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2020年9月28日 (月)

これまでに観た映画より(213) ウォン・カーウァイ監督作品「恋する惑星」@アップリンク京都 2020.9.23

2020年9月23日 新風館地下のアップリンク京都にて

新風館の地下に出来たミニシアターのコンプレックス、アップリンク京都で、ウォン・カーウァイ(王家衞)監督の映画「恋する惑星」を観る。1994年の制作。日本では1995年に公開されており、私はロードショー時に今はなき銀座テアトル西友で5回観ている。一つの映画館で観た同じ映画としては自己最多だと思われる。その後、BSやDVDなどでも観ているが、現在、観ることが出来るのは多くの場面がカットされた国際版と呼ばれるものであり、カットされたがために意味が通じなくなっているところもある。

今日も国際版での上映。映画館におけるソーシャルディスタンスの基準が緩和されたため、両隣にもお客さんがいるというスタイルでの久々の映画鑑賞となった。

 

「恋する惑星」の原題は「重慶森林」という。テレビ雑誌などで舞台を「中国重慶市」と書かれていたことがあるが、これは当然ながら間違いで、「重慶森林」の「重慶」は都市の重慶ではなく、香港で最も治安が悪いといわれた重慶(チョンキン)マンションのことである。
ウォン・カーウァイも香港政府(当時はまだ返還前でイギリス領である)に重慶マンションでの撮影許可を得ようとしたのだが、断られたため、無許可でのゲリラ撮影が敢行されている。
「森林」と入っているのは、村上春樹の小説『ノルウェイの森』の影響である。ウォン・カーウァイ監督も村上春樹のファンであるが、当時の香港には村上春樹の小説の登場人物のような口調で話す若者が現れており、「ハルキ族」と呼ばれて話題になっていた。「恋する惑星」のセリフやモノローグにも「ハルキ族」的語りが取り入れられている。

出演:金城武、ブリジット・リン、フェイ・ウォン、トニー・レオンほか。台湾生まれで日本国籍の金城武、台湾出身のブリジット・リン、北京生まれのフェイ・ウォン(王菲)、香港の映画スターであるトニー・レオンなど、同じ中華圏ではあるが、異なった背景を持つキャストを起用し、セリフも広東語が中心だが、北京語、日本語、英語、そしてインドの地方の言葉まで飛び交うなど国際色に満ちている。撮影監督は、クリストファー・ドイル(中国名・杜可風)。主題歌は、フェイ・ウォンの「夢中人」(クランベリーズの「Dreams」の広東語バージョン)。

二部構成で、前半と後半では別のドラマが展開されるが、第二部の出演者が第一部にカメオ的に出演している。フェイ・ウォンが巨大な虎のぬいぐるみを買うシーンは第二部で生きてくる。

 

1994年から、CX系の深夜番組「アジアNビート」が始まっており(司会は売れる前のユースケ・サンタマリア)、関東と北海道ローカルではあったが、洋楽といえば欧米一辺倒だった時代に、韓国、中国、台湾、タイ、インドネシア、インドのポップスを紹介するという進取の気質が評価され、話題になっていた。深夜番組なので誰もが見ていたというわけではないのだが、「アジアNビート」では当然のことながら金城武やフェイ・ウォンは紹介されており、「恋する惑星」がヒットする下地は、少なくとも東京では出来上がっていたように思う。

 

当時、金城武がインタビューで語っていたが、「恋する惑星」はクランクイン時には台本が全く用意されていなかったそうである。撮影当日の朝にウォン・カーウァイ監督が短い台本を書いてきて、それを撮るということを繰り返したのだが、順撮りでは全くないため、金城武も「今、何を撮っているのか全く分からなかった」と話している。その後、完成した映画を観た金城武は、「こんな凄い映画を撮ってたのか!」と喫驚したそうである。
映画は順取りでない場合の方が多いと思われるが、場面をシャッフルして作品を作り上げるという技法は、村上春樹が処女作である『風の歌を聴け』で取り入れていた手法と同じである。どこまで意識していたのかはわからないが。

なお、金城武演じるモウがパイナップルを食べ続けるシーンがあるが、金城武の苦手な食べ物はパイナップルであり、ウォン・カーウァイ監督がそれを知った上での無茶ぶりを行ったようである。

 

