺社関係の染色業を扱う西村家の番頭格であり、のちに「別家」と呼ばれるようになる。

大橋家は近代京都画壇の日本画をコレクションしており、それらが今回、公開される。

最初に展示されている木島櫻谷(このしま・おうこく)の画が気に入る。木島櫻谷は、1877年(明治10年。コレラの流行により、八坂神社に季節外れの茅の輪が立った年である。今年はそれ以来、143年ぶりに季節外れの茅の輪が立った)に生まれ、四条派を受け継いだ日本画家である。四条派らしく描写力が高く、何よりも画の力によって見せるタイプである。「最後の四条派」とも呼ばれているようだ。

 

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2020年8月28日 (金)

配信公演 「女々しき力プロジェクト」序章 オフィス3○○ 「消えなさいローラ」(文字のみ)

2020年8月23日 東京・下北沢の本多劇場より配信

午後1時から、e+Streamingで、「女々しき力プロジェクト」序章、オフィス3○○(さんじゅうまる)の「消えなさいローラ」を観る。作:別役実、演出・出演:渡辺えり、出演:尾上松也。演奏:会田桃子(ヴァイオリン)&川本悠自(ダブルベース)。下北沢の本多劇場からの配信。

「消えなさいローラ」は、別役実が、テネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」の続編として23年前に書いたものである。渡辺えりも「消えなさいローラ」に感銘を受けて、ずっと自分でもやってみたいと思ってきたのだが、上演許可が下りず、コロナ禍の演劇として上演したいと申し込んで、ようやく上演が実現したという。

舞台上にはガラスの動物園が2つ。舞台前方の砂が敷き詰められた場所の上にガラスの動物たちが並び、その下手の水槽の中にも砂が積もっており、ユニコーンのぬいぐるみとガラスの動物たちが埋もれそうになっていて、時の経過が感じられる。

ミズーリ州セントルイス。トムが出て行った後のウイングフィールド家の居間が舞台である。
ローラ(渡辺えり)は今も引きこもりを続けており、自身の名前を呼ぶことで自身の存在を確認している。
渡辺えりはアマンダ夫人も二役で演じるのだが、ここにちょっとした仕掛けがある。

尾上松也は、劇の冒頭ではトムを演じるのだが、その後に、ウイングフィールド家を訪ねてくるユニバーサル葬儀社の社員として登場する。ユニバーサル葬儀社は仕事が早いことで有名だということで、ウイングフィールド家で死者が出たという話を聞いて駆けつけたのだという。まずローラが否定し、額のロボトミー手術の後を見せる。ユニバーサル葬儀社の人間は帰るのだが、帽子を忘れたということで、ウイングフィールド家に戻る。
今度はアマンダが対応するのだが、葬儀社の男は、アマンダは実は3年前に亡くなっているのではないか、という話をする。近所の人々からアマンダを見かけたという証言は得られたのだが、それはローラがアマンダに扮していたのではないかと、ユニバーサル葬儀社の社員は推理しており……。

実際にはユニバーサル葬儀社の社員を語る男は、ユニバーサル探偵社に所属する探偵であることがわかる。アマンダは3年前に亡くなっており、ローラが3年間そのことを隠し続けているのではないかと疑っているのである。アマンダとローラの会話は聞こえるが、それもローラが声音を変えて一人でやっているのではないかという疑いがある。

ということで、アルフレッド・ヒッチコックの代表作「サイコ」に影響を受けた作品であることがわかる。少なくとも知っている人には明らかに「サイコ」を基にしていることがわかるように書かれている。考えてみれば、ウイングフィールド家とベイツ家の環境は似ている。

ローラはトムの帰りを待ち続けている。待ち続けるには何かをしていてはいけない。ローラはアマンダに抵抗し続けることで何かをするのではなく「待つ」という行為を続けていた。だが、ローラがねずみ取りの砒素を入れたワインを飲んでアマンダは絶命する。その後も、ローラは一人でトムの帰りを待ち続けるのだが、トムが十日前に亡くなっているという情報をユニバーサル探偵社の男は掴んでいた……。

「ガラスの動物園」のラストでは、トムが実家を見捨てたことが描かれている。トムが出て行った後のウイングフィールド家のことは想像するしかないのだが、アマンダとローラの間で深刻なやり取りがあったことは想像に難くない。

「ガラスの動物園」のラストは、トムが今もローラのことを気に懸けているというものだったが、「消えなさいローラ」もローラもまたトムのことを思い、嘘をついてまでも待ち続けているというものである。

ラストで行われるのはそこからの開放である。待つことがつまり生きることであったローラの待つ理由が終わる。「ガラスの動物園」でトムがローラへの思いにとらわれていたのと同様、トムへの思いにがんじがらめになっていたローラ。「サイコ」のノーマン・ベイツがマザーコンプレックスと罪の念から母親を演じていたように、ローラも自分が母親を殺したということを否定するために二役を演じつつ、トムへのブラザーコンプレックスを抱え、帰りを待ちわびている。

これが毒親から阻害され続けられてきたローラの浄化に至るのかどうかはわかららないが、「サイコ」を絡めた二重写しの展開は演劇ファンと映画ファンの両方をにやりとさせる。


演劇は生ものなので、渡辺えりが「あなたはユニバーサル葬儀社の社員じゃないわ!」と言うべき所を「あなたはユニバーサル探偵社の社員じゃないわ!」と言い間違えてしまい、尾上松也は沈黙、渡辺えりが正しいセリフをいうのを待つ。渡辺えりが気がついて、正しいセリフを言い、松屋が「そうです、私はユニバーサル探偵社の者です!」と答えると客席は拍手喝采となった。
終演後、渡辺えりは、「配信の日なのにやっちゃいました」と語る。その他にも後方の照明が付きっぱなしになっているなど、トラブルがあり、演出も兼任ということで色々と指示を出す必要があったらしい。

ちなみに渡辺は、尾上松也の「松也」を頭にアクセントを置いて読んでいたようだが、松也自身はフラットに読むのが正しいという話をする。
渡辺えりは山形市出身だが、山形弁は冒頭にアクセントが来ることはないそうで(山形に多い苗字である「佐藤」も「砂糖」と同じ発音になるようだ)、「じゃあ、山形弁と一緒」と語っていた。

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2020年8月27日 (木)

RCサクセション 「ドカドカうるさいR&Rバンド」

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2020年8月26日 (水)

配信公演 ニコニコ生放送 大谷康子弾き振り 東京交響楽団「モーツァルト・マチネー第42回」@ミューザ川崎(文字のみ)

2020年8月22日 ミューザ川崎シンフォニーホールからの配信

午前11時から、ミューザ川崎シンフォニーホールで行われる東京交響楽団の「モーツァルト・マチネー第42回」のニコニコ生放送での配信を視聴。

今日は大谷康子の弾き振りによる2曲である。上演時間約1時間、休憩なし、ソーシャルディスタンスを保った上での有観客公演である。

曲目は、2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネ(ヴァイオリン:大谷康子&水谷晃)とヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」(ヴァイオリン独奏:大谷康子)。

大谷康子は、東京交響楽団のコンサートマスターを経てソロ・コンサートマスターに就任。退任後は同楽団の名誉コンサートマスターの称号を受けている。東京交響楽団の前は、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団のコンサートマスターを務めていたが、その頃の東京シティ・フィルは、黛敏郎司会の「題名のない音楽会」で演奏を担当することが多く、コンサートマスターである大谷の姿は目立っていた。


ニコニコ生放送なのでコメントを送ることが出来る。私も参加する。大谷が弾き振りをするのを見て、「ヴァイオリン出身の指揮者、余りいない気がする」とコメントした人がいたが、そこから有名指揮者が指揮者になる前に弾いていた楽器は何かというやり取りが続く。ヴァイオリン出身で有名なのは、ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督であるヤープ・ヴァン・ズヴェーデンで、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターからの転身である。ニューヨーク・フィルの先の音楽監督であるアラン・ギルバートも自分の楽器としていたのはヴァイオリンである。
古くはシャルル・ミュンシュがライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスター出身で、その時代にゲヴァントハウスの指揮者だったヴィルヘルム・フルトヴェングラーの影響を受けて指揮者に転向している。
近年では、サカリ・オラモがフィンランド放送交響楽団のコンサートマスター出身である。
朝比奈隆もアマチュアとしてであったが、ヴァイオリニストとして活躍していた時期がある。
関西フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者であるオーギュスタン・デュメイの場合は本業はヴァイオリニストであるが、指揮者としての仕事を増やしている最中である。

ピアノ出身者は多く、引退したがウラディーミル・アシュケナージ、ダニエル・バレンボイム、更にサー・ゲオルグ・ショルティやチョン・ミョンフンもピアニストとして活躍してから、指揮者に転身。アシュケナージは指揮は我流であり、振り方も不器用であった。20世紀後半の二大巨頭であるヘルベルト・フォン・カラヤンとレナード・バーンスタインも得意としていたのはピアノである。バーンスタインはピアノ協奏曲をいくつか弾き振り振りで録音。カラヤンも晩年にヴィヴァルディの「四季」をチェンバロの弾き振りで録音している。
日本では、広上淳一(今ではピアニカ奏者のようになっているが)、大植英次、沼尻竜典、上岡敏之などがピアノの名手であり、沼尻と上岡はピアニストとしてもCDをリリースしている。
ミハイル・プレトニョフは、一時期はピアニストを廃業して指揮者専業となったが、最近はピアノも弾き始めている。クリストフ・エッシェンバッハも同傾向だ。

ヴィオラ出身は、シャルル・デュトワやユーリ・バシュメット(バシュメットの場合も本業はヴィオリストである)、古くはヴァーツラフ・ノイマンがいる。チェロは齋藤秀雄やムフティスラフ・ロストロポーヴィチ(前者は教育者で、後者は指揮者としての名声は上がらず)、更に20世紀前半を代表する指揮者であるアルトゥーロ・トスカニーニはチェロ奏者から無理矢理指揮者に転向させられている。

コントラバスは井上道義や本名徹次、トランペットは下野竜也や山本直純、ホルンにはエサ=ペッカ・サロネンがいる。サー・サイモン・ラトルやパーヴォ・ヤルヴィは打楽器出身である。佐渡裕は京都市立芸術大学のフルート科出身であり、リコーダーも得意とする。リコーダー出身の指揮者としてはフランス・ブリュッヘンが有名である。

冗談で「小澤はスクーター」と書かれていたが、小澤征爾の著書『ボクの音楽武者修行』などにフランスに留学した際、マルセイユからパリまでスクーターで移動したことが書かれている。実際の小澤征爾の楽器はピアノであり、幼い頃はピアニストを目指していたものの、成城学園時代にラグビー部に所属していて、練習中に両手の人差し指を骨折したため、ピアニストを諦めて指揮者になるための勉強を始めている。

意外なのは山田一雄で、専攻したのはピアノだが、ハープの演奏も得意としていた。


演奏と関係ない話が続いたが、2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネはモーツァルトが十代だった頃の作品である。

大谷康子の明るく張りのある音と、現在の東京交響楽団のコンサートマスターである水谷晃の渋めの音色との対照の妙が印象的な演奏である。二人のアイコンタクトが実に微笑ましい。短調の部分の影は十代にして十分に濃い。


ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」。大谷のヴァイオリンは気品に溢れ、丁寧である。ソリストとしてではなく、オーケストラのコンサートマスターとして活躍してきたこともあって、スケールの大きさよりも親密さを表に出した仕上がりとなっていた。

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2020年8月25日 (火)

観劇感想精選(349) こまつ座第133回公演「人間合格」@名古屋・御園座

2020年8月18日 名古屋・伏見の御園座にて観劇

名古屋へ。伏見(京都だけでなく名古屋にも伏見という駅がある。江戸時代の初めに京都の伏見から移住した人が作った街だと思われる)の御園座で、こまつ座の第133回公演「人間合格」を観るためである。作:井上ひさし、演出:鵜山仁。出演は、青柳翔、塚原大助、伊達暁(だて・さとる)、益城孝次郎(ますき・こうじろう)、北川理恵、栗田桃子。

昭和を代表する小説家の一人である太宰治の、主に若き日々を描いた作品である。
兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールでの公演もあったのだが、その日は仕事が入っていたため、大千秋楽となる御園座での公演を選んだ。御園座に入ってみたいという気持ちも当然ながらあった。名古屋に行った時は、御園座の前を通ることも多かったのだが、今日が念願の初御園座となる。

名古屋を代表する劇場である御園座。名古屋で歌舞伎の公演となると使用される劇場である。長らく建て替え工事が続いていたが、2017年に新しい御園座が竣工し、翌2018年に開場している。

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客席はソーシャルディスタンスに配慮した席割りが行われていたが、何故か二人並ぶ席があったりする(友人、知り合い、夫婦等で並ぶ席かと思ったのだが、必ずしもそうではないようだ。私の横の席も誰かが座れる仕様になっていたが、結局、誰も座らなかったため、全くの他人が横に来るということもないようだったが)。歌舞伎対応の劇場であり、花道使用時に歌舞伎俳優が同じ階の客から見下ろされては困るということで、1階席の傾斜は緩やかである。私は下手側の席であり、客が点在しているという、平時ではあり得ない状態であったため問題はなかったが、中央列で満員の場合は、前のお客さんの頭で舞台が見えないということもよくあるようで、評判は良くないようだ。
赤を基調にした内装で、椅子も座りやすい。

座るのは1階席であるが、一応2階も覗いてみる。階段が安普請でがっかりしたが、エスカレーターを使う人が多いので、特に問題にはならないのだろう。ロビーの壁には絵が飾られていて雰囲気は良い。

前の御園座はよく知らないのだが、新しい御園座は奥行きよりも間口が広い設計で、ポストモダン(という言葉ももう古くなってしまったが)な外観もそうだが、内装も昭和の頃の公会堂のようであり、歌舞伎劇場らしくない。やはり歌舞伎座、南座、大阪松竹座といった歌舞伎専用の劇場とは違うということなのであろう。

入場前に配られた紙に、氏名、住所、電話番号を記入し、検温を受ける必要がある。スティックタイプのハンディアルコール除菌スプレーを貰った。

「人間合格」というタイトルは、太宰の代表作である『人間失格』に由来するのだが、降りた幕に、『人間失格』の太宰による肉筆原稿が描かれており、冒頭の「私は、その男の写真を三葉、見たことがある」までが記されているのだが、劇はそのパロディのセリフ、「私は、その男の写真を六葉、見たことがある」でスタートする。六葉のうち二葉は実際の太宰治の写真だが、他の四葉は今回の「人間合格」で太宰を演じる青柳翔を撮ったものである。六人の俳優が六葉の写真について一人一葉ずつ説明やら解説やらを行い、印象を述べる。

そして舞台は、昭和5年(1930)の高田馬場の近くにある学生下宿、常盤館に飛ぶ。

常盤館に下宿することになった津島修治(のちの太宰治。演じるのは青柳翔)が現れる。
津島修治は旧制の弘前高校(現在の弘前大学教養課程に相当)を出て東京帝国大学(現在の東京大学)文学部仏文科に入学したばかり(ほとんど登校せず、1単位も取らないまま中退することになる)。そこへ、共産主義思想に共鳴している二人の学生が現れる。同じ東京帝国大学の経済学部に通う佐藤浩蔵(旧制山形高校出身。塚原大助)と早稲田大学文学部に通う山田定一(旧制麻布中学出身。伊達暁)である。二人はフロシキ劇団なるものを結成していて、町工場や百姓家の前でフロシキを拡げ、反ブルジョア親プロレタリアのプロパガンダを行っている。
津島も反ブルジョアであり、共産主義思想に共感を抱いて革命に憧れているのだが、彼は津軽でも五本の指に入る大地主の出であり(ただし名家ではなく成金)、行動に矛盾が生じてしまう。とにかく仕送りはたっぷり貰っており、ブルジョア階級の出身であることの恩恵を浴びるほどに受けている。

ただあるいは、太宰治が恵まれた境遇に生まれていながらそれに逆らうように生きたということが、太宰が今に至るまで人気作家で居続けるという理由なのかも知れない。

セリフには太宰の有名小説のよく知られた言葉やそのパロディが登場する。特別人気のある俳優が出演するわけでもないのにこんなコロナ禍の最中に観に来ているということは、客の多くは太宰のファンであり、「待ってました!」とばかりに笑いが起こっていた。

その後、前衛党の隠れアジトである高田馬場の「クロネコ」という喫茶店で女給をしている東京女子師範学校(現在のお茶の水女子大学)の学生で、前衛党の高田馬場支部長である立花すみれ(北川理恵)と出会い、前衛党に入党する津島であったが、そこに津軽から中北芳吉(益城孝次郎)が訪ねてくる。中北は津島家の番頭の一人であるが、その後に帝国主義的思想にかぶれていく。

第3場の「タワシ」の前では、字幕によって治安維持法について触れ、「ひとはみな同じ」そう思うだけで非国民とみなされたと説明される。

津島は日本共産青年同盟直属のタワシの行商を行うようになったが、現実的な仕事には全く向いておらず、タワシを川に投げ捨ててしまい、口では売れ行き上々で毎日完売ということにしている。はっきり言って駄目人間である。とにかくあらゆることから失格している津島であるが、それゆえ高みから居丈高に見下ろしてくる人間の醜さと、煩悶する己の魂を見据えることが出来るようになったと取ることも出来る。

やがて軍人の時代が来る。軍人にあらねば人にあらずという時代である。そんな時に作家、太宰治となった津島修治は東京武蔵野病院という精神病院に入院させられていた。
そこに佐藤がやって来る。地下活動に身を投じた佐藤は特高に追いかけられ、東京武蔵野病院に逃げ込んだのだ。佐藤はこだわりが強く、これまでずっと「あか」で始まる地名(赤池炭鉱や赤城村、そして今の東京・赤羽など)での活動を続けてきた。ちなみに赤池炭鉱で偽名として用いたのが大庭葉蔵だそうである。佐藤は太宰の処女小説集『晩年』を手にしていた。

佐藤は言う。「だめなやつ、普通の人びとはみんな、自分のことをそう思っているわけですよ」。そして自分と同じだめな奴が小説の中でのたうちまわっている。自分と同じ人間がいることに励まされる。それが太宰の小説の本質だと見抜く。
その後も佐藤の流浪は続く。

