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2020年9月の33件の記事

2020年9月25日 (金)

これまでに観た映画より(212) 「雨より切なく」

2006年1月22日

DVDで映画「雨よりせつなく」を観る。野菜ジュースのCMでニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜と共演していた、モデルの田波涼子の映画初出演作にして主演作。相手役を務めるのは西島秀俊。吉元由美の短編小説集「いつもなら泣かないのに」が原作である。

大手広告代理店のマーケティング部勤務の水野綾美(田波涼子)は30歳を目の前にして独身。彼氏もいない。休みの日にはほとんど誰もいない釣り堀で釣りをしながら物思いに耽っている。結婚を決めた親友(黒坂真美)からは、「あたしと同じで顔はいけてるんだから、もっとやる気ださなきゃ」と急かされているが特に気に留めていないようだ。そんなある日、神宮外苑のフリーマーケットに参加した綾美は、同じ会社の倉沢(西島秀俊)を見かける。何かを探している倉沢。仕事は出来るが影のある倉沢に綾美は次第に惹かれていくのだった……。

田波涼子は人気モデルとして活躍しているためか、特別な美人でもなく演技も上手ではないのに独特の存在感がある。
ストーリー自体はありきたり、といっては何だが、かつてトレンディードラマと称されて量産されたタイプのドラマに似ている。
ただ、静かな展開と、にじみ出る孤独感、西島秀俊の抑えた演技により、浮ついた感じを受けることはない。恋愛と仕事というありふれた話なのに嫌な感じはしない。

映画は、綾美が倉沢からプロポーズされ、それを受け入れるところから始まる。しかし綾美の顔に笑顔はない。

倉沢が綾美にプロポーズするのはわかっているので、あとは二人がどうやって出会い、どのようにしてプロポーズするようになるのかに注意が行く。決して派手ではない、むしろ細かな心理描写に重点が置かれているのがわかる。

倉沢はかつて、愛した女性を事故で死なせてしまった。しかし亡くなった彼女のことをまだ愛し続けている。綾美もそれを知っている。倉沢は自分の寂しさを埋めるために自分を愛そうとしているのではないか。それでも結婚の申し込みに「いいよ」と言った。

九十九里の海で、倉沢と綾美はラジコンの飛行機を飛ばす。倉沢は以前、恋人と二人でラジコンの飛行機を飛ばしに行き、その途中で事故を起こし、恋人は死に、自分は生き残った。

綾美は、そこで倉沢に別れを告げる。死人に負けた悔しさからではない。それが自然だと思ったからなのだろう。

3年後、雨の日に偶然、二人は再会する。これもトレンディードラマでやると見ていられなくなるはずなのだが、二人とも抑えた演技をしているため、見ているこちらが恥ずかしくなるということはない。

別れ際、「私のこと愛してた?」との問いに、「何当たり前のこと聞いてんだよ」といった風に笑顔のみで応答する西島の演技が印象的だった。

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2020年9月24日 (木)

これまでに観た映画より(211) 「12人の怒れる男」

2006年1月19日

DVDで「12人の怒れる男」を観る。ヘンリー・フォンダ主演作。陪審員を任された12人の男達による心理攻防戦を描いた作品。同名戯曲の映画化である。

これを基にした作品に現在大阪で公演中の三谷幸喜の舞台「12人の優しい日本人」があるが、本家の「12人の怒れる男」映画版の方が説得力があり、スリリングである。ともに頑なに有罪と言い張る男が出てくるのだが、なぜ有罪に拘るのか、その理由は映画版の方が説得力がある(現在上演中の「12人の優しい日本人」では、拘る男をやっているのが生瀬さんだからというのもある。初演の相島一之だったら説得力があったかも知れない)。

まあ、三谷さんが本気で説得力を求めているとも思えないので(求めているなら「実は彼女は」という一番やってはいけないことを書いたりはしない。しかも理詰めでいけば変なところがある)それは流すとして、「12人の怒れる男」はその背景に、スラムや人種差別といった根深い問題がある。偏見と思い込み。これをどう崩すかが、一番の鍵であり、ミステリー的な面白さは、面白くするための背景という側面が強い。「12人の優しい日本人」とはここが逆である。

三谷さんが本気で社会派になってしまったら、それもそれで困るので、あれはあれ、これはこれ、でいいのだ。

ヘンリー・フォンダを始め、往年の俳優達は、今から見ると少し芝居がかった演技をしているように見える。時代によって芝居も変わる。変わらない方が不思議である。だが、緊迫感、男同士のちょっとした心の通い合いなど、見事な映画であり、脚本であり、演出だ。

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2020年9月23日 (水)

2346月日(23) KYOTO CMEX第1回コンテンツクロスメディアセミナー 戸田奈津子「世界の映画俳優が愛した京都」

2020年9月18日 烏丸六角のホテルモントレ京都大宴会場「ケンジントン」にて

午後4時30分から、烏丸六角にあるホテルモントレ京都2階大宴会場「ケンジントン」で、KYOTO CMEX 第1回コンテンツクロスメディアセミナー「世界の映画俳優が愛した京都」に参加する。映画字幕翻訳者として著名な戸田奈津子の講演である。

予約先着順無料で行われる講演会。本来ならもっと大勢の方に来て貰いたかった講演会であるが、コロナのためソーシャルディスタンスを保つ必要があり、90名限定となった。

異国情緒を売りとするホテルモントレグループ。7月に泊まったホテルモントレ京都はスコットランドの首都エディンバラをイメージした内装であり、「ケンジントン」もお洒落である。クラシック音楽の演奏なども似合いそうな空間であるが、お高いのだろうか。

 

映画の字幕翻訳家の代名詞的な存在である戸田奈津子であるが、若い頃に映画と英語に憧れ、津田塾大学学芸学部英文科在学中に映画の字幕翻訳を志すのであるが、当時は映画の字幕翻訳家は日本中で10人いるかいないかという専門性の強い仕事であり、全員男性でそれぞれ得意分野を持っていた。大学を出たばかりの女性が割り込む余地はなく、戸田奈津子も短期間のOL(秘書)やフリーの翻訳業をしながら清水俊二に師事するなどして機会を窺っていたが、最初の映画の字幕の仕事を貰った時にはもうすでに40歳を過ぎていたそうで、20年越しの夢の達成となったそうである。
ただ、今回話すのは字幕翻訳家としての仕事ではなく、その中で出会ったハリウッドスタートの思い出話である。字幕翻訳家を目指しながら仕事に全く恵まれなかった時代にその物語は始まる。1980年以降、ハリウッドスターが続々と来日するようになるのだが、ハリウッドスターは英語しか話さないので通訳が必要ということになった。ということで字幕翻訳家希望の英語が出来る女性がいる、英語にも映画にも詳しいので大丈夫だろうというので、その話が戸田奈津子に回ってきたのである。だが、戸田は英文科出身なので英語の読み書きは得意であるが、今の若い人達とは違って学校でリスニングもスピーキングも習っていない。いわば「文字専門」の人だったわけである。というわけで断ろうとしたのであるが、実際に会ったロバート・レッドフォードの美しさに胸がときめいたということもあって、ハリウッドスターとの通訳としての交流が始まっていく。ちなみに若き日のロバート・レッドフォードの美しさは今の若手ハリウッドスターとは「格が違う」そうである。

スクリーンに写真を投影しながらのトーク。映るのはロバート・レッドフォード、リチャード・ギア、シルヴェスター・スタローン(大河内山荘で撮影)、ロバート・デ・ニーロ、アーノルド・シュワルツェネッガー(新幹線内で)、シガニー・ウィーバー(嶋原の角屋で撮影)、ロビン・ウィリアムズ、トム・クルーズである。ハリソン・フォードとも京都を旅したことがあるが、残念ながらハリソン・フォードとの写真は残っていないそうだ。

リチャード・ギアは、千家(どこの千家かは不明)の茶室、苔寺(西芳寺)、そして余り人がいない寺院での写真に写っている。リチャード・ギアはダライ・ラマを崇拝する仏教徒であるが、若い頃はまだ何を信仰しようか迷っており、写真に写っているのは仏教を志し始めた頃の姿だそうである。ギアがカメラを構えた姿を捉えた写真もあるが、当時からモノクロームの写真を撮ること趣味で、毎年誕生日プレゼント代わりに自身が撮ったモノクロームの写真を伸ばしたものを送ってくれるそうである。
「アメリカン・ジゴロ」(1980)がヒットして、初めての来日。リチャード・ギアは大学で哲学を専攻したということもあって、思索を好む若者だったそうだ。人混みが嫌いであるリチャード・ギアは、清水寺や金閣寺といった観光寺には興味を示さず、「寂」が支配するような無名の寺院を好んだという。

1980年代初頭、来日したハリウッドスターはまず東京で会見を行い、更に大阪に移って再び会見を行って、その後、1週間ほど京都で遊ぶというのがスタンダードだったそうである。今のハリウッドスターは忙しすぎて、来日して会見してすぐ帰らなければいけないそうで、若いハリウッドの俳優達は往時の映画スターの来日スタイルをうらやましがっているそうである。一方、残念ながら映画のマーケット的にはもう日本は重要拠点ではなく、中国に取って代わられてしまったそうである。人口が多いところには勝てない、のであるが、実は日本の映画人口の減少も関係していると思われる。平均的な日本人が1年のうちに映画館で観る映画はわずかに2本。映画は「観る人は滅茶苦茶観る」というものであるため、実際は1本も観ないという人が圧倒的多数であると思われる。一方、中国や韓国では映画は国策の一つであるため、観ることを習慣としている人が多い。実は日本はクラシック音楽のマーケットとしても中国は勿論、韓国にすら負けてしまっており、オペラのDVDやBlu-rayの輸入盤に中国語や韓国語の字幕は入っていても日本語の字幕が入っていないというケースが散見される。韓国の人口は日本の半分にも満たないが、韓国の方がマーケットとして重視されているということである。私の周りにもオペラを観たことがないのにオペラを馬鹿にする人が普通にいる。かなりまずいことだと思われるのだが、危機意識を持っている日本人は少ない。中国にはいつの間にか座付きオーケストラを持つオペラハウスまで建つようになっており、かつて文化大革命を推進していた国とは思えないほどだ。

リチャード・ギアは、禅寺を回っている時に、“I was here.”と言ったことがあるそうだ。当然ながら輪廻の考えを知っており、昔、日本人だった時にこの寺院で修行していたことを思い出したという。本当かどうかはわからない。
京都から奈良に向かう途中、京田辺の一休寺(酬恩庵)に寄ったことがあるのだが、一休宗純の人物像や一休が詠んだ和歌(「有漏路より無漏路へ帰る一休み雨降らば降れ風吹かば吹け」だろうか?)にもリチャード・ギアは詳しかったそうだ。また桂離宮も愛したそうである。懐石料理なども好み、またなぜか「ひじき」が大好きだそうだ。

 

ロバート・デ・ニーロは、二条城の唐門で家族と共に撮った写真に収まっている。2006年に撮影されたものだという。
「レイジングブル」で、体重を20キロ増やし、20キロ落としたという伝説で知られるデ・ニーロ。戸田奈津子には、「体に悪いのでもう二度とやらない」と話していたそうだが、普通の人は一度だってそんなことはしない、と書きつつ、私も2003年に半年で17キロ体重を落としたことがあるのだが、みんなに心配され、病気説が流れ、重病説に変わるという経験をしたため、今では体重は「自然のまま」に任せている。

なんにでもなれる俳優として尊敬を集めるデ・ニーロ。ハリウッドでは売れない俳優や女優がウエイターやウエイトレスをやっていることが多いのだが、ウエイターに「憧れの俳優」を聞くと、10人中9人が「ロバート・デ・ニーロ」と答え、ウエイトレスに「憧れの女優」を聞くと、10人中9人が「メリル・ストリープ」と答えるそうで、この二人は神様扱いだそうである。

デ・ニーロが家族を連れて二条城に来たとき、息子達が「チャンバラが見たい」と言ったため、太秦の東映映画村で大部屋の俳優がチャンバラショーをやっているということを知り、息子達は太秦に向かうことになった。デ・ニーロも「見たい」と言ったのだが、大部屋の俳優のショーをロバート・デ・ニーロが見るとなると演じる方も困惑するということで、子ども達が映画村に行っている間、車の中で本を読んでいたそうである。物静かで「Sweetな」性格の人だそうだ。初来日前は、「気難しいらしいよ」などと聞かされていたそうだが、会ってみたら話とは別人であり、以降、戸田奈津子は「自分の目で判断したこと」以外は信じなくなったそうだ。

 

双極性障害(躁鬱病)に苦しみ、6年前に自殺したロビン・ウィリアムズ。戸田奈津子とツーショットの写真がスクリーンに映る。戸田奈津子は「東山の寺」とした覚えていなかったが、おそらく法然院だと思われる。
彼は本物の「天才」だそうで、コメディー出身ということもあり、人を笑わせるのが得意だった。記者会見でも即興による芸でその場を爆笑の渦に巻き込むことが得意だったそうである。アメリカのコメディーは作家が書いたものをコメディアンが演じるというケースが多いのだが、ロビン・ウィリアムは作家を使わず、全て自分で考えて演じていたという。
彼もロバート・デ・ニーロ同様、素顔は物静かな人で、それが人を前にするとサービス精神に火が付き、楽しませることに夢中になっていたという。
その二面性が、個人的には双極性障害に繋がっているようにも見える。悲劇的な死は天才であったことの代償なのか。

 

トム・クルーズもエンターテインメント精神に関しては誰にも負けないという。ディスレクシア(読字障害)を持ち、人一倍苦労して育ったトム・クルーズ。新宗教に入れあげていて、それで批判されることも多いが、現役としては最高の映画スターであることは間違いなく、戸田奈津子はトム・クルーズのことを「映画のために生まれてきた人」と評している。二条城での「ラスト サムライ」公開時の記者会見の写真がスクリーンに映る。
トム・クルーズは、「ラスト サムライ」出演に当たって、武士道や剣術などを徹底して研究したそうで、プロ意識も高く、日本など諸外国へのリスペクトも忘れないという。

危険なシーンにもスタントマンなしで挑むことでも知られるトム・クルーズであるが、他の映画を観た時に、あきらかに別人が吹き替えているとわかるものがあり、自分がそうなるのはみっともないという考えがあるそうだ。そのためトム・クルーズが危険なシーンに挑んでいる時は、必ず自身の顔が映るようにして貰っているそうである。「ファンが僕がやってるんだとわかると喜んでくれるから」だそうである。

トム・クルーズは笑顔が印象的な俳優であるが、朝起きた瞬間から笑顔というような人だそうで、「ちょっと気持ち悪いかも知れないんですけど」と戸田もいうが、とにかく人を喜ばせることを生き甲斐としているそうである。

 

ハリウッドスターの共通点は、「ビッグになればなるほど謙虚」だそうである。残念ながら写真はないが、最後はハリソン・フォードの話になる。ハリソン・フォードは30代になってから売れ始めた遅咲きの俳優であるが、売れ始めた頃から今に到るまで、内面は全く変わらないそうである。
ハリソン・フォードは20代の頃は丸々売れず、「大工をしていた」という話があるが、正確にいうとしていたのは大工というよりも「家具職人」に近いそうである。
アメリカの場合、売れない俳優にはポルノ映画からの声が掛かることがあるそうで、有名俳優にも若い頃はそうやって日銭を稼いでいた人はいるそうだが、ハリソン・フォードはポルノ映画から声が掛かっても、「それをやってしまうと俳優の仕事への誇りを失ってしまいそうだ」という理由で断り、職人仕事を行いながら映画俳優への道を模索し続けていたそうである。

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2020年9月22日 (火)

コンサートの記(656) 兵庫芸術文化センター管弦楽団特別演奏会「佐渡裕 アルプス交響曲」

2020年9月19日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮北口にある兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、兵庫芸術文化センター管弦楽団特別演奏会「佐渡裕 アルプス交響曲」を聴く。リヒャルト・シュトラウス最後の交響詩となったアルプス交響曲1曲勝負の演奏会である。

