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2020年9月10日 (木)

DVD 「ショルティ・イン・コンサート」

2005年11月17日

「ショルティ・イン・コンサート」というDVDを観る。ユニテルの制作。1978年、シカゴ・オーケストラホールでのシカゴ交響楽団の演奏会と、1980年の大晦日にミュンヘンのヘルクレスザール行われたバイエルン放送交響楽団の「ジルベスターコンサート」の模様を収録している。

サー・ゲオルグ・ショルティは1912年、ハンガリーの首都ブダペストに生まれた指揮者で、最初はピアニストとしてスタート。リスト音楽院でバルトークやコダーイらに師事し、作曲やピアノ、指揮を学ぶ。その後、指揮者に専念するようになり、シカゴ交響楽団を全米最高のアンサンブルに鍛え上げた。1997年没。

シカゴ交響楽団とはオール・ロッシーニ・プログラム。「セビリアの理髪師」や「泥棒かささぎ」などの名序曲が次々と奏でられる。
ショルティの指揮は機敏で溌剌としており、オーケストラにどんな音楽を要求しているのか見ているだけではっきりわかる。
シカゴ交響楽団のメカニックは最高で、地を揺さぶるほどの威力ある低弦の上に、管楽器の音がピンポイントで置かれていく。
歌も豊かで、かつ爽やかだが、スッキリし過ぎているようにも思える。しかしこれだけ鉄壁のアンサンブルを聴かせられると、圧倒されてしまう。

バイエルン放送交響楽団とは、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」、スメタナの「モルダウ」、リストの交響詩「プレリュード」を演奏。
ヘルクレスザールはシカゴ・オーケストラホールとは違い、残響が豊かだ。
ショルティが指揮台に立っただけで「ブラボー」が出る。まだ一音も発していないのだが。

「ドン・ファン」は意外なくらいあっさりとした音色で開始。シカゴ響の時とは違い、低弦をあからさまに強調することはない。ショルティの指揮姿はやはり指示が明瞭で、だからこそシカゴ響を全米最高の精度を誇るオーケストラにすることが出来たのだと納得する。

「モルダウ」では冒頭のフルートのアンサンブルがやや不安定である。弦楽合奏は内声部まで良く聞こえ、それでいてバランスも精妙だが、ショルティの表現はこの曲に合っていない気もする。月光の水面の場面は詩情豊かだが、その他の部分でも詩心が欲しい。曲の最後の和音を奏でるときに、ヴァイオリンの誰かがフライングしているのが聞こえる。

「プレリュード」はショルティの十八番だけに期待を裏切らない名演。実にクリアな演奏で、楽譜に書かれた全ての音符が見えるようだ。

自らのオーケストラであるシカゴ響を振った時は、第1ヴァイオリンの方を向いて、主旋律を浮かび上がらせるような仕草が目立ったショルティだが、バイエルン放送響を指揮した時は、ほぼ正面を向いたまま指揮している。たまに第1ヴァイオリンの方を向いて指揮することもあるが、シカゴ響の時と比べるとずっと短い。曲の違いもあるだろうが、バイエルン放送響へは客演だけに遠慮もあるのだろう。

カラヤンやレナード・バーンスタイン、ギュンター・ヴァントやクラウス・テンシュテットなどは、最近も未発表録音が発売されたり、DVDが出たりと再評価も進んでいるが、ショルティは(少なくとも日本では)今のところ忘れられた存在になりかけている(後記:その後、音盤がリリースされるなどして一時よりは盛り返している)。職人肌の指揮者で何よりもアンサンブルの精度を重視するというスタイルが特徴だったが、世界中の各アンサンブルの精度が以前より向上した現在、ショルティ&シカゴの音楽も特別なものには聞こえなくなってしまったのかも知れない。

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