一方、山田は売れっ子の俳優になっていた。軍事劇を演じさせれば天下一品であり、日本各地で人気を博していたが、山田がセリフに込めた思いは聴き手には正反対に受け取られており、孤独を感じていた。
仙台で再会した太宰と山田と佐藤。太宰は仙台の医学校で学んでいた魯迅の「藤野先生」の話をする。「宝石よりもっとずっと尊い出来事」の話だ。

日本は敗戦を迎える。昭和21年4月、太宰は故郷の金木町にいた。長男の文治が政治家に立候補するため、その応援として山田定一の劇団を金木町の劇場に呼んだのだ。敗戦により、全ては変わった。山田の人気は凋落した。今はアメリカ軍を賛美する芝居を上演しているが本意ではない。中北も変わったが、かつての軍国主義者が180度方向転換して民主主義を礼賛するようになっている。

中北こそがまさに人間だ。「わが身が可愛いだけ」で起用に立場や思想を変えて生き延びる。汚らしいが、生き残る。今は「ひとはみな同じ」それが当たり前の時代になったが、それを信じ続けてきたがために駄目になった太宰や佐藤や山田はなんなのかということである。

その後、佐藤と山田は時を同じくしてこの世の表舞台から消えることになる。

 

太宰、佐藤、山田、不器用な男達の小さな宝石のような友情が語られる作品である。全員、学生時代まではエリートコースに乗りながら、信念のために人生に失敗した男である。だがそれゆえに惹かれあい、少なくとも太宰治は後世の人からも友人のように慕われる存在である。人間としてのある格から転げ落ちたからこそ別の人間の格に嵌まることになった。セリフに出てくる「アウフヘーベン」ではないかも知れないが、彼と我々とは高次元で結ばれることが出来るのである。「合格」つまり「格が合う」ということによって。

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2020年8月24日 (月)

これまでに観た映画より(201) 太田隆文監督作品「ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶」

2020年8月20日 京都シネマにて

京都シネマでドキュメンタリー映画「ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶」を観る。太田隆文監督作品。太平洋戦争において住民を巻き込んだ唯一の地上戦となった沖縄戦を、体験者12人・専門家8人へのインタビューとアメリカ軍が記録用に残した映像などを中心に描く。ナレーション:宝田明&斉藤とも子。この頃、なぜか斉藤とも子出演作を観ることが多い。企画・制作:浄土真宗本願寺派(西本願寺)。

大東亜共栄圏を掲げて、アメリカ、イギリス、中国、オーストラリアなどと戦った大日本帝国であるが、中国戦線やインドシナ戦線が泥沼状態となり、対米戦もミッドウェー海戦で敗れて以降は連戦連敗を重ね、本土決戦を決意する。その前哨戦の舞台となったのが沖縄である。ただ「沖縄は捨て石」という言葉がよく知られるように、日本軍にとって沖縄戦は本土決戦の準備のための時間稼ぎであり、少しでも多くアメリカ兵に血を流させて弱体化させるための手段でしかなかった。米兵が沖縄に上陸する前からすでに軍部から「沖縄は諦める」という話が出ていた程である。米軍も日本本土での戦いを視野に入れ、日本の文化や歴史などについて撤退した調査を行っていたが、「日本と沖縄は同一文化圏と見て良いが、日本人は沖縄人を差別している。沖縄人というのは少数派民族のようだ」という情報を得ており、「これは使える」と、分断作戦も念頭に置いての戦いだった。

アメリカは54万人を超える兵士を沖縄に上陸させたが、迎え撃つ日本軍の兵の数は11万人ほど、人数の時点で圧倒的に不利である。しかも参謀本部はあくまで日本本土での決戦の準備を優先させているため援軍も望めない。ということで民間人を戦場に駆り出すことになる。男子は14歳から70代までを兵士として、女子も若ければ女子挺身隊として救護活動に回される。結果、老人、母親、子どもが家を守ることになるのだが、これがまた悲劇を生む。

1944年8月22日、沖縄の子ども達を乗せた疎開船・対馬丸が米軍によって撃沈される。対馬丸に乗っていて助かった女性の証言もある。当時は状況が分かっておらず、「本土に行けば雪が見られる」などと行楽気分であったそうだが、対馬丸に乗っていた日本兵が乗員を甲板に集め、「今夜は危ない」と言ったところから不穏な空気が漂う。

沖縄の人々は日本軍を「友軍」と呼んでおり、親しみを持っていた。沖縄の子ども達の将来の夢は、「立派な兵隊さんになること」だった。だが、実際に戦が始めると、日本軍は沖縄の人々を助けるどころか、逆に死へと追い込むなど、「沖縄は敵」とまではいかないが味方とは思っておらず、当てにならないことがわかる。
沈みゆく対馬丸のマストに上って、「兵隊さん、助けて!」と叫んでいる母親がいたそうだが、日本兵は助けるどころか子ども達を海へと放り込んでいたそうで、「同じ日本人ではない」と思っていたことがわかる。
米軍は、対馬丸が疎開船であることは把握していた。その上で撃沈した。逃げ道を与えない作戦であったと思われる。

1945年3月28日、渡嘉敷島で集団自決が起こる。前日に米軍が渡嘉敷島に上陸したばかりであった。島民の男性には手榴弾が一人につき2つずつ渡されていた。軍部からは「アメリカ兵を見たら1つ投げつけろ、それでも駄目ならもう一つで自決しろ」と厳命されていた。
自決とはいえ、この自決は強制されたものであったことがわかっている。

琉球処分以降、沖縄では徹底した軍国主義教育、皇民化教育が行われており、ウチナーグチではなく日本の標準語で話すことが求められた。日本に取り込まれたわけであるが、これが沖縄人が自ら魂を蔑ろにし、「日本国のために死ぬ」という精神に染まっていくきっかけとなった。発想自体が大和民族そのものとなり、自分自身で考えないようになる。

「死して虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓(最終校閲を行ったのは島崎藤村である)を常日頃から頭に置き、「アメリカが来たら、男はみんな戦車に弾かれ、銃剣で刺されて死ぬ。女はみんな強姦される」という言葉を信じ、ガマ(洞穴)での集団自決が起こった。男はみな戦場に出ていたため、籠もっていたのは老人、母親、子どもだけだった。読谷村のチビチリガマで「娘を米兵に強姦されたくない」と思った母親は、娘を自らの手に掛ける。ただ、子ども達がみな苦しみ抜いて死ぬ様を見た母親達は自決するつもりが怯えてしまい、結局、生き残ることになった。生き残った母親達は証言者の役割を果たすことになる。現在では集団自決というのは適当でないとして、「強制集団死」と呼ばれるようになっているようだ。実際、集団自決とされてきたものは日本軍が駐留している場所でのみ起こっている。

実際の米軍はイメージ戦略を用いており、女性や子どもには優しく、食べ物やお菓子などを与えてくれたそうである。
チビチリガマのすぐそばにある読谷村のシムクガマでは、約千人が隠れていたそうだが、その中と付近にハワイで学んだ経験のある老人が二人いた。一人はハワイの学校の夜間部で本格的に英語やアメリカ文化などを学んだ経験があり、アメリカ人がやることを知悉していた。結果として投降が成功し、犠牲者は一人も出なかった。

ハワイで学んだ老人は、沖縄に帰ってからも家にエイブラハム・リンカーンの肖像を飾っていたそうだが、日本の軍国主義ではアメリカの民主主義に勝てないと見抜いていた。

エイブラハム・リンカーンは、南北戦争時の大統領であるが、この内戦で北軍司令官のウィリアム・シャーマンは南部に対して徹底した焦土化作戦と無差別殺戮を決行し、今に至るまで南部の人々から恨まれるという結果になった。第二次大戦でもウィリアム・シャーマンの名を記念した俗称「シャーマン戦車」への搭乗を拒否する南部出身者が続出している。同じ轍を踏むわけにはいかない。日本に対する戦後交渉を有利に運ぶ必要もあっただろうと思われる。日本軍とアメリカ軍の沖縄に対する態度の違いを見せつけ、沖縄人の戦意を喪失させる狙いもあったかも知れない。

米軍は沖縄本島に上陸したのは、1945年4月1日。読谷村(よみたんそん)の渡久地ビーチにおいてであった。日本軍は全く反撃しなかった。読谷村は、現在は嘉手納基地となっている中飛行場に近く、ここを抑え、空路を確保するのが目的であったが、反撃がなかったため楽々と制圧した。

米軍は、県都である那覇を目指す。首里城の地下に陸軍の司令部が置かれていたためだ。
日本軍が上陸後すぐに戦闘行為に出なかったのは、那覇へと向かう途中で待ち受け、米軍にダメージを与えるという目的があったはずである。日本軍は嘉数高地の要塞に陣取り、当初の米軍の進撃予定を40日以上も遅らせるという激戦を展開。首里城での攻防では敗れるが、今では那覇の都心となっている安里52高地(シュガーローフ)での激戦でも米軍に大打撃を与える。しかしこれらはあくまで、「本土決戦の準備を進めるための時間稼ぎ」であり、沖縄のための戦いではなかった。


私が沖縄に本格的に興味を持つきっかけを作ったのは坂本龍一である。矢野顕子と共に最初に沖縄に注目したアーティストである。中学生の頃に買った「BEAUTY」というアルバムでは沖縄の音楽をいくつもカバーしており、ネーネーズなど沖縄のミュージシャンとも共演している。坂本はインタビューで、「日本は単一民族だと思われているけれどそれは違う。最も身近にある異質なるものである沖縄を突きつける」というようなことを語っていたように記憶している。その後坂本は、山梨県出身ではあるが沖縄戦の悲劇を伝える「島唄」を作詞・作曲した宮沢和史とも一緒に仕事をしている。

というわけで、沖縄に対しては「リゾート」や「観光地」というイメージではなく、歴史から入っていたわけであるが、それでもこの映画で語られた多くのことを知らなかったわけで、「知ること」の難しさを覚える。沖縄戦を描いたドラマや映画、楽曲などは存在するが、どうしても情緒的側面が強くなるため、リアルに見つめる機会はなかなか得られない。受け身でなく取りに行く姿勢が必要であることを強く感じる。


若い頃から、教育に関して興味は持っていた。私が生まれ育った千葉県は「管理教育」の牙城であり、教師に良い印象を抱いていなかったということもあるが、「受験のためや役立てるためでない学問」を大学時代からずっとやってきたことも影響している。
「教育熱心」「教育を重要視」というといかにも良いことのように思われるが、教育というのは洗脳であり、自由な思考を奪うことにも繋がる。

渡嘉敷島で強制集団死があった時、その頃はまだ小学校1年生だった男性も手榴弾を使って自決しようとした。だが、手榴弾は不発。2発貰っていたのでもう一つを使うもこれまた不発。そこで大人から「火を焚いて手榴弾を中に入れろ」と提案される。その時、身を挺して男性を救ったのは実の母親だった。男性は母親のことを「無学だった」と語るが、教育を受けていなかったからこそ「死ぬのが当たり前」という発想にとらわれていなかったと見ることも出来る。

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2020年8月23日 (日)

W・C・ハンディ 「セントルイス・ブルース」

「エド・サリヴァン・ショー」より

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2020年8月22日 (土)

これまでに観た映画より(200) 瀬々敬久監督作品「HYSTERIC」

2005年11月14日

DVD映画「HYSTERIC」を観る。小島聖、千原浩史(千原ジュニア)主演。脇役として、鶴見辰吾、村上淳、余貴美子、阿部寛などが出演している。
監督はピンク映画を撮らせたら現在ナンバー1と呼ばれる瀬々敬久。京大出身の監督である。
もちろん、出演者の顔ぶれを見ればわかると思うが、この映画はヌードシーンこそあるものの、ピンク映画ではない。

1994年に起こった青山学院大生殺害事件を基にした映画。ただノンフィクションではなく細部は変えてある。
青学大生殺害事件は無軌道な若者による場当たり的な犯行として、また犯人の男が殺人に全く罪の意識を感じていなかったということで、日本犯罪史上に残る凶悪事件である。

宮崎の高校を卒業後、岐阜県に出て、会社で働きながら短大で保母の資格を取ることを目指している真美(小島聖)。ある日、突然の大雨に降られて雨宿りをしていたところで偶然、智彰という若い男(千原浩史)と出会う。無口な性格で友達も恋人もいない真美は智彰の笑顔に癒され、惹かれていく。しかし智彰は、ピッキングや空き巣、強盗などを繰り返す危険な男だった。だが、真美は智彰から離れることが出来ない。

孤独で人生に面白さを感じられなかった女性が、奔放で残酷で幼稚で、それ故に魅力的で、かつ自分を心から好きになってくれた男と無軌道な人生を歩んでしまうという、悲しい物語。

モノクロームの挿入や、前後する時間、抒情的部分の耽美的傾向など、ありきたりな部分も多いが、暴力的な場面が多ければ多いほど、リリカルな印象が増していくのが不思議である。

真美は両親が離婚したため、祖父母に育てられた。それ故、幸せな家庭への憧れは人一倍強い、ということが示される。にもかかわらず、幸せとは別の方向へ動いていってしまう。わかっているのにやめられないという人間の弱さ。

アウトサイダーの智彰とのスリルある生活はある意味、麻薬的なものだったのかも知れない。心の底では真美は自分がこれまで押し込められていた社会を破壊したかったのだろう。社会からドロップアウトした自由と不安、そこから逃げたいのに逆に惹かれてしまうという人間の矛盾。

青学大生殺害犯二人はすぐに逮捕されたのだが、この映画の主人公二人はその後も警察の手を逃れる。ふとしたことで離れてしまった二人が、6年後の2000年に再会する。真美は充(阿部寛)と結婚していた(阿部寛が普通の人を演じているのを見るのは久々の気がするが気のせいだろうか)。

結末は希望を感じさせるものだが、何故もっと早く希望を見つけられなかったのか。そして真美は本当に智彰を愛していたのか。結局は真美も智彰を現実逃避のために利用していたのではないか。それを思うと却って切なくなってしまう。

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2020年8月21日 (金)

コンサートの記(649) シャルル・デュトワ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2005大阪

2005年11月12日 大阪・中之島の(旧)フェスティバルホールにて

大阪のフェスティバルホールで、シャルル・デュトワ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会を聴く。曲目はプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」より抜粋と、ストラヴィンスキーの「春の祭典」。ロシアのバレエ音楽を並べたプログラムだ。

フェスティバルホールに行くのは久しぶり。3年半近く行っていなかった。しかも前回は演劇の公演(三谷幸喜の「オケピ!」の再演版)だったので、フェスティバルホールでコンサートを聴くのは初めてである。

フェスティバルホールはかっては大阪を代表するホールとして、大阪フィルを始め、多くのオーケストラがここで定期公演を行い、海外の演奏家やオーケストラも大阪で公演するときは必ずここを使った。

今は、大阪のクラシック音楽シーンの中心は、ザ・シンフォニーホールに移っているが(2005年当時)、観客が多数詰めかけることが予想されるコンサート、例えばウィーン・フィルの演奏会などは、よりキャパの広いフェスティバルホールを使うことが多い。
今回のコンサートもチェコ・フィルとデュトワという珍しい顔合わせなのでフェスティバルホールを選んだのだろう。

フェスティバルホールの内装は古ぼけてはいるが、ちょっと昔にタイムスリップしたようで雰囲気はいい。ただ、古いホールだけに、残響がほとんどなく、音には不満がある。

プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は、フェスティバルホールのマイナス面が出てしまった。チェコ・フィルのメンバーもホールの空間の大きさを気にしたのか、本来の力を出せていないようである。弦楽は艶やかに鳴る「場面もあった」が、管、特に金管は低調である。
弦が艶やかに鳴る場面もあった、と書いたがこれは異例のことで、チェコ・フィルといえば、弦楽合奏の美しさで有名なのだ。その弦の力をそれほど感じなかったということは、ホールもそうだが、曲との相性も良くないのだろうか。

後半はデュトワの十八番、「春の祭典」。フェスティバルホールの乾いた音もこの曲には向いている。金管は思ったほど良くならなかったが、弦はプロコフィエフの時とは打って変わって生き生きしている。フェスティバルホールの天井桟敷で聴いたので、真の迫力が私の席まで届かなかったのは残念だが、名演であることは間違いない。ちなみに曲の最後の最後、フルートの後の一撃の時に、デュトワが勢い余って指揮棒を取り落とし、床を「カタカタン」と鳴らすというハプニングがあった。デュトワもチェコ・フィルのメンバーも聴衆も苦笑いという珍しい場面であった。

今回、チェコ・フィルを聴いて、「やはり中欧ナンバーワンオーケストラだけのことはある。凄い」という印象と、「こんな程度のものなのか?」という感想を同時に持った。音に厚みと温もりがある。密度も濃い。輝きもある。ただ、メカニックや、曲への適応力は、日本のオーケストラと大差ない。むしろデュトワが指揮するならNHK交響楽団の方が良い演奏をしたのではないか? と思える箇所もあった。

アンコールはチャイコフスキーの「白鳥の湖」よりワルツ。この曲にはトランペットの長く優雅なソロがあるが、どういうわけか、チェコ・フィルのトランペットソロは音程が怪しい上に、曲への共感が乏しいように見えた。デュトワは、ソロの聴かせどころではいつもするように他の楽器の音を抑えて、トランペットソロを浮かび上がらせていたが、このソロには不満だっただろう。

デュトワは日本でもお馴染みの名指揮者であり、私が最も好きな音楽家の一人である。チェコ・フィルも中欧、東欧含めて間違いなくトップオーケストラである。それだけに期待していたのだが、この組み合わせは思ったほど良くはなかった。チェコ・フィルはロシアものはあまり得意ではないのかも知れないし、ホールも影響していただろう。

ただ、一流の指揮者と一流のオーケストラが組めば即ち名演というわけではないことも確認出来た。いいものは自分で探さなくてはならない。ブランドに目をくらませることなく虚心坦懐になって。何事においてもそうだ。

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2020年8月20日 (木)

これまでに観た映画より(199) クリント・イーストウッド監督作品「バード」

2005年11月3日

DVDで映画「バード」を観る。伝説のジャズ・サキソフォン奏者、チャーリー・パーカーの後半生を描いた作品。監督はクリント・イーストウッド。上映時間161分の大作である。