ドイツ・ロマン派最後の巨匠といわれたリヒャルト・シュトラウス。管弦楽法の名手として、30代までに数々の傑作交響詩をものにしているが、40代以降はオペラに力を入れるようになり、オーケストラ曲を書く機会は減っていたが、51歳の時に完成させたのがアルプス交響曲である。交響曲とあるが、いわゆる交響曲ではない。リヒャルト・シュトラウスは長命で85歳まで生きており、51歳というのはまだ人生を振り返るような年齢ではないが、それまでに書かれた交響詩の要素を取り込みながら登山に人生を重ね合わせるという作品になっており、情景と心情をオーケストラで描くというショー的要素と独特の深みを合わせ持っている。フリードリヒ・ニーチェの著作に影響を受けた交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」を代表作の一つとしているリヒャルト・シュトラウスだが、アルプス交響曲もニーチェの「アンチクリスト(反キリスト主義者)」にインスパイアされたことを作曲家自ら明かしている。

 

兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ。PACは、Performing Arts Centerの略)は、元々今月の定期演奏会のメイン楽曲としてアルプス交響曲を演奏する予定であったが、コロナで全てが白紙となり、それでも演奏活動が再開されたら大編成のものをやりたいと、芸術監督の佐渡裕が希望を出していたそうだ。

現在、オーケストラのコンサートでネックとなっているのは、楽団員がソーシャルディスタンスを確保しなければいけないということであり、大編成の楽曲はステージ上が密になるため変更せざるを得ない状態となっている。だが、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールは、元々オペラ対応劇場として設計されているため4面舞台を持っており、反響板を後方に7m下げてメインステージを拡げ、両サイドの舞台との風通しを良くすることで換気対策を十分に取り、管楽器や打楽器はひな壇に乗せて視界を確保することで演奏会に漕ぎ着けた。

今日のコンサートマスターは豊嶋泰嗣。チェロが手前に来るアメリカ式の現代配置を基本としている。ゲスト・トップ・プレーヤー及びスペシャル・プレーヤーとして水島愛子(元バイエルン放送交響楽団ヴァイオリン奏者、兵庫芸術文化センター管弦楽団ミュージック・アドヴァイザー)、戸上眞理(東京フィルハーモニー交響楽団第2ヴァイオリン首席)、石橋直子(名古屋フィルハーモニー交響楽団首席ヴィオラ奏者)、林裕(元大阪フィルハーモニー交響楽団首席チェロ奏者)、石川滋(読売日本交響楽団ソロ・コントラバス奏者)、中野陽一朗(京都市交響楽団首席ファゴット奏者)、五十畑勉(東京都交響楽団ホルン奏者)、高橋敦(東京都交響楽団首席トランペット奏者)、倉田寛(愛知県立芸術大学トロンボーン科教授)、奥村隆雄(元京都市交響楽団首席ティンパニ)の名がクレジットされているほか、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団フルート奏者の江戸聖一郞、関西フィルハーモニー管弦楽団首席トランペット奏者の白水大介(しろず・だいすけ)、元京都市交響楽団トランペット奏者の早坂宏明、元京都市交響楽団首席テューバ奏者の武貞茂夫らの名を見ることが出来る。
KOBELCO大ホールにはパイプオルガンがないため、電子オルガンの演奏を室住素子が行った。

1階席の中央通路前の席に譜面台が並び、ここで金管のバンダが演奏する。2階下手サイド席ステージそばも空席となっており、ここにはトロンボーン奏者2人が陣取ってバンダ演奏を行った。

客席は左右最低1席空けのソーシャルディスタンス対応。KOBELCO大ホール入り口ではサーモグラフィーを使った検温と手のアルコール消毒が必要となり、チケットも自分でもぎって半券を箱に入れる。また強制ではないが、兵庫県独自の追跡サービスにもQRコードを使って登録出来るようになっている。コンサートスタッフは全員、フェイスシールドを付けての対応である。

 

演奏前に、佐渡裕が一人で登場してマイクを手に挨拶を行う。春から、中止、延期、払い戻しなどが相次いだが、6月からコンサート再開に向けての実験や検証が行われ、9月に演奏会が再開されると決まった時には全員が、「アルプス交響曲は何が何でも演奏しよう」と意気込んでいたという。ステージ上でのソーシャルディスタンスがやはり問題となったが、「6月頃には、2mから2m半が必要といわれたが、うちの楽団、それだけ離れていても、アルプス交響曲、なんとかなるやろ」ということで上演のための努力を続けてきたそうだ。佐渡はご存じない方のためにKOBELCO大ホールが4面舞台であるという話をし、ひな壇については、「見た目もアルプス交響曲っぽい」と冗談を交えた話をしていた。一番上のティンパニが置かれている段は、ステージから約2mの高さがあるという。

兵庫芸術文化センター管弦楽団がアルプス交響曲を演奏出来ることになったのは、その名の通り劇場付きのオーケストラであることが大きいと佐渡は語る。貸し館での演奏となるとリハーサルが十分に行えないため、通常とは異なる配置での演奏は諦めざるを得ないのだが、ここは本番と同じホールでリハーサルが何日も行えるため、万全の体制を整えることが出来たという。
佐渡は、「今、アルプス交響曲を演奏出来るのは日本でここだけ」と自信を見せていた。
またアルプス交響曲が人生を描いているという解釈も語り、リヒャルト・シュトラウスに関しては、「今の時代に生きていたら、ジョン・ウィリアムズのような映画音楽を沢山書いたんじゃないか」「ジョン・ウィリアムズもリヒャルト・シュトラウスから影響を受け、リヒャルト・シュトラウスもベートーヴェンの『田園』などに影響された」と法灯のように受け継がれていた音楽の生命力にも触れていた。

 

本当に久しぶりの大編成オーケストラ生体験となる。兵庫芸術文化センター管弦楽団は、オーディション合格後、最大3年在籍可能という育成型オーケストラである。オーディションは毎年行われて楽団員が入れ替わるため、独自のカラーが望めない一方で、指揮者の個性が反映されやすいという特徴を持つ。

ゲスト・プレーヤーを何人も入れたPACオーケストラの響きは輝かしく、佐渡の基本的には陽性の音楽作りがよく伝わってくる。活動再開後初の特別演奏会ということで、オーケストラメンバー達も気合いが入っており、雄渾な音楽が奏でられる。配置の問題もあって、金管が強すぎる場面もあったが、やり過ぎという感じははなく、むしろ祝祭性が伝わってくる。佐渡は若い頃とは違い、丁寧な音楽作りが特徴となっている。描写力にも長けており、滝や草原の場面での抒情性や清々しさの表出も十分である。嵐の場面の大迫力もいかにも佐渡らしいが、日没は音色が明るすぎ、まだ日が高いように思えてしまう。ここのみならず陰影の付け方には物足りないものも感じた。
佐渡は、エピローグ以降は指揮棒を置いてノンタクトでの指揮。ここでも風景描写以上のものを感じ取るのは難しい。

前半がかなり好調だっただけに終盤の描き方に不満も感じてしまうのだが、全体を通せば今の時期に貴重な「特別な演奏」となっていたように思う。大編成の楽曲を演奏することは他ではまだ難しいため、「フルオーケストラの響き自体」が何よりも素晴らしいものに感じられた。

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忌野清志郎 「多摩蘭坂」

東京都国立市のたまらん坂にて

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2020年9月20日 (日)

これまでに観た映画より(210) 「さよならS」

2006年1月13日

DVDでフランス映画「さよならS」を観る。エリック・ゾンカ監督作品。

パン工場で働くエス(S)は、職務怠慢でクビを告げられる。恋人のサンドラに「金持ちの下で働くのはたくさんだ。奴らから金を奪う」と宣言したエスはマルセイユで窃盗団の一味に加わる。窃盗団のたむろする場であるボクシングジムで、いら立ちをぶつけるように格闘に打ち込むエス。窃盗団のリーダー格、オイユ(目)の家に住み、彼の祖母の世話をし、また窃盗をするという毎日。しかしエスは窃盗団一味とともに空き巣に入ったとき、警察に追い込まれ、逃げ遅れまいとして、オイユを2階の窓から突き落としてしまい……。

街の不良が大きなことを言ってアウトローの世界に入ったものの、そこでも己の小ささと不運を知るという物語。63分の中編であるが完成度は悪くない。ただ、北野武監督の「キッズ・リターン」という同傾向の更に優れた作品があるので物足りなさも感じた。

セリフを極力抑えて、映像で語らせる手法はエスのやるせなさを伝えている。夢やぶれる物語だが、救いのある(本当の意味での救いかどうかはわからないのだが)ラストにもホッとさせられた。

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2020年9月19日 (土)

コンサートの記(655) 京都フィルハーモニー室内合奏団 「北欧の室内楽」@アートコンプレックス1928 2005.12.7

2005年12月7日 三条御幸町のアートコンプレックス1928にて

午後7時からアートコンプレックス1928で京都フィルハーモニー室内合奏団のメンバーによる室内楽演奏会、「北欧の室内楽」を聴く。
アートコンプレックスでコンサートを聴くのは久しぶり。前回はジャズの演奏会だったのでクラシック音楽を聴くのは自分でも意外だが初めてである。

京都フィルハーモニー室内合奏団(以下:京フィル)はアートコンプレックスで定期的に演奏会を行っていたのだが、これまではずっと平日の昼間に演奏会を開いていたのでなかなか聴きに行けなかった。客席は、京フィルの関係者とファン、北欧音楽ファン(私もここに入る)、室内楽ファンに大別されるようだ。あまり宣伝はしていなかったので、「よくわからないけれど何となく来てしまった」という人はいないようである。

楽団紹介パンフレットには、藤堂音楽賞受賞や京都新聞大賞文化学芸術賞受賞など受賞歴が書いてあるが、それがどういう音楽賞なのかよくは知らないため、感じるのは「頑張ってるんだねえ」ということだけ。
それよりも、「アーノンクールが初めて、そして今のところ唯一指揮した日本のオーケストラ」という売り文句を書いた方がずっとわかりやすいしアピール力もあると思うのだが(クラシックファンの中に、アーノンクールが京都に来たことを知らない人は何人かいるかも知れないが、アーノンクールという名前を知らない人はまずいないだろうし)、京フィルには「売らんかな」という姿勢はないようなので、こちらがどうこういっても仕方ない。


曲目はニールセン(デンマーク)の木管五重奏曲。シンディング(ノルウェー)の「セレナーデ」より第1番、第2番、第5番。グリーグ(ノルウェー)の「ソルヴェイグの子守歌」と「白鳥」。シベリウス(フィンランド)の弦楽四重奏曲「親愛なる声」。グリーグのみ室内楽ではなく歌曲である。


ニールセンの曲は不思議なメロディーと現代的な響きが特徴。クラリネットが普通は出さないような音を出す。技巧的にも難しいのがわかる。
しかしその割りには曲があまり面白くない。今日のアートコンプレックスの客席は平戸間であるため、暖房が下まで届かず寒かったのだが、にも関わらず居眠りしている人が続出。やはり曲に魅力がないのだろう。


シンディングの曲は二つのヴァイオリンとピアノによる三重奏という編成。
シンディングの音楽はどこまで行っても青空、といった風な明るさと、艶やかで優しく爽やかなメロディーが特徴だ。だが少なくとも今日聴いた音楽からは影がほとんど感じられない。
生前は人気作曲家であったというシンディング。しかし死後、急速に忘れ去られてしまう。あるいは影が不足していたことがその原因なのかも知れない。シベリウスの音楽が喜びの歌の背後に癒しがたい悲しみを湛えていたのとは好対照である。


グリーグの歌は、清澄なメロディー、温かな雰囲気、透き通るような悲しみが特徴。愛らしい歌曲である。歌ったのはソプラノの島崎政子。真っ赤なドレスが印象的であった。


ラストのシベリウスの弦楽四重奏曲「親愛なる声」は他の曲とは格が違う。弦楽四重奏曲ではあるが、スタイルは小編成による合奏曲に近い。先にも書いたがチャーミングで喜び溢れる歌の中に、悲しみや孤独が隠れている。私はそこに人生を感じてしまう。
視覚的にも格好良く、一斉合奏の部分は絵になっている。
ただシベリウスの音がしていたかというと、「ある程度は」と答えるしかない。シベリウスの音楽を聴かせるのは難しいのだと再確認する。

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2020年9月18日 (金)

美術回廊(57) 美術館「えき」KYOTO 「キスリング展 エコール・ド・パリの巨匠」

2020年9月13日 美術館「えき」KYOTOにて

美術館「えき」KYOTOで、「キスリング展 エコール・ド・パリの巨匠」を観る。

キスリング(本名はモイーズ・キスリングだが、キスリング本人はユダヤ的であるファーストネームが余り気に入らず、姓のみを記すことが多かったようだ)は、「ポーランドの京都」に例えられることが多い古都クラクフに生まれ、最初は彫刻に興味を持つが、地元の美術学校の彫刻科に空きがなかったため、絵画科に学ぶ。
19歳でパリに出たキスリングは、モンマルトルでピカソ、モンパルナスでモディリアーニや藤田嗣治(レオナール・フジタ)らと交流。影響を受ける。藤田嗣治とは特に親しかったようで、二人で収まっている写真が残っている。

ちなみによく知られた「エコール・ド・パリ」という言葉だが、当時のフランスでは国粋主義が台頭しており、元々はモンパルナスという家賃の安い場末で創作活動を行う非フランス人画家を指す差別語であったようだが(この時代のフランス人画家達は「エコール・フランセーズ」と呼ばれていたそうである)、「印象派」同様、今では良いイメージの言葉に変わっている。

初期のキスリングの絵は渋めの色を用いたものが多いのだが、パリでの生活によって色彩豊かな作風へと変わっていく。キュビズムの影響も受け取ったが、「ちょっとした試み」として取り入れただけのようだ。そうはいいながら、菱形をモチーフにした静物画と風景画が意図的に並べられており、構図と構造は参考にしているようである。

風景画と違い、人物画は正面から光を当てたような独特の輝きと眼のデフォルメが特徴である。眼は大きめで少女漫画のような描き方をされていて、輝きと憂いを宿す。当時、モンパルナスでアイドル的な人気を得ていた「モンパルナスのキキ」ことアリス・プランと親しくしていたキスリングはキキを題材にした裸婦画、その名もずばり「モンパルナスのキキ」も残している。キスリングの裸婦画は臀部を膨らませたような描き方をしているのが特徴である。1918年には南仏に長期滞在し、南仏を題材にした絵も描いている。

「モンパルナスのプリンス」「モンパルナスの帝王」と呼ばれるほどの成功を収めたキスリング。彼自身は「自分はユダヤ人ではなくてフランス人だ」と思っていたようである。フランスに帰化もした。だがナチスドイツが台頭するとキスリングは反ナチ的な発言によりドイツから死刑宣告を受けたこともあって、ドイツによるフランス侵攻が始まると亡命。マルセイユからポルトガルを経てアメリカに渡る。ニューヨークに居を構えるが、旧知のピアニスト、アルトゥール・ルービンシュタインに誘われハリウッドでも暮らしている。アメリカ時代に描いた「ミモザの花束」では花弁に使う絵の具をホイップ状に重ねることで立体感を出している。
南仏を代表する花であり、「不滅」という意味を持つミモザ。キスリングのフランスへの思いを表しているようだ。戦後フランスに戻ったキスリングは南仏サナリーにアトリエを構え、同地で没した。

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2020年9月17日 (木)

これまでに観た映画より(209) 三谷幸喜 原作・脚本 市川準監督作品「竜馬の妻とその夫と愛人」

2020年9月14日

録画してまだ観ていなかった日本映画「竜馬の妻とその夫と愛人」を観る。市川準監督作品。原作・脚本:三谷幸喜。三谷幸喜が佐藤B作率いる劇団東京ヴォードヴィルショーのために書き下ろした舞台作品の映画化で、三谷幸喜もカメオ出演している。
2002年の映画であるが、意図的に「古さ」を出す画が撮られている。出演:木梨憲武、鈴木京香、江口洋介、橋爪功、トータス松本、小林聡美、中井貴一ほか。音楽:谷川賢作。

フォスター作曲の「金髪のジェニー」とアイルランド民謡「ダニー・ボーイ」の谷川賢作編曲版が何度も流れ、ノスタルジアをくすぐる。

舞台となるのは、明治13年(1880)である。坂本竜馬(トータス松本。回想シーンのみの出演)の13回忌が京都の霊山で大々的に執り行われることが決まり、勝海舟(橋爪功)は竜馬の妻であったおりょう(鈴木京香)の動向を気にしている。13回忌にはおりょうにも出席して貰いたいのだが、今でも彼女が坂本竜馬の妻に相応しい生き方をしているのかどうか。勝はおりょうの義理の弟(おりょうの妹であるきみえの旦那)に当たる菅野覚兵衛(中井貴一)におりょうの様子を探るよう命じる。
菅野覚兵衛は、千屋寅之助を名乗っていた時代に土佐勤王党や海援隊に所属していた実在の人物であり、竜馬亡き後、おりょうの面倒を見ていたことがある。