前半は、刑事のモウ(金城武)が、5年間つき合っていた彼女のメイに振られたという話から始まる。ロードショー時には、メイが山口百恵に似ているという話があり、金城武演じるモウが、「三浦友和に似ていない僕は」とメイの心が離れつつあることを嘆くモノローグがあった。だが、国際版ではここはカットされている。
その後、メイに新しい彼氏が出来たことを悟ったモウが、階段を駆け上がりながら叫ぶシーンがある。今日の字幕では、「くそったれ! もうだめだ!」、銀座テアトル西友で観た時は、はっきりとは覚えていないが「もうだめだ!」という字幕だったように思うのだが、実はこのシーンで叫んでいるのは全く別の文言なのである。それは、「三浦友和! 我要杀了你!(三浦友和、ぶっ殺す!)」という剣呑なものであり、メイの新しい彼氏を三浦友和に見立てたジョークだったのだ。だが、国際版ではメイが山口百恵に似ているというモノローグがカットされているため、なぜ三浦友和がセリフに登場するのかわからなくなっており、字幕も別の言葉に置き換えられている。

銀座テアトル西友で観た時に、中国人か台湾人か、あるいは香港人かと思われる観客がこのシーンで笑っていたのだが、こちらはまだ大学の2年生になったばかりで北京語がそれほど出来ない頃だったため、「『もうだめだ!』の何が可笑しいんだろう?」と不思議であった。その後、北京語の勉強を進めて何を言っているのかわかるようになり、「ああ、そういうことだったのか」と合点がいった。BSで放送された時だったか、一度だけ「三浦友和のバカヤロー!」という字幕になっているのを見たことがある。

それは余談として、金城武演じる刑事とブリジット・リン演じる麻薬の売人の一瞬だけ繋がる心の描き方が、繊細かつ優しい。麻薬の売人と書いたことからも分かる通り、結構ブラックな展開であり、麻薬の売人が自分を裏切った白人の男に復讐するというスリリングな話でもあるのだが、そんな切迫した状況で突如訪れる日だまりのような瞬間が心に沁みる。

ちなみに前半は音楽も格好良く、私もオリジナル・サウンドトラックを購入したのだが(残念ながら映画本編とはアレンジ違いのものが多かった)、ライナーノーツによると作曲を担当したフランキー・チェンはラッシュフィルムなどを見せて貰えず、「好きに作曲しろ」と言われて不満かつ不安だったらしいが、いざ映画を見ると、あたかもそのシーンのための作曲されたかのように聞こえたため、驚いたそうである。

 

後半のフェイ・ウォンとトニー・レオンの話は、かなり不思議というかメルヘンのような展開になっている。寓話と捉えればピッタリくるだろう。
サラダなどの軽食の売店で働くフェイ(フェイ・ウォン)は、客である警官633号(トニー・レオン)と出会う。警官633号はスチュワーデス(という言葉が当時は一般的だった。演じるのはチャウ・カーリン)の彼女と別れたばかり。フェイは警官633号を一目見て気に入る。
その後、スチュワーデスの彼女が店に警官633号への手紙を託す。当たり前のように開封してみんなで回し読みする売店の店員達。手紙には部屋の鍵が入っていた。もういらないから警官633号に返すという意味である。
フェイは手紙のことを警官633号に話すが、警官633号は興味を持たない。そのためフェイは住所を教えてくれたら届けると申し出て警官633号の住所を知り、留守の間に忍び込んで警官633号の部屋の模様替えを勝手に始める。この時点でかなり変な展開だが、警官633号が鈍い男で、自分の部屋の様子が変わっていくのに気付かず、気付いたとしても独自の思考で処理してしまうため、誰かが忍び込んでいるという可能性すら思いつかない。フェイは店でいつもママス&パパスの「夢のカリフォルニア」を大音量で掛けているのだが、警官633号は自宅を訪ねてきた(というより本来は忍び込むはずが玄関で鉢合わせする)フェイが脚を攣ったというのでマッサージを行いながら「夢のカリフォルニア」を掛け、「前の彼女が好きだった曲」などと言う。実際はそのCDはフェイが持ち込んだもので、前の彼女とは何の関係もない。
ということですれ違いが続く。

「カリフォルニア」という言葉のすれ違いを経て、ラストは恋愛劇の王道のようなセリフへと向かっていく。このラストシーンは私はかなり好きである。

 

「恋する惑星」は、「香港映画=カンフーorアクション=ブルース・リー&ジャッキー・チェン」というそれまでのイメージを1作で覆してしまった画期的作品である。これ以降、香港映画というと、「ポップ」「お洒落」「楽しい」「芸術的」という観点から語られることが多くなるが、たった1作で流れを変えてしまったのだから大変な傑作である。

また村上春樹という日本人作家にインスパイアされた映画という点でも重要であり、醒めたようでいて暖かいセリフ、気取った感じで虚構を作る言葉、日常からかけ離れた設定、「壁抜け」のように通い合える瞬間を描いているが、村上春樹という小説家はパブリックイメージとは異なり、極めて日本的な作家であるため、日本の文学が影響を与えた海外の映画作品としても最右翼に位置するように思われる。


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ポップな香港映画の嚆矢「恋する惑星」

これまでに観た映画より(171) 「恋する惑星」

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