西部劇のイメージが強いイーストウッドだが、彼自身ジャズ・マニアということもあって、夭逝した天才ジャズマンへの思い入れたっぷりの演出をしている。

ただ、麻薬中毒など、パーカーの影の部分は、「描かれてはいる」という程度。狂気に満ちたエピソードの数々は封じられている。

時間が前後するということもあって、ストーリー展開がやや解りにくく、人種問題の扱いも今から見ると詰めが甘いなど、 直に楽しめないところがあるのは否めない。

チャーリー・パーカーがオーバードースによる心臓麻痺で亡くなったとき、検視医は、「推定年齢60代」としたが、実際のチャーリーの享年は34歳であった。この有名なエピソードも勿論取り込まれている。

音楽はチャーリー・パーカー本人の演奏が用いられているが、リマスタリングが良く、鮮明な音で「バード」と呼ばれた不世出の天才ジャズマンの演奏を楽しむことが出来る。

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2020年8月19日 (水)

配信公演 「女々しき力プロジェクト」序章 オフィス3○○(さんじゅうまる)リーディング公演「片づけたい女たち」

2020年8月10日 東京都杉並区の座・高円寺1からの配信

午後3時から、e+のStreaming+で、オフィス3○○のリーディング公演「片づけたい女たち」のオンライン生配信を観る。永井愛の本を渡辺えり子が演出。出演は、3軒茶屋特別婦人会(笹井英介、深沢敦、大谷亮介)。ト書き朗読&ウクレレ演奏:草野とおる。ヴァイオリン演奏:会田桃子、ダブルベース演奏:川本悠自。東京都杉並区にある座・高円寺1での上演である。

高校時代、女子バスケットボール部の同期部員だった3人の50代の女性が主人公である。
舞台はツンコ(深沢敦)が住むデザイナーズマンション。そこに、おチョビ(笹井英介)とバツミ(大谷亮介)が訪ねてくる。元々片付けが苦手なツンコであったが、おチョビとバツミが部屋に入るとものが山積みになっており、二人は驚く。
片づけられない性質であることをバツミは、なんとかいう精神病の一種(ADHDのことだと思われる。実際、『片づけられない女たち』というADHDに取材したサリ・ソルデン著、ニキリンコ翻訳の本がベストセラーになっており、この舞台作品も同著作に影響を受けて書かれたものだと思われる)だと説明し始めるが、これはこの作品においてはメインのストーリーには絡まない。話は片づけ続けることによって掘り起こされる様々な思い出と、過去の呪縛のようなものである。

とにかく部屋がとっちらかっているので、どこに何を分類しなければならないか、から始めるのだが、高校の同級生で50を待たずに亡くなった人が把握しているだけで15人以上いるという話になる。病気、自殺など死因は様々だが、高校時代は健康と元気の塊だったような男性がもう他界しており、クラス一の美女で玉の輿間違いなしと思われていた千代美も不幸が重なり、もうこの世の人ではない。
だが、この千代美という女性、美貌が災いして、女子バスケットボール部の顧問から今でいうセクハラを受けていたのだが、女子バスケットボール部の部員全員が、それを見て見ぬ振りをしていた。そのことについて、「どうしようもなかったのよ」「あの頃はセクハラなんて言葉もなかったし」と正当化しようとするが、「見て見ぬ振り」をしていたことが、引っかかりを生む。

バツミは主婦、おチョビは夫と共に場末の食堂を経営しているが、ツンコは現役の会社員である。同僚の女性社員でライバルでもあった稲竹(いなたけ)さんに先を越される形になっていたが、その後、稲竹さんを巡る意外な事実が、ツンコの心を波立たせていることがわかる。

ツンコの部屋のドアの隙間に、ある日こんなことが書かれた紙が挟んであった。「あなたの犯した誰にも告発されない罪を私は心底軽蔑します」。ツンコは紙に文章を書いてドアの隙間に挟んだのは稲竹さんではないかと疑っているのだが……。


50を超え、同級生にもう他界した人物も多く、自身も死を意識しなければならない3人の女性の会話劇。すでに癌に冒されている人もこの中にいる。映画「死ぬまでにしたい10のこと」の話が出てくるなど、自らの半生と向き合う話であるが、それらの中で「見て見ぬ振りをした」、あるいは「見なかったことにした」、二つの罪が最も心残りなこととして浮かんでくる。


終演後の挨拶には演出の渡辺えりも登場。渡辺は大谷に「リーディングなので余り動かないで」と言ったが、大谷は結構、オーバージェスチャーで朗読。大谷は「他の二人も動くだろうと思ったが、全く動かないので意外だった」というようなことを述べていた。

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2020年8月18日 (火)

配信公演 ロームシアター京都「プレイ!シアター」 at HOME2020 京都市交響楽団 0歳からのコンサート「ステイキャッスルはもううんざり!」+康本雅子&ミウラ1号 移動型ライブパフォーマンス「どこ行くダンス?ここいる音楽」 in ロームシアター京都+サウスホールバックステージ映像

2020年8月15日 左京区岡崎のロームシアター京都から配信

ロームシアター京都の夏のイベント、「プレイ!シアター」がコロナの影響によって今年は「at HOME 2020」としてオンラインを使っての開催となった。ロームシアター京都のホール等で公演は行われるが、観客としてロームシアターに入れるのは関係者や抽選に当たった人など最小限に絞られ、一般人はYouTubeなどを使っての配信で楽しむことになる。


午前11時からは、メインホールで京都市交響楽団 0歳からのコンサート「ステイキャッスルはもううんざり!」がYouTubeを使って配信される。
チャンネルは2つあり、ロームシアター京都のYouTubeチャンネル1では指揮者の頭に着けたカメラからの映像が流れ、クラシック専門配信サービスであるカーテンコールによるYouTube配信では、上演される人形劇を中心としたオーソドックスな映像が流れる。

指揮は垣内悠希。ロームシアター京都メインホールはステージが広いため、編成も比較的大きめだが、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラはいずれもワントップである。

コンサートマスターは泉原隆志。フルートの上野博昭、オーボエの髙山郁子、クラリネットの小谷口直子、トランペットのハラルド・ナエスといった首席メンバーが顔を揃えている。例年なら8月は音楽祭のシーズンであり、そちらを優先させるメンバーも多いのだが(京都市交響楽団は珍しく8月にも定期演奏会があり、宗教音楽の演奏が恒例となっている)、音楽祭自体が中止になるケースが大半となってしまっている。


糸あやつり人形劇団みのむしによる人形劇が行われ(脚本・演出はヨーロッパ企画の永野宗典と松宇拓季)、オーケストラ演奏がそれを彩っていくという趣向である。

とある国のお姫様(声はヨーロッパ企画の藤谷理子)が、城での生活に飽き飽きして国を飛び出し、ロームシアター京都の楽屋に籠城する。お付きの竜の騎士メロウ(声はヨーロッパ企画の酒井善史)と教育係のガミット(声はヨーロッパ企画の石田剛太)が音楽の力を借りて姫を城に連れ戻そうとあの手この手を繰り出すという物語である。


ロームシアター京都のYouTubeでは、先に書いた通り、指揮者の垣内悠希の頭に取り付けられたカメラからの映像が流れるのだが、カメラが揺れまくってしまっている上に、垣内の息づかいも盛大に聞こえるため音楽に集中出来ない。といういうことでカーテンコール制作のYouTube映像に切り替える。


チャイコフスキーのバレエ音楽「眠れる森の美女」よりワルツでスタート。有名曲が多く、京響も手慣れた演奏を聴かせる。

各楽部の紹介として、弦楽器がモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」冒頭、木管楽器がチャイコフスキーの「白鳥の湖」より“小さな白鳥の踊り”、金管楽器が大野雄二の「ルパン三世」のテーマ、打楽器がビゼーの「カルメン」より闘牛士のテーマを奏でる。

その後、ルロイ・アンダーソンの「ワルツィング・キャット」、ハーライン作曲(岩本渡編曲)の「星に願いを」、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」より結婚行進曲などが演奏される。グリーグの「ペール・ギュント」第1組曲より“山の魔王の宮殿にて”の演奏の際に、“朝”とクレジットされるというミスがあったが、すぐに直された。“朝”はその次の場面で演奏された。

ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」では、視聴者もチャットに手拍子の絵文字を打ち込んで参加する。

その後は、天岩戸的な展開となり、盆踊りの手拍子が気になったお姫様がドアを開けたところをメロウが引きずり出す。作戦成功をデュカスの「ラ・ペリ」のファンファーレが祝福する。

最後は、久石譲作曲(和田薫編曲)の「さんぽ」(「となりのトトロ」より)が演奏された。


その後、ロームシアター京都のYouTubeチャンネル2で、康本雅子とミウラ1号による移動型ライブパフォーマンス「どこ行くダンス?ここいる音楽」in ロームシアター京都を視聴。ミウラ1号の音楽に乗って、ダンサーの康本雅子がコンテンポラリーダンスを披露しながらロームシアター京都内を移動する。3階共通ロビーに始まり、3階ロビー(サウスホール2階席ロビー)、2階共通ロビーなどロームシアター京都を訪れたことのある人なら見覚えのある景色が映し出されるが、ベランダなど通常は関係者以外は立ち入れない場所にもカメラが入ってダンスが行われ、配信ならではの良さも生んでいた。

ダンス公演の後は、ロームシアターのバックステージの紹介が行われ、サウスホールへののピアノ搬入の模様などが映し出される。ちなみに、例年の「プレイ!シアター」ではメインホールのステージ上や一部の楽屋などは立ち入り可となっていたが、サウスホールの舞台裏に入れる催しは行われておらず、貴重な映像である。

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2020年8月17日 (月)

観劇感想精選(348) 三谷幸喜 作・演出 「大地」(Social Distance Version)

2020年8月13日 大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼにて観劇

大阪へ。約半年ぶりの観劇である。

午後7時から西梅田のサンケイホールブリーゼで、三谷幸喜の作・演出による「大地」(Social Distance Version)を観る。

「大地」は、東京・渋谷のPARCO劇場オープニングシリーズの一つとして三谷幸喜が書き下ろした作品である。パール・バックの同名小説とは一切関係がないが、中国に題材を得ているところは共通する。

三谷幸喜がモデルとしたのは、中国の文化大革命で行われた下放政策(上山下郷運動)である。青春時代を奪われた「第五世代」と呼ばれる人々の中には、後に世界的な映画監督となる張芸謀や陳凱歌がいた。この時代に行われた価値の転倒を中国は今に至るまで引きずっている。
ただ、隣国である中国を舞台にすると生々しいため、舞台は架空の東欧の国に変わっている。

サンケイホールブリーゼに入るには準備がいる。まず、チケットの半券(もぎる部分)の裏に氏名と電話番号を記入。厚労省の接触確認アプリCOCOAをインストールしておき、更に大阪府独自の追跡サービスに今いる場所を送信する必要もある。

 

出演は、大泉洋、山本耕史、竜星涼(りゅうせい・りょう)、栗原英雄、藤井隆、濱田龍臣(はまだ・たつおみ)、小澤雄太、まりゑ、相島一之、浅野和之、辻萬長(つじ・かずなが。有職読みの「つじ・ばんちょう」でも有名。三谷幸喜は彼のことを「バンチョーさん」と呼んでいるようである)。

三谷幸喜の録音による影アナでスタート。三谷は1924年に築地小劇場が完成し、開演のドラが鳴らされたという話をする。そして黒子が登場して実際にドラが鳴らされる。
1924年というのは歴史上においても重要な年で、前年の1923年(大正12)9月1日に関東大震災が発生。東京を始め、関東の多くの都市が焦土と化した。その復興が始まったのだが翌1924年である。その少し前にはスペインかぜが全国的に大流行しており、今現在と似た状況が発生していた。
日本初の普通選挙(とはいえ、投票権があるのは25歳以上の男子のみである)が行われたのが翌1925年だが、これは治安維持法の公布とセットであった。

 

東欧のとある共産主義独裁国家での話。俳優は反逆分子とされ、見渡す限り大地が広がる中のバラックでの共同生活を強制されることになる。主な仕事は豚の飼育で、「フランチェスカ」という名の豚が話の随所に登場する。

映画スターのブロツキー(山本耕史)がバラックに送られてきたところから物語は始まる。同室となった収容者の中で映画畑で活躍していたのはブロツキーだけで、他は舞台出身者で占められている。映画に出ていたということでブロツキーの知名度はずば抜けて高い。

他のメンバーは、国民的劇団の団長で今もみんなから「座長」の名で呼ばれるバチェク(辻萬長)、演出家兼俳優で反抗的な態度を取り続けるツルハ(相島一之)、パントマイムの名手であるプルーハ(浅野和之)、大道芸人のピンカス(藤井隆)、若手女形として期待されていたツベルチェク(竜星涼)、大学で演劇を学んでいたミミンコ(濱田龍臣)、俳優としては未だ芽が出ず裏方として主に働いていたチャペック(大泉洋)である。

ピンカスは要領が悪いようで、いつも仕事を全て押しつけられ、不満たらたらである。そもそも俳優達は現実的な仕事には向いていないようだ。ちなみにピンカスは最高指導者の物真似をしたことを見咎められ、バラック送りになったそうである。

ミミンコは俳優としてのキャリアはないが、ゼミを担当していた教授が有罪判決を受けたため、巻き込まれる形で放逐されてきたのだった。

映画スターが来たというので、最初は皆、ブロツキーに羨望の眼差しを送っていたが、養豚の仕事は全く出来ず、人格的にも問題のあるブロツキーは次第に反感を買うようになる。ブロツキーは英雄役で当たりを取っていたが、それは所詮イメージに過ぎないと本人も認めていた。

俳優を生業としてきた人々が集められてはいるが、規則により演技を行うことは出来ない。ただ、指導員のホデク(栗原秀雄)が芝居好きであり、自身が書いた本での上演を夢見ていた。彼が書いたのは、シェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」をモチーフにした「ウィンザーの陽気な兵隊さん」。「ウィンザーの陽気な女房たち」は、オットー・ニコライ作曲のオペラで知られており、脚本を手直しした上で作曲されたヴェルディの歌劇「ファルスタッフ」の原作としても有名であるが、戯曲自体はシェイクスピア作品の中でも最下位争いをするほどの駄作であり、偽作説まである。この舞台の中でも駄作であることは語られており、ホデクが演劇に関して「下手の横好き」で戯曲の良し悪しも分からない人物であることが示されている。

そんな中で俳優達は己の力量を見せつけていく。想像力によってないものをあるかのように見せ、事実とは異なるものを事実と思い込ませていく。戯曲としての完成度よりも出演者の俳優としての技量を示すことに力点が置かれており、俳優の素晴らしさが描かれるのだが、ラストはほろ苦さを漂わせるものである。

演劇科の学生であるミミンコがストーリーテラーを兼ねているのだが、ミミンコの言葉の選び方から、これらのことが「過去」に起こった出来事であることがわかる。まだ俳優の入り口にも立っていないミミンコの青春や恋(同じ演劇科の学生だったズデンカとの恋。ズデンカは、はすっぱな田舎娘という印象である。演じるのはまりゑ)、俳優であることの本質が語られる。ズデンカは、ルターやサンテグジュペリ、チェーホフなどの言葉を引用し、特にルターの言葉(「たとえ明日地球が滅ぶとしても、私は大地にリンゴの木を植える」)はラストシーンへと繋がる重要なものである。

途中休憩15分を挟み、上演時間約2時間50分という大作であるが、後半に用意されている俳優達の技量を披露する場面が一番の見所である。政府役人のドランスキー(小澤雄太)を騙すためのものだが、チャペックが舞台監督とプロンプターを兼任し、ツルハの演出で演技の世界が進んでいく。辻萬長演じるバチェクの正統派の新劇的演技(三谷幸喜作品の演技は基本的に新劇路線である)、何でも屋である浅野和之演じるプルーハのパントマイムなどは、日本を代表する実力派俳優を起用しているだけあって、「見事!」の一言に尽きるものである。

ただ、そんな俳優の影の部分を演じているのがチャペック役の大泉洋であり、群像劇ではあるが、「彼が主役」と明確に言える役割を与えられている。
大泉洋演じるチャペックは、俳優の才能をこれまで誰からも認められておらず、役らしい役が付いたこともなく、舞台に出られたとしても端役で、俳優としてではなく裏方として働いていた回数の方が多い。ただ、裏方の経験も生きており、舞台監督としては有能である。
演技力で引け目を感じていたチャペックだが、政権の犬となることで他の俳優達の生殺与奪の権利を手にしていた。そのことを直接伝えたミミンコ以外はチャペックの意図に気付いていなかったが、チャペックは影の主役である自覚を持ち、そのことを楽しんでいた。

しかし、ミミンコとズデンカが皆の手引きによってドランスキーの部屋で情事に及び(その間、ドランスキーをバラックに留めるために俳優達は自身の技量でドランスキーを魅了する)、そのことがバレたため、俳優達の中で一人だけ、「谷の向こう」で行われている強制労働に赴くことになる。選ばれたのは、俳優としての才能に欠けるチャペック。ミミンコは自ら出向こうとするが、「まだ若くて未来がある」という理由で止められ、ピンカスも面白さがある、ブロツキーは映画スターで、これからも出演の機会があるかも知れない、バチェクは名優、ツルハは演出の才能があり、プルーハのパントマイムはかつては大人気、ツベルチェクは貴重な女形、ということで「何もない」チャペックに白羽の矢が立つのである。

チャペックは抗議するのだが、他の俳優達はみんなチャペックが俳優として劣っていることを知っており、舞台スタッフとしては優秀かも知れないが、舞台スタッフなら専業のもっと優れた人材はいくらでもいる。彼はバラックでは中心人物だったかも知れないが、結局は誰からも認められていなかったのだ。三谷幸喜が2007年に書いた「コンフィダント・絆」を思い出す。あの作品では、スーラ(中井貴一)、ゴーギャン(寺脇康文)、ゴッホ(生瀬勝久)といった名画家達のリーダー的存在であるが、買われているのはリーダーとしての資質だけで画才は見下されていたシュフネッケル(相島一之が演じていた)の存在が鍵であった。だが、画家はまだ自分一人で画を描くことは出来る。シュフネッケルも美術教師としてだが、絵画を生業にすることは出来た。「大地」にはちゃんとした劇作家は登場しないが、劇作家も一人で本を書くことなら出来る(三谷の劇作家観は「笑の大学」においてよく表されている)。だが、俳優は、そして演出家も一人では何も出来ない存在なのである。天才であろうが秀才であろうが、名人であろうが達人であろうが、高学歴だろうが名家の出身だろうが、器用であろうが多才であろうが、イケメンであろうが美女であろうが、キャリアを積んでいようが世界的に名を知られていようが、それは変わらない。誰かの支えを前提としている芸術家なのである。それを忘れた奢りがラストをビターなものへと変えていく。