おりょうは西村松兵衛(木梨憲武)と再婚し、神奈川県横須賀市のボロ長屋で暮らしていた。旦那の松兵衛はテキ屋などをして暮らしている甲斐性のない男であり、竜馬の妻の今の夫として相応しいとは思えない。実は覚兵衛は以前、松兵衛に海軍の仕事を世話してやったことがあるのだが、松兵衛のうっかりミスが原因ですぐにクビになってしまっている。

横須賀のテキ屋の元締めとして頭角を現している虎蔵という男(後に「新選組!」で坂本龍馬を演じることになる江口洋介が扮している。虎蔵の名は、おりょうに懸想していたことでも知られる近藤勇の愛刀・虎徹に由来するのかも知れないが本当のところはよくわからない)を、おりょうは気に入る。竜馬と同じ土佐出身で、土佐弁を喋るが、虎蔵は坂本竜馬なる人物は知らないと語る。豪放磊落で北海道での開拓を夢見るという虎蔵の姿勢にもおりょうは竜馬を重ねていた。

おりょうが虎蔵に走りそうになっているのを感じた松兵衛は覚兵衛と組んで剣術の稽古をするなど、なんとか虎蔵を上回ろうとするのだが……。

 

今は亡き坂本竜馬に取り憑かれている人々を描いた作品である。ある者は坂本竜馬に憧れて少しでも近づこうとし、ある者は研究を重ねて竜馬になりきろうとし、ある者は竜馬以上の男は現れないとして、思い出に生きようとしている。
ただ、これもいかにも三谷幸喜作品らしいのだが、「生きていることが一番だぞ」という強烈なメッセージが発せられている。結局のところ、今はいない存在に身を委ねても人生がややこしくなるだけであり、そもそもそんな人生では「自分の人生を生きた」とは到底言えないものになってしまうであろう。

鈴木京香が宮本武蔵(役所広司が演じていた)の奥方であるお鶴役で出演した舞台「巌流島」(1996)を想起させるシーンがいくつも出てくるが、おりょうの現在の名前は楢崎龍ではなくて西村ツルであり、三谷幸喜が意図的に重ねている可能性もある。

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2020年9月16日 (水)

坂本龍一 「Silk」 Endroll

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これまでに観た映画より(208) ジャン=リュック・ゴダール監督作品「女と男のいる舗道」

2020年9月12日 東寺近くの京都みなみ会館にて

京都みなみ会館で、「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち《デジタル・リマスター版特集上映》」の中の一本、「女と男のいる舗道」を観る。ジャン=リュック・ゴダール監督作品。1962年の制作である。原題は「Vivre sa vie(自分の人生を生きる)」であり、邦題がなぜ内容をまるで反映していない「女と男のいる舗道」になったのかは不明である。封切られた1960年代はまだ「それっぽい」邦題を付けておけば良いという時代であり、お洒落な感じで適当に付けられたのだと思われる。80年代以降は「意味が分からなくても原題に近いものを」という傾向が増え、今もそれは続いている。例えばスピルバーグの「プライベート・ライアン」の「プライベート」というのは「二等兵」という意味であるが、一般的な日本人はそんな意味は知らない。「プライベート」といえば「私的」であり、「マイ・プライベート・アイダホ」のような有名作もあるだけにややこしいことになっている。なぜ「ライアン二等兵」では駄目だったのかは不明である。

出演:アンナ・カリーナ、サディ・レボ、アンドレ・S・ラバルト、ギレーヌ・シュランベルジェ、ペテ・カソヴィッツ、ブリス・パランほか。音楽:ミシェル・ルグラン。

12のタブローからなるモノクローム映画である。

これまで観た「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち《デジタル・リマスター版特集上映》」の「女は女である」と「シェルブールの雨傘」は京都みなみ会館の1階にあるSCREEN1での上映であったが、今日は2階にあるSCREEN2での上映となる。

女優を夢見るナナ(アンナ・カリーナ)が主人公である。おそらくエミール・ゾラの『ナナ』に由来する命名だと思われる。
冒頭はアンナ・カリーナの愁いに満ちた横顔や正面の顔のアップである。

パリ。ナナは、夫のポール(アンドレ・S・ラバルト)の稼ぎが不満であり、別れることになる。カメラマンと会い、あるいは映画女優への道が開けるかと思っていたナナだが、ヌードになる必要があるため断ってしまう。
ナナとポールが会話を交わす場面はずっと後ろ姿を撮影しており、アンナ・カリーナの顔は鏡に映って見えるようになっている。

ナナはレコードショップで働いているが、稼ぎは足らず、家賃が払えなくなってアパートを追い出され、友人の家を泊まり歩いている。本筋とは関係ないが、ナナが働いているレコードショップでは、ジュディ・ガーランドのレコードは売っておらず、当時神童といわれていたペペ・ロメロのレコードを売る場面がある。ラックには「J Williams」の文字もあるが、映画音楽作曲家のジョン・ウィリアムズなのか、ギタリストのジョン・ウィリアムスなのか、それともまた別人なのかは不明である。

映画館で「裁かるゝジャンヌ」を観て涙するナナは、ジャンヌ・ダルクのような自分で選ぶ生き方に憧れているようであるが、現実はそうはいかない。これまた余談であるが、当時は映画は大人気であり、フランソワ・トリュフォーの「突然炎のごとく」が上映されている映画館の前で人々が長蛇の列を作っている様が映るシーンがある。

新聞販売店で女性客が落とした紙幣をネコババしようとして訴えられ、警察に逮捕されたりするナナ。結局、金のために体を売ることになる。売春の斡旋をしている友人のイヴェット(ギレーヌ・シュランベルジェ)の知り合いの富豪の女性に宛てた手紙を書くナナだったが、イヴェットに紹介された女衒(余談だが、フランス語では女衒のことを「マック」と言うため、マクドナルドは「マック」ではなく関西と同じように「マクド」と略す)のラウル(サディ・レボ)と出会ってからは本格的な娼婦となる。

そんな中、カフェで哲学者のブリス・パラン(本人が出演している)と出会ったナナは、パランから言葉と愛についての教えを受ける。ポーの「楕円形の肖像」を朗読する若い男(ペテ・カソヴィッツ。朗読自体はゴダール監督が行っている)とおそらく「体でなく言葉で紡ぐ愛」に目覚めたかのようだったナナだったが、その命は突然に断ち切られる。

重要なのはラストの「言葉による愛」への目覚めだと思われるが、それに到るまでの堕ちていく女の話と観るだけでも十分であろう。ゴダール作品なので、主題めいたものを求めると肩透かしをくらう可能性がある。ナナの「自由と責任論」も今となっては当たり前のことを話しているように聞こえるが、当時としては目新しいものだったと思われる。

 

当時、ゴダール監督の夫人であったアンナ・カリーナであるが、この映画の出来に不満だったという話もある。冒頭のシーンや「裁かるゝジャンヌ」の引用、そしてルグランが書いた宗教音楽のような旋律から察するに、あるいはジャンヌ・ダルクに憧れる女性の話のはずがそうならなかったということなのかも知れない。元々が娼婦を題材にした原案が存在する作品なので、娼婦を演じることに抵抗があったわけではないと思われるが、愛の物語が展開する前に話が終わってしまったことで自身の良さが出せなかったと思ったのであろうか。


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2020年9月15日 (火)

コンサートの記(654) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪クラシック2020第1公演 ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」@大阪市中央公会堂大集会室

2020年9月13日 中之島の大阪市中央公会堂大集会室にて

正午から中之島にある大阪市中央公会堂大集会室で、大阪クラシック2020の第1公演を聴く。大阪クラシックのプロデューサーである大植英次指揮する大阪フィルハーモニー交響楽団によるドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の演奏である。

大フィルにとって「新世界」交響曲は特別な曲である。1947年、まだ焼け跡の残る大阪で、当時は関西交響楽団と名乗っていた大阪フィルハーモニー交響楽団(定期演奏会の数なども数え直しているため別団体の扱いではあるが)の第1回定期演奏会が朝日会館(現在のフェスティバルホールの向かい、フェスティバルタワーウエストの場所にあった)で行われたが、その最初の曲目が「新世界」であった。戦災からの復興を願い、「新たなる世界」への出発の意を込めた選曲だったと思われる。指揮は勿論、朝比奈隆であった。

新型コロナウイルスの流行による自粛などもあり、大阪も文化・経済活動に大きな打撃を被った。戦争でこそないが、危機からの再出発と音楽文化の隆盛への願いを込め、また大フィルの原点回帰として、最初の曲目に「新世界」交響曲が選ばれたのだと思われる。

 

今回の大阪クラシック2020では無料公演は行われないが(無料公演だとチケットなしになるため、聴衆の住所や行動ルートなどの追跡が一切不可能となってしまう)、代わりにYouTubeを使った無料配信が行われ、1ヶ月程度であるがアーカイブの視聴も可能となる(大阪クラシック2020のホームページからYouTubeチャンネルに飛べるようになっている)。

大阪市中央公会堂の実施設計を行ったのは、東京駅や日本銀行などを手掛けたことで知られる辰野金吾であるが、辰野は今から約100年前に日本を襲ったパンデミックであるスペインかぜに罹患して亡くなっている。
大阪クラシックの第1公演は基本的に大阪市中央公会堂大集会室で行われる。そのため今回のためにこの場所が選ばれたわけではないが、因縁を感じないでもない。

大集会室へは東側のゲートから入るのであるが、手のアルコール消毒と検温が必要となり、チケットの半券も自分でもぎって箱に入れる。強制ではないが、大阪府独自の追跡サービスにメールを送る形でのチェックインを行うことも推奨されている。

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「新世界」交響曲のラストは、「corona(フェルマータの別名)」「dim.(ディミヌエンド。徐々に弱く)」「ppp(ピアニッシモシモ。最弱より弱く)」という指示で終わるため、やはり「新世界」交響曲を演奏する京都市交響楽団の団員が、「これってひょっとして」というメッセージをTwitterで発していた。
私も自分の目で確かめたかったので、「新世界」交響曲のポケットスコアを買って(JEUGIA三条本店が改修工事中であったため、Amazonで取り寄せた)ラストのみならずあちこちを確認。今日もスコアを持ってきていたので、要所要所はスコアを確認しながら聴く。当然ながらスコアを見ながら聴くと、普段なら気がつかないところにも気がつくようになる。ただずっと眺めながら聴いていると「学問的鑑賞」になってしまうため、それは避けた。知だけでは駄目だ、というより知は怖ろしい。

今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大が入る。ドイツ式の現代配置での演奏。古い建物の常として大阪市中央公会堂大集会室は傾斜が緩やかで、オーケストラのメンバーが良く見えなかったりするのだが、音が主役なのでそれは特に問題にはならない。

大植英次が現れ、指揮台に上って一礼。するとスタッフがアルコール消毒液を持ってきて、大植が自分でポンプを押して手を消毒するというパフォーマンスが行われ、笑い声が起こっていた。今日の大植はいつもに比べると抑えた指揮姿であり、なかなか格好いい。

 

どちらかというと流れて音楽を作るタイプの大植英次であるが、今日の「新世界」はじっくりとした歩みと堅牢なフォルムが目立つ演奏となる。演奏される機会が多く、「通俗名曲」と見做されることもあるこの曲を特別な作品として再現しようという意志があったのかも知れないが、印象に残る演奏であり、もしそういう意図があったとしたのなら大成功であったと思われる。

丁寧な造形美と確かな情熱を感じさせる演奏であり、ヘルベルト・ブロムシュテットの音楽性(私はブロムシュテット指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団による「新世界」をザ・シンフォニーホールで聴いたことがある)にやや仄暗さを加えたような「新世界」となる。

第2楽章では冒頭のトロンボーンがややずれたが、全体としては瑞々しい出来であり、コロナ前の大阪のクラシックシーンを回顧するような趣もあるが、むしろここはこれからの大阪への希望と捉えた方が良いのかも知れない。ノスタルジアに浸るのも良いだろうが、大阪の音楽界が終わったわけではない。20世紀には色々と叩かれることの多かった日本人によるクラシック音楽演奏であるが、ようやく世界水準に達した。日本におけるクラシック音楽の歴史がたかだか150年程度であることを考えると長足の進歩なのだが、まだまだこれからなのだ。過去よりも未来である。

新しい力がふつふつと湧き上がるような第3楽章を経て、第4楽章へ。ここで大植はかなり遅いテンポを採用。勢い任せな演奏になりがちな第4楽章であるが、音をかなり伸ばすことで、ジョン・ウィリアムズの「JAWS」の音楽のような不穏さを出す。そこから加速して盛り上がるが、皮相さはゼロ。明日への思いに満ちた誠実な演奏となる。大フィルも熱演だ。
ラストもコロナ収束への思いというよりも更に先の未来への期待を込めたかのような朝比奈にも繋がる終わり方であり、それまでの渋さから解き放たれたかのような明るめの音色と浮遊感が印象的であった。

 

演奏終了後、大植英次がマイクを手にスピーチを行う。ここで飛沫防止のためのシートを支柱で挟んだ特製器具が登場する。今日のために作ったものだと思われる。大植は、こんな状況であっても大阪クラシックが開催出来たことへの感謝を述べるが、「その原動力となったのは大阪市民の皆さんの熱意です」と語る。「どうしても大阪クラシックをやって欲しい」という声が多く、大植も心動かされたそうだ。大植は「健康にだけは気をつけて下さい」とも語る。

アンコール演奏のための楽団員がステージに姿を現しており、当然ながらアンコール演奏が行われると思われたのだが、大植は引っ込んでしまい、大フィルのメンバーも「あれ?」という表情で顔を見合わせている。大植は再度登場して、「終わりです」というポーズをし、大フィルのメンバーも「アンコールなしになったのかな?」ということでコンサートマスターの崔文洙もお辞儀をしたのだが、やはりアンコール演奏はあり、大植が完全に失念していたことが分かった。大植は指揮台に戻り、「年取ったのかな?」などと述べる。

 

アンコール曲は、ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ「観光列車」。ドヴォルザークが大の鉄道好きであったことから、その関連で選ばれた曲だと思われる。軽快でユーモアに富んだ音楽と演奏だ。こうした演奏を聴くと大フィルもかなり器用な楽団になったことが確認される。大阪市中央公会堂大集会室の「大大阪時代」の名残を留めるレトロでお洒落な内装もヨハン・シュトラウスⅡ世にピッタリであり、「ある意味、今年が音楽のニューイヤー」という気分にもなる。

 

その後も、大阪市中央公会堂の中集会室や大集会室で今年生誕250年を迎えたベートーヴェンの室内楽曲の演奏会があるのだが、間が空いてしまうということもあってチケットは取っておらず、周辺の美術館などに寄ろうかなどとも考えていたがそのまま京都に帰ることにする。演奏会場よりも電車にいる時間の方が長くなるが、それでも十分に思えるほど「新世界」交響曲の演奏は良かった。淀屋橋駅の京阪ジューサーバーで和梨の生搾りジュースを飲み、大阪を後にする。

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2020年9月14日 (月)

アラン・クック演出「リア王」(日本ビクター「シェイクスピア全集」より)

2005年11月24日

アラン・クック演出の「リア王」を観る。日本ビクターから出ているシェイクスピア全集の中の1本で、VHS3巻。約3時間の長編である。
スタジオ演劇であり、セットはかなり簡素。エドマンドがカメラ目線で話しかけ、ナルシストぶりを強調する演出などは面白いが、演劇的ではない。あくまでビデオ作品として割り切るべきだろう。
比較的、淡々とした進行を見せる。日本人によるシェイクスピア上演のように大袈裟な演技が目立つということもない。
コーディリアと道化は、シェークスピアの時代には男優が一人二役で演じていたようだ。それ故、道化とコーディリアが同じ舞台上にいることはない。

姉たちが発するうわべだけの父王への賛辞に不誠実なものを感じ、敢えてお世辞を言わなかったコーディリア。それが父王リアの逆鱗に触れる。
そもそもリア王が娘3人に領地を分け与えるなどというのも茶番なのだから、リア王を養う気なら、お世辞を言ってそれなりの所領を受け取って父を迎えるのが一番良いのだが、コーディリアは誠実過ぎて、偽りを言うことに耐えられなかったのだろう。茶番を演じているリア王とゴネリルとリーガンも愚かなことこの上ないが、コーディリアにも全く非がないとは言えない気がする。

