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2020年8月 4日 (火)

美術回廊(54) 大丸京都店6階大丸ミュージアム〈京都〉 「金魚絵師 深堀隆介 金魚愛四季(いとしき)」

2020年7月30日 大丸京都店6階大丸ミュージアム〈京都〉にて

大丸京都店6階にある大丸ミュージアム〈京都〉で、「金魚絵師 深堀隆介 金魚愛四季(いとしき)」を観る。一部写真撮影可。

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深堀隆介(ふかほり・りゅうすけ)は、1973年愛知県生まれ。愛知県立芸術大学美術学部デザイン・工芸専攻学科を卒業し、画家としての活動を始めるが、2000年に制作に行き詰まり、「もうアートなんてやめよう」と思った時に、7年間粗末に扱っていた金魚が目に入り、金魚を題材にした作品の制作を始める。深堀はこの体験を「金魚救い」と呼んでいるようだ。

新しいことをしようということで深堀は、樹脂に金魚の絵を描き、その上に更に樹脂を重ねることで立体感と水の中に浮かぶ感じを生み出した。絵画と彫刻の中間にある新しいアートである。

作品であるが、ぱっと見はリアリティがある。だが動かない金魚は死体そのもののようでグロテスクにも映る。
作品の紹介を見ると、深堀は生きている金魚ではなく常に死んだ金魚をデッサンしているそうで、それは弔いの儀式でもあるようだ。

東日本大震災が発生した時には自分の作品では圧倒的な災害の前に立ち向かう術はないと思ったそうだが、金魚の卵を描くことを思いつき、精神的な危機を乗り越えたそうである。

様々な作品を観たが、静止した金魚に確固たる死を与えた上で、その輪郭に生を注ぎ込むような、「間」「境界」の瞬間が捉えられるような気になった。これは生が死に変異した瞬間であり、同時に死から生へと立ち返る刹那の躍動である。日本の美の象徴、特に江戸期以降における庶民的な夏の美の代表格である金魚が持つエネルギーが、日本的な美意識を伴って溢れ出てくるかのようである。

タイトルにもなっている「四季」の金魚作品展示コーナーがある。ここと出口にある立体に見える金魚の絵(1枚目の写真)だけが撮影可である。
四季の金魚であるが、個人的にはやはり夏の金魚が最も魅力的に見えた。私は千葉市の郊外にある一戸建てだらけの住宅地の出身だから、夏祭りの金魚掬いというのはあるにはあったがさほど祝祭性を帯びたものではなかった。が、現実の記憶ではない日本的原風景における金魚の既視感をそこに見出すことになった。

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