当て書きを常とし、数々の名優のために本を書いてきた三谷幸喜の俳優観の一端である。

俳優とは誰よりも自らよく生き、誰よりも他の人々によって生かされて輝く存在なのである。
そして、「その日」まで「俳優」であることを怠ることなく「俳優」であり続け、「希望」として生きる一種の種族であるとも言える。


※8月22日にサンケイホールブリーゼから配信された上演映像を観ての追記

この劇において最も重要だと思われるセリフは、マルチン・ルターのものとされる「たとえ明日地球が滅ぶとしても、私は大地に林檎の木を植える」(原文には「大地」という言葉は出てこないようである)という言葉の引用である。ここでどうしても林檎に目が行きがちになるが、タイトルから察するに、着目すべきはむしろ大地の方である。大切なのは林檎だが、それが育つには大地の存在が不可欠だ。
辻萬長演じるバチェクのセリフにあるように、この世のあらゆる事象や巡り会った人々は俳優の糧となるが、それらの比喩として用いられているのが「大地」である。人々に「生きる希望」をもたらす良き俳優や良き芝居は、そのベースとなる大地があってこそ育まれるのであり、循環していく。それを忘れてはいけないということである。

私も「大地」の一人として、それをしっかり受け止めることが出来たように思う。

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2020年8月16日 (日)

これまでに観た映画より(198) 「もののけ姫」2020リバイバル上映

2020年8月14日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で「もののけ姫」を観る。宮崎駿監督作品。スタジオ・ジブリの代表作の一つである。1997年のロードショー時にシネマックス千葉(CINEMAX千葉)で観たが、ここはもう存在しない映画館である。その後、「もののけ姫が家に来る!」というキャッチコピーでセルVHS(今ではVHSも化石のようなものである)が出た時に購入して観ている。1997年のロードショー時には23歳だった私も、今年の11月で46歳。約倍の歳月が経過している。

声の出演者は、石田ゆり子、松田洋治、田中裕子、美輪明宏、上条恒彦、森光子、森繁久弥、西村雅彦、小林薫ほか。23年前ということで故人も何人か含まれている。
今でこそアラフィフ女優の人気ナンバーワンを揺るぎなきものとしている石田ゆり子だが、この時は今ほど人気はなく、むしろ妹の石田ひかりの方が有名であった。セルビデオには、アフレコのリハーサルや本番などの模様も収録されているが、石田ゆり子は宮崎駿監督から何度もダメ出しを受けており、本気で「降ろされる!」と思ったことなどがインタビューで語られていた。

声優でなく、俳優を大量にキャスティングしたことについては、ロードショー時より批判があったように記憶している。

音楽:久石譲。主題歌歌唱:米良美一。

 

蝦夷(エミシ)の支配する東国のシーンから始まる。アシタカ(アシタカヒコという名であったが、穢れたために「ヒコ」の名は捨てる。声の出演:松田洋治)は、祟り神となった猪の神であるナゴの守(かみ)が村を襲おうとしたため、やむなく弓矢で射て止める。しかし、アシタカの右腕に呪いは絡みつき、蝕むようになる。
巫女のヒイ様(声の出演:森光子)から、西のヤマトの国で不吉なことが起こっているとの宣託を受けたアシタカは西へと向かう。

素朴な建物ばかりの東国に比べ、西の国は仏塔が聳え、高い文明が流入・形成されていることが窺える。一方で野武士達が農村を襲撃して殺戮と収奪を行うなど、光景は荒んでいる。

そんな中で、エボシ御前(声の出演:田中裕子)率いるたたら場は、高い鉄の生成技術を誇り、鉄や武器を売る独立した城塞都市として繁栄している(この辺りは石山本願寺と雑賀衆の関係や、自由都市であった堺に似ている)。エボシ御前は、被差別階級者を受け入れ、ライ病(ハンセン氏病)に苦しむ人々を銃器(石火矢)の製造職人として徴用している。労働は過酷だが、女性が比較的優遇されているということもあり、エボシ御前への信頼は篤い。このたたら場は度々、大名の浅野氏(広島や赤穂の浅野氏とは異なる)から襲撃を受けているのだが、その度に撃退している。
ただ製鉄には燃料とするための大量の木材が必要になるため、伐採により周囲は禿山と化しているが、エボシ御前は、更なる木材を求め、シシ神の森の制圧を目論んでいた。

たたら場で過ごしていたアシタカは、エボシ御前と対立するもののけの神・モロ(声の出演:美輪明宏)ら山犬に育てられた少女のサン(声の出演:石田ゆり子)を見かける。サンは自然の領域を侵食しているエボシ御前を憎み、暗殺の機会を狙っていた。

森が減っていくことに憤っているのは山犬だけではない。「森の賢者」と呼ばれた猩々(しょうじょう)も人間を憎み、また人間の行為が許せなくなった猪神の長老・乙事主(おことぬし。声の出演:森繁久弥)も鎮西(九州)から海を越えて、シシ神の森へと訴えに来る。

シシ神というのは、昼はシシ(鹿)、夜はディダラボッチ(ダイダラボッチ。創世の神や製鉄の神とされることもある)の姿をした生と死を司る神であり、シバ神に似た力を持つ。一方で、存在はしているが自分から積極的に何かをする神ではない。だが、ヤマト王朝は、神は朝子(帝、天皇)だけで良く、人間世界とは異なる神がいることを怖れ、かつシシ神の首には不老不死の魔力があるということで、ジコ坊(声の出演:小林薫)らにシシ神征伐を命じていた。

 

人と自然の問題がまず挙げられる。古代から人と自然は哲学における大きなテーマの一つであったが、産業革命以降、人類は自然を苛烈なまでに虐げ、版図を拡大していった。このたびの新型コロナウイルス禍も、人類が踏み入ってはいけない領域まで侵入していった結果、自然の世界で循環していた新型コロナウイルスが拡散されることになるという、いわば自然界からの復讐を受けた格好である。

そして、神の問題である。いくつもの神が同居するという八百万の神の国、日本。だが、幕末以降に主流となった思想では、天照大神の子孫というだけでなく神の世界の頂点に君臨するのが天皇であるとする史観がベースとなっている。そして少なくとも強大な神は他には必要ではないため、神殺しが行われることになる(大本事件などもその系譜に入ると思われる)。ただ、歴史の中で育まれた「八百万の神=世界そのもの」の意識はそう簡単に日本人の思考体系の中から消滅するはずもなく、強引な神殺しは多くの人に災厄をもたらす結果となる。

日本においては積極的に描かれることの少ない民族差別についても描かれている。主人公であるアシタカは蝦夷の子であり、大和民族よりも下に置かれた社会の出身である。またヒロインのサンも山犬に育てられた少女であり、当然ながら蔑視の対象である。
この虐げられた階層出身の男女が、殺されつつある神と人間の諍いを収めるべく奮闘するという特殊な構図による物語であることにも注目すべきであろう。

闘争を経て、山は緑を取り戻し(ただ元の自然でないことがサンのセリフによってわかる)、人々は新たな生活を歩み出す。決して和解したわけではないが、争いに明け暮れる日々は遠のいていく。

新型コロナウイルスが猛威を振るう今、この作品を観る意味としては、「不可侵領域に踏み入らない」ということと「人間第一主義の愚かしさ」を知るという二つのことが挙げられるように思う。度が過ぎれば必ず復讐される。そして憎しみが憎しみを生み、連鎖は止まらなくなる。
本来ならもっと早く、人類はその足跡を見直すべきだったのかも知れない。コロナの前にも問題は山積みであったが、「より重要なこと」に目を向け、見て見ぬ振りをしてきた。いつまでもそんなことで通じるわけはなかったのだが、結局、臨界点を過ぎるまで人類は気づけなかった。
この先のことはまだ誰にもわからないが、アシタカのように「曇りなき眼で見定め」て行けるよう願うものである。

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コンサートの記(648) 佐渡裕指揮兵庫芸術文化センター管弦楽団 兵庫県立芸術文化センター大ホール杮落とし公演「第九」

2005年10月27日 兵庫県立芸術文化センター大ホール(現在のKOBELCO大ホール)にて

兵庫県立芸術文化センター大ホール柿落とし公演の「第九」を聴くために出かける。西宮という街の空気と雰囲気を知るために少し早めに出かける。

最寄り駅は、阪急西宮北口駅。地元の人は気にしないのだろうが、西宮北口(通称は西北)というのも変わった駅名である。西宮市の北口という場所にあるので西宮北口駅という即物的な名称で、阪急には西宮駅という駅はないから混同することはないが、関西以外の人は阪神西宮駅北口やJR西ノ宮駅北口と勘違いするかも知れない。


午後6時開場。午後7時開演。

兵庫県立芸術文化センター大ホールの内装は、壁全てに木を使った落ち着いたもの。変形シューボックススタイルで天井は高い。4階席は遥か上にあり、ステージからかなり遠い。
トイレは各階にあるがやや狭い。
私は1階サイド席、舞台の左手やや後方(LC9番の席)に座ったのだが、現代のホールにしては通路が狭く、また椅子がずらりと連なっているため、真ん中付近の席を買った人は、たどり着くまで難儀しそうである。後方、壁の後ろにも通路があるのだが、設計の関係でホール側の壁が斜めになっており、目の錯覚で体のバランスを崩しそうになる。

オペラ対応であるため、パイプオルガンはない。

兵庫県立芸術文化センター、柿落とし公演で演奏するのは、兵庫芸術文化センター管弦楽団というそのままの名前のオーケストラである。わかりやすくはある。誰が聞いてもどこのどんなオーケストラかわかる。略称はPAC(Peforming Arts Centerの略)。
兵庫芸術文化センター管弦楽団は、新たに結成されたプロオーケストラ。日本唯一の育成型プロオーケストラでもあり、厳しいオーディションを勝ち抜いた、日本を含む13の国出身の35歳以下のメンバー(平均年齢は27歳)からなる若い楽団である。芸術監督は佐渡裕で、今回の指揮も当然、佐渡が担当する。

合唱は、神戸市混声合唱団(プロの合唱団である)とオープニング記念第9合唱団(オーディションによって選ばれた、今回の第9演奏会のためだけに参加するメンバー達)。
ソリストは、ソプラノがロシアのマリア・コスタンツァ・ノチェンティーニ。メゾ・ソプラノが日本の手嶋眞佐子。テノールがアメリカのポール・ライオン、バリトンが韓国のキュウ=ウォン・ハン。オーケストラ同様、国際色豊かな顔ぶれである。

兵庫県立芸術文化センターの響きは、残響の少ないシンプルなものである。残響を重視するなら良いホールとは呼べないだろうが、その分、音の動きが細部までよくわかる。音楽ホールの響きが安定するまでには、最低でも竣工から2年程度はかかるとされているため、今後、響きが大きく変わる可能性もある。


第1楽章。弦の響きが薄いのが気になる。結成後間もないオーケストラということもあるのだろう。しかし最近流行りの古楽器奏法を取り入れた演奏だと考えれば、違和感は和らぐ。歴史のないオーケストラだからこそ、佐渡の音楽性がよくわかるということもある。

今回の佐渡の第九の特長は、一拍目を強調し、アクセントを与えて、そこからなだらかに歌へと変化させていくということ。メリハリが利いている。
途中、フェンシングの選手のような格好になったり、しゃがみ込むような素振りを見せたり、腰を振ったりと、佐渡の指揮は視覚的にも楽しい。
テンポは速めだったが、第3楽章をじっくり歌ったことと、第4楽章で、歓喜の主題を登場させるまでに間を長く取ったりしたため、「速い」という印象があったわりには、トータルタイムは平均的であった。

オーケストラも、音外しや、アインザッツが揃わなかったりというミスはあったものの健闘。アンサンブルは予想していたものより遥かに緻密である。

歓喜の歌はやはり、生で聴くに限る。人間の声の圧倒的な迫力はCDでは味わえない。二つの合唱団のレベルはかなり高い。

ラスト。佐渡は、「限界を超えているのでは?」と思えるほどの快速テンポを要求。フルトヴェングラーのバイロイト盤をも凌ぐほどの猛烈な追い込みだ。バイロイトは最後の最後で音が潰れてしまったが(実際は録音の問題であった可能性が高いことが後にわかっている)、兵庫芸術文化センター管弦楽団は乱れることなく最後まで弾き通した。
感動よりも興奮するベートーヴェン。完璧でも重厚でもないが、フレッシュな第九であった。

第九の後で何かを演奏するということは少ないが、今回は特別に「ハッピーバースデー・トゥー・ユー」(「パッピーバースデー、ディア名ホール!」と歌われた)が演奏され、新ホールと新オーケストラの門出を祝った。

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2020年8月15日 (土)

コンサートの記(647) 三ツ橋敬子指揮 京都市交響楽団 みんなのコンサート2020「オーケストラの旅」@京都市北文化会館

2020年8月9日 北大路の京都市北文化会館にて

午後2時から、北大路にある京都市北文化会館で、京都市交響楽団 みんなのコンサート2020「オーケストラの旅」を聴く。指揮は日本を代表する女性指揮者の一人である三ツ橋敬子。

今日も第1ヴァイオリン4人、第2ヴァイオリン3人、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが2人ずつという室内オーケストラ編成での演奏。弦楽はワントップの配置である。木管楽器奏者の前には透明なアクリル板が置かれ、飛沫が弦楽器奏者の方に飛ばないよう配慮されている。

コンサートマスターは今日も泉原隆志だが、京響の出演メンバーは先週の「みんなのコンサート」とは大きく異なる。

 

上演時間約1時間、休憩なしのコンサート。曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲(ロシア)、ヴェルディの歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲(イタリア)、オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」よりカンカン(フランス)、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲(オーストリア)、チャイコフスキーのバレエ組曲「くるみ割り人形」から“行進曲”“こんぺい糖の踊り”“あし笛の踊り”“花のワルツ”(ロシア)。

世界各国のオペラやバレエの名曲を並べたプログラムだが、バロックから初期ロマン派までだった先週の「みんなのコンサート」と違い、比較的新しくて本来は大編成で演奏される曲が多いため室内オーケストラでそのままとはいかず、編曲を施したりカットした上での演奏となる。

京都市北文化会館は、京都市内の多目的ホールの中では比較的音が良い。

 

今日も指揮者も含めて全員が京響の黒いポロシャツを着ての登場となる。

 

三ツ橋敬子は、東京生まれ。幼い頃は医師に憧れていたが、早くから音楽の才能も示していた。東京藝術大学と大学院で指揮を学ぶ。大阪フィルハーモニー交響楽団の指揮者である角田鋼亮は大学と大学院の指揮科同期である。その後、ウィーン国立音楽大学とイタリアのキジアーナ音楽院に学ぶという、昨今の日本人指揮者の王道路線を歩み、第10回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで優勝。第9回アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールでも入賞している。
身長151㎝と小柄なマエストラである。

 

グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。木琴を足しての演奏である。勢いよく始まり、京響の美音が生きるが、やや中だるみの傾向あり。コンサート全体として緩徐部分が弱いという印象を受けた。

三ツ橋のマイクを手にしてのトーク。6歳から入場可であり、「小さなお友達」もいるため(コロナの影響で例年よりは少なめ)、三ツ橋はゆっくりと発音良く、「うたのおねえさん」的トークを行う。だが暑くてボーッとしたのか、オッフェンバックのことを「フランス生まれでドイツで活躍した」と真逆に紹介したり、幼いモーツァルトが求婚したマリー・アントワネットのことを「女王様」と言ってしまったりと、ちょっと頼りない。

 

ヴェルディの歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲。
三ツ橋は、「次はイタリアです。イタリアってどういうイメージありますか? 小さいお友達はピザって知ってるよね? あと、サッカー、は最近弱いんですけど有名です」
三ツ橋はヴェネチア在住なので、イタリアには思い入れがあるようだ。
編成が小さいので迫力は出ないが、整った演奏を聴かせる。オペラの中に出てくる形そのままではなく、サッカーでサポーターが口ずさむことでも知られる有名な旋律を中心にしたカット版での演奏。

 

オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」よりカンカン。
三ツ橋は、「天国と地獄、どちらに行ってみたいですか? 天国に行ってみたいという方。結構いらっしゃいますね。では地獄に行ってみたいという方。シーン」
その後、「天国と地獄」のあらすじや「フレンチカンカン」の説明。そして昨日の右京ふれあい文化会館での同一演目の演奏会で、「CMでも使われています」と言ったものの、実は関西地方でそのCMが流れていないことを今朝知ったという話をする。カステラと言っていたため、「文明堂」のCMであることがわかる。私は関東の出身なので、子どもの頃によく目にした。全国区じゃなかったのか。トヨタのCMでも流れていたらしいが、そちらは知らない。

これも編成の都合上、迫力には欠けるが良く纏まっている。ただ、三ツ橋の演奏を聴くと大抵いつも「良く纏まっている」という印象は受けるもそこから先に行けないというもどかしさは感じる。

 

モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲。大阪フィルと大阪新音の合唱団を指揮した「レクイエム」の演奏も優れた出来であり、三ツ橋はモーツァルトは得意としているようである。この「フィガロの結婚」序曲も、「ウキウキ」と「ワクワク」に満ちている。

 

チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」から“行進曲”“こんぺい糖の踊り”“あし笛の踊り”“花のワルツ”。
三ツ橋は、“こんぺい糖の踊り”でチェレスタという楽器が活躍するのだが、チャイコフスキーは初演を衝撃的なものにするためチェレスタの存在を隠し続けたという話をする。今日はチェレスタはなく、鉄琴2台がチェレスタが受け持つ旋律を奏でる(メインの鉄琴を奏でるのは打楽器首席の中山航介)。
“あし笛の踊り”もフルートは3本ではなく単管での演奏。