「リア王」はこうした人間の愚かさをこれでもかとばかりにえぐり出した作品である。娘二人に騙されて、発狂するリア王。非嫡出子エドマンドに騙されて転落していくエドマンドの父グロスター卿とエドマンドの腹違いの兄エドガー(嫡出子)は、好一対である。勿論、戯曲上の技法である。

エドマンドはダーティーヒーローになる可能性を秘めた人物だと思うが、今日観た映像ではただの腹黒い男にしか見えなかった。葛藤が強調されていなかったためであろう。

コーディリアと道化が一人二役というのも役者が足りなかったからという理由からではないようで、コーディリアが言えなかったことを道化が代弁しているかのようである。かっては小人や、知的、身体的に障害があるものが宮廷に呼ばれ、王族のペットのような役割を演じていたことがわかっている。道化もその中の一人である。頭が固く、讒言に耳を貸さないリア王も、道化の言葉は聞く。道化のように知的障害のあるものが鋭い視点を持っているということを知ってか知らずか、面白半分に聞いている。真正面から反論するという形を取らないが故にリア王も話を聞くのだろう。

コーディリアが言おうとして言えなかったことが、道化によって語られる。リアが発狂し、思い上がった心を捨てるようになると、道化はいつの間にかいなくなる。そして最後まで出てこない。かなり不自然な退場であるが、色々な話術を使う必要がなくなったので、道化の後をコーディリアが受けても大丈夫になっている。ここはシェイクスピアがどれだけ計算していたのか謎なのだが。

ラストまで悲劇の連続なのだが、たまにユーモアも挟まれており、ホッとさせられる。

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2020年9月13日 (日)

観劇感想精選(352) 大槻能楽堂 「野村万作 萬斎狂言会 第25回記念」SD版振替公演

2020年9月8日 大阪・上町の大槻能楽堂にて観劇

午後7時から、大阪・上町の大槻能楽堂で「野村万作 萬斎狂言会 第25回記念」SD版振替公演を観る。SDは「Social Distance」の略で、一度売れたチケットを全て払い戻し、使用出来る客席を減らした上で再発売している。他の劇場公演同様、両隣を最低1席空けた上での鑑賞となる。

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この公演でもチケットは自分で半券を切り、手のアルコール消毒と検温の必要がある。また大阪府独自の追跡サービスに登録するか、スマートフォンや携帯がサービス非対応か、そうしたものを持ち歩いていない人は氏名や住所などを用紙に記入する必要がある。

 

まず野村万作による芸話が15分ほどあり、その後に野村裕基による小舞「名取川」、野村萬斎と野村太一郎による「清水(しみず)」。休憩を挟んで、野村萬斎、野村万作、野村裕基の三代共演となる「業平餅」が上演される。

 

野村万作の芸話。孫の野村裕基が先日、「奈須與市語」への初挑戦(「披く(ひらく)」」というそうである)を務め、今度は弟子達に「釣狐」の稽古を付けているという話から、自身が若い頃に「釣狐」を演じた時の話をする。現在は能舞台が横浜能楽堂に移築されている染井能楽堂で「釣狐」をやった二十代の頃の話である。まだ若く、運動神経にも自身があったことから張り切って挑んだが、舞台と橋掛かりを何度も行き来する必要があったため息切れが酷くなり、「気になる」と不評であった。そのため、再度「釣狐」に挑んだ時は復讐として慎重に演じたという話をする。何度も演じていく上で万作なりの工夫を凝らすことになるのだが、今行っている弟子への稽古は自分が付けた工夫は全て取り払い、昔、父親から教わった通りの「釣狐」に戻しているという。狂言は伝承が大切であり、自分がつけた色をそのまま伝えると元の形から逸脱したものが後世に残ってしまうため、それは避ける必要がある。
「釣狐」は、万作が「卒業論文のようなもの」と表現するほど狂言方にとって重要なものであるが、「釣狐」を演じることで得た技術は他の狂言を行う時にも生きるそうである。

 

小舞「名取川」。日本各地の川の名が読み上げられる川尽くしの舞である。
野村萬斎の長男、野村裕基は、清潔感に溢れる見た目と仕草が印象的。父親に顔は余り似ていないが声はそっくりである。

 

水繋がりとなる「清水」。主人(野村太一郎)が茶会を開くことになったので、良い水を汲む必要があり、太郎冠者(野村萬斎)に秘蔵の手桶を持たせ、野中の清水を汲みに行かせる。太郎冠者は、「居間での仕事があるので次郎冠者にお命じ下さい」という意味のことを言うが、主人は太郎冠者に行くよう命令する。この作品での太郎冠者は結構反抗的である。「女子どもにも出来る仕事」と不満を言い、こんなことをしていては茶会がある度に水汲みに行かせられる羽目になると嘆く。そこで太郎冠者は「清水で水を汲もうとしたところ、山の向こうから鬼が駆けて来た」と嘘をつき、水汲みの仕事をさぼる。だが主人は太郎冠者に持たせた秘蔵の手桶が気になり(主人は手桶の方が太郎冠者の命より大事らしい)、自ら清水へと赴く。太郎冠者は主人を追い返すために、鬼に化けて現れ、主人を脅すのだが……。

野村萬斎が時折行う口語調というか、開いた感じというか、いわゆる狂言の節とは違った台詞回しが絶妙のアクセントとなり、笑いを誘う。「狂言の革命児」野村萬斎の真骨頂である。狂言とはまた違った西洋音楽的、というと語弊があるかも知れないが、異質の台詞を挿入することで生まれる一種の「異化」効果によって、これまでの狂言とは別種の面白さが生まれている。あるいはこの「工夫」は萬斎一代で終わるものなのかも知れないが、彼が与えた影響は今後も形を変えて残っていく可能性が高い。

 

「業平餅」。色男の代名詞の一人である在原業平を主人公にした作品である。狂言は、「この辺りの者でござる」という口上が多いことからも分かるが、「その辺の人」が演じられることが多く、歴史上の人物が登場することは比較的珍しい。

橋掛かりから現れた野村萬斎は流石の気品。「おお! 業平だ!」と感嘆する。

業平が、歌人でありながらまだ歌道の神社である紀伊・玉津島明神に参拝したことがないというので、従者を引き連れて参詣に向かう途中の話である。
朝臣(ここでは「あそん」ではなく「ちょうしん」と読む)在原業平は和歌の名手と認められ、容姿の良さも相まって女からはモテモテであったが、政争に敗れた上、漢詩など、当時は和歌よりも上とされた学芸が不得手であったため、出世は叶わなかった(実際は晩年にそれなりに出世はしたようである)。というわけで金がない。
道中で売られていた餅が食べたくなった業平は、餅屋(石田幸雄)に、金の代わりに歌を詠もうと提案するが断られる。業平は、干ばつの時、小野小町が神泉苑での雨乞いで、「ことわりや日の本なれば照りもせめ さりとてはまたあめが下かは(日の本の国なので、日が照るのも道理でしょう。しかしながら、天が下というからには雨が降らないのはおかしい)」という歌を詠んで雨を降らすことに成功し、その褒美として餅を貰ったという話をして、餅と歌との繋がりを説くが、そんなことで餅屋が納得するはずもない。
業平はならばと、餅尽くしの歌を延々と披露し(ここで冒頭の小舞「名取川」と繋がり、循環する)、餅屋を驚嘆させる。業平が自らの正体を明かすと餅屋は「娘が一人いるが宮仕えを望んでいる」と語る。好色である業平は娘(野村裕基が面を被って演じている)をものにしようとするが……。

茂山千五郎家の「YouTubeで逢いましょう!」で観た「吹取」によく似た展開であり、娘を他人(この「業平餅」では、野村万作演じる傘持)に押しつけようとする下りもそっくりである。この作品では、「悲劇の才人」「稀代のモテ男」という業平のイメージからの落差が笑いのツボとなっている。


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2020年9月12日 (土)

DVD ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団 「展覧会の絵」「海」「惑星」

2005年11月24日

ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏会の模様を収めたDVDを視聴。ユニテルの制作。フィリップス・レーベル。
オーマンディは私がクラシック音楽を聴き始めた頃に好きだった指揮者の一人。かつてほどではないが今でも好きな音楽家だ。

1978年と79年、フィラデルフィア管弦楽団の本拠地であるアカデミー・オブ・ミュージックでの収録。
アカデミー・オブ・ミュージックは音響の悪さで有名で、オーマンディの後任となったリッカルド・ムーティは、アカデミー・オブ・ミュージックの音響が不満で、本拠地移転を何度も訴えるも叶えられなかったためフィラデルフィアを離任した、という噂もある。現在はフィラデルフィア管は新しく出来たホールに本拠地を移している。

ホールはともかくとして演奏は 晴らしい。
曲目は、ムソルグスキーの「展覧会の絵」、ドビュッシーの「海」、ホルストの「惑星」というショーピースが並ぶ。
弦の輝き、ブラスの威力、ともに圧倒される。こうした演奏が毎週のように、しかも40年以上に渡り聴くことの出来たフィラデルフィアの音楽愛好家はさぞや幸せだったろう。

オーマンディの指揮は、比較的地味で、例えばレナード・バーンスタインのような外連もなければ、カラヤンのような威厳もない。ショルティのようにやる気が前身から迸っているということもない。無駄のない動きで、主旋律を演奏しているプレーヤーに指示を与えるだけである。
こういう指揮ぶりもオーケストラプレーヤーから信頼を得やすいのではないだろうか。オーマンディは自らの指揮するオーケストラの音が、「フィラデルフィア・サウンド」と称されたことに異を唱え、「フィラデルフィア・サウンドなんてない。あるのはオーマンディ・サウンドだ」と答えたり、自分で自分のことを「独裁者」と言ったりしたそうだが、少なくともこの映像を観る限りでは、「俺が主役だ!」という出しゃばった感じは全く受けない。誠実そのものの指揮姿だ。

オーマンディは芸名で、本名はイェーネ・ブラウという。ハンガリーの生まれで優秀なヴァイオリニストであった。アメリカでの演奏旅行計画をマネージャーから持ちかけられて渡米。ところがそれは詐欺であり、ブラウ青年は無一文でニューヨークの街を彷徨うことになる。幸い、ヴァイオリンの腕がものをいい、オーケストラのコンサートマスターになれた。その後、指揮者に転向し、フィラデルフィア管弦楽団のシェフとなってからは全世界で最も人気のある指揮者の一人として名声を博した。

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これまでに観た映画より(207) 「恋愛寫眞」

2005年11月19日

DVDで映画「恋愛寫眞」を観る。堤幸彦監督作品。松田龍平、広末涼子主演。

前評判が悪かったので、期待しないで観たのだが、思ったよりはずっと良い映画だった。何よりも映像が美しい。

冒頭とラストのリンクも良くできている。松田龍平の英語が変なのと(ニューヨークも舞台になっていて、そこで英語を使うのはおかしくないが、ナレーションと、何故か日本にいる時も英語のセリフを用いている)、過剰な演技をしている一人の女優(ネタバレになるので名前は出せない)と、彼女の正体にすぐに察しがつくことは問題だが、堤幸彦にしては真面目な作品だし、少なくとも私は好感を持った。

松田龍平は好演。広末涼子も上手くはないが、彼女でなければ出来ないキャラクターを演じていたのは確かだ。

良い映画ではないだろう。しかし印象的だった。

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2020年9月11日 (金)

これまでに観た映画より(206) 「シェルブールの雨傘」

2020年9月7日 東寺近くの京都みなみ会館にて

東寺の近くにある京都みなみ会館で、「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち《デジタル・リマスター版特集上映》」の中の一本、「シェルブールの雨傘」を観る。冒頭から流れ、何度も歌われるメインテーマはミシェル・ルグランの代表作である。
監督・脚本:ジャック・ドゥミ。出演:カトリーヌ・ドヌーブ、ニーノ・カステルヌオーヴォ、アンヌ・ヴェルノン、ミレーユ・ペレー、マルク・ミシェル、エレン・ファルナーほか。セリフの全てが歌われるという全編ミュージカル作品であり、歌は全て本職の歌手によって吹き替えられている。演技と歌を別人が行っているということで、宮城聰の演出スタイルやその元ネタとなった文楽などの日本の伝統芸能、古代ギリシャの頃のギリシャ悲劇の上演形態が連想される。

英仏海峡に面したノルマンディー地方の港町シェルブールが舞台であり、映画はまずシェルブールの港の風景から始まる。やがて俯瞰ショットとなり、雨が降り始め、人々が傘を差して通り過ぎる。

1957年11月。主人公のジュヌヴィエーヴ(カトリーヌ・ドヌーブ)は傘屋の娘、恋人のギイ(ニーノ・カステルヌオーヴォ)はなぜか男前揃いの自動車整備工場の工員である。
映画は3つのパートとエピローグからなっており、第1部「旅立ち」では、自動車整備工場の場面に続き、ギイとジュヌヴィエーヴが劇場デートの約束をするシーンになる。二人が観るのはオペラ「カルメン」。おそらくこれはさりげない伏線になっていると思われる。
シェルブールの街を歩きながら将来を語るギイとジュヌヴィエーヴ。女の子が生まれたら名前は「フランソワーズにしよう」などと決める。

愛し合う二人だが、ギイがしがない自動車整備工ということもあって、ギイ本人も今すぐ結婚ということは考えておらず、ジュヌヴィエーヴの母親であるエムリ夫人(アンヌ・ヴェルノン)もギイの将来性を疑問視し、結婚には反対する。またギイの叔母のエリーズ(ミレーユ・ペレー)は病気がちで、ギイの幼なじみのマドレーヌがエリーズの面倒を見ている。マドレーヌを演じるエレン・ファルナーがこれまた絶世の美女であり、登場した時から何かが起こりそうな予感がする。

そんな中、二十歳になったギイは兵役に就くことになる。20世紀の終わり頃までフランスには義務兵役制があったが、1957年当時のフランスはアルジェリア戦争を戦っており、兵役に就くということは単なる訓練ではなく戦場に赴くことを意味していた。ギイもアルジェリアに向かうことになり、ジュヌヴィエーヴとシェルブール駅で別れる。

一方、エムリ夫人とジュヌヴィエーヴが営むシェルブール雨傘店の経営が傾いており、店の営業権利を守るためにエムリ夫人のネックレスを売ることにする。宝石店でネックレスを出すも店主からは色よい返事が貰えない。だが、たまたま店に来ていた宝石商のローラン・カサール(マルク・ミシェル)がネックレスを高値で買い上げる。カサールは母親と一緒に来ていたジュヌヴィエーヴを一目見て気に入る。

第2部「旅立ち」。2ヶ月後の1958年1月。ジュヌヴィエーヴが妊娠していることが判明する。ギイとの子だった。だが肝心のギイはアルジェリアにおり、手紙もたまにしか来ない。一方、カサールがジュヌヴィエーヴにアプローチを始めており、最終的に倫理上正しいのかどうかわからないが、「生まれた子どもは自分たちの子として育てよう」と言ってくれたカサールをジュヌヴィエーヴは選ぶことになる。

 

「戦争に引き裂かれた悲恋もの」などといわれることがあるが、それはちょっと違う気がする。ジュヌヴィエーヴは自分の意思でギイの帰郷を待たずにカサールと結婚したのであり、少なくともこの時はジュヌヴィエーヴにとっては悲恋でも何でもない。

第3部「帰還」以降はギイが主人公となり、ジュヌヴィエーヴはエピローグのラストになるまで登場しない。ギイはやはりというかなんというか次の恋人としてマドレーヌを選び、結婚する。マドレーヌにプロポーズする際、「ジュヌヴィエーヴのことは忘れた」とギイは言ったが、以前、ジュヌヴィエーヴと「男の子が生まれたらフランソワという名にしよう」という約束を引きずっており、マドレーヌとの間に生まれた息子にフランソワと名付けた。
ギイは以前、ジュヌヴィエーヴに語った将来の夢をマドレーヌ相手に成し遂げていく。

 

原色系の衣装やセット、街並みなどが鮮やかであり、全編音楽が流れてセリフも歌ということを考えると、メルヘンチックではある。衣装は主人公の心境を代弁するかのように色彩を変えていく。この辺は表現主義過ぎて嫌う人もいるかも知れない。セリフもド直球のものが多く、ミュージカルでなくストレートプレーだったとしたらかなり馬鹿っぽいやり取りになってしまうため、ミュージカルとして成立させたのは成功だった、というより最初からミュージカルスタイルでしか成功し得ない展開を狙っているのだと思われる。

