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2020年8月10日 (月)

配信公演 「女々しき力プロジェクト」序章 オフィス3○○(さんじゅうまる) 渡辺えり×木野花 「さるすべり~コロナノコロ~」(文字のみ)

2020年8月8日 東京都杉並区の座・高円寺1からの配信

午後5時から、e+のStreaming+で、オフィス3○○(さんじゅうまる)の公演「さるすべり~コロナノコロ~」を観る。渡辺えりが20年前に如月小春、岸田理生(いずれも現在は故人)と共に行った女性演劇人による連続作品上演企画「女々しき力プロジェクト」復活版、序章の第一弾として、座・高円寺1で行われている渡辺えりと木野花の二人芝居のオンライン生配信版である。

ヴァイオリンの会田桃子とダブルベースの川本悠自による二重奏でスタート。

木野花と渡辺えりが姉妹という設定であり、5ヶ月間の自粛が続いている東京都杉並区が舞台である。

名画「八月の鯨」をモチーフとして渡辺えりが書き下ろした新作上演であるが、時折、二人が木野花と渡辺えり本人に戻ってツッコミを入れるという場面が訪れる。演出は出演者二人が共同で行っている。渡辺えりが本を書き上げたのは7月末のことだったそうだ。

木野花がゴミ袋を両手に持ち、ゆっくりとした足取りで現れる。これについてはその直後に渡辺えりが、木野花の「毎日拭き掃除を欠かさないという人間性」を描くために冒頭にこのシーンを入れたと明かすが、これについては、木野花は「なんで舞台の上でも掃除しなきゃいけないのよ」というセリフで応える。

音楽家の二人には、「流浪の民」であり、ヒトラーに迫害されたジプシーという設定であるということを本人に述べて貰うが、音楽家、というより演技経験のない人に急にセリフを与えてもちゃんと言えるわけはないので、これに対しては木野花の「こんな棒読みでいいの?」というセリフが待ち受けている。
木野花は、「なんでミュージシャンがいるの? これ音楽劇なの?」と聞き、渡辺えりは「二人芝居で二人しかいないから、衣装替えの間なんかに一人になると場が持たない」と説明する。ただそれだけでなく、渡辺えりが歌う場面も用意されている。

渡辺えりと木野花が本人に戻って、
木野花の「『八月の鯨』やるっていうから、私受けたのよ」というセリフに始まる、作品制作の過程が述べられたり、「芝居の嘘」について語られたりする。

木野花演じる、ノノムラセツコ(漢字はわからず。「野々村節子」の可能性は高いが断言は出来ない)は、若い頃は全学連に所属し、1960年の安保闘争では国会議事堂の前で岸信介による安保改正に反対を叫ぶ女学生だったが(圧死した樺美智子を思わせる話も勿論出てくる)、同じ運動に参加していた男達に失望して、その後、魚河岸に就職。その後、63歳の時に謎のポーランド人女性(渡辺えり)に誘われて料理店を営んでいたりした。

渡辺えり演じる妹のカズコ(漢字不明)は、結婚して川崎市に住んでいるのだが、怒りっぽくなった夫に失望して家を出て、杉並にある実家に転がり込んだ。実家にはセツコが一人で住んでいる。その後、自粛期間に入るのだが、ずっとテレビを見ていなかったということもあって何のために自粛しているのかも忘れてしまっている。

「断捨離」ということで家の掃除を始めるのだが、マドレーヌこそ出てこないものの、そこで見つかったものから記憶が甦る。

二人の弟(実際は違うことが後に判明する)であるミツオの話が始まる。男前であり、明治大学法学部を出て弁護士になったが、杉並の家の前にあるさるすべりの木で首を吊って自殺している。ミツオの死に、セツコが深く関わっていたことが後に判明する。

今日はある人の誕生日であり、来訪を待っているのだがなかなかやって来ない。「来ないならこちらから出向く」ということで、場所の明示はされないが二人は劇場を訪れ、そこで行われることの素晴らしさを述べる。


「新しい演劇の誕生」というと大仰になるが、渡辺えりによる個人的な「演劇人としての生まれ直し」という意図が込められた芝居である。バースデーソングが歌われることはないが、黒澤映画「生きる」のあの場面が思い起こされたりする。

渡辺えり自身が山形での公演を観て演劇人として生きる決意を固めたというテネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」や同じく「欲望という名の電車」を始めとする様々な演劇作品へのオマージュが鏤められており、二人の演劇に対する愛情に溢れた愛らしい作品に仕上がっている。ただこれは「戦い」の作品でもあり、この国が浸食され続けている「アメリカ的なるもの、特に負の部分」と「その傀儡」に対しての確固たる決意表明であるようにも感じられた。

時折、映像が止まることもあったが、基本的には画質も音質も素晴らしく、日本人の持つ技術力の高さに勇気づけられる公演でもあった。


渡辺えりが演劇人として脚光を浴びたのは1980年代である。野田秀樹、鴻上尚史、川村毅らと共にアングラ第三世代に区分されるが、少なくともアンダーグラウンド演劇界隈では最も注目された女性劇作家であり、演出家である。当時の演劇界は今よりもずっと男性上位世代で、劇団3○○の稽古を見に来た他の劇団のメンバーが、3○○の団員(豊川悦司らがいた)に向かって、「お前らよく女の指示なんか聞いてられるな」と嘲るように言ったという話が残っている。だがその後、渡辺えり(その頃は渡辺えり子という名だったが)は豊川悦司を日本を代表する俳優に育て上げ、宇梶剛士を更生させるなど演劇界に多大な貢献を行っている。
21世紀になっても日本の演劇界における男性上位は続いているが、「女々しい」という言葉を逆に捉えて、演劇の再生を試みる企画が船出を迎えた。

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