神秘的な雰囲気や華やかなど、この曲の魅力が生きているが、室内オーケストラの演奏で聴くとチャイコフスキーのオーケストレーションの巧みさがより鮮やかになる。弦楽による音の受け渡しなど、視覚的にもとても面白い。

 

アンコール演奏は、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」。コロナ自粛が始まってから配信コンサートでよく耳にする曲目である。

三ツ橋はフィンランドの紹介を行う。子ども達に、「ムーミンって知ってるかな? ムーミンの作者であるトーベ・ヤンソン(調べたところ、今日8月9日が誕生日に当たるようだ)がフィンランド人です(スウェーデン系フィンランド人であり、彼女自身はスウェーデン語を用いた)。サンタクロースもフィンランドから来ていたり。とても寒い国なんですが、シベリウスが書いた温かい音楽です。タイトルが覚えられなかったという方もいらっしゃるかも知れませんが、日本語では『祝祭アンダンテ』と言いましゅ。“言いましゅ”って言っちゃった」

室内オーケストラ編成でも演奏可能な「アンダンテ・フェスティーヴォ」。色彩を変えつつ、うねるような痛切な祈りに満ちた演奏であり、ラストでは「希望と未来への確信」が響く。やはりこうした時に聴くのに相応しい楽曲である。三ツ橋と京響の弦楽陣は小編成ながらスケールの大きな演奏を歌い上げた。

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2020年8月14日 (金)

これまでに観た映画より(197) 張芸謀監督作品「キープ・クール」

2005年10月21日

DVDで中国映画「キープ・クール」を観る。張芸謀監督作品。張芸謀というと地方を舞台にした時代劇が多いが、この作品は北京が舞台の現代劇。ブラックユーモアが効いており、かなり笑える。中国のコメディの質はあまり高くないが、この作品は合格点に達している。

原題は「有话好好说(話しがあるならじっくり話そう)」で、タイトル通り、復讐しようという側とそれを止めようとする側の攻防が主な内容だ。

極端な顔のクローズアップやカメラの揺れもあって、観ていて余り気分が良くなかったり、心理的攻防は面白いが、話し合いのシーンが長すぎるのでイライラもするなどの難点もあるが、ラストは上手く描かれており、人間ドラマとして一定水準に達している。

主演は、「紅いコーリャン」などに主演し、「太陽の少年」、「鬼が来た!」などの監督も務めた姜文と、北京にある中央戯劇学院の演技指導教授であった李保田。中国を代表する男優の対決が見物である。

余談だが、姜文の顔は近くで見ると、中村勘三郎によく似ている。

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2020年8月13日 (木)

楽興の時(38) 京都坊主BAR 「MANGETSU BAROQUE NIGHT」 ensemble kreanto(西谷玲子&中野潔子)

2020年8月4日 本能寺跡近くの京都坊主BARにて

午後7時から、元本能寺(本能寺跡地)の近くにある京都坊主BARで、「MANGETSU BAROQUE NIGHT」を聴く。普段はツーステージあるが、今日はワンステージのみである。出演は、ensemble kreanto。

ensemble kreantoは、チェンバロの西谷玲子とヴィオラ・ダ・ガンバの中野潔子によるデュオ。

西谷玲子は、京都市出身。京都市立堀川高校音楽科を経て、京都市立芸術大学ピアノ科を卒業。京都市新人芸術家選奨を受賞している。現在はJEUGIAが経営する京都音楽院の講師として活躍している。

中野潔子は、大阪音楽大学楽理科卒業後、同大学院でも音楽学を学び、現在は京都音楽院などで講師を務めるほか、ヴィオラ・ダ・ガンバのコンサートなども主催している。

 

京都坊主BARに新たに電子チェンバロが入る。私が浜松を訪れた時に訪れた浜松市楽器博物館で弾くことの出来る数少ない楽器展示だった電子チェンバロと同じ種類のものだと思われる。この電子チェンバロシリーズは、「テラの音(ね)」コンサートでも用いられたことがある。新品は高いので中古品を購入したそうだ。

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出演者が店に到着するまでに時間があったので、チェンバロで少し遊んでみる。J・S・バッハの「平均律クラーヴィア」からプレリュード、坂本龍一の「シェルタリング・スカイ」、サティの「ジムノペディ」第1番などの冒頭を弾き(暗譜していないため)、その後、即興演奏も行って遊ぶ。

 

スピーカーからはいつもバロック音楽が流れているのだが、コレッリの「ラ・フォリア」が流れたので、CDの紙ケースを見せて貰う。リコーダー:フランス・ブリュッヘン、チェロ:アンナー・ビルスマ、チェンバロ:グスタフ・レオンハルトという豪華な顔触れによる演奏である。しかしもう今では全員他界してしまった。

フランス・ブリュッヘンの実演には1度だけ接したことがある。リコーダー奏者ではなく指揮者としてである。自ら結成した十八世紀オーケストラを率いての京都コンサートホールでの来日公演。2003年のことだったと思う。民音(民主音楽協会、創価学会の運営)主催であるため、チケット不買運動が起きていた。
この時はブリュッヘンは体調不良だったようで、演目はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」と第5番という王道プログラムであったが、ブリュッヘンらしい覇気と才気には欠けていた。というわけで1980年代から90年代のような好調時のブリュッヘンの演奏には残念ながら接していない。

 

今日はマイクのセッティングがなく、出演者もマスクをしながら喋る必要があるため、説明や曲目紹介などが聞き取りにくい。ただ、いずれも馴染みのない曲が多く、曲名を紹介したところで、こちらもどういう曲なのか上手く説明出来ないため、印象のみを述べることにする。

 

西谷玲子のソロ曲目は聞き取ることが出来、J・S・バッハの「シンフォニア」よりが演奏される。西谷は「調の変化を楽しんで欲しい」と言う。「インヴェンションとシンフォニア」として学習用楽曲として有名であるが、そこは流石にバッハで、平易ではあってもシックな大人の音楽に仕上げている。京都坊主BARは町家を改造したバーであり、シンクな雰囲気がバッハの楽曲にとてもよく合う。

 

中野潔子のヴィオラ・ダ・ガンバの演奏。コロナ禍で海外旅行が出来ないため、せめて音楽の世界だけでも異国に飛ぼうということで、オランダ、イギリスやフランスなどの楽曲が奏でられる。
ガット弦を張ったヴィオラ・ダ・ガンバ(チェロの先祖に当たるが、エンドピンがなく、奏者は両足で楽器を挟んで演奏する)の音色は押しつけがましさがなく、音も漂うような雰囲気があり、光の推移の様が目に見えるかのようである。そういう点においては音楽は絵画の「印象派」を先取りしている。ドビュッシーやラヴェルの音楽は、音楽における印象派と呼ばれているが絵画の印象派とは異なる(ドビュッシーらは印象派ではなく「象徴派」と呼ぶべきだという意見もある)。クロード・モネが描こうとしたような光と時間の移り変わりは、音楽では先に達成されていると見ることも出来るのかも知れない。

 

ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロの楽曲としては珍しい現代の作品の演奏を経て、テレマンの3つあるガンバ・ソナタのうちの一つが演奏される。スケールが大きくリズミカルな曲であり、テレマン自身の自信や誇りが伝わってくるかのようである。
その後の音楽とは価値観が異なる作品が多いが、その時代にマッチし、彩ってきた音楽に触れる贅沢を感じることが出来た。

 

演奏終了後、やっぱりチェンバロを演奏してみたくなったので、先程演奏した曲に加えて、楽譜が置かれていたバッハの「インヴェンションとシンフォニア」第1曲(千葉にいた頃によく弾いた曲だが、譜面がスラスラ読めないようになって来ているので苦戦)、ベートーヴェンの「月光」ソナタの冒頭(暗譜出来ておらず、すぐに行き詰まる)、サティの「グノシェンヌ」第5番の冒頭の右手の旋律、オルガンの音も出せるので、J・S・バッハの「小フーガ」ト短調の冒頭、右手だけの部分などを弾く。もう18年もピアノに向き合っておらず、たどたどしいものにしかならないが、瞬間瞬間で浮かんでくる旋律を音に変えるという即興演奏っぽい遊びを行っている時間は、あるいは私にとって最も幸せな瞬間なのではないかと、高校生の時にふと浮かんだ思いが、デパートの屋上から上がるアドバルーンのように私の頭上でゆらゆら揺れていた。

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2020年8月12日 (水)

毎日テレビ(TBS系) ドラマ特別企画 豊川悦司&菅野美穂主演 「太宰治物語」

2005年10月10日

毎日テレビ ドラマ特別企画「太宰治物語」を見る。太宰治を演じるのは豊川悦司。トヨエツは太宰というイメージではないが、40歳前後で他に太宰が似合いそうな俳優はいないので仕方ないのかも知れない。10数年前に役所広司が太宰治を演じていたが役所広司は太宰っぽかった。
太宰に心酔し、太宰の墓の前で後追い自殺した、小説家の田中英光(代表作『オリンポスの果実』。タイトルは太宰がつけた)も登場するがこれもイメージとは大分違う。

冒頭のシーンは、例の鎌倉・小動(こゆるぎ)での心中事件のイメージから始める。しかしこれがラストまで繋がることなく途中で切れてしまうのが残念である。単なるイメージ映像になってしまっていて、伏線にも何にもなっていなかった。

物語は太宰が石原美知子(寺島しのぶ)と結婚した頃から始まる。それ以前にも太宰には、――いささか自作自演気味ではあるものの――、ドラマティックな人生があったのだが、それは割愛されている。

「富嶽百景」、『斜陽』などが主なモチーフだ。太宰が口述筆記を得意としたことなどもちゃんと描かれている。

ドラマ自体の出来は、最近のドラマにしては良い方だと思うが、ラストは物足りない。
玉川上水での入水事件は直接描かれることなく、やけに綺麗な幕切れにしてしまっていた。まるでイメージクリップのようだ。

さて、太田静子(菅野美穂)との出会い、そして、静子の日記をモデルに、太宰が傑作『斜陽』を書くまでの過程が描かれている。

小説『斜陽』の中に、主人公かず子が上原を慕って上京してきたところ、上原は取り巻きを連れてどんちゃん騒ぎをしているというシーンがあるのだが、確かに太宰と太田静子は料亭で再会しており、それが『斜陽』に投影されてもいる。ただ、『斜陽』のかず子が上原の子を宿すつもりでやって来たのに対し、静子は子供が出来たので認知してもらいに来たのである。ドラマや小説に描かれた馬鹿騒ぎもどうやらなかったようだ。

ドラマでは『斜陽』の上原のセリフをそのまま太宰に語らせている。また、その後のシーンからして、「上原=太宰」説を採っていることがわかる。だが果たしてそうだろうか。勿論、太田静子は太宰への手紙で「M・C マイ・チェーホフ」と記していることから、最初の構想では太宰は上原を自分の分身として書くつもりだったのかも知れない。しかし、太宰本人が投影されているのは、むしろ、かず子の弟である直治であることは間違いない。上原に対する攻撃と皮肉も、太宰本人の自己批判や自身のカリカチュアというより、誰か他の作家への雑言のような気がしてならないのだ。それも旧世代の作家に対する、である。

『斜陽』における上原は、聖書におけるヨゼフと好一対であり、不要な父親なのである。そして太宰はかず子に「恋と革命」を語らせる。ここに誤解が生じやすくなっているのだが、「恋」と「革命」は別のものである。「恋愛革命」を起こそうというのではない。かず子は自身をマリアとし、生まれてくる子をイエスに見立てて本当の革命を起こすことを夢見ているのである。これにはかって共産主義運動に荷担した太宰の姿が重なる。つまり太宰本人が感情移入しているのは、かず子と直治であり、視線は没落する華族の悲劇、というよりも、革命による新時代の可能性の方を向いているのである。確かに太宰は新しい女性像を描いたけれども、それは戦後を生きる女性の典型的理想像を描いたわけではないはずだ。書きたかったのは新時代への可能性の方なのだ。
そして太宰本人は新時代の作家であることを自認していたであろう。
その前に立ち塞がる旧世代の作家、笑われるべき存在である上原のモデルは本当は誰なのだろうか?

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2020年8月11日 (火)

ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮香港フィルハーモニー管弦楽団 ショスタコーヴィチ 交響曲第10番第2楽章

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これまでに観た映画より(196) 「ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記」

2020年8月3日 京都シネマにて

京都シネマでドキュメンタリー映画「ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記」を観る。沖縄テレビの平良いずみ監督作品。中学卒業後、沖縄県那覇市に移り住み、フリースクールに通う石川県珠洲市出身の坂本菜の花(本名)の姿を追うドキュメンタリーである。ナレーションは那覇市生まれの俳優、津嘉山正種(つかやま・まさね)が担当する。

「ちむぐりさ」は漢字にすると「肝苦りさ」となり、「肝(心、魂)の苦しい」という意味である。
実は沖縄方言(琉球語。ウチナーグチ)には「悲しい」に相当する言葉はないそうで、最も近い単語を探すと「ちむぐりさ」ということになる。ただ「ちむぐりさ」は私個人が悲しむということではなく、誰かの悲しみを己がこととして胸を痛めるというニュアンスであるそうだ。

坂本菜の花は、首里城の近くの沖縄料理の店に住み込みとして働き、昼間は那覇市内にあるフリースクール珊瑚舎スコーレで学んでいる。
坂本菜の花は、石川県珠洲市の旅館の家に生まれ育ったが、旅館では井戸水を使い、洗濯用の石けんも他の家とは異なるものを使っていたことから衣服の匂いが元でいじめに遭い、中学卒業後は、初めて訪れた時に「みんな明るくて好印象を持った」という沖縄に移り住んだ。ご両親がインタビューで語っているように、「逃げ」るしかなかったのだ。
一方で彼女の感性は高く評価されており、北陸中日新聞に「菜の花の沖縄日記」というコラムを連載することになる。

元々は琉球王朝が支配する、日本とは別の国だった沖縄。太平洋戦争で唯一、住民を巻き込んだ地上戦が行われた県であり、戦後はアメリカ領に。1972年に日本に復帰するが、日本における米軍基地の75%が沖縄県内に置かれることになり、今も日本本土とは別の戦後を歩んでいる土地である。

珊瑚舎スコーレは、5教科など主要教科も教えているようだが、生徒達が好きなことを学ぶというスタイルを通しているようで、坂本菜の花は美術や演劇なども学んでいる。昼間はフリースクールである珊瑚舎スコーレであるが、夜にはお年寄りが通う夜間中学となる。通ってくるのは戦時中に生まれ、学校に通う機会がなかったお年寄り達。フリースクールに通う若者と夜間中学に通うお年寄りとで協力し合っており、一緒に劇を制作したりもしている。劇の内容は夜間中学に通うお年寄り達が、戦時中に実際に体験したことであり、ノンフィクションとなるようだ。

 

首里城の正殿などが焼失した際に、本土人からの心ない書き込みも目立ったが、元々別の民族である日本人(ヤマトンチュ)と沖縄人(ウチナンチュ)の心理的距離は思ったよりも離れている。今でこそ、沖縄の大学に進む本土の人もそれほど珍しくはないが、私より一世代上までは本土の人間が沖縄の大学に進むなどということは「考えられないこと」だったようで、京都出身で琉球大学に進んだ中江裕司監督や、東京都出身でやはり琉球大学に進んだ天願大介監督(今村昌平の長男)もそのようなことを口にしていたはずである。

そして普天間基地の辺野古移設問題で、日本国政府と沖縄県は更に複雑な曲面を迎えることになる。

学校や幼稚園の上空を米軍のオスプレイやヘリコプターが低空飛行で通過し、時には落下物があり、墜落が起こることも珍しくない。学校の上空を米軍機やヘリコプターが通る際は、生徒達は避難するそうで、驚くべきことに戦中の空襲警報のようなものが今もある。そんな状況を日本政府は沖縄に押しつけているわけで、普天間の基地機能移転も「最低でも(沖縄)県外」と言っておきながら結局は沖縄から出ることはなかった。県民集会で、圧倒的多数の沖縄県人が辺野古移転に反対しても声が日本国政府に届くことはない。

沖縄に滞在する米軍は下層階級出身者も多い海兵隊であるためモラルには問題があり、坂本菜の花が沖縄にいた3年(2015-2018)の間にも米軍と米軍基地絡みの事件は次々に起こる。2016年には、うるま市で米軍関係者が二十歳の女性を強姦した上で殺害、死体を遺棄するという事件が起こる。同じ年に名護市でオスプレイが墜落するという事件があり、翌2017年には米軍ヘリが民間地に墜落する。墜落したのは牧草を育てている場所だったそうで、坂本菜の花が所有者の男性に話を聞く場面があるが、「30年間育ててきた牧草が一からやり直し」になったそうである。

翁長雄志沖縄県知事が先頭に立って辺野古移転反対を訴えてきたが、その翁長知事も癌に倒れ、志半ばで亡くなる。辺野古移転反対かそれとも容認して経済優先か、県民の民意を問う沖縄県知事選挙では翁長知事の意思を受け継ぎ、辺野古移転反対を訴えた玉城デニー知事が圧勝する。

そして辺野古移転の是非を問う県民投票が行われる。石川県に戻り、実家の旅館で働いていた坂本菜の花も沖縄に1ヶ月滞在し、選挙に協力する。投票の結果は辺野古移転反対という意見が圧倒的だったが、それで何が変わったかというと何も変わらない。坂本菜の花が生まれた石川県ではかつて内灘闘争と呼ばれる米軍砲弾試撃場反対運動があり、成功したのだが、本土と沖縄とでは違う。かつて坂本菜の花を苛んだ「いじめ」にも似た本土の沖縄に対する姿勢は今も続く。

 

坂本菜の花自身は声高らかに叫ぶことはない。あくまで穏健で、マハトマ・ガンジーの言葉(「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」)を引用し、世界を変えることよりも自身が世界に変えられないことに留意する。