ラストシーン、ギイが経営するガソリンスタンドの場面。クリスマスイヴであり、マドレーヌはフランソワを連れて買い物に出掛ける。その時、ガソリンスタンドに一台の車が駐まる。運転しているのは今はパリで暮らしているジュヌヴィエーヴであり、助手席にはギイとの間の娘であるフランソワーズがいた。

ジュヌヴィエーヴは高級車に乗り、身につけている服も上質なものだが、その表情はどう見ても幸せそうには見えない。ガソリンスタンドの部屋に入り、「ここは暖かいわ」などと「かもめ」のニーナのようなセリフを言うジュヌヴィエーヴであるが、ギイは「フランソワーズに会わないか」というジュヌヴィエーヴの提案には乗らない。ガソリンスタンドに寄ったのはたまたまだというジュヌヴィエーヴであるが、本来寄る必要のないシェルブールに寄っているということは、心のどこかでギイに会えたらという気持ちがあったものと推察される。というよりもむしろ、「かもめ」へのオマージュであるということを考えれば、ジュヌヴィエーヴはギイに会うためにシェルブールに来たのである。半島の先端にあるシェルブールはついでに寄るような街ではない。その街に行きたいという意志のある人だけが来る街である。ジュヌヴィエーヴはギイの夢を以前に聞いており、今のギイがそれを果たしているであろうことは容易に推測出来る。今現在と違って情報化社会ではないが、その気になればギイと再会することはそう難しくはない。そして二人の間の娘であるフランソワーズを見せればギイも態度を変えるのではと、甘い期待を抱いていたのかも知れない。だがそうはならなかった。

ジュヌヴィエーヴの車が去ると同時にマドレーヌとフランソワが帰ってくる。ギイはジュヌヴィエーヴを一顧だにせず、マドレーヌと抱き合い、フランソワと遊び戯れる(一顧だにせずというところが結構衝撃的である)。ギイは本当に幸せそうだ。多くの人が、「あの時、素直にギイを選んでおけば良かったのに」とジュヌヴィエーヴの愚かしさに悲しくなる。これがこの映画の最大のカタストロフィであろう。同じフランスが生んだ作品である「カルメン」はどちらかというと男の方が馬鹿だったが、この映画では女の方が浅はかであり、手にし得た幸せをみすみす逃してしまうという話になっている。そもそもジュヌヴィエーヴが歌うメインテーマの歌詞はギイに対して「あなたなしで生きていけない死んでしまう」歌ったものなのだが、歌詞とは裏腹にあっさりとカサールを選んでいる。恋に誠実になれなかったジュヌヴィエーヴの女としての悲しさが、もう戻すことの叶わない日々のセリフとしてこだまするかのようである。


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2020年9月10日 (木)

ショパン 夜想曲第20番(遺作) ピアノ:イディル・ビレット

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コンサートの記(653) 広上淳一指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2020「オーケストラを聴いてみよう!」第2回「躍動するリズム」VS「美しいメロディ」

2020年9月6日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2020「オーケストラを聴いてみよう!」第2回「躍動するリズム」VS「美しいメロディ」を聴く。

第2回とあるが、新型コロナの影響で第1回は公演中止となり、今回が今シーズン最初の公演となる。オーケストラ・ディスカバリーは4回の通し券が発売され、余った席を1回券として発売していたが、再開するに当たり、ソーシャルディスタンスを取る必要があるため、ほぼ完売状態だった通し券が全て払い戻しとなり、希望者は改めて1回券を購入するという措置が取られた。今年度予定されている第3回、第4回の公演も1回券が今後発売される予定である。

 

今日の指揮者は、京都市交響楽団第13代常任指揮者兼芸術顧問、更に京都コンサートホール館長も兼任することになった広上淳一。本来は第2回の指揮者は今年の4月から京響の首席客演指揮者に就任したジョン・アクセルロッドが受け持つはずだったが、外国人の入国制限が解除されないということで広上が代わりに指揮台に立つことになった。広上は来年の3月に予定されている第4回の指揮も担う予定である。

広上淳一の指揮する京都市交響楽団を生で聴くのは今年初めてのはずである。1月にあった京都市ジュニアオーケストラの公演は聴いているため、指揮姿を生で見るのは今年初ではないが、京都市交響楽団の今年の3月定期はカーテンコールの配信する無観客公演となり、その後に予定されていたスプリングコンサートや兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールでの公演も中止となった。この夏の「京響 みんなのコンサート」の指揮台には広上も立っているが、平日の午前11時からの公演ということで、聴きには行けなかった。

 

曲目は、J・S・バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」(G線上のアリア)、ハイドンの交響曲第94番「驚愕」から第2楽章、ブラームス(シュメリング編曲)のハンガリー舞曲第5番、ヴォーン・ウィリアムズの「グリーンスリーヴス」による幻想曲、ベートーヴェンの交響曲第7番から第1楽章、チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」からポロネーズ、リムスキー=コルサコフの歌劇「サルタン皇帝の物語」から“熊蜂の飛行”、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から間奏曲、ファリアの歌劇「はかなき人生」から“スペイン舞曲”、ビゼーの「カルメン」第2組曲から“ハバネラ”、オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲から“カンカン”

 

今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平。第2ヴァイオリンの客演首席は大阪交響楽団の林七奈。フルート首席の上野博昭、クラリネット首席の小谷口直子は降り番である。
今日は管楽器は弦楽と間を空けてステージの最後部に並ぶ。弦楽器群との間に飛沫防止のためのアクリル板が立ててある。通常ステージ最後列に陣取ることが多い打楽器群は今日はステージ下手側への配置となる。
編成はほぼフルサイズであるが、弦のプルトは譜面台を二人で一つではなく個々で用いており、通常よりは間を置いての演奏である。
管楽器の飛沫が上から下へと飛ぶの避けるため、ステージをすり鉢状にせず、平土間での演奏であるが、音は良く響く。

 

J・S・バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」。京響が取り上げることの多い曲だが、広上ならではの見通しの良さと音の抜けの良さが広がりと優しさを生んでいる。耳と心が清められるかのような演奏であった。

 

今回のナビゲーターはガレッジセールの二人。ナビゲーターは話す必要があるため、今回はステージ上ではなく、席を取り払ったポディウムに距離を置いて並んで進行を行う。
ゴリが、「普段は我々は指揮者の方の横で話すのですが、離れて上にいた方が広上さんと同じ大きさに見えるということで」とボケ、川田広樹に突っ込まれて、「コロナ対策ということで」と本当のことを述べていた。

「G線上のアリア」という別名についてゴリは、「ヴァイオリンの一番太い線をG線というそうですが(コンサートマスターの泉原がヴァイオリンを立てて持ち、G線を示す)、ヴァイオリン独奏用に編曲した時にG線のみで弾けるようにしたということでG線上のアリア、じじいが好きというじじい専門もジイ専というわけですが」とボケていた。

 

ハイドンの交響曲第94番「驚愕」から第2楽章。曲を紹介する時にはゴリは、「西郷隆盛は『おいどん』、こちらはハイドン」とボケる。

ハイドンは現在ではピリオドで演奏するのが基本ということで、弦楽の弓の使い方はHIPを用いている。「驚愕」の音が起こる場面で広上は指揮棒を持った右手を思いっきり引いてから叩きつけるという大見得を切る。今日も広上は応援団が「フレー! フレー!」とやる時のような仕草を見せるなどユニークな指揮ぶりだが、出てくる音楽はオーセンティックである。

 

ブラームスのハンガリー舞曲第5番でも重厚さと軽妙さを合わせ持った優れた音楽作りを行う。

 

ヴォーン・ウィリアムズの「グリーンスリーヴス」による幻想曲。今回のテーマは「躍動するリズム」VS「美しいメロディ」であるが、「グリーンスリーヴス」による幻想曲はメロディー重視の佳曲である。淡さを宿した弦楽の音色の上に管が浮かび上がってくるという儚さと懐かしさに満ちた演奏である。

ゴリが、「キユーピーのCMにも使われたことがあるということで、聴いたことのある方も多い曲だそうですが。今、キューピーといった時に広上さんが『俺か?』という顔をなさいましたが、広上さんではありません」

 

前半のラストはベートーヴェンの交響曲第7番から第1楽章。ゴリが「今年はベートーヴェン生誕250周年だそうで、ベートーヴェンも250歳です。今もご健在で」とボケて、川田に「そんなわけあるか!」と突っ込まれる。ゴリは交響曲第7番について、「『のだめカンタービレ』で一躍有名になった」と紹介する。

広上が得意とするベートーヴェン。交響曲第7番はリズムを旋律や和音よりも重視するという、当時としては特異な楽曲である。ノリの良い明るめの演奏が展開されるが、広上と京響のコンビということを考えると音に厚みがやや不足気味。ソーシャルディスタンスのための配置が関係しているのだと思われる。

 

後半。チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」からポロネーズ。京響の音の輝きと広上の躍動感と盛り上げの上手さが光る演奏。スケールも大きい。

演奏終了後、広上はマスクを着けてマイクを手に取り、ガレッジセールの二人に「会いたかったよー!」と話し掛ける。その後、オペラについての解説を行う。広上が、「前半は45分丁度で終わった。『マエストロが話し出すと10分も20分も延びる』」と裏方から言われたことを語り、ゴリが「広上さんのトークは交響曲1曲より長いと言われてますもんね」と返し、広上は「2分で纏めます」と言って、オペラというのは芝居であるがセリフも音楽であると語り、「俺はゴリだー、俺は川ちゃんだー」というメロディーを即興で歌っていた。

 

リムスキー=コルサコフの歌劇「サルタン皇帝の物語」から“熊蜂の飛行”とマスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から間奏曲。
リムスキー=コルサコフの“熊蜂の飛行”は京響の団員の妙技が目立ち、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」から間奏曲は弦楽の磨き抜かれた響きと抒情性が見事である。

演奏終了後、ゴリは「蜂が一杯飛んでましたね」と言い、熊蜂というタイトルであるが実際はマルハナバチという蜜を運ぶ優しい感じの蜂で、いわゆる熊蜂やスズメバチといったようなイメージではないと説明した。

 

ファリアの歌劇「はかなき人生」から“スペイン舞曲”と、ビゼーの「カルメン」第2組曲から“ハバネラ”。スペイン絡みの曲が並ぶ。共に情熱的で蠱惑的な表情も持つ魅力的な演奏となる。ファリアはスペインの作曲家ということで、カスタネットが用いられるなど、スペインの民族性が強烈に発揮されている。

 

オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲から“カンカン”。ゴリが「『天国と地獄』の序曲は全部演奏すると10分ぐらい掛かる曲なのですが、今日はその中から“カンカン”を演奏します。皆さん、“カンカン”をご存じですか? そうです、上野動物園のパンダです」

ゴリがボケている間、広上はヴィオラ首席の小峰航一と向かい合って、右足を軽く上げていた。
京響の威力が発揮された演奏であり、弦も管も力強く、それでいてバランスも最良に保たれている。ノリも良く、熱狂的であるが踏み外しはない。
演奏活動が再開されてから、秋山和慶、松本宗利音、三ツ橋敬子、阪哲朗の指揮で京都市交響楽団の演奏を聴いたが、広上とのコンビによる演奏がやはり最も高いレベルに達していることが実感される演奏会であった。


「躍動するリズム」VS「美しいメロディ」に関するガレッジセールからのメッセージは、京都市交響楽団の公式ブログに一字一句正確に記されているのでそちらを参照されたし。

 

アンコール演奏は、レナード・バーンスタインの「ディヴェルティメント」から第8曲、行進曲“BSO(ボストン交響楽団)よ永遠なれ”。レナード・バーンスタイン独自のイディオムを消化しつつ京響のゴージャスな響きを存分に鳴らした快演であった。

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これまでに観た映画より(205) 周星馳監督・主演「少林サッカー」

2005年11月23日

周星馳(チャウ・シンチー)監督・主演の香港映画「少林サッカー」を観る。レンタルDVDでの鑑賞。

周星馳は香港コメディ界の帝王。日本の場合はお笑いをやるなら不細工であればあるほど有利という風潮もあるが、香港ではお笑いをやるにしても容姿最優先であり、周星馳も男前である。周星馳自身が「香港では見た目が良くないとコメディアンとして人気は出ないと」と日本人記者に向かって断言している姿をテレビで見たことがある。

ちなみに「不夜城」などで知られる作家の馳星周は周星馳のファンで、ペンネームは周星馳を逆にしたものだ。
それは余談として、「少林サッカー」はどこまで本気なのかわからない、サッカー・アクション・コメディ。
笑うべきなのかどうなのか微妙なシーンが多いのが難点だが、スポ根ものの王道は行っている。

セリフは広東語だが、中国の女優である趙薇(ヴィッキー・チャオ)だけは北京語。周星馳も、趙薇と話すときは北京語を用いている。昔は香港映画といえば広東語オンリーだったが、英国から香港が返還された1997年前後から北京語も取り入れた作品が増えている。
今や香港スターは北京語必須である。とはいえ、広東語に比べると北京語の方がずっと簡単なのは間違いない(声調も北京語が4つであるのに対して広東語は9つあり、習得は難しい)。

漫画のような映画だが、映像の迫力は漫画には出せないもので、漫画を映画にしたという以上のものを感じる。真面目に観るべきではない映画だが、いかにも香港というテイストで、痛快ではある。

私はあまり好きになれなかったけれど、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまう場面も多かったし、そういうものが好きな人も多いだろう。
そもそも、サッカーと少林寺拳法を結びつけようという発想が凄い。映画としては好みが分かれるだろうが、発想は天才的である。

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DVD 「ショルティ・イン・コンサート」

2005年11月17日

「ショルティ・イン・コンサート」というDVDを観る。ユニテルの制作。1978年、シカゴ・オーケストラホールでのシカゴ交響楽団の演奏会と、1980年の大晦日にミュンヘンのヘルクレスザール行われたバイエルン放送交響楽団の「ジルベスターコンサート」の模様を収録している。

サー・ゲオルグ・ショルティは1912年、ハンガリーの首都ブダペストに生まれた指揮者で、最初はピアニストとしてスタート。リスト音楽院でバルトークやコダーイらに師事し、作曲やピアノ、指揮を学ぶ。その後、指揮者に専念するようになり、シカゴ交響楽団を全米最高のアンサンブルに鍛え上げた。1997年没。

シカゴ交響楽団とはオール・ロッシーニ・プログラム。「セビリアの理髪師」や「泥棒かささぎ」などの名序曲が次々と奏でられる。
ショルティの指揮は機敏で溌剌としており、オーケストラにどんな音楽を要求しているのか見ているだけではっきりわかる。
シカゴ交響楽団のメカニックは最高で、地を揺さぶるほどの威力ある低弦の上に、管楽器の音がピンポイントで置かれていく。
歌も豊かで、かつ爽やかだが、スッキリし過ぎているようにも思える。しかしこれだけ鉄壁のアンサンブルを聴かせられると、圧倒されてしまう。

バイエルン放送交響楽団とは、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」、スメタナの「モルダウ」、リストの交響詩「プレリュード」を演奏。
ヘルクレスザールはシカゴ・オーケストラホールとは違い、残響が豊かだ。
ショルティが指揮台に立っただけで「ブラボー」が出る。まだ一音も発していないのだが。

「ドン・ファン」は意外なくらいあっさりとした音色で開始。シカゴ響の時とは違い、低弦をあからさまに強調することはない。ショルティの指揮姿はやはり指示が明瞭で、だからこそシカゴ響を全米最高の精度を誇るオーケストラにすることが出来たのだと納得する。

「モルダウ」では冒頭のフルートのアンサンブルがやや不安定である。弦楽合奏は内声部まで良く聞こえ、それでいてバランスも精妙だが、ショルティの表現はこの曲に合っていない気もする。月光の水面の場面は詩情豊かだが、その他の部分でも詩心が欲しい。曲の最後の和音を奏でるときに、ヴァイオリンの誰かがフライングしているのが聞こえる。

「プレリュード」はショルティの十八番だけに期待を裏切らない名演。実にクリアな演奏で、楽譜に書かれた全ての音符が見えるようだ。

自らのオーケストラであるシカゴ響を振った時は、第1ヴァイオリンの方を向いて、主旋律を浮かび上がらせるような仕草が目立ったショルティだが、バイエルン放送響を指揮した時は、ほぼ正面を向いたまま指揮している。たまに第1ヴァイオリンの方を向いて指揮することもあるが、シカゴ響の時と比べるとずっと短い。曲の違いもあるだろうが、バイエルン放送響へは客演だけに遠慮もあるのだろう。

