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2020年10月18日 (日)

これまでに観た映画より(218) 月イチ歌舞伎(シネマ歌舞伎)「三谷かぶき 月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち」

2020年10月13日 MOVIX京都にて

新京極のMOVIX京都で、月イチ歌舞伎(シネマ歌舞伎)「三谷かぶき 月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち」を観る。京都市出身の漫画家、みなもと太郎の「風雲児たち・寛政編」より大黒屋光太夫の話を三谷幸喜の作・演出で歌舞伎化した作品である。出演:松本幸四郎、市川染五郎、片岡愛之助、市川猿之助、市川男女蔵、坂東彌十郎、坂東新吾、中村鶴松、大谷廣太郎、市川高麗蔵、八嶋智人、松本白鸚ほか。昨年6月に東京の歌舞伎座で収録されたものである。
歌舞伎の上演の際には尾上松也が語り手を務めたようだが、今回のシネマ歌舞伎では尾上松也は登場せず、ナレーターを務めている。原作者であるみなもと太郎の絵が登場し、松也はそれに説明を付けていく。

ロシアに漂流し、女帝エカテリーナⅡ世に謁見するなど激動の人生を歩んだ大黒屋光太夫(今回の歌舞伎では松本幸四郎が演じる)。井上靖の『おろしや国酔夢譚』などでも知られているが、今回の上演では光太夫の周辺の人々にも光を当て、歌舞伎界と彼らの関連も絡めたストーリー展開がなされている。


まずみなもと太郎の筆によるオリジナルアニメと尾上松也のナレーションで「船の成り立ち」が語られ、竿から櫓、そして帆船への進化が説明される。この進化に待ったを掛けたのが徳川家康である。家康の時代には瀬戸内海などの水軍が活躍し、織田信長が鉄製の船(鉄甲船)を造設するなど、造船・海洋技術の進歩は著しかったが、家康はそれを怖れ、マスト1本だけの船の造設しか許さなくなる。しかし帆が一つしかない船は不安定であり、座礁や沈没、漂流することが増えた。伊勢・鈴鹿出身の大黒屋光太夫が船頭(ふながしら)を務める帆船・神昌丸も駿河沖で嵐に遭い、遠くアリューシャン列島アムチトカ島まで流される。

舞台は、漂流する神昌丸の船上で、占いをする場面から始まる。船親司(ふなおやじ)の三五郎(松本白鸚)が占いを行うのだが、ここから陸地までは何度占っても600里以上はある。その時には17人いた船員だが、その後次々と脱落していく。

アムチトカ島に漂着して2年。今は亡き三五郎の息子である磯吉(市川染五郎)は、ロシア語を徐々にものにしている。実は磯吉は船乗りとしての素質はからっきしであり、父親のお蔭で特に何も言われてこなかったが、父亡き今では重荷扱いされていたことを知る。だが、語学の才能を見込まれ、その後、大活躍するようになっていく。
アムチトカ島にロシアの船が近づいてくる。だが、嵐の中、突如右往左往するようになる。立派な船であるが、どうも乗組員が「嵐」というものの存在を知らないようで、帆をたたむことがない。結局、ロシアの船は沈没してしまうのだが、光太夫一行は沈没したロシア船を材料に船をこしらえ、旅へと出る。カムチャッカ半島に到着した一行は帰国の手段を求めて更にオホーツク、ヤナーツク、イルクーツクに到る。イルクーツクでは庄蔵(市川猿之助)が凍傷を患い、左足を切断することになる。イルクーツクでスウェーデン系フィンランド人のキリル・ラックスマン(八嶋智人)と出会った光太夫は、ラックスマンが親しくしているロシアの女帝、エカテリーナⅡ世(市川猿之助二役)に謁見することが決まる。光太夫はエカテリーナⅡ世、更に時の権力者ポチョムキン(松本白鸚二役)の前で帰国を願い出るのだが、ポチョムキンからは「生活は保障するのでロシアに留まるよう」命令される。ロシアに関する様々な知識や情報を仕入れていた光太夫をポチョムキンは危険視していたのだった。


歌舞伎の様式を巧みに取り入れてはいるが、劇の展開や演技様式などは現代歌舞伎からも外れたものになっており、三谷幸喜が表現したいことを行い、たまたまそれが歌舞伎であったという印象も受ける。ただ、「これが歌舞伎」という制約は現代にあってはむしろ邪魔になるため、表現第一は正解ということになるのかも知れない。そもそも三谷幸喜にコテコテの歌舞伎を望んでいる人が多いとも思えない。

次々と仲間達が脱落していく中で、「生と死を分けるものは何か」についての考察が述べられるシーンがある。今生きている者は「死ぬことを考えていない者」であり、そうでない者は日本へ帰るという希望を失っていた者だと。
これには大河ドラマ「真田丸」のラストとの繋がりを見出すことも出来る。それだけに「真田丸」で茶々(淀殿)を演じていた竹内結子の死が余計に悲しくなるのだが。三谷さんのメッセージも彼女には届かなかったということなのだろうか。

イルクーツクで光太夫は様々な人と出会い、自分の体験を面白おかしく話して聞かせるようになる。この頃には光太夫もロシア語を話せるようになっており、ちょっとした人気者になっていたのだが、新蔵(片岡愛之助)や庄蔵は、「見世物になるのがそんなに楽しいか」と光太夫の行動に不信感を抱いている。だが光太夫は、「これまで会った人の誰が日本への帰国に繋がるかわからない」「これまでお世話になったロシアの人々に報いたい」「そのためなら喜んで見世物になるさ」との考えを述べる。これは歌舞伎役者の意気込みを連想させるもので、三谷幸喜も意図的にこうしたセリフを挟んでいるのだと思われる。

光太夫がポチョムキンに対して語る愛国心も、伝統芸能の担い手として語っていると考えると感慨深い。そしてアメリカのコメディーに憧れ、作品にアメリカを始めとする洋画の要素を取り入れ、新作でもシットコムを手掛けている三谷幸喜が、決してアメリカ人になりたいわけでもアメリカで活躍したいわけでもなく、こうして日本で最良のものを作ることに誇りを持っていることが窺えるシーンでもある。

あらゆる表現に長けた歌舞伎俳優を使って、10年にも渡る悲喜こもごもの壮大な叙事詩が描かれるわけだが、ラストでも三谷は人間への信頼を語っている。あるいは神よりも偉大かも知れない人類とその想像力に対するさりげない賛美がいかにも三谷幸喜らしくもある。

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