ヤマトンチュである坂本菜の花が望むのは、アメリカに敗れた日本本土と沖縄の悲しみの共有である。現状では本土の人間は沖縄についてよく知らず、米軍絡みの事件が起こっても、重大事件でない限りは「沖縄のこと」としてほとんど報道もされず、されたとしてもさほど興味は持たれない。同じ日本でありながら、上下関係があり、差別がある。
坂本菜の花は3年の間に沖縄の人々が明るいのは、「明るくしないとやっていられないから」だと気付く。

 

テーマ音楽として流れるのは、上間綾乃が歌う「悲しくてやりきれない」のウチナーグチバージョンである。本当に素晴らしい選曲で、現実では達成されていないヤマトンチュとウチナンチュの心の寄り添いが、歌の中では成し遂げられている。

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2020年8月10日 (月)

配信公演 「女々しき力プロジェクト」序章 オフィス3○○(さんじゅうまる) 渡辺えり×木野花 「さるすべり~コロナノコロ~」(文字のみ)

2020年8月8日 東京都杉並区の座・高円寺1からの配信

午後5時から、e+のStreaming+で、オフィス3○○(さんじゅうまる)の公演「さるすべり~コロナノコロ~」を観る。渡辺えりが20年前に如月小春、岸田理生(いずれも現在は故人)と共に行った女性演劇人による連続作品上演企画「女々しき力プロジェクト」復活版、序章の第一弾として、座・高円寺1で行われている渡辺えりと木野花の二人芝居のオンライン生配信版である。

ヴァイオリンの会田桃子とダブルベースの川本悠自による二重奏でスタート。

木野花と渡辺えりが姉妹という設定であり、5ヶ月間の自粛が続いている東京都杉並区が舞台である。

名画「八月の鯨」をモチーフとして渡辺えりが書き下ろした新作上演であるが、時折、二人が木野花と渡辺えり本人に戻ってツッコミを入れるという場面が訪れる。演出は出演者二人が共同で行っている。渡辺えりが本を書き上げたのは7月末のことだったそうだ。

木野花がゴミ袋を両手に持ち、ゆっくりとした足取りで現れる。これについてはその直後に渡辺えりが、木野花の「毎日拭き掃除を欠かさないという人間性」を描くために冒頭にこのシーンを入れたと明かすが、これについては、木野花は「なんで舞台の上でも掃除しなきゃいけないのよ」というセリフで応える。

音楽家の二人には、「流浪の民」であり、ヒトラーに迫害されたジプシーという設定であるということを本人に述べて貰うが、音楽家、というより演技経験のない人に急にセリフを与えてもちゃんと言えるわけはないので、これに対しては木野花の「こんな棒読みでいいの?」というセリフが待ち受けている。
木野花は、「なんでミュージシャンがいるの? これ音楽劇なの?」と聞き、渡辺えりは「二人芝居で二人しかいないから、衣装替えの間なんかに一人になると場が持たない」と説明する。ただそれだけでなく、渡辺えりが歌う場面も用意されている。

渡辺えりと木野花が本人に戻って、
木野花の「『八月の鯨』やるっていうから、私受けたのよ」というセリフに始まる、作品制作の過程が述べられたり、「芝居の嘘」について語られたりする。

木野花演じる、ノノムラセツコ(漢字はわからず。「野々村節子」の可能性は高いが断言は出来ない)は、若い頃は全学連に所属し、1960年の安保闘争では国会議事堂の前で岸信介による安保改正に反対を叫ぶ女学生だったが(圧死した樺美智子を思わせる話も勿論出てくる)、同じ運動に参加していた男達に失望して、その後、魚河岸に就職。その後、63歳の時に謎のポーランド人女性(渡辺えり)に誘われて料理店を営んでいたりした。

渡辺えり演じる妹のカズコ(漢字不明)は、結婚して川崎市に住んでいるのだが、怒りっぽくなった夫に失望して家を出て、杉並にある実家に転がり込んだ。実家にはセツコが一人で住んでいる。その後、自粛期間に入るのだが、ずっとテレビを見ていなかったということもあって何のために自粛しているのかも忘れてしまっている。

「断捨離」ということで家の掃除を始めるのだが、マドレーヌこそ出てこないものの、そこで見つかったものから記憶が甦る。

二人の弟(実際は違うことが後に判明する)であるミツオの話が始まる。男前であり、明治大学法学部を出て弁護士になったが、杉並の家の前にあるさるすべりの木で首を吊って自殺している。ミツオの死に、セツコが深く関わっていたことが後に判明する。

今日はある人の誕生日であり、来訪を待っているのだがなかなかやって来ない。「来ないならこちらから出向く」ということで、場所の明示はされないが二人は劇場を訪れ、そこで行われることの素晴らしさを述べる。


「新しい演劇の誕生」というと大仰になるが、渡辺えりによる個人的な「演劇人としての生まれ直し」という意図が込められた芝居である。バースデーソングが歌われることはないが、黒澤映画「生きる」のあの場面が思い起こされたりする。

渡辺えり自身が山形での公演を観て演劇人として生きる決意を固めたというテネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」や同じく「欲望という名の電車」を始めとする様々な演劇作品へのオマージュが鏤められており、二人の演劇に対する愛情に溢れた愛らしい作品に仕上がっている。ただこれは「戦い」の作品でもあり、この国が浸食され続けている「アメリカ的なるもの、特に負の部分」と「その傀儡」に対しての確固たる決意表明であるようにも感じられた。

時折、映像が止まることもあったが、基本的には画質も音質も素晴らしく、日本人の持つ技術力の高さに勇気づけられる公演でもあった。


渡辺えりが演劇人として脚光を浴びたのは1980年代である。野田秀樹、鴻上尚史、川村毅らと共にアングラ第三世代に区分されるが、少なくともアンダーグラウンド演劇界隈では最も注目された女性劇作家であり、演出家である。当時の演劇界は今よりもずっと男性上位世代で、劇団3○○の稽古を見に来た他の劇団のメンバーが、3○○の団員(豊川悦司らがいた)に向かって、「お前らよく女の指示なんか聞いてられるな」と嘲るように言ったという話が残っている。だがその後、渡辺えり(その頃は渡辺えり子という名だったが)は豊川悦司を日本を代表する俳優に育て上げ、宇梶剛士を更生させるなど演劇界に多大な貢献を行っている。
21世紀になっても日本の演劇界における男性上位は続いているが、「女々しい」という言葉を逆に捉えて、演劇の再生を試みる企画が船出を迎えた。

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配信公演 藤岡幸夫指揮 山形交響楽団 「山響ライブ特別企画公演」(文字のみ)

2020年8月6日 山形テルサホールからの配信

今日はクラシック専門配信サービスのカーテンコールで山形交響楽団の演奏会の配信がある。YouTubeでは広島交響楽団の平和の夕べコンサートの中継もあるのだが、曲目が魅力的なため、山形交響楽団を選ぶ。

「山響ライブ特別企画公演」と銘打たれたコンサート。指揮は、関西フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者と東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の首席客演指揮者を務める藤岡幸夫。山形テルサホールでの演奏会である。


曲目は、シベリウスの「クリスティアン2世」より“夜想曲”、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:田部京子)、シベリウスの交響曲第3番。


午後7時開演だが、午後6時50分頃から、山形交響楽団専務理事の西濱秀樹のプレトークが始まり、カーテンコールでの配信の他に、藤岡幸夫が司会を務めるBSテレ東の「エンター・ザ・ミュージック」の収録があることが告げられる。

その後、藤岡も呼ばれて西濱との二人でトーク。西濱は山形交響楽団に来る前は関西フィルハーモニー管弦楽団の事務局長を務めており、関西フィルに藤岡を招いたのも西濱だという。

藤岡は、「西濱さんとは20年来の付き合い」「僕の暴露本書ける」と言い、「一緒に新地に遊びに行ったこともある」と語るが、配信があるため、新地の話は西濱からNGが出る。

シベリウスの「クリスティアン2世」は、聴いたことのある人がほとんどいないだろうが、素晴らしい曲だと藤岡は語る。藤岡は渡邉暁雄の愛弟子であり、シベリウスを得意としている。関西フィルとは1年にシベリウスの交響曲1曲という全曲演奏会を7年がかりで行っている。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番のソリスト、田部京子は叙情的な作品を得意とするピアニストで、藤岡幸夫とは吉松隆繋がりでもある。
日本人女性ピアニストは、「話すと面白い」人が案外多いのだが、田部京子は本当に育ちの良さを感じさせるピアニストである。藤岡も西濱も田部の気品について触れ、藤岡は「僕は汚れまくっている」と語る。

シベリウスの交響曲第3番。ドイツにおけるシベリウスの紹介者であったヘルベルト・フォン・カラヤンが唯一取り上げなかった曲としても知られている。

藤岡がシベリウスが愛娘を亡くしたことについて語り、気分を変えるためにイタリアに旅行に行った結果、完成したのが交響曲第2番だと説明し、愛国的精神の発露と語られるこの曲が実際は個人的な思いによって書かれたと語る。だが交響曲第2番だけでは娘の死を乗り越えることは出来ず、交響曲第3番でも娘の死と向き合うことになったと解説した。シベリウスの交響曲とは「特別な」「異常な」音楽であり、他の誰にも似ていないことを藤岡は強調する。
交響曲第1番と第2番に関してはチャイコフスキーからの影響が指摘されることがあるが、第3番からは本当に独自の路線を歩むことになる。

藤岡は、「シベリウスというと、静かで真面目なイメージあるでしょ? 全然そうじゃなかった。酒好きで遊び好きで、『お前(遊びをやめるため)田舎に引っ越せ』と言われて引っ越すんだけど、ヘルシンキのバーに行って3日間帰ってこないだとか。酔って暴れて逮捕されたりだとか。浪費家、贅沢好きで借金まみれだとか。それで凄いのは周りから嫌われなかったということ」

西濱が、前回のベートーヴェン交響曲スペシャル第2弾では、聴衆が「ブラボー」ボードを掲げ、最後は指揮者の阪哲朗が「感謝」と書かれたボードを拡げたことを話す。藤岡は、「何も用意してないや」と語った。


ドイツ式の現代配置での演奏である。藤岡はコンサートマスターやフォアシュピーラー、ソリストと握手ではなくエルボータッチを行う。


シベリウスの「クリスティアン2世」より“夜想曲”。今日も真夏日であったが、シベリウスの曲は凜として透明感に溢れ、聴く清涼剤、音によるクーラーである。本当に体に自然に馴染む音楽だ。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。トランペットやホルンはナチュラル仕様のものを用い、ティンパニもバロックスタイルが採用される。HIPによる演奏だが、特に強調はせず、自然体である。藤岡の指揮ということもあり、ロマンティシズムよりもしなやかさが目立つ。
田部京子のピアノもまた涼しげでクリアな響きを紡ぐ。思いのほか構築感のある演奏でもある。清々しいピアニズムであるが、熱気をはらんでもいる。アルフレッド・ヒッチコックがグレース・ケリーを評した「雪を頂く活火山」という言葉が浮かんだ。
ベートーヴェンの若々しさと精神的な成熟が同時に感じられる曲と演奏である。


休憩時間には、カーテンコールの酒井さんと西濱さんのトークを経て、コロナによって山形交響楽団がリハーサルは行ったのに本番が行えなくなった様に始まり、カーテンコールによって配信された山形交響楽団の複数の演奏会の映像が流れる。カーテンコールの画と音が飛躍的に良くなっていることも確認出来る。


シベリウスの交響曲第3番。民族舞踊のような旋律で始まる曲だが、この部分が「ちょいダサ」にも感じられるため、カラヤンの美意識に反した可能性が高いと思われる。
しかしその後に強烈な広がりと内省的な旋律が繰り返され、異世界へと誘われていく。

シベリウスを得意とする藤岡と、シベリウスに合った音色を持つ山形交響楽団の相性も良く、透明感溢れる音の風が吹きすぎていく。

第2楽章の寂寥感の表出も優れており、音響もマジカルなレベルに達している。
第3楽章の前衛志向の響きとダイナミズムを兼ね備えた疾走感も素晴らしい。曲が終わっても走り続けていくであろう音楽の予感がある。


今日も客席には、「Bravo!」ボードが掲げられ(サッカーのサポーターのタオル応援に影響を受けてか、「Bravo!」タオルを作る予定もあるそうだ)、藤岡も「やられたらやり返す! 文字返しだ!」ということで(?)前回、阪哲朗が拡げた「感謝」ボードで応えていた。

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2020年8月 9日 (日)

中川裕貴 「アウト、セーフ、フレーム」

2020年7月31日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後7時から、ロームシアター京都サウスホールで中川裕貴(なかがわ・ゆうき)の「アウト、セーフ、フレーム」を聴く。
中川裕貴は京都市在住の音楽家。チェロの演奏や作曲を行い、パフォーマンスの演出も手掛ける。今回はコンサートとパフォーマンスの境界にある作品の上演である。

ロームシアター京都での公演に接するのは久しぶり。チケットの払い戻しなどで訪れたことはあるが、公演に触れるのは、今年1月18日の室内オペラ「サイレンス」が以来であり、半年以上の月日が経過している。

新型コロナ対策として、入場時の検温があり、アルコール消毒も各所で行えるようになっている。無料パンフレットは自分で取る。
ロビー開場は混雑を防ぐために30分前から1時間前に前倒しになる。

入場者を絞っての公演。全席自由であるが、中央通路より前の席は取り外し可であるため、椅子のある列の前の列の席は全て取り払われて一列置き、横も二つ分の椅子が外されて、「点在する」ように見える状況となっている。

 

出演は中川裕貴の他に、菊池有里子、横山祥子、出村弘美、穐月萌、武内もも(劇団速度)。サウンドデザイン&ライブカメラ:荒木優光。チェロ自動演奏プログラミング:白石晃一。

中川裕貴がマイクを手に登場し、挨拶を行うが、この時からパフォーマンスは始まっている。

4つの部からなり、第1部は「声/性Ⅰ」、第2部は「私たちとさえいうことができない私についてⅣ」、第3部が「Blowwwise with Automatic Play」、第4部が「声/性Ⅱ featuring かっぽれ」である。

中川はまず「音脈分凝」について解説する。本来は音として同一であるものを聴き手が無意識に複数の音脈として聞き分けることになるという現象である。中川は「音脈分凝」の漢字を説明する際、「分」は「4分33秒の分」というなどのギミックを用いる。

また中川は、擬音についても語る。馬の走るギャロップの音、「パッカパッカ」、小さな「ッ」は文字としてはあるが、実際の音となると繋ぎの音で発せられているとは言えない。「パ」と「カ」の二つの音が擬音として用いられているのだが、それは「パッカパッカ」が馬の足音として広く認識されているから何の音か分かるということでもある。また「パ」と「カ」の音に開きがあり過ぎても近過ぎても二つの音として聞こえない。別の音として認識されることも重要になってくる。

無料パンフレットに中川は、「直接的でないこと」、「抽象」、「距離」などをテーマとして記しており、ソーシャル・ディスタンスの時代の音楽を意識していることが窺える。

 

第1部では、予め録音された電子音などが流れる中、女性が二名ほど、一人ずつ登場して、言葉らしきものをマイクに向かって語る。日本語を逆再生した言葉なので意味は分からないのだが、認識出来る単語が浮かび上がる瞬間がある。
その間、中川はチェロで形にならない旋律のようなものを弾いている。「魔笛」の夜の女王のアリア「復讐の心は炎と燃え」のコロラトゥーラの場面に似た旋律も登場するが、意図したのかどうかはわからない。
やがてピアノとヴァイオリンが登場し、ピアノ三重奏となるが、最初の内はヴァイオリンとチェロはピッチカートの演奏を繰り返す。
その後、ピアノが民族舞踊の音楽のような旋律を弾き始め、ヴァイオリンやチェロもメロディーを弾き始めて広がりが生まれる。

 

第2部は更に聴きやすい音楽となるが、中央通路に巨大スピーカーが現れて、和音を響かせる。ステージ上とスピーカーの音は寄り添っては離れる。

 

第3部は、チェロを打楽器として使う試み。壊れたチェロが機械音を奏で、中川はチェロを叩く奏法でそれに応えていく。壊れたチェロは三拍子を刻み始める。
再び巨大スピーカーが現れ、今度はノイズを放つ。
第3部はちょっと長かったかも知れない。

 

「共鳴」と「分離」とその「境界」について考える。例えば「音楽」と「雑音(ノイズ)」について。現代にはノイズミュージックというジャンルがあるが、では、どこまでが音楽でどこからがノイズなのだろうか。勿論、答えは多様である。虫の音を音楽と聞くのは日本人だけという説があるが(実際はそうでもないという意見もある)、この「境界」も受け手が個々に判断すべきものである。「境界」を設けなくても当然ながら良い。

 

第4部は、「かっぽれ」の音楽である。無料パンフレットには、伊福部昭の随想『声無哀楽論』の中に、1934年の東郷平八郎の国葬の際に、アメリカから追悼音楽・演奏としてなぜか「かっぽれ」が届いたという話が載っていたことが紹介されている。中川はアメリカ人は「かっぽれ」を葬送に相応しい音楽と捉えたのではないかと推理しているようである。

日本人は「かっぽれ」がどこで歌われる曲が知っているため、音楽を聴くと背景が浮かぶが、何の知識もなかった場合は、あるいは別種の音楽と捉えられる可能性はありそうである。また、マーラーの交響曲第1番「巨人」の第3楽章のように悲哀と俗っぽさは一体になる場合もある。

日本的な旋律をピアノとヴァイオリンが奏でる中、中川のチェロは馬のいななきのような音を繰り返す。

こんなことを思い出す。古語の「かなしい」は今でいう「かなしい」とは違い、感情が大きく動いた時に用いる言葉であった。有名な東歌「多摩川に晒すてづくりさらさらになんぞこの児のここだかなしき」の「かなしき」は愛おしいという意味である。
最も感情が動くのはいわゆる「悲しい」時なので意味は固定されたのだが、本来は一体のものという認識があり、語り手と受け手が選ぶものだったのだ。

今日のこの催しも聴き手に委ねた余白の部分があり、そこに広がりと多様性が存在していたように思う。単純に成功とはいえないかも知れないが、豊穣さは確かにある。

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だが、それらの思念を超えて最も心に響いたのは、単純に「生のピアノの音が聴けた」ということである。体がアコースティックなピアノの音を欲していたのだ。やはり私の楽器はピアノなのである。