カラヤンやレナード・バーンスタイン、ギュンター・ヴァントやクラウス・テンシュテットなどは、最近も未発表録音が発売されたり、DVDが出たりと再評価も進んでいるが、ショルティは(少なくとも日本では)今のところ忘れられた存在になりかけている(後記:その後、音盤がリリースされるなどして一時よりは盛り返している)。職人肌の指揮者で何よりもアンサンブルの精度を重視するというスタイルが特徴だったが、世界中の各アンサンブルの精度が以前より向上した現在、ショルティ&シカゴの音楽も特別なものには聞こえなくなってしまったのかも知れない。

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2020年9月 9日 (水)

スタジアムにて(26) J2 京都サンガF.C.対ジェフユナイテッド千葉@サンガスタジアム by KYOCERA 2020.9.5

2020年9月5日 JR亀岡駅前のサンガスタジアム by KYOCERAにて

亀岡へ。サンガスタジアム by KYOCERAで明治安田生命J2リーグ、京都サンガF.C.の試合を観戦する。今日の相手はジェフユナイテッド千葉。私の出身地のチームと現住地のチームとの個人ダービーである。この顔合わせは私にとっては魅力的で、西京極時代にも何度か観戦に出向いている。当時のジェフにはまだ巻誠一郎がいたりした。

ジェフユナイテッド千葉(正式名はジェフユナイテッド市原・千葉)は、私が千葉に住んでいた頃は、千葉市の南にある市原市に本拠地を置くジェフユナイテッド市原というチームであり、JR五井駅からバスで向かうしかない市川臨海競技場に本拠地を置いていた。歩くと五井駅から40分ぐらい掛かるため、交通の便は最悪。スタジアム自体もJリーグの基準をギリギリで満たしたという程度であり、「Jリーグ最低のホームグラウンド」などと呼ばれていた。一度だけ観戦に出掛けたことがあるが、こぢんまりとしたスタジアムであり、陸上競技場ではあるが、ピッチは客席からそう遠くはなかった。だが、やはり交通の悪さには難儀した。その後、千葉市内の南の方にあるJR蘇我駅(京葉線のターミナルである)にほど近い川崎製鉄の土地であった場所にサッカー・ラグビー専用スタジアムであるフクダ電子アリーナ(略称:フクアリ)が建てられたが、私はフクダ電子アリーナには一度も行っていない。

千葉市というと、マリーンズにジェフがあってプロスポーツが充実しているというイメージを持たれることが多いようだが、それはごく最近の話である。

一方、京都府のスタジアム文化は47都道府県中最低レベルといわれており、西京極も交通至便という以外にサッカー用としては取り柄がない競技場であった。元々、サッカーよりも陸上競技の聖地として知られていた場所であり、Jリーグ最低の競技場である市原臨海から離れて京都に来たと思ったら、千葉にはフクアリが出来、変わってJリーグ最低の本拠地となった西京極で観戦することになるのだから、私自身のスポーツ運も余りないのかも知れない。

ということで西京極でのサッカー観戦に満足が得られず、Jリーグ観戦からも離れていたのだが、サンガスタジアムという臨場感溢れる球技場がようやく完成し、サッカーでワクワク体験を得られるようになった。西京極に比べると遠いが、田園が広がり、保津川が流れ、牛松山や愛宕山が聳えるという亀岡の地は日本の原風景に近く、京都市と亀岡市の境にある保津渓谷の風景もあたかも異世界への旅のような味わいがあって最高である。スマホの電波は届かなくなるが、それもまた異境への通過儀礼の一つのように感じられる。

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前置きが長くなったが、とにかく試合である。今日はメインスタンドでの観戦である。席が選べたので、なるべく前の方の席を取る。取れたのはW13ゾーンの4列目7番。目の前でジェフの選手がウォーミングアップを行っていたり、話していたりするのが聞こえる席である。ファーサイドでのプレーが確認しづらいという難点はあるが、臨場感は素晴らしい。ただ、ゲーム全体を楽しみたいならバックスタンド3階席の方が個人的には良いように思う。前回もバックスタンド3階席で観たが、次からはバックスタンドでの観戦を増やそうと思っている。

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怪我で長らく出場していなかったムードメーカーの森脇良太が復帰。現在、J2の得点王に君臨しているピーター ウタカの存在も大きいが、サンガはホームでは強いものの、アウェイではこのところ4戦1勝2敗1分けであり、肝心のホームでもここ2試合はいずれもドローと、なかなか上位に食い込むことが出来ないでいる。

 

サンガスタジアムのグルメはこれまで余り充実していなかったが、外側コンコースだけではなくゲート内にも飲食店がオープンするなど、本格的な稼働に近づいて来ている。

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午後6時33分キックオフ。
ジェフイレブンは、一般的なフォーバックだが、その前の中盤の4人の選手も守備的であり、実質8人での守りとなる。ウタカを警戒しての作戦なのかも知れない。そのため、サンガの選手はフリーの場面をなかなか作ることが出来ず、「攻めあぐねている」という印象を受ける。元々、攻撃はウタカ頼みのところがあり、選手層のバランスが良いというわけではない。

ジェフは守備的ではあるが上がりにはスピードがあり、手強さを感じさせる。カウンターに自信があるため守りを厚く出来るのだと思われる。J2が長いが、元々は社会人の強豪、古河電工を前身とする名門チームであり、高校サッカーの強い千葉県に本拠地を置いているというアドバンテージもある。

サンガのチャンスは少ない。前半28分に、ゴール前でパスを受けたレナン モッタのシュートがゴールネットを揺らすが、これは明らかにオフサイドであり、得点とは認められない。

だがその後、相手キーパーから味方ディフェンダーへのパスをレナン モッタが取りに行き、ボールがこぼれてゴール前のウタカに繋がる。ウタカはこれを冷静にゴール真ん中にグラウンダーで決めてサンガが先制。サンガイレブンがメインスタンド側に集まり、森脇のリードで皆が両手を高く上げて合わせ、「ウォッシュウォッシュ」とコロナ絡みの手洗いパフォーマンスを行う。

 

サンガは前半アディショナルタイムにも、右サイドからのコーナーキックに森脇が頭で合わせ、こぼれた球がゴールポストに当たって跳ね返ったところをヨルディ バイスが頭で押し込んで追加点を挙げる。

 

後半はジェフもスリーバックに変えて攻撃的なスタイルに切り替える。一方のサンガは後半16分にウタカを引っ込め、守勢に回る。基本は5バックであり、攻勢に出た時はフォワードが相手ゴール前まで切り込むこともあるが無理にシュートは行わず、ボールをキープする時間を長くする。中盤でも途中から入った安藤淳が華麗なドリブルでの突破を見せるが、そのまま相手陣内深く攻め入ることはなく、結局バックパスを行って敵にボールを取られないことを優先させていた。

ジェフは田坂のロングシュートがゴールバーに当たって上に逸れるなど、サンガを脅かすが、最終ラインを分厚くしたサンガディフェンスを突破することは叶わず、2-0で京都サンガF.C.がジェフユナイテッド市原・千葉を下した。

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2020年9月 8日 (火)

楽興の時(39) 京都坊主BAR 「MANGETSU LIVE vol.24」(オーボエ:國本恵路)

2020年9月2日 元本能寺の近くの京都坊主BARにて

午後7時から、元本能寺の近くにある京都坊主BARで、「MANGETSU LIVE vol.24」を聴く。今日はオーボエの國本恵路(くにもと・えみ)独奏の演奏会である。

國本恵路は、大阪芸術大学演奏学科オーボエ専攻卒業後、フランスに渡り、更にスイスに移ってチューリッチ芸術大学でもオーボエを修め、同大学の大学院で音楽生理学の基礎コースを修了している。帰国後は合気道を習い、現在は合気道の指導員としても活躍しているという。

飛沫防止用のシートを前にしての演奏。これまで京都坊主BARでは、リコーダー、ヴィオラ、電子チェンバロ、ヴィオラ・ダ・ガンバなどの演奏を聴いてきたが、オーボエが一番音の通りがいい。


スコット・ジョプリンの「ジ・エンターテイナー」のオーボエ独奏版でスタート。合間にトークを入れながらの進行である。今日はマイクが使えるため、トークの内容もよく聞こえる。
「ジ・エンターテイナー」は、1973年公開の映画「スティング」で一躍有名になり、今ではサッカーのサポーターが歌う曲として抜群の知名度を誇っている。

秋をテーマにしたということで、イギリスの作曲家であるジェームズ・オズワルドの「キリンソウ」が演奏される。秋というと日本ではノスタルジックなシーズンというイメージだが、イギリスの曲ということで日本の秋のイメージとは大分異なる。

日本の秋の曲として「夕焼け小焼け」が録音伴奏付きで演奏されるが、やはり日本の秋というと、空が高く澄んでいて、夕焼けが映えてというイメージが浮かびやすい。秋の季語である「月」も歌詞に登場する。中村雨紅の詩は出身地である今の東京都八王子市の夕景を表したものだそうである。國本によると「夕焼け小焼け」のメロディーは草川信が1923年に作り上げたものであるが、この年の9月1日起こった関東大震災によってオリジナルの譜面は焼けてしまったという。ただ友人に写譜を渡していたため、作品自体が灰燼に帰すということは避けられたそうだ。

続いて瀧廉太郎の「荒城の月」が録音伴奏付きで演奏される。1番は歌曲の旋律通り(山田耕筰の編曲に準拠)に吹いたが、その後は崩して歌われ、最後に歌曲のメロディーに戻ってくるという編曲であった。

アンタル・ドラティ作曲の無伴奏オーボエのための5つ小品から「蟻とキリギリス」。
指揮者大国ハンガリー出身の名指揮者として名高いアンタル・ドラティ(ドラーティ・アンタル)。世界初の「ハイドン交響曲全集」を作成し、晩年にデトロイト交響楽団を指揮して録音したストラヴィンスキーの「春の祭典」は名盤中の名盤として知られる。
作曲家や編曲家としても活躍しており、無伴奏オーボエのための5つの小品は、名オーボイストのハインツ・ホリガーのために作曲されたものである。
20世紀の作品だけに音に鋭さがあり、進行も割合複雑である。最後に軽いオチがある。

20世紀のイギリスを代表する作曲家であるベンジャミン・ブリテンの「6つの変容」より。「6つの変容」は、ギリシャ神話に登場する神々にちなんだ曲集で、今日はそのうちの“パン”、“フェイトン”、“アレトゥーサ”にまつわる3曲が演奏された。
ベンジャミン・ブリテンは、生前から「パーセル以来久しぶりに現れたイギリスの天才作曲家」と呼ばれていたが、近年、作品が上演される機会の増えている作曲家の一人であり、才気に満ちた作品の数々が人々を魅了している。

今年の7月に亡くなった映画音楽の大家、エンニオ・モリコーネの「ガブリエルのオーボエ」。録音伴奏付きの演奏である。耳に馴染みやすく、どこか懐かしい甘美で流麗な旋律が魅力的である。

クロード=ミシェル・シェーンベルクの「レ・ミゼラブル」より“夢破れて”。クロード=ミシェル・シェーンベルクは、十二音技法で知られるアーノルト・シェーンベルクの親戚である。
“夢破れて”は、スーザン・ボイルの歌唱で有名になったほか、映画「レ・ミゼラブル」のアン・ハサウェイによる感情を最優先させた歌唱も話題になった。日本語訳詞版を歌う歌手も多く、ミュージカル「レ・ミゼラブル」の中でもキーになっている曲として人気が高い。嘆きの歌詞を持つだけに、歌だと情感たっぷりとなるが、オーボエで演奏した場合は旋律の美しさが目立つ。

最後はテレマンのファンタジー。「MANGETSU LIVE」はバロック以前の楽曲演奏を主軸とした演奏会であるため、テレマンの楽曲が演奏されることが多いのだが、均整の取れた楽曲は魅力的である。

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2020年9月 7日 (月)

これまでに観た映画より(204) 「ALWAYS 三丁目の夕日」

2020年9月4日

DVDで日本映画「ALWAYS 三丁目の夕日」を観る。山崎貴監督作品。2005年の映画である。原作:西岸良平(漫画「三丁目の夕日」)。出演:吉岡秀隆、堤真一、薬師丸ひろ子、堀北真希、小雪、もたいまさこ、三浦友和(友情出演)、麻木久仁子、ピエール瀧、須賀健太、小木茂光、石丸謙二郎、奥貫薫、マギー、温水洋一、木村祐一、益岡徹、小日向文世ほか。

東京タワーが竣工する昭和33年の春から大晦日に掛けてを描いた作品であり、昭和のテイストで溢れている。

昭和33年は、西暦でいうと1958年。長嶋茂雄が読売ジャイアンツに入団し、開幕戦の対国鉄スワローズ戦で金田正一から4打席4三振を喫するという有名なデビューを果たした年である(劇中で子ども達がそれを真似るシーンが出てくる)。京都市交響楽団の常任指揮者兼芸術顧問である広上淳一はこの年の5月5日に生まれている。

この作品は、堀北真希の出世作であるが、その堀北真希も山本耕史と結婚し、3年前に芸能界を引退。時の流れの速さが感じられる。

現在の東京都港区愛宕付近が三丁目のモデルとされている。

芥川龍之介ならぬ茶川竜之介(吉岡秀隆)は三文作家。駄菓子屋・茶川商店の主と作家を兼ねている。本格的な純文学作品を目指して執筆を続けているが、良いところまで行った経験はあるものの、この頃は落選続き。生活のために子ども向けの雑誌に冒険ものを連載しているが本意ではない。飲み屋の女主人であるヒロミ(小雪)には、「大人には失望した。子ども達の文学的素養を高めるための作品を書く」とくだを巻いている。
そんな茶川のところに、捨て子である吉行淳之介ならぬ古行淳之介(須賀健太)がやって来る。最初は淳之介を邪魔者扱いしていた茶川であるが、淳之介の子どもながらに優れた文才と想像力に愕然とし……。
ちなみに淳之介の母親の名は和子(奥貫薫が演じている。ワンシーンのみの登場)となっており、遊びが見られる。

一方、青森から集団就職で上京した星野六子(むつこ。「ろく」「ろくちゃん」というあだ名で呼ばれる。堀北真希)は、大きな会社に入れるものだと胸を膨らませていた。
国鉄上野駅の改札口まで出迎えに来た鈴木オートの社長である鈴木則文(堤真一)のビシッとした背広姿に夢が広がるが、鈴木オートは小さな自動車修理業者であり、一気に幻滅する六子。夢との落差に一人涙した六子だが、熱心に働き続け、星野の家族からも認められていく。

日本が成長へと向かっていく時代。建設中の東京タワーはまさに希望の象徴であった。明日は今日よりも良くなる。それが当たり前だった時代の朗らかさが画面から伝わってくる。東京タワーの他にも、三種の神器と呼ばれた、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が登場。便利な世の中になっていく。その一方で、氷屋(ピエール瀧)が仕事を奪われて寂しそうな表情を浮かべるなど、時代から取り残されつつある人々も登場する。茶川、ヒロミなどはそうした人々の一人であり、映画の中では描かれていないが、今後訪れるモータリゼーションの時代によって成功が待ち受けているであろう鈴木オートの人々や、ある意味最も幸せな時代に青春期を過ごすであろう子ども達との対比も絶妙で、憧れと切なさが同居している。昭和33年には私はまだ生まれていないが、そんな昭和ノスタルジーはなんとなくではあるが想像出来る。

反語が多用されるセリフも魅力的であり、日本語の情緒の豊かさも印象に残る。

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2020年9月 6日 (日)

コンサートの記(652) 京都フィルハーモニー室内合奏団第227回定期公演B~室内楽シリーズ Vol.3「京都で愛でるダンス音楽の夕べ」@京都文化博物館別館

2020年9月3日 三条高倉の京都文化博物館別館にて

午後6時30分から、京都文化博物館別館で京都フィルハーモニー室内合奏団の第227回定期公演B~室内楽シリーズ Vol.3 「京都で愛でるダンス音楽の夕べ」を聴く。客席は両隣最低1席は空けてソーシャルディスタンスを保っての開催である。

コロナ禍でもいち早く演奏を再開させて話題になった京都フィルハーモニー室内合奏団。今年の春からは柳澤寿男がミュージックパートナーに就任している。

 