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コンサートの記(646) 春秋座室内楽公演「デュオの妙」2005 鈴木大介(ギター)&亀井良信(クラリネット)

2005年10月1日 京都芸術劇場春秋座にて

京都芸術劇場春秋座で、室内楽公演「デュオの妙」を聴く。ギタリスト・鈴木大介と、クラリネット奏者・亀井良信のデュオ。

ギターとクラリネットのための曲というのは、ほぼ皆無に等しいので他の楽器のために書かれた曲の編曲が中心である。
J・S・バッハの「インヴェンションとシンフォニア」のデュオや、シューベルトの「アルペジオーネ・ソナタ」の編曲など、曲目も面白い。
特にクラリネットは超絶技巧の連続なのがわかる。指使いが尋常ではない。

「アルペジオーネ・ソナタ」はチェロやヴィオラ、ピアノの伴奏で演奏されることが多いが、クラリネットで演奏すると音色が明るいこともあって、夢見るような心地良さを感じることが出来る。

そういえば、最近、シューベルトの音楽に急速に惹かれるようになっている。前から良く聴いてはいたが、自然とシューベルト作品のCDに手が伸びるようになったのは最近だ。シューベルトは31歳で早逝した。私も今年で31歳(2005年当時)。同年齢に達しようとしているが故に惹かれるのかどうか、それはわからないけれども、シューベルトの心境が何の理屈もなくわかるようになって来ている。

後半はアメリカの現代作曲家、エリオット・カーターのクラリネットソロ作品でスタート。クラリネットから硬質な響きや、サキソフォンのような音が出たりする。クラリネットの性能を追求した曲だ。興味深い。もう一度聴きたいとは思わないけれど。

次いで、プーランクの「ホルン、トランペットとトロンボーンのためのソナタ」を、クラリネットとギターで演奏するなど、無茶なことをしたりする。でもちゃんと聴かせてしまうのだから大したものだ。

アンコール演奏は2曲。ショーロというブラジルの大衆音楽からの1曲と、二人の共通の友人であるフルーティスト・荒川洋の作曲した、いずれもクラリネットとギターのための曲を演奏する。オリジナルだけに無理がない。いい音楽だ。

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2020年8月 8日 (土)

コンサートの記(645) 松本宗利音指揮 京都市交響楽団 みんなのコンサート2020「世界の名曲!名曲セレクション」@京都市東部文化会館

2020年8月2日 山科区椥辻の京都市東部文化会館にて

山科へ。椥辻(なぎつじ)にある京都市東部文化会館で、京都湖交響楽団 みんなのコンサート2020「世界の名作!名曲セレクション」を聴く。指揮は期待の若手、松本宗利音(しゅうりひと)。

松本宗利音は、1993年、大阪府生まれ。名前は、往年のドイツの名指揮者、カール・シューリヒトから取られたものであり、実はカール・シューリヒト夫人の命名によるものだという。
幼少期から相愛音楽教室(浄土真宗本願寺派の大学で音楽学部のある相愛大学附属の音楽教室)、センチュリー・ユースオーケストラなどで特にヴァイオリンに打ち込む。
高校は京都市堀川音楽高校に進学。その後、東京藝術大学音楽学部指揮科に入学し、最優秀で卒業。最優秀の証であるアカンサス賞を受賞している。藝大在学中には、ダグラス・ボストックやパーヴォ・ヤルヴィといった世界的名指揮者のマスタークラスも受講している。
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の指揮研究員を経て、2019年に札幌交響楽団の指揮者に就任。藝大の同期である太田弦らと共に、日本人の20代男性指揮者を代表する存在である。

 

曲目は、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲、J・S・バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」(「G線上のアリア」)、ベートーヴェンの交響曲第5番から第1楽章、メンデルスゾーンの劇付随音楽「真夏の夜の夢」から“夜想曲”、ヘンデル(サー・チャールズ・マッケラス編曲)の「王宮の花火の音楽」

上演時間1時間弱、聴衆の数を絞り、客席は左右の席2つ分を空けてソーシャル・ディスタンスを保つ。舞台上もソーシャル・ディスタンスを守るが、東部文化会館などの京都市内の多目的ホールはステージが狭いため、今日は第1ヴァイオリン4、第2ヴァイオリン3、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが各2という室内オーケストラ編成での演奏となる。
管楽器奏者の前には透明のアクリル板が立てかけてあり、飛沫が弦楽器奏者の方に飛ばないよう工夫されている。
入場前に手のアルコール消毒と検温があり、チケットは自分でもぎって半券を箱に入れる、無料プログラムも自分で取るというコロナ対策が施されていた。

今日は指揮者の松本宗利音も京響の楽団員も全員京響の黒いポロシャツを着ての演奏である。コンサートマスターは泉原隆志。弦楽器はワントップの編成で、最前列は距離を置いた弦楽四重奏編成である。曲目はバロックから初期ロマン派までと比較的古めの曲が並ぶため、ティンパニはバロックタイプのものが用いられていた(打楽器首席指揮者・中山航介)。

 

モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲。松本は若々しさを表に出した爽快な演奏を行うが、室内オーケストラ編成で響かない多目的ホール、しかもコロナ対策で隙間を空けざるを得ない布陣ということで音に密度が欠けてしまう。松本が若いということもあって陰影も十分とはいえないが、指揮者の世界には「40、50は洟垂れ小僧」という言葉があり、20代で優れた演奏を行える指揮者は極々まれである。近年、20代で頭角を現した指揮者は、ダニエル・ハーディング、ミッコ・フランク、グスターボ・ドゥダメルぐらいだと思われる。ちなみに山田和樹がオンライン講座で話していたが、ダニエル・ハーディングは現在、パイロットの免許を取るために奮闘しているそうである。
松本は、木製と思われる指揮棒を使用していたが、背景に溶けて指揮棒ははっきりとは見えない。

その後、松本がマイクを手にトークを行うのであるが、「きょうと……、京都こうきょう……、京都市交響楽団の」と何度も噛むなどまだ慣れていない様子である。「高校時代は京都で学んでいましたので、東京のオーケストラを振る時とはまた違った緊張感があります」
松本は、「ドン・ジョバンニ」序曲の半音進行の魅力についても語った。

 

バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」。弦楽のみの合奏である。松本は弦楽のみの楽曲を指揮する時はノンタクトで振る。
演奏前に、「G線上のアリア」というヴァイオリン独奏編曲について述べ、コンサートマスターの泉原に実際にG線を弾いて貰う。
しっとりとした明るさのある演奏で、松本の基本的に陽性な音楽性がよく生きていた。
ただまだどちらかというと京響の色彩の濃い演奏ではある。

 

ベートーヴェンの交響曲第5番。誰もが知っている曲であり、ありふれすぎていて、松本も「ああ今日は『運命』が聴きたいと思う日はない」そうであるが、聴くたびに発見のある曲だとも述べ、家に帰ったら4楽章通して聴くことを聴衆に勧める。またボイジャーに「運命」の音盤が搭載されているという話もしていた。

松本は指揮棒を振り下ろして止め、もう一度上げようとするところで運命主題が奏でられるという振り方を採用。一拍目が休符であるため、合わせるのが難しい冒頭であるが、そのため振り方は指揮者によって各人各様であり、音が4つしかないために指揮者の個性が最もはっきりと出る部分である。
編成が小さいため、押しが弱いが、スマートな第5が展開される。流石にハーディングでもドゥダメルでも20代の内にベートーヴェンの交響曲で誰もが認めるような超名演を成し遂げたことはなく、若手の名演を期待する方が無理な曲でもある。

 

松本の良さが最も良く発揮されたのは、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」から“夜想曲”とヘンデル(サー・チャールズ・マッケラス編曲)の「王宮の花火の音楽」序曲という。最後の2つの曲である。

“夜想曲”では雰囲気作りが抜群であり、富豪の息子として生まれたメンデルスゾーンの上品さがよく出ている。ホルン首席の垣本昌芳のソロが実に上手い。

ちなみに松本はシェイクスピアの「真夏の夜の夢」を読んだことはあるのだが、「複雑すぎて内容を説明出来ません」ということで読むことも勧めないそうだ。

「真夏の夜の夢」は、大阪芸術大学舞台芸術学科の卒業公演をシアター・ドラマシティで観たことがあるのだが、役が付かなかった人が全員がいたずら好きの妖精であるパックを演じるという、芸術系大学ならではというかなんというか、風変わりな上演であった。

 

ヘンデル作曲、サー・チャールズ・マッケラス編曲の「王宮の花火の音楽」序曲。
「王宮の花火の音楽」は、「水上の音楽」と並ぶヘンデルの機会音楽の代表作。野外での演奏用に書かれているため、編成がかなり大きいが、オーストラリア出身で欧州楽壇の重鎮でもあったサー・チャールズ・マッケラスがコンサート用に編曲した版での演奏である。
日本屈指の輝きを誇る京都市交響楽団のブラス陣が実力を遺憾なく発揮。中山航介によるティンパニの強打も効果的で、典雅且つ豪勢な演奏となった。

 

アンコール演奏は、チャイコフスキーの弦楽セレナードより「ワルツ」。瑞々しい演奏である。ロシア出身のチャイコフスキーだから北国である札幌のオーケストラで活躍する指揮者の演奏が似合うということはないと思うが、「ワルツ」に関しては北海道の情景が浮かぶような音楽であることは確かである。北海道大学のポプラ並木などは、この曲にとても合うはずである。

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2020年8月 7日 (金)

スタジアムにて(25) J2 京都サンガF.C.対FC町田ゼルビア@サンガスタジアム by KYOCERA 2020.8.2

2020年8月2日 JR亀岡駅前のサンガスタジアム by KYOCERAにて

今日もサンガスタジアム by KYOCERAで京都サンガF.C.の試合を観戦する。今日は東京都町田市を本拠地とするFC町田ゼルビアとの対戦。午後6時33分キックオフ。

FC町田ゼルビアは、2012年に初めてJ2リーグでの戦いに挑んだ若いチーム。翌年にJFL降格を味わったりしたが、以後はJ3昇格を経てJ2を主戦場としている。J1昇格経験はまだない。

前回、前々回と、メインスタンドで観戦したわけだが、今日は敢えてバックスタンドの3階席を選ぶ。オープニングマッチはバックスタンドの3階席で観たわけだが、臨場感は2階席に劣るものの、ピッチ全体を見渡すことが出来るという利点がある。テレビ中継で観るアングルに近く、馴染みやすいということもある。記者席は「一般の観客を優先させる」という理由でピッチからは遠めのメインスタンド2階席後方と3階席に置かれているが、2階席の前の方は臨場感は抜群だがファーサイドが良く確認出来ない場合もあり、記事を書いたりスコアを付けたりする上では2階席後方や3階に記者席を置いた方が有効だと思われる。

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試合であるが、ボールキープ率はサンガF.C.が圧倒しているが、ゴール前でチャンスを作る回数はほぼ同等。ペナルティーエリアの中でのシュートに限ると町田の方が多い。サンガもシュートは放つが、いずれもペナルティーエリアの外からであり、庄司のゴールバーのわずかに上を越える惜しいシュートなどもあったが、両チームとも最後の最後が上手くいかず、スコアレスのまま前半を終える。

蒸し暑いため、スポーツドリンクの500ミリリットルのペットボトルを2本入れてスタジアムに入ったが足りず、ハーフタイムにコンコースにある売店で再びスポーツドリンクを購入する。

78分に、サンガは波状攻撃を行い、ヨルディ バイスが浮かせたボールが相手ゴール内に吸い込まれる。サンガイレブンはメインスタンドの前でかめはめ波(?)のゴールパフォーマンスを行うが、町田の選手達が主審に抗議。仕草から、ボールがゴールに入る直前に、サンガの金久保が脚を上げてキーパーの動きを妨害したのではないかというものだったと思われる。主審はゴールの判定をしていたのだが、副審に確認。結果としてゴールが取り消されるのであるが、理由はファウルではなくてオフサイドであったということが家に帰ってからわかる。明らかに相手チームの仕草とは違い、説明もなかったのでどういうことなのかスタンドのほとんどの人はわかっていないようだった。

だが、サンガはゼルビアイレブンが油断していると見抜き、リスタート後にすぐに相手ゴールに向かってここぞとばかりに猛攻を仕掛ける。ウタカのシュートを相手キーパーが弾いたところを詰めていた金久保順がゴール右隅に突き刺し、今度こそ文句なしのゴールを決める。

再びメインスタンド前でのサンガイレブンのパフォーマンス。金久保とその周りを半円形に取り囲んだ選手達が全員で四股を踏み、金久保がかめはめ波なのか突き出しなのかは判然としないがポーズを取ると他の選手達が後ろ向きに倒れる。

残り5分となったところでサンガはウタカら3人を下げて最終ライン6人という超守備的布陣を採用し、逃げ切りを図る。アディショナルタイムは7分、その間のほとんどの時間がサンガ陣内での攻防となり、たまにゼルビア陣内にボールが飛んでもサンガの選手達は上がろうとしない。

一方的に攻めさせるという作戦であるため、試合展開としては余り面白くない上にハラハラさせられるが、町田ゼルビアの選手達の上がり自体は序盤から余り速くはなかったため、専守防衛作戦が成功。1-0で京都サンガF.C.がFC町田ゼルビアを下した。

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2020年8月 6日 (木)

美術回廊(55) 京都国立近代美術館所蔵作品にみる「京(みやこ)のくらし――二十四節気を愉しむ」

2020年7月31日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡崎にある京都国立近代美術館で、京都国立近代美術館所蔵作品にみる「京(みやこ)のくらし――二十四節気を愉しむ」を観る。

新型コロナウィルスにより、多くの行事が流れてしまった京都。その京都の四季の彩りを再確認するために京都国立近代美術館所蔵品を中心として開催されている展覧会である。

階段を上ると「晩夏」から、エレベーターを使うと「初夏」の展示から観ることになる展覧会。階段を使って「晩夏」より入る。

四季を更に細分化した二十四の季節を持つ日本。古代中国由来なので、必ずしも今の暦と符合するわけではないが、恵みと脅威を合わせ持つ自然に対する細やかな意識が察せられる区分である。

 

階段を上がったところに、北沢映月の「祇園会」という屏風絵が拡げられている。1991年に京都国立近代美術館が購入した絵だ。「小暑」の区分である。
京舞を行っている母親をよそ目に、祇園祭の鉾の模型で二人の女の子が遊んでいる。一人は鉾を手に転がそうとしているところで、もう一人はそれを受け止めるためか、片手を挙げている。動的な絵である。

不動立山の「夕立」は、おそらく東本願寺の御影堂門と烏丸通を描いたと思われる作品である。昭和5年の作品なので、京都駅は今のような巨大ビルではないし、京都タワーもなかったが、それを予見するかのような高所からの俯瞰の構図となっている。これは不動茂弥氏からの寄贈である。

「大暑」では、丸岡比呂史の「金魚」という絵が出迎える。昨日観た深堀隆介の金魚とは当然ながら趣が異なり、愛らしさが前面に出ている。

同じタイトルの作品が並んでいるのも特徴で、「処暑」では、福田平八郎の軸絵「清晨」(どういう経緯なのかはよく分からないが、旧ソヴィエト連邦からの寄贈)と深見陶治の陶器「清晨」が並んでいる。趣は大分異なるが、各々が感じた朝の気分である。

具体美術協会を起こしたことで知られる吉原治良(よしはら・じろう)の作品もある。「朝顔等」という絵だが、朝顔の周りに海産物が並べられており、海は描かれていないが海辺であることが示唆されている。夫人による寄贈。

 

「立秋」にはこの展覧会のポスターにも使われている、安井曾太郎の「桃」が展示されている。邪気を払う特別な果物だ。

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「中秋」では、京都画壇を代表する女性画家である上村松園の「虹を見る」(文化庁からの管理換)という屏風絵が素敵である。虹は右上に小さく描かれ、それを若い女性と母親と赤ん坊が見上げるという作品であるが、虹がまだ何かもわからない年齢なのに惹かれている赤ん坊が特に印象的である。

「秋分」では、小川千甕(おがわ・せんよう)の「田人」という作品が「その先」の想像をくすぐる出来である。2001年度購入作。

俳優の近藤正臣の親族としても有名な陶芸家の近藤悠三の作品もある。堂々とした作風である。

 

坂本繁二郎の「林檎と馬齢著」(立冬)。全く関係ないが、最近観た見取り図の漫才ネタを思い出す。

 

秋野不矩の「残雪」(「初春」。1985年に作者が寄贈)。これも関係ないが中国を代表する前衛小説家の残雪の作品を最近は読んでいない。急に読んでみたくなったりする。

「仲春」には花と蝶を題材にした絵画が並ぶ。久保田米僊(くぼた・べいせん)の「水中落花蝶図」、枯れて水面に落ちた花弁と、その上を舞う蝶が描かれており、動物と静物、しかも盛りを過ぎた静物との対比が描かれている。2005年度購入作。

 

「春分」には今も花見の名所として名高い円山公園を描いた作品がいくつか登場する。

「晩春」では、藤田嗣治や長谷川潔が手掛けた「アネモネ」という花の絵が美を競っている。アネモネは色によって花言葉が違うようだが、調べてみると紫のアネモネの花言葉は「あなたを信じて待つ」であり、赤のアネモネの花言葉は「辛抱」であった。

 

「立夏」には葵祭を題材にした伊藤仁三郎の絵が2点(2002年寄贈作品)並び、苺の収穫を描いた小倉遊亀(寄託作品)の作品もある。

「夏至」には千種掃雲の「下鴨神社夏越神事」(2005年度寄贈)、更に美術の教科書によく作品が登場する安田靫彦の「菖蒲」(2000年度購入)などがある。

 

そして階段から入った場合、最後の展示となるのが川端龍子(かわばた・りゅうし)の「佳人好在」(1986年度購入)。佳人(美人)の部屋を描いた作品だが、佳人は登場せず、並んだ小物などから佳人の人となりを想像させる絵となっている。これが今日一番気に入った絵となった。これぞまさに「不在の美」である。

 

京の行事はこの一年、ほぼ全て幻となってしまったが、展示された美術作品の数々の中に、悲しみと同時に希望を見出すことになった。
「京都は京都」幾多の災難を乗り越えた街であり、いつかまたこれらの作品に描かれているような愉しみが復活するのは間違いないのだから。

 

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2020年8月 5日 (水)

京都芸術センター ティディエ・テロン 「ラスコリニコフの肖像」

2005年8月28日 京都芸術センターフリースペースにて

京都芸術センターのフリースペースで、フランス人のダンサー、ディディエ・テロンの公演がある。テロンは今年5月に、アトリエ劇研で行われた、「GEKKEN dance selection」にも参加しており、詰め襟の学生服を着たユニークなダンスで会場を沸かせている。
今回、テロンが演じるのは、「ラスコリニコフの肖像」という作品。なによりもタイトルに惹かれる。というより、タイトルが気になって見に行ったようなものだ。ラスコーリニコフ(ドストエフスキーの『罪と罰』の主人公)は、私がもっとも関心を寄せている小説中の人物の一人である。

「ラスコリニコフの肖像」の上演時間は25分ほど。テロンは滑らかで勢いのある「動」の部分と、緊張感漲る「静」の部分を演じ分ける。ノイズが観客の耳の中に入り込んできて、ラスコリニコフの焦燥感が、こちらの心にもダイレクトに伝わるかのようだ。もちろん、テロンのことなので、ユーモアにも欠けていない。
そして、突然、ノイズをかいくぐるように、J・S・バッハの『マタイ受難曲』の冒頭部分、「来たれ、娘達よ。我とともに嘆け」が流れ始め、やがてその曲が会場を支配する。殺人を犯した自分への慰めなのか、救いの響きなのか。

『罪と罰』という小説の中で、最も印象深かった、大地への口づけのシーンがあったのかなかったのかはわからない。それらしいシーンはあったが、あくまで、「それらしい」シーンであった。ただ、それが大地への口づけでなかったとしても、慚愧と悔恨の(ような)感情は上手く表現されていたと思う。

ラストでジーン・ケリーの「雨に唄えば」が流れるのは、少々、能天気な気がするが、演出意図はなんとなくわかる。


舞台公演を観るというのは疲れるものだ。何といっても舞台上から演じ手のエネルギーがビュンビュン飛んでくる。それを受け止めなけれならない。当然、こちらにも相応のエネルギーは必要であり、疲弊する。

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野田秀樹の「赤鬼」初演時映像を観て

2005年8月26日

ビデオで、野田秀樹作・演出の「赤鬼」を観る。1996年、東京・渋谷にあったパルコ・スペース・パート3での初演時の収録。出演は、野田秀樹、富田靖子、段田安則、アンガス・バーネット。野田とアンガスは、野田がイギリス留学時に参加したサイモン・マクバーニーのワークショップで出会ったそうだ。
異人種との間に横たわる溝を、都市伝説「ウミガメのスープ」などを絡めながら描く。

96年に季刊誌「せりふの時代」が刊行されたが、その時に読んで、大変な感銘を受けた作品である。

ただ、野田作品の常として、戯曲を読んだときの方が、実際に舞台を観たときよりも面白い。「オイル」なども文藝春秋に掲載された戯曲を読んだ時は興奮したものだが、実際に近鉄劇場で舞台を観たときは、「何か違うな」と思ったものだ。

野田、富田、段田の、「田」トリオは一人が何役も演じ分ける。アドリブがビシバシ飛んでいるのがわかる。
早口でセリフは聴き取りづらいし、アンガスもどうやら何語ともつかない言葉を喋っているようだ。英語だと何を言っているのか観客にある程度わかってしまって、「異」が後退してしまうためだろう。

戯曲を読むと解るが、マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の有名な演説、「Ihave a dream」が用いられている。

ポルトガルの宣教師の来日、鎖国時代の日本、黒船の来航、「鬼畜米英」に至るまでの様々な歴史がセリフ裏にこだまする。
「異」との折り合いの付け方は単に国際的なものではなく、同じ日本人の中での「異」、そして自分の中の「異」にまで及んでいるような深さが感じられる芝居である。

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2020年8月 4日 (火)

美術回廊(54) 大丸京都店6階大丸ミュージアム〈京都〉 「金魚絵師 深堀隆介 金魚愛四季(いとしき)」

2020年7月30日 大丸京都店6階大丸ミュージアム〈京都〉にて

大丸京都店6階にある大丸ミュージアム〈京都〉で、「金魚絵師 深堀隆介 金魚愛四季(いとしき)」を観る。一部写真撮影可。

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深堀隆介(ふかほり・りゅうすけ)は、1973年愛知県生まれ。愛知県立芸術大学美術学部デザイン・工芸専攻学科を卒業し、画家としての活動を始めるが、2000年に制作に行き詰まり、「もうアートなんてやめよう」と思った時に、7年間粗末に扱っていた金魚が目に入り、金魚を題材にした作品の制作を始める。深堀はこの体験を「金魚救い」と呼んでいるようだ。

新しいことをしようということで深堀は、樹脂に金魚の絵を描き、その上に更に樹脂を重ねることで立体感と水の中に浮かぶ感じを生み出した。絵画と彫刻の中間にある新しいアートである。

作品であるが、ぱっと見はリアリティがある。だが動かない金魚は死体そのもののようでグロテスクにも映る。
作品の紹介を見ると、深堀は生きている金魚ではなく常に死んだ金魚をデッサンしているそうで、それは弔いの儀式でもあるようだ。

東日本大震災が発生した時には自分の作品では圧倒的な災害の前に立ち向かう術はないと思ったそうだが、金魚の卵を描くことを思いつき、精神的な危機を乗り越えたそうである。

様々な作品を観たが、静止した金魚に確固たる死を与えた上で、その輪郭に生を注ぎ込むような、「間」「境界」の瞬間が捉えられるような気になった。これは生が死に変異した瞬間であり、同時に死から生へと立ち返る刹那の躍動である。日本の美の象徴、特に江戸期以降における庶民的な夏の美の代表格である金魚が持つエネルギーが、日本的な美意識を伴って溢れ出てくるかのようである。

タイトルにもなっている「四季」の金魚作品展示コーナーがある。ここと出口にある立体に見える金魚の絵(1枚目の写真)だけが撮影可である。
四季の金魚であるが、個人的にはやはり夏の金魚が最も魅力的に見えた。私は千葉市の郊外にある一戸建てだらけの住宅地の出身だから、夏祭りの金魚掬いというのはあるにはあったがさほど祝祭性を帯びたものではなかった。が、現実の記憶ではない日本的原風景における金魚の既視感をそこに見出すことになった。

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2020年8月 3日 (月)

これまでに観た映画より(195) 竹中直人監督作品「119」

2005年8月8日

ビデオで映画「119」を観る。1994年の12月に銀座(なのか築地なのか、正確にはよくわからないところにある)の東劇でロードショーを観て、感銘を受けた作品である。竹中直人監督作。主演は赤井英和、鈴木京香ほか。脚本は、「失楽園」の筒井ともみ、劇作家の宮沢章夫、監督である竹中直人の三人が手掛けた。消防隊員の活躍を描く、否、活躍しない消防隊員を描いた映画。

もう20年近くも火事が起きていない波楽里(はらり)という海沿いの架空の町が舞台。何も起こらない町のちょっとした出来事を扱っている。
消防隊員を演じるのは、竹中直人、赤井英和をはじめ、当時は無名だった浅野忠信と津田寛治。当時は今より無名だった温水洋一。映画監督でもある塚本晋也。

あまり映画に出ない人や、本業が俳優でない人も出演している。例えば、岩松了(劇作家・演出家)、周防正行(映画監督)、松岡錠司(映画監督)、昨日観てきたク・ナウカの演出家である宮城聰、佐野史郎の奥さん・石川真希、故・マルセ太郎など。
ちょい役で大塚寧々や真田広之なども出ている。

その他にも「また逢う日まで」の久我美子が出演。また写真のみの出演に「また逢う日まで」の故・岡田英次(久我美子演じる鴨下のおばさんの亡くなった旦那さんという設定。岡田は「119」公開の翌年、1995年に亡くなっている)、「無能の人」で竹中と共演した風吹ジュン(竹中直人演じる津田の亡くなった奥さんという設定)。

撮影当時、26歳だった鈴木京香が実にいい。今、20代で古き良き時代の日本美人を思わせる女性を演じて、これほど嵌まる女優はいない。(これを書いた2005年にはまだ20代だった)松たか子でも無理だろう。
小津安二郎を意識した作品だが(そうわかるように意図的にカメラワークを真似ていたりする)、鈴木京香は「平成の原節子」のような役を振られている。男性の目から見て理想的な女性像であり、当然、男性の目には魅力的に映る。女性がどう思うのかは良くわからないけれど。

鈴木京香の演技を見るだけでも十分に魅力的な作品だが、ところどころに仕掛けられた「大笑いこそしないが、思わずクスッと笑ってしまう」エピソードの数々が心憎い。脚本の宮沢章夫の力も大きいのだろう。
登場人物の心理の描き方も、とても丁寧だ。

 

私が好きなのは、津田(竹中直人)と日比野ももこ(鈴木京香)が二人で夜道を歩くシーン。上から二人を追いかけているカメラが、会話が一段落したところで動かなくなり、遠ざかっていく二人を見送る。ここはラストへの伏線にもなっている。

 

音楽担当は忌野清志郎。「きみの港(肥沃なデルタ)」というスケベな歌詞を持つ歌で笑わせたり、「満月の夜」という歌でしみじみとさせたり。いい音楽だ。

古き良き日本を思わせる風景を探して、ロケハンは入念に行われたそうだ。撮影は静岡県沼津市を中心に、全国各所で行われたという。

淡々とした展開を見せる映画だが、「日本っていいな」と心から思える作品である。

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2020年8月 2日 (日)

これまでに観た映画より(194) ヴィム・ヴェンダース監督作品「東京画」

2005年8月9日

ヴィム・ヴェンダース監督のドキュメンタリー映画「東京画」をビデオで観る。敬愛する小津安二郎監督が描く東京への憧憬からこの街にやって来たヴェンダース監督の目に映る1983年の東京の風景が切り取られている。冒頭とラストは小津監督の「東京物語」のそれをそのまま用いている。

ヴェンダース監督が興味を持つ対象はパチンコ店や、飲食店の前のショーケースに並ぶ定食のサンプルを作る工場など。特にサンプル工場のシーンは見ているこちらが奇妙に感じるほど長い。
ゴルフの打ちっ放しに対する見方は誤解だらけで、おもわず「それは違うだろう」と突っ込みたくなる。

ヴェンダースは東京ディズニーランドに行こうとしたが、「アメリカのコピーだと思うと急に興味が冷めて」引き返してしまう。そして、「アメリカの影響を受けた若者達を見た」として紹介されるのが、当時、原宿に出没していた竹の子族。この辺りは作為を感じてしまって余り面白くない。竹の子族だけで当時の東京を語らないで欲しい。

1983年の東京の風景を見たい人にはやや物足りない作品である。しかし小津安二郎の映画が好きな人は絶対観た方がいい映画だ。
笠智衆や、小津の下で撮影監督を務めた厚田雄春らのインタビューが収められているためで、これを観ると小津という男が俳優やスタッフからいかに敬愛され、神のように崇拝されていたかがわかる。小津の思い出を語っていた厚田が突然、感極まって泣き出してしまうのも印象的。

小津安二郎とは改めて偉大な映画監督、いやそれ以前に偉大な人間だったのだと確認することが出来る。

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観劇感想精選(347) ク・ナウカ 「王女メデイア」2005@びわ湖ホール

2005年8月7日 びわ湖ホール中ホールにて観劇

大津へ。びわ湖ホール中ホールでク・ナウカの「王女メデイア」を観る。エウリピデス作のギリシア悲劇を宮城聰が演出した。
ご存じない方のために書くと、ク・ナウカとは演じ手(ムーバー)と語り手(スピーカー)を分けた演劇スタイルを特徴とする東京の劇団である。関西で公演を行うのはこれが初めてだそうだ。

昨夜、ちくま文庫の「メデイア」を読んでいったで、比較が容易である。

前半部分はメデイアの内面告白を中心に再構成されている。主人公メデイアのムーバーは看板女優の美加理(みかり)、スピーカーは阿部一徳。

開演前から紗幕の前に老女(のちに乳母であることがわかる)が座り、ポテトチップを頬張っている。ほどなく紗幕が透け、着物を着て紙袋をかぶり、自分の顔写真を持った女性達が立っているのが見える。そして、客席後方の入り口からスピーカー達が賑やかに入ってきて、舞台に上がり、役を振り当てられる。スピーカーの男達の入場は皆が思い思いに喋るのでうるさすぎてちょっと興醒めではある(男達が俗物であることを示すためにやっているのはわかるけれど)。メデイアが登場し、語り手がしっかりとしたセリフを話し始めると引き込まれる。今回はムーバーは一人を除いて全員女性、スピーカーは全員男性が務める。ムーバーの女性は和楽器やボンゴなどの演奏も手がける。

メデイアのムーバー、美加理は朝鮮の民族衣装(チマ)を纏っている。座るときも立て膝であり、完全に朝鮮の女性であることがわかる。
舞台は明治時代の日本。番傘に明治天皇の御影が描かれ、舞台には巨大な日章旗が敷き詰められている。中央やや下手寄りに本を差し込めるようになっている塔が立つ(終演後の宮城のアフタートークにより、どうやら男性のシンボルらしいことがわかった)。
セリフでは「ギリシア」といっているがそれが日本のメタファーであることは明白だ。

閔妃や愛新覚羅溥儀などの歴史上の実在の人物が劇中の人物に重なって見えるところがある。虐げられた女性の姿が虐げられた国家の様にオーバーラップする。
愛するわが子をメデイアが殺す場面は、宮城の演出と美加理の動きに表出力があり、「愛のために殺す」、「愛するが故に殺す」という哀切さがにじみ出て、惻々と胸に迫る。

後半、特にメデイアが子供を殺すかどうか逡巡する場面以降はテキストレジをせず、ほぼそのまま語らせている。ただ、メデイアが龍に乗って現れる場面にメデイアは現れず、代わりに中央の塔が揺らぎ、本が落ちてくる(本が何を意味しているのか良くわからなかったが、アフタートークで宮城が、男性の「言葉による支配」の象徴として用いた、という意味のことを述べていた)。そして真っ赤なドレスに着替えたムーバー達がスピーカーの男達を次々に斬り殺していくという大殺戮シーンとなる。
「赤」に象徴的な意味があるのかどうかは正確にはわからない。女性的な色であり、映える色である。ただ国際政治的な意味があるとすると、怖さは一層増す。
ただ、色の意味のあるなしに関わらず、虐げられ、支配されてきた女性達が赤いドレスを纏って、支配者側の男性に一斉放棄を仕掛け、皆殺しにしてしまう様には鬼気迫るものがあり、残酷な美の迫力に満ちている。


アフタートークには宮城聰、美加理、阿部一徳が参加。びわ湖ホール夏のフェスティバルプログラムディレクター・志賀玲子氏(実際に教わったことのある師の一人)の司会により興味深い話を聴くことが出来た。

びわ湖ホールの裏に出て、琵琶湖沿いに歩く。夏の琵琶湖は涼風が湖面を渡り、実に清々しい。ジェットスキーが波を切り裂き、ヨットのマストが遠くに漂っているのが見える。「夏だなあ」と妙に感心する。

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2020年8月 1日 (土)

サザンオールスターズ 「夏をあきらめて」

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これまでに観た映画より(193) 「無伴奏シャコンヌ」

2005年7月9日

ビデオでフランス=ベルギー=ドイツ合作映画「無伴奏シャコンヌ」を観る。天才的な才能を持ちながら、コンサートなどでは活動せず、ただひたすら音楽を極めることだけを考える求道者のようなヴァイオリニスト、アルマン(リシャール・ベリ)。観客に媚びるような演奏ではなく、本当の演奏様式を確立したいと望み、ヴァイオリン教師などをして過ごしていた彼は、かっての親友でヴァイオリニストのミカエルが自殺したことを知る。

恋人とも上手くいかず、親友も失ってしまったアルマン。彼の求道的生き方がそういった事態を招いたのだろうか。スランプに陥っていたミカエルはアルマンの才能と己の才能を比較して失望していったのかも知れない。ミカエルの録音が良くないことで、カデンツァの場面を代役として弾くようにプロデューサーから要請され、それに応じてしまったアルマン。親友のためを思ってした行為なのだろうが、その事実を知ったミカエルは絶望しただろう。ある意味、アルマンはミカエルを殺したのではないかと思えてしまうのだ。

リヨンの地下鉄構内で演奏をするアルマン。やがて、地下鉄の切符売り場の女性・リディアと淡い恋に落ちるが、ある日、アルマンの演奏に熱狂して多くのミュージシャンが思い思いに演奏を始めるという光景を目にした彼女はアルマンの前から姿を消す。アルマンは自分より音楽を愛しているのだと気づいたのかも知れない。

リディアを失い、ヴァイオリンも心ない二人組に壊されてしまったアルマンは尋常とは思えない精神状態へ。

そこにかつて彼の演奏を耳にしたことのある音楽院の教師が現れ、ヴァイオリンを手渡されたアルマンはバッハのシャコンヌを弾く。

芸術を愛し、自分にもそして他人にも厳しかったことで多くのものを失ったアルマン。ラスト10分のシャコンヌ演奏場面は文学的過ぎる嫌いはあるものの、詩的で意味深く、感動的だ。

そして弾き終えたアルマンの表情。それは慈悲に溢れたキリストの顔のようにも見えるし、何故失うのかを悟った悲しみを湛えているようにも見える。


監督のシャルリー・ヴァン・ダムはアラン・レネやアニエス・ヴァルダなどセーヌ左岸派の映画監督の下で長年撮影監督を務めていた人物。経歴から察せられる通りの作風を持っている。

リシャール・ベリのヴァイオリン演奏シーンの演技も上手く、「本当に弾いているのでは?」と錯覚するほどだ。ところでこのベリ、役所広司にどことなく顔や雰囲気が似ている。

音楽監督は世界的ヴァイオリニストのギドン・クレーメル。実際のヴァイオリン演奏も担当しており、素晴らしい音を奏でている。

音楽と映画が好きなら、この映画を観ずに死ぬのはもったいない。そう言いたくなる佳作である。

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