京フィルこと京都フィルハーモニー室内合奏団の室内楽演奏は、マニアックな曲目を取り上げることで知られている。

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今日のプログラムは、ファルカシュの「17世紀の古いハンガリー舞曲」(フルート:市川えり子、オーボエ:岸さやか、クラリネット:松田学、ファゴット:田中裕美子、ホルン:山本愛沙子)、ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」より“秋”と“冬”(ヴァイオリン:森本真裕美、チェロ:石豊久、ピアノ:佐竹裕介)、トゥリンの「ファンダンゴ」(トランペット:山崎恒太郎、トロンボーン:村井博之、ピアノ:佐竹裕介)、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「皇帝円舞曲」(第1ヴァイオリン:角田博之、第2ヴァイオリン:青山朋永、ヴィオラ:馬場順子、チェロ:石豊久、コントラバス:上野泰歳、ピアノ:佐竹裕介)。

京都市交響楽団を始め、関西のオーケストラのピアノパートを手掛けることの多い佐竹裕介が4曲中3曲に登場し、ほぼ主役状態である。関西のクラシックファンで京フィルのメンバーを一人も知らないという人は結構多いと思われるが、佐竹裕介を知らない人は稀だろう。それぐらい出まくっている。主に20世紀以降にオーケストラに加わるようになったピアノパートは、それほど人気というわけではないが、佐竹は「自分はピアニストだけれど、オーケストラのメンバーになりたい」という憧れをずっと抱いていたそうで、適職に就いたという感じである。

 

ファルカシュの作品は、タイトル通り、バロック以前の味わいを持つが、ファルカシュ自体は1905年に生まれ、2000年に没したという、比較的新しい時代の作曲家である。
ファルカシュ・フェレンツ(ハンガリー人であるため、姓・名の順の表記となる)は、ブダペスト音楽院を経てローマの聖チェチーリア国立音楽院で、レスピーギに師事しており、レスピーギ譲りの豊かな音の彩りを駆使して映画音楽の作曲家としても活躍したそうだ。ジェルジ・リゲティは弟子である。
「17世紀の古いハンガリー舞曲」は素朴さや明るさが特徴的であり、旋律も内容も分かりやすい。古い楽曲を現代風にアレンジするところなどは、師のレスピーギに範を取ったのだろうか。

演奏終了後にファゴットの田中裕美子がマイクを手に挨拶。マイクの前にはプラスチックボードが貼り付けてあり、飛沫が飛ばないよう工夫されている。今日は結構、人が入ったため(元々、京フィルの室内楽シリーズは曲目が魅力的ということで人気がある)、マイクを使っても後ろの方まで聞こえなかったようで、最初からやり直しとなったため、クラリネットの松田学に急遽出てもらい、5曲目の「跳躍の踊り」について語って貰っていた。

 

ヴァイオリニストの森本真裕美によるピアソラの「ブエノスアイレスの四季」の解説。1990年代半ばに起こったピアソラビームの影響もあり、今では「タンゴといえばピアソラ」という感じになっているが、ピアソラはパリ国立音楽院でナディア・ブーランジェに師事し、ブーランジェから「あなたはタンゴを書くべきだ」といわれ、祖国であるアルゼンチンに戻り、タンゴの作曲家としてスタートしている。クラシックの作曲法を学んだこともあって洗練されたタンゴを書いたが、「こんなタンゴじゃ踊れない」と祖国では評判が悪く、逃げるようにアメリカに移っており、アルゼンチンでタンゴの作曲家として認められた時にはすでに60歳を過ぎていたそうである。
ただクラシックをベースにしたタンゴであるため、世界のどこに行っても通じやすく、日本にもピアソラのファンは多い。ギドン・クレーメルのピアソラアルバムがベストセラーとなった時は、坂東玉三郎が広告やCDの帯でピアソラ愛を語っていた。

アルゼンチンは南半球にあるため、日本とは季節が真逆である。今は冬から春に向かう頃だ。

“秋”は、ヴァイオリンが駒より後ろの部分を奏でてギロのような音を出すなど意欲的な表現も目立ち、いかにもピアソラといった味わいの音楽だが、“冬”は家族で団欒の時間を過ごしているような親密な顔が覗く。あるいはヴィヴァルディの「四季」の“冬”より第2楽章が意識されているのかも知れない。

 

トゥリンの「ファンダンゴ」。アメリカの作曲家であるジョセフ・トゥリンは吹奏楽の世界では有名なようである。トロンボーンの村井博之がマイクを手に、新たに京フィルに加わったトランペットの山崎恒太郎を紹介していた。
「ファンダンゴ」は躍動感と推進力を特徴とする。元々は吹奏楽ための賑やかな曲のようで、YouTubeなどにもいくつか映像が上がっているが、室内楽バージョンは少し趣が異なる。

 

ラストの曲目となるヨハン・シュトラウスⅡ世の「皇帝円舞曲」。場面転換に時間が掛かるので(ステージスタッフは女性一人のみ)、第1ヴァイオリンの角田博之(すみだ・ひろゆき)がトークで繋ぐ。大体はWikipediaから拾ってきた情報だそうである。
個人的な思い出を書くと、工藤静香が若い頃に出演していたチョコレートのCMに「皇帝円舞曲」が使われており、CMの中で工藤静香が首を振って踊っていた情景が思い起こされる。誰かがYouTubeにアップしているようだ。

室内楽編成の「皇帝円舞曲」であるが、各パートの旋律がはっきり分かるという利点があり、京都文化博物館別館の独特の音響にも助けられて、華やかな仕上がりとなった。サロンでは昔からこうした編成で弾かれる機会も多いので、室内楽アンサンブルで聴くのも取りようによっては贅沢である。

アンコールは同じくヨハン・シュトラウスⅡ世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」。勢いもある楽しい演奏である。ニューイヤーコンサートではないが、今年の前半はコロナで全て吹き飛んでしまったため、これが本当の意味での今年の始まりという気分にもなる。


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2020年9月 5日 (土)

観劇感想精選(351) 劇団東京ヴォードヴィルショー 「竜馬の妻とその夫と愛人」2005大阪

2005年11月18日 大阪・京橋のシアターBRAVA!にて観劇

大阪へ。大阪城ホールの向かいにある、シアターBRAVA!で劇団東京ヴォードヴィルショーの「竜馬の妻とその夫と愛人」を観る。三谷幸喜:作、山田和也:演出。東京サンシャインボーイズの作・演コンビによるもの。タイトルはおそらく、ピーター・グリーナウェイ監督の映画「コックと泥棒、その妻と愛人」をもじったものだと思われる。
出演は佐藤B作、平田満、あめくみちこ、佐渡稔。

シアターBRAVA!はかつてのMBS劇場。TBSのそばにあった赤坂ACTシアター(現在はTBSの敷地再開発にともない消滅)に内装が似ている。やはり系列局の劇場ということで設計者が同じなのだろうか(後記:シアターBRAVAは2016年に閉館した)。

「竜馬の妻とその夫と愛人」は2000年に、同じく劇団東京ヴォードヴィルショーにより初演。その後、映画化もされた。今回は5年ぶりの再演となる。

明治12年(1879)、神奈川県横須賀市。坂本龍馬の妻であったお龍(あめくみちこ)は西村松兵衛と再婚していた。この年、京都・霊山で坂本龍馬の13回忌が盛大に行われることとなり、お龍の義理の弟(お龍の妹の旦那)である覚兵衛(佐藤B作)が、是非参加を、と依頼に来る。しかし、お龍は朝から飲み歩き、虎蔵(佐渡稔)という愛人まで作っているというだらしなさ。旦那の西村松兵衛(平田満)もぱっとしない男である。
実は覚兵衛は、勝海舟から「もし、お龍が坂本龍馬の妻として相応しくない女になっていたなら斬り捨てよ」という密命を帯びていた。


1996年に上演された「巌流島」に非常によく似たスタイルを持つ劇である。「巌流島」に登場する情けない男、蟻田休右衛門を主人公にして焼き直したような印象すら受ける。実際、セリフの使い回しもある。というわけで新鮮さには欠けるきらいあり。

自己中心的な性格のお龍に三人の男が振り回される。男達はみな、お龍が好きなのだが、彼女は龍馬以外は誰をも愛すことが出来なくなっていた。運命の人に出会いながら、一人残されてしまった女の寂しさは良く出ている。

「俺は龍馬には敵わないが、一つだけあいつに勝てることがある。俺は生きている。龍馬はお前の心の支えかも知れないが、あいつはお前に何もしてやれない。俺はお前に何だってしてやれる」という松兵衛のセリフが、生きること、生きていることの価値と大切さを語る。このセリフに励まされる人も多いだろう。

ブラックユーモアの効いたラストも面白い。龍馬ファンは怒るようなラストだったけれど。

目新しさや鋭さはないが、まずは上質な劇である。4人の俳優もしっかりしたアンサンブルを見せてくれる。エンターテインメントの精神を忘れていないのも心強い。


余談だが、開演前に、隣りに座ったおばちゃんから黒豆せんべいを貰った。落としたチラシを拾ったお礼だと思う。いかにも大阪のおばちゃんらしい温かさで心和む。

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これまでに観た映画より(203) シム・ウナ主演「インタビュー」

2005年11月16日

韓国映画「インタビュー」を観る。主演は、元韓国のトップ女優シム・ウナ。そして「イルマーレ」、「純愛譜」のイ・ジョンジェ。

映画監督のチェ・ウンスク(イ・ジョンジェ)は、様々な人々の恋愛に関するインタビューをまとめた映画を作ろうとしている。ある日、女優のクォン・ミンジュン(クォン・ミンジュン。本人役での出演)へのインタビューを申し込んだADが、たまたま一緒にいたミンジュンの友人イ・ヨンヒ(シム・ウナ)のインタビューも一緒に撮ってくる。美人だが地味で影のあるヨンヒにウンスクは一目で惹かれ……。

事前にパソコン通信などで出演者を募り、その人自身の恋愛話の数々を収録。シム・ウナ以外の人々へのインタビューはノンフィクションである。

ただ、知らない人の恋愛話というのは退屈なもので、本人達にとっては素敵な話なのかも知れないが、客観的に見るとそうでもない。単なるのろけや自慢話が続く。

そこへ、イ・ヨンヒへのインタビューという形でフィクションが紛れ込んでくるという仕掛けである。

ヨンヒの話はほとんどが嘘であり、時間が経つに連れて真相が明らかになっていくという展開。ヨンヒの恋愛話も特に目新しいものではないが、ノンフィクション場面の出演者達が得意になって答えているのに比べると、好感が持てる。それがこの映画の狙いなのでそれは当然である。

バレリーナを夢見ていたヨンヒ。しかし恋人に死なれ、魂の抜け殻のようになっている。そんなヨンヒにウンスクは急速に惹かれていくのだが、誰の目にもウンスクがヨンヒに恋をしたのは明らかであり、分かり易すぎるのは難点かも知れない。もっと葛藤のようなものも欲しい気がする。

ウンスクがパリに留学していた時期に撮った映画に、フランス人女性が死んだ恋人の墓の前で苦悩を一人語りする場面が登場する。かなり嘘くさいシーンだが、何と全く同じセリフをヨンヒが言う場面があり、こちらは聴き手としてカメラを持ったウンスクが目の前にいるので一人で悲劇のヒロインを気取っているようには見えず、こちらの胸に迫ってくるものがある。同じセリフでも場面設定によって真実味が異なるということを示したかったのであり、ある程度成功しているように見える。

場面の重複や前後する時間などの技法も用いられているが、成功と失敗が半々といったところだ。

舞踏を学んでいたシム・ウナのダンスシーンや映像や風景の美しさなど見所は多い。ただ心理的な動きはあってもそれがダイナミックなドラマへと発展することはないので物足りなく感じる人も多いような気がする。

現時点でシム・ウナ最後の映画出演作であり、彼女が好きな人は必見。芸術映画に興味がある人も観ておいた方がいいだろう。ただストーリー性のあるドラマティックな恋愛ものが好きな人にはあまりお薦め出来ない。

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2020年9月 4日 (金)

コンサートの記(651) 阪哲朗指揮 京都市交響楽団第648回定期演奏会

2020年8月30日 京都コンサートホールにて

午後3時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第648回定期演奏会を聴く。今回の指揮は京都市出身の阪哲朗。

先月から定期演奏会を再開させた京都市交響楽団。定期演奏会の他に京都市内各地の公共ホールでの演奏や、びわ湖ホールでの演奏会も好評を博しているが、9月定期は京響友の会(定期会員に相当)向けのチケットがすでに完売状態となっており、一般向けの発売は行われず、また10月定期と11月定期は外国人指揮者が客演の予定ということで、来日不可になる可能性が高く、チケット発売が延期になっている(10月定期は京響友の会の会員のみで開催されることが決まった)。広上淳一の指揮で行われる予定だった大阪定期も中止となっており、本来の活動からはまだまだ遠いというのが現状である。

そんな中で登場の阪哲朗。京都市立芸術大学で作曲を学んだ後、ウィーン国立音楽大学でレオポルド・ハーガーらに指揮を師事。第44回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝後、スイスやドイツの歌劇場でキャリアを積んでいる。日本のオーケストラへの客演も多かったが、2007年から2009年まで山形交響楽団の首席客演指揮者を務め、現在では同楽団の常任指揮者となっている。
新型コロナ感染流行後、山形交響楽団は配信公演に力を入れており、配信で阪の指揮姿に触れる機会も増えている。

 

曲目は、ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」とレスピーギの組曲「鳥」。休憩なし、上演時間約70分の公演である。公演は同一プログラムが特別に3回演奏され、昨日は京響友の会会員向けの公演があり、今日は一般客のための公演が午前11時からと午後3時からの2回行われる。

「四季」でのヴァイオリンソロと「鳥」でのコンサートマスターを務めるのは、4月から京響特別客演コンサートマスターに就任した「組長」こと石田泰尚(いしだ・やすなお)。

ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏である。「四季」でコンサートマスターを務めるのは泉原隆志。今日はフォアシュピーラーが置かれ、いつも通り尾﨑平が担う。
第1ヴァイオリン(6人)は少し距離を離しただけの一般的なプルトであるが、第2ヴァイオリン(6人)はワントップ(客演首席奏者:有川誠)でジグザグ配置であり、ソーシャルディスタンス確保のための試行錯誤が行われていることが感じられる。
「四季」ではヴィオラとチェロが4人ずつ、コントラバス2人であったが、レスピーギの組曲「鳥」では第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン共に8人ずつと一回り大きな編成での演奏となった。

 

ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」では、阪がチェンバロの弾き振りを行う。チェンバロを弾く阪が客席の方を向く形で座り、ソリストの石田やコンサートマスターの泉原とアイコンタクトを交わしつつ、演奏を進める。

「四季」の演奏でもピリオド・アプローチによるものが増えており、阪はピリオドを盛んに行っている山形交響楽団にポストを持っているということもあって、古楽的な演奏にも長けているが、今回はピリオドの要素も取り入れつつ、強調はせずに自然体での演奏が行われた。ピリオドは快速テンポのものが多いが、今回の「四季」は中庸からやや遅めのテンポが取られ、じっくりと進められていく。

京響の弦楽合奏のレベルは高い。20世紀の日本のオーケストラによるバロックやそれ以前の音楽の演奏は不器用なものが目立ったが、今はマイナスの要素はほとんど感じられず、技術面も表現力も同じ日本人として誇りに思うほど向上している。演奏家を目指す若者が当たり前のように海外留学を行うようになったという背景もあるだろう。一方で、オーケストラメンバーの国際化は進んでおらず、京響にも外国出身のプレーヤーは何人かいるが、大半の楽団員は日本人であり、均質性が強みにも弱みにもなっている。

強面で有名な石田だが、ヴァイオリン自体は淀みのない音を出す正統派であり、確かな技術を感じさせる心強い演奏家である。

「四季」での石田はロマンティックに過ぎない演奏を目指していたように感じられ、「冬」の第2楽章などは速めのテンポですっきりと仕上げていた。

石田のアンコール演奏は、ポンセ作曲、ハイフェッツ編曲による「エストレソータ(小さな星)」。「四季」では甘さ控えめだった石田が、この曲では真逆の甘美にして深い音色による演奏を繰り広げ、芸の幅の広さを示していた。

 

休憩なし、配置転換のみで演奏されたレスピーギの組曲「鳥」。石田泰尚がコンサートマスターとしてワントップとなり、2列目には泉原と尾﨑という「四季」でのツートップがそのままスライドする。第2ヴァイオリンは引き続き有川のワントップだが、ヴィオラやチェロもこの曲ではワントップとなる。
管楽器は飛沫が飛んでも掛からないよう弦楽器群からかなり距離を置き、後部の壁のすぐ前で横一列になって演奏する。オーボエ首席の髙山郁子、クラリネット首席の小谷口直子らが出演。フルートは副主席の中川佳子。トランペットは下手奥に首席のハラルド・ナエスと稲垣路子が陣取り、アクリル板を前に置いての演奏、ホルンは首席の垣本昌芳が上手奥での演奏。上手側にはハープの松村衣里とチェレスタの佐竹裕介いるため、影になって垣本の姿ははっきりとは見えない。

阪哲朗はノンタクトでの指揮。組曲「鳥」は、レスピーギがバロック音楽に得意とする自在な管弦楽法を用いて味付けした曲であるが、バロック的な典雅さと華麗な響きの双方を阪は生かす。
結成当初に「モーツァルトの京響」といわれた緻密なアンサンブルと華やかな音色の伝統は今回も生きており、バロックと20世紀音楽のオーバーラップ効果も違和感なく表現されていた。

 

曲目が変更となり、「四季」と「鳥」になったのは、まず編成上の問題と京響の特質を生かすためで、それ以上の意図があったとは思えないのだが、京都も祇園祭が大幅な縮小を余儀なくされるなど、今年は四季を彩る行事が次々と中止や自粛、延期や規模縮小に追い込まれており、気温以外の四季を味わえなくなってしまっているため、音楽で感じられる「四季」を取り上げてくれたのはありがたかった。

 

今日はオーケストラもアンコール演奏がある。ウォーロックの弦楽オーケストラのための「カプリオール組曲」から第1曲バス・ダンス。ノーブル且つ堂々とした音楽と演奏であった。


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BSプレミアム 森光子生誕100年記念「放浪記」を観てのメモ

2020年8月29日

BSプレミアムで、森光子生誕100年記念「放浪記」を観る。2009年5月9日に帝国劇場で収録されたもの。

2012年に92歳で他界した森光子のライフワークであった「放浪記」。林芙美子の同名自伝的小説を菊田一夫が戯曲化した作品であり、1961年に初演。森光子はこの時、すでに41歳であったが、それまでは映画で脇役専門のパッとしない女優だった。森光子が出演していた大阪での舞台をたまたま観た菊田一夫が森のことを気に入り、自身が本を担当した作品の主演に抜擢している。

私も、2008年に大阪の旧フェスティバルホールで森光子主演の「放浪記」を観ているが、3階席で舞台から遠かった上に、この時の大阪公演では森は体調不良であり、セリフもはっきりしないなど万全な出来にはほど遠かった。その後、東京での復調が伝えられ、2009年の5月9日、森の89歳の誕生日の公演で計2000回の上演を達成した。

2000回目の上演を収録した映像である。これを観る限りでは、2008年の大阪公演に比べてはるかに出来が良いのがわかる。セリフにも切れが戻っており、動きも89歳という年齢を考えれば驚異的とまではいかないが上々で、森光子の女優魂が感じられる。

内容自体は、戯曲がまだ完全に文学の領域だった時代の作品ということで現代日本の主流の演劇とは質がかなり異なる。時代に合わせて変えてはいるだろうが、本質は敢えて保存しているように感じられる。古関裕而の音楽を伴う、いかにもメロドラマという場面もある。
そのため人によっては時代がかって感じられるだろうが、1961年当時の空気がそのまま伝わってくるようでもある。

貧困や自意識の問題と戦い続け、描き続けることで本当の「幸せ」から自ら遠ざかっていった林芙美子の人生の「放浪」が描かれており、寄るべきなき人間の孤独と悲しさが伝わってくる。

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2020年9月 3日 (木)

コンサートの記(650) mama!milk 「八月の組曲」@京都文化博物館別館

2020年8月29日 三条高倉の京都文化博物館別館にて

午後6時30分から京都文化博物館別館で、mama!milkの公演「八月の組曲」を聴く。出演は、mama!milkの二人(アコーディオン:生駒祐子、コントラバス:清水恒輔)と二胡の杉原圭子、マルチミュージシャンの曽我大穂(アコーディオン、フルート、パーカッションほか)。

京都文化博物館に入るには、いつも通り、サーモグラフィー映像での検温と手のアルコール消毒、紙に氏名と電話番号を書くか、京都の追跡サービス「こことろ」にチェックインを入れる必要がある。コンサート会場である別館(旧日本銀行京都支店社屋。重要文化財)に入る前にも検温と手のアルコール消毒は必要となる。

 

曲目は、「アン・オード とある歌」、「waltz,waltz 小さなワルツの招待状」、「ビロンドの」、「永遠のワルツ」、「そしてNude」、「逃避行のワルツⅠ」、「港町にて」、「土曜日のTango」、「さまよえるアンバン」、「Kujaku 孔雀」、「かのハポネのワルツ」、「青」、「3つのサンクチュアリより」、「your voice ユア・ボイス」

 

客席は前回同様、プラスチック製の椅子が3つ繋がったものがワンユニットとして並べてあり、3人掛けに見えるが、実際は真ん中の椅子にしか座ることが出来ず、ソーシャルディスタンスが保たれるようにしてある。

今回は、京都文化博物館別館の西側の端がステージとなり、東側に客席が並ぶ。前回よりもオーディエンスの数は多そうだが、数えたわけではないので実際のところは把握出来ない。

 

まずコントラバスの清水恒輔が奧の扉から現れ、演奏を始める。それに曽我大穂のアコーディオンが応える。曽我は2階のテラスで演奏を行い、空間的な広がりと遠近感が生まれている。
その後、アコーディオンの生駒祐子が客席の後方から演奏を行いながら登場し、トリオでの演奏が続く。

曽我も1階に降りての演奏が行われる。ボレロのリズムが奏でられ、曽我が3つの拍をパーカッションで刻みながら客席を歩く。

二胡の杉原圭子の出番はそれほど多くなかったのだが、西洋の楽器でいうポルタメントを行うなど独自の奏法を取り入れ、二胡特有のノスタルジックな味わいを出す。

8月の終わりに行う「八月の組曲」ということで、演奏自体もノスタルジアに満ちている。京都文化博物館別館のレトロな雰囲気、照明の妙、そして何よりも演奏によって過去へと引き戻される。子どもの頃、母親の実家である田舎で過ごした夏休みの日々の音と匂いと情景、京都文化博物館別館と同様に古き良き時代の装飾を残した明治大学駿河台校舎の自習室(1928年竣工の建物で、記念館と図書館の間に存在した。記念館と自習室は現存せず、図書館も移転して、以前図書館であった建物は研究棟になっている)で勉学や詩作に励んだ日々などが甦る。

以前にも何度か書いているが、私は3ヶ月ほどだったが二胡を習っている。「ラストエンペラー」で二胡を弾いていた姜建華に憧れていたのだが、当時通っていた水道橋の日中学院に「二胡のサークルを作る」という張り紙があったので、応募して、墨田区にある施設で日曜日にレッスンを受けていた。そんな日々のことも思い出す。

音楽はただ音楽であるだけではなく、記憶と分かちがたく結びついている。自身でもそれがなければ入れない自分だけの部屋の鍵でもあるのだ。

とても良い時間を過ごす。

最後に「秋の始まりのワルツ」が演奏され、約1時間のコンサートは夢のように過ぎ去った。


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2020年9月 2日 (水)

配信公演 小林沙羅ソプラノ・リサイタル「日本の詩(うた)」@浜離宮朝日ホール

2020年8月10日 東京・築地の浜離宮朝日ホールから配信

ソプラノ歌手の小林沙羅が東京・築地の浜離宮朝日ホールで行ったソプラノ・リサイタル「日本の詩(うた)」の、ぴあLiveStreamによる見逃し映像を視聴してみる。

曲目は、前半が、武満徹作詞・作曲の「小さな空」、山田耕筰の「この道」(詩:北原白秋)、山田耕筰の「赤とんぼ」(詩:三木露風)、 山田耕筰の「ペチカ」(詩:北原白秋)、中田章の「早春賦」(詩:吉丸一昌)、越谷達之助の「初恋」(詩:石川啄木)、武満徹の「死んだ男の残したものは」(詩:谷川俊太郎)、中村裕美の「智恵子抄」(詩:高村光太郎)より“或る夜のこころ”“あなたはだんだんきれいになる”“亡き人に”

後半が、早坂文雄の「うぐいす」(詩:佐藤春夫)、瀧廉太郎の「荒城の月」(詩:土井晩翠。変換したら「工場の付き」になったが、なんだそりゃ?)、宮城道雄の「せきれい」(詩:北原白秋)、宮城道雄作詞・作曲の「浜木綿」、井上武士の「うみ」(詩:小林柳波)、橋本國彦の「お六娘」(詩:林柳波)、橋本國彦の「舞」(詩:深尾須磨子)、小林沙羅自身が作曲した「ひとりから」(詩:谷川俊太郎。本邦初演)。


本来は、小林沙羅が3月にリリースした日本の歌曲アルバムのためのリサイタルとして企画されたのだが、コロナの影響で延期になり、真夏になってようやくの開催となった。小林がマイクを手に曲目を紹介してから歌うというスタイルである。

ピアノ伴奏は小林沙羅と一緒に仕事をすることも多い河野紘子。後半の「荒城の月」では箏の澤村祐司が伴奏を務め、2つの宮城道雄作品では澤村と尺八の三澤太基(みさわ・たいき)が二人で伴奏を務める。

1曲目の武満徹作品「小さな空」を歌い終わった小林沙羅は、約半年ぶりに聴衆と同じ空間で歌えたということですでに泣きそうになっていると告げる。

ただそうした感傷に浸ることなく、明るめの伸びやかな声で、小林は日本の歌曲を歌い上げていく。やはり歌声というのはどの楽器よりも馬力がある。

高村光太郎の「智恵子抄」に収められた詩に曲を付けた中村裕美(なかむら・ゆみ)は学生時代から小林と共にVOICE SPACEというユニットで活躍していた友人だそうである。

また、有名童謡の「うみ」や「お六娘」を作詞した小林柳波は、小林沙羅の曾祖父だそうだ。

日本におけるフランス音楽の紹介者でもあった橋本國彦の「お六娘」では一度止まってしまい、歌い直すというハプニングもあったが、オペラで培って演技力を生かした表現力豊かな歌を披露する。
またやはり橋本國彦の「舞」では、小林が10歳の頃から日本舞踊を習い続けているということで、タイトル通り「舞」を入れながらの歌唱となった。小林が舞いながら歌うことは、小林が衣装チェンジのために引っ込んでる間にピアノの河野紘子がマイクを手にアナウンスする。何の予告もなくいきなり本格的な日舞が始まったら聴き手も驚くだろうから、当然の措置であるが、河野の声を聴く貴重な機会ともなった。

王道の曲目も多いが、映画音楽などで知られる早坂文雄や「春の海」で知られる邦楽の大家、宮城道雄の歌曲も入れるなど、新たな試みも行っている。いずれもイメージにない作風を持つ曲である。

谷川俊太郎に頼んで詩を書いて貰い、小林自身が作曲した「ひとりから」は、「ホモサピエンス」と広い範囲を指す言葉を使用していたのが印象的であった。


アンコールとして、岡野貞一作曲の「ふるさと」が歌われる。小林は「本当は皆さんと一緒に歌いたいのですが」と述べる。新型コロナの感染に繋がるというので、客席で歌うことは推奨されていない。

最後の曲として小林沙羅作詞・作曲の「えがおの花」が歌われる。編曲は中村裕美で、ピアノ、箏、尺八伴奏版となっている。 ほのぼのとした良い曲であり、歌唱であった。

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観劇感想精選(350) 大竹しのぶ主演「母・肝っ玉とその子供たち 三十年戦争年代記」

2005年11月15日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター中ホールにて観劇

兵庫県立芸術文化センター中ホールで、「母・肝っ玉とその子供たち 三十年戦争年代記」を観る。「肝っ玉おっ母とその子供たち」というタイトルで知られるベルトルト・ブレヒトの戯曲を谷川道子が新たに翻訳したテキストを使用。音楽は初演時と同じパウル・デッサウの曲を使う。演出は栗山民也。出演は、大竹しのぶ、山崎一、秋山菜津子、中村美貴、永山たかし他。衣装:ワダエミ。

中ホールに入るのは初めてだが、思っていたよりも空間が小さい。1階席は埋まっていたようだが、私の座った2階席はガラガラ。当日券でも余裕で入れる。

舞台上には石の荒野のセット。塹壕のような穴があり、そこがオーケストラピットになっている。

栗山さん演出の舞台は何度か観ているが、これまで感心したことは一度もなかった。それで今回もやや不安だったのだが、嬉しいことに予想を超えて良い出来であった。何よりも役者達のアンサンブルがしっかりしている。

「母・肝っ玉」を演じる大竹しのぶの歌が、バンドの音にかき消されて歌詞が聞き取れなかった他は全て納得のいく水準。照明やセットの使い方は好みではなかったが、効果的であることは確かだし、私の好みなど正直どうでもいい。お薦めの舞台である。

舞台上手に鳥居のような形のセットが置かれていたせいで、前半は「肝っ玉」という言葉が、「靖×のは△」という言葉に重なって聞こえた。もちろん、そういった演出意図はないだろうし、後半では鳥居は半分に割れてしまい、「肝っ玉」の言葉の意味も変わってくるので解釈としても間違いなのだろうが、現在の時代状況に鑑み、もし私がこの本を演出するとしたなら本物の鳥居を出すかも知れない。

牧師(山崎一)のセリフにある「(戦争は)自由を与える」という言葉からはイラク戦争のコードネーム「イラクの自由」が連想される(他の翻訳では「解放する」という言葉が用いられている)。今の時期に「肝っ玉」を舞台にかけた背景には当然イラク戦争があるだろうから、意図的にわかりやすく翻訳したのだろう。

ブレヒト自身は「異化効果」がどうのこうのと言っているが、観客は基本的にはそんなものを意識する必要はない。観ていれば十分に面白いし感動出来る。ブレヒトは「母・肝っ玉」ことアンナの愚かさを伝えたいという意図を持ち、感動されることを好まなかったようだが、感動できない「肝っ玉」に意義はあるのだろうか?

有名俳優以外では、口のきけない長女・カトリンを演じた中村美貴の清潔感と、次男・シュワイツェルカス(スイスチーズ)役の永山たかしの感性の瑞々しさを感じさせる演技が特に印象的。

上演時間約3時間(20分の途中休憩時間を含む)の大作だが、長さは全く気にならなかった。

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2020年9月 1日 (火)

これまでに観た映画より(202) ジャン=リュック・ゴダール監督作品「女は女である」

2020年8月27日 東寺近くの京都みなみ会館にて

京都みなみ会館で行われている「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち デジタル・リマスター版 特集上映」の中の1本、「女は女である」を観る。1961年のジャン=リュック・ゴダール監督作品。原案:ジャヌヴィエーヴ・クリュニー、音楽:ミシェル・ルグラン、美術:ベルナール・エヴァン。出演:アンナ・カリーナ、ジャン=クロード・ブリアリ、ジャン=ポール・ベルモンド。アンナ・カリーナとミシェル・ルグランは共に昨年他界している。

アンナ・カリーナ演じるストリップ嬢のアンジェラ(アンナ・カリーナ同様、コペンハーゲンの出身ということになっている)が、ストリップ小屋の仲間の影響を受け、「子どもを産みたい!」と思い立ったことから恋人のエミール(ジャン=クロード・ブリアリ)や知り合いのアルフレッド(ジャン=ポール・ベルモンド)と共に巻き起こす一騒動、ともいえないほどのちょっとしたドラマである。ベッドインするまでをモンタージュの技術や音楽などを駆使して「状況」として作り上げていく。音楽は必ずしも場面と一致しているとは限らず、アンナ・カリーナが歌う場面では敢えて伴奏はなく、アカペラにしている。

ストーリーは添え物で、その場その場のシチュエーションを描くことに重点を置いた、ゴダールらしい映画であるが、映し出されるパリの街も、出演者も魅力的であり、それだけで見せることの出来る映画である。登場人物達は皆、原色系の服を身につけているが、これがまた実にお洒落である。アンジェラとエミールが暮らすアパルトマンも愛らしい。


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